Winter Correspondence

 

春から秋までは、毒虫を追いかけまわしたり毒草園の手入れをしたり孫平のお散歩に出たペットを捜したりと大忙しの生物委員会ですが、季節が移ろい、虫たちが姿を消したときに、ふとこれから何をするのか立ち止まる瞬間があるように思うのです。特に一年生たちは。

そんな彼らに、頼れる委員長代理はどのような答えを示すのでしょうか。

 


「これでよし、と」
 一平が種の詰まった箱を戸棚に収めると、見守っていた虎若と三治郎がほっとしたように笑顔になる。
「じゃ、畑にもどろう!」
 虎若の声に、皆が部屋から走り去る。

 


「せんぱ~い! 毒草のたね、ぜんぶしまってきましたあ!」
「おう! ご苦労さん!」
 一平の声に、鍬を振るっていた八左ヱ門が応える。
「なんにもなくなっちゃいましたね」
 土がむき出しになった畑を見渡した三治郎が呟く。
「ああ。もう飼料になる作物も収穫しちゃったしな」
 額の汗を拭いながら八左ヱ門も畑を見回す。
「そういえばジュンコもとうみんしちゃったんですか…」
 少し離れたところで黙然と鍬を振るっていた孫平に、孫次郎が声をかける。
「…ああ」
 ぼそりと孫平は応える。「また会えるって分かっていても、別れは辛いもんだよ…」
「そんなもんなんですか…」
 正直、ジュンコを怖がっていた孫次郎は、姿を消したことにほっとしていた。だが、見るからに落ち込んでいる孫平になにか声をかけなければと思ったとき、
「お~い、まごじろ~! こっちてつだってよ~!」
 離れたところから呼ばわる声にはっとして振り返る。
「すぐいく~! …じゃ、しつれいします…」
 ぺこりと頭を下げると駆け出す孫次郎だった。

 

 

「ほら、おたべ」
 煮込んだ雑穀を冷ましたものを器に盛ると、待ちかねたようにイノシシやタヌキたちがかぶりつく。
「おなかがすいてたんだね」
 孫次郎たちはしゃがみ込んでその様子を眺めていた。
「でも、すごくげんきになったみたいだね」
 一平がほっとしたような笑顔を見せる。保護されたばかりのころのイノシシやタヌキたちは、ケガで動くこともできず、抱きかかえても抵抗することもできないほど弱っていた。 
「ほんと。げんきになってよかった」
 虎若も大きく頷く。

 

 

「せんぱい」
「どうした?」
 その頃、少し離れた井戸端で八左ヱ門と三治郎が雑穀を煮た鍋を洗っていた。
「これからさむくなったら、生物委員会のしごとはなにがあるんですか?」
 春から夏にかけては虫を追いかけまわしたり、毒虫用の毒草を育てたりと忙しかったが、秋から冬に移り変わるにつれ虫たちは姿を消し、毒草も枯れて種を収穫したところだった。保護している動物も具合がよくなれば山に放すことになっていたから、これからますます仕事がなくなるように思えた。
「ああ、保護してるイノシシやタヌキの世話くらいかな」
 予想通りの答えをする八左ヱ門だった。
「…そうですか」
 声を落とす三治郎の横顔を、気になったように八左ヱ門がちらと見やる。
「イノシシたちになんかあったか?」
「そうではないのですが…」
 言いさして言葉を切る。
「ん?」
「いやその…ちょっとさびしいなって…」
 俯いた三治郎がぽつりと言う。
「さびしい?」
「はい、その…」
 いよいよ言いにくそうに三治郎は口ごもる。
「…ぼくたち、はじめは毒虫たちのせわなんていやだなっておもってたんです…でも、いなくなってみたらさびしいなって。どんどん大きくなって、サナギになったりガになったりするのをかんさつできなくなったし、イノシシたちもケガがなおって山にはなしたら、もうせわすることもできなくなっちゃうし…」
 ぼそぼそと呟くように三治郎は告白する。
「そっか」
 八左ヱ門は頷く。そして、後輩たちが生き物を観察する楽しさに気付いていたことがうれしかった。
「でもなあ、三治郎」
「はい?」
 肩に手を置かれた三治郎が顔を上げる。
「生き物がいなくなるだけが冬じゃないんだぜ?」
「そう…なんですか?」
「ああ、もちろんさ!」
 胸を張った八左ヱ門が言い切る。「よし、今度見せてやるぜ!」
 

 


「そっと、気配を消して見るんだぞ」
 声を潜める八左ヱ門に後輩たちが緊張した面持ちで黙って頷く。
 翌日、八左ヱ門率いる生物委員は、裏山近くの池に自然観察会に出ていた。すでに冬鳥が続々と飛来し始めていた。
「見ろよ。白鳥がいるぜ」
 八左ヱ門の視線の先には、数羽の白鳥が優雅に泳いでいた。その周りにはたくさんの鴨がひしめいている。
「うわぁ、きれいだなあ…」
 声を潜めながらも一年生たちが感嘆の声を漏らす。
「あの鳥たちは、どこからくるんですか?」
 三治郎が訊く。
「ずっと北のほうからくるんだよ」
 八左ヱ門に代わって一平が答える。
「北って、相模とか?」
 金吾や喜三太の故郷もずいぶん遠いと聞いている。一年は組の生徒にとってそれより遠い土地というのは想像がつかなかった。
「相模は東だろ」
 呆れたように一平が肩をすくめる。「陸奥とか、蝦夷とか、もしかしたらもっととおくからだよ」
「もっととおく?」
 虎若が眼をむく。教室の壁に貼ってあった地図で見ても相模は遠いし、陸奥や蝦夷はもっと遠かった。それより遠くは地図に納まるところではなかった。
「ああ。蝦夷の海の向こうの韃靼から来る鳥もいるらしいぞ」
 八左ヱ門が引き取って答える。
「どうしてそんなとおくからくるんですか?」
 か細い声で孫次郎が訊く。
「蝦夷や韃靼じゃ、冬になると湖や池も凍るほど寒いらしい。そうなったら水鳥たちはいられなくなるだろ?」
「ひょぇぇ…」
 道端や田んぼに残った水たまりが冬に凍るのは見たことがあっても、湖そのものが凍るということがありうるのだろうか。信じられない気持ちで虎若はため息をつく。
「ところで、あそこにいる鳥はなんですか?」
 変わった飾り羽のついた鳥を指しながら三治郎が訊く。
「お、珍しいな、カイツブリの仲間だ」
 八左ヱ門が身を乗り出す。「ここで見るのは初めてだぜ」
「そうなんですか?」
 虎若が不思議そうに訊く。渡り鳥というものはいつも同じところに来るものだと思っていた。
「ああ。この池で毎年観察してるけど、あれは初めてだ。きっとなんか事情があって今年はここに来たんだろうな」
 声を潜めながら八左ヱ門は応える。
「そうなんですか…だとしたらかわいそうですね」
 虎若の声も沈む。いつもの越冬地が使えずにやむなくこの池に来ざるを得なかった鳥たちはどんなに不安だろうと思った。
「ま、ちょっと寄り道しただけだってこともあるからな」
 虎若の反応に慌てて八左ヱ門が付け加える。「だから、明日にはいなくなってるかもしれない。今のうちに観察しておこうぜ」
「はい…それにしてもさむいですね」
 指先に息を吐きかけながら一平がぼやく。鳥を眺めているのにもそろそろ飽きてきたし、早く戻って宿題を片付けなければと思い始めていた。
「まあそう言うなって…もうすぐだからさ」
 八左ヱ門がなだめる。
「もうすぐ?」
「見てろって…ほら、来たぞ」
 言いながら見上げる八左ヱ門に後輩たちの視線も続く。空の一角からけたたましい鳴き声とともに一群の雁が現れた。
「あっ、雁だ!」
 虎若が声を上げる間にも、みるまに下降してきた雁たちが水面に降り立つ。
「もうすぐ日暮れだ。これから雁どもがどんどん帰ってくるぞ」
 八左ヱ門が説明している間にも次々と雁の群れが現れては着水する。
「すごいなあ…こんなにいるんですね」
 白鳥や鴨にたくさんの雁が加わって水面は鳥で埋め尽くされそうになっている。これほど多く集結する鳥を見たことがない三治郎が感嘆する。
「だろ?」
 にやりと白い歯を見せた八左ヱ門だったが、すぐに続ける。「よし、これで冬の野鳥見学会は終わりだ。帰るぞ」
「え、もうかえっちゃうんですか?」
 つい鳥たちの動きに眼を奪われていた一平たちが振り返る。
「ああ。もうすぐ日が暮れる。それまでに学園に戻らないとな」 

 

 

「すごくたのしかったなぁ。伊賀崎せんぱいもくればよかったのに」
 陽が暮れかかり、足元が徐々に暗くなってきた山道を下りながら一平が言う。
「そういえば、伊賀崎せんぱいはカメムシ越冬隊のためのばしょ、みつけられたのかな」
 虎若が呟く。越冬地探しに奔走していた孫平は、観察会に加わっていなかった。
「いくつかいいところがあるっていってたけど…」
 気がかりそうに孫次郎が言う。「でも、ぼくたちが日陰ぼっこするところだったらどうしよう…」
「ああ、それね」
 一平たちが顔を見合わせて肩をすくめる。
「あ~あ、もうちょっとみていたかったな」
 頭の後ろで腕を組んで歩きながら、虎若が話題を変える。
「なら、また観察会開いてやるよ」
 先頭を歩いていた八左ヱ門が振り返りながら言う。
「ホントですか!?」
「やったぁ!」
 後に続く一年生たちが歓声を上げる。
「これからますますにぎやかになるぞ」
 八左ヱ門が続ける。「北からいろんな鳥があの池で越冬に来るからな」
「へえ、どんな鳥なんですか?」
 宿題のことも頭から消えたように一平が訊く。
「オシドリとかオナガガモとか…そういやこの前、学園の近くでツグミも見たぜ」
「すごいなあ。そんなにたくさんの鳥がくるなんてしらなかったです!」
 三治郎が声を弾ませる。「いままでそこまで気をつけて見たことなんてなかったな…」
「だろ?」
 ニヤリと歯を見せる八左ヱ門だった。「確かに冬には虫どもはほとんどいなくなるけど、冬しか見られない生き物だっていっぱいいるってことさ」
「そうですね」
 三治郎が頷く。「冬ってとってもさびしいなっておもってたけど、冬しかあえない鳥たちもいるんですね」
「そういうこと。ま、冬の通信使ってとこだな」
「はい!」
「そうおもいます!」
 にぎやかに話しながら歩いているうちに、学園の鐘楼が見えてきた。そのはるか上には藍色に染まった空に一番星がまたたいている。

 

 

 

<FIN>

 

 

Page Top ↑