将を射る

 

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」という有名な言葉があります。では、ドクタケが忍術学園を狙うときに同じ作戦に出た場合はどうするでしょうか。

ちなみにネタ元は、杜甫の「前出塞九首 其六」のようです。

 

以前のアニメで山田先生と八方斎が女装勝負をした回があったそうですが、ぜひ見てみたいものだと思いながら書いたシーンもあるとかないとかw

 

1 ≫ 

 

 
「殿、例の件ですが…」
 ドクタケ城の城主の間に控えているのは、ドクタケ水軍創設準備室長の肩書きを持つキャプテン達魔鬼である。
「どうであった」
 城主の木野小次郎竹高は、相変わらず張子の馬にまたがったままである。
「あの忍術学園を倒すには、学園長、大川平次渦正を倒すのがもっとも早道と考えられるでしょう。しかし」
 懐から出した巻物を広げながら、達魔鬼は説明する。竹高も張子の馬から身を乗り出す。
「…王の下に将あり。王を支える有能な将がいるからこそ、忍術学園はまとまっているのだということが、私の結論です」
 いつまで経っても忍術学園殲滅の命を果たすことができない稗田八方斎に業を煮やした竹高は、達魔鬼に独自の調査を命じていた。
「将とは誰のことなのじゃ」
「将、それは、山田伝蔵です」
「ほう、山田伝蔵とな」
「その通りです。将であるところの山田伝蔵が大川を支えているからこそ、あの学園はもっているのです」
「しかし、山田伝蔵は優秀な忍者だと聞いておるぞ」
 そんな報告を八方斎から受けたことを思い出す。
「仰せの通りです。だが、山田伝蔵には、大きな弱点がある。それが、息子である山田利吉です」
「山田利吉も、優秀な忍者だと聞いておるぞ」
 そんな報告も受けた記憶がある。竹高は次第に苛立ちをおぼえはじめていた。
「…報告は端的にせよ、キャプテン達魔鬼。そなたは何が言いたいのじゃ」
「その山田利吉の決定的な弱点を見出したのでございます」
「優秀な忍者に、そのような弱点などあるものなのか」
「優秀であるほどに、その弱点は決定的なものになるのです。山田利吉の場合、それは小松田秀作なのでございます」
「小松田…秀作とな?」
 初めて聞く名前に、竹高は首をかしげる。
「忍術学園の事務員でございます。出門票と入門票のサインを取る以外にまったく取りえのない人間でございます」
「なぜ、そのような人物を、忍術学園は事務員として雇っているのだ」
「それは分かりません。あれほど見込みのない人間を雇い続ける意図は、未だ私にも分かりかねます…しかし、それゆえに、小松田秀作は山田利吉の足を引っ張り続けるのでございます」
「ほう…つまり、将を射んと欲すれば、まず馬を射よ、というわけじゃな」
「仰せの通りでございます」
 達魔鬼が身を乗り出して声を低める。
「…そして、馬を射やすくするためには、飼葉に毒を仕込むことが早道かと…」


 -さて、どう飼葉に毒を仕込んでやろうか…。
 作戦のゴーサインを竹高から得た達魔鬼は、準備のために自宅に向かいながら考える。
 -小松田には、あくまでこちらの意図をしらないままに、山田利吉の足を決定的に引っ張ってもらわねばならぬ…それどころか、背後に我らがいることを意識すらさせないようにしなければならぬ。さて、どうやるのがよいか…。
 考えこみながら歩いていた達魔鬼は、自分に向かって駆け寄ってくる小さな足音に気づくのが少しだけ遅れた。
「パパ!」
 顔を上げると、息子のしぶ鬼が、いままさに自分の身体にぶつからんばかりに抱きついてくるところだった。
「おお、しぶ鬼か。どうした、そんなに走って」
 息を切らせながら自分を見上げる息子の頭を撫でながら、達魔鬼は訊く。
「うん! あのね、ぼく、ドクタケ忍術教室の手裏剣競技でトップになったんだ! だからパパに聞いてもらいたくて…!」
「そうかそうか。さすがパパの息子だ。これからも、もっと勉強して立派な忍者になるのだぞ」
「はい、パパ!」
 まっすぐな眼で自分を見上げてくるしぶ鬼がつくづく可愛くて、達魔鬼はもう一度ごしごしと息子の頭を撫でる。しぶ鬼がくすぐったそうに首をすくめる。
「もう、パパったら…あんまりごしごししないでよ」
「お、すまんすまん」
 軽口を叩いて並んで家に向かって歩きながら、ふとしぶ鬼たちドクたまは忍術学園の一年は組と仲がいいことを思い出す。 
「そういえばしぶ鬼、来週は釣りに行く約束だったな」
「うん! パパ、おぼえててくれたんだね!」
 しぶ鬼の声が弾む。いつもは約束しても急な仕事が入ったり、忘れられたりしてほぼ実行される見込みのない約束だったから、父親が覚えているだけでもうれしいのだ。
「もちろん憶えているとも…だが、来週はパパは忙しくなりそうなんだ」
「…そう」
 肩を落としたしぶ鬼が俯く。いつものことだ、と分かってはいたが、それでも淡い期待は抱いていた。だが、今回もそれはかなわなかったようである。
「だがな、今日なら時間がある。どうだ、釣りの約束は、今日にしてもらえないか」
「えっ、ホント!?」
 輝いた表情で見上げる息子に、実は内心含むところのある達魔鬼は心苦しいものを感じたが、すぐに大きく頷くとその頭を撫でる。
「もちろんだ。そうと決まったら、釣竿を取ってきてくれないか。パパはいつもの池で待っているぞ」
「はい! パパ!」


「それでね、山ぶ鬼が『でも天に唾したら自分にかかるだけでちっとも術にならないと思います」って言ったもんだから魔界之先生が頭をかかえて座り込んじゃったんだ…」
「ははは…天唾の術を教えるのもたいへんだな」
 池のほとりに並んで腰をおろした達魔鬼としぶ鬼が話している。もっとも、しぶ鬼が学校であったことを一方的に話しているというほうが実態に近かったが。
「そういえば、この前、いぶ鬼君がひとりで山道を下っているのを見たが、お使いか何かだったのかね」
 不意に数日前に見た光景を思い出した達魔鬼が訊く。
「ああ、あれね…」
 しぶ鬼の声が白ける。息子の口調の変化に気づいた達魔鬼が太い眉を上げる。
「どうかしたのかね」
「きっと、また金吾に会いに行ったんだよ」
「金吾?」
「うん。忍術学園一年は組の」
「忍術学園の生徒に、会っているというのか」
 いかにも初めて聞いたように声を上げる。実のところ、いぶ鬼が金吾と親しいことも、息子のしぶ鬼が庄左ヱ門と親しいこともとうに知っていた。だから、なにかヒントになる話を引き出せないかと釣りに誘ったのが真相なのだ。
 父親が少し後ろめたい思いを抱いていることに、しぶ鬼は気付かない。
「そうなんだ…実は、いぶ鬼のようすがあやしいから、一回だけ尾行したことがあるんだ。そしたら、2人で会っていたんだ」
「そうだったのか」
「ときどきああやって会ってるみたい…いぶ鬼は隠してるみたいだけど、金吾と会うときはそわそわしてるからみんなすぐわかるんだ」
「それでは、しぶ鬼たちも寂しいな」
「ううん。そんなにしょっちゅうじゃないし、僕たちはいつもいっしょだから。だから、そっとしてやることにしたんだ」
 常ならず大人びた口調に息子の成長を見て、達魔鬼は胸中に複雑な感情を感じる。
 -そうか。こうやって子どもはすぐに大人になるのだ…だから、もっとこうやって話を聞いてやる機会を作らねばならない。そうでなくても、遠くないうちに親離れしていくのだろう…。
「パパ、どうしたの?」
 気がつくと、しぶ鬼が顔をのぞきこんでいた。
「いや、なんでもないぞ」
 笑いに紛らかして手を振る。
「ふーん」
 さして父親の反応に興味も示さず、ふたたび釣糸の先に眼をやったしぶ鬼はつぶやいた。
「…でも、しばらく金吾ともあえないんじゃないかな、たぶん」
「ほう。どうしてかね」
「いま、学園はおおさわぎなんだって。事務の小松田さんがまたなにかやらかしたみたい」
「ほう」
 思いがけず息子の口から飛び出した人物の名前に、達魔鬼は軽く動揺する。もっとも声も表情もまったく変化を悟られない自信はあったが。
「乱太郎たちが言ってたんだ。事務の吉野先生がカンカンにおこって、お兄さんの優作さんに注意させるか、そうでなければ送り返すって怒鳴ってたんだって」
 話を聞いた時のことを思い出したのだろう。ぷっと噴き出したしぶ鬼だった。
「お兄さんの…優作?」
「うん。小松田さんの実家は京の扇子屋さんで、お兄さんの優作さんがお店をやってるみたい。とってもやさしいお兄さんなんだって」
「そんなに優しいのでは、注意しても効き目がないのではないか」
「よくわからないけど…でも、小松田さんはお兄さんのことが大好きだっていうから、お兄さんに言われたことはちゃんと聞くんじゃないかなぁ」
「…ほう」
 最後の一言にいろいろな可能性を想像して、返事が遅れた達魔鬼だった。
「ねぇ、パパ。どうかしたの?」
 気が付くと、しぶ鬼が顔を覗き込んでいた。
「い、いや、なんでもないぞ…それにしてもここはちっとも釣れないな。少し場所を変えないか」
 慌てて話題を転じながら、達魔鬼はゆっくり立ち上がる。
「うん、いいよ!」
 しぶ鬼も立ち上がると、先に立って歩き出す。


 -そういえば、砲弾研究家の多田堂禅がホウキタケ城に誘拐されたと聞いた。多田堂禅は忍術学園の学園長と親しいから、きっと助けを求めるだろう。そこで救出に山田利吉を向かわせ、かつ小松田秀作を絡ませることができれば…。
 しぶ鬼と並んで歩きながら、達魔鬼は考える。
 -これまでの調査では、山田利吉は時間が空けば忍術学園を訪れていることが多い。とすれば、山田利吉が受注している仕事を片っ端から我らが奪ってしまえば、必ずや学園に行くだろう。そこで多田堂禅の誘拐を知れば、あるいは学園長から救出の依頼を受ける可能性が高い…。
 口ではしぶ鬼と他愛ない会話を続けながら、頭の中では作戦がフル回転で練られ始めていた。
 -よし! まずはドクタケ忍者を使って山田利吉が受注した仕事をダンピングで奪ってしまおう。そして小松田秀作に足を引っ張らせている間に、山田伝蔵を無力化する。それには、あれしかあるまい…。
「ねえ、パパ。どこまで行くの?」
 袖を引っ張られた達魔鬼は我に返る。見上げるしぶ鬼と眼が合った。
「これ以上行ったら、池からはなれちゃうよ」
「そ、そうだったな。すまなかった」
「パパ、お仕事のこと考えてたでしょう」
 疑わしそうに見上げるしぶ鬼の視線がきつくなる。
「そ、そんなことはないぞ…」
 取り繕うように大仰に手を振って見せる。
「ホント?」
「本当だとも。ようし、今度こそ大物を釣るぞ。今夜は魚料理だ!」
 しぶ鬼の肩に手を載せながら達魔鬼は言う。自分は少し仕事に心を向けすぎているのかもしれない。少しは仕事を離れて息子と向き合うことも必要だと考えた。


「お手紙で~す」
「ごくろうさまで~す」
 配達人から手紙を受け取った秀作は、宛先を見て軽い驚きの表情を見せる。
 -僕あてだ…だれからだろう。
 差出人を改めた秀作は飛び上がった。
 -優作兄ちゃんからだ!
 手にしていたほうきを放り出すと、秀作は事務室へと駆け出す。 
「…ふ~ん、いい忍者になるには、利吉さんみたいな優秀な忍者のそばで、よく観察することが必要なんだ…さすが優作兄ちゃん! 僕のこと、こんなに心配してくれてる!」
 事務室の自席で手紙を読んでいた秀作は、上気した顔で手紙を置いて立ち上がる。
「よ~し! 僕も利吉さんのそばに行ってしっかり観察して、りっぱな忍者になるぞ!」
「立派な忍者がどうかしましたか、小松田君?」
 胸を張って宣言したところに事務室の襖が開いて押し殺した声が聞こえてきた。事務の吉野である。その額には青筋が浮いている。
「あ…吉野先生! 僕決めたんです! 利吉さんを観察して、りっぱな忍者に…」
「その前にやることがあるでしょうがっ!」
 吉野の怒りが爆発する。
「君はどうしてあれもこれもやりっぱなしなのかね! 書類の整理もやりっぱなし、庭の掃除もやりっぱなし、おまけに利吉さんの側に行ってなど、ご迷惑になるだけだというのが分からないのかね! …で、その手紙は?」
「あ、これは、優作兄ちゃんから、立派な忍者になるには利吉さんを観察しなさいって」
「んなことはどうでもいい! とっととやりかけの庭掃除を片づけてきなさいっ!!!」
「ひ、ひぇ~っ!」
 わたわたと事務室を飛び出した後ろ姿を見送った吉野は、ふと思案気に首をかしげる。
 -それにしても、小松田君のお兄さんの優作さんが、忍者になるための心構えを書いてよこすなど、おかしなこともあるものだ。それにあの手紙、優作さんの筆跡とは違うように見えたのだが…。
 


「わしが、山田伝蔵と勝負するだと?」
 ぎろりと八方斎がねめつける。
「そうです。ただし、今までとは違う方法で」
「違う方法?」 
 ドクタケ城に戻った達魔鬼は、首領の八方斎の部屋を訪ねていた。すでに小松田秀作に、兄の優作を装った手紙を送りつけてある。秀作にへばりつかれた利吉は確実に無力化するだろう。あとは伝蔵を足止めする作戦を八方斎に実行させた上で、ドクタケ忍者隊主力に学園総攻撃を命じるだけである。
「そうです。山田伝蔵を無力化するためには、八方斎様しかできないことがあるのです…」
 あとは膝を寄せ、声を潜めて作戦を説明する。いぶかしげに耳を傾けていた八方斎の表情が、次第に勝利を確信した笑みに変わっていく。


「まずいことになった」
 懐から出した文を伝蔵の前に置いた大川は、腕を組んでため息をつく。庭の鹿脅しがすこん、と音を立てる。
「どうかなさいましたか」
 学園長の庵で大川に対座しているのは伝蔵である。置かれた文を広げて眼を走らせる。と、その眉がびくりと上がった。
「これは…」
「そういうことじゃ」
 腕を組んだまま、大川は口をへの字に曲げる。
「わしの友人、多田堂禅が、ホウキタケにつかまった…ホウキタケは、かつて早すぎた天才が所属していた城だ。おそらく、また新しい火器の開発をくわだてていて、堂禅を手伝わせるつもりなのだろう…そこでじゃ。山田先生にぜひ救出に行っていただきたい」
「そういうことでしたら」
 手紙を元通りにたたむと、大川の膝先へと滑らせる。
「…利吉の方が適任かと」
「なに、利吉君か」
「はい。ちょうど。いまは仕事の切れ間でヒマしておりますから」
 ヒマというより、次々と仕事にキャンセルが入って時間を持て余している、と言った方が正確なのだろう。ともあれ、利吉からの手紙によれば、今日あたり、学園に着くので二、三日滞在したいとのことだったから、丁度いいヒマつぶしになるだろう。自分は忙しいのだ。は組の追試や補習があったし、翌日には出張も控えていた。
「ヒマは余計ですよ」
 ふいに天井裏から涼しげな声が響く。天井板の一枚が外れると、利吉の顔がのぞいた。次の瞬間、しゅたっと降り立った利吉は、大川の前に片膝をついて控えていた。
「利吉君、来ておったのか」
 さして驚いた風もなく大川が言う。
「はい。その仕事、私がお引き受けします」
 軽やかに利吉が言い切った次の瞬間、ばたん、と大きな音がして襖が倒れてきた。
「はいはいはいは~い! ぼくも行きたいで~す!」
 乱入してきたのは小松田である。
「小松田君、聞いておったのか」
 大川が呆れたように声を上げる、
「はい! ぼくも、利吉さんと一緒に任務に行きたいで~す!」
「だめだ」
「だめじゃ」
「だめです」
 3人の声が重なる。
「な、なんでですかぁ」
 さすがの小松田もたじろぐ。
「君が行くと利吉君のジャマになるからじゃ! 君が何かへまをやらかして、堂禅をホウキタケの連中の手から救出できなかったら、どんなおおごとになるか分からんのだぞ!」
 大川が一喝するが、小松田は「ほぇ?」と首をかしげるばかりである。
「とにかくだ。小松田君を利吉に同行させるわけにはいかない。事務の仕事もあるのだから。さあ、早く事務室に戻りなさい」
 伝蔵が諭す。
「はぁい」
 口をとがらせた小松田が庵を出ていくと、ほっとしたように3人は同時にため息をついた。
「では、話の続きじゃが…」
 ホウキタケ城の図面を広げると、伝蔵と利吉が頭を寄せて覗き込んだ。


「吉野先生」
 利吉が準備のために伝蔵たちの部屋に引き取ったあと、大川は事務室に足を運んだ。小松田がおとなしく仕事をしているかふと気になったのだ。
「おや、学園長先生。どうかなさいましたか」
 部屋の中には、吉野の姿しかなかった。
「吉野先生。小松田君は?」
「今日の午後から休暇です」
 仏頂面の吉野が吐き捨てるように言う。
「まったく、忙しい時期なのに急に休みたいなどと…仕事をなんだと思っているのやら」
「急に休み、じゃと?」
 大川の声が上ずる。果たして吉野は怪訝そうな顔になる。
「どうかなさいましたか?」
「いやいや、別に…それで、なんで小松田君は急に休みを?」
「京の小松田屋さんを営んでいるお兄さんから文が来たとか。手が足りないから手伝ってほしいとのことでした」
「…そうか」
 兄を慕っている秀作のことだから、手伝ってほしいと言われれば上司の顔色など頓着せずに帰るだろう。それも秀作らしいと言えば秀作らしかった。少し引っかかるものも感じたが、大川はそれ以上深く考えないことにした。

 

 

Continue to 将を射る(2) →

 

Page top