所以在君、在我

多くの5年生ファンに深い印象を残したであろうあの名台詞を使ってみたくて、でっち上げてしまいました(ヲイ

雷蔵と三郎は、似たところと対照的なところがあって、だから仲がいいんだろうなと勝手に思ってます。 

 

「雷蔵先輩、あそこの泉で一休みしませんか」
「ああ、そうだね」
 乱太郎と雷蔵は、山道の途中に湧き出た泉で足を止めた。
「そういえば、雷蔵先輩に護衛してもらうっていうのは、初めてですね」
 竹筒に水を汲みながら、乱太郎が言った。
「そうかな」
「そうですよ。サバイバルオリエンテーリングで一緒に組んだことがあるくらいだと思います」
「そうだったね。あの時はくノ一にひどい目にあったよなあ」
 あはは…と雷蔵は朗らかな笑い声を上げる。

 


 学園長の使いで金楽寺に出かけた乱太郎に、雷蔵が護衛についたのは、途中で山賊が出没しているという情報が入ったからだった。いつもなら六年生が護衛するところだが、全員が演習で学園を離れていたのだ。
「乱太郎が、ひとりでお使いというのも珍しいね。いつも、きり丸としんべヱが一緒なのに」
「ええ、事情がありまして…」
 乱太郎が照れ笑いを浮かべる。
「事情?」
「実は、きり丸はバイトのスケジュール管理を間違えて、今日は子守とペットの散歩と洗濯が重なったのでどうしても出られなくなったんです。しんべヱはおシゲちゃんとデートの約束があるって」
「だから、一人でお使いってわけだ」
「そうなんです」
「さて。そろそろ行こうか」

 


「雷蔵先輩。ひとつきいていいですか?」
 再び山道を歩きながら、乱太郎は日ごろから感じていた疑問を聞いてみることにした。
「なんだい?」
「雷蔵先輩は、いつも三郎先輩に変装されてますけど、なんとも思わないんですか?」
 -ああ、そのことか。
 雷蔵にはありふれた質問だった。三郎が雷蔵に変装しているのはずっと前からのことだったし、あまりに変装が板についているから雷蔵自身が三郎に間違えられることにももはや慣れていた。
「そうだね…僕は、別になんとも思わないよ」
「三郎先輩と間違えられてもですか?」
「ああ。逆に、あっさり三郎と違うことを見抜かれた方が、拍子抜けするかな」
「三郎先輩とは、仲がいいんですね」
「もう五年も付き合っているからね」
「雷蔵先輩も三郎先輩も成績優秀ですけど、張り合ったりすることはないんですか? 六年の潮江先輩と食満先輩みたいに」
「おいおい、それは先輩に失礼だぞ」
「あは…そうでした」
 乱太郎が頭を掻く。
「でも、お二人は、あんまりライバルっぽく見えないんです」
「そうかな…まあ、ライバルという感じは、しないな」
「だから、仲がいいんだな、って」
「そんなものかな」
 雷蔵は少し考える。たしかに三郎とは仲のいい友人ではあれ、ライバルとして張り合うようなことはなかった。それは、三郎が成績優秀であり、かつ自分と違って迷い癖がないところから、自分より数段忍としての実力があると、とっくに認めてしまっているからだった。

 

 

「!」
 不意に気配を感じて、雷蔵は乱太郎を背後にかばった。懐の苦無に手をやる。
「どうしたんですか? 先輩」
「乱太郎、学園長先生のお手紙は、ちゃんと懐にあるね」
「え…はい」
「山賊に囲まれた…乱太郎は、僕から離れてはだめだよ!」
「は、はい」
 乱太郎が答える前に、数人の人影が現れた。
「そこの若いの、ちょっと待ちな」
「え…さ、山賊!?」
 乱太郎が上ずった声をあげて後ずさる。その乱太郎を片腕でかばいながら、素早く敵の人数を数える。
 -姿を現しているのが4人、あと、背後の木陰に2人、合計6人か…僕一人で片付けるには厳しいが…。
「なにやら訳ありのようだな。大人しく持っているものを置いていってもらおうか」
「断る」
「ほう、威勢のいいことだ…だが、それもいつまで言っていられるかな」
 -く…敵が多すぎる。
 懐から苦無を取り出そうとしたとき、聞きなれた矢羽音が聞こえてきた。
《雷蔵、ここは私が食い止めるから、乱太郎を連れて峠下に逃げろ》
《三郎…どうしてここに?》
《いつものことだろう。不破雷蔵あるところ鉢屋三郎ありさ!》
 がさっ、と山賊たちの背後の木立が鳴った。山賊たちがはっとして目をやる。同時に、木立のなかから棒手裏剣が立て続けに放たれた。その瞬間、雷蔵は、背中にしがみつくように隠れていた乱太郎の体を掴み上げると前へ抱えなおし、一気に峠下に向けて駆け出した。
「手裏剣だ! もう一人隠れているぞ!」
「小僧連れの方は逃げたぞ!」
「追え!」
 足音が、雷蔵たちの方に向かおうとしたとき、煙玉が炸裂して辺りは煙に覆われた。
「くそ! 逃がすな!」
「前が…」
 山賊たちの声が、見る間に遠くなる。
 

 

「もう大丈夫だよ」
 雷蔵の声に、乱太郎はこわごわ目を開いた。息が上がって少し上気してはいるが、いつもの穏やかな笑顔が、すぐ近くにあった。
 自分の体がそっと降ろされて、足が地面につくと、乱太郎は初めて自分が雷蔵に抱えられていたこと、夢中になって雷蔵の着物の襟を掴んでいたことに気づいた。あわてて雷蔵の襟から指を離す。
「雷蔵先輩、私たち…?」
「山賊はなんとか撒いてきたよ。金楽寺までもうすぐだ。さあ、行こう」
 襟元を直しながら、雷蔵が言う。
「あ…はい!」

 


「三郎、厄介になったな」
 用件を無事済ませて学園に戻ると、一足先に三郎が部屋に戻っていた。廊下に面した障子を開け放って、庭の前栽をぼんやり見ている。
「無事に済んだようで、なによりだったな」
「ああ、助かったよ。ちょっと相手が多すぎた」
「乱太郎には、私のこと、ばれなかっただろうね」
「大丈夫だと思うよ…だけど」
「だけど?」
 雷蔵はふっとため息をついた。
「別に、三郎が身を隠す必要はないと思うんだけど」
「私も、どっちでもいいんだけどね」
 三郎は頭の後ろで手を組むと、ごろりと仰向けになる。

 


「乱太郎に、訊かれたよ」
「なにを?」
「三郎をライバルと思ったことはないのかって」
「それで?」
「ライバルっていう感じはしない、って言っておいた」
「そうか。ライバルではない、ってことなんだな」
 三郎の言い方に、雷蔵は引っかかりを感じた。
「どうかしたのかい」
「いや、別に…ただ、私は、雷蔵のこと、ライバルと思っていたからさ」
「…」
 意外な答えに、雷蔵は言葉に詰まった。成績優秀で、特に変装にかけては六年生や教師も一目置くほどの腕前を持つ三郎が、そのようなことを思っているとは知らなかった。
「僕では、三郎のライバルには役不足だろう」
「どうしてさ」
「僕は、三郎ほど成績もよくないし、なにより決断力に欠ける」
「雷蔵だって、いい成績とってるじゃないか」
「だけど迷い癖は、問題だろう? それに…」
「それに?」
「三郎は、僕自身よりも僕にとっては頼りになるやつなんだ。だから、ライバルでは困るんだ」
「難しいことを言うんだな」
「他に言いようがないんだけど」
「まあ、私にとっても、雷蔵に変装している間は、他人に変装している気がしないんだけどね」

 


 雷蔵は、胡坐をかいて庭を見つめている。三郎は、寝転がって天井を見つめている。夕方の忍たま長屋に、静かな時間が流れる。
 -三郎は、私に変装しても他人のような気がしないと言った…。
 夕風が静かに前栽を揺らす。
「なんとなく、そんな感じはしてたんだよね」
 不意に、雷蔵が口を開く。
「なにがさ」
「僕に変装している間は、他人に変装している気がしないってこと」
「どうしてさ」
「三郎は、変装しているときはその相手になりきっているけど、僕に変装している間は、地の三郎のままだからね」
「そういわれれば、そうだな」
「乱太郎に、もう一つ訊かれたんだ。いつも三郎に変装されてるけど、なんとも思わないのか、って」
「…で?」
 ときおり、雷蔵に変装したままでいたずらをしでかしては、雷蔵に怒られていることを思い出す。やはり、雷蔵は、自分の変装を嫌がっているのだろうか。
「別に、なんとも思わないって言っておいたさ。逆に、三郎でないことをあっさり見抜かれると、拍子抜けするとね」
「いいのか、それで」
 遠慮がちに、三郎が訊く。
「いいも悪いも、今さらじゃないか」
 さらりと雷蔵は言う。

 


「なあ、三郎」
「なんだい」
「僕に変装してる間は、他人に変装してる気がしないって、言ったよね」
「ああ」
「なら、自分の顔でもいいんじゃない?」
 虚を突かれて、三郎は思わず身を起こす。
「どういう…ことさ」
「どういうことだと思う?」
 じらすように、雷蔵はにっこりと微笑む。自分で考えてみろよ、というように黙って首を傾げる。
 -雷蔵は、自分自身より私が頼りになると言った…。
 それが何かのヒントなのだろうか。三郎は眉を寄せて、考え込む。
 -たしかに、雷蔵には、行動が遅れがちという欠点がある。今日だって、あれだけの数の敵に囲まれたときは、完全に包囲される前にとりあえず突破しないといけないのに、結局行動できていなかった…。
 だが、それだけだろうか。
 -そもそも、迷ってる雷蔵を攻撃するような、空気の読めないヤツが多すぎるんだ。
 だから、自分が守ってやらなければならない。
 -でも、それは義務感なんていうものじゃない。
 結果として雷蔵を手助けしていることになることが多いが、別に、自分が雷蔵の保護者になろうと思ったことはない。ただ、雷蔵といると楽しいから、側にいるだけの話である。
 -なんで、楽しいのだろう。
 それは、自分と正反対の性格だからだろう、と三郎は考える。
 雷蔵は、成績は優秀なのに、いつもおっとりと構えていて、決して自分の実力をひけらかすところがない。迷い癖はたしかに忍としては致命的だが、それでいて最後にはひどく大雑把なのだ。
 -私と性格が正反対なところが、雷蔵にとっても何かのよすがになっているのかもしれない…。
 しかし、と三郎は考える。
 -それが、私が地の顔でいても変わらないことと、どう関係するんだ?

 


「はははは…」
 雷蔵は不意に笑い出した。
「なんだよ、雷蔵」
「まさか三郎がそんなに考え込むとは思わなかったからさ」
「悪かったな」
「ごめんごめん…だけど、僕の顔をしてても、三郎は三郎だよ。それで十分さ」
「なんだよそれ」
「どんなにうまく変装しても、僕には三郎が分かるから、だから三郎が誰の顔をしていようが、地の顔でいようが関係ないってこと」
「本当に大雑把なやつだな」
「今に始まったことじゃないだろう」

 


 金楽寺からの帰り道で乱太郎が訊いてきたもう一つの質問については、あえて言わないことにして雷蔵は微笑む。
 乱太郎は、「雷蔵先輩は、三郎先輩の素顔を見たいとおもったことはないんですか?」と訊いたのだ。
 雷蔵の答えに迷いはなかった。
「全然」
「どうしてですか?」
 乱太郎が重ねて訊く。
 -僕には、三郎の心が分かるから、それで充分なのさ。
 その答えは胸に隠して、雷蔵は言う。
「僕と三郎の仲だからね」

 

 

「おい、雷蔵、三郎、なにそんなところで黄昏てんだよ」
 廊下を小走りにやってきたのは、竹谷八左ヱ門である。
「はやく夕飯食いに行こうぜ。今日は煮魚定食だってよ」
「行こうか」
「ああ」
 雷蔵と三郎も立ち上がる。
「あー、俺もう腹ペコ。先行ってるからな」
 ばたばたと先を急ぐ八左ヱ門を追って雷蔵たちも急ぎ足になる。
「おい、待てったら」
「廊下を走るな」
「いや走る! 夕飯が俺を待っている!」
 -しょうがないな。
 雷蔵と、雷蔵の顔をした三郎が、顔を見合わせて苦笑する。まだまだ、お互いがお互いに、必要不可欠なのだ。

 

<FIN>