生物委員会の大工仕事

<リクエストシリーズ 委員会低学年>

 

低学年多めの委員会というリクエストをいただいて書いたお話です。

低学年多めというと、やはり生物委員会と用具委員会は外せないわけで、そうなると必然的に一年生メインとなるわけで…ということで書いてみました。

というわけでここに納品いたします。

リクエストいただきありがとうございました。

 


「ねえ、喜三太、しんべヱ」
「ちょっといい?」
 放課後、委員会に向かおうとした喜三太としんベエを呼び止めたのは三治郎と虎若である。
「どしたの? ぼくたち、これから委員会だからいっしょにあそべないんだけど」
「しってる。ぼくたちもこれから委員会だから」
 首をかしげる喜三太に、三治郎があっさり返す。
「じゃ、どうしたの?」
「用具委員会で釘とか針金とかもってたら、分けてほしいんだ」
「あるけど…生物委員会で釘とか針金とか、なににつかうの?」
「飼育小屋をつくるんだ」
 虎若が説明に加わる。「生物委員会で保護した動物たちをいれておくためにね」
「ホントは竹谷せんぱいがほとんどつくりおわってたんだけど」
 三治郎が肩をすくめる。「あとちょっとで完成ってとこで、顧問の木下先生が『てつだってやる』っていって、金づちでガツンってやったらバラバラにこわれちゃって」
「そりゃたいへん」
「木下先生が『わしがかわりにつくってやる』っておっしゃったんだけど、先生もおいそがしいからやっぱりぼくたちがつくることになったんだけど…」
「ふ~ん」
 話しながら歩いているうちに用具倉庫に着いた。
「じゃ、ぼく釘をもってくるから、しんべヱは針金をもってきてね」
「わかった! 三治郎たちはちょっとまっててね」
「うん。たのむね」

 


「そういえば、竹谷せんぱいはどうしたの?」
 釘と針金を渡しながらしんべヱが訊く。
「ああ。せんぱい、ちょっとケガしちゃって」
「ケガ? だいじょうぶなの?」
「うん…それがね」
 きまり悪そうに虎若が肩をすくめる。「一平が材木をはこぼうとしたときに、ほかの材木がたおれてきちゃったんだ。で、竹谷せんぱいがかばったんだけど、そのうえにどっかーんって材木がいっぱいたおれてきちゃったから医務室でみてもらってるとこ」
「うわぁ、たいへんだね」
 同情したように喜三太としんべヱが顔を見合わせる。
「そういえば食満せんぱいはどうしたの? いないみたいだけど」
 用具倉庫の前に筵を広げて用具の修補を始めている用具委員会メンバーの中にその姿がないことに気づいた虎若が訊く。
「それがさ、食満せんぱいもたいへんだったみたいで」
 喜三太が説明する。「保健委員会が薬草をとりにいくのをまもるんだってでかけたんだけど、食満せんぱいだけボロボロなめにあって…」
「ボロボロって?」
「石がおちてきたり、イノシシとかクマとかとたたかったり、たいへんだったみたいだよ…で、医務室でみてもらってるところ」
「な~んだ。そしたら、竹谷せんぱいも食満せんぱいも医務室にいるんだ」
「そういやそうだね」
「ははは」
「ははは」
 4人が笑い声をあげていたところに、
「おい、喜三太、しんべヱ! お前たちも修補手伝え!」
 作兵衛が声を上げる。
「てへ…おこられちゃった」
「じゃあ、釘と針金、ありがとね!」
 声をひそめた4人が、それぞれの委員会へと向かっていく。

 


「よお、八左ヱ門」
「食満先輩…」
 医務室で手当てを終えた2人は、並べた布団に寝かされていた。
「後輩かばって大変なことになったみたいだな。大丈夫か」
「いや、先輩こそすごいことになってますけど…」
「なに、大したことねえさ」
 強がる留三郎だったが、その全身は包帯に覆われている。「熊を相手にしたときはちょっとばかり手こずったくらいだ」
「はあ…」
 ため息交じりの八左ヱ門も背中と右足の打撲が激しく、患部を包帯に覆われている。本来なら起き上がれる状態ではないのだが、それよりも心配事があるらしい。「あいつら、大丈夫かな…」と呟いて身を起こそうとする。
「八左ヱ門、何してるんだい?」
 痛みをこらえながら苦労して上半身を起こしたところでかけられた声に八左ヱ門が硬直する。
「い、伊作先輩…?」
 襖を背に腕を組む伊作の姿があった。
「背骨や背中の筋を痛めている可能性があるから今日は絶対安静っていったよね。まさか委員会に行こうなんてことはないと思うけど」
「あ、いや、その…」
 図星を衝かれた八左ヱ門があわあわと抗弁を試みる。「ちょっと様子を見るだけってのもダメですか…?」
「いいと思ってるの?」
 腕を組んだまま伊作の表情が険しくなる。「絶対安静って意味、わかってる?」
「あ、はい! 分かります!」
 慌てて八左ヱ門が布団に身を横たえる。これ以上伊作を怒らせると危険だと本能が伝えていた。
「そうだね」
 にっこりした伊作だったが、眼は笑っていない。「留三郎も分かってると思うけど絶対安静だから」
 言い捨てて隣の部屋へと姿を消す。
「八左ヱ門、ひとつ覚えとけ」
 布団に横たわって天井を見ながら留三郎は頭の後ろで腕を組む。「伊作は治療となると人格が変わる。下手に動こうとして刺激しない方がいい」
「は、はい…今のでよくわかりました」
「そもそも、俺たち今の格好じゃ委員会にいくどころか医務室の外にも出られねえだろ」
 諦念すら漂わせる口調で留三郎が続ける。「ここまで警戒しなくてもよ…」
「あ…そういえばそうでしたね…」
 自分の姿を思い出した八左ヱ門が顔を赤らめて掛け布団を首まで持ち上げる。留三郎も八左ヱ門も、治療ということで褌一つの裸にされたままだった。伊作がそのまま制服をどこかにしまいこんだのは明らかだったが、2人とも探しに行くどころか起き上がることすら許されていなかった。
「でも、やっぱ気になって…」
 なお気がかりそうに外の廊下に面した襖に眼をやる八左ヱ門だった。「あいつらだけで飼育小屋を作るなんて…」
「飼育小屋?」
「はい…実は、完成直前までいったところで木下先生が手伝ってくださることになったんですが、逆に壊されてしまいまして、もう一回作り直そうと材料を調達してる時にこうなっちゃって…」
「だが、八左ヱ門のケガだってそんなにいつまでも動けないようなもんじゃないだろ。お前が動けるようになってから作ればいいんじゃないのか?」
「そうなんですけど…」
 照れくさそうな八左ヱ門の顔がさらに赤くなる。「僕が治る前にどうしてもあいつらが自分たちだけで作るって言うもんですから…」
「そっか…」
 これこそ先輩冥利につきるというものだろうと留三郎も考えざるを得ない。
「じゃ、大人しく寝てるしかないだろうな」
「…ですよね」

 

 

「お~い、虎若、三治郎!」
 四苦八苦しながら八左ヱ門が残した図面通りに部材を切り分けていた虎若たちが顔を上げる。喜三太、しんべヱ、平太が手を振りながら駆けてくる。
「喜三太、しんべヱ、どうしたの?」
「平太も…用具委員会はいいの?」
 三治郎と孫次郎がそれぞれ声を上げる。
「うん! 今日は食満せんぱいも浜せんぱいもいらっしゃらないし、作業にならないからすきにしていいぞって富松せんぱいが…」
「だからてつだいにきたんだ」
「やった! たすかるよ!」
 説明するしんべヱと平太に、虎若がほっとしたように言う。「図面どおりに木を切るだけでもけっこうたいんでさ…」
「てかさ…あれないの?」
 図面を覗き込んでいた喜三太が何か気がついたようである。
「あれって?」
 虎若も並んで図面を覗き込む。
「えっとさ…すじ…なんとか」
「牛すじ!?」
 しんべヱが眼を輝かせて身を乗り出す。
「ちがうよしんべヱ…ほら、あの柱と柱のあいだにばってんみたいにするやつ、あれなんていったっけ?」
「えっと…なんとか貝?」
「…すじかい、だよね」
 ぼそりと平太が言う。
「そうそうそれ! すじかい!」
「なにそれ?」
 孫次郎が首をかしげる。
「えっとさ…こう、柱と柱のあいだにばってんみたいにななめに柱を入れると、たおれにくくなるんだ」
「ふ~ん、そうなんだ…やっぱ用具委員会ってすごいね」
「そんなことまでおしえてもらえるの?」
「まあね…潮江せんぱいが倉庫のかべに頭突きして穴あけちゃったのをなおすためにかべの板をはがしたときに、食満せんぱいにおしえてもらったんだ…」
 平太が口ごもりながらも説明する。
「へえ…で、そのすじかいってどうやるの?」
「だから、こうばってんを…」
「じゃなくて!」
 黙って聞いていた一平が声を上げる。「たとえばこっちがわのかべは、高さが6間で幅が8間だから、ここにななめにすじかいをいれるとすると、角をこの角度に切らないとだめだってことだろ?」
「おおすごい」
「さすがい組」
 しんベエと三治郎が眼を丸くする。
「そんなの、図面に書けばわかることだよ。あと、こっちのかべは高さ6間で幅が5間、反対側は入り口の戸があるから、すじかいを入れるのは幅3間…」
 説明しながら一平が図面に筋交いを書き入れていると、「あれえ…」と虎若が困惑したように頭を掻く。
「どうかしたの?」
 しんべヱが訊く。
「木がたりなくなっちゃった…どうしよう」
「すじかいにつかっちゃったからね…またもってこないと」
 一平が顎に手を当てる。
「それじゃ、ぼくたちがもってきてあげるよ」
 喜三太が言う。「用具倉庫のうらに、たしかばらばらになった小屋の壁とか柱とか、おいてあったよねえ」
「うん…は組が火器の授業で焙烙火矢をへんなほうに投げてこわしちゃった小屋だけど」
 ぽそりと平太が指摘する。
「あ…そうだったっけ」
 分が悪そうに視線を泳がせたは組の4人だったが、すぐに喜三太としんべヱが「じゃ、とりあえずもってくるね!」と言って駆け出す。「あ、まってよう」と平太が追う。

 

 

「ん~~~」
 落ち着かなげに掛布団の上に出した手を動かしながら、八左ヱ門が唸る。
「どうした」
 隣の布団で、所在なげに頭の後ろで腕を組んで天井板を見ていた留三郎が声をかける。
「あ、いえ、何も…」
 口を濁しながらもその手はなおそわそわと動かいていたが、「そんなに気になるのか」と問われてその動きが止まる。
「え…えっと、そう見えますか?」
 きまり悪そうに苦笑しながらちらと留三郎の様子をうかがう。留三郎は天井に顔を向けたまま言う。
「分かりすぎるほどな」
「今日もどうせ孫兵は毒虫追っかけまわしてるだろうから、飼育小屋をつくるのも一年しかいないはずなんです…でも、生物委員会では大工工事なんてやったことないし、ケガしてなきゃいいなって…」
 観念した八左ヱ門がぼそぼそと白状する。
「そっか。そういや生物委員会ではそういうことはあんまやらないだろうな」
 変わらぬ口調で留三郎は続ける。「だが、任せてみるのも手だぜ」
 八左ヱ門の眼が見開かれる。 
「任せる…ですか?」
 だって、経験もないのに…と言いかける。
「経験がないから、初めてやることに意味があるんだろうさ」
 いつの間にか留三郎がこちらを向いていた。
「意味?」
「俺たちだってあったろ? 誰も教えてくれなかったけど、自分だけでトライしてうまくいったこと。そういう時の経験って、すげえ印象に残ってないか?」
「まあ…それはそうですが」
 誰にも教わらずに初めて手にする忍器をうまく扱えたときのことを思い出しながら、八左ヱ門は小さく頷く。たしかにそれは、今でもはっきり覚えているほどの成功体験だった。
「アイツらだってバカじゃない。どうしても分からなかったら、誰かに訊きに行くだろうさ。だから、治ったらどこまでできたか見に行くのを楽しみにして、今は安静にしとくことだ。わかったか?」
「…はい」

 

 

「あれ? しんべヱたち、なにやってるの?」
 材木を抱えて運び出そうとしているしんベエと喜三太に、用具倉庫に生首フィギュアをしまいにきた兵太夫が声をかける。その背後から伝七が顔をのぞかせる。
「生物委員会が飼育小屋をつくるからてつだってるの」
「つくってたんだけど材料がたりなくなっちゃって、こないだぼくたちの授業でこわしちゃった小屋の柱とかもつかうことになったんだ…ねえ、兵太夫たちもてつだってくれない?」
「え、ホント!?」
 眼を輝かせた兵太夫が身を乗り出す。「ついでにカラクリ小屋にしちゃっていい?」
「だめだよ兵太夫」
 喜三太が肩をすくめる。「生物委員会で保護した動物たちのための小屋なんだから…でも、兵太夫はいつもからくりつくってるから、大工っぽいのもとくいかなって…」
「いいよ。べつに、てつだっても…」
 手を動かして物を作るのが好きな兵太夫はあっさり頷く。「で、伝七はどうする?」
「げ、なんでぼくまで…」
 棚に生首フィギュアをしまい終えた伝七が露骨に嫌な顔をする。「い組は宿題とか予習でいそがしいんだよ。は組とちがって」
「でも、い組の一平は飼育小屋つくりでたいへんなんだよ」
 妙にはっきりと喜三太は言う。「まさかクラスメートがたいへんなのにほっとくなんてことないよね」
「うん! ぼくは三治郎がたいへんなのほっとけない! ねえ、伝七も行こうよ。生首フィギュアしまいおわったら委員会はおわりだって立花せんぱいがいってたじゃん!」
「う…だけど…」
「じゃ、きまり!」
 喜三太が声を弾ませる。「用具倉庫のうらに柱とか板とかいっぱいあるから、運ぶのてつだって!」

 

 

「…ああ、ここはだいじなところだからていねいにね」
「これ、図面どおりになってないよ。ちゃんと寸法あわせてね」
「あれ、この部品たりないよ。しんべヱ、もってきてくれる?」
 いつの間にか飼育小屋の建設現場は兵太夫の独壇場になっていた。兵太夫の指示が飛ぶたびに材料を切り出したり部品を集めたりするメンバーの緊張が高まる。
「すごいね…」
 蝶番や釘を数えながら喜三太がささやく。「なんか食満せんぱいがいるときよりキンチョ―するっていうか」
「だよね」
 しんべヱが頷く。「兵太夫ってこーゆーキャラだったっけ?」
「ほら、喜三太としんべヱも手がとまってるよ」
 すかさず兵太夫の声が飛ぶ。「材料がそろったら、屋根の板をつくるのてつだってよ」
「は~い」
「ふえ~い」
 喜三太としんべヱが気のない返事をしたとき、鐘楼の鐘が鳴った。
「あっ!!!」
 途端にしんべヱが眼を輝かせる。「ごはんの時間だ!」
「そうだね」
「どうしようか」
 一平と伝七が顔を見合わせる。
「とりあえず今日のところはかたづけて、また明日やるしかないよね」
 一平が言いかけたところでしんべヱが「ごはん~~~!!!」と叫びながら食堂に向かって突進する。
「ねえ、明日もこの道具つかうから、このままかりっぱなしでいい?」
 三治郎が訊く。
「いいのかなぁ」
 平太が不安そうに呟くが、喜三太はあっさり「いいんじゃないの?」と言ってしまう。
「ありがと! じゃ、ぼくたちも夕食にいこう!」
「そうしよう!」
 道具を片隅に片づけた三治郎たちも食堂に向かって駆けていく。
「…」
 ぽつんと残っているのは兵太夫である。
 -こういうつくりかけのときって、いちばんカラクリをしこみやすいんだよな…。
 だが、これは同室の三治郎たち生物委員会の飼育小屋である。下手なカラクリを仕込んでは迷惑をかけてしまう。
 -でも…このサイズ、カラクリ小屋にぴったり…!
 握りしめた両手がぶるぶる震える。
 -ちょっとだけ…ちょっとだけなら…。
 気がつくと、小屋の片隅に片づけられた道具を手にして作業を始めている兵太夫だった。

 


「今日は作法の兵太夫たちはこないの?」
「用具委員会も今日はだめみたいだね」
 翌日、飼育小屋の建設現場に集まった生物委員会の一年生たちが顔を見合わせる。
「しょうがない。今日はぼくたちだけでやるしかないみたいだね」
 虎若が肩をすくめたとき、
「お前たち、なにやってんだ?」と現れたのは孫兵である。
「伊賀崎せんぱい」
 三治郎が咎めるように声を上げる。「ぼくたち、昨日から飼育小屋をつくってたんですよ。せんぱいはどこにいってたんですか?」
「ああ…すまない」
 三治郎の口調に飲まれたように孫兵は謝る。「実はカバキコマチグモの小町のお産に立ち会っていたらすっかり遅くなってしまって…」
「…それ、お産っていうより産卵ですよね…」
 孫次郎がぽつりと突っ込む。
「…ていうか、なんでお前たちが飼育小屋をつくってるんだ? 竹谷先輩が建て直すってことでお前たちは手伝ってたんじゃなかったのか?」
「でも、ぼくたちだけでやれば、竹谷せんぱいもよろこばれるんじゃないかとおもうんです!」
 三治郎が言いつのる。「それに、昨日は用具と作法にもてつだってもらって、一年生だけでここまでできたんです!」
 言いながら指し示した先には、いくつかの開口部と屋根を残してほぼ完成した小屋があった。
「へえ…たいしたものだな。ねえ、ジュンコ」
 首に巻きつくジュンコに話しかけながら孫兵が扉を取り付ける前の戸口をまたいで中に足を踏み入れる。カチッと小さな音がした。次の瞬間、梁の上から伝子フィギュアが落ちてきて孫兵の頭を直撃する。
「うげ…」
 三治郎たちがひるんだように後ずさりする。
「あれ…兵太夫だよね…」
 恐ろしそうに孫次郎が掌で口を覆いながら呟く。
「…そうだ。ぼくたちが夕食にいったとき、兵太夫はきてなかったよね…」
 虎若が思い出したように言う。
「てことは、そのあいだに…!」
 唖然と立ちすくんでいた一平が、思いだしたように「せんぱい! だいじょうぶですか!?」と呼びかけながら駆け寄ろうとする。
「だめだよ一平」
 その腕を三治郎が捉える。「兵太夫のことだから、きっとほかにもカラクリがあるはずなんだ。きをつけないと…」
「でも…!」
 一平が言いかけたとき、床に伸びていた孫兵がよろめきながら身を起こした。
「な、なんだったんだ今のは…」
 頭を押さえながら立ちあがった孫兵が足元に転がるフィギュアに「ひっ!」と飛びのいた途端、その姿が忽然と消えた。
「うわ…こんどは落とし穴だ…」
 虎若が額に手を当てる。「ホントに兵太夫のカラクリは容赦ないというか…」
「ねえ、そんなことより、はやく兵太夫をよんでこないと…」
 焦りをにじませた表情で一平が三治郎の手を振り払う。「このままじゃ伊賀崎せんぱいがキケンだよ」
「ああ、でも…兵太夫たち、今日は委員会で買い物にいくっていってたから…」
「じゃ、でかけちゃったってこと?」
「まあ、そういうこと」
「とにかくせんぱい、そこはキケンだからでてきてくださ~い」
 三治郎と一平がやりあっている間に戸口にしゃがみこんだ孫次郎が声をかける。
「そんなことは分かってる…」
 ようやく落とし穴から這いだしてきた孫兵がうめく。「そもそもなんでこんなことに…」
 言いながら戸口に向かおうとした孫兵が足をもつれさせてとっさに壁に手をつく。
「「あああっ!」」
 見ていた三治郎たちの悲鳴も空しく、壁がくるりと回転して孫兵の姿が吸い込まれる。
「うわっ! …ぎえっ! …たすけ…うがっ!」
 壁の向こうから響く悲鳴に思わず皆が耳をふさぐ。と、バシン、とひときわ大きな音がして壁の向こうから孫兵が弾き飛ばされてきた。その姿はたちまち彼方へと消える。

 


「おおい、お前たち、なにやってんだあ」
 近づいてくる声に三治郎たちがはっとして振り返る。
「竹谷せんぱい!」
「せんぱい! もうだいじょうぶなんですか?」
 駆け寄った一年生たちにまとわりつかれた八左ヱ門が苦笑する。
「まあな。ようやく新野先生から委員会活動のお許しが出たよ…ところで」
 きょろきょろ見廻しながら訊く。「さっき孫兵の声が聞こえたような気がしたんだけど、アイツどこにいるんだ?」
「あ…それが…」
 しまったという表情で三治郎たちが口ごもる。「じつは、ぼくたちがつくった飼育小屋に兵太夫がカラクリをしかけちゃって…」
「んでもって、ドッタンバッタンしてふっとばされちゃいました…」
 気まずそうに孫次郎が付け加える。
「飼育小屋?」
 弾かれたような表情になって八左ヱ門が建築中の飼育小屋に改めて眼をやる。「てか、どうしたんだ、これ?」
「はい! せんぱいがお留守のあいだにすこしでもやろうとおもったんです!」
「せんぱい、ぼくたちをかばっておケガされちゃったんで、もうしわけないっていうか…」
 口々に説明する一年生たちに頷きながら耳を傾けていた八左ヱ門が小屋に近づく。
「おほ~、すげえな。びくともしねえ」
 柱に手を掛けた八左ヱ門が感心したように言う。
「用具委員にもてつだってもらったんです。そしたら、すじかいをいれるといいよってアドバイスしてくれたんです」
「そっか。たいしたもんだな」
 戸口から中を覗き込んだ八左ヱ門が入ろうとする。
「あっ! だめですせんぱい!」
「なかは兵太夫のカラクリが…!」
 慌てて三治郎と虎若が声を上げる。
「大丈夫さ」
 振り返った八左ヱ門がにやりとする。「見たところ、仕掛けてあるカラクリはほとんど解除されてるぜ」
「…それって、伊賀崎せんぱいがひっかかったせいですよね…」
 孫次郎が呟く。
「おほ~、これいいな」
 孫兵が消えた回転壁に手を掛けてぐるぐる回す。「この隠し部屋なんか、暗いところが好きなタヌキやキツネにぴったりだし、落とし穴に敷き藁を詰めればいい寝床になるな」
「すごい…さすが竹谷せんぱい…」
「兵太夫のカラクリの再利用をおもいつかれるなんて…」
 戸口に詰めかけた三治郎たちが感嘆する。
「んなことないけどさ」
 照れたように八左ヱ門が顔を赤らめる。と、その視線が足元に向けられる。
「…てか、このフィギュアはあとで作法委員会に返しとけよ」

 

 

 

<FIN>

 

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