すべては根性

 

<リクエストシリーズ 大木雅之助>

 

大木先生のリクエストをいただいて書きました。

何事も「ど根性!」で済ませる大雑把な印象の大木先生ですが、実は情に厚いところや元忍術学園教師らしい戦略家なところもあったりしそうで、そんなところを書いてみました。

というわけで、ふーすか様にこのお話を納品いたします。

 

 

「どこんじょぉぉぉぉっ!!!」
 畑に響き渡る声に一斉にカラスが飛び去る。
「ったくど根性のないカラスどもだ…」
 自慢のラッキョ畑に群がるカラスを追い払いながらぶつくさいう雅之助だった。
「大木先生、相変わらずですね」
 収穫した野菜を詰めた籠を背負いなおしたときにかけられた涼やかな声に振り返る。
「おお、利吉君じゃないか。どうした」
「ええ。ちょっと近くを通りかかったもので、雨宿りさせていただこうと思いまして」
 旅姿の利吉が佇んでいた。「よろしいでしょうか?」
「…だな」
 雅之助も空を見上げる。雲行きが怪しくなってきたので野菜の収穫を早めに切り上げてきたのを思い出した。「よし、この際ど根性で雨宿りしていけ!」
「雨宿りにもど根性なんですか…」
 苦笑した利吉があとに続く。

 

 

「こりゃ長引きそうだな」
「そうですね」
 二人が家に着くのを待っていたように降り始めた雨だった。軒先から雨雲を見上げた雅之助に利吉も頷く。
「まあいい。早く家に入れ! これからうまいもん作ってやるからな」
 気を取り直したように声を上げて台所に向かう雅之助に「いえ、お気遣いなく…」と慌てて声をかける利吉だった。
「なあに、気にするなって! 利吉君がうちに来るなんて珍しいからな。今日収穫したばかりの野菜でとびきりうまいもん作ってやるから、まあ上がって待ってろって!」
「は、はあ…では、お言葉に甘えて…」
 囲炉裏端に座った利吉が埋火を熾しながら言う。その間に猛然と夕食の準備を始める雅之助だった。

 

 

「ほら、食え! うまいぞ!」
 ずらりと並べられた料理に利吉が眼を見張る。
「うわあ…こんなにいいんですか?」
「なあに、せっかくのお客さんだ。わしの自慢の野菜を食ってもらわないとな!」
 がはは…と豪快に笑うや飯をかきこみ始める雅之助である。
「では、いただきます」
 旅の途中であればあまり食べていなかった利吉も旺盛な食欲をみせる。
「おお、いい食いっぷりだ! よし、もっと食え!」
 利吉がきれいに食べた碗に飯を大盛りにして突き出す。
「はい! いやあ、こんなにうまい飯はひさしぶりです!」
 最近、学園のおばちゃんの食事にもごぶさただし、と付け加えた利吉が照れくさそうに笑う。
「まあ、おばちゃんの料理にはかなわんが、素材には自信があるからな!」
 がはは…とふたたび豪快に笑う雅之助だった。

 


「で、どうした? なにかあったのか?」
 手早く食器を洗った雅之助がどん、と酒杯と酒の入った瓢箪を置きながら訊く。
「え…いや、その…」
 唐突な問いに利吉が口ごもる。
「なーに、気にすることはない。山田先生や土井先生に言いづらいことがあるからここに来たんだろ?」
「なぜ…それを」
 あっさり言いながら杯を満たす雅之助に思わず本音を漏らす利吉だった。
「見れば分かるさ」
 軽く言いなして雅之助は杯をぐっと傾ける。
「そうですか」
 そこまで分かりやすく顔に出てしまっていたか、と心中反省する利吉だった。
「ま、ムリして言えとは言わん」
 黙りこくる利吉の表情をちらと眼にした雅之助は続ける。「だがな、たいていの悩み事なんてのはうまいもん食ってど根性出せばどっかに吹っ飛ぶもんだ。憶えとけ」
「…はい」

 


「…それでな、わしがラッキョを投げつけようとしたとき、野村の野郎、納豆火矢なんぞ持ち出してきやがってな! ったくどこまでキザなうえに卑怯な野郎なんだか…!」
 杯を傾けながら語る雅之助に黙って耳を傾ける利吉だったが、ふいにその声が途切れたことに気付く。
 -大木先生…?
 雅之助は囲炉裏端で胡坐をかいたまま眠り込んでいた。
 -私のために御馳走もつくっていただいて、お疲れになったのだろう…。
 床を延べて雅之助の身体を横たえると囲炉裏端に戻る。急に雨音が耳についた。しばし杯を手にしたまま利吉は雨音に聞き入る。
 いかにも男の詫び住まいらしいがらんとした家の中で、雨音と雅之助の寝息だけが静かに響く。

 


「おばちゃん! 野菜もってきましたよ!」
 翌日、学園の食堂の勝手口に姿を現した雅之助だった。
「あら大木先生、たすかるわ」
 下ごしらえをしていたおばちゃんが笑顔を向ける。「まあ、たくさんのラッキョ。新鮮なラッキョは何にしてもおいしいのよねえ」
「はい! わしの自慢のラッキョです。忍たまたちにもたくさん食わせてやってください。もちろん野村のキザ野郎にも!」
 にやりと歯を見せる雅之助におばちゃんが肩をすくめる。「野村先生は…ねえ。忍たまたちの手前、あまり好き嫌いがあるのもどうかと思うのだけど」
「なあに。どうしても食わないときはわしが食わせて見せますよ…がははは!」
 いつぞやの納豆火矢のお返しもしないとな、と笑う雅之助だった。
「まあ、今日のところはその必要はないけど、お手伝いが必要な時は相談するわ…それより、せっかくだからお茶でも飲んでいきなさいよ」
 雄三にイヤガラセする気満々に目尻を下げる雅之助をいささか持て余したおばちゃんが話題の転換を図る。
「ありがとうございます。いただきます」
「はいどうぞ」
「どうも」
 ずず、と湯呑を一口すすった雅之助はくつろいだようにため息をついた。「ぷはぁ…おばちゃんのお茶はいつもうまいなあ!」
「あら、ありがとう」
 向かい合って座ったおばちゃんも湯呑を傾ける。
「ところで、さっき『今日のところは』と言ってましたが、野村の野郎、いないのですか」
 あら、まだ野村先生のお話つづいてたの? と肩をすくめたおばちゃんだった。
「野村先生はマイタケ城に出張中なの。だから『因縁の対決』はまたにしてちょうだい」
「なんだ、野村の野郎、わしが来ると知って出張にかこつけて逃げ出しおったか」
 ぶつくさ言いながら湯呑を傾ける雅之助におばちゃんは「そんなわけないでしょ」とため息をつく。
「いや! 絶対にそうです! 野村はそういうヤツです…そういえば」
 ふいに口調の変わる雅之助に、おばちゃんがいぶかしげに顔を向ける。
「…今日は利吉君は来てませんか」
「利吉さん? まだ食堂には来てないわねえ」
 利吉さんになにか用でも? と訊くおばちゃんに、雅之助は前日の利吉の来訪を伝える。
「…それが、今朝になったらいなくなっていたんですよ。帰るなら一声くらいかけていってもよさそうなものだが」
「大木先生がよっぽど気持ちよさそうに寝ていたんじゃないの? 起こすのも悪いと思ったのよ」
「なにを仰るんですかおばちゃん。わしだってかつては学園の教師、朝っぱらにいつまでもグウスカ寝ているわけがないじゃないですか」
「とはいっても利吉さんは現役の売れっ子忍者だからね」
 おばちゃんは可笑しそうにくすりとする。「気配を消してそっといなくなるのは利吉さんのほうが上手だったってことじゃないかしら」
「またおばちゃんは…からかわんでくださいよ」
 顔を赤らめた雅之助がぐっと湯呑を傾ける。昨夜の利吉のいささか思いつめたような表情が気にならないでもなかったが、おばちゃんに話しているうちに利吉なりに解決して立ち去ったのではないかと思えてきた。

 


 -!
 学園から戻った雅之助は、自宅の手前ですでに胡乱な空気を感じ取っていた。
 -誰が探りに来やがったな。
 だが、相手の気配が感じられないところをみると、すでに立ち去っているらしい。
 -どこの忍者だ?
 一見、家の様子はいつもと変わりはない。庭先につないだケロちゃんとラビちゃんものんびり草を食んでいる。
 -連中、また来る気だな。
 そんな気がした。少なくとも自分に用があって来た連中が、留守だったからとそのまま引き下がるとは考えにくい。とりあえず荷物を家に置いて畑の草取りに出る。
 -お、さっそくお出ましか。
 わざと目に付くように畑に出た効果はあったようである。複数の覆面姿の男たちが近づいてくる気配があった。
「おい」
 畔に立った男が横柄に声をかける。
「あのな」
 振り返った雅之助はおもむろに立ち上がりながら言う。「人の敷地に無断侵入しておいてその態度はなんじゃ」
「ふむ」
 ただの農民にしては忍装束の人間を見ても物怖じする様子がない。追っている人物が逃げ込むことを考えれば、相手は忍者かもしれないと覆面の男が考えを巡らせる。
「そもそもお前ら何者じゃ! 名前くらい名乗らんかい!」
 腰に手を当てた雅之助が畔に立つ男たちを睨む。
「名乗る義理などない」
 忍たちの頭らしい男が傲然と顎を上げて言う。「だが、お前には話してもらうことがある」
「なに訳わからんことを。わしにはお前らには何の用もないわ。とっとと失せろ」
 あえて挑発するように言う。果たして覆面からのぞく眼が細くなる。
「お前の都合などどうでもいい。だが、おとなしく言うことを聞かぬと…」
 言いながら畑に足を踏み入れる。同時に控えていた忍たちも畑に入ってラッキョを踏みつぶし始める。
「おわぁぁぁぁっ!! わしのラッキョに何しやがるっ!!」
 動転した雅之助が忍たちを排除しようと駆けつける。と、その両腕をたちまち捕らえられる。

 


「で、わしになんの用だ」
 土間の柱に後ろ手に縛られた雅之助が胡坐をかいたまま相手を睨みあげる。
「昨日、ここに泊まったやつの名前を言え。どこに行ったかもな」
 忍の頭が一歩前に踏み出して問う。
「さあな。わしには覚えのないこった」
 とっさに利吉がここに泊まったことは伏せておくべきだと判断した雅之助は横を向いて言い捨てる。
「ほう」
 いかにも意外そうに相手は眉をひそめる。
「言わぬというなら身体に訊くまでだが?」
「残念だが身体に訊いてもしゃべる口は顔にしかついておらんぞ」
 ふてぶてしく混ぜっ返す雅之助に相手は苛立ったように眉間に皺を寄せる。
 -ほう。コイツ、けっこう神経質な質とみえる。
 すばやく相手を見取った雅之助は内心ニヤリとする。
 -さて、どう引っ掻き回してやるか…。
「言わぬか。言わぬと…」
 相手の手には棒手裏剣があった。肩肌を乱暴に下すと切っ先を胸に突き立てる。「ズブリといくぞ」
「やれるもんならやってみろ」
 不敵にニヤリとして雅之助は言う。「その代わり訊く相手がいなくなるけどな」
「お前こそわかってないようだな」
 冷たい声で相手は言う。「皮膚を裂いたくらいでは人は死なん。苦痛だけが残るけどな」
「なんの」
 雅之助も強気である。「皮を切ろうが肉を切ろうが同じこと。わしのど根性を見せてやるわい」 
「よくせき自分の立場が分かってないようだな」
 覆面から覗く眼が細くなる。「なら分からせてやろう」
 突き立てられた切っ先がするりと動く。鋭い痛みとともに血が伝う感覚をおぼえた。
 -しまった。ちとからかいすぎたか。
 さてどうするか、と考えた次の瞬間、ぼん、と小さな爆発音がして猛然と煙が土間に立ち込めた。
「来たぞ! 山田利吉だ!」
「早く捕らえるのだ!」
 忍たちの声が交錯する中で背後を駆け抜ける感覚とともに縄が断ち切られた。 
 -見事だ、利吉君!
 立ち込める煙に右往左往する敵の足元を潜り抜け、土間の隅の壁に掛けてある鎌を手にすると大音声で怒鳴る。
「どおりゃぁぁ! どこんじょぉぉぉぉっ!!!」

 


「とんだご迷惑を…」
 大なり小なり敵には手負いを負わせて追い払い、土間に立ち込めた煙を払うと、利吉は膝をついて頭を垂れた。
「なんの」
 雅之助は利吉の両肩をがっしとつかんで起こす。利吉が意外そうに眼を見開く。
「しかし、私は…」
「わしが何も気づかなかったとでも思っていたか?」
 ニヤリとする雅之助だった。「なにか厄介ごとに巻き込まれて逃げ込んできたことくらいお見通しじゃ。もっとも追ってきた連中がここまでやるとは思うてなかったがな」
「…私もうかつでした」
 利吉がうなだれる。「仕事にしくじって敵方の忍に追われてしまいました。忍術学園に逃げ込めば騒ぎが大きくなると思って大木先生のところにかくまっていただきました。敵は大木先生のことは知りませんから、普通の農家と思って手出しはしないと思ったのです…まさかあんなことをするとは…」
 言いながら気がかりそうに雅之助のはだけた胸元に眼をやる。「…だいじょうぶですか?」
「おう」
 気がついたように雅之助も傷に眼を向ける。すでに血は止まっていたが、かさぶたが肌に張りついていた。
「利吉君がすぐに介入してくれたからこんくらいで済んだ。すまなかったな」
「いえ、そんな…」
 利吉が慌てて両手を振る。「元はといえば私のせいです。敵に追われていたことすらお話しなかったから…」
「そんくらい、わざわざ説明されんでも勘付いておったわい」
 当然のように雅之助は言う。「で、連中は何者なんだ?」
「スギヒラタケ忍者です…実は、ある城からスギヒラタケ城の戦力調査を頼まれたのですが、ちょっと失敗して追われることになってしまったのです…」
 苦渋をにじませながら説明する利吉に、腕を組んで聞いていた雅之助が大きく頷く。
「事情は分かった。まあ、失敗は誰にもあることだからそう気にすることはない…ただ、スギヒラタケ忍者はけっこうしつこいと見たぞ。これからどうするんだ?」
「仰るとおり、彼らはしつこいです。私がここに現れたことを認識した以上、また来るでしょう。これ以上大木先生にご迷惑をおかけしないためには、私がここには現れないことをアピールしないと…」
 だが、それは自分の身を危険にさらすことになる。当然、任務の遂行も難しくなる。思わず考え込む利吉だった。
「そこは考えるところじゃないだろう」
 呆れたように雅之助が声を上げる。「なにを遠慮しておる。忍なら任務最優先だ。ここはわしにスギヒラタケを引き付けておくよう頼むのが常道じゃろうが」
「しかし、先ほどのようなことがあっては…」
「わしが二度もあんなへまをすると思っておるのか?」
 利吉の台詞を遮って雅之助は言う。「ど根性で蹴散らしてやるわい」
 なにか考えがあるらしくニヤリとする雅之助をいぶかしげに見つめる利吉だった。

 


「大木雅之助! 出てこい! 今日という今日こそお前に鉄槌を下してやるっ!!!」
 家の前で怒鳴り散らしているのは雄三である。
「おう、やっと来おったか」
 腕組みをしてゆうゆうと戸口に出てきた雅之助だった。「キザ野郎のくせにわしを待たせるとはな」
「そんなことはどうでもいいっ!」
 ぶんぶんと腕を振り回しながら野村は怒鳴る。「説明してもらおう! なぜスギヒラタケ忍者に私を襲わせた!」
「なんの」
 雅之助がすました顔で言う。「すべては利吉君のためだ」
「利吉君?」
 弾かれたような表情になる雄三だった。「なぜここで利吉君がでてくる」
「利吉君が仕事でしくじってスギヒラタケ忍者に追われておってな。だから追ってきたスギヒラタケ忍者に言ってやった。『今回の件の黒幕はすべて忍術学園教師の野村雄三だから、ヤツに訊け』ってな。そうすれば連中、お前にかかりきりになるだろうから利吉君はきっちり任務を果たせるというわけだ」
 どうだ、と言わんばかりに鼻の下をこする雅之助だった。
「く…おのれ…そのせいで私がどんな目に遭ったと思っている…!」
 出張帰りに突然スギヒラタケ忍者に襲われた理不尽の原因がよりによって雅之助の舌先三寸と知って雄三の怒りはヒートアップする。
「よいではないか。お前でも少しは役に立ったんじゃ」
 いかにも挑発するように片掌をひらひらさせながらいなす。
「いいわけなかろうがっっ! もう許さん! 私と尋常に勝負しろっっ!!!」
 苦無を構えながら雄三が一里四方に響きそうな声で怒鳴る。
「おう。受けてやるわい!」
 懐から苦無を取り出した雅之助がニヤリとすると「でやあぁぁぁっっ!」と突進する。
「雅之助覚悟っっ!!!」
 同時に雄三も駆け出す。
 ケロちゃんとラビちゃんがのんびり草を食む前庭で、二人の勝負が始まる。

 

 

<FIN>

 

 

Page Top  ↑