Presence

 

 学年の近い者どうしは張り合ったりしてとかく仲が悪いとはかつての学園長の言ですが、三年生と四年生はどうなんでしょう? 四年生は全員がピン芸人だし(酷っ)、三年生はあんまり上と張り合うようなキャラの子がいないし、かといって三年生と四年生が仲がいいわけでもなさそうだし。

 というわけで、三年生と四年生が競うとどうなるのかというお話です。それ以外の要素が多すぎるとかそんなw

 


「ふむ、困ったの…」
 腕を組んだ大川が唸る。
「学園長先生! ことは急を要するのです! 至急行かせてください!」
 額に脂汗を浮かべた安藤が身を乗り出す。
「そうはいってものう…」

 


 一年い組の伝七と佐吉が行方不明になった。外出届では日帰りで戻るはずの二人が翌日になっても帰ってこなかった。すでに安藤はパニック状態である。
「とにかく二人を探さねばなりません! すぐにでも!」
「まあ待ちなさい、安藤先生」
 考え込みながら大川は言う。伝七と佐吉の性格的に、勝手に帰りを遅らせるようなことは考えにくい。何らかのトラブルに巻き込まれた可能性は高い。
 -だが…。
 ここで安藤が慌てふためいて出かければ、一年い組の動揺は避けられない。トラブルに慣れているは組や、あまり行動的でないろ組ならそれなりに対応できるだろうが、い組では思わぬハレーションが起きる可能性があった。おまけに教師たちは出張中か五、六年生の演習の引率で手薄な状態だった。
 -ほかの先生に頼むわけにもいかぬし、五、六年生もおらぬ…。
 だが、もちろん放っておくわけにもいかない。
「仕方ない。四年生と三年生に行かせることにする」
 それが結論だった。
「え…?」
 意外そうに安藤が眼を見開く。
「安藤先生はまず自分のクラスの授業に専念してもらわなければならん。生徒たちが動揺しないためにもな。であれば、上級生たちを動員するしかなかろう。なに、これもいい経験になろう」
 口にしてみるといいアイデアに思えて大川は満足げに続ける。「すぐに四年生と三年生を呼びなさい!」

 

 

「さて、学年別対抗戦により我ら四年生は学問も武芸も学年トップ、戦輪の腕に変えては忍術学園ナンバーワンの平滝夜叉丸が先頭となって…」
「なに言ってやがる滝夜叉丸! 誰がお前を先頭にするなんぞと…!」
 出発する前から牽制が始まっている四年生グループだった。
「まあとりあえずさ、出発しないと始まらないんじゃないかな」
 ほんわかした口調でタカ丸が割って入る。
「そうだな。それに、三年生も行くんだろ? まさか下級生に負けるわけにもいかないしな!」
 無駄に力みかえる守一郎が闘志もあらわに言う。
「ところで、喜八郎はどうしたんだ?」
 ふと我に返った三木ヱ門がきょろきょろと見廻す。
「踏み鋤のスキ子ちゃんをつれてくるの忘れたって長屋に戻ったよ」
 ニッコリと応えるタカ丸だった。
「えぇぇっ! そんなことをしていたら出遅れてしまうじゃないかっ!」
 大仰に声を張り上げるのは守一郎である。
「そんな大声出さなくたって…とにかく喜八郎が戻ってきたらすぐに出発だ」
 耳をふさいだ三木ヱ門が迷惑そうに顔をしかめる。

 

 

「…なんで僕たちが一年生の捜索に出ないといけないんだろうね」
「五・六年生が演習でいないからみたいだよ」
 歩きながらぼそぼそ話す数馬と藤内だった。
「まったく困っちゃうよなあ…まだやんなきゃいけない予習がたくさんあるのに…」
 頭の後ろで腕を組みながら藤内はぼやく。
「まあ予習はともかく」
 指先でジュンコを遊ばせながら孫平が言う。「やみくもに探してもしょうがないし、集中的に探したほうがいいと思う。人数も少ないし」
「まあ、そうだね」
 不承不承頷いた藤内の視線の先には、「どこ行きやがった左門と三之助ぇぇっ!」と切れた迷子縄を振り回しながら怒鳴り散らす作兵衛がいた。
「これが、伝七と佐吉が帰るはずだったルートの地図だね」
 立ち止まった孫平が大川から手渡された地図を広げる。傍らから藤内と数馬がのぞき込む。
「まずは、この村を中心に探してみるのはどうかな」
 地図上の村を指しながら藤内は言う。「もしかしたら伝七たちを見かけた人がいるかもしれないし」
「ああ、それがいいかもね」
 数馬が頷いたとき、「おい、もうお前ら勝手に動くんじゃねえ!」と荒々しく声を上げる作兵衛に身柄を確保された左門と三之助が現れた。
「三之助たちどこ行ってたのさ」
 地図を手にしたまま孫平が顔を上げる。
「ああ、また無自覚な方向オンチやっちゃってさ…」
 きまり悪そうに頭を掻く三之助だった。「でも、途中で左門と会って山の中を歩いてたらタソガレドキ忍者がいてさ…」
「タソガレドキだって!?」
 無自覚に放たれた単語に作兵衛が反応する。「って、なんでタソガレドキがこんなところにいるんだ?」
「タソガレドキがいるってことは、戦が起きるってことなのかな…」
 恐ろしげに孫平が呟く。いざとなったらジュンコだけでも安全なところに逃がさねばと思う。
「タソガレドキ忍軍ってすごい強いんだろ? あんま関わり合いにならない方が…」
 小心そうに藤内が声を震わせる。
「でも、それじゃ伝七と佐吉を探せなくなってしまう」
 口調を強めたのは数馬である。「それに、タソガレドキの人たちだってそんなに怖いわけじゃないよ」
「そりゃ、保健委員会はタソガレドキに気に入られてるからだろ?」
 藤内が指摘する。「ほら、あの粉もんとかいう組頭が…」
「ああ、雑渡さんね」
 淡々と数馬が応える。「とってもいい人だよ。伏木蔵のことすごく可愛がってるし…」
「よくわかんない人だよな」
 新たに三之助と左門にくくりつけた迷子縄を握りしめた作兵衛が言う。「俺と同じ用具委員会の食満先輩なんて、会うたびに勝負を仕掛けようとしてるぜ?」
「食満先輩は誰に対しても戦ってるだけじゃないの?」
 茫洋とした口調で三之助は続ける。「てか、タソガレドキ、戦の準備してたし」
「「はあ!?」」
 左門を除く皆が声を上げる。「どーゆーことだよ? てかもっと早く言えよ!」
「だってなあ、左門」
 今度はどちらに走り出そうかと周囲を見回す左門に顔を向ける。「峠にある砦に火縄とか槍とか食料とか運び込んでたよなあ」
「ああ、そのとおりだ!」
 無駄に力強く左門が頷く。「あれはどうみても戦の準備だ!」
「もしかしたらさ、伝七たち、その砦に閉じ込められてるんじゃない? うっかり近づいちゃったとかで」
 ふと思いついたように孫平が言う。
「おお、それだ!」
「俺もそう思ってた!」
「よし、レッツゴー!」
 何も考えずに同意した左門と三之助が一緒になって動き出す。
「お、おいお前ら、待てったら!」
 迷子縄に引きずられるように作兵衛も後に続く。
「どうする?」
「しょうがない。俺たちも行こう」
 顔を見合わせた孫平と藤内も歩き出した。
「てか、タソガレドキがいた砦って、ホントにそっちの方向なのかなあ」

 

 

「ていうか、我々はいつまでこうして一緒に歩かにゃならんのだ?」
 苛立たしげに前髪を払いながら滝夜叉丸は鼻を鳴らす。
「伝七と佐吉を見つけ出して学園に連れ帰るまでに決まってんだろ」
 ぶすっと三木ヱ門が応える。
「それなら別れて探したほうが効率的だろう」
 やおら立ち止まった滝夜叉丸が振り返るや立てた人差し指を左右に揺らす。「捜索範囲は学園長先生からいただいた地図の全域なのだろう? であれば5人で手分けして探したほうが手っ取り早いに決まっているだろう。そう思わないか?」
 言っているうちにとてつもなくいいアイデアを口にしているように思えて陶酔した表情になる。いつの間にか手にしていた一輪のバラを鼻先にかざす。
「まあ、それも一理あるね」
 おっとりとタカ丸も頷く。
「まあ、タカ丸さんがそう言うなら…」
 不承不承に三木ヱ門も口を尖らせながら頷く。
「でも俺、まだ一年生の顔よく覚えてないんだよなあ…」
 守一郎がぼやく。「数も多いし」
「では、守一郎は私と一緒に行けばよい」
 すかさず三木ヱ門が言いながら守一郎の肩に腕を回す。「まあ、ここは四年ろ組同士、語り合いながら行こうじゃないか」
「何をドサクサ紛れに言っている」
 その間に滝夜叉丸が割り込もうと肩を押し込んでくる。
「何をする滝夜叉丸!」
 腕に力を込めてその肩をはじき返そうとする三木ヱ門だった。
「まあまあ」
 タカ丸が割って入ろうとする傍らで喜八郎が「じゃ、僕はこのへん探すから~」と言い捨てて横道へ逸れていく。
「行っちゃったけど…いいのか?」
 その背を指さしながら戸惑った表情の守一郎が訊く。
「うむ、喜八郎は、まあ、そういうヤツだ」
 気勢をそがれたように滝夜叉丸もその背を見つめる。
「ったく、相変わらずマイペースだよな…」
 三木ヱ門がため息交じりに言ったとき、当の喜八郎がいささか硬い表情でとことこと戻ってきた。
「あれ、どーしたんだ…」
 守一郎が言い終わらない間に「気が変わった~」と飄々を装った声で言ったあと矢羽音で≪タソガレドキがいる。≫と付け加えながら先頭に立って歩き出す。
「なに!?」
 思わず周囲を見渡したくなる衝動をかろうじて堪えながら、ふたたび滝夜叉丸と三木ヱ門が何事もなかったように押し合いへし合いする。「守一郎、どうせ語り合うなら実技も強化も学年トップのこの滝夜叉丸が…」「なに言ってやがる、ろ組の絆に割り込むなっ!」

 

 

「へー」
 報告を受けた昆奈門の隻眼が少しだけ見開かれる。「忍術学園のよい子たちがね…」
「は、いかがいたしましょうか」
 控えた反屋壮太が顔を伏せたまま訊く。
「作戦行動は始まっている。そこらをチョロチョロされては邪魔だから追っ払ってしまえ」
「は」
 短く頷くと壮太は素早く立ち去った。
「で、連中は何者なのかね」
 背後を振り返った昆奈門が訊く。
「は」
 そこには壮太とともに警備に回っていた尊奈門が控えていた。「忍術学園の四年生と思われます」
「ふむ、四年生、ね」
 昆奈門が鼻を鳴らす。いつも世話になっている保健委員会に四年生の生徒はいなかったし、そういえばそれまで接点らしきものはなかった。五・六年生たちは無駄に勝負を挑んでくるのでまだ印象に残っていたが。「なぜ彼らがこんなところにいるのかね」
「よくは分かりませんが」
 尊奈門が応える。「誰かを探さなければならないようなことを話してはいましたが」
「そうか」
 思い当たる節のある昆奈門が軽く頷く。
「どうかされましたか?」
 昆奈門の表情の変化に気付いた尊奈門が訊く。
「お前たちが出ている間に、我々の陣のあたりをチョロチョロしていた子どもを二人捕まえたのだがね。近くの街からお使いに来たと言い張っている。見るからに怪しいのだが証拠もない。だが、忍たまというなら合点がいく」
「そのようなことがあったのですか」
 それでどうするのですか、というように尊奈門の視線が向けられる。
「もう少しこちらで預からせてもらうさ」
 それだけ言うとおもむろに懐から出した竹筒のストローを覆面の下へと差し込む。そのとき、「組頭」と五条弾が現れた。「別の怪しい子どもグループがこちらに近づきつつあります」
 ずず、と竹筒の茶をすすりながら昆奈門は片掌をひらひらさせる。追っ払え、と言っているのは明らかだった。

 


「しかし、なんだってタソガレドキ忍者がこんなところに…」
「そりゃ、戦の準備に決まってるだろ」
 守一郎と三木ヱ門がごそごそと声を交わす。
「なんの、タソガレドキ忍者の一人や二人、この滝夜叉丸の華麗な戦輪さばきで…」
「だからどうしてお前たちが一緒にいる! 別々に探すんじゃなかったのかよ!」
 前髪を払いながら指先で戦輪を回す滝夜叉丸にすかさず三木ヱ門が突っ込む。
「タソガレドキ忍者が三人以上現れたらどうするのだ」
 涼しい顔で滝夜叉丸が返したとき、がさがさと藪を鳴らして二人の男が現れた。
「げ!」
「タソガレドキ忍者!」
 皆がぎょっとしたように後ずさりする。
「さよう。我々はタソガレドキ忍者だ。ここで作戦行動中なので君たちにウロチョロされると非常に迷惑する。すぐに立ち去ってほしい」
 覆面の下から平板な声で尊奈門が告げる。
「その前にお前たちこそやることがあるんじゃないのか」
 凛とした声に皆が動きを止める。声の主が守一郎だったから。
 -やめろ、守一郎。相手はめちゃくちゃ強いんだぞ…!
 慌てて三木ヱ門が袖を引っ張って止めようとしたがもう遅い。
「ほう」
 尊奈門が覆面からのぞく眼を細める。「我々が?」
「そうだ!」
 守一郎が声を上げる、「俺たちの後輩を返してもらうのが先だろ?」
「そんなことは知らぬ」
 ぼそりと尊奈門が応える。
「知らないだと?」
 歯ぎしりをする守一郎に、ようやく三木ヱ門が割って入る。
「いやだから、ここでそれを言ってもしょうがないって…」
「だってコイツら…」
 なおも守一郎が言い募ろうとしたとき、しゅっと空を切って戦輪が飛ぶ。
「おっと」
 辛うじて戦輪を避けた尊奈門と壮太がすかさず苦無を構える。
「お、おい、なにしやがる!」
 代わりに叫んだのは三木ヱ門である。「このバカ夜叉丸! なに敵を刺激してんだよっ!」
「なんの」
 出番を作らねばと功を焦った滝夜叉丸が冷や汗を流しながらも手元に戻ってきた戦輪をくるくる回す。「敵が二人ならこの輪子ちゃんで…」
「だから余計なことするなって…!」
 三木ヱ門が叫ぶと同時に苦無を構えた尊奈門と壮太がものも言わず襲い掛かる。
「うわぁぁっ!」
「退却! 退却っ!」
 たちまち四年生たちは散り散りに逃げ惑う。

 

 

「なあ、ホントにタソガレドキ忍者がいたのかよ」
 すでに山の中に迷い込んでずいぶん歩いていた。作兵衛がうんざりした声で訊く。
「いたよ! なあ、左門」
「ああ! たしかにいた!」
 力強く頷きかわす二人だったが、仲間たちはすでにかなり懐疑的になっている。
「でもこんなところに砦があるなんて聞いたことないし」
「タソガレドキ忍者の影も形も見えないし」
 口々に言われてさすがの左門と三之助も自信がなくなってきたらしい。
「このへんでよかったっけ…」
「そう言われてもな…なんとなくこのへんだ!」
「なんとなくって何なんだよ」
 予想していたとはいえ急に心もとなくなる返事に藤内がため息交じりに言ったとき、がさごそと藪が揺れた。
「い…」
「そこに誰かいる…?」
 全員がぎょっとして後ずさりする。藪はがさがさ鳴り続ける。誰かがごくりとつばを飲み込む。
 ふと物音が止まった。何かの気配はすぐそばまで迫っていることが感じられた。藪の中の暗がりからぎらりと二つの凶悪な眼が睨んでいた。
 それは唐突なできごとだった。突如、沈黙を破って大きな物体が藪から飛び出した。獣の鼻息と歯ぎしりとともにどどど、と足音を立てて突進してくる。
「ひえっ! イノシシ!」
「逃げろっ!」
 もはやタソガレドキ忍者のことは問題ではなかった。とっさに生命の危機をおぼえた三年生たちが一斉に駆け出す。せめて散り散りにならないよう互いの気配を感じながら森の中を走り抜ける。だが、そこに一人足りなくなっていることに気付いた者はいなかった。

 

 

「え、えっと…」
 当惑したように辺りを見回す数馬だった。何が起こったのかいまだによくわからなかった。藪の中からいきなり飛び出してきたイノシシに追われて仲間たちとともに逃げた…はずだったが、気がつくと一人森の中に取り残されていた。
 -どうしよう。これってもしかして、みんなに置いてかれた…?
 見回しても人の気配はない。薄暗い木立の中に鳥の声が聞こえるだけである。それすら薄気味悪く聞こえて急速に不安感が押し寄せる。
 -まずいよどうしよう。このまま学園に帰れなかったら…!
 すでに左門と三之助に連れられてどこともわからない山の中に迷い込んでいる。何かあったときに戻れるように少し進むごとに皆で木の枝を折ったりして印を残していたが、それもイノシシに追われて逃げ惑ううちに見失っていた。このまま山中で野垂れ死ぬのだろうか。そう思うだけで不安で心臓が押しつぶされそうになる。
 思わず頭を抱えてその場に座り込む。と、その耳にさやかな水音が聞こえてきた。
 -これって…もしかして、近くに川がある?
 こわごわ顔を上げて水音の方に顔を向ける。せせらぎの音がよりはっきりと耳に届いた。
 -川がある! ってことは、下流に行けば村なり街道に行き当たるかもしれない!
 もはやそれは確信だった。すっくと立ち上がった数馬は藪をかき分けてせせらぎの音に向かって歩き出す。

 


 どれほど歩いただろうか。小さな流れは次第に大きくなっていた。まだ周囲は深い森だったが、しだいに勾配が緩くなっているのが感じられた。と、川音に紛れて人の話し声が聞こえた。
 -誰かいる!
 人恋しさに駆け寄りたくなる衝動を抑えてそっと身を隠しながら声の方へと木々の間を進んでいく。やがて森の中を通る街道が眼に入ってきた。
 -こんなところに道があったんだ…どこにつながってるんだろう。
 こんな森の中に荷車が通れるほどの幅を確保した道が通っていることがひどく奇異に思えた。そして、近づいてくる声の主を見て数馬は思わず声を上げそうになって口を両手で塞ぐ。
 -タソガレドキ忍者だ!
 見知らぬ顔だったが、間違いなくタソガレドキ忍者隊の制服をまとった男が歩いていた。その背後に食料らしき荷を担いだ人足がぞろぞろと続く。
 -ひょっとしてこの人たち、左門たちが言ってた砦に向かっているのかも。
 とっさにそう思った。そして、気がつくと人足たちの間に紛れ込んでいた。
「手伝いましょう」
 言いながら身体の前後につづらと籠を担いでいた男に近寄る。
「おお、済まないな。仲間が途中で足くじいちまってさ、難儀してたところだ…」
 最後はぶつくさ愚痴を言いながら男はつづらを手渡す。
「二人分も運んでいたなんてたいへんでしたね。でも、もうすぐですから頑張りましょう」
 ゴールがどこかも知らないのにずいぶん適当なことを言う、と内心苦笑しながら数馬は朗らかに言う。
「それにしても、お前さんの荷物はどうしたんだ」
 ふと数馬を見下ろした男が軽く眉を上げる。
「あ…その、後からお手伝いするように言われて追いかけてきたんです」
 あわあわしながらもとっさに思いついた言い訳を口にする数馬だった。
「そっか。それにしても、ずいぶん若いのにこんな仕事に入るなんて感心だな」
 特に不審にも思わなかったらしい。男はふたたび顔を前に向ける。
「は、はい…家族を養わないといけないので…」
「そっか。まあ、いろいろ大変だろうが頑張れよ」
「はい」
 それきり再び勾配を増した道に荒い息を吐きながら男は歩き続ける。その後ろに続きながら数馬も黙って足を進める。

 

 

「止まれ」
 先頭にいたタソガレドキ忍者が声を上げる。人足たちが一斉にため息交じりに座り込む。
 -こんなところに砦があったなんて…。
 荷を負いながらの山中の行程は、思いのほかの苦行だった。荒い息を整えながらへたりこんだ数馬だったが、それでも鋭い視線で山中に唐突に現れた砦を観察する。
 -けっこう大きい砦だな。それに、これだけ食料を運ぶところを見ると、中にはたくさん人がいるのかもしれない…。
 そう思ったとき、ぎぎぎ、と重い音を立てて砦の扉が開いた。
「よし、中に運び込むのだ」
 先頭にいたタソガレドキ忍者の声に、てんでにため息やうめき声を漏らしながらのろのろと立ち上がった人足たちが荷物を担ぎ上げて歩き始める。

 

 

「米と野菜は左の建物だ。壺は右の建物、それ以外は奥に運べ」  
 扉を入ったところにある中庭で別の忍者が声を上げる。
 -奥か…。
 何が入っているか知らないがそれなりに重いつづらを担ぎながら数馬はきょろきょろと辺りを見回す。いくつかの建物や櫓が立ち並んでいるが、その中のどこに伝七と佐吉が閉じ込められているかは見当もつかなかった。
「おい! そこの子ども!」
 不意に鋭い声を浴びて思わず背中が硬直する。
 -ま、まずい…バレちゃったかな…。
 一目散に逃げだしたいところだったが、それではなおさら怪しまれる。小さく息を吐いてからなるべく平静を装って振り返る。
「はい、なんでしょうか」
 自分でも分かるほど声が上ずっている。だが、声の主はさほど気にしていないようである。
「その荷物はもっと奥だ。間違えるな」
 言い捨てて忍者は立ち去ってしまった。ほっと溜息をついた数馬はつづらを担ぎなおすと言われた方向へと歩き始める。奥に入れるのはむしろ好都合だと思いながら。

 

 

 -奥っていってもこんなに建物があったんじゃよく分からないや…どうしよう。
 指示された方向にもいくつもの建物があった。いつの間にか他の人足もいなくなっていた。タソガレドキ忍者の姿もなく、建物の間の狭い通路に数馬は一人きりになっていた。
 -さっきの忍者にどの建物か聞いとけばよかった…。
 途方に暮れて立ち止まってさてどうしようかと考えたとき、忍び泣く声が聞こえたような気がしてはっとする。
 -どこから聞こえてきた?
 神経を集中させて耳を澄ませる。そして、声のする戸口の前で足を止める。
 それは何の変哲もない倉庫のように見えた。扉に手をかけると、鍵はかかっていないらしくごろごろと重い音を立てて開くことができた。泣き声がぴたりと止んだ。
「…」 
 後ろ手で扉を閉めると、しばし暗がりに眼が慣れるまで数馬は立ちすくんだ。高いところにある明り取りの窓からの淡い光が、徐々に建物の奥まで見通す助けになった。そして、奥の柱の根元にうずくまる影をようやく見出す。
「そこにいるのは伝七と佐吉だね」
 低い声で呼びかける。
「だ、だれだ」
 涙声ながらも警戒するような声が返ってきた。
「僕だ。三年は組の三反田数馬だ。君たちを助けにきたよ」
「三反田せんぱい?」
「そうだ」
 別々の柱に後ろ手で縛られていた二人のもとに近づくと、苦無で縄を切る。
「もう大丈夫だよ。すぐに戻るから、もう少しだけここで我慢しててくれないか」
「「はい」」
 頬に涙の痕を残したままながらも弾んだ声で二人は応える。 

 

 

「あのぅ、すいません」
 人の気配がした建物の戸口に立った数馬が声を上げる。
「誰だ」
 果たして中から声が返ってきた。
「お荷物を、運んできたのですが…」
「荷物だと?」
 中で人が近づいてくる気配がした。と、扉ががらりと開いた。
 -げっ…!
 扉の向こうから現れたあまりに異形な人物に思わず数馬は後ずさりする。なぜなら現れた人物は顔面に顔らしき模様を描いた紙を張り付けていたから。
「何の荷物だ?」
 数馬が訪れたのは、黒鷲隊に割り当てられた詰所だった。隊長の押津長烈がたまたま顔を出したところだった。
「えっと、この荷物をお届けするよう言われているのですが…こちらでよろしいですか?」
 精一杯愛想笑いを浮かべながら数馬は訊く。
「ああ」
 長烈の声から警戒のトーンが消える。「それならそこの板の間に置いてくれ」
「はい」
 つづらの蓋に手を掛けながら数馬は応える。伝七たちを助け出すには空のつづらが必要である。通常、運搬具まで荷主が支給することはないから、つづらを置いていけとは言わないはずだと踏んでいた。
「こちらでよろしいですね」
 中の壺を置きながら更にちらりと長烈の様子を探る。だが、つづらの中身をあけても咎める様子はない。
「構わん」
 言い捨てると長烈は壁際に据えられた文机に戻っていく。「かしこまりました」と応えながらもふと鼻が違和感を捉える。
 -あれ? これ、漬物の壺だけど、硝石の匂いがする…。
 それはそれで気になったが、作戦が先である。
「ではこれで失礼します…で、あの…」
 つづらを背負いなおした数馬がおずおずと声をかける。
「なんだ」
 長烈は文机に向かったままである。
「ここにある籠も回収してよろしいでしょうか」
 土間の隅に置かれた籠を指さしながら訊く。
「ああ、それもお前たちが運んできたものか。構わん。持ち帰ってくれ」
「かしこまりました」
 鹿爪らしく応えると数馬は身体の前に籠を抱えて「失礼します」と立ち去った。

 


「よし。ここに隠れるんだ」
 つづらと籠を置いた数馬が指示する。が、伝七と佐吉には身を潜める前に訊くことがあったようである。
「でも、それじゃ重くありませんか?」
「二つも荷物を抱えていたら怪しまれる可能性が…」
「だいじょうぶ」
 にっこりと応える数馬だった。「保健委員は患者を運ぶことも多いから僕だってそれなりに腕力はある。それに、自分で言うのもなんだけど、僕は存在感がないから、きっとうまくここから抜け出すことだってできるさ。さ、はやく」
「は、はい」

 


「たいへんです! 捕らえていた子どもが逃げました!」
 息せき切って駆けつけてきた部下たちの報告に、いつもは感情をあらわにしない昆奈門も驚きと怒りを抑えきれなかった。といってもそれは眉を寄せて舌打ちをする程度だったが、それでも部下たちを恐懼させるには十分だった。
「見張りはどうした。黒鷲隊が詰めていたはずだが」
 平板を装った声に込められた猛烈な怒りに、もはや誰も口を開けない。
「長烈はどうした」
 傍らに控えた陣内が代わって訊く。
「は、ここに」
 現れた長烈が控える。
「いったい何があったというのだ」
 昆奈門は黙りこくったままである。仕方なく陣内が問いを投げかける。
「は。今日は食料その他の搬入日だったので、部外者の出入りがありました。その中に紛れ込まれたものと」
「部外者とは」
「麓のいくつかの村から徴集した人足です。五、六十人はいたかと思われます」
「食料なら、門を入ったところの食料倉庫にしまうだけだろう。奥の倉庫まで入り込む人足に気付かなかったというのか」
「実は、敵の眼を欺くために食料に見せかけて硝石なども運ばせてました。それらは直接詰所まで運ばせた」
「その中に忍術学園関係者がいたということか」
「あるいは、我らに顔を知られていない者を雇ったかも知れません」
「怪しい者はいなかったのか」
「それが…」
 淡々と答えていた長烈の口調が初めて当惑を帯びる。「いくら思い出そうとしても、詰所に来たのがどのような者だったのか思い出せないのです。なんの印象もないというか…」
「長烈ほどの者がまったく覚えていないというのか…」
 当惑が伝染したように陣内も頭を掻く。

 

 

「…」
 陣内と長烈のやり取りを聞きながら、昆奈門は自分の激した感情の原因を探っていた。
 -単に失敗したからといってあれほどの怒りを覚えるものだろうか…いや違う。
 思考の雑音を消しながら、整理を図る。
 -戦であれば勝ち負けはつきものだ。いくら周到に準備をしても時の運で負けることもある。わがタソガレドキも例外ではない。だが…。
 徐々に怒りの根源にひそむ不安に考えが及んでいく。
 -ことが自分の陣のことであれば、すべては完璧でなければならない。それは自分たちですべてをコントロールできるからだ。外からの侵入者など入る余地はなく、中に捕らえた者が逃げ出すなどあってはならないことだ。そのあってはならないことが起きてしまったのだ…。
 なぜそのようなことが起きてしまったのか。
 -それはタソガレドキ忍軍の緩みなのか。たかが子どもが逃げ出すはずがないという油断だったのか。鉄壁の規律を誇っていたはずのタソガレドキ忍軍のなかに綻びが生まれていたということなのか…。
 その綻びに、おろかにも自分は気付いていなかったということか。それを見逃すほど自分の眼は曇っていたということか。
 考えれば考えるほど底知れぬ不安に苛まれて立ち尽くす昆奈門だった。

 


「どうも」
 天井板を外して顔をのぞかせた昆奈門を、書類を書いていた新野が朗らかに見上げる。
「これは雑渡さん。そろそろお見えになるころだと思っていました。お薬も用意してありますよ」
「それはかたじけないね」
 ひらりと天井から舞い降りた昆奈門がちらりと隻眼で医務室を見渡す。
「善法寺君はあいにく出ておりましてな」
 その様子に気付いた新野が言う。「五、六年生は演習中なのです」
「そうかね」
 いまの自分の表情に滲んでしまった落胆を新野は気付いただろうか、と思いながら昆奈門はそっけなく応える。
「なにか善法寺君にお話がありましたか」
「そういうわけでもないのだがね」
 それでは新野に訊いてやろうと考えた昆奈門が続ける。「忍術学園には実にすごい忍たまがいたもんだと思ったのでね」
「といいますと?」
 戸棚から薬の入った壺を取り出しながら新野は訊く。
「ウチで預かっていた忍たまをまんまと連れ出されてしまってね、わがタソガレドキ忍者の眼をかいくぐってそんなことをやってのけるのはどんな忍たまかと思ったのだよ」
 悪びれもせず説明する昆奈門だった。
 -おや、三反田君のことはタソガレドキでも知られていないようですな。
 内心くすりと笑いながら新野は壺を風呂敷で包む。
 数馬が伝七と佐吉を連れもどったことは、学園内でちょっとしたセンセーションを巻き起こした。もっとも存在感のない数馬が、よりによってタソガレドキを相手にまんまと捕らわれていた伝七たちを助け出してきたのだ。喜八郎を除く四年生たちは大げさに悔しがり、三年生たちも顎が外れたように口を大きく開けて伝七たちを連れた数馬を見つめるだけだった。
「五、六年生がいないというなら、低学年にそんな忍たまがいるということかね」
 もはや露骨に探りを入れてくる昆奈門である。
「忍たまたちはまだまだ未熟です」
 何事もなかったように新野が口を開く。「上級生たちの勝負を受けたことのあるあなたならご存じとは思いますが。それに、いまの忍たまたちは妙に存在感のある子たちが多い」
「つまり、あれは忍たまではなかったと?」
 隻眼が疑わしげに細められる。
「何があったかは存じませんが」
 落ち着き払って新野は続ける。「あなたの優秀な部下の皆さんの眼をかいくぐるような子がいるとは私には思えませんな」
「では誰がそんなことをすると思ってるのかね」
 徐々に苛立ちを募らせた昆奈門の口調がきつくなる。
「私には心当たりがないと申し上げているだけです」
 泰然と新野は言う。「あるいは学園長先生が手練れの忍者を雇ったのかもしれませんが、そこまでは私の知るところではありませんので…さあ、お薬の用意ができましたよ」
 風呂敷に包んだ壺を押し出す。
「すまないね」
 風呂敷包みを手に取った昆奈門が立ち上がる。もはやこれ以上この場で情報は取れなさそうだと見切りながら。
「学園長に伝えといて欲しい。今回の件はこれ以上詮索しないが、また同じ手が使えるとは思うなとね」
「たしかにお伝えします」
「じゃ」
 飛び上がった昆奈門がたちまち天井裏へと姿を消す。
 -やれやれ、意外とダメージが大きかったようですな。
 子どもの負け惜しみのような最後の台詞に軽く苦笑を浮かべる。
 -だが、これで数馬も少しは自信がついたことでしょう。目立たないこと、存在感がないことが忍者にとってどれだけ大事なことか…。

 

 

<FIN>

 

 

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