Über Vergänglichkeit

 

オリキャラに死ネタに、とても需要を考えて書いたお話ではないのですが、山田先生や食堂のおばちゃんの忍たまたちへの想いを描いてみたくて書いてしまいました。
タイトルはホフマンスタールの詩からいただきました。「無情について」というタイトルはいかにも東洋的なイメージですが、人の命のはかなさや、人の世のうつろいに感じるものには、日独に大きな差はないのかも知れません。

 

 

「ねえねえ、聞いた? 学園にお化けが出るんだって」
 放課後の掃除当番の最中に、さも重要そうに、喜三太が話しかける。
「お化け? んなもん、今さらじゃねーか」
 きり丸があっさりと言い捨てる。喜三太は意外そうに首をかしげる。
「ほにょ? きり丸、もう知ってるの?」
「知ってるもなにも、隣の一年ろ組に毎日出てるじゃねーか」
 ほうきを使いながら、きり丸は続ける。喜三太は脱力した。
「ちがうよぉ、きり丸、そのお化けじゃなくてぇ」
「じゃ、なんだよ」
「食堂に出るんだって…」
 気を取り直した喜三太が、精一杯声を低める。
「食堂? なおさらありえねーよ。だいたいさ、学園最強のおばちゃんがいるんだぜ? お化けなんて出たくたって出られるわけないじゃん」
「そりゃそうだけどさ。でも、きいたんだもん」
「だれに?」
 興味を惹かれたように、金吾としんべヱが寄ってきた。
「用具委員の富松先輩に。ね、しんべヱ?」
「うん!」
 話を振られたしんべヱが、大きく頷く。
「ホントかなぁ」
「で、どんなお化けなのさ」
 金吾が訊く。次の体育委員会のときに、作兵衛と同じクラスの次屋三之助に訊いてみようと思った。
「それがさ…、富松先輩が夜に食堂のちかくを通ったとき、中から女の人の泣き声がきこえたんだって…」
 夜は人気のないはずの食堂から、女の泣き声が聞こえたら、それはそれで恐いかもしれないと金吾は考え始める。だが、きり丸は懐疑的な立場のようだ。
「でもなぁ…それ、富松先輩だろ? たまたま食堂の近くでなにか妄想しちゃったってこともあるんじゃねーの?」
「いや、今回に限っては、それはぜったいないって」
 妙にはっきりと言い切る喜三太に、きり丸と金吾は顔を見合わせる。
「どうしてさ」
「富松先輩は、食満先輩といっしょだったんだって」
 しんべヱが続ける。
「じゃ、食満先輩も、その泣き声を聞いたってこと?」
「いや…食満先輩は、富松先輩の少し後ろにいたから、はっきり聞いたわけじゃないみたいだけど、でもたしかになにかの声を聞いたような気がするっていってたよ」
「ふーん。六年生がいうなら、たしかなんだろうな」
 きり丸も、ようやく信じる気になったようである。

 


「お、いいにおいだ」
「おばちゃんの飯は久しぶりな気がするな」
 数日後、夕食時間の食堂に、演習に出ていた六年生たちが姿を現した。
「ところで、低学年たちのあいだで、お化けが出るなんぞという噂が広まっているらしいが、仙蔵、聞いたことあるかい?」
 伊作が、保健委員会で聞きかじった話を振るが、仙蔵はつれない。
「忍を目指す者がそんな非科学的な話を昼日なかからするなど、自覚がないとしか言いようがないな」
「作法委員会では、そのような話はなかったのかい?」
「あっても、私の耳には入らないことになっている。私の耳は、科学的事実だけを受け止めることになっているからな」
 ずず、と汁をすすってから、仙蔵は涼しい声で言い放つ。
「まあ、そうだな…仙蔵らしいね」
 それ以上突っ込むことなく、伊作ももりもりと旺盛な食欲を見せる。
「おばちゃん! おかわり!」
 小平太がカウンターで碗を突き出しながら、元気な声を上げる。
「はいよ、七松くん。お残しは許しまへんで」
 飯を山盛りにした碗を手渡しながら、おばちゃんは笑顔を見せる。
「もちろんです! おばちゃんの飯はいつもおいしいから、残すわけなんてないですよ。なっ、文次郎!」
 いきなり振り返って文次郎に振るが、文次郎も飯をかき込みながら大きく頷く。
「もちろんです! こんなうまい飯を残すなど、ありえません!」
「あら、2人とも、お世辞でもうれしいわねぇ」
 満更でもなさそうな笑顔を見せるおばちゃんだが、その表情に一瞬、影が差したことに気づいたものはいなかった。

 

 
「おばちゃん。食堂のお化けの噂がだいぶ広がってますよ」
 夕食時間後の食堂でお茶をすすりながら、伝蔵がぽつりと漏らす。
「あらぁ、それは困ったわねぇ」
 おどけた口調で言うが、その声は沈んでいる。
「だが、われわれ教師はともかく、おばちゃんには辛いことでしたからな」
「ほんとうに…いつも、『おばちゃんのご飯はいつもおいしいです!』って言ってくれていたのを思い出すと、どうしてもねぇ…」
 おばちゃんは懐紙を目許に当てる。
「そうですな…」
 伝蔵の声は暗い。湯飲みを口に運ぶ。
「山田先生も、お辛いでしょう?」
「むろんです…それもまた忍の使命とはいえ、まだ若かった…」
 忍を養成する学校であれば、卒業生が忍として危険な任務に当たることは当然のことだったし、戦の世であれば、ときに卒業生が任務の中で命を落とした知らせが入ってくることも、受け入れなければならない事実だった。それが自分の教え子であったとしても。
 それは、とても従容として受け入れられることではなかった。しかし、忍として生きてきた伝蔵には、時が事を癒すまで、耐えなければならないことも分かっていたし、十年にも及ぶ教師生活のなかでは、そうした経験から無縁でいられたわけでもなかった。
 -だが、食堂のおばちゃんは違う…。
 多くの生徒たちから母親代わりに慕われる立場のおばちゃんは、生徒たち一人ひとりへの情も深い。かつて自分を慕っていた卒業生の死は、受け入れがたいに違いない。まして、忍としてのトレーニングを積んでいないおばちゃんには、精神的なダメージはどれほどのものだろう。懐紙を目に当てたままのおばちゃんの姿に、伝蔵は心を痛めた。 

 


「しかし、おばちゃん。われわれ忍と違って、おばちゃんは感情をコントロールする訓練を積んでいるわけではない」
「どういうことですか? 山田先生」
 潤んだままの眼で、おばちゃんは顔を上げる。伝蔵は咳払いをしてから続けた。
「…生徒たちの前では、おばちゃんはいつもと変わらないように振舞っている。今のところは、気づいたものはいないようだ…だが、私には、おばちゃんが無理をしているのがわかる。だから、これ以上無理をしてほしくないと思っている」
「何がおっしゃりたいのです?」
「つまりですな…これ以上感情をむりに抑え込むことは危険ではないかと思う。どうでしょう。ここは、落ち着くまでお休みを取って、その間は黒古毛先生に代役をお願いしては」
「落ち着くまで…私に休めと?」
「まあ、そういうことです」
「それは、学園長先生のお考えですか?」
「いえ。私の一存です。だが、学園長先生も反対はされないでしょう」
「そうですか…少し、考えさせてもらえますか」
「無論です。ゆっくり考えてください。ただ、私は、おばちゃんには少し学園を離れる時間が必要なのではないかと思いますよ」

 


「事務のおばちゃん、ちょっとよろしいかしら?」
 おばちゃんが訪れたのは事務室の奥の、事務のおばちゃんがいる部屋だった。
「あら、食堂のおばちゃん、こんな時間にどうしました?」
「遅い時間にすいませんねぇ…今月分の食材費の伝票をお渡しするのをすっかり忘れてて、急いで作って持ってきたんですよ」
「それはそれは、助かります」
 そう言って伝票を受け取ったものの、事務のおばちゃんには、相手の用件が別にあることは先刻承知だった。
「では、伝票はたしかに預かりました…ところで食堂のおばちゃん、今日はまだお仕事がありますか?」
「いえ、もう明日の仕込みも終わりましたから…」
「では少しだけ、いかがですか?」
 いつの間にか、事務のおばちゃんの手には、酒の入った瓢箪があった。
「あらま…でもいいんですか? 事務のおばちゃんこそ、まだお仕事があるのでは?」
 こんな時間にまだ在席していたということはそういうことなのではないか、とおばちゃんは考える。
「いいえぇ、もう吉野先生も小松田さんもいませんし、仕事も一段落ついたところですから」
「そうですか? では、ちょっとだけお相伴させてもらおうかしら」
「そうしてくださいな」
 杯に酒を注ぐと、2人は軽く持ち上げて口に運んだ。
「…事務のおばちゃんにはかなわないわね。もう事情はご存知なんでしょうね」
 自分が何をしに来たのか、相手にすっかり読まれていると悟ったおばちゃんは、酒を注ぎながら口を開く。
「だいたいの事情は聞いてますよ…ほんとうに、彼はかわいそうなことだったわね」
 事務のおばちゃんの口調も、いつしか沈痛なものになっている。
「本当にそうなのよ…『いつもおばちゃんの料理はおいしいです!』って言ってくれてたのにねぇ…」
「最後の言葉もそうだったらしいわね」
「そうなのよ…それを聞いたときには、どうにも泣けちゃって…」
 ふたたび感情がこみ上げてきて、おばちゃんは懐紙を目に当てる。その背を静かになでながら、事務のおばちゃんは口を開く。
「どうかしら、食堂のおばちゃん…ここはひとつ、あの子のために献杯しませんか」
「そうね、それで供養になるのなら…」
 ささ、と事務のおばちゃんが注ぐ酒を杯に受ける。
「では」
「では」
 杯を持ち上げて少しの間瞑目した2人が、同時に杯を空ける。
「さ、食堂のおばちゃん。あの子の思い出話を聞かせてくれないかしら?」
「あの子の思い出話? そうねぇ…」
 頬に手を当てた食堂のおばちゃんが追憶を辿る。
 -そうだ。あの子はよく食堂の仕事を手伝ってくれたっけ。
 複雑な家庭に育ち、肉親の情に飢えていると、担任だった山田伝蔵から聞いたことがあった。
「そういえば、あの子はよく食堂の仕事を手伝ってくれたのよ。皿洗いとか、薪割りとか」
 -そして、よく「おばちゃん、疲れてるね!」と言っては肩をもんでくれたっけ…。
 最初は小さい少年の手だったが、やがて大きい青年の手になっても、変わらずに肩をもんでくれる手があった。長じるにつれて鋭さと精悍さを増した顔が、自分の前だけでは穏やかな表情を見せて肩をもんでくれた。そして、授業や演習であったこと、日々考えたことを話してくれるのだ。徐々に大人びていくその口調がとても好ましかった。少年から青年へ、もっとも命の輝きを増していく最中に卒業を迎え、さらに活躍していく様子が耳に入るにつれても、その成長のさまが手に取るように感じ取れてうれしく思ったものだった。だが、それは唐突に打ち切られたのだ。
 -朝(あした)には紅顔の美少年、夕(ゆうべ)には白骨をさらす骸とならん…。
 無常を説く教えが、この時ほど胸に落ちたことはない。まさに死と対極にあったはずの命が、ごくあっさりと死に絡め取られてしまったのだ。
 -私の肩には、まだあの子の手の感触が残っているというのに…。 
 だが、その感触は二度と戻ってはこないのだ。
「さ、もう一献」
 さらに酒をすすめながら事務のおばちゃんは穏やかな声で言う。
「私も、少し学園を離れて静かに過したほうがいいんじゃないかしら、と思いますよ」

 


「…そうでしたか。山田先生の教え子が…」
 その頃、伝蔵は教師長屋の自室で半助と向かい合っていた。
「そうです」
 黙然と伝蔵は答える。
「まあ、山田先生。こういうときは、これでも…」
 半助が戸棚から瓢箪を取り出す。
「一献、手向けてあげてください。山田先生からも」
 土器(かわらけ)を伝蔵の手に持たせる。
「…そうですな」
「そうです」
 半助が、伝蔵と自分の土器に酒を注ぐ。少しの間、持ち上げた土器を前に目を閉じて面を伏せてから、ぐっと飲み干す。
「すいませんな、土井先生にもつき合わせてしまって」
「いいんですよ。山田先生の生徒は私の生徒です…なんていったら怒られるかな?」
 頭を掻きながら苦笑いをうかべる半助を、つくづく優しい人物だと伝蔵は考える。
 -半助、どうやったら、そんなに自然に心ばせ深く振舞えるのだ…。
 伏せ気味の面を小さく横に振ってから、伝蔵は顔を上げた。
「いや、まったくその通りです。土井先生にも手向けていただいて、いい供養になったでしょう」
「山田先生もお辛いでしょうが…食堂のおばちゃんも心配です」
 仔細げに半助が言う。食堂の幽霊の噂も、その正体についても、半助の耳に届いていた。
「そうなんです。だから、食堂のおばちゃんにしばらく休暇を取られてはどうかと勧めてみたのだが…」
「それはいいですね。学園長先生もきっと反対されないでしょうし」
「そのことも話してみました。ちょっと考えさせてほしいということでした」
 話しながら、ふと伝蔵は土器を傾ける半助の横顔に眼をやった。
 -半助。お前には、自分が育てた生徒が命を落とすことに、耐えられるのだろうか…。
 教師になりたての若者らしいひたむきさで生徒たちに向き合っている、というだけではない。半助自身が学園にたどり着くまでに経てきた過去は、一年は組の生徒たちでなければ癒すことができないのだ。そんな生徒たちが、忍として命を落とすということに、この青年は耐えられるのだろうか…。
「それで、彼はどんな生徒だったのですか」
 伝蔵の思いに気づくでもなく半助が訊く。
「あ、ああ…そうですな」
 不意に現実に引き戻された伝蔵は、口ごもるのを隠すように杯を口に運ぶ。
「どうかされましたか?」
「いえいえ、なにも…そう、彼を初めて見たのは、三年生のときでした」
 不審げな半助を苦笑いで紛らわしてから、伝蔵は語り始めた。
「私が十年前に学園の教師になったとき、私は三年生のクラスを担当することになりました。私の担当するクラスに、彼はいました」
 伝蔵は顔を上げて天井のほうに眼をやる。追憶に表情が緩む。
「…彼はきわめて優秀な忍たまでした。実技も学科も。ただ、直情径行なところがあって、それが心配な点でした。先生たちの間でも、彼は学園始まって以来の優秀な忍になるだろうという意見と、性格的に難しいのではないかという意見に分かれていました」
「山田先生は、どうご覧になったのですか?」
「私は、難しいのではないかという意見だった。いくら個人技としての実力はあっても、忍にはチームワークが求められる。私は、クラス担任として、そのことをはっきりと伝えたこともある。その性格を直さないと、忍として大成することは難しいと…もっとも、言ってもムダだとも分かっていた。性格というものは、変えようと思って変えられるものではない。私はだから、自分へのエクスキューズとして言っただけなのかもしれない…だが」
 伝蔵は眉を寄せて、杯を呷った。
「彼は本気で性格を直そうとした。驚いたことに、卒業する頃には、少なくとも仕事をするうえでは協調的にふるまえるようなっていたし、相手を思いやることもできるようになっていた。私は正直驚いたし、もちろん喜んだ。卒業する彼に、私は『間違いなくおまえは一流の忍になれる』と言ってやった。彼は本当にうれしそうな表情になった…」
 ふたたび伝蔵はうつむいて、ぎりと歯を食いしばった。
「…まさか、彼が、仲間の身代わりになるとは思わなかった。聞くところでは、自ら蛍火の役を買って出たらしい。敵方に捕らえられてひどく責められても、なにひとつ吐かなかったという」
「…」
 いまや怒りに似た感情で身体を震わせている伝蔵に、半助はなにも声をかけることができなかった。
「そんなことをする必要はなかったのだ…あれほどの実力があるのだから、敵方を撒いて逃げるくらいかんたんなことだったはずなのだ…敵方にあえて捕まった時点で、彼は自分がどうなるか分かっていたはずだ。なのに、なぜそうする必要があったのだ、まだまだ若くて、いくらでも活躍できただろうに…!」
 伝蔵の拳が膝を打つ。
「山田先生…」
 初めて見る激した表情に、かろうじて呼びかけることしかできない半助だった。 
「彼は複雑な家庭環境で育ったせいか、肉親の情に飢えていたようです。とりわけ食堂のおばちゃんにはなついていた。暇さえあれば食堂のおばちゃんの手伝いをしていたし、上級生になって、演習で外に出ることが多くなっても、必ずおばちゃんに土産を持ち帰っていた。おばちゃんも、立場上は忍たまたち全員に公平に接するよう心がけておられたようだが、彼には人一倍気をかけておられた。それは人間として当然の情だし、あえてとがめだてすることでもないと思うのだ…」
 ふたたび静かな表情に戻った伝蔵が、軽くまぶたを閉じる。
「前の晩に仲間が牢まで忍び込んだそうですが、警備か厳しくてどうしても救出できなかったということですな。どうにもならないことが分かったときに彼が仲間に託した伝言が、『おばちゃんの飯はうまかったと、伝えてほしい』だったそうだ…」
「おばちゃんの飯、ですか…」
「そうだ」
 親でも兄弟でもない、おばちゃんへの言伝が最後の言葉だったとは…。
「だから、おばちゃんのショックも大きい、ということなんですね」
「まあ、そうだ」
「おばちゃん、大丈夫でしょうか」
 改めて心配げに、半助は眉を寄せる。
「明日、学園長先生にご相談します。あるいは、学園長先生からお休みをお申し付けされたほうがいいのかも知れない。それを含めてのご相談です」

 


「学園長先生。お呼びですか」
「食堂のおばちゃん」
 翌朝、学園長の庵で、おばちゃんは、大川と向かい合っていた。
「…はい」
「話は聞いた。彼は、かわいそうなことをしたの」
「はい」
「…」
 しばし腕を組んで、大川は話の接ぎ穂を探した。
「ほかの先生方は、心配しておる。おばちゃんがかなりショックを受けているのではないかとな」
「…」
 おばちゃんは黙って視線を落とす。隠しても隠しきれない感情を、プロの忍である学園の教師たちには見透かされていることは分かっていた。それでも、改めて言われると、それが忍たまたちにも気取られるのではないかと心配になった。
 -だけど、私にはその前にやるべきことがある…。
 一晩考えて、おばちゃんには自分がどのように乗り切るべきか、答えを見つけていた。

 


「学園長先生」
「なんじゃ」
「お気遣いはとてもありがたいのですが、私はもう休暇は必要ありません」
 きっぱりとした物言いに、大川は顔を上げる。
「じゃがの…」
「だいたい、私はお休みを取ってしまったら、誰が忍たまや先生たちの食事を作るんですか」
「それは、なんとかなる」
「いいえ、なりません」
 再び言い切るおばちゃんに、大川は不審げな眼を向ける。
「学園長先生は黒古毛先生を当てにされているのかもしれませんが、黒古毛先生はいま、新しい忍者食の食材探しの旅に出られています。それに、忍たまたちに作らせるということもあまり感心しません」
「どうしてじゃ」
「あんな料理を、学園長先生は是とされるのですか?」
 呆れたようにおばちゃんは声を上げる。
「まあたしかに用具委員会や図書委員会はまともなものを作っていましたが、ほかの委員会やくノ一教室はひどすぎます。特に作法委員会と学級委員長委員会! 作法委員会は手抜きにもほどがあるし、学級委員長委員会は評価に値しません! それに、総じてどの委員会も栄養のバランスが悪すぎます。成長期の子どもたちにはきちんとした栄養バランスの取れた食事が必要なのに、あんなにバランスの悪い食事をしていては、忍者として必要な身体が育ちません。食堂を預かる身として、とても放置できるものではありません」
 一気に言いつのるおばちゃんに、もはやそれ以上何も言えない大川だった。
「ふむ、まあ、おばちゃんの言うことはもっともだが…」
「それに、私ならご心配には及びません」
「どういうことじゃ」
「私は、忍たまたちと接しているのが楽しいのです。どんなメニューにしようかしらと頭を悩ませるのが楽しいのです。そして、忍たまたちに『お残しは許しまへんで!』って言うのが楽しいのです。まさか学園長先生、私から生きがいを奪うおつもりではないでしょうね」
 晴れやかな表情で語り始めながら、いつの間にかドスを帯びているおばちゃんの口調だった。
「そ、そういうわけではないがの…」

 

 

<FIN>

 

 

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