Intermezzo
声が聞こえる。
遠くから、かすかに、呼びかける声が聞こえる。
-…あれは…?
その声が誰のものか、定かではなかったが、それはとてもなじんだ、懐かしさをおぼえる声だった。
-勢至丸…。
いつしか、その声ははっきりと呼びかけていた。幼かった頃の名を。視界は真っ白な霧に覆われていたが、聞こえてきた声は紛れもなくよくなじんだ人物のものだった。
-ああ、父上が呼んでおられる。
そう思い至ったとき、その声はふいに角を帯びた。
-孫の顔も見せずにこちらに来るとは、親不孝者め。
-いいではありませんか、父上。私には、可愛い子どもが11人もいたのです。
子ども?
よどみなく答える自分の声に、半助は違和感を覚える。
私に子どもがいたというのか…それも11人も?
だが、霧の中から聞こえてきた別の声に、蕩けるような安らぎを覚える。
-ほんに、その通りですよ。勢至丸は幸せ者です。
ああ、これは母上の声だ。
-それとて置いてきてしまうとは…いつからそこまで薄情になった。
そうだった。父の声は、いつもこのような苦み走った低く響く声だった。
-父上にそのようなことは言われたくありません。ほんの小さい私を残して逝ってしまわれるとは。
-分かっておる。済まぬと思っておる。
父の声が、いちだんと苦渋を帯びる。
-だから、お前はまだここに来てはならぬのだ。
ふいに声が遠くなる。
-なぜですか!? ようやくお会いできたのです。いま少しお声をお聞かせください! お姿も拝見させてください…!
必死に呼びかけるが、あれほど近くに感じていた声は、いまや急速に遠のいて行った。
-父上! 母上! お願いです! いま少し、お側にいさせてください…!
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