不思議なお話

 

子どもの理屈と大人の理屈はいつの世も違うもので、それゆえいつの世も子どもは大人を理不尽と思い、大人は子どもを理解できないと感じるのでしょう。大人もかつては子どもだったはずなのに、不思議なお話です。

というわけで、金吾といぶ鬼が理解できない大人について考えをめぐらせます。

 

タイトルはシューマンの「子供の情景」より、第2曲 Kuriose Geschichte

 

 

「いぶ鬼!」
 待ち合わせた街道筋の一本松の下にいるいぶ鬼の姿を認めると、金吾は手を振りながら駆けだした。
「やあ、金吾」
 松に寄りかかっていたいぶ鬼が眼を輝かせる。
「ごめん、待った?」
 いぶ鬼のもとに駆け寄った金吾が息を切らしながら言う。
「ううん。ぼくもさっき来たばっかり」
「よかった! じゃ、行こうか!」
「うん! 行こう!」
 秋休みを一緒にキャンプに行くことにしたいぶ鬼と金吾だった。
「でもさ、ドクタケ忍術教室に秋休みがあるなんて知らなかったよ」
 並んで歩きながら金吾は弾んだ声で言う。

「じつはさ」

 あまり興味なさそうにいぶ鬼は言う。「ホントは、まだそういうのはないんだ。ドクタケ忍術教室には生徒は4人しかいないし、しぶ鬼とふぶ鬼は家がドクタケ忍者だから稲刈りとか関係ないし、ぼくと山ぶ鬼はまだ設定されてないし」
「じゃ、どうして休めたの?」
 金吾が不思議そうにいぶ鬼の顔を覗きこむ。
「じつは、魔界之先生が通販のサギにあったんだ」
「ふーん」
 話の内容がよく呑み込めない金吾は、軽く眉を上げただけである。ただ、あっさりとしたいぶ鬼の口調から、それほどたいした問題ではないのだろうな、と予想はしていたが。
「通販で買った品物がぜんぜん届かなかったんだって。いくら催促してもなんの返事もないから調べたら、その通販の会社がお金だけ取って品物を送らないってことであちこちで問題になってることが分かって、先生も被害者会を作るんだって出かけちゃったんだ。八方斎校長先生も出張でいないから、とうぶんドクタケ忍術教室はお休み」
「へえ、いいなあ」
 最後の部分だけが耳に残った金吾は、安易に返事する。
「先生にとってはたいへんみたいだよ。このままじゃ人間不信になるっていってたし」
 頭を抱えながら教室をうろうろしていた魔界之の姿は、これまで見たこともないほど動揺をあらわにしていた。
 -魔界之先生でもあんなにあわてることってあるんだ…。
 教室の外からそっと覗きこみながら、目配せしあったいぶ鬼たちだった。

 


「でも、出がけにしぶ鬼に『どこ行くの?』ってきかれたときには、どうしようかと思っちゃった」
 足元に視線を落としながらいぶ鬼が言う。
「…そうなんだ」
 金吾の声も沈む。金吾も、は組の仲間たちに休暇をどう過ごすか訊かれて答えに窮したのだ。
「ホントは『金吾とキャンプに行くんだ! いいだろ!』っていいたかったんだけど、やっぱいいにくくてね、ドクタケ的に」
 放り出したような言い方が、却って抱え込んだ屈託を物語っていた。
「ぼくもさ」
 金吾がため息交じりに言う。
「…いつも休みは戸部先生といっしょなんだけど、今回はそうじゃないっていったらは組のみんなにいろいろきかれちゃってさ…」
「そりゃたいへん。どうこたえたの?」
「父上がこっちのほうにきてるから、会いにいくんだっていってなんとかごまかしたけど…」
 でも、は組のみんなにウソつくのって、気がとがめて…と付け加える。
「そうだね。金吾はウソつくのあんましとくいじゃなさそう」
「いぶ鬼だって」
 顔を見合わせた2人は、ぷっと噴き出した。ようやく笑顔に戻る。
「でも、ぼくたち会うのに、どうして隠したりウソついたりしないといけないんだろう」
 どちらともなく呟いて空を見上げる。高い空をトビが舞っていた。

 


 キャンプ地に決めていた川のほとりに着くと、それまでの話題を忘れたように2人は駆けまわったり釣りをしたりしてひとしきり遊んだ。米と水を入れた竹筒を埋めた上に火を焚き、周りに釣った魚を串刺しにして並べる。それぞれ持ち寄った漬物や干し柿で夕食にしているうちに陽が落ちた。
「夜になっちゃったね」
 薪代わりに集めていた枝を火に放り込みながら金吾がぽつりと言う。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。こうしていぶ鬼と過ごす数日間もあっという間に終わってしまうのだろうと思うと、キャンプは始まったばかりなのになぜか物寂しかった。
「星がきれいだね」
 いぶ鬼は後ろに手をついて夜空を見上げていた。月はまだ上がっていない。
「そうだね」
 返事はしても、金吾はどこか心ここにあらずといった風である。
「ドクタケ忍術教室は森の中にあるから、こんなにたくさんの星をいちどにみることって、なかなかないんだ」
 かまわずいぶ鬼は話し続ける。
「…うん」
「でもね。いつもぼく思うんだ。金吾ももしかしたらおなじ星をみているのかなって。そうだったらいいなって」
「そうなの!?」
 急に声を上げた金吾に、いぶ鬼が驚いたように眼を見張る。
「どうかしたの?」
「いや…ぼくもおなじこと思ってたから」
 恥じらうように顔を伏せて金吾が言う。
「そうなんだ…」
 夜空に眼を戻しながらいぶ鬼が言う。「よかった。金吾もおんなじこと思ってて」
「でもさ、ぼくたちはこんなに仲がいいのに、どうして先生や先輩たちは、仲良くしちゃダメだっていうんだろう」
 金吾はごろりと寝そべった。夜空を見上げる。
「忍術学園とドクタケ城は、敵同士だからでしょ」
 あっさりといぶ鬼が言う。
「じゃ、ぼくたちも、敵同士なの?」
 金吾が半身を起こす。
「そんなわけないよ。敵同士だったら、こんなふうにいっしょにキャンプなんてするわけないし」
 強い口調でいぶ鬼が言う。
「そうだよね」
 金吾は安心したように、ふたたび仰向けになる。だが、いぶ鬼は乾いた口調で続ける。
「でも、大人になったら、ちがうようになるかもね」
「大人になったら?」
 ふと不安になって、金吾はまた半身を起こす。傍らのいぶ鬼は、まっすぐ夜空を見上げたままである。
「まだよくわからないけど、大人にはきっと大人の考えかたってのがあると思うんだ。そうじゃないと、どうして敵同士じゃないといけないのか、ぜんぜんわかんないし…だって、敵同士でいいことなんて、ひとつもないし」
「じゃ、ぼくたちも、いつかそうなるってこと?」
「…たぶんね」
「そんなのやだよ!」 
 つい声が大きくなった。
 うまくは言えないが、どうしようもなく理不尽なものが胸につかえるような感じがして、声を上げずにはいられなかった。
「うん…ぼくも、やだよ」
 力ない声で、いぶ鬼も言う。
「大人になったら、どうしても、そうなっちゃうのかな」
 それが、傍らのいぶ鬼に向けたものか、自分に向けたものかも分からず、金吾は問いかける。
 金吾にしてみれば、大人になることに対して初めて抱いた疑問だった。それまでの金吾は、ただひたすら、大人になりたいと思っていた。剣術が強くなるにも、一人前の忍者になるにも、父親のような立派な武士になるにも、一日も早く大人にならないと成し遂げられないことと思っていた。
 -でも、大人になったら、いぶ鬼と友達じゃなくなるの?
 それは、いまの金吾には考えられないことだった。
 -いぶ鬼と友達でいられなくなるくらいなら、大人になんてならなくていい!
 いかにも一本気な金吾らしい思いだった。
 -でも、ぼく、大人になって、皆本の家をつがなきゃいけないし…。
 幼い頃から、父親に、武家の跡取りとしての意識を叩き込まれていた金吾には、避けて通れない考えだった。
「金吾、寝たの?」
 黙りこんだ金吾が眠ったと思ったらしい。いぶ鬼がそっと声をかける。

 


「ううん。ちょっとかんがえてただけ」
 仰向けになって夜空を見上げながら金吾が答える。
「なにを?」
「大人になっても、いぶ鬼と友だちでいられるためにはどうすればいいのかなって」
「でも、ぼく、おもうんだけど」
 考え深げにいぶ鬼が言う。
「なにを?」
「大人でも、忍術学園のことを敵と思ってる人ばかりじゃないなってこと」
「そうなの?」
「うん…たとえば、魔界之先生とか」
「魔界之先生が?」
「うん…いま思い出したんだけど、そういえば魔界之先生は、忍術学園の一年は組のことをいいライバルと思いなさいっていうけど、八方斎校長先生みたいに敵だとは言わないんだ」
「そういえば…」
「どうしたの?」
「山田先生や土井先生も、ドクタケ忍術教室のことを敵だって言ったことはなかったな、って」
「そうなんだ」
「うん」 
「どうしてなんだろう」
「わからない」

 

 

 つまり、理由はよく分からないが、大人にもいろいろな考え方をしている人がいて、大人になったからといってがらりと考えることを変える必要がないらしいことが分かって、金吾もいぶ鬼もほっとしたように寝そべったまま顔を見合わせる。
「大人って、へんな生き物だね」
「ほんと。へんだね」
「ぼくたちも、へんな大人になるのかな」
「そうかも。でも、自分ではへんだと気がつかないかも」
「そんなのやだな」
「ぼくも…でも、別にいいやって気もする」
「そう?」
 いぶ鬼が半身を起こす。
「うん…いぶ鬼と友達でいられれば」
 金吾も半身を起こす。
「うん! ぼくもへんな大人でもいいや。金吾と友達でいられれば!」
 しばし真剣に見詰め合っていた金吾といぶ鬼だったが、どちらかともなくぷっと吹き出すと、腹を抱えて笑い転げた。
「へんないぶ鬼…まじめな顔になって…」
「金吾だって…」
「…寝ようか」
「うん」
 2人は木立の間に縄を渡してつくった陣幕に潜り込む。
「ちょっとせまくない?」
 ごそごそと身体を動かしながらいぶ鬼が言う。2人が持ってきた風呂敷をつなぎ合わせて陣幕にしたが、あまりに狭い空間だった。
「しょうがないよ。これしかないんだし…それに、ぴったりくっついてねればいいじゃん」
「はは…それおもしろいかもね」
「そうだよ。いつもはこんなことできないんだし」
「じゃ、そうしよう」
 暗がりに身体をぴたりと寄せて2人は横になる。
「…そういえば思い出したんだけど」
 金吾が上を向いたまま言う。
「なにを?」
 いぶ鬼も上を向いたまま訊く。
「野中の陣幕って、ホントは一人用なんだって」
「まあ、今回はしょうがないんじゃない?」
 いぶ鬼は軽く答える。
「…大人の忍者なら野中の陣幕も一人しか入らないだろうけど、ぼくたち子どもだし。それに、ぼくたち友だちなんだし」
「そうだね」
 金吾の声が心なしか弾む。
「ねえ、いぶ鬼。あしたは何しようか」
「剣術!」
 いぶ鬼は即答する。
「金吾の剣術、また教えてよ!」
「ぼくの剣術なんかで、いいの?」
 恥じらうように金吾が訊く。
「もちろん! ていうか、金吾いがいの剣術なんてぜんぜん意味ないもん!」
 言い切るいぶ鬼に、金吾が答える。
「わかった。じゃ、戸部先生に教えていただいたこと、ぜんぶ教えてあげるね」
「やったぁ! 楽しみだなぁ」
 弾んだ声を上げたいぶ鬼だったが、そのまま黙り込む。と、寝息をたてはじめていた。
 -いぶ鬼、寝ちゃったんだ…。
 苦笑していぶ鬼を見やった金吾も、瞼を閉じる。そして考える。
 -一年は組や、忍術学園のみんなから見れば、ドクタケのいぶ鬼といっしょにねてるなんてきっとへんなことなんだろうけど、でもかまうもんか!
 傍らの寝息に耳を傾ける。
 -だって、いぶ鬼はぼくの友だちなんだから!
 虫の鳴き声がいっそう高く響き渡る。

 

 

<FIN>

 

 

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