Le Lumière


忍として覚悟すべき現実が突き付けられた五年生たちのお話です。
突き付けられた現実は昏い暗い闇として少年たちにのしかかってきます。
でも、闇が昏ければ暗いほど、少年たちの放つ光は眩しく鮮烈に輝く、そんなお話です。


一部にぬるいながらもグロテスクな表現があるためR-15Gとさせていただきます。ご注意ください。


1 ≫ 



 ずとん、と地響きがした次の瞬間、一斉に火柱が吹き上がって砦が炎に包まれる。
「た、たいへんだぁ~」
「逃げろ~」
「水だ、水!」
 パニック状態に陥ったドクタケ忍者たちがてんでに叫びながら右往左往する。
 -くそ! 誰の仕業だ!
 現場を検分に来ていた八方斎も思わず動揺するほど激しい爆発だった。だがすぐに冷静さを取り戻して雑踏に眼を凝らす。
 -ここは物陰に隠れて逃走することができない立地だ。下手人は必ずこの騒ぎに紛れて脱出を図るはずだ。
 そして八方斎の眼は捉えた。混乱に乗じて素早く逃走する人影を。
 -あれは…忍術学園のお子さま忍者だ!
 驚きで見開かれた眼が、次第に復讐の炎を帯びる。
 -お子さま忍者の分際でなんと猪口才な! 相応のお仕置きをしてやるから覚悟しておれ…!
 そして考えるのだった。
 -忍術学園のことだ。我らが築造中の別の砦も破壊しかねぬ。早いうちに手を打たねば。



「やったぜ!」
「やったな!」
 まんまとドクタケが築いていた新たな砦の破壊に成功した五年生たちは、安全な場所まで逃げてくるとハイタッチや拳を合わせて互いをねぎらった。
「それにしてもドクタケの連中、あんなところに砦を作っていたとはな」
 兵助が肩をすくめる。
「まったくだ。あれはマイタケ城への街道だから、今度はマイタケ城に戦を仕掛けるつもりだったんだな」
 腕を組んだ勘右衛門が頷く。
「今回は先生への報告書に大成功って書いてもいいよね」
 笑顔の雷蔵の肩を八左ヱ門が力強く叩く。
「あったり前だろ! 当分ドクタケの連中、マイタケ城攻撃どころじゃなくなるぜ」
「いてて…ひどいなあ、八左ヱ門」
 痛そうに肩をさする雷蔵に笑い声が上がる。


 
「あのぉ。失礼しま~す」
 数日後、タソガレドキ忍軍の拠点を訪れる一人の男がいた。
「何者だ!」
 番をしていた忍が誰何する。
「あ、はい。私はドクタケ忍術教室教師の魔界之小路です」
「なに!? ドクタケ忍者だと!?」
 顔色を変えたタソガレドキ忍軍によって魔界之はたちまち捕えられてしまった。



「あの~、さっきから言ってますように私はドクタケ忍術教室の教師であって、それ以上でもそれ以下でもありません。この縄を解いてもらえませんかね」
 昆奈門の前に引き据えられた魔界之が訴える。
「まあいいだろう。解いてやれ」
 床几に掛けた昆奈門が鷹揚に頷くと、「ははっ」と控えていた尊奈門が縄を解いた。
「やれやれ…」
 ようやく腕が自由になった魔界之が腕をほぐしながら呟いていたところに昆奈門が問う。
「で、何の用でここに来た」
「ああ、それがですね。ドクタケ忍術教室校長の稗田八方斎さまからご指示がありまして」
「ほう?」
「原文ママでまいります」
 懐から紙片を取り出した魔界之が棒読みする。「『忍術学園は日頃より年端もいかない子どもに忍術を教え込んでは各地の城や忍者隊に送りこんでいる。まことに由々しき事態である。将来ある子どもにこのような有害な教育を施す忍術学園はもはや存在するに値せず、即刻殲滅すべき存在である。従って当方はかかる目的を達成するために行動を起こすところである。しかし、すでに忍術学園の有害な教育の影響を色濃く受けている生徒たちに対しては格別の配慮がなされるべきと考える。ついては、タソガレドキ忍者隊におかれては、かかる有害な影響を受けている少年たちに対し、必要な再教育を施されるべく格別の協力を要請するものである。』ということでございます」
 紙片を懐に押し込んだ魔界之が深々と頭を下げる。
「なるほどね」
 腕を組んだ昆奈門が頷く。「で、我々に何をしろと?」
「つきましては」
 魔界之が威儀を正して片膝をつく。「忍術学園の忍たまの五年生どもを捕えまして、必要な再教育を施していただきたくお願いに上がりました次第にございます」 
「なぜ五年生を?」
 昆奈門の眼が細くなる。
「まあぶっちゃけ」
 魔界之の口調が急にくだける。「ウチで作っていた砦を五年生たちに壊されちゃったもんで、八方斎さまが超怒ってまずは五年生の忍たまどもからお仕置きだって言ったもんですから」
「あい分かった」
 あっさりと返事する昆奈門に、背後に控えた部下たちがぎょっとした視線を送る。その間に「ははあっ」と平伏する魔界之だった。



「組頭! いくらなんでもドクタケ相手に安請け合いにも程がありませんか!?」
 魔界之が下がった後の部屋では、ざわめきが広がっていた。尊奈門が声を上げる。
「まあよいではないか」
 まったく堪えていないように昆奈門が床几から降りて横座りになる。
「ちっともよくありません! それにまたそんな座り方をされて…また膝を悪くされますよ!」
「そう喚くな、尊奈門」
 いなすように言いながら腕を伸ばすと、ぽんぽんと軽く頭を叩く。気勢をそがれた尊奈門がうっと黙り込む。
「しかしながら、相手はドクタケです。ここはもう少し慎重に対応した方がよいのでは…」
 陣内左衛門が気がかりそうに言う。
「いや、構わぬ」
 あっさりと言い切る上司に、陣内左衛門がもの問いたげに眉を上げる。
「忍たまとは可能性だ。だが、上級生になれば、それは可能性ではなく事実になる。プロの忍者になっていくという事実にね」
 まだ意味を捉えかねた部下たちが不審げに顔を見合わせる。
「だからこそ、私は見てみたい。可能性から事実に近づいている忍たまたちが、どれほどの覚悟でいるのかをね」
「忍たまのメンタルを試すなら他に機会もありましょう」
 陣内が低い声で指摘する。「なにもドクタケに協力する形をとらなくてもよろしいのでは」
「まあそうなんだけどね」
 昆奈門の目尻が下がる。「あのドクタケ忍術教室の教師とやらのぶっちゃけ話を聞いてたら、協力しちゃおっかな~ってね」
「…かしこまりました」
 やっぱり、と肩を落とした陣内が頭を垂れる。



「そういや、あの団子屋の姉ちゃん、かわいかったなあ」
 数日後の休日、連れだって街にでかけていた五年生たちは、学園に続く山道を歩いていた。いま、頭の後ろで手を組みながら勘右衛門が言う。
「…元気よくて愛嬌があって、俺、ああいうの好みだなあ…胸もそこそこあったし」
「結局チェックするのそこかよ」
 傍らを歩いていた八左ヱ門がからかう。
「八左ヱ門だってそうだろうがよ」
「まあな…こう、ボン、キュゥ、ボンってのがさ…くくく」
 手でシルエットを描きながら白い歯を見せる。
「分かってないよな、2人とも」
 突っ込むのは三郎である。
「じゃ、お前はどーゆーのが好みなんだよ?」
 勘右衛門が口をとがらせる。
「胸ってのは控えめなくらいのほうが、奥ゆかしくていいと思わないか? それより、ツンと澄ました美女を手を変え品を変えしてほぐして、いつの間にか自分好みに染め上げていく、そのプロセスを愉しむのこそ恋ってもんだろ」
「源氏にそんな話あったっけ?」
 雷蔵が顎に手を当てて首をかしげる。
「私は情緒を大切にする頭脳派なのさ」
 雷蔵の肩に腕を回しながら三郎は宣言する。「で、雷蔵はどんなタイプが好きなのさ?」
「僕? 僕はね、やさしい子がいいな」
 ふわりとした笑顔で雷蔵は言う。「僕が失敗しちゃったときにもやさしく許してくれそうな子だといいな」
「私だっていつもそうしてるじゃないか」
 雷蔵に顔を寄せた三郎がにやりとする。
「で、兵助はどうなんだよ」
 いつもの三郎が始まった、と肩をすくめた勘右衛門が訊く。
「え、俺?」
 弾かれたような表情になった兵助が考え込む。「俺は…」
 と、その表情に緊張が走って素早く辺りを見回す。同時に仲間たちも気配を感じて身構える。
 ≪囲まれたね。≫
 ≪気配を消してるやつがいるから数は分からないが…俺たちより多いことは確かだな。≫
 矢羽音を飛ばしながら背を預け合うように周囲の気配を探る。
 ≪こういう時は、同時に別々の方向へ逃げるしかないな。≫
 ≪だな。じゃ、行くぞ。≫
 ≪いっせ~の、≫
 ≪せ!≫



「ほう」
 覆面から覗く眼が細くなる。「捕まえられたのは2人だけか」
「申し訳ありません」
 取り逃がしたのは事実なので、陣内と背後に控える部下たちも頭を垂れるばかりである。
「まあいい」
 床几に掛けた昆奈門は、小さくため息をつく。
「てか、俺たちに何しやがるんだこのホータイ野郎!」
「昆奈門さんがこんなことをされるなんて、意外です」
 後ろ手に縛られて引き据えられた八左ヱ門と雷蔵が声を上げる。昆奈門の眼が雷蔵に向けられる。
「ふむ、君は不破雷蔵君だね。どうやら忍としての判断力は少しは身についたようだが。で、君は…」
 縛られたまま歯ぎしりして睨み上げている八左ヱ門に眼をやる。「竹谷八左ヱ門君。生物委員会委員長代理で頑張っているんだってね。後輩たちからの信頼も抜群」
 棒読みで語る声に八左ヱ門の表情がみるみる強張る。「なんで俺のことをそんなに知っている…?」
「私に入らない情報はない」
 あっさり言い捨てるとちらと背後に顔を向ける。「は」と鋭く返事をした陣内左衛門が駆け寄る。
「まあせっかく捕えたのだ。2人でもいいから先方のご要望に応えてやれ」
「ははっ」
 -先方のご要望?
 言葉の意味を捉えかねた2人が顔を見合わせる。
「来い」
 立ち上がった陣内左衛門が低い声で命じると、2人は引っ立てられた。



「ここは…」
 先ほどからすえた臭いと慳貪な気配が気になっていた雷蔵が呟く。
「この先の村でスッポンタケ城とエゴノキタケ城の戦があった」
 先に立って歩きながら陣内左衛門が説明する。後に続いて森の中の道を歩く2人の縄は解かれていたが、周囲を固めているタソガレドキ忍者たちの気配で、逃げ出すことはムリだということは分かっていた。
「そんなところに行ってどうする」
 ぶすっとした表情で八左ヱ門が訊く。
「そんなところ、と言っていられるかな」
 陣内左衛門の声は感情を抜き去ったように平板である。
「それはどういう…」
 雷蔵が訊きかけたところで陣内左衛門が足を止めた。「着いたぞ」 



「う…」
 森から抜けたところで立ち止まった3人の前に広がっていたのは惨憺たる光景だった。戦は村の中での白兵戦だったらしい。焼き払われた家々の間に人馬の死体がいくつも横たわっていた。戦が終わって数日経っていたが、いまだ焼け跡からはいくつも燠のようにくすぶる煙が立ち込めていた。死体の腐臭もそろそろ耐え難いレベルに達しつつあった。
「この戦は、われわれタソガレドキが操って起こしたものだ」
 道端に転がる死体を避けて歩きながら陣内左衛門が説明する。「その意味は分かるな?」
「スッポンタケ城とエゴノキタケ城の勢力を削ぐため、ですか?」
 おずおずと雷蔵が訊く。
「そうだ」
 振り返りも頷きもせず陣内左衛門は続ける。「よくあることだ。兵法にもあるだろう。自らは動かず、敵同士を相討ちさせることこそ上策であると」
「…」
 たしかに学んだことだった。その結果がどうなるかも漠然と考えないこともなかった。だが、いま現実が眼の前に突き付けられていた。
「双方が陣を構える前に、衝突が偶発的に起きた。双方が戦力を逐次投入せざるを得なかったのは、双方とも補給が十分でない状態で戦が始まったからだ。この戦で、スッポンタケ城もエゴノキタケ城も相当体力が落ちているはずだ」
「それも、タソガレドキが仕組んだってことかよ」
 八左ヱ門が押し殺した声で訊く。
「いや。われわれもそこまではコントロールできない。偶然の産物だ。だが、これで我々の選択肢も増えるだろう」
「どっちから先に攻め滅ぼすかってことかよ」
 八左ヱ門が歯ぎしりする。「ったく、タソガレドキのやることは汚ねえな!」
「それをやるのが忍の仕事だ」
 無機質な声のまま陣内左衛門は応える。「いずれはお前たちの仕事にもなるのだろうな」
「それは…」
 八左ヱ門が声を詰まらせる。と、その視線が道端に逸れる。なにかが動く気配を感じた。
「お、おい…」
 思わず足を向ける。焼け焦げた塀に寄りかかっていた子どもがいた。小さく口をあけて、力ない眼で八左ヱ門たちを見上げていた。死が覆い尽くしていたと思われた村の中で初めて眼にした生だった。
「やめておけ」
 陣内左衛門が鋭い視線で制する。「もうこの子どもも長くはない。へたに情けをかければ、苦しみを長引かせるだけだ」
「分かっていて放置してたのかよ!」
 きっとした眼で八左ヱ門が向き直る。「子どもが死にかけてるのに、水も握り飯のひとつもやらないのかよ! お前らそれでも人間かよ!」
「それは我々の仕事ではない」
 冷たい眼で陣内左衛門は続ける。「憶えておけ。お前たちが忍として戦に関わったときには、たとえ眼の前に死にかかった子どもがいようとかかずらっていることなど許されない。そのくらいのことは、忍の心得として教えられているはずだが」
「だけどよ…」
 子どもの眼の前には首のない死体があった。首実検のために持ち去られたのだろう。首のない腐臭を放つ死体を前にした子どももまた、その命が尽きかけていた。それも、一年生たちと同じような年頃の子どもが。



「あの…どこまで行くのですか」
 おずおずと雷蔵が訊く。黙って先頭を歩く陣内左衛門が足を止める気配はない。どこまでも続く焼け焦げた家々と道端に折り重なる死体に気分が悪くなっていた。傍らを歩く八左ヱ門も眼をそむけながら歩いているが、その顔色はひどく悪い。先ほど見た子どもの姿がよほどショックだったようである。
 -八左ヱ門は後輩に優しいから、あの子どもを後輩たちに重ねちゃったんだろうな…。
 もちろん雷蔵も、かわいい後輩たちがあのように戦場に打ち棄てられて死を待つばかりという状態になるなど耐えられるものではない。だが、後輩を甘やかしていると教師たちに言われるほど保護本能の強い八左ヱ門であれば、受けたショックは想像もつかない。
 -そういえばきり丸も、こんな状況で家族をなくしたのかな…。
 ふと同じ委員会の後輩の姿が思い浮かんだ。いつも陽気で騒々しい後輩だが、ひときわ苛烈な過去を負っていることは耳にしていた。
 -年端もいかないのにこんなところでたった一人で取り残されたら、どんなに心細いだろう…。
 そう考えながらも、それが周囲の光景を意識しないために必死で気をそらそうとしている努力に過ぎないことも分かっていて、雷蔵は自分が厭わしくなる。
 -これが戦の現実なんだ。もっとちゃんと受け止めないと…。
 陣内左衛門の足が止まった。



「ここまで歩いてきて気がついたことはなかったか」
 向き直った陣内左衛門が訊く。
「えっと…」
 ぐっと拳を握ったまま陣内左衛門を睨んでいる八左ヱ門に代わって、雷蔵が答えを探して言いよどむ。「その、村人たちの被害が大きい、とか…」
 それは先ほどから気になっていたことだった。仮に村が戦に巻き込まれたとしても、普通は戦の起こる前に村人たちは避難してしまうから、そこらじゅうに村人の犠牲者が斃れているということはないはずである。実習で戦場に潜った経験がある上級生なら誰でも感じるはずの疑問だった。
「言ったはずだ。両軍の衝突は偶発的に起こった。村人が逃げる余裕はなかったはずだ」
 陣内左衛門の口調は平板なままである。「よくあることだ。戦で死ぬのは将兵ばかりではないことくらい、とっくに習っているだろう」
「そんなことを教えるために俺たちをこんなところに連れてきたのかよ…」
 拳を振るさせながら八左ヱ門がうなり声を漏らす。
「私がわざわざ教えることでもないだろうが、覚えておけ」
 まったく動じず陣内左衛門は続ける。「いずれ君たちは忍として敵情を偵察したり、密書を届けたり、或いは捕えた敵の忍を拷問して情報を引き出したりといったことをするようになるだろう。その一つ一つがこうした戦につながっていく。君たちにその覚悟があるか?」
 言い終えると、眼の前にあった家の中に入っていく。何も言えないまま2人が続く。
 見たところ、その家も周囲と同じく屋根は焼け落ち、壁もほとんど崩れて燃え残った柱が何本か立っているばかりだった。
「戦に巻き込まれた女子どもの運命はみじめなものだ」
 陣内左衛門の足元には、焼けただれてうずくまるように背を丸めた女の死体があった。「運よく生き延びたとしても、足軽どもの慰み物になるか、奴婢として売り飛ばされるか、あるいはその両方を味わうことになる。それならば、いっそ戦で命を落としていればと思う者もあるだろうな」
 言いながら、手にした棒で女の死体を動かす。ずるり、と横倒しになった死体の下から焼け焦げた2人の幼児の死体が現れた。次の瞬間、八左ヱ門は激しく嘔吐し、雷蔵は気を失って倒れた。




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