Home~還るべき場所

長期的計画の下に、土井先生の過去の捏造をちまちまと続けていたのですが、DaughtryのHomeを聴いていたら、どうにも我慢できなくなって、順番も何もすっ飛ばして書いてしまいました。

というわけで、捏造しまくった前提を織り込んでしまい、ちょっとまとまりが悪くなってしまったかもしれません。(汗

ちなみに、つどい設定によると土井先生の生きざまのモデルが法然上人とのことなので、土井先生の幼名(勢至丸)や実家(漆間氏)は法然上人のものをそのまま使ってしまいました。

 

なお、シーンとしては、土井先生が学園の教師になってしばらく経った頃、不意によみがえる過去、といったところです。

 

 

    1  

 

 

 

「たいへんですーっ! また、矢文がっ!」
 学園長の庵に慌しく駆け込んできたのは、小松田である。
「また…か」
 学園長の大川が、苦々しげに吐き捨てる。
「ああ、小松田君、そんなに軽々しく持ってはいけない。矢に毒が塗られていたら、どうするんです」
 庵で大川と話し込んでいた校医の新野が、慌てて声を上げる。
「へ…ど、毒?」
 新野の言葉に、慌てて手にした矢文を放り投げる。
「ああ~っ」
「なにやっとるんだぁっ」
 大川たちが身を翻したところに、矢文が突き刺さる。
「…ふぅ」
 冷や汗を拭ってため息をついた新野が、懐紙で指先を保護しながら矢を抜く。注意深く、結び付けられていた文を解く。開いた紙には、ただひとこと、土井半助、とだけ墨跡鮮やかにしたためられている。
「…また、か」
「…また、ですな」
 大川と新野が、困惑顔を見合わせる。実はここ数日、同じ内容の矢文が、立て続けに学園に打ち込まれていた。
「…これは、ただごとではないな」
「はい。昨日打ち込まれていた矢からは、トリカブトが検出されました。もしこんな矢が生徒たちに当たってしまったとしたら…」
「そうだな…しかたない」
 大川は腕を組む。
「先生方を招集して、職員会議を開くしかないの」

 


「どういうことなんですか、一体」
 職員会議は、安藤の苛立つ声が支配していた。
「よりによって、夏休みが終わって、生徒たちが戻ってきているというときに、このようなことが起こるとは。何かあってからでは保護者の方々に説明がつかないのですよ」
 ほかの教師たちは押し黙っている。安藤の苛立ちの矛先は、次第に半助に集中していく。

「たしかにわれわれは、忍です。だが、学園に教師として来る前に、それぞれ折り合いをつけてきている。それがけじめというものです。そうでないと、学園に、そして生徒に迷惑を及ぼすことになる。だが、それができていない人がいるようです。土井先生」
 安藤の指が、まっすぐ半助を指す。
「言いたくはないが、この際、はっきりさせてもらいたい。あなたは一体、何者なんですか。何をしてきたのですか。いま学園に寄せられている矢文は、あなたに起因していると判断せざるを得ない。どういうことなのか説明してください」
 一方的に言い募る安藤の前で、半助は俯いている。
「まあ、安藤先生、ここでそのようなことを糾弾しても埒が明きません。それより、学園と生徒の安全をどう守るかを検討するのが先ではないですか」
 伝蔵がとりなそうとするが、安藤はまだ収まらない。
「そうは仰いますが山田先生。いまこの危機は、土井先生によるものなのですよ。もしこのような状態が続くようであれば、申し訳ないが、土井先生には、学園を去ってもらうという選択肢も、考えなければならないのではないですか」

 


「山田先生。面目ありません」
 職員会議が終わって、教師長屋に戻った伝蔵に、半助は頭を垂れた。
「いや、安藤先生も、生徒の安全を案ずるあまり、ついあのようなお言葉になってしまったのだろう。だから半助、あまり気にしてはいかんぞ」
 伝蔵は、あえて半助と呼びかけた。
 安藤のあのような言葉は、今日はいささか過ぎたものであったにしろ、いつものことだった。
 しかし、それが正論であるゆえに、半助が必要以上に気にしてしまうことが心配だった。

 


 ここ数日、半助が眼に見えて遅くまで仕事にかかることが増えていた。普段ならとっくに就寝する時間になっても半助の文机には、いつまでも灯がついていた。
 -やはり、出かける気なのか、半助。
 伝蔵には、それが何を意味しているか、とうに分かっていた。先日の職員会議で安藤が言ったけじめ、という言葉が、半助の心に深く刺さっていることも、そのために半助が過去を清算する旅に出ようとしていることも。
「土井先生、いかがですかな」
 酒の入った瓢箪を手にした伝蔵が、文机に向かう背中に、声をかける。
「いえ、今日は…」
「そうですか。それでは、私一人でやらせていただきますよ」
 伝蔵は、自分の土器に酒を注ぎ、静かに傾けた。
「精が出ますな」
「…授業が遅れていますから」
「しかし、あまり根を詰められるのも、いかがですかな」
「生徒たちのためですから」
 そう、生徒たちのためだった。学園に来た自分が、初めて責任を持って預かった1年は組の11人の生徒たち。自分に、真の意味で再び生きる希望を与えてくれた生徒たちのためだった。いまの半助は、おそらく初めて、自分の命に代えても守らなければならないものを持っているのだった。
「おやめなさい」
 半助に背を向けたまま、伝蔵はぽつりと呟いた。
「え…? いま、何と」
 振り返ったが、伝蔵は背を向けたままである。
「過去の清算など、無益なことだ…そこからは何も生じない。だから、おやめなさいと言っている」
 -やはり、分かっていらしたのですね。
 ふたたび文机に向かいながら、半助はふっとため息をもらす。伝蔵には、隠し事はできない。いや、ここ数日の自分の行動を見れば、は組の生徒たちでさえ不審に思うだろう。だが、その目的も、それが生み出すものも、伝蔵にはとっくに見通されているのだ。
 -だから私は、行かなければならない。
 全ての始まりである、福原へ。
 

 

「勢至丸さま…いや、土井半助殿ですね」
 福原の街の入り口で待っていたのは、色白で女性のようなたおやかな顔立ちの若者だった。
 -彼が、恒光の弟か…。
 幼い頃、一緒に遊んだ記憶が過ぎるが、成長した姿がこうなるとは想像がつかなかった。
 勢至丸と名乗っていた頃の半助は、福原の領主である漆間家の一人息子だった。そして、半助の乳母子である恒光と顕光の兄弟は、身分と年齢が釣り合う遊び相手として、兄弟のいない半助の兄弟代わりとなる存在だった。そして、いま目の前にいるのは、二十歳を迎えたばかりの顕光だった。その色白のたおやかな顔に宿る強い光を放つ眼に、半助は軽い違和感をおぼえた。
「脅迫状とは、穏やかではないね」
 あえて、半助は挑戦的な言葉を投げてみる。果たして、顕光の眼に険がはしる。だが、それは一瞬のことだった。
「土井殿に確実にお越しいただくために、やむを得ずとった手段です。お赦しねがいたい。立ち話もなんですから、こちらへ」
 先に立って歩き出す顕光について、半助も福原の街に入る。
 -…。
 歩いていても、何の感慨も湧かない自分が、すこし意外だった。この街には、あまりにいろいろな記憶がありすぎた。それが、却って感慨を奪っているのかもしれなかった。

 


「それで、私にどんな用なんだい」
「弾正は、ご存知ですね」
「弾正…!」
 忘れたくても忘れられない名前だった。現役の忍だった頃、播磨で仕事をしていた自分を捕え、自白を引き出すために惟光を引き連れてきたのが、播磨の城主の元で忍組頭をしていた弾正だった。
 -そして惟光は…。
 自分の目の前でひどく責められ、自害してしまったのだった。
「少し休みましょう」
 顕光が茶店に入る。
「それで、弾正がどうしたというんだい」
 出された茶をすすりながら、半助が訊く。
「私の母をさらいました…そして、土井殿をこの福原に呼び出すよう、私を脅迫したのです。私なら、土井殿を確実に呼び寄せることができるだろうと」
 ほとんど抑揚のない声で、顕光は語った。その眼は、まっすぐ茶店の外の往来を見据えたままである。
「それで、どうするつもりなんだい」
「母を救うためには是非もないこと…やむを得ず、こうしてお越しいただいた次第です」
「それで、弾正はどこにいると?」
「法修寺です。いまは廃寺となっていますが」
「法修寺? そのような寺が福原にあったかな」
 半助が首をひねる。幼い記憶しかなかったが、昔の福原に、そのような名の寺はなかったように思えた。顕光が、言いにくそうに説明する。
「はい。実は、漆間さまのお邸の跡に建立されたもので…ご一族の御霊をお慰めするために建立したのですが、すぐに怨霊のうわさが立ちまして住職が居つかず、数年もしないうちに廃寺になってしまったのです。それ以来、近在の者すらお参りする者もないまま荒れ果ててしまっています」
「そうか」
 -私をおびき出すには、うってつけの場所だな。

 


 顕光が半助を導いてきたのは、町外れの高台にある荒れ寺だった。
 -たしかに、屋敷のあった場所だ。
 忘れられようか。小高い丘の上に屋敷はあった。庭を囲む築地塀によじ登れば、福原の町はもとより瀬戸内の海の向こうに淡路や阿波を望むこともできたし、天気がよければ東は生駒、西は屋島まで望むことができた。この庭で、恒光や顕光たちと駆け回ったり、剣術の稽古をしたりしたものだった。遊びつかれたら、ひときわ大きい楠の木陰で昼寝をしたり、築地塀にのぼって海を眺めながら、飽かず話をしたものだった。
「ここです。法修寺の跡です」
「そうか」
 すでに、半助は、多くの忍の気配を感じていた。
 -囲まれたな。

 

 

 

 

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