守るべき…

またまた忍ミュ第9弾からインスパイアされたお話です。相変わらずネタバレ満載です。そして庄ちゃんがちょっと病んでます。そんなこんなで読まれる際はご注意ねがいます。

 

それにしても、五年生たちがなぜあんなに頑張ったのか、それはもしかしたら、自分たちが守るべきものを意識したからなのかな、と。

 

 

「さて、忍術学園奪還後最初の学級委員長委員会なわけだが…」

 放課後の委員会室に、三郎の声がのどかに響く。
「な~に言ってるんだよ。ど~せいつもと同じようにお茶飲んでだべって終わりだろ?」
 すかさず勘右衛門が突っ込む。傍らの彦四郎が苦笑いを浮かべる。
「じゃ、とっととお茶淹れようぜ」
「あ、ぼくがやります」
 彦四郎が火箸を取って炭櫃に火を熾しはじめる。
「ところで、庄左ヱ門はどうした?」
 三郎が見回す。
「出がけには組の教室をのぞいてみたんですが、だれもいませんでした。だから当番とかじゃないと思います」
 補習や追試につきあってるわけでもなさそうです、と彦四郎が付け加える。
「ふーん、庄左ヱ門にしては珍しいな」
 勘右衛門が鼻を鳴らしたとき、ぱたぱた、と小さな足音が近づいてきて勢いよく襖が開いた。
「すいません! おそくなってしまいました…!」
 息を切らせながら庄左ヱ門が現れる。
「どーしたんだい、そんなに慌てて」
「それに、なんだいその荷物」
 手に提げていた風呂敷包みにすかさず反応する三郎だった。
「あ、これは委員会が終わったら先輩たちに…」
 まずは委員会活動が先ですから、と風呂敷包みを背後に押しやる。
「じゃ、今日の委員会は終わり!」
 唐突に三郎が宣言して、全員が脱力した。
「も、もう終わりって…」
「いくらなんでも早すぎんだろ」
 起き上がりながら彦四郎と勘右衛門が口々に言うが三郎は堪えない。
「だったらお前たち、今日なにか議題あるのか? ないならとっとと終えよーぜ。私の庄左ヱ門がなにか用意してくれてるみたいだからさ」

 

 


「…えっと、お茶道具って、もしかしてここで茶席やるつもりかい?」
 風呂敷包みの中から取り出した木箱を開け、いそいそと道具を並べる庄左ヱ門に、勘右衛門がためらいがちに声をかける。
「はい。学園を守っていただいた先輩に、ぜひお茶を差し上げるようにと両親から言いつかっています。それについさっき、馬借便で新しいお茶と炭がとどいたんです」
 説明しながら炭櫃に炭をつぐと、五徳の上に釜を置く。
「そっか、ご両親にね」
 よどみない動きに眼をやりながら、勘右衛門がぼそっと呟く。一時的だったとはいえ、ドクタケに占領されるような学園に子どもを預けることに疑問をおぼえる親もいるかもしれない。それは、プロ忍者に近い立場であるはずの自分たち上級生の落ち度でもあった。
「でも、乱太郎きり丸しんべヱから、先輩方がすっごく強くて、カッコよかったって聞いたので、そのまま両親に返事しました。学園には先輩方がいるから心配しなくていいよって」
 勘右衛門の思いを読み取ったように、庄左ヱ門は淡々と続ける。
「そ…」
 自分でも驚くほどそっけない返事だった。そして庄左ヱ門の姿を眼で探る。
 何事もなかったように庄左ヱ門は釜の湯が沸くのを待ちながら端座している。視線はどこを見るともなく漂い、表情は空白である。
 -俺が知りたいのは、庄左ヱ門、お前がどう考えているかってことなんだけど。
 しかし、それを口にすることもできず黙り込む。三郎と彦四郎も押し黙ったまま、時折炭のはぜる音と、外で木立が風に揺れ、鳥がさえずる声だけが耳に届く。

 

 

 

 しゅっしゅっ、と釜の蓋のすき間から湯気が吹きはじめた。
「どうぞ」
 庄左ヱ門は小さな鉢に盛った饅頭を差し出す。
「どうも」
 懐紙に取った三郎が、鉢を隣の勘右衛門に回す。
「ども…ていうか、この饅頭、どうしたんだ? 菓子なら俺に言ってくれれば提供したのにさ」
 懐に団子を忍ばせている勘右衛門が言う。
「おばちゃんにお願いして作ってもらいました」
 特製の酒蒸しまんじゅうだそうです、と庄左ヱ門が微笑む。だがそれも、勘右衛門には貼り付けた表情にしか見えなかった。それでも場の空気を崩さないよう「そりゃ楽しみだな、彦四郎」と言いながら鉢を回す。
「ありがとうございます」
 受け取った彦四郎が懐紙に饅頭を取る。そして緊張した面持ちで楊枝で切って口に運ぶ。
「どうぞ」
 その間に薄茶をたてた碗を三郎にすすめる。
「いただきます」
 殊勝に受け取った三郎がいただく。そして形ばかり碗を眺めまわす。
「…よかったです」
 ふいに呟く声に揺らぎをおぼえて、三郎が視線を上げる。
「なにがだい、庄左ヱ門」
「よかったです…こうやって、先輩たちにお茶をさしあげられて…」
 だが、次の瞬間にはいつもの声に戻って、軽く眼を伏せながら端座している庄左ヱ門だった。
「まさか私たちも、庄左ヱ門からお茶を振る舞われるとは思ってなかったよ」
 床板の上をすべらせて碗を戻しながらの三郎の台詞は、当たり障りのないようで庄左ヱ門の出方を伺っているようにも勘右衛門には感じられた。
 -なんだよこれ。まるで真剣勝負じゃないか…。
 授業で茶の作法を習ったときの教師の話を思い出す。宴席や連歌と並んで茶席は相手から情報を引き出す重要な場の一つであると。だからこそ所作の乱れは許されず、会話に全神経を集中させる必要があると。まるでこの席に漂う緊張感は、情報を引き出すべき相手と対峙した茶席のようではないか…。

 

 


「乱太郎たちから、先輩方が学園を取り戻すために戦っていたときの話を聞きました。ドクササコのすご腕忍者相手に、どんなにやられても、立ち上がっていたって…」
「そうなの?」
 初めて聞いた彦四郎が思わず訊く。
「…参ったな」
 どうも、と碗を戻しながら三郎が苦笑いする。「そんなカッコ悪いとこ見られてたとはな」
「ま、あん時は俺たちも必死だったからな」
 勘右衛門も困ったような笑みを浮かべる。
「でも、どうして…」
 次の茶を勘右衛門にすすめながら、庄左ヱ門は呟く。
「そりゃもちろん」
 碗を持ち上げると、ふわりと立ち上る茶の香りが鼻孔をくすぐる。茶ってこんなに香り高いものだったっけと思うながら碗に口をつける勘右衛門だった。「ドクタケなんかに学園をとられてたまるかって思ったからね」
 そして考える。その時は、学園を取り戻せるかどうか、自信などなかった。ただ、そのためなら命が尽きても構わないと思っていた。
 -でも、死んでたら、こうやって茶の香りに気づくこともできなかったんだな…。
 そう思うと、茶碗の中からかすかな湯気とともにたちのぼる香がひときわ高く感じた。名残を惜しむように、彩を増したような茶の残りをずず、と音を立ててすする。
「こわくなかったの、ですか?」
 思いつめた声で彦四郎が訊く。
「こわくなかった、と言えばウソになるかな」
 どうも、と碗を返しながら勘右衛門は言う。
「では、なぜ…」
 ふたたび庄左ヱ門が呟く。
「俺たちの忍術学園だからに決まってるだろ」
「忍術学園だから…ですか?」
 戸惑ったように彦四郎が三郎たちを見つめる。
「そうさ」
 三郎も頷く。
「でも、敵はプロ忍者で、ドクタケにドクササコのすご腕忍者までいたんですよね」
 彦四郎の視線の熱量が上がる。
「まあ、まともに当たって勝てる相手じゃないことくらい分かっていたさ。だから、仲間割れ作戦で行こうと思ったんだけど…なあ」
 勘右衛門に話を振られた三郎も苦笑いを浮かべながら続ける。
「ああ。だからびっくりしたよ。しんべヱがドクササコの凄腕忍者に二回も仲直りの方法を教えてたって聞いたときにはさ」
「ほんとうですか?」 
 彦四郎があんぐりと口を開ける。その反応を楽しむように少し間を置いた三郎が続ける。
「私も最初、それ聞いたときには、なんだそれって思った。もしそんなことしてなければ、とっくにドクタケと仲間割れしてて、学園をもっと早く取り戻せたんじゃないかってね」
「そう、ですよね」
「でも、あとになって考えが変わったんだ」
「どういう、ことですか…?」
 不審そうに彦四郎が眼を向ける。
「い組は特に授業で習ったことをそのまま受け止める傾向が強いけど、それってちょっと危ないところもあるんだよね…」
 彦四郎に顔を向けた勘右衛門が、思わせぶりに言葉を切る。
「忍者は任務優先って言うだろ? そのためには他のことなど顧みるに値せずってね」
「…はい」
 たしかに担任の安藤や厚着から何度も聞かされた台詞だった。だが、勘右衛門は、それは違うとでも言いたげだった。
「ちがうの…ですか?」
 咎めるような口調になってしまうのを止められなかった。一年い組では、教師の言うことは絶対だった。そうでないなら何が正しいというのだろうか。
「彦四郎、どうぞ」
 いつの間にか、軽い微笑みを浮かべて碗をすすめる庄左ヱ門だった。
「ど、どうも」
 気勢を削がれて頭を下げ、碗に手を伸ばす。
「…」
 一瞬、碗の中に眼をやると、口の中に残る饅頭の甘さの勢いを借りていかにも苦そうな液体に口をつける。
「任務優先は正しい。だけど、仲間がいないと任務は成し遂げられない」
 そうだろ? と勘右衛門は笑みを向ける。
「まあ…そうかもしれないですが」
 決して納得していない口調で彦四郎は頷く。
「俺、今回つくづく思ったんだけどさ」
 端座したまま勘右衛門は遠くを見やるように視線を上げる。「これが自分ひとりの戦いだったら、俺、あんなに戦ってなかっただろうな。俺だってイヤだよ。ぜったい敵うわけないプロ忍者相手に戦って痛い思いするなんてさ」
 あるいは、死んでいたかもしれない…と心の中で続ける。
「…でも、戦われたんですよね」
 碗を手にしたまま、固い口調で彦四郎は呟く。
「ああ。どうしても守らなきゃって思ったからね」
「守りたい…?」
 彦四郎がおうむ返しに訊いたとき、ぐずっとしゃくりあげる声に一同がぎょっとする。声の主が、釜に向かって端座する庄左ヱ門だったから。
「お、おい…どうしたんだい、庄左ヱ門」
 おろおろと勘右衛門が声をかける。
「ぼくは、いやです…」
 先ほどまで落ち着き払って亭主役をつとめていたとは思えない姿だった。足の上に置いた手は袴をぎゅっと握りしめ、ぎりと眉を寄せ、固く閉じた眼から涙が伝っていた。
「学園を、ぼくたちを守るために、もし先輩たちになにかあったら、なんて…」
 亭主役としてむりやり抑え込んでいた感情が、勘右衛門の言葉で一気に暴発していた。不安も、疑問も、憐憫も、怒りも、すべてが抑えきれない奔流となって迸りあふれていた。
「まるで、私たちが死出の旅にでも出るみたいじゃないか?」
 大仰に肩をすくめて見せながら三郎がまぜっかえすが、あまり効果はなかった。
「うっ…うっ…」
 小さく身体を震わせながら、なおも庄左ヱ門はしゃくりあげる。だが、客座の三人には、見えない壁があるように手を差し伸べることも許されないような隔てをおぼえて、そこに座り続けるしかなかった。

 

 

 

「…すいません」
 気づまりな時間が過ぎて、ようやく感情がおさまったらしい庄左ヱ門が、小さく呟く。それから無理に起こしたような笑顔を向ける。
「まあとにかく、俺たちは学園を取り返したし、この通りピンピンしてる。万事オーライだろ?」
 気を引き立てるように勘右衛門が笑いかける。
「だからこそ、庄左ヱ門のお茶も楽しませてもらったしね」
 三郎も続ける。だが同時に違和感もおぼえていた。だが、その理由も明らかだった。
 -この席のせいだ。
 いつもなら傍らに座る後輩たちの肩に手を置いたり、頭をわしゃわしゃと撫でたりできるのに、いまは許されない。
 そして思い至る。このあまりに不自然な茶席は、庄左ヱ門があえて自分たちと距離を置きたかったからではないかと。そしてその理由をいろいろと考え始める。

 

 

 


「なあ、さっきの庄左ヱ門、どう思う?」
 一年生たちが去った部屋で、壁に寄りかかって足を崩した勘右衛門が腕を組む。
 -勘右衛門も同じ疑問を持ったんだな。
 明らかにいつもと違う庄左ヱ門だった。突然茶席をはじめたり、急に感情的になったり、どれも自分たちの知っている庄左ヱ門ではなかった。だが、その理由を定めかねて、三郎は惑いながら口を開く。
「たぶん、私たちがいつものように頭をなでたりするのが耐えられなかったんだと思う」
「…そっか」
「勘右衛門も、そう思ってた?」
「俺たちから、距離を置きたかったんじゃないかって思った」
 素直に、勘右衛門は思うところを口にした。「もしかしたら、俺たちが死んでたかもとか考えたのかもな」
「そうだったら、気に病んだだろうな…庄左ヱ門の性分なら」
 暗い声で三郎が頷く。
「そんな必要、ないのにな」
「…」
 腕を組んだ三郎が黙り込む。しばし部屋に沈黙が流れる。

 

 

 


「そういや、学園取り戻した夜に兵助が言ってたんだけどさ」
 ふいに思い出したように勘右衛門がしみじみと言う。「ドクタケたちと戦ってるとき、なぜか火薬委員会の後輩たちのことを考えていたって。このまま後輩たちが学ぶ場所をドクタケなんかに取られてたまるかって思ったら、どういうわけか力が出てきたんだって。だから、俺も同じだったって言ってやったんだ」
「私もだよ」
 三郎も頷く。「どうしてだろうな。自分だけのことだったら、ここまで戦ってなかったような気がする」
「だな」
 勘右衛門が頷くと、三郎に向かってニヤリとする。「けど、俺には分かるぜ」
「後輩が大切だからって言いたいんだろ?」
 お前の言いたいことなどお見通しだ、とばかりに三郎も半眼になってニヤリとする。
「けっ、性格わりーの」
 果たして勘右衛門が口をとがらせる。「俺にもカッコいいこと言わせろよな」
「ガラにもないこと言っても痛いだけだけどな」
 澄まして頭の後ろで腕を組む三郎である。
「ひでーの」
 すねたように言う勘右衛門だったが、ふいにその口調が変わる。「だけど不思議だよな。誰かのために、って思うだけで、こんなに変わるなんてな」
「ああ、そうだな」
「いつから、そうなったんだろうな」
「…もしかしたら」
「もしかしたら?」
「守りたいものが、できたからかもね…」


<FIN>

 

 

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