REGO

 

土井先生過去話の裏話です。本編ではいろいろ説明不足なところには、こんな事情があったのですよ、というお話です。

REGOとはラテン語で黒幕(直訳すれば「私が支配する」)という意味です。全ての出来事には黒幕あり。

一応、50巻までに明かされた状況を織り込みつつ書いてみましたが、基本的に茶屋の妄想が先行しているのでいろいろ無理があり、かつオリキャラ多数登場&忍たまほとんど登場せずという恐ろしく需要を考えないお話です。

とはいえ、興味を持って読んでみようと思っていただいた奇特な方の便宜になろうかと、先行するお話に準じて章分けしてみました。ご参考にしていただければ幸いです。

 

REGO~はじまりの場所へ~

 

    はじまりの場所へ   REGO~はじまりの場所へ~

    捕囚         REGO~捕囚~

    奈落         REGO~奈落~

    Intermezzo

    脱出         REGO~脱出~

    たどりつく場所    REGO~たどりつく場所~

 

 

    はじまりの場所へ   REGO~はじまりの場所へ~

    捕囚         REGO~捕囚~

    奈落         REGO~奈落~

    Intermezzo

    脱出         REGO~脱出~

    たどりつく場所    REGO~たどりつく場所~

 

 

 -早く戻らなくては。

 今日も堺の町は活気にあふれている。通りには町の商人や職人、物売り、僧や侍たちに加え、近郷の村からやってきた商人や農民たちであふれかえっている。今は船が入っているせいか、外国人の姿も多い。
 環濠に囲まれた堺の町は、狭い街域に家々が密集している。さらに、豪商たちが寄進した寺がそこここにある。大通りといっても、それほど広いものではない。福富屋は供を従えて通りを急いでいた。
 福富屋は、堺の大貿易商のひとつであり、町の自治を担った会合衆のメンバーでもあった。いまは、会合衆の評議を終えて店に戻るところである。

 福富屋の屋敷は広い。人家が密集した堺にあって、豪壮な母屋と庭を挟んで何棟もならぶ蔵が、福富屋の富を誇示している。庭の茶室では、数日後に茶会を催す予定があった。その準備も着々と進められていた。
 奥座敷に落ち着くと、番頭や手代たちが指示を受けに次々とやってくる。文机の上は、読まなければならない書状でいっぱいである。
 博多の商人から届いた書状に目を通しながら、福富屋はふと眉を曇らせた。海上での海賊行為が悪化の傾向にあるとあったからである。
 -西の守護殿の力も、あまり当てにできないかも知れぬの。
 さてどうするか。博多の商人との窓口を担当している手代に、案を出させてみよう。番頭にも知恵を貸すよう指示しておくとする。
 別の博多商人からの書状には、硝石の値が上昇傾向にあると報告されていた。
 -ふむ、まずいな。
 戦国の世では、火薬の製造に欠かせない硝石は、いくらあっても足りないほどだった。しかし、東国では硝石に代わる塩硝の国産に向けた研究が進んでいるとの報告もあった。すでに蔵には、福富屋の感覚では高値で調達している硝石の在庫が積みあがりつつあった。これ以上の調達には慎重になったほうがいいかもしれない…。
 いくつかの城主からは、銃の発注が届いていた。これらについては番頭に処理させよう。
 京や奈良の商人からは、関の乱立についての現状が寄せられていた。関銭徴収を目的とした関は、群雄割拠のこの時代にあってはあちこちにあったが、地元の土豪たちまでが勝手に関を作るようになっていた。貿易商である福富屋にとって、輸出品の通行にいちいち関銭を払っていてはコストがかかって仕方がない。関を設置している上級領主たちに過書を発行してもらわなければならない。次の会合衆の会合で、堺として関銭免除の交渉を行うよう提案するとしよう。
 そのほかに、茶や連歌の誘いがいくつも来ていた。こうした社交の行事も重要な仕事だった。大名や武士、公家、僧たちのほか土倉、問丸といった下級商人たちとのつながりや情報もこうした場で得ることが多いのである。
 -今日は、気重な文が多いことだ。
 次の文書は、福富屋が寄進して建立した大盛寺の住持からだった。
 -どうせ、また修理か行事で寄進しろというのであろう。
 内容は、福富屋が想像したとおりだった。なんとかの聖が堺にやってくるので法会をする。ついてはぜひこの有難い法会に参列の栄を云々とある末尾に、法会の費えについてなにとぞご配慮賜りたく、とある。
 堺の商人たちは、富を蓄えると寺院の寄進にあてるのが習いになっていた。そうすることで、金儲けで穢れた身に安心立命をもたらそうとしていた。福富屋は合理的な精神の持ち主だったから、寺院には家格に見合う程度の寄進でお付き合いしていればいいという考えだったが、商人仲間のなかには、仏にすがるあまりに家を傾けかねないほど仏事にのめりこんでいるものも少なくなかった。また、南蛮人が布教している教えに傾倒するものも多かったのである。
 -あの住持のことだから、放っておいても向こうから来て、くどくどと有難い聖やら法会やらの説明を始めることだろう。

「ふむ。これは…?」
 最後に手にした髻文に目を通しながら、福富屋は首をかしげた。
 文は、福富屋が使っている忍の頭からのものである。この時代、福富屋ほどの大店では、探索方として情報収集に忍を使うことが当然の慣行だった。取引先の大名や商家、公家、寺社の資産や内部事情を探るとともに、扱う商品の産地や運送ルートの状況、収穫、一揆の状況、領主や土豪たちの動きなどの把握は必要不可欠で、すべてが博多、長崎、明、琉球、マカオ、ルソンなどの貿易地の状況と同様に重要な情報だった。
 -それにしても、わけが分からぬ。
 忍頭からの文は、各地の一揆勢の動きの簡潔な報告のほかに、見慣れぬ名前が記されてあった。
 -土井半助とは…聞いたことのない名だな。
「甚七」
 一人の丁稚を福富屋は呼んだ。丁稚として入ってはいるが、実は忍頭との連絡係としての役割を担っている忍である。
「お呼びでしょうか、大旦那様」
 甚七がやってきた。まだ15,6の若者だが、忍らしく、動きに隙がない。
「文を読んだが…この土井という者について、私は初めて聞いた。なにか聞いているか」
「はい。この者について頭は…大旦那様のお力を借りられぬかと…」
「私の…力と?」
「はい。直接ご説明した方が早いので、お時間をいただければとのことでした」
「そうか。そうだな…」
 福富屋は軽く首をかしげていたが、すぐに笑顔で言った。
「法会について住持と打ち合わせをするので、私は3日後に大盛寺に行く。そのときについでに会うとしよう。そう伝えてくれぬか」
「かしこまりました、大旦那様」
 次いで、手代を呼んで、同じことを寺に伝えるよう指示する。そして、こう付け加えるのを忘れなかった。
「私は、人に会いに行くのだからな」
 住持がすっかりその気になって法会の打ち合わせをするつもりで待ち構えられては困るのだ。そちらのほうは、当日、有難そうな顔をして聖の法会に参列していればよい。準備は手代が適当に処理してくれるだろう。自分は、忙しいのだ。

 


 直接、屋敷に出入りされるところを見られたくない人物と会うのに、寺ほど適切な場所はない。
 この日、奥座敷で福富屋を待っていたのは、下島閑蔵-福富屋が使っている忍の頭である。
「本日は…」
 肩張った挨拶が始まりそうになるのを制して、福富屋は閑蔵を間近に招じた。
「ながい付き合いです。手短に済ませましょう。甚七から聞いているとは思いますが、先般の文にあった土井とは何者ですか。そして私にどうしろと」
「その前に…火急でお耳に入れたいことがございます」
「ほう?」
「われわれは、しばらく会わないほうがよろしいでしょう。少なくとも、直接顔をあわせることは。文のやり取りも、もはや安全とはいえません。別の方法を検討します」
「なにがあったのですか」
「例の調査の件が、黒松殿の知るところとなったようです」
 例の調査…二月ほど前だろうか。瀬戸内の水軍と陸上の守護勢力の力関係について調べさせた件である。
 交易を生業としている福富屋にとって、瀬戸内の円滑な海上交通は必須条件である。紀伊水道を経て土佐、薩摩を経由するルートもあったが、福富屋にとっては博多や長崎を経由する便がメインであり、瀬戸内が重要ルートであることには変わりなかった。そのため、各地の水軍には誼を通じてあった。しかし、海上交通を抑えるという欲求は、陸上の守護大名たちも同じで、各地の水軍を勢力下に置くために、なにかとちょっかいを出してくるのだった。水軍たちの結束力は強かったから、守護大名たちの勢力が強くないうちは、圧力をはねつけることができた。また、いくつもの国を支配する守護大名が現れると、幕府が、幕府自身の必要からその守護の勢力を削ぎにかかっていた。
 しかし、それも福富屋の祖父の代までのことで、今は幕府にはなんの力もなく、各地の大名たちが着々と強大化していて、水軍への圧力を通して瀬戸内の海上交通を支配しようとする動きが活発になっていた。さらに、大名たちが独自に貿易を始めており、その打撃もあったのである。
 閑蔵から受け取った報告は簡にして要を得ていて、たいへん参考になった。その調査を行ったことが、よりによって調査対象となった大名のひとり、黒松氏に知られてしまったというのか。
「ふむ…」
 福富屋は、軽く鼻を鳴らした。そして、少し考えた。ことは重大で、場合によっては福富屋の存続にかかわる事態になるかもしれない。しかし、それほどのことにはならないかもしれない。黒松氏がどれだけ合理的な判断力を持つかによる。
 -調査の事実だけならよい。あの計画さえ分からなければ。
 だから、福富屋はすぐに、本来の目的であった質問を発した。
「ところで、文にあった土井という者、あれは」
「その調査を行った者でございます」
「その者は、どうしていますか」
「黒松殿の手に」

 

 

continue to REGO~捕囚~