無理は禁物

 

庄ちゃんはみんなのリーダーで、同時に愛されキャラだといいなという妄想から、庄乱ぽいものが生まれ出でましたw 庄左ヱ門は時に自分の体調も忘れてリーダーシップを発揮して、つい無理をしてしまいそうで、そんな庄ちゃんを限りない優しさで包み込む乱太郎を描いてみました。

その他、軽めに団金があったりします。

 


 その日、朝から、乱太郎は何となく庄左ヱ門の様子が気になっていた。
 -なんか頬が赤いみたい…ひょっとして、熱があるんじゃないかな…。
 保健委員として多くの風邪の患者をみてきた乱太郎には、まだ客観的な診断を下す能力はないが、なんとなくカンが働くのだった。
 -これからオリエンテーリングに出かけるのに、ムリしてるんじゃないのかな。
 だが、当の庄左ヱ門は、そのオリエンテーリングの準備で頭がいっぱいのようである。
 朝食のあと、乱太郎はそれとなく庄左ヱ門に訊いたのだ。
「ねぇ、庄左ヱ門。ちょっと顔が赤いようだけど、だいじょうぶ?」
 だが、庄左ヱ門は、心ここにあらずといった風で答えた。
「あぁ…ぼくならだいじょうぶだから、それよりみんなちゃんと出かける準備ができてるか確認しないとね…喜三太、ナメ壷は持って行っちゃダメだよ」
 答えの後半は喜三太に向けている庄左ヱ門に、自分の体調を省みている余裕はないようである。そしてまた声を張り上げるのだった。
「みんな! 耆著はもった? あと水筒も!」
「あ、わすれたぁ」
 何人かがわらわらと部屋に向かって走り出す。
「目的地に着いたらグループごとに分かれるから、みんな自分のグループをちゃんと覚えておいてね! 地図はグループのリーダーに渡すから、なくしちゃだめだよ!」
「はーい」
「ほえーい」
 てきぱきとクラスメートたちに指示を出す庄左ヱ門の様子は、ちょっと顔が赤いことをのぞけば、いつもと変わらないように見えた。
 -庄左ヱ門のことだから、調子が悪ければ自分で言うよね、きっと。
 気がかりは残っていたが、乱太郎はそう思うことにした。

 


 だが、やはり庄左ヱ門の体調は芳しくなかったのだ。学園を出たときこそ元気だったが、だんだん皆についていけなくなり、しんべヱと並んで歩くことも難しくなってしまった。
「ねえ、庄左ヱ門、どうしたの? とってもぐあいが悪いように見えるけど」
 すでに足元がふらついている庄左ヱ門を見かねて、しんべヱが立ち止まって身体を支える。
「いや、なんでもないよ。ぼくはぜんぜんへいきだから…」
 棒読みの返事が途切れた。庄左ヱ門はがっくりと座り込んでいた。
「しょ、庄左ヱ門!? どうしたの? らんたろ~っ、きりまる~!」
 動転したしんべヱが、先を行く乱太郎たちを大声で呼び止める。
「どうしたんだよ、でかい声出して」
「そうだよ。もうおなか空いたの?」
 言いながら振り返った二人の目に映ったのは、膝をついて座り込む庄左ヱ門と、その傍らで身体を支えながら立ち尽くすしんべヱの姿だった。
「しまった!」
 遠目にも、庄左ヱ門の体調が急激に悪化していることは明らかだった。慌てて駆け寄ろうとした乱太郎は、つと立ち止まると一緒に駆け出そうとしていたきり丸に短く命じた。
「きり丸、先生を呼んできて」
「お、わかった」

 


「うむ、だいぶ熱があるな…どうしてこんなになるまでムリをしたんだ」
 きり丸に呼ばれて駆けつけてきた伝蔵は、庄左ヱ門の額に手を当ててうなった。
「すいま…せん、ぼくもだいじょうぶだ、と…」
「いいから、少し横になって休むんだ」
 切れ切れに答えようとする庄左ヱ門の身体を横たえながら、半助が言う。
「しかし、困りましたな」
「ええ」
 鋭い眼で周囲を見回しながら、伝蔵と半助は声を交わす。
「え、どういうことですか?」
 集まってきたは組のメンバーが訊く。
「このあたりはな、性質の悪い盗賊が出ると言われていてな」
「それに、最近はドクタケの演習も行われているとか」
「ひぇ、こわいよぅ」
 喜三太が金吾の身体にしがみつこうとする。と、その不在に気づいて声を上げる。
「あれ、金吾は?」
「え?」
「なに?」
 その声に、伝蔵と半助が振り返る。
「兵太夫と団蔵もいませ~ん」
 虎若の声に、全員がきょろきょろと周囲を見渡す。
「どこに行ったんだろう」
「あの3人、先頭にいたから、ぼくたちがもどったのに気づかないで先に行っちゃったんじゃないかな」
 伊助の言葉に、皆が先頭を立って歩いていた3人の姿を思い出す。
「どうしましょう」
 乱太郎がこわごわ声をかける。
「…しかたがない」
 小さく頷いた伝蔵が立ち上がる。
「私は、庄左ヱ門を連れて学園に戻る。土井先生は、団蔵たちを探してきてください。それからお前たち」
 心配げに身体を寄せ合う残りの生徒たちに、伝蔵は視線を向ける。
「お前たちはここから動くな。危険を感じたら、草むらや木の上に隠れて、土井先生が戻るのを待つんだ。いいか、決して勝手な行動を取るんじゃないぞ」
「山田先生の仰るとおりだ。おまえたち、分かったな…山田先生」
「うむ」
 立ち上がった半助は、庄左ヱ門の身体を抱き上げて、伝蔵が背負うのを手伝った。
「庄左ヱ門、しっかり掴まっているんだぞ…山田先生、お願いします」
「では土井先生も、頼みましたよ…乱太郎」
「は、はい」
「私と一緒に来るのだ。お前は足が速い…いざというときは、お前が先に学園に戻って、助けを呼んでくるのだ。いいな」
「はい!」

 


「どうしたんだろう。うしろにいたみんなが来ないみたいだけど」
 気がかりそうに兵太夫が振り返る。
「ぼくたち、先にきすぎちゃったかなぁ」
「じゃ、ここで少しまとうか」
 金吾と団蔵が足を止める。
「どうせならさ、あそこにしない?」
 団蔵が指差した先には、一軒の茶屋があった。
「いいねぇ」
 顔を見合わせてにやりとした3人が駆け出す。
「お団子3人前くださ~い!」
 店先の縁台に腰をおろすと、団蔵が懐をごそごそと探り始めた。
「なにさがしてるの?」
 兵太夫が訊く。
「うん。オリエンテーリングの順番をたしかめようと思って」
 懐から取り出した紙片を縁台に広げる。兵太夫と金吾が覗きこむ。
「あいかわらず、団蔵の字はすごいね」
 面白そうに兵太夫がからかう。
「しょーがないだろ」
 団蔵がふくれっ面をする。
「…山田先生が、黒板にかいたのをいそいで写しなさいっておっしゃるから、あわててかいたらこうなっちゃったんだよ」
「そうかなあ。いつもとかわらないように見えるけど」
 金吾がごく真面目に言うので、たまらず兵太夫が笑い出す。そのとき、「はい、おまちどう」と店主が団子と湯飲みを縁台に置いた。
「そんなにおかしいかなあ」
「ははは…おかしいよ、だって、金吾すごいまじめぶっちゃってさ…」
「まじめぶってなんていないさ。ぼくはただ…」
 紙片を囲みながら賑やかに話す3人を、盆を手にした店主が鋭い眼で盗み見る。
 -ほう、あの背の高いのが、兵太夫とよばれているガキか…。

 


「…!」
 庄左ヱ門を背負ったまま走っていた伝蔵が、ふいに足を止めた。後ろを走っていた乱太郎がぶつかりそうになって慌てて立ち止まる。
「せ、先生、どうしたんですか。子どもは急にはとまれません!」
「シッ! 静かに」
 伝蔵が立てた人差し指を口に当てる。乱太郎もつられて両掌で口を塞ぐ。
「…敵の気配だ。私は様子を探ってくる。乱太郎、お前は庄左ヱ門に付き添っていてくれ」
「は、はい」
 近くにあった洞穴の中に庄左ヱ門の身体をそっと下ろすと、伝蔵は外へと姿を消した。
「ねぇ、乱太郎…どうしたの?」
 異常を感じたらしい庄左ヱ門が訊く。その顔は、先ほどよりもさらに苦しそうである。
「うん。ちょっとようすを見てくるって」
 あえて詳しい説明を省いた乱太郎は、懐から出した手拭いで庄左ヱ門の額の汗を拭う。
「すごい汗だね。だいじょうぶ?」
「うん…いや、ちょっとさむいんだ」
「それは、熱があるからだよ。背中がぞくぞくしない?」
「うん、する…さすが、保健委員だね」
「そりゃ、たくさん患者をみているからね」
 丹念に庄左ヱ門の額を拭ってやりながら、乱太郎は答える。
「でも、あんまりぼくに近付かないほうがいいんじゃない?」
「どうして?」
「どうしてって…ぼくの風邪がうつっちゃうだろ?」
「ああ、そんなこと…」
 乱太郎は苦笑する。
「庄左ヱ門は、そんなこと気にしなくていいんだよ…私は保健委員として、患者のそばにいないといけないし」
「でも…」
「庄左ヱ門」
 なおも口を開こうとする庄左ヱ門を、静かに乱太郎はたしなめる。
「庄左ヱ門は、いつもは組のリーダーで、いっしょうけんめいがんばってるけど、病気のときくらいはそんなにがんばらなくてもいいんだよ」
「…」
 熱でとろんとした眼で見上げる庄左ヱ門の頭を自分の身体に寄せ掛けながら、乱太郎もまた黙って庄左ヱ門を見つめる。
「…乱太郎は、やさしいんだね」
 かすれ声で、辛うじて庄左ヱ門は口を開く。
「そんなことないよ。保健委員として、やるべきことをやってるだけだから…あ」
 庄左ヱ門の背中の震えがひどくなっていることに気づいて、乱太郎は自分の制服を着せかける。
「ねぇ、乱太郎…」
 うわごとのように庄左ヱ門はよびかける。
「どうしたの? 庄左ヱ門」
「ぼく、ぼくは…」
「うん?」

 


「金吾…だいじょうぶか?」
「ああ、だいじょうぶ、だけど…いててて!」
「どうした!?」
「ぼくの足首に、団蔵のおしりがのっかってるんだよ」
「ご、ごめん…」
 縛り上げられて狭い納戸に放り込まれた金吾と団蔵は、声を掛け合いながら、互いの無事を確認した。
「くっそ、あいつら、こんなことしがやって」
 団蔵が後ろ手に縛られた手を解こうともがきながら歯軋りする。厠に行ったきり戻らない兵太夫を探そうとした団蔵と金吾を、突然茶屋の主人と見知らぬ男が縛り上げて、納戸に押し込んで立ち去ってしまったのだ。 
「ねえ、団蔵」
 苦労して身体を起こそうとしながら、金吾が声をかける。
「なに?」
「ぼくの着物のふところから、苦無をとることって、できそう?」
「うん…やってみる」
 仰向けになっている金吾の身体にまたがって、後ろ手に縛られたままの団蔵がもぞもぞとバックで進む。金吾の胸の辺りで腰を止めた団蔵は、そのまま反り返ってわずかに動く手で金吾の懐を探る。
「このあたり…かな」
「ちがうよ団蔵…そっちは右。ふところは左だよ」
「ごめん、じゃ、こっち…?」
「あ、くすぐった…あひゃひゃ」
 反らせた頭から垂れる髷が顔にかかって、金吾は首を左右に振りながら笑い声を上げる。
「へんなこえでわらうなよ、金吾」
「だって顔がくすぐったくて…」
「じっとしててくれないと、苦無をさがせないよ」
「ご、ごめんごめん…もう少し手を右下にうごかして」
「こう?」
「そう、もう少し…ほら、苦無が手にさわらなかった?」
「あ、あった!」
 ようやく金吾の懐から苦無を取り出した団蔵は、まずは金吾の縄を切り始めた。
「金吾、いたくない?」
「うん、だいじょうぶ…あ、切れた」
 切れた縄がするすると抜けて、金吾の手が自由になった。
「じゃ、こんどはぼくが、団蔵の縄を切ってあげるよ」
 ようやく縄から開放された2人は、狭い納戸から転がり出ると、しばしがらんとした茶屋のなかに呆然と立ち尽くしていた。
「それにしても、あいつら、どうしておれたちをしばったりなんかしたんだろう…」
 団蔵が放心状態でつぶやく。
「というより、なんであいつらは兵太夫を連れて行ったりしたんだろう…って、しまった!」
 唐突に叫び声をあげた金吾に、団蔵がびくっとする。
「ど、どうしたんだよ、金吾…びっくりするだろ」
「刀が…父上からいただいた刀が、ない!」
「刀?」
 たしかに、金吾の腰に差していた刀が見当たらなかった。
「きっと、あいつらにもってかれたんだ…あぁ、どうしよう…」
 わなわなとふるえながら、金吾が土間に座り込む。
「どうしようって?」
 金吾がなぜそこまで動揺するのかわからない団蔵が、戸惑ったように声をかける。
「刀は、武士の魂なんだ。だからたいせつにしないといけないし、まして敵にうばわれたとしたら切腹ものなんだ…!」
「せっぷく!?」
「こんなことになったら、ぼくは切腹して父上におわびするしかない…団蔵、かいしゃくしてくれない?」
 土間に正座した金吾は、着物の袷をはだけて苦無を腹に当てている。
「ちょ、ちょっとまってよ金吾…」
 突然、思いつめた顔になって切腹しようとする金吾に、事態についていけない団蔵がかろうじて声をあげる。
「とめないで、団蔵。これは、武士の子としてのけじめなんだ!」
 一声叫んだ金吾は、苦無を腹に突き立てようとする。
「と、とにかく聞けって、金吾!」
 あわてて団蔵がその手から苦無を取り上げる。
「なにすんだよ!」
 苦無を取り返そうとする金吾をひょいと避けながら、団蔵が問いかける。
「おれ、武士のしきたりはよくわからないけどさ…せっぷくって、ふつう刀でするもんだろ? ちっちゃい刀で」
「へ!?」
 虚を突かれた金吾の動きが止まる。
「だれがみたって、これは刀じゃないだろ? だから、これじゃせっぷくはできないっての」
「でも…それじゃ、ぼくはどうしたらいいの?」
 眼に涙をためた金吾が座り込む。
「取り返せばいいじゃないか」
 意外な台詞に、金吾は涙が頬をつたったままの顔を上げる。
「とりかえすのさ。金吾の刀も、兵太夫も」
 腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべた団蔵が、もう一度言った。
「そんなこと、できるのかな…」
 よろよろと立ちあがりながら、金吾がつぶやく。
「やってみなきゃわからないだろ? ほら、金吾。もう泣くなって」
 金吾の肩を軽くたたきながら、団蔵が顔を覗き込む。
「そ…そうだね。やってみなくちゃわからないよね」
 ようやく金吾の顔にも笑みがもどる。
「そうこなくっちゃ! さ、兵太夫たちをさがしにいこうぜ!」
 勇んで外に飛び出そうとする団蔵に、金吾が声をかける。
「でもさ。どうやってさがすのさ。どっちにいったかもわかんないのに」
「あ…そっか」
 すごすごと土間に戻ってきた団蔵がため息をつく。
「どうやってさがせばいいんだろ…おれたちみたいにしばられたんだとしたら、五色米でしるしをつけることもできないだろうし…」
 あごに手を当てながらうなっていたところへ、裏口を見回っていた金吾が声をかける。
「…そうでもなさそうだよ」
「どういうこと?」
「ほら、これ」
 金吾が指差す先の地面には、何度か足で強くこすりつけたらしい足跡が残っていた。
「これって…ただのあしあとじゃないか」
「だけどさ、こんなに足をこすったあとがあるのはおかしいと思わない?」
「つまり、兵太夫があしあとでしるしをのこしたってこと?」
「そうだと思うんだ」
「だとすれば…兵太夫たちは、こっちにむかったことになるね」
 団蔵が指差す方向は、峠に向かう山道である。
「どうする?」
 金吾が訊く。相手の答えはほぼ分かっていたが。
「もちろん、行くにきまってんだろ!」

 


「なんでぼくをつかまえたりするんだ!」
 縛り上げ、引っ立てられてもなお、兵太夫は気丈に声を上げる。
「決まっているだろう。身代金のためさ」
 賊の一人が言い捨てる。
「笹川家といえば、紀伊国いちの大地主だからな。たっぷり絞り取ってやるさ…それまでは、俺たちと一緒にいてもらうからな。大人しくしていろ」
 別の賊が、腕を組んで兵太夫を見おろす。
 -え?
 何かが、根本的に間違っているようである。
「ちがう! ぼくの名前は笹川じゃない! 笹山兵太夫だ!」
「んだと?」
 腕を組んでいた賊がかがみこんで、兵太夫に顔を近づける。
「おまえ、笹川兵太夫ではないのか」
「笹山兵太夫だっ! それに、ぼくの家は紀伊じゃない! 丹波だ!」
「ウソを言うな。お前たちが見ていた紙に笹川と書いてあったではないか」
「ウソじゃない! あれは字が汚いクラスメートが書いたから…」
 うっかり団蔵の名前を出しそうになって、慌てて兵太夫は口をつぐんだ。
「たしかに汚い字だったな…」
 賊がひとりごちる。
「いいから来い!」
 取り繕うように声を上げると、兵太夫の縄を引っ張る。
「いやだ! おまえたちにこんなことをされるおぼえなんてない! いますぐはなせ!」
 足を突っ張って抵抗するふりをしながら、地面に足をこすりつける。きっと、団蔵たちがこのマーキングに気づいて来てくれることを信じながら。
「おまえ! いい加減にしないと身体で黙らせるぞ!」
 胸元をぐいとつかまれた兵太夫は、さすがにうっと黙り込む。

 

 

「どうしますか、お頭。アイツ、俺たちが狙ってたガキじゃないようですぜ」
 休憩と称して手下の一人に兵太夫を見張らせておいて、離れた場所で、賊たちが寄り集まっている。
「そうだな…」
 賊の頭領が考え込む。
「だからといって、このまま放すわけにもいかねえからな」
「そうだ」
 茶屋の主人に変装していた賊が口を開く。
「あのガキのいたグループ、たしか忍術学園という名前だった。そこあてに脅迫状送りつけて、身代金をいただくってのはどうですか」
「よし、そうするか」
 頭領が頷く。
「ガキの名前も分かっていることだ。さっそく忍術学園に脅迫状を書くぞ」
「この刀はどうしますか」
 手下の一人が、金吾から取り上げた刀を持ち上げる。
「ああ、そうだな…とりあえず『保管庫』にでもしまっておけ。だいぶモノもたまってきたし、これが終わったらまとめて銭にかえるとするか。すぐ行って来い」
「へい」

 


 -誰か来る…!
 肩に庄左ヱ門の頭をもたせかけたままうとうとしかかっていた乱太郎は、近づいてくる気配にはっとした。すぐに庄左ヱ門の肩をそっと揺らす。
「庄左ヱ門。庄左ヱ門…ちょっと起きて」
「…なに?」
 まだ熱があるのだろう。庄左ヱ門の眼はとろんとしたままである。
「誰か来るみたい。どうしよう」
「誰か?」
 庄左ヱ門の眼に緊張が戻る。
「出よう」
「出るって?」
「この洞窟から。どこか近くの草むらに隠れるんだ」
「でも…」
 動けるの? と訊こうとしたが、すでに庄左ヱ門はよろよろと立ち上がりかけている。
「洞窟の中は危険だ。この奥が行き止まりの可能性が高いし、もし相手に見つかって追い詰められたら逃げられない。だから、外に隠れるんだ」
 -さすが庄ちゃん。病気のときでも冷静なんだね…。
 あわてて庄左ヱ門に肩を貸して洞窟の外の草むらに身を隠しながら乱太郎は考えずにはいられない。
 足音が近づいてきた。
 -あれは…!
 やってきた男が手にしている刀を眼にした乱太郎は思わず声を上げそうになる。
 -金吾の刀だ!
 男は周囲をうかがいながら先ほどまで乱太郎たちがいた洞窟の中に入っていく。ややあって出てきた男の手には何もなかった。もと来た道を戻っていく男の姿を乱太郎は追尾しようとする。と、その手を捉えられる。
 -え?
 庄左ヱ門だった。地面に身を横たえられたままの庄左ヱ門が、乱太郎の手をしっかりと捉えていた。強い眼で乱太郎を見つめるながら、首を横に振る。
 -危険だ。行っちゃだめだ。
 無言の意思を感じ取った乱太郎は、それでも当惑した視線を漂わせる。
「どうして行っちゃだめなの」
 庄左ヱ門の耳に顔を近づけた乱太郎は、そっと訊く。
「あいつは、金吾の刀を持っていた。きっと、金吾たちに何かあったんだ。へたについていくと、乱太郎もつかまるかもしれない」
 あるかなきかのかすれ声で庄左ヱ門は答える。
「…だいじょうぶ。あいつらはぜったい戻ってくる。きっと、あいつらは先生たちがおっしゃっていた盗賊だ。あの洞窟にうばったものを隠しているんだ。だから、きっと取りに戻ってくる」
 -ホントに庄ちゃんの冷静さは、こわくなることすらある…。
 庄左ヱ門の分析に、乱太郎はもはや突っ込む気力もない。
「じゃ、私たちはどうするの?」
「ここで見張っていよう…ぼくが動けたら、もっとほかにやりようがあるんだけど。ごめんね」
 草むらの下でうつ伏せになって、洞窟の入り口に眼をやりながら庄左ヱ門は言う。その背中に自分の制服をかけてやりながら、乱太郎は苦笑する。
 -庄ちゃんたら、じぶんが病気だってことも忘れてるみたい…。

 


 -いた。
 団蔵と金吾が目配せする。大きな木の陰に身を隠した2人の視線の先には、盗賊たちに囲まれている兵太夫の姿があった。誰かを待っているようである。
「親分」
 手下の一人が姿を現した。
「遅かったじゃねえか」
「すいません…これでも急いできたんですけど」
「まあいい。例のものはしまってきたか」
「はい」
「よし。行くぞ…小僧、来い!」
 兵太夫を引っ立てると、盗賊たちが移動を始めた。
 -どうしよう…アイツら、兵太夫をどこにつれて行くつもりなんだろう。
 -それより金吾、アイツら、金吾の刀をもってないぜ。
 金吾と団蔵が目配せをする。
 -ホントだ…どこかに置いてきたのかな。
 -そうだ、さっき戻ってきたやつに、「例のものはしまってきたか」って言ってたろ。きっと別の場所にかくしたんだ。
 -そうか…。
 金吾が立ち止まって顔を伏せる。
 -どうする?
 団蔵がその表情をうかがう。
 -刀をさきにとりかえす?
 -…。
 しばらく黙って地面を見つめていた金吾だったが、やがて顔を上げた。
 -ううん、あとでいい。
 -いいの?
 -うん。まずは、兵太夫をたすけるほうが先だろ?
 -でも…。
 -いいんだ。
 吹っ切れたような笑顔を金吾は見せる。
 -刀なんかより、兵太夫のほうがだいじだから。さ、兵太夫をたすけに行こうぜ!
 -よしきた!

 


 兵太夫を捕えた山賊たちは、山道を進んでいく。見失わないように距離を取りながら、団蔵と金吾は追尾を続けていた。
 -くっそ、あいつらどこまで行く気なんだろう。
 -せめてぼくたちが見ていることがわかれば、兵太夫もすこしは安心できるはずなのに…。
 団蔵たちが追尾していることに気付かない兵太夫は、時々抵抗するふりをしながら、足を地面にこすりつけている。物陰からその様子をうかがっていた団蔵と金吾は心が痛んだ。
 -兵太夫…たったひとりで、あんなにがんばってる…。
 -だいじょうぶ。おれたちがぜったい助けてやるから…!
 なおも団蔵たちが足を進めようとしたとき、背後に気配を感じて2人はびくりとして立ち止まった。こわごわと振り返る。
 -…あ!
 -先生!
 そこにいたのは、伝蔵と半助だった。
 -追尾は終わりだ。
 団蔵たちの頭を抑えてしゃがみこみながら、半助は低く言う。
 -先生、あいつら、兵太夫を…!
 -わかってる。これから、兵太夫を取り返すぞ。
 にやりとしてみせた半助は、伝蔵と目配せする。
 -さて、どの作戦でいきますか。
 -相手は3人いる。さらに兵太夫が人質にとられている。正攻法で行けば兵太夫が危ない。ここは、相手を油断させる手法でいくしかあるまい。
 淡々と伝蔵が語る。
 -相手を油断させるって、まさか…?
 嫌な予感がして半助が振り返る。
 -!!!
 とっさに叫び声をあげる寸前だった団蔵と金吾の口をふさぎながら、半助はそのまま尻餅をついてしまった。そこには、いつの間にか村娘の姿になった伝蔵がいた。
 -なにそんなにびっくりしてんのよ。
 腰を抜かしたままの3人に、伝蔵は憮然として腕を組む。
 -いつまでそんなところに座り込んでいるのよ。これから二段階作戦で行くから、土井先生もしっかりして頂戴。
 -に、にだんかいさくせん、ですか?
 あわあわと金吾が訊く。
 -そうよ。まず私が、超強力下剤入り団子をあいつらに売りつけるわ。次に土井先生が薬売りに化けてさらに下剤を飲ませてやるのよ。そうすればあいつらは当分、藪の中から出てくることができなくなるわ。
 お食事中の方がいらしたらごめんなさい、と伝蔵は科をつくる。
 -わかりましたよ。ではそれでいきましょう…お前たちはここを動くんじゃないぞ。
 ため息をついた半助が、薬売りらしく風呂敷包みを背負いながら団蔵たちに指示する。その間に、すっかり団子売りの村娘になりきった伝蔵がうきうきと宣言する。
 -さ、作戦開始よ☆
 


「こんなんじゃ歩けない」
「つべこべ言うな」
 縛り上げられた兵太夫が身を捩じらせながら文句を言う。そんな兵太夫を賊のひとりが小突く。
「どこまで歩かせるんだ」
「少しは黙ってろ。でないと、身体で黙らせるぞ」
 拳を握りながら凄む賊に、さすがの兵太夫も言葉を飲み込む。
「もし…」
 そんな一行に声をかけてきたのは、一人の娘だった。
「なんだ」
「お団子は、いかがでしょうか」
「団子だと?」
 賊の一人が娘の顔を覗き込む。恥じらうように顔を伏せた娘が、ちらと媚びるような視線を上げる。
 -うげ、山田先生…じゃなかった、伝子さん…。
 すぐに娘の正体に気付いた兵太夫が青ざめる。このわかりやすくも恐ろしい女装に山賊がどんな反応を示すか、考えるだけでも肝が冷えた。本当なら一目散に逃げ出したいところだが、あいにく自分は後ろ手に縛られていて、縄の端は賊の手に握られている。
「ほほう。なかなかの器量じゃねえか」
 娘の顔を覗き込んだ賊の首領がにやりとする。
 -そ、それホンキですか…!?
 愕然とする兵太夫を傍目に、すっかり気をよくした伝蔵がしおらしい口調で続ける。
「あの、お団子を…」
「よしよし、買ってやる」
「ありがとうございます」
 娘が差し出した団子を賊たちが口に放り込む。
「いいなあ」
 ぼそっとつぶやく兵太夫の耳に、聞きなれた声が聞こえた。
 -その団子は毒入りだ。
「え?」
 きょろきょろと辺りを見回す兵太夫に伝蔵がささやく。
 -超強力下剤入りの団子だ。
 にこりともせず付け加えた伝蔵は、賊たちに向き直ると媚びた口調で科をつくる。
「どうもありがとうございましたぁ」 
 銭を受け取った娘は、楚々として立ち去った。
「おい、いつまで見てやがる。まじめに仕事しろ」
「そういう親方だってニヤニヤしてるじゃないですか」
「な、なに言ってやがる」
「ほら、赤くなってるじゃないです…う!」
 兵太夫を引っ立てながら上気した声を上げていた賊たちが、急にうめき声を上げて立ち止まった。兵太夫が怪訝そうに賊たちの表情を上目で探る。
「は、腹が…」
「なんで急に…」
「団子だ! あの団子だ…!」
 賊の頭領が声を上げる。
「あ、あの小娘、なにを俺たちに食わせたんだ」
 必死で吐き出そうとしながら、賊の頭領がうめいたところに、声をかけた者がいる。
「どうなさいましたか」
「お前は…?」
「通りすがりの薬屋ですが」
 風呂敷包みを背負った若い男がそこにいた。
「薬屋か…ちょうどいい。毒消しをくれ。たった今、変な団子を食わされたところだったんだ」
「それはそれは、お気の毒に」
 男は風呂敷包みを解くと、紙に包まれた丸薬を取り出した。
「毒消しにはこれがよく効きます。お飲みなさい」
「ありがたい」
 男が手渡した竹筒の水で賊たちが丸薬を飲み込む。
「…」
「…」
 片膝をついたまま微笑をたたえた男と、薬を飲んでほっとした表情になった賊たちが無言で見詰めあう、奇妙な空白の時間が流れた。
「そろそろ、薬が効きだした頃ではないかな」
 これ以上もなく爽やかに言い捨てると、男が立ち上がる。
「どういう…意味だ」
 賊の頭領が立ち上がろうとしたとき、急に顔色が変わった。
「うっ」
 腹に激痛が走って思わずしゃがみこむ。部下たちはすでにうずくまって七転八倒している。
「貴様…何を飲ませた」
 顔をゆがませて首領が問う。
「いやぁ、あっはっは」
 薬売りの男-半助が頭を掻く。
「く…知らないほうがいいということか」
「まあ、そうですね。心理的ダメージが大きいと、回復も遅れますから」
 にこやかに言い放つと、半助は風呂敷包みを背負った。当然のように兵太夫の縄を解いて、その手を引く。
「お、おい、待ちやがれ! その小僧は…」
 首領の言葉を、笑顔のまま半助が遮る。
「彼は私の生徒だ…返してもらったからな」
「そんなことは…」
 させるか、と立ち上がりかけた首領だったが、次の激痛が襲って、そのまま脂汗を流しながらうずくまる。
「じっとしていた方がいいと思いますけどね」
 笑顔を崩さないゆえに、えげつなさが倍になる、と兵太夫は思った。そして、この必要以上のえげつなさは、もしかしたら伝蔵の変装に付き合わされた腹いせなのかもしれないと考えた。

 


「兵太夫!」
「だいじょうぶか!?」
 物陰から見守っていた団蔵と金吾が駆け寄る。
「団蔵! 金吾!」
 兵太夫の声も弾む。
「でも、どうしてここが…?」
「当然だろ」
 団蔵が胸を張る。
「兵太夫が地面につけたしるしを、おれたちが見落とすとおもう?」
「気付いてくれてたんだね!」
「地面の、しるし?」
 怪訝そうに訊く半助に、金吾が説明する。
「兵太夫は、地面に足をこすりつけてどっちに行ったか教えてくれたんです」
「ぼく、しばられてて五色米をまくこともできなかったから」
 ホントは五色米を持ってなかったし…と小さく舌を出しながら兵太夫が続ける。 
「まあともかく、五色米を使えない状況でもきちんと仲間に手がかりを残せたし、それに気づいて追跡できたのだからたいしたものだ」
 えらいぞ、と半助が兵太夫たちの頭をなでる。くすぐったそうにしていた団蔵がふと気づいて声を上げる。
「あ、そうだ! 金吾の刀を取り返さないと!」
「そうだった!」
「そうだ。次に金吾の刀を取り返すぞ」
 伝蔵の声に、兵太夫が反応する。
「あ…それなら、刀をこの先の森の中の洞窟にかくしたとか言ってましたよ」
「この先の森だな…よし、みんな行くぞ!」
「「おう!」」

 


 -こんなとき、伊作先輩ならどうするだろう。
 必死で考えを巡らせる。その間にも庄左ヱ門は、伏せて額に脂汗をにじませながら洞窟を見張っている。
 -ほんとは、安静にしてないといけないのに…。
 だが、ここは野外で庄左ヱ門を安静に寝かせる場所も、必要な薬もない。おろおろと見守ることしかできない自分が歯がゆかった。きっと伊作がいれば、もっといい方法を示してくれただろうから。
 藪に身を隠すように伏せている庄左ヱ門の身体が、ひどく小さく見えた。熱がまた上がってきたのだろうか。その背が細かく震えている。
 -きっと、頭はほてっているのに、背中は氷をあてたみたいにさむいはずなんだ…。
 自分も経験したことのある高熱状態は、ちょうど今の庄左ヱ門にも当てはまっていそうだった。
 -とっても苦しくて、不安なはずなのに、そんなことひとことも言わないでいるなんて…。
 それでも、背中の寒さに耐えかねているのだろう。その背は次第に丸くなっていく。
 -せめて、背中だけでもあっためてあげないと…。
 自分の制服の上着を着せかけたくらいでは効果は知れている、と思ったとき、ふとひらめいた。
 -そうだ! こういうときは…!
 乱太郎は庄左ヱ門に近づくと、背中をぐっと抱きしめた。はっとしたように庄左ヱ門が振り返る。
「乱太郎…なにするんだ」
「庄左ヱ門がとってもさむそうだから、私があっためてあげる」
「でも、そんなことしたら乱太郎に風邪が…」
「患者はそんなこと気にしちゃダメ」

 


 -あそこにだれかたおれてます!
 藪の陰に倒れている二つの小さな影に気付いたのは、団蔵だった。
 -お前たちはここで待っているんだ。
 団蔵たちを制した半助がそっと近づく。
 -これは…! 
 半助が眼にしたのは、地面にまるくなっている庄左ヱ門と、その背に身体を寄せている乱太郎だった。2人ともすやすやと寝息を立てている。
 -2人とも大丈夫だ。こっちに来て見てごらん。
 手招きされた団蔵たちが駆け寄る。
 -庄左ヱ門と乱太郎だ…。
 -気持ちよさそうに寝てるね。
 金吾と兵太夫が頷き交わす。
 -なにやっていたんだろう。
 庄左ヱ門にしがみついているようにも、その背を守っているようにも見えて、団蔵が首をかしげる。
 -金吾にしがみついてる喜三太みたい。
 -へへ…そうかな。
 兵太夫がぽつりとつぶやくと、金吾がくすぐったそうに頭を掻いた。

 -どうしましょうか。起こしますか?
 問いかける半助に、伝蔵が答える。
 -敵は当分動けないはずだし、もう少し寝かせといてあげましょ。
 -わかりました…ところで山田先生、じゃなくて伝子さん。
 いやそうに半助は続ける。
 -なにかしら?
 -そろそろ女装を解いてもよいのではないかと思うのですが。
 -それって、私の女装が気に入らないってことかしら?
 -いえいえ、そんなことは…。
 -それより、連中が戻ってくる前に金吾の刀を取り返しましょ。みんな、行くわよ。土井先生はほかの忍たまたちを呼んできて頂戴。
 女装のままてきぱきと指示を下す伝蔵に、皆が動き出す。


 <FIN>