押してだめなら…

17期では衝撃の下帯姿を披露した左近ですが、実は女装してもいい線行っているのではないかと妄想が結実しつつあったりします。

普段はツンツンしているけど、それは困っている人を看過できない親切&お人よしキャラを隠すためというのが、茶屋的な左近設定です。

雷蔵は、けっこう策士なんだろうな。三郎と組んだらもう無敵なんだろうと思われます。

 


「だからっ! なんで僕なんですかっ!」
 脂汗を垂らしながら抗議する川西左近に相対しているのは、不破雷蔵と鉢屋三郎の五年ろ組コンビである。傍らには、左近以外の二年生たちが、興味深そうにことの成行きを見守っている。

 

 
 三郎たちは、二年生の左近を変装させ、ドクタケ領に潜り込んだ兵助たちにメッセージを届けさせるという課題を与えられていた。もっとも、ただ変装させてドクタケ領内に送り込むだけでは面白くないという三郎の思い付きから、左近に示された条件には変装が女装に変えられていたのだが。
「君しかいないんだってば。頼むよ」
 左近の肩に肱を乗せて、三郎がにやりとする。突き出した掌を激しく振りながら、左近が声を上げる。
「いやですっ! ぜったいいやですっ! なんで僕がひとりで、それもドクタケの領地に、よりにもよって女装して潜入しなきゃいけないんですかっ!」
「君しかいないって言ったろ?」
 肩に肱を乗せたまま、三郎が顔を寄せる。激しく首を振りながら、左近は両手で三郎の肩を押し戻す。
「だからっ! なんで二年生の僕なんですかっ! 女の子に変装するなら、一年生の方が向いてるじゃないですかっ!」
「ああ、それはムリ」
 人差し指を立てた雷蔵が、いつもとまったく変わらない声色で言う。
「どうしてですか?」
 三郎と押し合いをしている左近の代わりに訊いたのは、三郎次である。
「一年生は都合が悪いんだ。は組は八方斎たちに顔を知られすぎているし、ろ組は暗さがかえって怪しまれるし、い組は安藤先生の方針で、危険な任務には就かないことになっているから」
「だったら、三郎先輩が自分で変装すればいいじゃないですか! 三郎先輩の変装なら、ドクタケのだれだってばれないでしょう!」
「そう言ってくれるのは嬉しいのだが…」
 いくら力いっぱい押し戻そうとしても、五年生の体力にはかなわない。三郎はぬっと左近に顔を近づけて言う。
「それはできない事情があるんだ」
「事情って、なんですか?」
 顔をそむけながらも、なお三郎の肩を押し戻そうとする左近に代わって、またも三郎次が訊く。
「実は前回、ドクタケに潜入したときに、三郎はうっかり手拭を落としてきてしまったんだ。当然ドクタケは犬を使って警戒するだろう。三郎がいくらうまく変装しても、犬の嗅覚はごまかせないからね」
 なるほど、と居並ぶ左近以外の二年生たちが頷く。
「お前たちっ! そんなことでナットクすんなっ! 友達の危機を見捨てる気かっ!」
 なおも三郎の肩を押し戻そうとしながら、左近が叫び声をあげる。と、押していた三郎の肩の感触がふっと消えた。バランスを崩して前につんのめりそうになった左近の掌を、がっしと包み込んだのは三郎の掌である。
「これは、危なくないようにするための作戦なんだよ」
「そんな、人の目をまっすぐ見つめながら言わないでくださいよっ! かえってコワイじゃないですかっ!」
 三郎の手を振り解こうとするが、あっさりと放してやるような三郎ではない。
「まあ、そういうことだ。女装したほうが敵の目を欺きやすいし、そのためには、敵に怪しまれず面の割れていない低学年が必要だ。一年生がだめなら、二年生しかいないだろ?」

「とすると、二年生の中で一番の適役は誰か、ということになる」

 雷蔵が続ける。皆の視線が左近にあつまる。

「な、なんだよぉ…」

 心細げに、左近は周囲を見渡す。

「当然、衆目の一致するところ、左近しかいないと思っている」

 三郎がにやりとする。
「そんなぁ」

 


「まあ、女装に関して言えば、二年生は左近しかいないよな」
 頭の後ろで腕を組んだ久作が、淡々と言う。
「だろ?」
 久作のほうを振り向いた三郎が、片目を瞑る。
「だからっ! なんで僕しかいないなんてことになるんだよっ」
「だってさ…」
 さも当然のように久作は続ける。
「…二年生の中で髷がいちばん長いのは左近だろ? 髪が長いほうが女の子っぽく見えるし、左近は色白だってのもポイントだと思うし」
「そんな冷静に分析するなっ! 色白だったら四郎兵衛だって同じだろ!」
「え…僕?」
 自分に向けて人差し指を突き出しながら喚き散らす左近に、四郎兵衛はおっとりと首を傾げる。
「僕が女装なんかしたら、小松田さんにだってばれちゃうよ。やっぱり左近じゃないと」
「おまえたちぃぃっ! そんなに僕を女装させたいなら、今日かぎりで絶交だからなっ!」
 顔は紅潮しているが、目はすでに涙目になっている。
「まあ、絶交はおいといてさ、とりあえずするだけしてみれば?」
 左近の激しい拒絶反応に、それまでうろたえたように声をかけあぐねていた三郎次が、ようやく口を開く。
 -もう一押しだな。
 三郎と雷蔵が視線を交わす。いつの間にか、左近を説得するのは二年生たちになっている。そうなるように、2人でたくみに誘導したのである。
「なんでおいとかれるんだよっ! とにかく僕は女装はしないっ! ひとりでドクタケにも行かないっ!」
 乱太郎とドクササコに捕まった記憶が過ぎる。あのときは頼りない後輩とはいえ、乱太郎と一緒だったから、まだ気をしっかりもつことができた。だが、今回は単独潜入である。もし捕まれば、ひとりきりである。そんな状況に、どうやって耐えられるというのだ…。 

 


「わかったよ左近…もうよそう、三郎」
 雷蔵が肩を落とす。
「え…?」
 弾かれたような表情で、左近たちが雷蔵を見つめる。
「これ以上、いやがる左近に危険な任務を押し付けるのはかわいそうだよ」
「何言ってるんだ雷蔵! それじゃ、兵助たちはどうすんだよ」
 三郎の声が尖る。
「もう僕たちの手には負えない。先生に相談するんだ。当然、評価は落ちるけど、これ以上、兵助たちを危険にさらすわけにはいかないからね…でも左近、三郎次たちも、ひとつだけ聞いてほしいことがあるんだ」
 雷蔵はすとんと座り込む。
「実は、今回の任務は、ぜったいに忍術学園が絡んでいると知られてはいけない任務なんだ」
 くぐもった声の雷蔵に、二年生たちが思わず身を乗り出す。
「…兵助たちの任務は、ドクタケ領内に潜伏しているある城からの使者に、学園長先生からの密書を届けるというものなんだ。その城がどこかは、僕たちも知らされていない。ただ、表向きその城はドクタケと同盟関係にあるから、忍術学園と通じていることがばれればたちまち戦になる。それを避けるためにも、ぜったいの隠密行動が求められる任務なんだ。それに…」
 さらに声を落とす雷蔵に、二年生たちが吸い寄せられるように額を寄せる。
「…いつもなら、僕たちも忍術学園として正面切って闘えるけど、今回は事情が事情だからそうはいかない。だからこそ、ドクタケに怪しまれず、顔も知られていない忍たまが必要だったし、僕たちは左近を見込んだ。それだけは分かってほしいんだ…」
 それじゃ、と雷蔵は立ち上がる。
「三郎、木下先生に相談に行こう。急がないと兵助たちがあぶない…左近、へんなこと頼んで悪かったな」
 寂しげに、雷蔵は微笑みかける。
「…ごめんな」
 ほら、行くぞ、となおも何か言いかける三郎の肩を軽く押しながら、雷蔵は歩み去ろうとする。その足が上がり框にかかったとき、左近が声を上げた。
「…先輩」
 戸惑ったように見つめる三郎次たちの前で、左近はうつむいていた顔をゆっくりと上げる。
「どうした、左近」
 穏やかな眼で、雷蔵が振り返る。
「僕が…僕でよければ…」
 左近の眼には、決意の光が宿っていた。
「その任務、引き受けます」
「おい、いいのかよ」
「いまの話聞いて分からなかったのかよ、マジで危険なんだぞ」
 三郎次と久作が口々に言う。
「…危険な、任務なんだよ。一時の情で返事をしないほうがいい」
 雷蔵が、静かに諭す。
「分かっています。でも、先輩たちがそこまで考えてくださったことなら、僕にも覚悟があります」
「左近…」
 意外そうに見開いた眼を徐々に潤ませながら、雷蔵は左近に近づく。その肩に手を置くと、雷蔵はそのまま膝を床についた。
「…ありがとう」
 涙を誤魔化すように下を向いて、もう一度言う。
「ほんとうに、ありがとう」
「よし! さっすが私の左近だ! 最後はこう言ってくれると信じてたよ」
 軽口を叩く三郎を見上げて、左近も微笑みながら切り返す。
「誰が、三郎先輩のものだなんて言ったんですか?」
「言ったなこのォ。よーし、腕によりをかけて変装させてやるからな」
 左近の頭を軽く小突いた三郎は、変装道具を取りに部屋を飛び出した。

 


「どうでしたか」
 自室で兵助たちの報告書に目を通していた鉄丸が、不意に声を上げた。
「う…うまくいきました」
 天井から震え声が返ってくる。
「相変わらず見事な遁術ですな。少しは気配を出していただかないと、私には松千代先生がどこに隠れているかも分からない」
「そ…それは木下先生のか、買いかぶりです…」
 梁の上に身を潜めた松千代がつぶやく。
「それはさておき、演習は大成功でしたな」
「…あの左近が、じょ、女装をするとは思いませんでした…」
「ああ、三郎のやつ、勝手に課題を難しくしおって。彼はいつもそうなんです。自分の実力を見せ付けるために、与えられた課題のハードルを勝手に高くして、それをクリアしては、どうだという態度を見せる。まったく可愛くない生徒だ」
 そうは言いながらも、それが嬉しくてならないように鉄丸の表情が緩む。
「…それにしても、上級生ともなると、高度なことをやるのですね…」
「上級生ともなると、グループワークにも習熟させないといかん。このように、嫌がるものをどのように説得して行動させるか、五車の術の応用を求められる場面の演習も必要というものです。二年生にご協力いただいて、今回はたいへん助かりました…」
 一年生では、上級生のいうことを素直に聞きすぎるところがありますからな、と鉄丸は付け足した。天井から、かすかに笑いをこらえる気配がした。
「…二年生も、敵地に単独潜行する訓練をするいい機会になりました…三郎次たちにも同様の訓練をしたいので、またご協力をお願いしますよ…」
「もちろんです」
 答えてから、ふと鉄丸は天井を仰ぎ見た。どうも気配が感じられない。どうやら松千代は、返事を待たずに姿を消してしまったらしい。ふっとため息をついてひとりごちる。
「あれさえなければ、次の演習計画の打ち合わせも、もっと早く済むのだが…」

 


「よっ、千両役者!」
「聞いたぞ。あの左近を哀車の術で落としたんだってな」
 雷蔵と三郎の部屋に、ドクタケ領内から戻ってきた兵助と勘右衛門がやってきた。
「ああ、お前たちにも見せてやりたかったぞ。雷蔵のやつ、本気で作戦中止を言い出したのかとヒヤヒヤするほどの迫真の演技だったからな」
 いつもは冷静な三郎も、その場面を思い出したせいか、声が高ぶっている。
「そうでもないよ。先生に教わったとおりにやっただけさ。五車の術をかけるときは、相手の弱点を見ぬくべし」
「で、左近の弱点を、雷蔵はどう見たんだ?」
 兵助が訊く。
「押されれば押されるほど強く反発するが、引くとあっさり倒れるタイプの人間がいる。左近はまさにそのタイプだったな。だから、三郎には押しまくってもらって、僕がちょっと引いたのさ」
「それにしても、左近の女装もすごかったよな」
 勘右衛門が感に堪えないようにつぶやく。
「そりゃ、この私が腕によりをかけて変装させたんだからね、当然さ」
 三郎が胸を張る。
「三郎のテクもあるんだろうけどさ、あれは素材もよかったんだろうな…最初見たときは、どこの女の子かと思ったくらいだし」
「ああ…もしアイツが『左近です』って名乗らなかったら、俺もぜったい分かんなかったわ。あんなの妹にいたら、俺、ぜったい嫁に行かせないだろうな…」
 兵助と勘右衛門の台詞に、雷蔵たちが吹き出す。
「おい勘右衛門、それ飛躍しすぎだろ」
「なんで妹なんだよ…しかも、嫁に行かせないなんて」
「そぉかぁ? あんなの妹にいたら、なんか俺、毎日いろんな妄想してそうだと思うんだけどな…」 
 ぜったいそうだ、と腕を組んで頷く勘右衛門に、堪えきれずに雷蔵たちが笑い転げる。
「なにがそんなにおかしいんだよ」
「いやだって…おかしすぎるよ」
「一生妄想してろ」
「だから、なにがおかしいんだってば」

 


「それにしても、あの『任務、引き受けます』って言ったときの左近、すごかったよな…」
「うんうん、なんか、後光がさしてるっていうか…」
 三郎次が嘆息すれば、四郎兵衛も頷きながら続ける。
「よせよ…」
 照れたように顔を赤くする女装のままの左近が、羞じらう少女のように見えて、三郎次たちは思わず息を呑む。
 -左近の女装、すっごくいい線いってないか?
 -ああ。あれは一年は組のきり丸とじゅうぶん渡り合える。
 三郎次たちがそっと視線を交わす。
「ていうかさ、僕の制服どこにあるんだよ。早くこの女装解きたいんだけど」
 ふと気付いたように、左近は部屋を見回す。
「いや、もう少しさ、それでいいんじゃない?」
 あいまいな笑顔で三郎次が言う。
「あん? 三郎次、それどーゆー意味だよ」
 たちまち左近の声が尖る。
「まあまあまあ、せっかく可愛い女の子なんだからさ、そうツンケンするなって」
 取り繕うように、久作もなだめる。
「んなことはいい! 僕の制服、どこにあるんだ!」
「そう怒らないでよ、左近…」
「四郎兵衛までなに言ってるんだよ!」
「つまり、みんなの意見が一致しているわけで…」
 久作がにやりとする。
「お前たち…なにが言いたい…?」
 顔を紅潮させながら、左近が歯軋りする。
「いやつまり…」
「もう少し、貴重な左近の女の子バージョンを鑑賞しようかと」
「ふざけるなぁっ!!」

  左近の絶叫が響き渡る。

 

 

<FIN>