或る入学生

ずいぶん間が空いてしまいましたが、偽装家族の続きを書いてみました。

今回は与四郎もいぶ鬼も登場しませんが、金吾ががんばります。剣を手にするとちょっと周りが見えなくなりがちですが、そうでなければ冷静な子だと思うのです。金吾って。

 

 

「おい、金鬼といったか。一緒にいたガキはどうした」
 物置に見回りに来たサンコタケ忍者が声をとがらせる。一緒にいたはずのいぶ鬼の姿はなかった。
「しりませ~ん。厠にいって、もどってきたらいなくなってました。おじさんたちこそ、いぶ鬼をどこにつれてったんですか?」
「知るか!」
 問いを返されて答えに詰まったサンコタケ忍者は、ピシャリと物置の扉を閉めると鍵をかけて立ち去る。
 -あのおじさん、たいしたことないなあ。
 ひとり残された金吾が小さく肩をすくめる。

 

 


「しぶ鬼!」
「いぶ鬼! よかった!」
 サンコタケの陣から脱出してきた留三郎たちが、一足先に脱出させておいたいぶ鬼たちのもとにやってくる。手を取り合って喜ぶいぶ鬼としぶ鬼をにっこりして見つめていた金吾だったが、ふと留三郎たちに向き直ると口を開いた。
「せんぱい、ぼくをサンコタケの陣につれてってくれませんか?」
「なに? 金吾、おめ、なにせーてるだ?」
「そうだ。とにかく早く喜三太と学園に戻れ」
 与四郎と留三郎が声を上げる。
「あっちにもどっても、学園にかえれます。あいつら、ぼくたちに忍術学園に入れっていったんです」
「それはしぶ鬼から聞いた。だが、連中の手先になったら何をさせられるか分からないんだぞ。危ないことはやめろ」
 留三郎が言い聞かせるが、金吾は首を振る。
「でも、あいつらのねらいがわかっていません。それをやめさせないと、あいつら、またドクたまをさらって同じことするとおもいます」
 まっすぐ見上げる金吾に、言葉を失って顔を見合わせる留三郎と与四郎である。
「それもそうだが…」
「でも、金吾、ひとりでだいじょうぶ?」
 心配げに喜三太が訊くが、金吾は首を振る。
「だいじょうぶ。またいぶ鬼がさらわれちゃったりしたらかわいそうだし、それにあいつら、ぼくのことをドクたまの金鬼だっておもってるから」
 そして留三郎を見上げる。「だからせんぱい、おねがいします」
「う…わかったよ。俺もサポートする」

 

 

 

 というわけで、金吾はひとり、サンコタケ忍者の陣の物置に戻っていた。まずはいぶ鬼の不在を紛らわす必要があったが、物置の外の騒ぎを耳にすると、それは心配する必要はないようだった。
 -おじさんたち、モメてるな…。
 外では、いぶ鬼の失踪の責任を押し付け合う口論が展開されていた。騒ぎに他のサンコタケ忍者たちが集まってくるが、騒がしい外野が増えるだけで、口論が止む気配はなかった。ついに「何をしておる!」と野太い声がして上役がやってきて、ようやく騒ぎがおさまった。
「で、残ったのがコイツというわけか」
 がらりと扉が開かれて、上役が金吾の前に立ちはだかる。「金鬼といったな。もう一人のガキはどうした」
「だから、厠にいってるあいだにいなくなっちゃったって言ってるじゃないですか! おじさんたちこそ、いぶ鬼をどこに連れてっちゃたんですか!」
 座ったまま金吾は上役を睨み上げる。
「まあよい。一人でもミッションは果たせるからな…どうだ。忍術学園に入る気になったか?」
 しゃがみ込んだ上役に顎をついと持ち上げられる。
「いぶ鬼をかえしてくれるなら…入ってやっても、いい…」
 息苦しさをこらえながら金吾がなおも睨みつける。
「ほほう。イキのいいガキだ」
 上役が満足そうにうなずく。「だが、お前に選択肢などないことはそろそろ理解するのだな」

 

 


「すいませ~ん」
 翌日、忍術学園の門前に一人の少年が立っていた。
「は~い」
 声とともに小松田が門を開く。「どなたですかあ?」
「ぼく、金鬼といいます。忍術学園にはいりにきました」
「そーですかあ。じゃ、ちょっと待っててね」
 いったん下がった小松田が伝蔵を連れてくる。
「君かね、忍術学園に入学したいというのは」
「はい! 金鬼といいます! ぜひ、はいりたいのです!」
「入学金は?」
「はい、あります!」
 懐から銭の詰まった袋を取り出す。
「なら入学だ。ここに名前を書いて」
「はいっ!」
 示された書類に名前を書きこむのを確認すると、伝蔵は少年を伴って中へ入る。門が閉じられた。

 

 

 

「で、サンコタケがなぜドクたまを忍術学園に入れようとしたというのだ?」
 職員室の襖を締め切ると、伝蔵は大きくため息をつく。留三郎から事情は聞かされていたが、自分の生徒が間者まがいの役割を担って送り込まれるのを迎えるという状況に頭が痛くなる思いがする。
「どうしてかはおしえてくれませんでしたが、あさっての夜、裏門をあけて、小松田さんをひきつけるよう言われてます」
 端座した金吾がはきはき答える。
「なるほどな。連中、小松田君のことも研究済みというわけか」
 並んで聞いていた半助が腕を組む。
「まあ、連中もなんどか学園に侵入を試みては小松田君に追い掛け回されていたからな」
 言いながら伝蔵が首をかしげる。「そこまで研究していながら、入門票に記入さえすればいくらでも入れてしまうこと知らないとはな」
 なにもこんなまだるっこしいことをしなくても、と付け加える。
「思い込み、ということもあるのでしょう」
 考えながら半助が口を開く。「警戒が厳しいほど侵入が難しいと。まさかそんなに簡単に入れるとは考えられないのかも知れません」
「いずれにしても、連中の目的を確認するまでは、少し泳がせねばならんだろうな」
 眉を寄せる伝蔵だった。そのためには、他の教師や上級生たちにも周知しておかねばならない。そうすれば、戦う気満々の生徒も出てくるだろう。彼らを然るべき時まで抑えて、かつサンコタケ忍者たちの目的が何であれ阻止しなければならない。考えるだけで気が遠くなりそうになる。

 

 


「あれえ? 誰だろう、裏門開けっ放しにしたの…」
 その夜、用足しに出た小松田は、開け放した裏門をぶつくさ言いながら閉じていた。
「さっきも開けっ放しになってたけど…でも、忍たまが出ていったわけじゃないし、どーしちゃったんだろう」
 外出届を提出せずに外出しようとする忍たまや、入門票を記入せずに侵入しようとする者がいれば、必ず捕捉できる自信はあった。だから外と出入りする人物がいないことは確実だった。とすれば、考えられることは自分がうっかりかんぬきをかけずに閉じたか、誰かがいたずらで門を開けたかである。
「おっかしいなあ…今度こそ、かんぬきをかけたぞっと」
 門のかんぬきを指さし確認した小松田が、ふと気配を感じて鋭い視線で振り返る。築地塀を乗り越えて数人の忍が侵入しようとしていた。
「あ~っ! 入門票書かないで入っちゃダメですってば!」
 小松田が駆け出すや、ふたたび裏門が開けられる。そして、数人の影が学園の中へ消えていった。

 

 

 

 

「よくやった」
「でかしたぞ、ガキ」
 学園への侵入に成功したサンコタケ忍者たちは、小松田が騒いでいる間、金吾とともに木立の中に隠れていた。
「それで、どうするんですか」
 声をひそめて金吾が訊く。
「学園長の部屋に案内しろ」
「学園長先生のですか?」
 -そっか。学園長先生を暗殺するつもりなんだ。
 そんなことだろうとは思っていたが、実際に口にされると背筋をすっと冷たいものが伝う。
 -先生方やせんぱいたちがいるはずだから…。
 サンコタケの侵入を手助けすることはすでに伝えてある。気配はまったく感じないが、いまもどこかから誰かが見守っていてくれるはずである。それでもそこはかとない不安をおぼえる金吾だった。
「早くしろ」
「でも、ぼくも入学したばかりで、学園長先生のお部屋がどこにあるか、まだよくわからないんです」
 教えてくれていたらちゃんと調べたのに、とぼやく。
「うるさい! 入学して三日も経つならだいたいどの辺にあるかくらい分かるだろう。早く案内するのだ!」
「わ、わかりましたよぅ」
 不承不承返事した金吾がいかにも自信なさげな足取りで学園長の庵へと向かう。
「たぶん、あそこだと思うんですが」
 指さした先にある庵のたたずまいにサンコタケ忍者たちも納得したようだ。
「なるほどな。いかにも学園長が住んでいそうな庵だ」
「よし。お前はどっかに行け」
「え? どっかいけっていわれても…」
 唐突に言われた台詞に、戸惑ったような声を上げる。
「お前がここにいると怪しまれるし足手まといだ。だからとっとと自分の部屋に行け!」
「はあ。それなら、そうします」
 金吾は引き返さざるをえなかった。
 


 

 -どうしよう。学園長先生がねらわれている…! 
 忍たま長屋の廊下を歩きながら、金吾は思い悩んでいた。
 -とにかく、部屋にもどったら喜三太に相談しよう。
 喜三太はどんな反応を示すだろうか。
「なあんだ。また?」
 そんな声が聞こえた気がした。
 -そっか。またか。
 ふいに思考の隘路が開けた気がした。たしかに学園長の命を狙う輩は大勢いて、学園に侵入してくることも多かった。だが、一度として成功していないことは、大川が今でもピンピンしていることから明らかだった。それが本人の実力なのか、教師や先輩たちの鉄壁の守りによるものなのか、刺客たちがへっぽこなのかは分からなかったが。
 -きっと、先生や先輩たちがなんとかしてくれるからだいじょうぶだ!
 そう納得しかけたとき、
「ぎょえぇぇっ!」
「あ~れ~」
 学園長の庵から同時に声が上がる。
 -あれ、いまのって、伝子さん?
 立ち止まって振り返った金吾の眼に、庭先を必死の形相で駆け抜けるサンコタケ忍者たちと、追いかける伝子の姿がとびこむ。
「ちょっとぉ、アンタたち、なに逃げてるのよぉ」
「うげ、バケモノだあっ!」
「あのガキ、俺たちにウソつきやがったな!」
 恨み言を吐きながら逃げ惑うサンコタケ忍者たちを、いまや鬼の形相となった伝子が追い掛け回す。
「アンタたち、いま伝子のことバケモノって言ったわね! 待ちなさい!」
「来るな! こっち来るな!」
「逃げろ!」
 -ガキって、ひょっとしてぼくのことかなあ。
 廊下に佇んだまま庭先の騒ぎを見守る。
「アンタたち、待ちなさいって言ってんでしょ!」
 ついに伝子が手裏剣を打ち始める。

 

 

 

 

「おう、やってるな」
 いつの間にか傍らに留三郎が立っていた。
「食満せんぱい、どーして伝子さんが出てきちゃったんですか?」
 金吾が見上げる。
「ああ。金吾が連中の目的をうまく聞き出しただろ? あのとき、俺たちと山田先生もしっかり聞いてたんだ。で、山田先生が、ご自分が囮になると言い出されてな」
「オトリ、ですか…?」
「ああ。で、連中が庵に踏みこんで布団を引っぺがしたら伝子さんがいたってわけさ」
「う~わ~…」
 それはホラーですね、と言いかけて慌てて言葉を呑み込む。耳ざとい伝子に聞きつけられないとも限らないから。だが、ふと気になって訊く。
「で、学園長先生はどうされたんですか?」
「金吾が、連中が今日忍び込むと教えてくれた時点で、こんなことになるだろうとは予想がついた。だから、学園長先生には金楽寺に行っていただいた。まあ、先生方がどう説得したかは知らんが」
「そーなんですかあ」
 よかった、と安堵する。
「それにしても、金吾もなかなかの忍たまぶりだったぞ」
 言いながら頭に手をのせる留三郎だった。
「え? なにがですか?」
 きょとんとした表情の金吾が見上げる。
「サンコタケをうまくだましていたじゃないか。それに、あの小松田さんをかわして学園内に入らせるとはな。たいしたもんだ」
「そんなことないです…」
 がしがしと頭を撫でられて、くすぐったそうに首をすくめる。「いくら小松田さんでも、二手にわかれればどっちかはうまく入れるんじゃないかなっておもっただけです」
「そういう知恵がまわるかどうかも含めて、忍たまってことだ」
「そうだとうれしいです」
 照れたような笑顔で留三郎を見上げる。
「もちろんそうさ」 
 力強く笑いかける留三郎だった。「山田先生もお喜びだろう」
「え、あ…そ、そうですね」
 言いながら、まだ続いている庭先の騒ぎに眼を向ける。
「…そうだとうれしいです」

 

<FIN>

 

 

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