As your own way

 

時折発作的に描きたくなる学級委員長委員会ネタですが、やはり最近イトオシイのは頼りない学級委員長、彦四郎でしょう!

そんな彦四郎の重荷をさりげなく取り除いてやる勘右衛門も好きすぎてどうしようもないというお話です。

 

 

「庄左ヱ門、宿題おしえて!」
「庄左ヱ門、たいへんだ! 兵太夫たちのからくりに団蔵が引っかかって…!」
「庄左ヱ門、山田先生がよんでるよ」
「庄左ヱ門、おなかすいた」

 今日も教室や忍たま長屋のあちこちから、庄左ヱ門を呼ぶ声がかかる。
「わかった。宿題はあとでおしえてあげるから。団蔵にけががないか見てくれる? しんべヱ、ぼくは山田先生のところに行かなきゃいけないから、おやつでも食べてて。でも、食べ過ぎちゃだめだよ」
 次々と頼ってくる声をてきぱきとさばきながら、紙束を抱えた庄左ヱ門が小走りに職員室に向かう。
 -庄左ヱ門もたいへんだな…。
 そんな様子を、校庭の木の枝に腰かけた彦四郎は、足をぶらぶらさせながら眺めていた。
「あれ、庄左ヱ門は?」
 ばたばたと廊下を駆けてきたきり丸がきょろきょろとする。
「山田先生のところに行ったよ」
 廊下に突っ立っていたしんべヱが、懐から取り出したまんじゅうをぱくつきながら答える。
「そっかぁ…よわったな」
 頭を掻きながらきり丸がぼやく。
「どうしたの?」
 手についたあんこをなめながらしんべヱが訊く。
「それがさ、子守のバイトうけおったら、5歳の子どもの家庭教師もたのまれちゃってさ…そんなの俺にはつとまらねえから、庄左ヱ門に手伝ってもらおうと思ってさ」
「そーなんだ。たいへんだね」
「しんべヱ、おまえ、ぜんぜんたいへんなんて思ってねーだろ」
 一瞬、しんべヱを睨んだきり丸だったが、再び頭を掻きながら立ち去る。
「ったくよわったな…山田先生の用事が終わったら、すぐに一緒にきてもらわねーと…」

 -でも、みんなに頼りにされてる…庄左ヱ門は、一年は組の要だから。
 誰もいなくなった廊下から頭上に視線を移す。高い枝に茂った葉に覆われ、頭上は薄暗い。ときどき風に揺れる葉の間から、ちらちらと陽の光が眼を射る。
 -それに比べて…。
 一年い組の仲間が、ああして自分を探し回るということなどあるだろうか、と考える。
 -いや、ない。
 いま、こうして自分が木の枝に腰を下ろしてぼんやりしている間でも、教室や図書室や校庭の片隅で、クラスの仲間たちは予習や復習に励んでいるだろう。そして、そこに自分が必要とされる場面はない。
 -それはそれで楽なんだけど…。
 あれだけクラスの仲間や教師たちからの用件に追い回されていては、落ち着いて勉強する時間もないだろう。そんなことはい組では考えられない。だが、それだけでは割り切れない思いが、心の片隅を占めていた。
 -ぼくが、学級委員長でいる意味って、なんだろう…。
 何も任されず、何も期待されない学級委員長とは、果たして意味のあるものなのだろうか。考えれば考えるほど分からなくなって、彦四郎はただ木の上に佇むことしかできなかった。

 


「そんなところで何してるんだい」
 不意に声をかけられて、彦四郎はぎょっとした。
「尾浜せんぱい!」
 よっと上がってきた勘右衛門が、彦四郎の隣に腰を下ろした。
「なんかぼんやりしてるね。心配事でもあるのかい?」
「いえ、なんでも、ないです…」
 顔をそむけてぶらぶらさせた足元に視線を落としながら、彦四郎は呟く。
「そうかなぁ。俺にはそうは見えないけど」
 身を乗り出して彦四郎の顔を覗き込もうとした勘右衛門だったが、彦四郎が顔をそむけたままだったので視線を前に戻す。
「彦四郎、食べるか? これ、うまいんだぞ」
 懐から紙に包んだ団子を取り出すと、一串を彦四郎の手に握らせる。
「あの、でも…」
 振り向いた彦四郎が、当惑したように手にした団子と勘右衛門の間に視線を往復させる。
「いいってこと。さっき街に行ったときに、ついでに買ってきたんだ。街はずれに最近できたんだけど、この団子屋、けっこううまいんだぜ」
 手にしたもう一串の団子をほおばりながら、勘右衛門は言う。
「…」
 しばらく黙って団子を見つめていた彦四郎だったが、やがて意を決したように小さくかじった。
「そんな毒でも仕込んであるような食べ方するなよ。俺、ここの団子けっこう気に入ってるんだけどな」
 横目で小さく顎を動かす彦四郎をちらと見ながら、勘右衛門は変わらない口調で続けた。
「で、どうしたんだい? 庄左ヱ門みたいに頼られる学級委員長になりたいとか?」
 ぶらぶらさせていた足が止まった。
 -図星だな。

 


「なあ、彦四郎。学級委員長って、なんだろうな」
 団子の串を手にしたまま正面に眼をやる勘右衛門を、彦四郎が上目遣いにちらと見上げる。
「クラスをまとめる役目なのでは…」
 庄左ヱ門みたいに…と言いかけて彦四郎は口ごもる。
「そうなんだろうな。だけど、クラスをまとめるやり方も一つだけじゃないって、俺は思うんだ」
「そうなんですか?」
 見上げる彦四郎の眼が大きく見開かれる。
「でも、リーダーシップというか、みんなの手本になるようにならないといけないですよね? 安藤先生はそうおっしゃります」
 -なるほどね。
 二個目の団子をほおばりながら勘右衛門は少し考えた。
 -教師に言われたことをまじめに受け止めちゃってるんだな。
 もとより生真面目そのものの後輩だから、ここまで思いつめた表情になのだろう。
「ていうことは、彦四郎は、クラスでのリーダーシップに自信がないってことなのかい?」
 どうすれば後輩の悩みを解いてやることができるか、勘右衛門にも答えがあるわけではなかった。だから、まずは何に悩んでいるかを確認するところから始めることにした。
「…」
 こくりと彦四郎は頷いた。
「い組では、彦四郎のほかにもリーダーシップがある人がいるってことかい?」
「ぼくのほか、っていうか…」
 暗い声で彦四郎は呟く。
「伝七や佐吉のほうが、ぼくなんかよりずっとリーダーシップがあってクラスを引っ張っているし、ぼくはどんなにがんばってもあんなふうにはできないし、成績もみんなと同じくらいだし…」
「だったら、そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」
 あっさりと言い放たれた一言に、彦四郎がはっとした顔で見上げる。
「だってさ、どんなに頑張っても追いつかない方向にいくら頑張ったって、むだな努力に終わるだろ? それより、頑張れば何とかなる方向に頑張ったほうがいいんじゃないかって思うけどな」
「でも、それじゃ、安藤先生が…」
「あのさ、彦四郎」
 遮った勘右衛門は彦四郎に向き直った。
「俺は、彦四郎が彦四郎なりの学級委員長をやってると思うけどな」
「ぼくなりの…ですか?」
「ああ、そうさ」
 まっすぐに見上げる視線に向かい合いながら、勘右衛門はいう。
「彦四郎は、もしかしたら庄左ヱ門をひきあいに考えているのかもしれないけど、学級委員長っていうのは、いろいろなやり方があるんだ。それは、やる人の性格にもよるし、クラスの雰囲気にもよると、俺は思うよ」
「ちがうもんなんですか?」
「ああ、ぜんぜん違うさ。庄左ヱ門が学級委員長をつとめている一年は組は、庄左ヱ門以外は成績はダメダメだし、クラスはきっと庄左ヱ門がいないとバラバラになってしまうだろう。個性が強い連中が多いからね。でも、い組は違う」
「どう、ちがうんですか?」
「お前のいうように、い組では伝七と佐吉が先頭に立っていて、全体的に成績もいいなら、彦四郎の存在は埋もれてしまうかもしれない。でも、彦四郎でないとい組の学級委員長はつとまらない。俺はそう思うな」
「どういう、ことですか?」
「彦四郎は、たしかにクラスをぐいぐい引っ張っていくタイプじゃないかもしれない。でも、クラスを下から持ち上げてやれるタイプなんじゃないかな。それに、そういうやり方も学級委員長としてはありなんじゃないかな…なんてね」
 小さく舌を出すと、彦四郎の頭をごしごしと撫でながら残りの団子を口に放り込む。
「ま、今のは俺のちょっとした思いつきの話だから、そんなにまともに取らなくてもいいさ。どのみち答えは一つだけじゃないんだから、いろんな人のいろんな意見を聞いてみるのがいいんじゃないかな…ほら、そんなシケた顔してないでさ、元気出せよ!」
 勢いよく彦四郎の肩をたたくと、勘右衛門はひらりと枝から飛び降りる。その後ろ姿を彦四郎は寂しげな笑顔で見送る。
 -そうだよね。
 自分には自分なりのやり方がある。そもそも学級委員長に決まった仕事はほとんどない。自分でどのような仕事を見つけるか、どのような役割を担うかを決めていくことが学級委員長の役割なのだ。そんな話を三郎から聞いたことをぼんやりと思い出していた。

 


「彦四郎、ここにいたの?」
「庄左ヱ門」
 枝から降り立ったところに小走りに駆け寄ってきたのは庄左ヱ門である。
「どうかしたの? あわてているようだけど」
「いや、べつにあわててるわけじゃないんだけど…」
「あい変わらず、いそがしそうだね」
「うん。ちょっとね…」
 照れたように頭を掻いた庄左ヱ門は、ふいに真顔になる。
「そうだ。彦四郎に聞きたいことがあったんだ」
「ぼくに?」
 意外な言葉に、彦四郎の眼が点になる。
「ていうか、相談したいことっていうか…」
 口ごもりながら庄左ヱ門が顔を伏せる。
「ぼくでよければ…」
「うん。聞いてくれる?」
「どうしたの?」
 木の根元に2人は腰を下ろした。
「じつはさ…は組のみんなが、どうやったら自主的に勉強してくれるかなって思ったもんだから」
「ど、どうしたの!?」
 一年は組にそんなことを要求するなど、安藤先生に親父ギャグをやめさせるようなものだと咄嗟に考えてしまう。
「うん。じつは…」
 ためらうように言葉を切った庄左ヱ門だったが、やがて小さくため息をついて口を開いた。
「学園長先生の突然の思いつきで、今度のテストでは組のテストの平均点が50点以上にならなかったら、土井先生に練り物を食べさせることになったんだ…」
「そりゃたいへんだ」
「それに、テストの問題は安藤先生と斜堂先生が作るように、ともおっしゃったらしいんだ」
「うわぁ…」
 もはやコメントすら出ない彦四郎だった。
「ぼくたちの成績が悪くて、ぼくたちがマラソンとか書き取り100回とかの罰を受けるならしかたないけど、土井先生がそんなことになるなんてぼくには耐えられないし、は組のみんなも同じだと思うんだ…」
「でも、土井先生がそんなことになるなら、は組の連中も頑張って勉強するんじゃないの?」
「それが…」
 ぎりと庄左ヱ門が歯を食いしばる。
「学園長先生は、このことはは組のみんなには秘密にするようおっしゃったらしいんだ。ぼくは、山田先生と土井先生が話されているのをたまたま聞いちゃったから知ってるんだけど」
 むしろ知らない方がよかった…と肩を落とす庄左ヱ門だった。
「とすると、土井先生にそんなペナルティがあることを知らせないように、は組の連中に勉強させる方法を考えないといけないってことだね」
 考え深げに腕を組みながら彦四郎が確認する。
「…そういうことなんだ」
 頭を抱えた庄左ヱ門が、何度目かのため息をつく。

 


「ぼく、思うんだけど」
 彦四郎が口を開いた。
「…は組の連中が勉強しない理由のひとつは、庄左ヱ門がしっかりしすぎているからじゃないかと思うんだ」
「しっかりしすぎ?」
 顔を上げた庄左ヱ門がおうむ返しに訊く。
「そう。いざとなれば庄左ヱ門が教えてくれるから、勉強しなくなっちゃうんじゃないかな。い組なんか、ぼくがしっかりしてないし、成績も大したことないから、伝七や佐吉や一平たちも、自分たちで何とかしようとするし、それでみんな成績がいいんだ」
「じゃ、は組のみんなも、ぼくがしっかりしなければ、勉強するようになるってこと?」
 庄左ヱ門の眼は彦四郎を見つめたままである。
「う~ん、それはどうだろう…は組のばあい、庄左ヱ門がいないとクラスがバラバラになりそうだし…」
 彦四郎は口を濁す。リーダーシップのあり方はクラスによってまちまちだという勘右衛門の言葉が胸に残っていた。
「でも、このままじゃ、土井先生がぼくたちのせいで練り物を食べさせられちゃう…そんなことになったら、ぼくは学級委員長として申し訳がたたないよ…!」
 再び頭を抱えた庄左ヱ門が膝に顔を埋める。
「そうだよね…それは、責任重大だよね…」
 庄左ヱ門の背中を撫でながら、彦四郎は応える。責任感の強い庄左ヱ門のことだから、どれだけ気に病んでいることだろう。自分も協力して、なんとかしなければと思った。自身も庄左ヱ門に何度となくアドバイスをもらったり助けてもらっていたから。
「ねえ。は組はいつもぼくたちい組にバカにされると怒るでしょ? そういうとき、勉強して見返してやろうってことにはならないの?」
 不意に口にした彦四郎に、庄左ヱ門の背中が反応する。
「それは…」
「やっぱりムリ? は組はそういう方向性にはならないか…」
 苦笑いに紛らせて、彦四郎は軽く首を横に振る。
「いや。やりようによっては、もしかしたら…」
 顔を上げた庄左ヱ門が考え込みながら呟く。
「もしその手が使えるなら、ぼくたちも協力するよ?」
「うん…それ、使えるかもしれない。彦四郎、協力してくれる?」
 庄左ヱ門の眼に力が戻る。
「もちろん!」

 

 

「は~あ」
 ため息をつきながら佐吉がちんたらとはたきを動かす。
「なにやってんだよ。はやくしないと掃除がおわらないだろ」
 苛立った口調で伝七が棚を拭く。
「だってさ」
 佐吉が口をとがらせる。「なんでぼくたちがこんなこと…」
 一年い組は、安藤から倉庫の整理と掃除を指示されていた。誰の仕事でもない掃除をやらされることになって、当然、全員が不満たらたらである。
「こんなことをしてる時間があったら、もっとテスト勉強ができるのに」
「そんなこと言ってるひまがあったら、はやくやれよ」
 カリカリした表情で伝七が言う。「佐吉、ちょっとさぼりすぎだぞ」
「さぼってるだって!?」
 佐吉がきっとして振り返る。「伝七だってトロいじゃないか!」
「なんだと!」
「もう2人とも…」
 はらはらして見守っていた一平が割って入る。「彦四郎、なんとかしてよ」
「そうだよ。なんとかしろよ」
「安藤先生に、もう終わらせてもいいかきいてきてよ」
 ほかのい組メンバーも口々に言う。
「そんなこと言われたって…」
 まだ倉庫の整理も掃除も手を付けたばかりである。そして、このような場面で協力する姿勢が出てこないのがいつものい組だった。
 -みんな、かってなことばっかり言って…。
 だが、とにかくい組メンバーをなんとか動かして掃除を終わらせなければならない。
 -庄左ヱ門なら、どうするだろう…。
 自信に満ちた表情を思い出す。
 -は組は、庄左ヱ門がなにか言えば、みんなが聞いてくれる。い組とはちがうんだ…。
 自分なりのやり方を探せ、といった勘右衛門の言葉が頭を過ぎった。
 -下から持ち上げる、か…。
 そうも勘右衛門は言った。それはこの場合、どうすることを意味するのだろうか。
 -みんながやる気になるようなことを言えれば…。
 そう思った彦四郎は顔を上げると、口を開いた。
「でも、安藤先生がこの倉庫の整理と掃除をするようおっしゃったんだから、やらなきゃだめだよ」
 うんざりしたような視線が集まるが、そこで止まってはだめだと考えた。
「早く終わらせれば、それだけテストの勉強の時間がふえるし…」
「でもさ…」
 不服そうに佐吉が口を開くが、彦四郎が遮るように続ける。
「それに、は組の連中がめずらしく追試の勉強を必死にやってるみたいだよ。教室にもどるときに、ちょっとからかってやらないか?」
 なぜそんなことを言ったのか、自分でもわからなかった。とにかく佐吉の不服を封じなければと思った。そうでないと、皆がてんでに好きなことを言いだしそうに思えたから。だが、その台詞は意外な作用をもたらした。
「へえ、なにそれ」
 伝七が身を乗り出す。「あの一年は組が勉強してるだって?」
「どういう風の吹きまわしなんだろうな」
 佐吉も関心を持ったようである。「そういうことなら、はやくおわらせては組の連中からかいに行こうぜ」
「そうだね! なんかおもしろそう!」
 一平が声を弾ませる。
「よし! それなら、みんなではやくおわらせよう!」
 思わぬ盛り上がりに一瞬戸惑った彦四郎だったが、勢いをそがないように気勢を上げる。
「「おう!」」

 


「ねえ、なんでいきなり勉強しなきゃいけないの?」
「そうだよ。追試なんていつものことだし」
 机に顎をのせたしんべヱがこぼすと、兵太夫も肩をすくめて言う。
「そんなこと言ったって、追試の成績がわるかったら、また追試なんだよ?」
 半助のペナルティのことは口にできない。庄左ヱ門は苦しい立場だった。
「やったってやんなくたって、どーせ追試の追試はかわんねーだろ」
 頭の後ろで腕を組んだきり丸が投げやりに言う。「おれたち、追試と補習の定期券ホルダーなんだぜ?」
「それに、まだナメクジさんたちのお散歩がおわってないんだ」
 喜三太が訴えるように言う。「ねえ、ナメクジさんたちのお散歩がおわってからでいいでしょ?」
「いや、だから、そうじゃなくて…」
 追い詰められた庄左ヱ門が声を張り上げる。「そんなこと言ってないで、みんな座って! 勉強するよ!」
「ちぇ」
「ふみゃぁ」
 口をとがらせたは組たちが、それでもいやいや座って忍たまの友を広げる。と、そこへ廊下に面した障子が開いた。
「あ、ホントだ。は組の連中が勉強してる」
「めずらしいこともあるんだね…あした、雪がふるんじゃないかなあ」
 ニヤニヤしながらは組の教室を覗き込むのは、倉庫の掃除を終わらせたい組のメンバーである。
「うっせーな。ジャマすんなよ」
 きり丸が声をとがらせる。
「そうだぞ。人が勉強してるんだからしずかにしろよ」
 虎若が声を張り上げる。
「「そうだそうだ!」」
 は組の皆が一斉に抗議の声を上げる。
「おおこわ」
「ま、せいぜいがんばってな」
「いくらがんばっても、しょせんアホのは組だけどな」
 ははは…と声を上げたい組たちが捨て台詞を残して走り去る。
「くっそ…すきなこといいやがって!」
 団蔵が拳を握る。
「ちょっとくらいアタマがいいからって…!」
「なんか、みかえしてやりたくなった!」
 クラスメートたちの声に潮流の変化を感じ取った庄左ヱ門がここぞとばかりに声を上げる。
「そうだよ! みんな、い組にあんなにバカにされてくやしくない?」
「だよな」
「そうだよ!」
 腕を組んで頷いたきり丸に続いて伊助が立ちあがる。「それでぼくたちの成績がわるかったら、またバカにしにくるよ、きっと!」
「そうならないためにも、みんなでがんばろうよ!」
 もう一押しとばかりに庄左ヱ門が鼓舞する。
「「おう!」」

 

 

 -うまくいった。
 廊下に立ち止まっては組たちの様子をうかがっていた彦四郎がほっとしたように微笑む。が、その表情はすぐに悪戯っぽいものに変わる。
 -さてと。もうひとつ、だいじな作戦をやらなきゃ。
 そして踵を返して教師長屋に向かう。

 


「さて、どうしようか…」
 文机に向かって腕を組んで考え込んでいる安藤のもとへ、「しつれいします」と声がかかる。
「入りなさい」
「はい」
 襖を開けて現れたのは彦四郎だった。「今日の学級日誌をお持ちしました。点検をお願いします」
「ああ、わかりました。そこに置いておいてください。あとで見ます」
 安藤の口調は心ここにあらずといった風である。
「わかりました。お願いします」
 文机にちらと眼をやりながら彦四郎が言う。い組のテスト問題を考えているなら、彦四郎が入ってきた時点で文机の上の書類を隠しているはずである。そうしないということは、あるいはは組のテスト問題を考えているのかもしれないと思った。
「ああいや、ちょっとい組以外のテスト問題を考えるよう言われていてね…」
 彦四郎の視線に気づいた安藤が意外とあっさり認める。
「い組以外の、ですか?」
 彦四郎がとぼけて訊く。
「そうなんです。実は学園長先生から、は組のテストの問題を作るように言われてしまってね…ただ、これが意外に難しい」
 腕を組んだ安藤がため息をつく。「なにしろ出来の悪いは組のことです。君たちい組と同じようなレベルの問題など出そうものなら全員零点でしょうからね。そんなことで私に責任をかぶレイと言われてもね…」
 したり顔の安藤がちらと彦四郎に眼をやるが、彦四郎は無視して言う。
「それなら、かんたんですよ」
「かんたん?」
 妙にはっきりと言い切る彦四郎だった。
「は組の学級委員長の庄左ヱ門が言ってました。は組は『忍たまの友』の35ページから38ページの間で授業が止まって困っているって」
「どういうことですか?」
 安藤が身を乗り出す。
「庄左ヱ門が言ってましたが、35ページから38ページまでやったところで、学園長先生がいきなりいらして学園長先生が校庭に落とされたブロマイドを探せとおっしゃって、ようやく見つかったと思ったら喜三太のナメクジがいなくなって、きり丸がバイトを初めて、山田先生が女装の特訓をすると言い出して…」
「ああもういいです」
 安藤が手を振りながら言う。「つまり、35ページから38ページまでは理解できているかきわめて怪しいということですね?」
「まあ、そういうことみたいです」
「なるほどね」
 思案するように安藤の眼が泳ぎ始める。これで十分だと思った彦四郎が言う。
「あの…もう行っていいでしょうか」
「あ、ああ、そうでした…行きなさい」
「しつれいします」

 


「…ということになったから」
 安藤とのやり取りを手短に説明した彦四郎は、悪戯っぽく歯を見せて笑った。
「…すごいや、彦四郎…」
 庄左ヱ門が眼を大きく見開く。「でも、どうして?」
「どうしてって?」
「だって、い組はいつもぼくたちは組のことバカにしてるじゃない」
「うん、まあ、そうなんだけどさ」
 首をすくめた彦四郎が頭を掻く。「でも、ぼくたちも土井先生は好きだから、そんなひどい目にあうなんていやだなって」
「そうなの?」
「そうだよ。だって、土井先生はいつも安藤先生にイヤミを言われてるのに、ぼくたちにはとってもやさしいし、いろいろ教えてくださるし。それに…」
「それに?」
「このことで、庄左ヱ門がとっても困ってるようだったから、ぼくでちょっとでも役にたてればって思ったから…」
 言いながら彦四郎は照れたように顔をそむける。

 


「なんと!」
「これは…!」
 動揺した声が上がる。いまや顔面蒼白になった安藤が斜堂影麿と並んで大川の前に脂汗を流しながら座っている。庵の隅には伝蔵と半助が緊張した面持ちで控えている。
「で、どうじゃった。一年は組の追試の結果は」
 大川が落ち着き払って訊く。
「それが…」
 安藤が口ごもる。その結果は今に至っても信じがたいものだった。
「どうしたのじゃ。安藤先生」
「はい…その、一年は組の追試の平均点ですが…51点でした」
 うめくような安藤の口調はまだ悪夢にうなされているようである。
「「やった~あ!」」
 庵の外で耳をそばだてていたは組たちが飛び上がる。
「なんだって…?」
「信じられない…」
 顔を見合わせた伝蔵と半助も半ば呆然としている。
「ふむ…つまり、ギリギリ50点を超えたということじゃな」
 腕組みをした大川があきらかに失望したように言う。
「ということは…」
 伝蔵が身を乗り出す。
「練り物を食べなくてもいいということですね!」
 ようやくその意味に思いが至った半助は弾んだ声を上げる。
「まあ、そういうことじゃな…」
 腕組みをしたまま大川が嫌そうに頷く。

 


「彦四郎、ありがとう! なんてお礼をいったらいいか…」
 彦四郎の両手を握りしめながら庄左ヱ門が声を詰まらせる。
「よかったね、庄左ヱ門」
「うん! でも…」
 不意に気がかりそうに庄左ヱ門が顔を伏せる。
「どうかした?」
「うん…ぼく、彦四郎にはとっても感謝してるんだ。でも、このやりかたがほんとうによかったのかなって…」
「そうだね…」
 釣られて顔を伏せた彦四郎だったが、すぐに顔を上げて微笑む。「でも、これもひとつのやり方だと思うんだ」
「どういうこと?」
 伏せた顔を少し上げた庄左ヱ門が、上目遣いに彦四郎を見る。
「まえに三郎先輩が言ってたよね。先生をだしぬくのも忍たまの術のひとつだって」
「先生を…だしぬく?」
「そう。だって、安藤先生は相手をあなどるという忍者の三禁にかかっていたんだよ。それを利用しない手はないだろ? 安藤先生なんか、いまでも『は組の成績がよかったのは斜堂先生がやさしすぎる問題を出したせいです』なんて言ってるんだよ? だから、ぼくたちの作戦は大成功だったんだよ。もっと自信もたなきゃ!」
 言いながら、握り返した庄左ヱ門の手を大きく振る。
「うん、そうだね」
 ようやく庄左ヱ門にも笑顔が戻ってきた。「それに、やっぱり彦四郎はすごいよ」
「え? そうかなあ…」
 照れたように彦四郎が頬を染める。
「そうだよ。だって、教わった忍術をきちんとおぼえているし、それを先生に応用するなんて、ぼくにはぜったいムリだよ…」
「そんなことないって」

 


「聞いたぞ、彦四郎。は組のピンチを助けてやったんだってな」
 数日後、校庭の木の枝に彦四郎と勘右衛門の姿があった。
「はい! やってみました」
 弾んだ声で彦四郎が勘右衛門を見上げる。
「先生を術にかけるとは、さすがい組の学級委員長だ」
 彦四郎の頭を軽くなでた勘右衛門は、懐から饅頭を取り出す。「これは俺からのご褒美だ」
「あ、ありがとうございます」
 両手で受け取った彦四郎は、戸惑ったように勘右衛門を見上げる。
「どうした? これ、うまいんだぞ」
 もうひとつ懐から取り出した饅頭をぱくつきながら勘右衛門が言う。「どうだ? 少しは彦四郎なりのやり方が見つかったかい?」
「はい…なんとなく」
 饅頭を小さくかじりながら彦四郎は考え込むように答える。
「それでいいさ」
 朗らかな声で勘右衛門が言う。「彦四郎は、一歩離れたところから観察することに長けている。今回もそうだったろ? それは彦四郎じゃないとできないことだと俺は思うよ」
「…はい」
 小さく笑いながら彦四郎はふたたび勘右衛門を見上げる。微笑みかける勘右衛門と視線がまじわる。

 

 

<FIN>

 

 

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