おかえり

 

間違いなく25期の神回のひとつ『家に帰ろうの段』を見ていたら萌え滾りが止まらずに書きまくってしまったお話です。

きり丸の表情のうごきと土井先生の優しい表情がもうたまらん(*´Д`)

 

 

「ただいま~っ!」
 締め切っていた板戸を開け、窓の雨戸を開けると、玄関から裏庭へと涼やかな風が通り抜け始めた。土間に並んで深呼吸する。いつの間にか家に帰って来た時の習慣になっていた。
「さて、掃除に取り掛かるぞ、きり丸!」
 腕をまくり上げて襷を掛けながら半助が言う。
「はい!」
 きり丸が裏庭の井戸に水汲みに駆け出すと同時に「おや半助、帰ってたのかい」と言いながら隣のおばちゃんが玄関から顔をのぞかせる。
「はい。どぶ掃除は明日でしたよね?」
「そうよ。よろしくね。あ、そうだわ。漬物がおいしく漬けたから、後で持ってきてあげるわね」
「ありがとうございます!」
 おばちゃんが立ち去ると土間の掃除にとりかかる。板の間ではきり丸が猛然と雑巾がけを始めていた。

 

 

「そういや、なんで学園長先生は新型煙玉の開発なんて命じられたんすか?」
 掃除と近所へのあいさつ回り、夕食を済ませてようやくくつろぐ二人だった。囲炉裏に向かい合ったところできり丸は疑問を思い出したきり丸が訊く。
「ああ、休みの間にご友人の忍者仲間に会うらしくてな、学園の底力をみせつけてやると仰っていた」
 白湯を飲みながら半助は言う。
「なんすかそれ」
「まあたしかに、あれだけ潤沢に硝石を持っていて開発実験をできるのは、よほど城主が火器に関心のある城か忍術学園くらいしかないからな」
「そうすか…ふぁ~あ」
 いつの間にかとろんとした眼になっていたきり丸が大あくびをする。
「今日は疲れただろう。もう寝なさい」
「は~い」
 よろよろと立ち上がると布団を敷き始める。
 -ホントはもっと土井先生と話していたかったな…。
 ちらと視界の端に半助の姿を捉えながらそんなことを考える。だが、悲しいことやうれしいことがありすぎて疲れていた。
 -まあいいや。休みのあいだは土井先生といっしょだから…。
「おやすみなさい」
 布団に潜り込んだきり丸が顔だけ半助に向けて言う。
「おやすみ、きり丸」
 顔を上げて微笑む半助の横顔に囲炉裏の火がちらちらと影を刻む。ようやく安心できた気がしてきり丸は眼を閉じる。

 

 

「…」
 きり丸の寝顔に黙然と眼をやりながら半助は考え込んでいた。
 -一緒に帰れてよかった。
 なにより深い思いだった。伝蔵と利吉が徹夜で手伝ってくれなければ、今頃自分はまだ学園で新型煙玉の研究を続けていたかもしれない。そしてきり丸は一人で眠りにつかざるを得なかっただろう。
 -あんなに喜んで…やはり一人は寂しかったんだろうな…。
 乱太郎たちと別れる一本松のところで追いついたときのきり丸のぱっと輝いた表情がまだ脳裏に焼き付いていた。それはそれでほっとしたところだったが、ふくらはぎや太腿に重い感覚がまとわりついているのも事実だった。
 -私としたことが、あの程度で筋肉痛になるとは。
 一定の速度を保ちながら走ることは忍の基本中の基本である。決まった速度で走れば筋肉に余計な負担をかけることなく走り続けることができたし、距離を測る目安にもなった。だが、今日の自分は明らかに自分のペースを自分で壊す走りをしていた。
 なぜあんなに後先考えずに走ったのだろう。半助は考える。もちろんきり丸に追いつきたかったからだが、なにも初めての道でもないからきり丸が一人で家に帰れないはずはなかったし、これまでそういうことも何度もあった。だが、今日だけはどうしても追い付かなければと思った。きり丸を一人にしてはいけない、そう思った。伝蔵と利吉に見送られて校門を出たとき、ふと風を通しながら家のがらんとした土間に一人たたずむ姿が浮かんで、胸が締め付けられるように感じたのだ。
 -きり丸、すまない。もっと側にいてやらないといけないのにな…。
 どうしても仕事がたてこんで、休暇の間もずっと側にいてやれないことは、半助の心にわだかまりとして残っていた。

 

 

 

「では、私はそろそろ帰りますわ」
 休暇に入って静まり返った学園の夜を水いらずで過ごした翌朝、伝蔵の妻は手早く旅支度を整えながら楚々と言う。
「なに、もう帰るのか」
 意外そうに伝蔵が眉を上げる。数日ゆっくりしていくものとばかり思っていた。昨夜は積もる話もしようと思っていたが、徹夜の実験で眠気に耐えられず、早々に寝てしまったから。
「はい。あなたが元気に過ごしているのは分かりましたし、あまり長く家を空けるのも心配ですから…それに利吉も」
 するりと視線を夫と並んで自分を見つめている息子に流す。「次の仕事も入っているのでしょう?」
「あ、いえ、仕事なら…もともと父上を家にお連れするつもりだったので…」
「まあとにかく」
 すっかり身支度を整えた妻は立ち上がる。「そろそろ出立するわ」
「送ろう」
 言いながら伝蔵は立ち上がった。慌てて利吉も立ち上がる。
「あなた…」
 意外そうに妻が眼を見開く。
「この先の山道には最近山賊がでると言われておる。危険だからな…」
 顔をそらしながらごにょごにょと語尾を濁す伝蔵に、思わず微笑む妻だった。夫の頬がわずかに紅潮しているのに気付いたから。
「そうですか。では、お願いしようかしら」
 現役のくノ一である自分であれば、賊の数人は簡単に追い散らせるだろう。夫は承知の上で言っているのだ。もう少し一緒に話したいと。
「では、私も」
 急いで荷物をまとめる利吉だった。

 

 

「それにしても、父上があんなに怒られるとは思いませんでした」
「当たり前だろう。きり丸は私の大事な生徒だし、半助は大事な同僚だ」
 山道を歩きながらも話は続いていた。
「きり丸君は今頃土井先生と楽しく過ごしているでしょうか」
「さあな。きり丸は休暇中は半助に手伝わせるのを前提でバイトを引き受けてくるから、授業の準備が全然進まんとぼやいておったからな…」
「そういえば、休みの間によくよその忍者や一年は組の生徒たちが来たりするそうですね」
 可笑しそうに利吉が言う。
「それも決まって飯時に来るといってきり丸がむくれているそうだ」
 苦笑しながら話す半助の表情を思い出す伝蔵だった。
「まあ…」
 妻がおっとりと笑う。「それだけ皆さんに好かれているのですね、二人とも」
「好かれてるというのかな」
 頭を掻きながら伝蔵が肩をすくめる。半助やきり丸の話を聞く限り、歓迎せざる来訪者は昼夜問わず一方的に押し寄せてくるので迷惑しているとしか思えないのだが。
「まさかあなたや利吉までそんなご迷惑なことをすることはないと思いますが」
 にこやかながらもきっちりとくぎを刺す妻である。「くれぐれもお邪魔のないようになさい。きり丸君には土井先生が必要なのでしょうから」
「わ、分かっとる」
「も、もちろんです!」

 

 

 

「ぶえっくしょっ!」
 翌朝、囲炉裏の灰の中から火種をおこしていたきり丸が盛大なくしゃみをした。ぶわっと灰が舞い上がる。釣られるように文机に向かっていた半助も「ぶえっくしょい!」とくしゃみをする。
「きり丸、大丈夫か」
 もうもうと立ち上る灰を払いながら半助が声をかける。
「はい…げほげほっ」
 せき込みながらきり丸が応える。
「どうしたんだ。風邪か?」
 気がかりそうに半助が訊く。
「いえ、きっとだれかがウワサしてたんですよ。先生こそだいじょうぶですか?」
「ああ。きっと私もウワサされていたんだろう」
 鼻を拭いながら半助が呟く。
「山田先生たちですよ、きっと」
「そうかもな」
 頷いた半助がふと可笑しそうにぷっと笑う。
「どーしたんすか、先生」
 きり丸がいぶかしげに顔を突き出す。
「ああ、山田先生も変わられたと思ってな」
 どっかと囲炉裏端に座りなおした半助が言う。「前は『亭主の職場に女房が来るもんじゃない!』なんて仰ってたのに、今では当たり前のように奥様を迎え入れられている」
「そーいやそうっすね」
 ようやく火種を掘り起こして炭に移すことができたきり丸が顔を上げる。と、「ぶっ」と噴き出しかけて慌てて口を押える。
「どうした、きり丸」
「だって土井先生のかお…灰だらけっすよ」
 たまらずきり丸がげらげら笑い転げる。
「何を言ってるんだ」
 呆れたように言いながら半助が立ち上がる。「きり丸だって灰だらけだぞ…ほら、井戸に顔洗いに行くぞ」
「へいへい」
 まだくすくす笑いながらきり丸も立ち上がる。
「どうっすか。キレイになりましたか」
 井戸端で顔を洗ったきり丸が手拭いで顔をふきながら訊く。
「ん? …ちょっと待ちなさい」
 並んで顔を拭っていた半助がふと気づいたように手を伸ばすときり丸の耳を軽くこする。「ここにも灰がついているぞ…よし、これで大丈夫だ」
「ありがとございま~す! さ、さっそくメシにしましょう!」
 自分でも確かめるように耳をさすったきり丸が俄然張り切って家の中へと駆けていく。
 -まったくせわしないことだ…。
 ちいさくため息をついて立ち上がった半助が、きり丸の駆け込んだ勝手口に眼をやる。
 -だが、あやうくきり丸を一人にするところだった…。
 今までだって何度もきり丸を一人で家に帰したり、一人残して任務に出かけたことはあった。そのことを不安に思ったことはなかったし、いつもきり丸は平気な顔だった。だが、今回はなぜかそれをしてはいけないと感じた。
 -なぜだろう…。
 黙然と薄暗い勝手口に眼をやりながら立ち尽くす。中からはきり丸が部屋を片付けたり食器を並べたりする音が小気味よく聞こえてくる。
 -あんなに寂しそうな、あんなに不安そうな顔を見たのは初めてだ…そうか!
 ふと思い至った。それは、今までは自分に隠していたからに過ぎないのだと。
 -ようやく、素直な感情を見せてくれるようになったんだ。
 すっかり自分に懐いてくれたと思っていたきり丸だったが、実はまだ遠慮を抱えていた。そのことに自分は気付いていなかった。そうであれば、まだ自分には解きほぐしてやらねばならないものが残っているのかもしれない。
 -急ぐことはない。ゆっくりと向き合っていけばいい…。
 そのための時間がどれだけ残されているのか、という問いはひとまず措くことにしてそう考えることにした。
 -いま、この時にできることをやればいい。それだけでいいんだ…。

 

 

「せんせ~い、そんなところで何やってんすか~」
 ひょいと勝手口から顔をのぞかせたきり丸が声を上げる。「もうメシの用意できましたよ~」
「おう、すまんすまん」
 我に返った半助が苦笑しながら足を進める。晴れ上がった空に白い光が眼を射る。

 

<FIN>

 

 

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