驟雨


委員会のトップを張る六年生たちはとてもカッコいいと思うのですが、その下で委員長を支える二番手たちもまたとても健気でカワイイと思うのです。そしてとりわけ作兵衛は、とても頑張り屋で、ちょっと不器用なところがどうしようもなくイトオシイと思うのです…。



「今日、お前たちに来てもらったのはほかでもない」
 床の間を背にした大川が言葉を切ると同時に、庭の鹿脅しがかこん、と響いた。庵に集められた作兵衛たちがごくりとつばを飲み込む。
「…竜王丸の家の雨漏りを直してやってもらいたいのじゃ」
 全員が脱力する。
「そ…そのくらいご自分でなおせないのですか…?」
 起き上がりながら作兵衛が言う。
「まあそう言うな…たしかに竜王丸はいまも現役の優秀な忍じゃが、年が年じゃ。腰を痛めて高いところの作業ができんらしい。なんとかしてくれとわしに手紙を寄越しおってな」
 満更でもなさそうに大川は続ける。「自分が年だと認めたら人を寄越してやろうと言ってやったらホントに年だと認めるから頼むと返事してきおった。あの頑固爺さんがようやく現実を認めおったわい…ふぉっふぉっふぉっ」
 機嫌よく笑い声を上げる大川に、上目遣いの作兵衛がいやそうに声をかける。
「…で、私たちに修理に行って来いと?」
「そうじゃ。ところで用具委員長の食満留三郎はどうした?」
「食満せんぱいは吉野先生といっしょにでかけましたー」
 喜三太が答える。
「そうか。なら仕方がない。雨漏りの修理くらいならお前たちでもできるじゃろ。さっそく行ってもらいたい」
「は…はい」
「ふぇ~い」
「ひょ~い」
 ためらいがちに頷いた作兵衛に続いて喜三太としんべヱが気のない返事をする。
「なにをぐずぐずしておる! とっとと行かんか!!」
 大川に一喝された作兵衛たちが慌ててどたばたと庵を後にする。



「…はぁ、はぁ」
「ああビックリした」
「ちびるかと思った」
 用具倉庫まで逃げ戻った作兵衛たちは、しばらく肩で息をしながら座り込んでいた。
「それにしても学園長先生も勝手だよね。竜王丸さんにじまんするためにぼくたちのこと使ってるみたいで」
 息が落ち着いた喜三太が口をとがらせる。
「まあな。でも、学園長先生のご指示だからしょうがねえ。行くしかないだろ。それにしても…」
 作兵衛が言いよどむ。
「なんですか?」
 平太がおどおどと訊く。
「い、いや…なんでもねえ。あ、そうだ。平太。俺たちの外出届、小松田さんに出してきてくれねえか。喜三太としんべヱは道具の準備だ!」
「は~い」
「ふぇ~い」
 後輩たちが走り去ると、作兵衛は用具倉庫の外に出て空を見上げた。ぽつんと浮かぶ雲に向かって、言いかけた言葉の続きを声に出さずに呟く。
 -それにしても、留三郎先輩なしで一年ボーズを連れて外出なんて、できんのかな、俺…。



「おお、待っておったぞ、忍術学園の諸君」
 道具箱を担いで訪れた作兵衛たちを、竜王丸がにこやかに出迎える。
「学園長先生のご指示で来ました。忍術学園用具委員会の富松作兵衛です」
「喜三太です」
「しんべヱです」
「平太です」
 戸口に居並んで挨拶する作兵衛たちに竜王丸が頷きながら応える。
「ふむふむ。挨拶もきちんとできて感心じゃの。あの大川が育てたとは思えんほどよくできた忍たまたちじゃ」
「ところで、雨漏りの場所はどちらでしょうか」
 放っておいては大川の悪口を延々と聞かされそうだと思った作兵衛はさっくりと本題に入る。
「おお、そうじゃった。天井のこのあたりから漏るのじゃ」
 竜王丸が指差した先にはたしかに雨の染みが広がっていた。
「わかりました。ではさっそく調べてみます。はしごを貸してもらえませんか」



「これで修理は終わりました。もう雨漏りはしないと思います」
 額の汗を拭いながら作兵衛が言う。後ろに控えた喜三太たちもおおきく頷く。
「ほんとうに助かったわい。さすが用具委員会じゃ」
 竜王丸も満足げに頷く。
「では私たちはこれで」
 ぺこりと頭を下げると、作兵衛は学園に向かって歩きはじめる。
「あ、まってくださいよ~ぅ」
 突っ立っていた後輩たちが慌てて後を追う。



「せんぱ~い、少しやすみましょうよ~」
「ぼく、もうおなかぺこぺこでうごけない…」
「ぼくも…」
 不満たらたらでちんたら歩く後輩たちを作兵衛が一喝する。
「なに言ってんだお前たち! 急がないと学園に戻るのが夜になっちまうぞ!」
「でもぉ」
「つべこべ言ってんじゃねぇ! マジで急がねえといけねえんだ!」
 実のところ、作兵衛は先ほどから怪しくなっている雲行きに気が気ではなかった。だからできるだけ急いで雨宿りできそうな場所を探しているのに、疲れただの腹が減っただのと言い立てる無自覚な後輩たちの歩みは遅い。
「せんぱ~い」
 喜三太が恨めしげに声を上げる。「ぼくたち、さっきからぜんぜんやすんでません」
「もしかしたら竜王丸さん、おだちんにお菓子くらいくれたかもしれないのに…」
 しんべヱが切なそうな声を上げる。
「ぼくも…そうおもいます」
 平太がぽつりと呟く。
 -ったくよ…。
 これ以上声を張り上げても無駄だと悟って作兵衛は小さくため息をつく。
 -もし留三郎先輩がいたら、一年ボーズどもだってもっとびしっとするはずなのに、俺なんかがいくら言ったって聞きゃしねえ…。
 それが、実力の差というものなのだろうか。
 -たしかに留三郎先輩は六年生で俺は三年生だし、実力もぜんぜんちがうけど、いちおう俺だって一年ボーズどもからみれば先輩なんだから、もっと俺の言うことを聞いたっていいはずなのに…。
 強い責任感と裏返しに、作兵衛はそう考えずにはいられない。
 -やっぱ俺、一年ボーズどもにもまだまだだって思われてんのかな…。
 苛立ちを叩きつけるように足を速める。
「せんぱ~い、もうちょっとゆっくりあるいてくださいよぅ」
 情けない声を上げる喜三太に、辛うじて感情を堰き止めていた何かが外れた。押しとどめていた怒りが奔流となってあふれ出て、気がつくと振り返って怒鳴りつけていた。
「お前らいい加減にしろっ! 俺がなんで急いでると思ってるんだ! 雨が降りそうだからだよ! こんな山ん中で雨に降られたら風邪ひいちまうだろ! だから急いでんのにお前ら腹減っただの疲れただの…!」
「せんぱい…あそこに小屋があります」
 怒鳴り散らしている作兵衛の袖を平太が引っ張っていた。もう一方の手で指差す先には、木こりのものらしい炭焼き小屋があった。
「お、おう…そうか」
 一度あふれ出た奔流は自分でも手がつけられなくなっていたが、平太の言葉で一気に気勢が削がれていた。
「…よし、あそこで少し休むぞ」
 内心ほっとしながら作兵衛は小屋に向かって歩きはじめる。



「ふぇ~、つかれたつかれた」
 小屋の壁に寄りかかって足を投げ出しながら喜三太が伸びをする。
「つかれたつかれた」
 調子を合わせながら並んで座り込んだしんべヱが懐から饅頭を取り出して頬張る。
「あ、しんべヱだけずる~い!」
 すかさず喜三太が声を上げる。
「いいな…」
 平太がうらやましそうに眺める。
「おいしかった! …でも、ぼくもおまんじゅうこれしかもってなかったんだ…」
 満面の笑みだったしんべヱが、すぐに不安そうな面持ちになる。
「せんぱい。なにか食べるものありませんか?」
 後輩たちの期待に満ちた視線に作兵衛はたじろぐ。
「う…悪ぃ。俺も食べるものは…」
「…ですよね、やっぱり」
 しんべヱがため息をつく。それは何気ないひとことだったが、作兵衛の心を抉る。
 -そうか。肝心な時に食い物も持ってないなんて、『やっぱり』俺ってまだまだ頼りにならないってことか…。
「せんぱい…」
 平太が震え声でにじり寄る。
「どうした、平太」
「…さむいです」
「そっか」
 いつの間にか外はしとしとと雨が降り始めていた。戸や壁の隙間からひやりとした風が吹き込む。
「なら俺にくっついてろ。少しはあったかくなるからな」
 作兵衛の声を待っていたように平太がしがみついてくる。
「あ、平太いいな」
「ぼくも富松せんぱいにくっつきたい」
 喜三太としんべヱが身体を寄せてくる。
「わかったわかった。お前たちもこっち来い」
「はーい」
「やったぁ」
 精いっぱい腕を広げて後輩たちの背中を抱えながら、さて、次はどうしようかと考える。
 -留三郎先輩だったら、きっとこのあと何かお話でもしてくれて、後輩たちの気を紛らわせてくれたりするんだろうけどな…。
 しだいに雨音が激しくなり、吹き込む風も強くなってきた。と、稲光が眼を射たと思うと腹の底に響くような大音響が響いた。
「ひぇっ!」
 後輩たちが悲鳴を上げていっそう身体を押し付けてくる。
「そんなにビビることないだろ。ただの雷なんだからよ」
 落ち着かせるように声を掛けながらも、作兵衛も内心は震えあがっていた。
 -雷が近ぇな。どうしよう、もしこの小屋に落ちたら…。
「でも、こわいですぅ…」
 がたがた震えながら喜三太が言う。
「お前らそれでも忍たまかよ…よし、俺がちょっとは気が紛れるような話をしてやるよ」
「どんな、お話なんですか…?」
 作兵衛の膝に顔を埋めていた平太がおそるおそる顔を上げて訊く。
「俺のクラスに神崎左門と次屋三之助っていう方向オンチがいるの、知ってるよな。このまえ左門と三之助が食堂のおばちゃんに頼まれてお使いに行ったんだ…」
  


「やれやれ、こんなところで雨宿りしておったか…」
 小屋の扉を開けた竜王丸は思わず苦笑した。
「よほど怖かったか…それとも寒かったのかの」
 いま、竜王丸の前で眠っている作兵衛は、自分の身体にしがみついている後輩たちを守るように上体ごと覆いかぶさっている。
「まだ子どもだというにあっぱれなものじゃ…小さい者たちを庇おうとしてたんじゃの」
 呟きながら、背負っていた包みを置く。
 -礼に菓子の一つも振る舞ってやろうと思ったんじゃが、雨が降る前に学園に戻りたかったのじゃろう…しっかりした子じゃ。
 包みには、用意していた菓子が入っていた。
 -それに、修補の腕もしっかりしている…あの雷雨でもまったく雨漏りがしなかった。大したものじゃ。ほんにあの大川が育てたとは思えぬほどの忍たまじゃ。
 眠る作兵衛たちを起こさないようにそっと扉を閉めた竜王丸は足音を忍ばせて歩み去る。屋根の萱に残った雨だれが雲間から覗いた陽にきらりと光る。


<FIN>




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