The Winter's Tale

 

冬の休暇の初日、きり丸のバイトに付き合う長次のお話です。

面貌と無口ゆえに誤解されやすい長次ですが、実はけっこう後輩思いで親切というキャラをどう描こうか考えているうちに誕生したお話です。

いままで知らなかった後輩の一面を見てしまった冬の日、長次はどうするのでしょうか。

 

 

「いやぁ、先輩が引き受けていただいてたすかりましたよ」
(…。)
 上機嫌でさえずるきり丸の傍らを、むっすりと口を引き結んだ長次が歩いている。
「急な依頼ってことでお代金もたっぷり…あひゃあひゃあひゃひゃ…!」
 ゼニ目になって笑い声を上げるきり丸にちらと視線を落とした長次がもそりと訊く。
(それで、依頼は何なのだ。)
 きり丸には「急な用心棒の依頼が入って、とにかくぜひてつだってください!」としか伝えられていなかった。
「いえですね、この先の街の薬種屋さんから、山向こうのお城に 人参を届けることになったけど、途中の峠に山賊が出るってウワサがあるんで、用心棒を頼みたいってことだったんスよ」
(人参か…。)
 朝鮮から輸入される人参はとてもよく効くが、目の玉が飛び出るほど高いと聞いたことがある。
「それにしても寒いっスね、先輩」
 両手をこすり合わせながらきり丸が長次を見上げる。口を開くたびに白い息が浮かんではたちまちのうちに掻き消えていく。
(…。)
 黙って長次は空を見上げる。どんよりとした雲が垂れ込めて、空気全体が冷え切っていた。時折身を切るような冷たい風が吹き抜ける。
 -これでは、山道は雪が深くなっているかも知れない。
 そうでなくても歩くのに難渋するであろう雪の峠道に山賊など出没するのでは、たしかに用心棒も必要になるわけだろう、と長次は納得する。
「そういえば、先輩は休みの間はどうされるんスか?」
 関心があるのかないのかわからない口調できり丸が訊く。
(学園で自主トレの予定だ。)
 学園の休暇の初日だったので、長次もきり丸のアルバイトに付き合えたのだった。
(きり丸はどうするのだ。)
「俺すか? 俺は、このバイトが終わったら土井先生のお家に行きます。休みのあいだはいつも土井先生のお家でお世話になってるんです」
(そうか。)
 黙然と長次が呟く。周囲がにぎやかになる。いつしか街に入っていた。
「ほら、あそこの店です! あっ、お店の人がお待ちかねだっ」
 店先できょろきょろしている手代を指差すと、きり丸が先に立って駆け出す。
(きり丸、そんなに走ると危ないぞ。)
 もそもそと口の中で注意するが、もとよりきり丸の耳には届いていない。

 


「いやぁ、あなたが用心棒さんですか。見るからに頼りがいがありそうですな。よろしくお願いしますよ」
 帳場の奥にある部屋に長次たちは通された。依頼主である薬種屋の主人は、長次が気に入ったようである。
「お城からはとにかく一刻も早く人参を納めよとのお話でしてな。もちろん当店には相応の在庫がありますからすぐにご用意はできたのですが、なにぶん途中の峠が危険すぎましてな。このあたりの戦で負けた方の足軽崩れが山賊になって暴れ回っているということでして…おまけにこの時期は峠は雪。通れないことはないのですが、足元がどうしても不如意になってしまう上に山賊まで出るのでは、とうてい手前どもだけでは運びきれないとほとほと困っていた次第です。なにしろたいへん高価な品ですからな」
 早口で説明しながらひっきりなしに扇子で顔をあおいでいる。主人の後ろには好人物そうな手代が控えている。その傍らにある包みに人参が入っているようである。
「そういうわけで先方もお急ぎなのです。申し訳ないが、今すぐ出発していただけませんでしょうか」
 主人が唐突に話を打ち切る。荷物を背負った手代が深々と頭を下げる。出発しなければならないようである。

 


「ところでまだ名前を名乗っておりませんでしたな。手前は手代の六衛門ともうします」
 店を出て歩きはじめると、手代が自己紹介した。
(中在家長次といいます。)
「きり丸っす」
 2人も簡潔に名乗る。
「中在家さまはなかなか腕の立つお方と伺っておりましたが、なるほど、見るからに頼もしいお方ですな。剣豪であられるとか?」
 手代は話好きのようである。
(いえ、まだまだ修行中の身です。)
 -きり丸、薬種屋にどんな話をしたのだ。
 もそりと答えながら長次は考える。忍術学園の人間とは言っていないにしても、きり丸のことだから「剣を持たせれば向かうところ敵なしっスよ!」くらいは言っていそうである。
「あ、でも剣の腕はもうバッチリですからっ!」
 調子よくきり丸が言う。
「それはそれは。それにしても、中在家さまもお若くて修行中の身というに、お子がいてはさぞ大変でしょうな」
 きり丸にちらと眼をやった手代が同情したように言う。
(お子?)
「それ、そのきり丸という子ですよ。まだ小さいが、ずいぶん弁が立つ聡いお子ですな」
 -きり丸が、私の子だと!
 手代の何の悪気もない言葉が、長次に後頭部を強打したような衝撃を与える。
(う…いやその…。)
 よろめきそうになるのを辛うじて堪えながら長次がうめくように答える。
「あっはーっ、いやまあ、そんなにタイヘンってほどでもないっスよ。ね、お父ちゃんっ!」
 -お父ちゃん…!
 取り繕うようなきり丸の台詞に更なる衝撃を受ける。
(…。)
 今や長次は片掌で顔を覆って立ち止まってしまった。
「おや、どうされましたかな?」
 不審そうに手代が振り返る。
「ああ、いえいえ、ちょっとおなかがすいてゆら~りしそうになってるだけっスよ」
 いかにも長次の身体を支えるように手を添えながらきり丸が苦しい説明を試みる。
「ゆら~り?」
 手代が首をかしげる。
「そ、そうなんスよ。おなかがすくとゆら~りしちゃうのは剣豪の職業病みたいなもんでして…はいっ、お父ちゃん、おにぎり!」
 へらへら答えながら長次の荷物から握り飯を取り出したきり丸が、長次の口に押し込む。
(んぐっ…。)
 唐突に握り飯を押し込まれて眼を白黒させている長次に、肩をすくめた手代が言う。
「ほう。それは初耳ですな…剣豪とは変わった職業病をお持ちとみえる」
「は~い、もうホントに困っちゃいますよねぇ…ははは…でも、ご飯を食べましたからもう大丈夫です! 山の中でどんだけ山賊が出ようとてやっ、はあっと斬り払い薙ぎ払い…!」
 苦労して長次が握り飯を飲みこんでいる間に、きり丸が口八丁手八丁で手代の注意を引く。
「そうですか。それは心強い…さすが中在家さまですな」
 手代が長次に眼を戻したときには、すでに長次はいつもの無表情に戻っていた。

 


 -来たな。
 先頭を歩いていた長次は、刀の柄に手を掛けながらすばやく周囲の気配を探る。
 そこは峠の頂上に近い、ひときわ道が狭くなっている地点だった。雪はそれほど深くなかったので歩くのに苦労はなかったが、賊から逃げようとしたときには足をすべらせる危険が高かった。
 -5,6人といったところか…。
 うっそうと茂った木の陰に隠れている気配を数えると、長次は足を止めた。
(きり丸。ここを動くな。)
 片手できり丸を制する。慌ててきり丸が立ち止まる。手代も不審そうに足を止めるときょろきょろとあたりを見廻す。
「おや、こんなところでどうしましたかな?」
「ちょっとまて、ということだそうです」
 何か異常を察したのだろう。きり丸も用心深げに周囲に探るような視線を送る。そのとき、
「よう。そこのご一行さんよ。有り金と荷物全部置いていきな」
 抜身の刀を手にした山賊たちが姿を現した。たちまち前後を囲まれてしまう。
「ひ、ひぇっ!」
 手代が雪の上に座り込んでしまう。
(断る。)
 刀の柄に手を掛けたまま長次が答える。
「ん、なんだ? なんて言いやがった?」
 中央に立ちはだかった山賊の頭が一歩踏み出す。
「ことわる、とおっしゃってます」
 きり丸が通訳する。
「んだとぉ」
 頭の眉がびくりと動く。「ここを無事で通れると思ってんのか? あ?」
(お前たちこそ立ち去れ。さもないと…。)
「お前たちこそたちされ。さもないと、とおっしゃってます」
 きり丸の口調はあくまで事務的である。
「へっ、上等じゃねえ…」
 山賊頭が言いかけたところで長次は動き出した。ほんの一瞬振り返って懐に隠し持っていた小石を背後にいた山賊たちに投げつけるや、刀を抜きはらって山賊頭に向かって突進する。
「ぐっ!」
「うあっ!」
 顔にまともに小石を受けた山賊たちが刀を取り落して顔を覆う。
「なにっ!」
 自分に向かって刀を突き立ててくる長次が、同時に背後にいた部下たちを倒した事実が理解できずに山賊頭は立ちすくむ。次の瞬間、派手な金属音が響いて山賊頭の手にしていた刀が弾き飛ばされる。続けて傍らにいた部下たちの刀も弾き飛ばす。
「ひ、ひえっ」
「逃げろ!」
「退け、退けぇっ!」
 てんでに声を上げながら山賊たちは逃げ去る。
(…。)
 長次は落ち着き払って刀を鞘に戻すと、何ごともなかったように歩き出した。雪の上で腰を抜かしたままの手代を、きり丸が急いで助け起こす。

 


「いやあ、本当に素晴らしいお手並みでしたな。あんなに大勢の山賊をたったお独りで退散させるなど、なかなかできることではありません。私など、何が起こったかまったく分からなかったくらいの早業でしたぞ」
 感激したように高揚した口調で手代が褒めちぎる。
「おかげさまで、人参を無事、お城にお納めすることができました。これはお約束のお礼です」
 懐から銭の入った小袋を差し出す。
「あひゃっ! まいどっ!」
 たちまちゼニ目になったきり丸が小袋を奪い取る。
「おやおや、これは銭にはすばしこいお子だ」
 小さく首を振って手代が苦笑する。
(帰りは、あの峠を通られるのですか。)
 長次が確認する。あの山賊が待ち構えていることは間違いない。手代がもと来た道を戻るならば、護衛する必要があると考えたのだ。だが、手代は首を振って答える。
「いえ。もうあんな恐ろしい目に遭うのはごめんです。帰りの道中は急ぎませんから、私は安全な迂回路を行きます。中在家さまはどうされますか」
(私は、あの峠を行きます。)
 きり丸を半助の住む街に送り届け、学園に戻るには、あの峠を通るしかなかった。
「さようですか。ではくれぐれもお気をつけて。では私はここで失礼しますよ」
 深々と頭を下げた手代は、別の街道筋へと歩き去る。

 


「先輩、すごかったスね。あの山賊が出てきたときのすばやい動き!」
 峠道を先に立って歩きながら、きり丸は興奮を抑えきれないようである。
「刀を構えて突き進みながら、うしろにいた山賊に投げた石はみごと命中! すげえや! ぼくも先輩みたいになれるかなぁ」
(きっちり修行すればなれる。)
「そうかなあ。そうだといいんだけどな」
 他愛ない会話をしながら峠道に差し掛かったとき、突然長次は立ち止まった。きり丸をかばうように立ちはだかる。

 


「やっぱり通りやがったな」
 現れたのは先ほどの山賊たちだった。一歩進み出た山賊頭がにやりとする。
(また刀と印地(石)で蹴散らされたいか。)
 刀の柄に手を掛けながらもそもそ言いかけたとき、
「何をごそごそ言ってやがる。かかれ!」
 山賊頭の声に、部下たちが刀を振りかぶってくる。素早く刀を抜いて薙ぎ払う。と、
「せんぱいっ!」
 苦しげな声に振り返る。
 -!
 自分がかばっていたはずのきり丸が、山賊の一人につかまっていた。腕を後ろにねじ上げられている。
(きり丸!)
「おっと、それ以上近寄るんじゃねえ」
 山賊頭が刀を長次に向かって突き出して動きを制する。
「そこまでだな」
 勝ち誇った声が響く。
「いててっ! はなせっ!」
 歯を食いしばったきり丸が抵抗する。
 -しまった…!
 眼の前の賊に一瞬、注意をそらされた間のできごとだった。
(きり丸を、放せ。)
 もそりと警告するが、山賊たちの耳には届かない。
「ふっ。お遊びはここまでだ」
 にやけた笑いを浮かべながら山賊の頭がきり丸の傍らに近寄って、髷を掴み上げる。
「ガキが殺されたくなかったら、とっとと用心棒代を出すんだな」
「イヤだイヤだ! ぜっったいイヤだっ!!」
 身をよじりながらきり丸が叫んでしまう。
「ほう。金はガキに持たせているというわけか。それなら話は早い」
 頭がきり丸の懐に手を突っ込む。
「ほら、大人しくしろ!」
 ぎりと腕をさらにねじ上げられる。
「イヤだイヤだ! 俺の小銭ちゃんだっ! たすけてせん…」
 先輩、と言いかけたところで、きり丸は異様な気配に言葉を呑んだ。
「…へへ」
 長次の頬が引きつるように動いた。
「へへへへへ」
 -まさか先輩…!
 みるみる長次の表情が変わる。
「ほう、子どもから金を巻き上げられるのを見てヘラヘラ笑ってるとはな」
 長次が笑っているとしか見えない頭は憐れむようにきり丸を見下ろす。
「…因果な親を持ったと思うんだな」
 さらに懐の奥へ腕を突っ込んだ時、
「うへへへへ、うひゃひゃひゃひゃ…!」
 長次の奇声が響き渡る。急速に雲が重く垂れこめてきて、禍々しい雰囲気が増す。
 -やっべぇ。中在家先輩がホンキで怒ってしまっている…。
 抵抗することも忘れてきり丸が長次の奇態に眼を奪われたとき、
「よし、あったぞ」
 懐を探っていた手が、賃金の入った小袋をつかんだ。
「あっ、しまっ…」
 きり丸があわてて暴れようとする。と、いままさに懐から小袋を抜き取ろうとした手から力が抜けて、身体が前へと傾く。
 -あれ?
 何事かと顔を上げたきり丸の眼が大きく見開かれる。
 自分の頭のすぐ脇にあった山賊頭の胸に、ぐっさりと棒手裏剣が突き立っていた。雪の上に鮮血が散る。がたり、と膝が崩れてその身体が雪の上に倒れ込む。続いてねじ上げられていた腕が急に自由になった。自分を捕えていた賊の身体がゆったりと後ろに倒れていく。その首筋に深々と刺さった棒手裏剣に視線が奪われる。雪の上にみるみる広がる鮮血を、きり丸は呆然と見下ろす。
(きり丸! 何をしている!)
 長次の声にはっとして顔を上げたきり丸が、慌てて長次のそばに駆け寄る。
「うへへ、あひゃあひゃあひゃ…!」
 いま、長次は得意武器の縄鏢に持ち替えていた。ぶんぶんとうなりを上げて振り回される武器を前に、山賊たちも近づけずにいる。頭を含めた2人が瞬時に倒されたのを見たせいか、刀を構えながらもじりじりと後退している。
「コ、コイツ、笑いながら人を殺してやがる…」
「ひょっとしてバケモノじゃねえのか…?」
 奇声をあげながら縄鏢を振り回し続ける長次に、山賊たちが怯えたような視線を交わす。ひょう、と冷たい風が吹き抜けると、雪が降り始めた。雪はたちまち吹雪になる。
「くそ! 覚えてやがれ!」
 ついに一人が捨て台詞を吐くと、抜身の刀を持ったまま走り去った。
「お、おい」
「俺を置いていくな!」
 残りの賊たちも、我先にと追いかけていく。
(…。)
 いつもの無表情に戻って逃げ去る山賊たちを鋭い眼で見送った長次が縄鏢を懐にしまう。と、きり丸が側にいないことに気付いた。辺りを見回してすぐにその姿を見つけた長次だったが、視界に捉えた光景に思わず動きが止まった。
 きり丸は2人の死体に近寄っていた。しゃがみこんで、山賊頭の身体を少し押して、胸に突き刺さっていた棒手裏剣を引き抜く。続いてもう一人の賊の首からも棒手裏剣を引き抜いて、雪でこすって血を落とす。そして、ゆっくりとした足取りで戻ってくると、「はい、先輩」と棒手裏剣を長次に差し出した。
「死体がみつかったときに、こんなの見つかっちゃったら、忍者のしわざだってバレちゃうでしょう? …それに」
 長次を見上げる顔には、苦労して作った笑いが貼りついている。
「手裏剣は高いんだから、ちゃんと回収しないと」
(…。)
 雪片がぱしぱしと顔に当たる。眼の前で自分を見上げているきり丸の顔も白くぼやけるように見えるのは、吹雪に遮られるせいだろうか。
「はい。先輩」
 きり丸の手から受け取った2本の棒手裏剣がひどく持ち重りした。棒手裏剣とはこんなにも重いものだっただろうか…。
(そこまでして回収しなくてもいい。きり丸は、まだ血に触れるな。)
 眼にした光景にひどく動揺していた。思わずきり丸から眼をそらしながら棒手裏剣を懐にしまう。
「なに言ってんスか」
 堪えきれないようにきり丸は顔を伏せた。吹きつける風に髷がばらばらと揺れる。
「俺だって、人が死ぬのを見るのは、はじめてじゃないんスよ」
 握りしめられたきり丸の両掌が細かく震えている。
(…。)
 長次は黙ってきり丸の肩にそっと手を載せる。それがスイッチだったようにきり丸が長次の身体にぶつかるように抱きついた。小さく震えながら、長次の胸に顔を埋めて嗚咽をもらす。激しさを増した吹雪が2人を白い幕で覆う。

 


「長次…いったいどうしたんだ。蓑もなしでこの雪の中を歩いて来たのか?」
 全身雪まみれでのっそりと戸口に現れた長次に、半助が呆れたような声を上げる。その背には、これまた雪まみれになったきり丸が眠り込んでいる。
「まさか、きり丸をずっと負ぶってきたわけじゃなよな?」
 子どもといってもそれなりに重量はある。ずっと負ぶって来たのでは、いくら体力のある長次でも相当の苦行だったはずである。
(訳があって、負ぶって来ました。)
 そんな苦行などなかったようにもそりと答える長次だが、さすがに息は上がっている。
「ま、とにかく入りなさい。そんな格好でいたらお前もきり丸も風邪をひいてしまうぞ」
 ほうきで2人の全身の雪を払い落とすと、急いで布団を敷いてきり丸を寝間着に着替えさせて寝かせる。長次には自分の小袖を貸すことにした。

 


「…そうか。そんなことを言っていたか」
 囲炉裏の側でようやく落ち着くと、長次は賊に遭遇した時の話をした。半助は頷きながら、囲炉裏に掛けた鍋から白湯をすくって長次にすすめる。
「たしかにきり丸は戦で家族を失っている。よくバイトといっては戦場にもぐりこんで弁当を売ったり、具足を回収したりもしている。血を見るのも初めてではない」
 静かな声で半助は語る。
「それに、一年生とはいえきり丸も忍術学園の生徒だ。残酷な場面から無縁であるわけにはいかない」
(しかし、死体から棒手裏剣を引き抜くなど…。)
 思い詰めた表情で手にした湯呑に眼を落としながら長次は言う。引き抜いた瞬間噴き出す鮮血をひょいと避けながら、無表情で棒手裏剣を回収するきり丸の姿は、長次の脳裏にこびりついて離れなかった。
「きり丸は、お前がやむを得ず奪ってしまった命に苦しむことが辛かったのではないかな。山賊たちがきり丸を捕えていなければ、お前も殺すまではしなかったはずだ。そうせざるを得なかったのは自分のせいだと思っているのかも知れない」
 同じ委員会で身近に接していれば、長次が根は親切で心優しい青年であることは容易に察することができるだろう。
「だから、せめて少しでもお前に殺しの嫌疑がかからないようにしようとしたのではないかな」
(しかし…。)
 言葉を詰まらせて長次は俯く。
 -後輩思いだから、ショックだったのだろうな…。
 何かを堪えるように眉を寄せた表情の長次に、半助は心を痛めた。
「それも含めて忍たまだ…長次」
 半助が声をかける。むしろ長次の様子が気がかりだった。
(…。)
「なあ長次」
 なおも俯く長次に明るい口調で呼びかけながら立ちあがると、戸棚から酒の入った瓢箪を取り出して軽く持ち上げてみせる。
(いや、それは…。)
 無表情ながらもためらうように半助を見上げる視線が泳ぐ。
「教師が生徒に酒をすすめるなど本当はいけないのだろうが、今日はきり丸が世話になったお礼だ。一杯やらないか」
 飲めないわけではないだろう、と瓢箪を構える。慌てて白湯を飲み干した長次は、湯呑に酒を受ける。
「それに、こんなに寒い日だからな。酒を入れれば少しは身体も暖まる」
 雪がしんしんと降っているせいか、外には物音もしない。囲炉裏の火に面している部分は暖かいのに、床板から凍み上げるように冷たさが伝ってくる。
 酒の入った湯呑を傾けた半助は、くつろいだように長次の近くで胡坐をかいている。そして、朗らかに訊く。
「そういえば、長次と文次郎と小平太は、よくきり丸のバイトを手伝ってやってるそうだな。いつも楽しいときり丸が言ってたぞ。どんなバイトなのか、私にも聞かせてくれないか…」

 

 

<FIN>

 

 

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