手裏剣物語

 

アニメ19期24話の「消えた手裏剣の段」は、作兵衛の練習用の手裏剣が行方不明になってしまうお話でしたが、ではその練習用の手裏剣は誰がくれたんだろう、というところから派生したお話です。

『ト』の字が刻まれた手裏剣なんて、そんな器用なことをするのはあの先輩くらいしか思いつかないんですがw

 

 

「えいっ!」
「う~ん、だめだねぇ~」
 放課後、校庭の片隅で何やらしている後輩たちにふと眼が止まった作兵衛だった。
「おいお前ら、なにしてんだ?」
「あ」
「富松せんぱい…」
 手裏剣を手にしたまま振り返るのはしんべヱ、喜三太、平太の三人である。
「手裏剣のテストがもうすぐなんでれんしゅうしてたんです」
「ぼくはつきあいで…」
 説明する喜三太に平太が震え声で付け加える。
「そっか。で、どうだ? うまくいきそうか?」
 訊くには訊いた作兵衛だったが、あまりうまくいっていないことは見て明らかだった。的にしている木の手前にいくつもの手裏剣が落ちていたから。
「それがぜんぜんいまくいかないんです」
 果たしてしんべヱがぼやく。「コントロールがうまくいかないっていうか…」
「よし、お前ら、ちょっとやってみろ。俺が見てやる」
 腰に手を当てた作兵衛に「は~い」と答えた三人がそれぞれ手にした手裏剣を打つ。
「なるほどな」
 これは手がかかりそうだと思いながら作兵衛は言う。「喜三太、お前はもうちょっとコントロールをよくしないとな。まずはあの木に当てることだけ考えて打ってみろ。平太はもう少し力を入れて投げろ。ひょろひょろ落ちちゃってるだろ。しんべヱは逆に力が入りすぎだな」
 言いながら足元に深々と刺さった手裏剣を引き抜く。「お前の力があれば、あの木に刺すこともできんだろうけどな」
「でもコントロールが…」
「しんべヱの場合はコントロールてかまず水平に投げることを考えろよな」
 作兵衛は鹿爪らしく指摘する。「お前、手裏剣強く握りすぎだろ。でも、手裏剣は落ちない程度に軽く持って、手首にグリップを効かせると同時に放すくらいでちょうどいいんだぜ?」
「そうはおっしゃいますが…」
 不服そうにしんべヱは言う。「なかなかうまくいかなくて…」
「そっか。じゃ、俺の練習用手裏剣使ってみろよ」

 言いながら作兵衛は懐から手裏剣を取り出す。
「なんですかそれ?」

「『ト』ってきざんである…」

 興味深そうに喜三太がのぞき込む。その後ろから平太もそっと顔をのぞかせる。
「魔法の手裏剣なんだぜ? これで必ず的に当てるって思いながら打てば、必ず当たるんだ」
「ホントですか? やってみたいです!」
 すかさず声を上げる喜三太に「はいよ」と手裏剣を手渡す。「ただ、コイツを使いこなすにはちょっとコツがいるんだ」

「なんですか?」

 なにか難しいテクニックが求められるのだろうかと不安げに喜三太が訊く。腕の力だのグリップだのとさんざん授業で習った上に、更に面倒なことが加わるのだとしたらイヤだな、と思いながら。

「まず、よ~く的を見るんだ。そしたら、眼を閉じて、その的を頭に思い浮かべる」

 作兵衛の言うところの『コツ』は意外なものだった。果たしてしんべヱたちと顔を見合わせた喜三太がふたたび訊く。

「め、とじちゃうんですか?」

「そうだ。で、必ず当てるんだって強く思いながら、何度も的に当てるイメージをする」

「それから?」

「的に当てるイメージができたら、眼を開く。んでもって、思い切って打つんだ」

「それだけですか?」

「それだけだ。難しいことねえだろ?」

「はい」

「じゃ、やってみろ」
「はいっ」
 しばしイメージトレーニングするように眼を閉じて腕を動かしていた喜三太が、やがて眼を見開いて「えいっ!」と声を上げて腕を振る。次の瞬間、空を切った手裏剣が的に当たって地面に落ちた。
「やった!」
 声を弾ませた喜三太が手裏剣を拾って駆け戻ってくる。「すっごい! はじめてあてられましたっ!」
「だろ?」
 自慢気にニヤリとする作兵衛だった。
「すごいすご~い!」
「ぼくもやりたいです…」
 しんべヱが飛び上がり、平太が眼を輝かせてぼそりと言う。 
「そうだな…」
 手になじんだ手裏剣を見下ろしながら、ふと手に入れたときのことを思い出していた。

 

 

「くそっくそっくそっ…!」
 地団太を踏むたびに砂埃が舞い上がる。
 悔しかった。もどかしかった。いくら練習しても、先生や仲間たちにコツを教えてもらっても、どうしても手裏剣打ちが上達しなかった。
 陽が暮れかかった校庭で、一年生だった作兵衛はひたすら手裏剣の練習に打ち込んでいた。だが、どうしてもいうまくいかずに癇癪を起していた。
「何やってるんだ?」
 ふとかけられた声に作兵衛は足を止める。その声は聞き覚えがあった。
「食満せんぱい…」
 所属したばかりの用具委員会の先輩だった。
「なんだ、手裏剣の練習か?」
 足元に散らばった手裏剣を留三郎が拾い上げる。
「でも、当たらないんです…」
 悄然と作兵衛は言う。
「そっか。ま、とりあえず打ってみろよ」
 拾い上げた手裏剣を手渡す留三郎だった。
「はい…」
 どうやったってダメだったのに…と思いながら受け取った作兵衛は、それでも念を込めるように両手で手裏剣を包んでから、おもむろに腕を振りあげる。
「えいっ!」
 だが、期待を裏切ってふらふらと宙を舞った手裏剣は力なく地面に落ちる。
「腕の力が変な方に入ってるな」
 腕を組んでみていた留三郎が口を開く。
「へんなほう?」
「ああ。腕を振るときは力が入ってるが、肝心の手首にグリップを効かせるときには力が抜けてる。だからまっすぐ飛ばないし、的に届かない」
「どうすればいいんですかっ!」
 勢い込んで訊く作兵衛に「まあ待てよ」と留三郎はいなして懐から手裏剣を取り出す。
「これは俺の練習用手裏剣だ。これ、魔法の手裏剣なんだぜ?」
「まほうの?」
 思わず眼を丸くする作兵衛だった。
「ああ、これ、お前にやるから、明日もここに来いよ」
 気を持たせるように言うと留三郎は立ち去った。
「はい…」
 校庭に長い影を刻んで立ち去るその背をなかば呆然と見送りながら作兵衛は呟く。

 

 

「これって…」
「言ったろ? 今日からお前の手裏剣だ」
 翌日、練習場所に現れた留三郎から手渡された手裏剣に、思わず言葉が詰まる作兵衛だった。
「でも、この、まんなかの…」
「ああ、これか?」
 自慢気に小鼻をふくらませる留三郎だった。「これならなくさないだろ?」
 手渡された手裏剣には中心に『ト』と刻まれていた。
「これって、おれの…?」
「決まってんだろ?」
 戸惑い気味に訊く作兵衛にいかにも当たり前といったように留三郎が応える。「富松作兵衛のトだ。どうだ。自分の手裏剣だって気がしてきただろ?」
「はい!」
 うれしくなった作兵衛が声を弾ませる。
「これは俺の魔法の手裏剣だ。俺もこの手裏剣で練習してうまく打てるようになった。だが、コイツを使うにはコツがいるんだ」
「コツ、ですか?」
 難しいものだったらどうしようと思いながら作兵衛が鸚鵡返しに訊く。
「ああ」
 いかにも意味ありげに留三郎は言う。「まずはぜったいに的に当てられるって強く思うんだ。で、眼を閉じて自分が的に当てられるイメージをしっかり頭の中で描くんだ。で、そのイメージが固まったら的だけをしっかり見て打ってみろ」
「はい…」
 いささか風変わりな助言に戸惑いながら作兵衛は眼をつぶって自分が的に当てるイメージを描こうとする。思えば、これまで手裏剣打ちのアドバイスといえば、腕の振り方や手首のグリップの効かせかたなど技術的なものばかりだった。だが、見た目おっかなそうな先輩のアドバイスはまったく違うものだった。
 -できた。
 的に当てるイメージができた作兵衛がゆるゆると眼を開く。そしてまっすぐ的を睨んだまま腕を振りかざすと「えいっ」と手裏剣を打つ。

 

 

 

 -俺が初めて手裏剣を的に当てられたのは、食満先輩のおかげなんだ…。
 黙然と手裏剣に眼を落しながら作兵衛は考える。
 -だから、これを俺だけで終わらせちゃダメなんだ…。
 そう思いながら顔を上げた作兵衛は、次にしんべヱに向かう。
「よし、しんべヱも同じようにやってみろ。まずは眼を閉じてよーく的に当てることをイメージするんだ」
「まとにあてるイメージ…」
 呟きながらしんべヱが何度か腕を振り下ろすしぐさをする。
「的から眼を離すな。手裏剣は軽く持って、腕が水平になるちょっと前ですっと離す…どうだ?」
「はい、なんかできそうなきがしてきました!」
 少し硬い声で応えたしんべヱが、精一杯見開いた眼で的を見据えると、「えいっ」と声を上げて腕を振り下ろす。と、しゅっと風を切って飛んだ手裏剣が的の少し上に刺さった。
「おお…」
「すごいしんべヱ! あとちょっとで的にあたるところだったよ!」
 平太が声を漏らすと同時に喜三太が弾んだ声を上げる。
「あ、ホントだ」
 信じられないといった表情で木に駆け寄ったしんべヱが、幹に刺さった手裏剣をまじまじと見てから引き抜く。
「やりゃできんじゃねーか」
 満足そうに作兵衛が大きく頷く。「あとちょっと練習すりゃ、的に当てられるようになるぜ? じゃ、平太、やってみろ」
「…はい」
 しんべヱから渡された手裏剣を手にした平太は、眼を閉じると腕をゆっくりと振りながらイメージを固め始める。やがて眼を開くと、おもむろに振り上げた腕を下ろした。
「えいっ」
 声と同時に放たれた手裏剣は、ひょろひょろと飛ぶと的に当たって、そのまま弾かれてちゃり、と地面に落ちた。
「すごーい! 平太、ほとんどまんなかにあたってたよ!」
「うん! ぼくよりすごい!」
 喜三太としんべヱの声に、「いやぁ…」と頬を染める平太だった。
「平太はコントロールがよくなったな」
 作兵衛も感心したように言う。「あとはもっと力を入れるだけだ。腕力がつけば、まちがいなく的に当てられるようになる!」
「はい…!」
 うれしそうに見上げた平太が、「あの…」とか細い声で続ける。
「ん? なんだ?」
「この手裏剣、もうすこしかしてもらえますか…?」
「あ! ぼくもつかいたいでーす!」
「ぼくもぼくも!」
 期待に満ちた眼で見上げられて作兵衛はたじろぐ。
「ま、まあ…ちょっとくらいなら貸してやってもいいけど…」
「やったぁ! 富松せんぱいのまほうの手裏剣だ!」
「やったね平太!」
「ありがとうございます…」
 うれしそうに飛び回る後輩たちに、「じゃ、頑張れよ」と言い残して立ち去る作兵衛だった。

 

 

 -なんだよ俺…ぜんぜん先輩らしくない…。
 気がつくと用具倉庫の前に来ていた。委員会がない日の倉庫の前は静まり返っている。石畳に座り込んだ作兵衛は、軽い喪失感とそれに対する苛立ちがないまぜになったもどかしさをどうすればいいか分からなかった。
 -俺だって、留三郎先輩から魔法の手裏剣をいただいたんだ。それに、今はちゃんと打てるようになった。だったら、今度は俺があいつらに魔法の手裏剣をやらなきゃおかしいだろ…。
 だが、今までお守りのように肌身離さず持っていた手裏剣を手放すことに思いきれずにいる自分がいた。いま、気前よく後輩たちに譲るには思い入れが強すぎた。
 -まだ俺はこいつを手放せない…!
 


「よお、作兵衛」
 唐突に降って来た声に作兵衛はびくりとした。よほど深く考え込んでいたのか、近づいてくる気配にまったく気がつかなかった。
「食満せんぱい…」
 思いつめた表情で見上げる作兵衛に、また何かあったかと考える留三郎だった。思い込みの激しい後輩だからいったん思い込みのループにはまると抜け出させるのが骨なんだよな…と思いながらも、傍らに腰を下ろしてできるだけ軽い口調で訊く。
「なにシケた顔してるんだ? また迷子コンビのことか?」
「いえ、そうではないのですが…」
 これは少しかかりそうだ、と思いながらも、留三郎は少し付き合うことにした。作兵衛があまり多くの人に悩みを打ち明けるような性分ではないことは知っていたから。
「…食満先輩は、手裏剣の練習がうまくいかなかったことはありますか?」
 黙りこくっていた作兵衛がふいにぽつりと口を開いた。
「手裏剣か…そうだな」
 かつて手裏剣打ちがうまくいかなくて癇癪を起してばかりいたころの自分を思い出して、苦い思いが一瞬過ぎる。だが、気を取り直して続ける。「まあ、俺はあんまり器用な方じゃなかったからな。コツをつかむのに少し時間がかかったかもな」
「先輩も、練習に魔法の手裏剣を使われましたか?」
「魔法の手裏剣?」
 なんだそりゃ、と訊きかけて、ふと手裏剣打ちがうまくいかなくて癇癪を起していた作兵衛に自分がかけた言葉を思い出した。それは、かつて自分も先輩からかけられたものだった。
「…そうだな。そういや俺も、先輩からもらったな」
 魔法の手裏剣を手渡され、教えられたとおりに打ってみたときの驚きは今でも忘れられない。それまで全くうまくいかなかったのに、まるで的に吸い寄せられるように刺さったのだ。そしてやっと、自分が腕の振り方とか手首のグリップとか些末なことばかりに捉われていたことに気付いたのだった。手裏剣とはあくまで的に当てなければならないものであり、そのための技術と的に当てる意志は別物らしかった。
「その手裏剣は、どうされたのですか?」
「手裏剣か? …伊作に譲ったな。アイツもなかなか手裏剣が上達しなくて困ってたからな」
 思い出しながら留三郎は答える。
「そうですか…」
 ふいに肩から重いものが消えたように思えてほっとしたように声を漏らす作兵衛だった。

「そういうこった」

 作兵衛の表情からみるみる険が消えるのを見た留三郎がおもむろに立ち上がる。どうやら悩みは解消したらしい。

「じゃ、俺は自主トレ行ってくるからよ」

 言いながら軽く手を上げて歩き去る。

「はい! ありがとうございました!」

 弾んだ声を上げる作兵衛だった。

 

 

 -そっか。それじゃあの手裏剣は、留三郎先輩が先代からいただいたものじゃなかったんだ。だったら俺の魔法の手裏剣だって…。
 必ず用具委員会の先輩から後輩へと受け継がなければならないものではなかった。であれば留三郎からもらった手裏剣は自分のお守りとして持っておき、後輩たちにはそれぞれ名前を入れた手裏剣を作ってやればいいことになる。そう考えると急に心が軽くなった。だが、ふと考える。
 -でも、あいつら喜んでたしな…。
 あれだけ喜んでいたのだ。いまさら別の手裏剣を渡したところで彼らが同じ効用をおぼえるだろうか。
 -やっぱ、アイツらに譲ってやるのがいちばんいいんだろうな…。
 そんな結論にも、不思議と先ほどまでのような泡立つような感情はおぼえなかった。そして思うのだった。
 -明日、アイツらにあの手裏剣、譲ってやろう…。

 

 

<FIN>

 

 

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