きり丸の奨学金

 学園長の思いつきで設けられた奨学金の争奪戦です。きり丸が奨学金を受け取れるようにするためには組のよい子たちが取った手段とは…?

 

 忍たま小説を書くからには、一度はは組メンバーがじょろじょろと登場するドタバタを書いてみたいと思っていたのですが、意外に難しいものでした。多数の登場人物を捌くだけの筆力がないからなんでしょうが…。

 

 

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「先生方、今朝、わしは素晴らしいことを思いついた」
 大川が上機嫌で切り出すと、一年生を担当する6人の教師からは一斉にため息が漏れた。
「なんじゃなんじゃ、まだわしの素晴らしいアイデアを披露しないうちからその態度は」
「…学園長先生」
 他の5人の目線に押されて、伝蔵がいやそうに口を開いた。
「なんじゃ」
「一年生は、いま、全体的にカリキュラムが詰まっていて、日程的に厳しいものがあります。残念ながら、学園長先生の思いつきにお付き合いできる時間を作るのは難しいかと…」
「特には組は」
 い組担任の安藤がにやりとする。
「!」
 思わず食って掛かろうとする半助の膝を、伝蔵は黙って押しとどめる。やりあうのは職員室に戻ってからでいい。
「山田先生、何を言うか。今回のわしの思いつきは特別にスペシャルなのじゃ。奨学金を作ることに決めたぞ!」
「奨学金?」
 教師たちは顔を見合わせた。
「そうじゃ。成績優秀ながら学費の支払いに困っている生徒に対し、学費を免除するのじゃ。そこで、まず一年生から1人、選ぶことにした。うまくいけば、他の学年にも広げるつもりじゃ」
「成績優秀といえば、い組の生徒でほぼ決定ですな。さて、誰が一番適当ですかね」
 安藤があごに手を当てて考え始める。
「当然、奨学金を出すからには、それなりのテストを行うからの」
 大川の眼が怪しく光る。奨学金を出すことよりも、テストを楽しむつもりなこ

とは明らかである。
「どのようなテストですか」
「裏裏山まで往復してもらう。途中には罠をたっぷり仕掛けておく。裏裏山のチェックポイントでは課題をこなしてもらう。それらをクリアして一番早く戻ってきたものが奨学生とする…どうじゃ。よくできておるだろう」
「それで、対象者は、一年生全員なんですか」
「そうじゃな…それでも面白いが、課題を考えるのが面倒じゃから、希望者だけとしよう。その代わり、各クラスからは最低2名は出すように」
 教師たちは、がっくりと肩を落として、それぞれの教室へ向かっていった。

 


「…というわけで、一年生のなかから1名に、奨学金を出すことになった。奨学生選抜テストに参加を希望するものは?」
 教室に立った半助は、大川の指示を簡潔に伝えた。
「奨学金て、なんだ?」
 きり丸が、傍らの乱太郎にそっと訊く。
「学費がタダになるってこと」
「タダぁ!?」
「きりちゃんてば」
 乱太郎が袖を引いたがもう遅い。きり丸の眼がたちまち小銭に変わり、声が大きくなる。
「きり丸、奨学生選抜テストを受けるのか?」
「受けます、受けます、受けますぅ!」
「そうか。他に希望者は?」
 あとの10人はしれっとしている。学園長の思いつきのテストにつき合わされるとろくなことがないことは、身をもって経験している。
「各クラスから最低2名は参加者を出すことになっている。庄左ヱ門、残りの参加者を決めて、あとで私に伝えるように」
「はい」

 


「じゃ、俺、今日バイトあっから」
 授業が終わると、きり丸はたちまち教室から走り去った。
「おーい、みんな集まってくれ」
 庄左ヱ門が声を上げる。
「例の選抜テストの参加者を決めるよ」
「は組は、きり丸が受けるから、あと1人だね」
「で、どうやって決める?」
 乱太郎と兵太夫が話しているところに、団蔵が駆け込んできた。
「おーい、たいへんだ」
「どうだった?」
 庄左ヱ門が訊ねる。
「い組は、安藤先生の方針で、全員参加することになったぞ」
「全員!?」
「こっちも分かったぞ」
 伊助が教室に戻ってきた。
「どうだった、ろ組は」
「ろ組はくじ引きで、伏木蔵と怪士丸に決まったってさ」
「庄左ヱ門、どういうこと?」
 乱太郎が訊ねる。
「い組とろ組の様子を団蔵と伊助に調べてもらったのさ。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」
「敵、お尻?」
「しんべヱ、違うよ」

 乱太郎が突っ込む。
「それで、は組はどうするのさ?」
 兵太夫が、何事もなかったように訊く。
「そうだな…」
 庄左ヱ門は腕を組んで考え込む。
「すごい…は組の頭脳の庄左ヱ門が、考え込んじゃった」
 喜三太がつぶやく。
「ねえ、庄左ヱ門」
 乱太郎が声をかける。
「なに? 乱太郎」
「あのさ、私はきり丸にぜったい奨学金をもらってほしいんだ。きり丸はバイトで学費を稼いでるわけでしょ? だから…」
「わかったよ、乱太郎」
 庄左ヱ門がぽんと手を打った。どういうこと? と問う視線が集まる。
「は組も、みんなで参加するんだ。それで、きり丸が優勝できるように、みんなで…」
「いろいろやるってことだね!」
 眼を輝かせて団蔵が続けた。
「そういうこと。みんなどう思う?」
「さんせーい!」
「やるぞ!」
「おう!」

 


「全員が参加するだって?」
 半助はあきれたように声を上げた。学級日誌を届けに行った庄左ヱ門が報告したのだ。
「奨学金の意味が、分かっているのか? これは遊びじゃないんだぞ」
「分かっています」
「だったら、なぜしんべヱまでが?」
 しんべヱの家は、大貿易商である。学費に困るとは程遠い家庭環境だ。
「奨学生選抜テストは、学費に困っているだけではなくて、忍たまとしての実力を試す場でもあると、おっしゃっていましたよね」
「まあ、そうだが」
「は組の生徒は全員、この機会に、忍たまとしての実力を試したいんです」
 -その心意気を、定期試験でなぜ見せない。
 思わずそう言いそうになる。半助はため息をついた。
「仕方がない。全員参加ということで、学園長先生に報告する。2人抜けようが全員抜けようが、授業が成立しないことには変わりないからな」

 

 

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