あこがれ

 

守一郎が加わった用具委員会は、熱血な上級生とクールな下級生がなかなか対照的です。ですが、同じ髪型の子が3人もいるというのは、これもまた特徴的ではないかと思うわけで、その理由は何だろうと思って書いたお話です。

 

 

「それでさ、みんなの髪型のはなしになってさ」
「そうそ。乱太郎はまげがゆえないからボサボサだけど、きり丸はふつうだね、みたいな」
 先輩たちが来る前の用具倉庫前では、一年生たちが壁に寄り掛かって座りながらのんびり話している。
「じゃ、喜三太はどうしてその髪型なの?」
 興味深そうに平太が訊く。
「ああ、これ?」
 髷に手をやりながら喜三太が応える。「ホントは風魔の与四郎せんぱいみたいなのがカッコよくていいなっておもうんだけど、なかなかのびなくてさ」
「ふうん。しんべヱは?」
「ぼく、かみのけかたいから。おうちからおくってもらうリンスつかわないとたいへんなことになっちゃうんだ」
「そうそう。かみのけがカベにつきささってぬけなくなったこともあったよね」
 喜三太が可笑しそうに応じるが、平太には想像がつかない状況らしい。
「かみのけが…カベに?」
「リンスつかわないとハリガネみたいになっちゃうんだよ」
「だから、これいじょうのばさないことにしてんの。リンスがすぐなくなっちゃうから」
「…そうなんだ」
 状況がよくわからないなりに頷く平太だった。
「そういえば、平太もしんべヱとおなじ髪型だけど、どうして?」
 今さら気付いたように喜三太が訊く。
「え、ぼく?」
 唐突に訊かれて言葉に詰まった平太が「それはね…」と続けようとしたとき、
「おーい!」
 声を上げながら駆けてくるのは作兵衛と守一郎である。
「あ、せんぱいだ」
 喜三太としんべヱが立ち上がって会話は終わったが、遅れて立ち上がりながら平太は考える。
 -そうだ。やっぱりこれはぼくだけのひみつにしておこう。だれにも言わない、ぼくだけの…。

 

 

 

 

「てめぇバカ文次郎、もういっぺん言ってみろ!」
「おぅ何度でも言ってやらあ! 予算はねぇっ!」
 いつものように勃発する文次郎と留三郎のケンカだった。だが、場所がまずい。
 縄につかう稲わらをもらいに農家へ向かう用具委員たちだった。入学して間もない一年生たちも初めての郊外での委員会活動に興奮しながら同行していた。だが、途中の山道で遭遇したイノシシに驚いた平太がちびってしまった。イノシシを追っ払った留三郎は、後輩たちを先に行かせ、平太を着替えさせに学園に戻るところだった。そこに自主トレに行く途中の文次郎と鉢合わせしたのだ。
「んだと! 俺たち用具委員会の苦労も知らねえくせに!」
「道具をきちんと使わせるのも用具委員会の仕事だろうが! なんでもかんでも会計委員会のせいにすんじゃねぇ!」
 いつもなら作兵衛がうんざり顔で止めに入る場面だったが、今はいない。「や、やめてください…」とか細い声を上げる平太だが、すっかりヒートアップした二人の耳には届かない。またちびってしまいそうで、ずるずると後ずさる。
 まだ入学して間もない平太にとって、最上級生たちはそこにいるだけでも大きくて、威圧感があって、近寄りがたい存在だった。それが今や殴り合わんばかりの大ゲンカである。巨鯨のぶつかりあいに翻弄される小魚のように怯えて見守るしかなかった。
 -でも…。
 とにかく誰かを呼んできて、ケンカを止めねばと思った。

 


「あ、あれ…」
「んだよ」
 つかみ合っていた二人だったが、ふと留三郎が手の力を緩めて辺りを見回す。
「平太が…いねえ…」
「平太って、お前が連れてた下級生か?」
 思い出したように文次郎も腕を下ろす。そういえば見ない顔だったなと思いながら。
「ああ。一年生なんだけどよ…」
 かがみこんでそこらの草むらを探りながら留三郎は言う。よく日陰ぼっこと称して草むらや木陰に座り込む奇矯なくせをもった後輩だと思っていたから。だが…。
「くそ! いねぇ!」
 舌打ちした留三郎が振り返ると声を荒げる。「おい! なにぼさっと突っ立ってるんだよ! お前も手伝え!」
「なんで俺が手伝わねえといけねえんだよ!」
「当たり前だろ! お前がいなけりゃこうはならなかったんだよ!」
「人のせいにすんな! お前の監督不行き届きだろうがっ!」
「あんだと…!」
 腕まくりをしてつかつかと歩み寄ろうとした留三郎だったが、ふと思いとどまって足を止めると、ぐっと睨みつけながら言う。「たしかに俺の後輩だから、いなくなったのは俺の責任だ。だが、原因はお前にもある。学園に戻ったらそう報告するからな!」
「…わかったよ」
 しぶしぶ文次郎が頷く。「で、俺はどうする?」
「学園に戻って仙蔵たちを呼んできてくれ。手分けしねえと探しきれないからな」
「よし」
 文次郎が駆け出すと同時に、留三郎も声を張り上げて平太を探す。
「お~い! 平太ぁ! どこにいるんだ!?」

 


 -どうしようどうしよう…。
 昼なお暗い森の中を、がさがさと下草をかき分けながら、平太は半泣きになって歩いていた。
 -どうしようどうしよう…はやく学園にかえらなきゃ…。
 だが、どこまで行っても学園は現れなかった。それどころか、山道だったはずがいつの間にか草深い獣道になっていた。
 -どうしよう…。
 ついに平太は立ち止まった。見上げても、頭上はうっそうとした枝葉に覆われて空は見えなかった。振り返っても、そこには道などなかったように下草が生い茂っているだけだった。森の奥からは低く鳴く鳥の声が響いていた。
 -ここ、どこ…?
 学園で裏山とか裏裏山とか言われているあたりということは聞いていたが、入学して間もない平太にとって、学園の外の道はほぼ未知である。
 -どうしよう…まよっちゃった…。
 戻ろうにも、もはや来た道がどこにあるかも分からない。

 

 がさ、がさ、と下草を踏みしだく音が聞こえる。
 -なんだろう!
 とっさに草むらに身を潜めた平太が耳を澄ませる。その間にも物音は少しずつ近づいてくる。
 -どうしよう! もしかしたらクマかオオカミかも…!
 そう考えただけで恐怖に全身が固まる。
 -にげなきゃ…!
 頭ではそう考えても身体が動かない。罠にかかって身動きが取れなくなった小動物のように平太は怯えきった眼で物音の来る方を見つめることしかできなかった。
 がさがさ、とひときわ音が近づくと、草が動いた。
 -もうだめ!
 思わず固く眼をつぶったとき、「ここにいたのか」という声が降ってきた。
 -え? クマとかオオカミじゃないの…?
 おそるおそる眼を開いた平太の視界に現れたのは、腰に手を当てて困ったような笑顔でこちらを見下ろす留三郎の姿だった。
「どうした、ケガはないか」
 片膝をついて腕を伸ばすと、手早く手首や足首を痛めていないか確認する。「よし、大丈夫そうだな」と呟くと、留三郎は背中を向けた。
「ほら、乗れよ」
 背中を向けたまま横顔を向けた留三郎が促す。
「…はい」
 こんどは身体が動いた。おずおずと広い背中に身を預けると、「よっ」と低く声を上げて留三郎は立ち上がった。

 


「あの…せんぱい」
 負ぶわれながら平太はおずおずと訊く。
「なんだ」
「ぼく…あんな森のなかにいっちゃったのに、どうしてせんぱいはぼくのこと、見つけられたのですか?」
「ああ…そうだな」
 思案するように少し言葉を切る留三郎だった。たしかにひどい獣道だった。うっそうと茂った下草をかき分けるうちに手や顔は傷だらけになったし、一度ならず見えない段差や穴に足を取られて転んだり転げ落ちたりした。それでも、その先に平太がいるような気がして夢中で進んだのだった。
「…お前が好きそうな草むらだったから…かな」
 ふと思いついた言葉だった。
「ぼくがすきそうな…?」
 背後からか細い声がする。
「ああ。平太はよく日陰ぼっことかいって草むらに潜り込んでるだろ? 俺にはよく分かんねえけど、やっぱ平太にとって居心地がいいんだろうなって思ったら、なんとなく平太が潜りたくなる草むらってあるんじゃねえかって思ったんだ」
「はい…」
「そしたら、ここなら平太が潜り込みそうだなって感じの獣道を見つけてさ…ま、俺のカンだけどな」
「せんぱい、すごいです…」
 素直に平太は感嘆する。「ぼく、じぶんでもどんな草むらがすきかなんてかんがえたことないのに…」
「ま、たいしたことねえさ」
 浅黒い頬が染まる。身を預けている背の熱量が少し上がったのを感じた。
「あの…せんぱい」
「どうした、平太」
「ぼく、せんぱいみたいになれるでしょうか」
「俺みたいに?」
 留三郎が不思議そうに振り返る。
「はい…せんぱいみたいに、つよくて、カッコよくて、なんでもわかっちゃうような…そんなふうに、ぼくもなれますか?」
「そうだな」
 再び前を向いた留三郎が、気を持たせるように言葉を切ってニヤリとする。「きっちり鍛錬すればなれるさ…俺みたいにな!」
「よかった…」
 ほっとしたように声を漏らす平太だった。そして、眼の前の髷をよけて留三郎の肩に顔を寄せると、そのまま眼を閉じる。
 -そうだ。ぼくも、せんぱいみたいにつよくなるんだ…そのためには…。
 手始めに髷だけでも真似ようと思った。あらゆる面で遠い存在の先輩だったが、そこだけは今すぐにでも真似られそうだったから。
 -すこしずつ、いろんなところをまねるようにしよう…そしたら、きっとせんぱいみたいになれる!
 そう思いながら、いつしか眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

「ヒマだな、お前らは」
 喜三太たちから髪型で盛り上がっていた話を聞いた作兵衛が呆れたように言う。
「髪型…ね」
 いまいちピンとこないように守一郎が呟く。
「そーいえば、富松せんぱいは浦風せんぱいと髪型がにてるっていわれませんか?」
 シルエットだと区別がつかないんですけど、と喜三太が訊く。
「うっせーな」
 顔の造作はずいぶん違うはずなのに、髪型が似ているというだけで混同されがちなのはいかにも不本意だった。そうでなくても上級生や一年生に比べると存在感が薄いと言われがちなのだ。
「ついでに言っとくが、髪だって染めてるわけじゃねーからな」
「へえ、作兵衛の髪ってもともとこういう色なんだ」
 作兵衛の髷を手に取った守一郎が興味深げにためつすがめつする。
「ま、まあ、そうですけど」
 困惑したように作兵衛が言う。
「そーなんですかあ」
「てっきり、浦風せんぱいとまちがわれないようにそーゆーキャラにしたもんだと思ってましたあ」
「お前らな、うっせーんだよ!」
 好きなことをさえずるしんべヱと喜三太に拳を握る作兵衛である。
「で、浜せんぱいはどーしてそーゆー髪型なんですかあ?」
 拳を震わせる作兵衛を置き去りに、話題を守一郎に向けるしんべヱたちだった。
「え、俺?」
 まだ珍しげに作兵衛の髷をいじっていた守一郎が弾かれたように顔を上げる。「俺の場合は、前からこーだったからな。ひいじいちゃんも何も言ってなかったし」
「てか、髪アップにしてないの浜せんぱいだけだし…」
「そうなのか?」
 言われた守一郎は首の後ろで束ねた髪に触ってみせる。「でも、今んとここれが俺のキャラみたいだしさ」
「ま、そーゆーことなんですね」
 大人びた口調で喜三太が頷いたとき、「遅くなったな」と言いながら留三郎が現れた。
「あ、食満せんぱい」
「食満せんぱいは、どーしてその髪型なんですか?」
「こらお前ら、食満委員長にまでくだらねえ話振るんじゃねえ」
 慌てて作兵衛が遮ろうとしたが、留三郎は「俺か?」と言いながら後ろ手で髷に触る。「これでも長いくらいだと思ってるんだけどな」
「そおなんですかあ?」
 これ以上短くしたら結えないだろうと思いながらしんべヱが見上げる。
「あんま長い髷ぶら下げてたら戦うときに邪魔だろう。手入れも面倒だしな」
 髷から離した手を腰に当てて留三郎は言う。
 -あ、そうですか…。
 -さすが戦う委員長…。
 眼の前の先輩が闘い好きの熱血委員長だったことを思いだした後輩たちが、納得して頷く。

 

 

「そういや、平太も食満せんぱいとおなじ髪型なんだね」
 改めて気付いたように喜三太が言う。
「うん」
 ぼそりと平太は頷く。「そのほうがいいかなって思ったから…」
「そのほうが?」
 不思議そうにしんべヱが訊く。
「うん」
 ふたたび頷くと留三郎を見上げる。 
「そのほうがいいかなって」
 自分用に、もう一度言う。

<FIN>

 

 

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