犬猿近繋

 

以前、ブログにちょっと書いた「文次郎と留三郎を自然に湯に入れるには」をお話にしてみました! …う~む、ちっとも自然じゃないかも知れませんがw

ただ、留三郎は、同室の伊作の影響を受けて、ケガ人には(それが文次郎であっても)かいがいしく振る舞いそうです。文次郎もそれがわかっていて、だから犬猿なこの2人は、いつもは角突き合っていても、信頼関係でしっかり結ばれていると思うのです。

 

1 ≫ 

 

 


「文次郎! 留三郎! 今度はなんの騒ぎだというのじゃ!」
 学園長の庵の軒先に立った大川が怒鳴り上げる。庵の前の地面に控えた文次郎と留三郎が、精一杯身体を縮ませる。
「よりによって下級生の前でつかみ合ってケンカするなど、最上級生のやることではない! お前たちにはその自覚があるのかと言っておる!」
 怒鳴り散らす大川の前で、ちらと視線が交錯する。
 -お前のせいだからな!
 -人のせいにしてんじゃねぇ!

 


 例によって予算の配分を巡ってのいさかいがケンカに発展した2人だったが、今回は運の悪いことに大川の昼寝を邪魔してしまった。当然のように機嫌は最悪である。
 -ったくこの2人を近くに置いておくと、うるさくて昼寝もできんわい。どっか遠くに追っ払わねば…さて、どうしたものか。
 腹の中ではひどく勝手なことしか考えていない大川だったが、そんなことは匂わせずになおも説教を続ける。ふと、その耳に「まておまえら~!」と悲鳴のような声が聞こえてきた。
 -ん?
 顔を向けると、迷子縄につながれた左門と三之助に引きずられる作兵衛の姿が眼にとまった。
「そうじゃ! 思いついたぞ!」
 はたと大川が手を叩いた。にらみ合っていた2人がぎょっとしたように動きを止める。
「文次郎! 留三郎! お前たちも迷子縄でつながるのじゃ。そのまま裏裏裏山の頂上にある石を持ってくるのじゃ。よいな!」
「し、しかし学園長先生…!」
「なぜ迷子縄で…!」
 文次郎と留三郎が口々に抗議する。
「そんなことも分からんのか! 忍は任務の達成のためにチームワークが求められるというに、お前たちみたいに寄ると触るとケンカしているようでは任務の達成もおぼつかんわい。ここはひとつ荒療治をするしかなかろう。だから迷子縄じゃ」
 もっともらしく言っているうちに、ずいぶん素晴らしいアイデアに思えてくる。
「しかし…」
 なおも文次郎が言いかけたとき、
「で、迷子縄の長さは…」
 留三郎の言葉に脱力しかけた文次郎が怒鳴る。
「する方向かよ!」
「そうじゃな。1間(約1.8メートル)くらいでよいかの」
「それでは、あまりに短すぎます!」
「そ、そうです! 我々には最低でも10間(約18メートル)は必要です!」
「ほう、そうかの」
 大川はにやりとした。
「10間もの縄を引きずりながら裏裏裏山まで行くというならそれは構わん。だが、万一縄が切れれば、その時点で2人そろって退学じゃ。それでもよいというのじゃな」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「それはあまりに横暴です」
「なにが横暴じゃ! これは学園長命令じゃ! 学園長命令に従えぬというなら、この場で退学じゃぞ!」
「しかし、どんなに丈夫な縄でも、切れてしまうことは当然あります。それでも切れれば退学になるのですか」
 いかにも用具委員長らしいことを留三郎が主張する。
「もう少し短くてもいいですから、せめて切れたときの対処は認めてください」
 こうなれば条件闘争しかない、と腹をくくった文次郎も同調する。
「ええい、うるさい連中じゃの。では、サービスで2間(約3.6メートル)の迷子縄で妥協してやろう。切れたときは結びなおしてもよい。ただし、ほどくことはまかりならん。縄は切れたらすぐに結びなおすこと。これ以上は認めんぞ」
「…はい」
「分かりました」
「ではとっとと出かけよ!」
 大川の一喝に、迷子縄でつながれた2人がしぶしぶ出立する。

 


「おい、聞いたか? 六年の潮江先輩と食満先輩が、迷子縄でつながれて裏裏裏山まで行くことになったんだってさ」
 食堂に続く渡り廊下の腰板に寄りかかりながら、五年生たちが喋っている。興奮を抑えきれないように話しているのは勘右衛門である。
「どういうこと?」
 雷蔵が不審そうに首をかしげる。
「よく分からないけど、学園長先生のいつもの思い付きらしいんだ」
「あの潮江先輩と食満先輩が、おとなしく縄でつながっているもんかな」
「だからこそ面白そうだと思わないか?」
 勘右衛門がにやりとする。
「だな。ちょっと見に行ってみようか」
 八左ヱ門が身を乗り出す。
「そうこなくっちゃ。三郎と兵助はどうする」
「ああ、面白そうだな」
「ちょっと見てみたいよな」
「よし。それじゃ、あとで行ってみようぜ」
 勘右衛門が声を潜めたとき、
「そうはいかんぞ」
 背後から野太い声が響いた。木下だった。
「木下先生!」
「あいにくだが、潮江と食満が戻るまで、忍たまの外出許可証の発行は禁止された。学園長命令だ」
 言うまでもなかろう、というように木下は言葉を切る。
「隙を見て勝手に塀を乗り越えようなんぞと考えん方がいいぞ。忍たまたちが勝手に外出しないように、小松田君とヘムヘムが厳重警戒しておる。まあ、諦めることだな」
 それだけ言うと、手を後ろ手に組んだまま木下は悠々と去って行った。

 


「ったく、なんでお前なんぞと…」
「それはこっちのセリフだ」
 学園の門を出た2人は、文句たらたらで裏裏裏山に向かう。2人の腰に結わえられた迷子縄はぴんと張られている。最大限身体を離そうとしているのだ。そして、自分が少しでも前を歩こうとする。しぜん、足早になる。
「おい」
「なんだ」
「どうするんだよ」
 ぴんと張った縄の間に、木があった。
「俺が先に行く。お前はこっちに回り込め」
「何を言いやがる。お前こそこっちに回り込みやがれ!」
 拳を握った2人がにらみ合う。
「そもそもこんなことになったのは誰のせいだと思ってんだ!」
 片手で縄を持ち上げながら留三郎が怒鳴る。
「用具委員会が分をわきまえない要求をしてきたからに決まってんだろうが」
 腕を組んだ文次郎がぶすっと吐き捨てる。
「んだと! お前が用具の補修に必要な予算をつけないくせにあれが壊れてるだの文句つけやがって!」
「授業に必要な用具の補修もできねぇでなにが用具委員会だ! カネがなくても何とかするのが忍だろうがっ!」
「それは敵地での心得だ! そのために準備を完璧にしておくのが忍ってもんだろ!」
「るせぇ! つべこべ言いやがって! 任務を完璧にこなすためならいくら金を使ってもいいとでも思ってるのかよこのタコ!」
「言いやがったな! 用具整備の苦労も知らねえでギンギン言って予算切るしか能のねえ脳ミソ筋肉野郎!」
「くそ…もう許さん!」
 文次郎が袋槍を構える。
「おう、その勝負、受けてやる!」
 にやりとした留三郎も懐から鉄双節棍を取り出す。
「「ウオオオォォォッ!!」」
 2人が突進する。留三郎が振り下ろした鉄双節棍を袋槍でかわす。派手な金属音が響く。いったん身をひるがえした文次郎が、振り返りざま足払いをかける。ジャンプでかわした留三郎は、着地した瞬間、反動を利用して間を取ろうと背後に飛びのこうとした。
「ぐ!」
 腰に強い衝撃がはしった。何が起こったか考える間もなく、留三郎の身体は意思に反して前に投げ出されていた。その先には、眼を見開いたまま明らかに何が起こったか把握できずに硬直した表情の文次郎。
「「!!!」」
 視界に火花が散った。打ち合った2人が縄の存在を忘れて同時に間を取ろうとしたゆえの衝突だった。
「留三郎、てんめえっ!」
「なんだこのギンギン野郎!」
 歯ぎしりしながら身を起こした2人は、額にできたこぶを押さえながらもよろよろと立ち上がって武器を構える。
「くっそ…もう許さん!」
「それはこっちのセリフだ!」
 次の瞬間、2人の足が地を蹴って突進する。最初の間こそ武器を使っていたが、いつの間にか拳での殴り合いになっていた。
「はあ…はあ」
「…畜生、まだこりねぇか」
 間を取って組手の構えをした2人だったが、どちらともなく「あ…」と言う。
「そういえば、縄はどうした?」
「そういえば…」
 いつの間にか縄は切れていて、腰から垂れていた。
「てめえ、いつの間に切りやがった!」
「切ったのはテメエだろ! 退学になったらどう責任取りやがる!」

 第二ラウンド開始である。

 


「…はあ、ふぅ…」
「もう…ダメだ…」
 実力が互角の2人だったから、いくら戦っても勝負はつかなかった。ついに2人は体力の限界に達して座り込んでしまった。
「…ていうかよ、俺たち、これから裏裏裏山に行かなきゃいけねえんだよな…」
 荒い息の間に唾を吐いた留三郎が口を開く。
「…だな」
 短く文次郎が応える。
「ここって、まだ裏山に行く途中なんだよな…」
「…少し、急がねえといつまでも着けねえってことか」
 どちらからともなくよろよろと立ち上がる。
「じゃ、行くか…」
「おう」
  縄を結びなおすと、ボロボロになった2人が山道を歩き始める。すでに陽は傾き始め、足元は急速に暗くなり始めていた。
「仕方がない。ここで野営するか」
 低い木立が生い茂っている辺りで2人は足を止めた。すでに陽が落ちている。手早く縄を張って陣幕を張る。
「こんな狭いところで文次郎と寝るのかよ」
 通常なら一人で使用する陣幕に2人で入ろうというのだから、狭いのは当然である。
「仕方ねえだろ。近くにもう一張りできる場所がねえんだから」
 嫌そうにそっぽを向きながら、文次郎が腕を組む。否応にかかわらず、縄の長さ以上に離れることは許されていないのだ。
「しょうがねえな。じゃ、寝るぞ」
 留三郎が陣幕に潜り込む。
「ああ」
 文次郎が続く。
「おい、留三郎。もっと離れろ。背中がぶつかってるぞ」
「お前こそ夜中に寝返りうってみろ。それがお前の命日だからな」
「るせぇ」

 


「起きろ、朝だぞ」
 文次郎に小突かれて留三郎は腕を枕に背を丸めていた体勢からゆるゆると身を起こした。
「ああ…ふわーあ」
「なにを呑気にあくびなんかしてやがる。気合が足りんぞ」
「俺は貴様みたいに四六時中ギンギンしてるわけじゃねぇ。適宜オンとオフの切り替えをやってるんだ」
「るせぇ。それより、今朝はお前が飯の支度をしろ」
「なんでお前が指示しやがる」
「じゃ、別々に飯を作るか?」
「わかったよ」
 留三郎が竹筒に米と水を入れて土に埋め、そのうえで火を起こしている間に、文次郎は行水のために川に向かう。
「こっち見んなよ」
「誰が見るか、バカタレ」
「それは俺の台詞だ」
 胡坐をかいた留三郎が火の様子を見ているうちに、行水を終えた文次郎が戻ってきた。
「お前の番だ」
「ああ」
 縄が絡まって服を脱ぐだけでもいつものように手早くいかない。しかも、その縄のもう一方の端には、学園での最大のライバルにして顔も見たくない相手がいるのだ。腰に絡みつく不条理そのもののような縄をよけながら、留三郎は流れに浸した手拭いで身体を手早く拭う。と、その間に飯の炊けたにおいがした。ふと振り返ると、土から掘り出した竹筒の飯を、文次郎がかき込んでいた。
「文次郎、テメエ!」
 一瞬のうちに頭に血が上った留三郎が駆けつける。
「んだよ」
 飯をかき込みながら、何ごともなかったように文次郎がちらと見やる。
「人が行水してる間に飯を独り占めする気かよ!」
 すっかり逆上した留三郎が懐から鉄双節棍を取り出そうとする。だが、あいにく身に着けているのは褌と腰に巻きついた縄だけである。
「勘違いするな。時間を節約してるだけだ。ほれ、お前の分だ」
 とっとと食え、と文次郎が突き出した竹筒の中には、きっちり半分飯が残っていた。
「あ、ああ…」 
 竹筒を受け取った留三郎が、気勢をそがれてそのまま座り込む。その姿をじろりと睨んで文次郎がぶすっと言う。
「裸で食う気かよ。躾のなってねえ野郎だな」
「こ、これから着ようと思ってたんだよ。ちょっとこれ持ってろ」
 慌てて立ち上がった留三郎は、竹筒を文次郎に押し付けると、脱いだ着物のもとへ駆け戻る。

 


 -おい、聞こえるか。
 -ああ。
 朝食を終えて裏裏山に差し掛かったとき、気配を感じた2人の足が止まった。
 -あっちだ。
 -よし。
 気配の方向へと素早く移動する。と、向こうから藪をかき分けて駆けてくる物音がした。
 -隠れるぞ。
 矢羽音で短く言うなり、留三郎は頭上の枝に飛び上がって身を隠そうとした。だが、次の瞬間、腹にぐいと縄が食い込んで、身体ごと地面に向かって弾かれた。そしてなぜかそこにあった文次郎の頭に後頭部を激しくぶつけた。
 -!!!
 視界に火花が飛び散った。同時に、どうと身体が地面に叩きつけられた。
「ひゃぁっ!」
 明らかに文次郎の声とは違う悲鳴が間近に聞こえて、留三郎は辛うじて意識を取り戻した。唐突に目の前に落ちてきた留三郎に、役夫姿の男が慌てて方向を変えて逃げ出していく姿が眼に焼き付いた。
「おい、誰かいるのか」
 野太い声に、反射的に身を隠そうと藪に潜り込む。そこにはすでに頭を抱えてうずくまる文次郎がいた。
 がさ、がさ、と下草を踏みしめながら近づいてきた男は、抜身の刀を手にしたいかにも山賊という態の男だった。留三郎たちの忍んでいる藪の近くで足を止めて辺りをうかがうと、足早に戻っていく。そのとき、少し離れたところから「きゃぁっ」と女の悲鳴がした。
 -あの声は!
 -行くぞ!
 異常事態がすぐそばで出来している。それだけで体内にアドレナリンが充満して、頭の痛みは消えていた。文次郎も同じようである。ぎらぎらさせた眼は、すでに忍のものである。
 2人の足が止まった。眼に入ったのは、壺装束姿の女2人とその侍女らしい旅姿の女数人が刀や槍を手にした7~8人の山賊に囲まれているところだった。地面に荷物が放り出されているところを見ると、荷物運びの男たちは逃げ出してしまったようである。先ほどの役夫もその一人なのだろう。女たちは守り刀の柄に手をかけているが、数でも力でも勝る山賊たちの相手ではないだろう。女たちに待ち受けている運命はあまりに明らかだった。
 -どうする?
 -決まってるだろ。
 -よし!
 唇を軽くゆがめてにやりとした留三郎は、すでに手にしていた苦無で縄を切る。それがスイッチだったように文次郎は袋槍の穂先を握ったまま下藪の中を回り込んで、山賊たちの背後に回る。
 -学園長先生。縄はすぐに結び直しますから。
 煙玉に着火しながら留三郎は内心で詫びる。そして、もうもうと煙をはく煙玉を山賊たちに向けて投げ込んだ。

 


「ったく、口ほどにもない連中だったぜ」
「だな」
 ふたたび縄でつながった文次郎と留三郎が、裏裏山から裏裏裏山へと続く山道を歩いていた。唐突に投げ込まれた煙玉と女たちの悲鳴にパニックのあまり立ちすくんでいる山賊たちを、2人は思うさま叩きのめしたのだった。そしてまとめて縛り上げて木の枝からぶら下げると、女たちに姿を認められる前に煙に紛れてその場を後にしたのだ。
「それにしてもだ。役夫の連中も腑抜けにもほどがある。あんなちんけな山賊が出たくらいで、雇い主のそれも女を置いて逃げ出すとはな」
 よほど腹立たしいのだろう。文次郎が鼻息荒く言い捨てる。
「ま、これも人助けだからいいということにしようぜ…ところで文次郎!」
 にわかに留三郎の声が尖る。
「なんだ」
「さっき、人の気配が近づいてきたとき、お前なんであんなところにいたんだよ! 人が木の上に隠れるのを邪魔しやがって!」
「お前こそ、人が藪に隠れようとしたところを引きずり出しやがって! あれが山賊だったらどうするつもりだったんだよ!」
「何言ってやがる! ああいうときは注意が向きにくい木の上に隠れるのがセオリーだろ!」
「だからお前はは組クオリティなんだよ! 相手が忍だったら、一番に警戒するのは頭上に決まってんだろ!」
「んだと!」
 またも綱でつながっていることを忘れて別々の方向へ身を隠そうとしたための衝突だった。いつもの2人であればそのまま殴り合いに発展するところだが、今日のところは口ケンカでとどめている。いちいち殴り合っていたのではいつまでたっても裏裏裏山にたどり着けないということでようやく共通認識ができたようである。

 


「なんですと! 裏裏裏山のあたりでタソガレドキ城とアカトキ城が争っているのを知っててあの2人を行かせたということですか!」
 利吉から裏裏裏山の周辺での二つの城の角逐の報告を受け取って慌てて学園長の庵に駆け込んだ伝蔵は言葉を失った。
「そうじゃ」
 泰然と大川は答える。傍らに控えたヘムヘムが「ヘム」と言いながら湯呑に茶を淹れる。
「しかし、それはあまりにも危険です! ドクタケ相手とは話が違うのですぞ!」
 伝蔵がなおも言いつのる。
「まあ、あの2人であれば何とかするじゃろ」
 泰然と言い放つと、湯呑に手を伸ばす。
「ヘムヘムヘム」
 ヘムヘムが疑わしげな視線を向ける。
「なに、昼寝の邪魔になるから遠くに追っ払ったじゃと? 人聞きの悪いことを言うでない…あっち!!」
 湯呑に口をつけた大川が奇声を上げる。
「ヘム」
 さめた眼でヘムヘムが言う。
「なに、熱いから気をつけろと言ったはずじゃと? そんなのわしは聞いておらん!」
「ともかくです」
 伝蔵がようやく話に入ってくる。
「利吉の報告によると、情勢はきわめて不安定とのことです。いつ戦陣が動くとも限らない。とにかく、すぐあの2人を学園に呼び戻す御許可を!」
「いいや! あの2人には、任務を完了するまで学園に戻ることは許さん! 先生方の手出しも認めん! それに…ヘムヘム! なにをジロジロ見ておる! 早く水を持って来ぬか!」
「ヘムヘム」
「なんじゃと! 自分で汲みに行けじゃと! もういい! お前には頼まん!」
 立ち上がった大川は、荒々しく障子を開けて庵から出て行ってしまった。
「ったく学園長先生は、そうやって都合が悪くなると聞く耳を持たなくなるんだから…」
 素知らぬ顔で自分の湯呑で茶を飲むヘムヘムとともに庵に残された伝蔵は、深くため息をつく。
 

 

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