Unsavory ties


<リクエストシリーズ 吉野先生&小松田秀作>


 吉野先生と小松田君というリクエストをいただいて書いてみたお話です。

 この2人、どう見ても吉野先生が一方的に痛い目に遭っているようにしか見えないのですが、それでも小松田君を手放さないのは忍術学園の強固な終身雇用制のなせる業か、それとも腐れ縁のようなものだからなのか…後者だったらいいな、という思いで書いたお話です。

 というわけで、リクエストいただいたふーすか様に納品いたします。



 -これは…?
 席を外している間に医務室の文机の上に無造作に置かれていた書状を手にした新野は、ざっと目を通すとふたたびきちんと包んで考え込む。 
 -どう考えても私あてのものではない。
 つまり、誰かが間違えて置いていったのだ。
 -そんなことをするのは…彼しかあるまい…。
 しばし考え込んだ末に認めたくない結論に強制的に行き着く。
 -私あてのものではない以上、事務室に返しに行かねばなるまい…。
 覆しようもない論理的帰結に自分を追い込んで、ようやく気が進まない思いを封じ込めるように膝を両手ではたくと、ゆっくりと立ち上がる。自分のもとにこのような書状がある以上、事務室で生じているであろう騒動を思うと気が重かった。
 -小松田君、こんどは一体なにをやらかしたことやら。
 何度目かのため息をつきながら歩く新野の手にある書状は、近々開かれる大運動会へのマツタケ城主あての招待状だった。外部向けの書状が自分のところに届いているということは、この招待状が出すべきでない先も含めてメチャクチャに出されている可能性が高かった。そして、或いは自分のところに届くべき書状が招待状と称してどこかの城に届いてしまっている可能性もあるということだった。考えるだけで眩暈がするような気がして、新野はしばし廊下に立ち止まって小さく息を整える。



「小松田君! これはどういうことじゃぁっ!」
「小松田君! いったいどのリストで招待状を出したのですかっ!」
「まさか、堺の福富屋さんあてに出すよう頼んだ手紙もどこかの城に送ってしまったなんてことはないでしょうね!?」
 思った通り、事務室の中は大勢の教師たちが詰めかけてパニック状態となっていた。床の上には一面に撒き散らされた書類が広がり、口角泡を飛ばす教師たちの中で当の小松田はわたわたと無駄に動き回っているばかりである。
「ん?」
 ふと足元に落ちていた書類を拾い上げた半助の顔色がみるみる青くなる。
「こ、小松田君! これ、大家さんから私あての手紙じゃないですか! どうしてここに落ちてるんです!?」
「え、えっとぉ…」
 意味なく文机の上の書類をひっかき集めようとしながら小松田が口ごもる。「さっき土井先生のお部屋に行ったときにお手紙を出すよう頼まれたのを思い出してこれかなって持ってきたような…」
「それは忍たまに頼んだって言ったでしょう! なのにどうして…」
「えい半助、それどころではない! 小松田君が如月さんあてのラブレターをどこかの城に招待状として送ってしまったというんじゃ! いったいどうしてくれる!」
 割り込んだ大川が怒鳴る。
「いやぁ、あの…」
「どーしてマイタケ城あての封筒にドクタケ城あての招待状がはいってるんですかっ! そもそもドクタケに招待状を出せとは言ってないでしょう!」
 手にした封筒を振り回しながら吉野が叫んだとき、「お待たせしました」と涼しげな声が響いた。
「小松田君が発送した手紙、運送業者さんを追いかけてぜんぶ取り戻してきましたよ」
 言いながら小脇に抱えた箱を持ち上げてみせるのは利吉である。
「でかした! 利吉君!」
 飛び上がる大川の傍らで「よかったぁ~」と吉野がへたり込む。
「大丈夫ですか」
 思わず新野が駆け寄る。
 


「それにしても、いったいどうしてこんな騒ぎに…?」
 布団に横たわった吉野の額の手拭いを絞りなおしながら新野が訊く。騒動の後、気分が悪くなったといって医務室にやって来たのだ。
「ああ、それは…」
 うわごとのように吉野が言う。「例によって学園長先生が運動会に予測しないゲストを呼んで騒ぎを起こそうと、私に内緒で小松田君に招待状の発送を命じられたのが発端で…」
「…やはり」
 まともに招待状を発送できないことを承知で小松田に命じたのは今回が初めてではない。
「しかし、ちょうど他の先生方も手紙を送ったり受け取られたりしたのが重なってこの騒ぎです。最初に学園長先生が如月さんあてに出そうと文机に置いておいたお手紙がなくなっていると騒ぎ始めたのがきっかけで…あとはご覧のとおりです…」
 苦しげに説明すると、吉野はふたたび大きくため息をつく。「…それにしても、どうして小松田君はこうなのでしょうか。何をやらせてもまともにできたためしがない…」
「…ですなあ」
 ここは小松田の名誉のためにも否定してやるべき場面なのだろうが、思わず深く頷いてしまう新野だった。



「あの…吉野先生のおかげんは…?」
 細めに開かれた障子の間から、小松田が上目遣いに顔をのぞかせる。
「ああ、小松田君、入ってきなさい」
 新野の声に「では…」と遠慮がちに入ってくる。
「小松田君、事務室の片づけは終わったかね」
 青白い顔を向けて吉野が訊く。
「はい…だいたい」
「そうですか」
 つまりまだ終わっていないということか、と合点した吉野は苦しげに息を吐くと、「ひとつ頼みがあるのだが」と懐から書状を取り出す。
「これを…ドクタケ城に潜っている利吉さんに届けてくれないかね」
「これを、利吉さんにですか?」
 書状を受け取った小松田が首をかしげる。
「そうです。さっき手紙を取りかえしてきてくれたときに渡せればよかったのだが、あの騒ぎで失念してしまったのです。だがなにぶん急を要しているので、君にしか頼める相手がいない。すぐに出発してくれないかね」
「は、はいっ! わかりましたっ!」
 いかにも真剣な視線を向ける吉野に慌てて立ち上がって敬礼する小松田だった。
「ではっ! 行ってまいりますっ!」



「大丈夫ですか? 小松田君に行かせたりして」
 一部始終を見守っていた新野が気がかりそうに声をかける。
「いいのです。これも少し学園内を静かにするためですから」
 言いながらよろよろと身を起こす。
「静かにさせる?」
 きょとんとした新野が眼をぱちくりさせる。
「そうです。まずは事務室を何とかしないと、先生方から預かったお手紙もぐちゃぐちゃのままでしょうからな…」
 何とか立ちあがって襖に手を掛けようとする吉野を、新野が慌てて制する。
「ムリはいけません。もう少し休んでいなければ」
「いや、いいのです、今のうちに…」
「今のうちに?」
「そうです」
 不審そうに首をかしげる新野に説明する。「これ以上、小松田君に学園内をぐちゃぐちゃにされては困りますからな」
「そのために、ドクタケに使いにやったと…?」
「そうです」
 思わず声を上げる新野に小さくため息をつきながら頷く。「これも混乱を最小限に抑えるための手段です…」
「それはそうですが…」
 絶句する新野を背によろよろと事務室に向かう吉野だった。
 -そういうことでしたか…。
 要は吉野は静かな環境を求めているということである。そのために小松田を使いに出す必要があったのだ。相手がドクタケなら多少の騒ぎになるかもしれないが、少しばかり学園から引き離しておくにはちょうど良い先であろう。仮に捕えられたとしても救出にそれほど手間がかかることもない。



 -利吉さん、どこにいるんだろう…?
 ドクタケ領内に足を踏み入れた小松田がきょろきょろしながら歩く。
 -吉野先生も、いくら具合が悪いからってちょっとご指示がアバウトだなあ…。
 一口にドクタケ領といってもそこそこ広いのだ。まして相手はプロの売れっ子忍者である。本気で隠れられては見つけられる自信はない。
 -ま、とりあえずドクタケ城の方に行けば、もしかしたら会えるかな…。
 元来深く考える性質ではない小松田だったから、気軽に考えて歩く。と、その足が止まった。
 -あれ、なんだろう…?
 村はずれにある屋敷に大勢の人や荷車が出入りしていた。屋敷の周りは高々と塀で囲まれていて中の様子は分からない。
 -もしかしたら、ああいうところに利吉さんがいるかも!
 ふと思い立って屋敷へと近づいてみる。
「はいはい、荷車はこちらの荷物搬入口から入ってくださ~い」
「出口はふさがないようにお願いしますよ~!」
 門前に雨鬼と霰鬼が声を張り上げて交通整理している。
 -なんかにぎやかだな。何してるんだろう。
 秀作が門前に近づいたとき、
「あ~、君、バイトの子? バイトはこっちから入ってね」
 霰鬼に腕を掴まれるや門内に押し込まれる。
「うわっ!」
 慌てて外に出ようとしたが、後ろから次々と入ってくる人々に阻まれ、建物の中まで押し流されてしまった。
「は~い、バイトの受け付けはこちらですよ~!」
 中は大勢の人がひしめいている。あちこちに机が置かれてドクタケ忍者たちが声を張り上げている。
「労働条件通知書と機密保持契約書はこちらで~す! 読み終わったら署名してくださ~い!」
「受付が終わった人はこっちに集まってくださ~い!」
 これだけ大掛かりに人を集めるということは、またドクタケが何かたくらんでいるのだろうし、耳に入る周囲の話から報酬がそこそこ高いこともうかがえた。
 -いったい何をやろうとしてるんだろう…。
 押されるままに書類にサインして別室へと通されながらきょろきょろと周りを見回す。と、またも誰かに腕を掴まれてとある部屋に引き込まれる。
「ああ、君はこっちをお願いね」
 室内にはすでに十数人の男女が座ってドクタケ忍者の説明を受けていた。示されるままに空いている机の前に座る。
「…皆さんにはちょっと細かい作業をお願いすることになります…」
 壁に貼った図を指し棒で示しながら説明するのは雲鬼である。
「この小さい器のこの線まで粉を入れて、その上にこの鉛玉を詰めて、この器についてる蓋をしっかりと閉じます…何か質問はありますか?」
「ありませ~ん」
 数人が気のない返事をする。歩合制なので早く作業にかかりたいのだ。
「では結構です。材料はここにありますから、それぞれ必要量を取って作業を始めてくださ~い」 
 -これ、見たことあるなあ…なんだっけ?
 粉と鉛玉と筒型の器を運びながら小松田は考える。
 -この粉は火薬だし…あっ、そうだ! 早合(はやごう)だ!」
 必要量の火薬と銃弾をカートリッジ状にした早合は戦の必需品である。それをたくさん作るということは戦の準備に他ならないのだが、そこまで思いが至らないのが小松田である。
 -どうしよ…僕、こういう細かい作業ってニガテなんだけどな…。



「…たしかに人も物資も集まっておるが…本当に大丈夫なのか?」
 屋敷の奥座敷では八方斎が気がかりそうにしきりに扇をつかっている。
「ご心配には及びません」
 八方斎の前に控えているのはキャプテン達魔鬼である。
「そうであろうか?」
「もちろんでございます! こそこそ隠れてやれば必ずや他の城の忍が探りに来て、いずれは我らの意図は知られてしまうことでしょう。しかし、ここまで大っぴらにやれば、まさか他の城も我らがここで戦の準備をしているとは思いますまい。木を隠すには森に、でございます、八方斎さま!」
「なんか喩えが違うようだが…」
 言いかけた八方斎をさらに大仰な身振りで達魔鬼が遮る。
「作業工程は細分化しておりますので、バイトでも簡単にできる上に自分が何を作っているかは思いもつかないでしょう。さらに作業の大規模化により一気呵成に十分な量を作ることができるのです! これを一石二鳥と言わずしてなんと言いましょう!」 
「…」
 すっかり陶酔したように腕を広げて言い切る達魔鬼に胡散臭げに眼をやる八方斎だったが、作戦を承認したのは自分である。「どれ、では様子を見てくるとしようか」と立ち上がりかけたとき、ばたばたと廊下を駆けてくる音がした。
「た、たいへんです! 達魔鬼さま!」
 転がるように座敷に駆け込んできたのは雲鬼である。
「どうした雲鬼、騒々しい」
 腰を下ろし直した八方斎がぎろりと睨むが、雲鬼は手を振り回しながらますます声を上ずらせる。
「バイトさんの一人がもうどーしよーもなく不器用で、もう作業場がメチャクチャなんですよぅ!」
「雲鬼のところは最終工程ではないか。そんな細かい作業をやらせなければよいであろう」
 達魔鬼が言ったとき、またもばたばたと足音がして雪鬼や風鬼が駆けこんでくる。
「達魔鬼さま! 雲鬼のところから回されてきたあのバイト、何とかしてくださいよ!」
「もう何をやらせてもダメダメで…!」
「叩き出そうとしたんですが、『ここのバイト楽しいからもっとやらせてください~』って居座っちゃって…」
「いったいどういうことだぁっ!」
 口々に訴える雲鬼たちに拳を震わせていた八方斎がついに怒鳴る。
「だって早合に入れようとした火薬をくしゃみで撒き散らしちゃって、掃除するって汲んできた桶の水ぶちまけて他のバイトさんが作ってた早合も水浸しにしちゃって…!」
「納品された鉛玉を運ばせればこけてぶちまけちゃうし…!」
「炭を薬研で砕かせればくしゃみで部屋中真っ黒にしちゃうし…!」
「ええい! そんなヤツをどうして放っておく! ムリにでも追い出さぬか!」
 額に青筋を浮かべた八方斎が再び怒鳴る。「ははっ!」と達魔鬼たちが駆け出そうとしたとき、「うわぁぁっ!」とひときわ動転した叫び声が上がった。
「今度はなにごとじゃぁっ!」
 八方斎が声の方に顔を向けたとき、がらりと襖があいて炭の粉と硫黄の粉で黒と黄色のまだらになった雨鬼がよろめき現れた。その後ろから黒い煙のようなものが漂ってくる。
「お、お逃げください…バイトさんが炭と硫黄の粉をぶちまけちゃって…」
 言いかけてぐったりと座り込んだ雨鬼の後ろからもうもうと炭の粉が禍々しい雲のように流れ込んでくる。
「ま、まずい、退避だ! 退避しろッ!」
 八方斎が声を上ずらせたとき、
「あれぇ? ここも真っ暗だ…」
 のんびりした声がして黒と黄色の粉にまみれた人物が座敷に現れた。
「誰だ、貴様は!」
「げ、あのバイトさんだ!」
「こっち来るな! 逃げろ!」
 その姿を認めた雪鬼たちが慌てて逃げ出す。
「こんなに真っ暗じゃなんにも見えないや。灯をつけないと…」
 その人物が懐から火打石と灯心を取り出す。
「や、やめんか! こんな粉塵の中で火などつけたら…!」
 動転した八方斎が後ずさった瞬間、カチリと音がして火花が散った。



「すいません…利吉さんに会うことができませんでした。それにお手紙が…」
 懐から取り出した炭化した紙は、取り出されるやぼろぼろと舞い散る。
「…それはそうと、いったいドクタケで何があったのです?」
 事務室で吉野と向かい合って座る小松田は全身真っ黒である。髪は焦げて縮れ、全身から炭と硫黄の臭いが漂う。
「いやあ、それが…」
 照れたように頭を掻く。「ドクタケ城に行く途中で、ドクタケ忍者たちがたくさんのバイトを集めていたので何やってるのかなって行ってみたら、いろいろゴチャゴチャあって、さいごにドッカーンって爆発しちゃって…」
「ああ、また滑ったり転んだりくしゃみしたりしていろいろなものをぶちまけたりしたのではないのですか?」
 こめかみを抑えながら吉野が言う。ドクタケが何をやっていたか知らないが、小松田が何をやらかしたかは明確にイメージできた。果たして小松田が眼を丸くする。
「すご~い! 吉野先生、なんで分かるんですかぁ?」
「それは普段の君を見ているからです…とにかく」
 こめかみを抑えたまま吉野が声を絞り出す。「早く風呂に行ってきなさい。それから着替えて、君が廊下にべたべたつけた真っ黒い足跡をキレイにすること。いいですね」
「はぁ~い!」
 明るい返事とともに軽やかに遠ざかる足音に、深いため息をついて吉野は眼の前に残された炭化した手紙の残骸と真っ黒な足跡に眼をやる。
 -まったく何をやらせても小松田君は…!
 続きを小言のように口にしてしまいそうになった吉野は、小さく頭を振ると手箒で黒い滓をかき集め始める…と、ふとその動きが止まる。
 -…。
 慣れた動きで手箒をつかっていた手に黙って眼をやる。もはや当たり前のように小松田の汚した後始末をしていた。
 -つまりこういうことだ。
 ふたたび手を動かしながら考える。
 -私は小松田君に慣れてしまっている。
 だから、小松田が乱したものを片づけることが習い性になっているのだ。本来ならばこのような仕事こそ小松田の立場の者がやるべきことなのに、自分が手ずからやってしまっている。通常の上司部下関係ではありえないことに慣れてしまっているのだ。
 -それでも私は、小松田君がいない日常がもはや想像できなくなっている。
 馘首しようと思えば自分の権限で簡単にできることなのに、結局自分は小松田を置いておくことを選んでいる。事が起きるたびにあれやこれや小言を言いながら。
 -そして、彼のいない間に教師たちの手紙の整理と運動会の招待状を発送を終えて事務室の片づけができたこと、そして彼が無事に帰ってきたことを喜んでいる…。
 そういえば、と吉野は考える。
 -なにやら爆発したとか言っていたが、それはドクタケが爆発物を扱っていたということ…戦の準備でもしていたということか…。
 惨憺たるありさまの小松田の様子を思い出しながら考えを巡らせる。
 -ともあれ、何であれドクタケの企みを潰したのだとすれば、それはほめるべきなのであろう…。
 


<FIN>


 

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