出自と育ち

 

伊作が実は高貴な出自、という前提のお話です。影武者になった伊作を狙う勢力は、そして伊作を守るべく立ち上がった留三郎は…! と書くと手に汗握る冒険活劇みたいですが、実態は出自と進路に惑う伊作のお話です。

それにしても、昔の貴人は大胆だったんですね…。

 

 

「ふむ…面倒な依頼じゃの」
 届けられた文に眼を通した大川が鼻を鳴らす。
「ヘム?」
 文を届けたヘムヘムがいぶかしげに見つめる。それに構わず大川は口を開く。
「伊作を呼びなさい」

 


「善法寺伊作、参りました」
 立ち止まる気配とともに襖の外から緊張したような声が響く。
「入りなさい」
「失礼します」
 庵に入った伊作が向かい合って座るや大川は本題に入る。
「伊作は石清水の検校の家であったな」
「は…はい」
 応える声が一瞬詰まる。伊作にとって石清水での日々は消したい記憶でしかなかった。
「であれば公卿の振る舞いも心得ておろうの」
「いえ、それは…」
 なるほど両親なら公卿と変わらない程度に故実にも通じているだろうが、10歳で学園に入った伊作には縁のない世界だった。だが、大川は聞いてなかったように続ける。
「なに、それらしく振舞えればよいのじゃ」
「あの…なにかそのような任務があるということでしょうか」
「まあ、そうじゃの」
「といいますと」
「ヒラタケ城は知っておるか」
「まあ、名前だけは」
「ヒラタケ城主の平竹小十郎為高殿においては世継ぎがなくての、公家の茸小路家の次男坊を迎え入れることにしたのだが、それを妨害しようとする勢力があるとの情報が入った」
「そのお世継ぎの影武者ということですか」
「そうじゃ」
 大川は頷く。「そのためにはいかにも公家の子息らしく振る舞える者でなければ、とうてい敵の眼は欺けないじゃろう。だが、学園の関係者でそれに近い者といえば、伊作のほかはおらん」
「…」
 たしかに学園にはいろいろな出自の生徒がいたが、公家社会に連なる家の出身は見当たらなかった。だが、そのことと、自分が公家らしく振る舞えるかは別問題である。
「しかし、私はもう…」
 人生の三分の一以上を学園で過ごしている。今の自分には、それらしき雰囲気をまとうことすら不可能だろう。だが大川は平然と言う。
「なに。生まれは争えぬ。それらしい場面になれば自然にそれらしく振る舞えるじゃろう。それは伊作にしかできぬことじゃ。というわけで、先方には伊作を送ると返事をしてある。明朝、出立するように」
「え、えぇ~っ!?」
 つまり自分が呼び出されたのは打診ではなく命令だったと知って思わず声を上げる。
「忍はガッツじゃ! 任務とあらばどのようなものであれ果たすのが忍じゃ。伊作もガッツでやりきるのじゃ! よいな!」
「…はい」
 一方的な話の前に、そう答えるしかない伊作だった。

 

 

「へえ、伊作がお公家様の真似事か」
 面白そうに含み笑いする留三郎だった。
「笑い事じゃないよ」
 伊作が頬をふくらませる。「ホントにそんなの僕に務まるとは思えないんだ」
「でも、学園長先生は引き受けてきちまったんだろ?」
 留三郎は指摘する。「だったら、やるしかないだろ」
「分かってるけど…」
 言いさしてちらと留三郎に視線を向ける。
「わかったよ…しょうがねえな」
 いかにも面倒そうに言うが、そう返事せざるを得ないことは分かっていた。
「ありがとう、留三郎! 留三郎ならそう言ってくれると思ったんだ!」
 待っていたように伊作が留三郎の手を取る。
「ったくよ…」
 毒づきながらも照れたように頬を染めて眼をそむける留三郎だった。こうしていつもいつも伊作の不運に巻き込まれていくんだな、と思いながら。

 

 

「では善法寺殿、食満殿、ご協力よろしくお願いします」
 ヒラタケ城の侍がかしこまる。
「わかりました」
 応える伊作はすっかり公家のなりである。傍らにはヒラタケ城の従者に扮した留三郎が控える。
「ではお駕籠に」
「はい」
 一行はあえて美々しく家紋の入った駕籠を使っている。駕籠に乗り込みざま留三郎が「おい、伊作」とささやきかける。
「なんだい、留三郎」
「お前はいまお公家様なんだから、もっと偉そうにしろ。返事も『はい』じゃなくて『うむ』とか鷹揚に言えよな」
「あ、ああ…ありがとう、じゃなくて、うむ」
 曖昧に頷きながら駕籠におさまる。
「出立!」
 先頭の露払いが声を上げる。

 

 

「…」
 威儀を正してすすむ駕籠の動きは遅い。せまい駕籠のなかで伊作はしきりにため息をついていた。
 -こんなものからとっくに縁が切れたと思ったのに…。
 手足をわずかでも動かせば、狩衣の衣擦れの音が耳に障る。顔に塗りたくられた白粉のにおいが充満している。舌先は歯に施した鉄漿の渋味がまとわりついていた。どれもすべて、石清水の検校の家で幼少のころからなじんだものだった。そして、それは忌まわしい記憶でしかなかった。
 -それなのに、なんで今頃…。
 それが任務と分かっていても、過去の記憶を呼び起こすものとは関わりたくなかった。伊作にとっては、絹の衣を引きずって畳が敷き詰められた広大な座敷をいざり歩くより、狭い板の間で麻の制服をまとっていても留三郎や仲間たちに囲まれた生活が必要だった。
 -それなのに…。
 駕籠が止まった。

 

 

「今日はこちらでお休みください」
 通されたのは代官の屋敷だった。賓客を迎えるために磨き上げられたらしい廊下を伝って座敷に通される。
「今日のところはこちらにご逗留いただきます。すぐに湯の用意をさせますのでお召しくださいませ」
 出迎えた代官が平伏して言う。
「大儀」
 伊作は鷹揚に応える。
 -すげえ。
 傍らで見ていた留三郎は感嘆する。駕籠の中でどんな心変わりを遂げたか知らないが、いかにも若い公家らしく狩衣姿で脇息にもたれてくつろいだ表情を見せる伊作は、それがもともとの姿だったように自然な態度になっていた。それは今まで留三郎が知っていた伊作とはあまりに違っていた。
 -俺は、伊作の一面しか知らなかったってことか。六年間も付き合っていて…。
 そういう態度を取れと言ったのは自分だったが、それでも胸に寸鉄を撃ち込まれたような痛みをおぼえる留三郎だった。

 

 

 ≪おい、伊作…≫
 ≪なんだい?≫
 大勢の女たちが忙しく動き回る湯殿(風呂場)の片隅に控えた留三郎が矢羽音を飛ばす。いぶかしげに伊作が振り返る。
 ≪ちょ、その恰好…≫
 女たちの前で、伊作は一糸まとわぬ姿になっていた。背後に立った女房が肩からそろそろと湯をかけると、上(上半身)担当と次(下半身)担当の女房が二人がかりで身体を洗っていく。見ているほうが気恥ずかしくなる光景だった。
 ≪でも、お公家様はこうするものだよ≫
 ケロッとした表情で伊作が解説する。≪自分では手を動かさないものなのさ。だから、お風呂もこうやって洗ってもらう。おかしいかい?≫
 ≪おかしくはねえけど…≫
 だが、自分の知っている常識とはあまりに違う。伊作だって学園では普通に一人で身体を洗ってたではないか。それなのに、いまの伊作はいかにも人に仕えられ慣れた様子で女たちの前に裸体をさらし、身体を洗わせている。また一つ、自分の知らない面を見せつけられたようで留三郎はいたたまれなかった。
 ≪周りを巡回してくる。≫
 言い捨てた留三郎はやにわに立ち上がると、するりと扉を開けて湯殿の外に出る。
 -なんなんだよ、伊作のヤツ…!
 前栽を踏みしだきながら留三郎はやり場のない感情を持て余す。
 -あんなにあっさり公家の真似事になじみやがって…!
 いかにも伊作に公家らしい態度を取れと言った。だが、だからといってあそこまで別人のように役になりきることはないではないか。まるであれでは根っからの公家がここ数年だけ忍たまを装っていただけのようだ…。
 八つ当たりに近い憤懣を何にぶつけようかと思ったとき、大きな物音とともに女の悲鳴と「曲者だっ!」と叫び声が響いた。
 -なにっ!?
 慌てて湯殿に駆け戻ろうとしたとき、屋敷の屋根を駆ける数人の忍の姿を視界に捉えた。
 -あれはサンコタケ忍者だ!
 一目でわかる特徴のある髷だった。そして、その一人が大きな袋を背負い、もう一人が背後から支えているのが見えた。
 -アイツら、伊作を…!
 うかつだった。よりによって最も無防備な姿でいるところをさらわれた。そう考えた瞬間、全身にアドレナリンが駆け巡り、視野がかぁっと赤くなった。
「伊作っ!」
 叫びながら袋を担いだ忍の足元めがけて手裏剣を打つ。「留三郎!」袋の中から確かに声がした。
「待ってろ、いま助けに…」
 庭の灯篭を足掛かりに屋根に飛び乗ろうとした留三郎だったが、先頭にいた忍者が放った手裏剣を避けようとした瞬間、バランスを崩して前栽の上に倒れ込む。
「留三郎、たそ…」
 袋の中からの声が急速に遠くなる。
 -くっそ!
 したたかに打ち付けた腰をさすりながらよろよろと立ち上がる。すでに忍たちの姿はない。
 -待ってろ、すぐに助けてやるからな!
 歯ぎしりしながら忍たちが消えたほうを睨みながらも、ふと違和感をおぼえる。
 -それにしても連中、いやに手際がよかったな…本当にアイツら、サンコタケ忍者だったのか…?

 


「組頭、ヒラタケ城の世継ぎを連れてまいりました」
 サンコタケの髷を脱ぎ捨てた陣内左衛門が片膝をついて報告する。
「うむ」
 頷く昆奈門に、背後を振り返った陣内左衛門が「これへ」と声をかける。「はっ」と後ろに控えた忍たちが進み出ると、袋をひっくり返した。
「うわっ」
 後ろ手に縛られた裸の青年が放り出される。尻もちをついて声を上げる。
「ほぅ」
 その前に立ちはだかった男が隻眼を細める。その眼に驚きと失望が交錯する。
「あれ?」
 縛られたまま胡坐をかいた伊作が脱ぎ捨てられたサンコタケの髷に眼をやってから意外そうに見上げる。「雑渡さん…」
「タソガレドキへようこそ、伊作くん」
 冷たく見下ろしたまま昆奈門が棒読みで応える。
「ここは…」
 周囲をきょろきょろ見廻した伊作がふたたび昆奈門を見上げる。「タソガレドキ城ではないのですね」
「いかにも」
 つまり、どこかの砦に連れてこられたということか、と伊作は考える。タソガレドキの砦はいくつもある。ということは、救出されるのはほぼ絶望的らしかった。
「あの…」
 伊作を連れてきた忍たちが戸惑ったようにやりとりに割って入る。「もしや、この者をご存じなのですか?」
「ご存じもなにも、彼は忍術学園の忍たまだ」
 傍らに控えた長烈が怒りを苦労して抑えながら応える。「えっ…!」と部下たちが声を詰まらせる。
「どうやら黒鷲隊は忍術学園のメンバーを押さえきれてないようだね」
 昆奈門が覆面の下で小さくため息をつく。「だが、よりによって伊作君を連れてきてしまうとはね」
「たいへん申し訳ありません。しくじりました」
 長烈が畏まる。
「あ、あの…」
「しかしそいつは、ヒラタケの代官館で風呂をつかって…」
 伊作を拉致してきた忍たちが声を上げる。
「つまり、それだけうまく騙しおおせたってわけだね」
 白粉を洗い落とされてすっぴんに戻った伊作の顔をちらと見やった昆奈門が肩をすくめる。「それにしても、わがタソガレドキ忍軍を騙したとはたいしたもんだ」
「つまり僕は間違えて連れてこられたというわけですね」
 やり取りに耳を傾けていた伊作が口を開く。「でも、どうしたタソガレドキがヒラタケの世継ぎ取りを妨害するのですか?」
「そんなことを答えられると思うのかね」
 さらりと拒む昆奈門が小さく首をかしげて訊く。「で、伊作君は公家の出ということかね?」
「公家というわけではないのですが…それ以上は、ちょっと」
 眉間を寄せた伊作が顔をそむける。
「…」
 よほど言いたくないことなのだろうと昆奈門は思った。そして、どのような事情であれ公家に準じた出自を持つ者まで生徒として抱える忍術学園とはつくづく面倒な存在だと考えた。
「そんなことより…はっくしょ!」
 大仰にくしゃみをした伊作がもの言いたげに見上げる。「あの…寒いんですけど」
「…」
 伊作の声に、改めてその姿を冷たい眼で見つめる昆奈門だった。
 -普通、どのような屈強な忍者でも、このような格好にされれば恥ずかしがるはずなのだが…。
 後ろ手に縛られているとはいえ、膝を立てたりして最低限隠すべきところは隠そうとするはずなのに、この男はまるで普通に服を着ているかのように胡坐をかいている。当然、股間も丸見えである。
「君には驚きだね」
 平板な声で返す昆奈門だった。自分でもこのような状況に追い込まれれば、あのように泰然と座っていることなどできないだろうと思いながら。
「そんなことにいちいち恥ずかしがってもいられませんから…それより」
 周りをぐるりとタソガレドキ忍者に囲まれた状態で裸体をさらすのに羞恥心をおぼえないと言えばウソだったが、裏切られたような気持ちがひとつ上回っていた。「雑渡さんはいつも忍たまたちの味方だとおっしゃいますが、僕の味方ではなかったようですね」
「もちろん私は君の第一の味方のつもりなんだがね」
 後ろを振り向いて顎をしゃくる。「かしこまりました」と控えていた尊奈門が立ち上がると、いましめを解いて小袖を手渡す。
「ありがとうございます」
 言いながら小袖に袖を通す。「でも、もう僕には用はないはずですよね」
「たしかに君に用はない」
 冷たい眼で見下ろしながら昆奈門は言う。「だが、ヒラタケの世継ぎがどこにいるかは訊いておかないとね」
「それは僕にも分かりません」
 伊作は小さく肩をすくめる。「ご存じとは思いますが、影武者はあくまで影武者であって、本物がどこにいるかなど聞かされていませんから」
「へえ」
 昆奈門が隻眼を細める。「なんならもう一度その小袖をはぎ取って君のキレイな体に訊いてもいいんだよ?」
「僕はどうなってもかまいませんが」
 まっすぐ見上げながら伊作は応える。「余計なお手間を取らせるだけかと思います」
「なるほどね」
 昆奈門が鼻を鳴らす。「では、もう一度探りなおすとするか…それに、君はお役御免としよう。君のお友達が向かっているようだしね」
「お友達…?」

 

 

「くっそ…逃がさねえからな」
 毒づきながら駆ける留三郎だった。
 -あれは絶対にサンコタケなんかじゃねえ…!
 今やそれは確信だった。そして、その正体も目星がついていた。
 -タソガレドキの野郎ども、伊作に手を出したら俺が許さねえ…!
 拉し去られながら伊作が言い残した「たそ…」の意味は瞬時に理解していた。
 -だが、なぜタソガレドキがサンコタケを装ってヒラタケの跡取りを妨害するのだろうか。
 とりあえずタソガレドキ城に向かいながら必死で考えを巡らせる。
 -サンコタケとヒラタケを戦わせて漁夫の利を狙ってるのか…?
 であれば、さらにヒラタケ城がサンコタケ城に攻め込むようダメ押しをするはずである。あのタソガレドキであれば。
 -とすると、連中はわざわざここから遠いタソガレドキの本城まで戻るとは思えない。この近くの出城か砦で次の作戦に取り掛かるはずだ。ここから一番近いタソガレドキの出先は…タケタケ峠の砦だ!

 

 

「なんでヒラタケ城が公家から跡取りを取ろうとしていたのか、それをタソガレドキ城が妨害しようとしていたのか、ずっと考えていました」
 静かな口調で伊作が語る。昆奈門がかすかに眉を上げる。「茸小路家の領地がタソガレドキ領の隣にあることと関係がありますよね」
「なんのことかな」
 無表情な声で昆奈門が応える。その隻眼にはなんの動きも見えない。
「茸小路家の人を世継ぎに入れれば、次にヒラタケ城はいろいろな理由をつけてその領地を乗っ取ろうとするでしょう。そうするとヒラタケ領がタソガレドキ領の隣になる。それも街道筋を押さえられる形になる。サンコタケの仕業を装ったのは、それでヒラタケと戦になれば漁夫の利をえられるという狙いもあったのではないですか?」
「君はカワイイうえに医療の腕は立つ、得難い人材だ」
 棒読みのように昆奈門は続ける。「だが、時に実に食わせモノだね」
「また、戦をおこされるのですか」
 感情をねじ伏せたように伊作は訊く。
「君の推理は実に秀逸だ」
 昆奈門が応酬する。「だが、その街道がどこにつながっているかを考えてみたまえ」
「街道の先は…」
 言うまでもなく重要な街道であり、いくつもの町が連なっている。そこを塞がれては大打撃のはずだ、と言おうとしたが、その前に昆奈門が口を開いた。
「茸小路領の隣村には実にうまい団子屋があってね、わがタソガレドキ忍軍のほぼ全員がその店の団子のファンなのだよ」
「お団子屋さん…?」
 唐突な話に伊作が言葉に詰まる。
「だから、茸小路領内に出城を作れば、いつでもその団子屋に行けるかな~ってね」
「…」
 唖然とする伊作に昆奈門が畳みかける。
「これはキレイな身体をとっくり見せてくれたお礼に特別に教えてあげたんだからね。他の子に言っちゃだめだよ。いいね」

 

「伊作!」
「留三郎…」
 砦の外をふらつく足取りで歩いていた伊作がゆるゆると顔を上げる。次の瞬間、駆け寄ってきた留三郎にがしと肩を掴まれる。
「どうした! 何があった、大丈夫か!?」
 一見したところひどい目にあわされたようには見られなかった。だが、何か思考がどこかをたゆたっているような焦点の定まらない視線が気になった。
「おい、しっかりしろ伊作!」
 もう一度肩を揺さぶる。
「あ、ああ…」
 視野の定まらないまま伊作は応える。「つかめなかったよ…」
「え?」
 唐突な言葉の意味を捉えかねて留三郎が声を上げる。
「はぐらかされてしまったんだ…でも、僕は突き詰められなかった。本当はそうしないといけなかったのにね…」
「タソガレドキの目的ってことか? だったら…」
 肩を捉えた指が猛禽のように食い込む。「んなこたどうでもいいんだよ!」
「どうでもいい…?」
 怒鳴りつけるような剣幕に伊作の眼が見開かれる。
「そうだよ! お前は学園長先生の指示をきっちり果たしたじゃねえか! それで充分って思わねえのかよ!」
 -それなのに何を思い煩ってんだよ! わけわかんねえ…!
 


「へえ、団子屋か…そりゃわけわかんねえな」
 頭の後ろで腕を組みながら留三郎が足を進める。
「だろう? そりゃ、僕なんかに本当の目的を言うわけがないことは分かるんだけどさ…」
 連れだって学園に戻る道中だった。砦に連れてこられてから昆奈門とのやりとりを話す伊作だった。
「だけどさ、案外それがホンネかも知れねえぜ」
「ホンネ?」
 あっさりと放たれた台詞に伊作が思わず顔を向ける。
「ああ。たしかにヒラタケとサンコタケが戦になれば、タソガレドキとしてはラッキーだろうけどさ、いくらなんでもそれはねえだろ。現にヒラタケはうまいこと伊作を影武者に仕立てて世継ぎをきっちり迎えられたんだからな。それよりは団子屋にかこつけてヒラタケに睨みを効かせた方が得策だと判断したって思うけどな」
「そっか…」
 いささかほっとしたように伊作は声を漏らす。「それならいいんだけど…へっくし!」
「お、どうした? 風邪か?」
 頭の後ろで腕を組んだまま留三郎が顔を向ける。
「そうかもしれない…さっきまでずっと裸だったから」
 鼻水をすすりあげながら伊作は応える。「それに…」
「それに?」
「なんかスース―しちゃってさ…小袖は貸してくれたけど褌までは貸してくれなかったんだ」
「そっか…」
 つまり小袖の下は何も身に着けてないということか、と思い至る。だが、留三郎も何か貸せるようなものを持っているわけではなかった。だから軽口で応酬する。
「ま、いいじゃねえか。姉ちゃんたちの前でも素っ裸になれるんだから、そんくらい我慢しろよ」
「留三郎…」
 顔を赤らめた伊作が口を尖らせる。「僕だって好きでそうしたわけじゃ…」
「分かってるって」
 留三郎が解いた腕を伊作の肩に回す。「ありゃホンモノだって思ったんだぜ?」
「でも…」
 赤らめた顔を伏せながら伊作が呟く。「そんなのずっと昔の話だし…」
「だな」
 頷きながら留三郎は続ける。「でも、それもこれも全部伊作なんだからさ。それでいいと思わねえか?」
 -少なくとも俺は、そう思ってるぜ…。

 

 

<FIN>

 

 

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