暴言上等

最近、食堂のおばちゃんに次いで忍たま世界で最強なのは伏木蔵ではないかと思い始めています。雑渡さんには可愛がられ、文次郎には暴言を吐きまくり…一年ろ組らしからぬ弾けっぷりが、将来有望ですw

原作42巻及び47巻ネタバレ要素ありにつき、未読の方はご注意ください。

 

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「まずいなあ、どうやっても予算不足だ…」
 算盤を弾いていた伊作がうめき声を上げる。
「どうしましょう?」
 伊作を囲んで端座している数馬、左近、乱太郎、伏木蔵がおずおずと声をかける。
「どうもこうも、これでは必要な薬種が調達できない。薬草園で育てているものが収穫できるのももう少し先だし、これで怪我人や風邪なんかの患者が2,3人も出たら、完全にアウトだ…」
 肩をすくめながら、伊作はため息をつく。
「そもそも予算が大幅に削られましたからね…」
 左近が呟く。
「こうなったら、これ以上病人やケガ人が出ないように、神頼みでもしますか?」
 数馬が投げやりな声を上げる。本人さえ意味のないことだと分かっていた。
「それで効果があるのなら、巡礼でもお百度参りでもやるけど、ちょっと期待薄だよね」
「…ですよね」
 伊作の答えに乱太郎が同調する。
「だから、予算を増やしてもらうしかないってことかな」
 あっさりと言う伊作だったが、それは、できるだけ後輩たちを刺激しないよう精一杯努力した台詞だった。果たして数馬と左近が反応する。
「な、なに言ってんですか、伊作先輩!」
「そうですよ! あの会計委員長の潮江先輩に、そんな恐ろしいことが言えるわけがないですよ!」
 そんなことを会計委員会の、それも委員長の文次郎に言おうものならどんなことになるか、考えただけで怖気をふるった数馬と左近だった。
「そうは言っても、診療体制に穴が開いては保健委員としての役目を果たせない。どのくらい追加予算が必要か、積算しなければならない…まずは、薬の在庫チェックをしよう」
 伊作が座を立つ。
 -あ~あ、不運…。
 それが我が身の不運なのか、委員会に付随する不運なのか、どちらにしても重い足取りで伊作に続く数馬たちだった。

 


「バカタレィ!!!」
 襖も吹っ飛びそうな怒鳴り声に、伊作を除く全員が一様に首をすくめる。乱太郎と伏木蔵に至っては、反射的に伊作の背に姿を隠していた。
「予算会議でお前たち保健委員会の予算は全額認めたはずだ! それを、どのツラ下げて増額しろだと…!?」
 保健委員会の予算増額要求は、当然ながら予算委員長の怒りを招いてしまった。いまや、文次郎は額にいくつも青筋を浮かべながら憤怒の形相で伊作をにらみつけている。
「それは悪かったと思っているよ。でも、あのときは私も高熱で後輩たちが作った予算案にきちんと眼を通すことができなかった。ここに書いたとおり、現在の薬種の在庫は危機的な状態になっている。このままでは、病人や怪我人に責任ある治療ができなくなる。だから、予算の増額を認めてもらえないか」
 文次郎の癇癪には慣れている。伊作は落ち着いた口調で資料を示しながら続ける。
「在庫チェックの結果を見てもらえば分かるように、薬種がどうしても足りないんだ。もちろん薬草園で必要な薬草の栽培もしているけど、いま緊急に調達しなければならない薬種は、収穫に間に合わないか、そもそも薬草園での栽培ができないものばかりなんだ」
「んなことは知らん」
 拳を握り締めながら文次郎が凄む。
「期中での予算額の増額など、本気で認められると思っているのか…!?」
「でも、へたをすれば命に関わることなんだよ?」
「知ったことか! とにかく予算の増額は認めん! そんなことをすれば、他の委員会に示しがつかなくなることぐらい分からんのかバカタレイ!」
「まいったな…」
 ぽりぽりと頭を掻く伊作に、ふと数馬は違和感を感じる。
 -どうして、伊作先輩は、怒りまくってる潮江先輩の前で、こんなに落ち着き払っているんだろう…。
 いや、それは落ち着き払っているというより、他人事のように突き放した感じさえ受けるものだった。

 

 

「そうはいっても、こればかりは保健委員としても譲れないんだけど。何とか予算をつけてもらわないと、保健委員会の存亡に関わることだから」
「ほう、保健委員会の存亡に関わる、だと?」
 ふいに文次郎がにやりとした。伊作の傍らに控えていた数馬たちの表情が凍りつく。
「そこまで言うなら考えてやらんこともない」
「いいんですか、潮江先輩」
 文次郎の傍らに控えた三木ヱ門が慌てて耳元でささやく。
「…そんなことをしたら、他の委員会が黙ってませんよ」
「心配するな」
 三木ヱ門にささやき返した文次郎は、伊作に向き直ると声を張り上げた。
「保健委員会がそこまで困っているというのなら、今回は特別にチャンスをやろう。予算委員会と保健委員会が真剣勝負して、保健委員会が勝ったら予算の増額を認めてやろう。だが、もし保健委員会が負けたら…」
「負けたら…?」
 顔面蒼白になった数馬と左近、乱太郎がごくりと生唾を飲む。
「来期の保健委員会の予算は全額カットだ」
「ひいぃぃぃ!」
 身を乗り出して言い切る文次郎に、数馬たちが震え上がる。
「い、伊作先輩、やめましょう」
「そうですよ。負けたときのリスクが高すぎます!」
「もし予算がゼロになったら、それこそ保健委員会はつぶれちゃいますよ!」
 口々に伊作に訴えるが、伊作は軽い笑みを浮かべたままで言う。
「それが予算委員会の条件だというなら、しょうがないね。で、ルールは?」
「よし。勝負を受けるんだな? やめるなら今だぞ」
 文次郎が確認するが、伊作の口調は変わらない。
「保健委員会の業務を続けるためには仕方ないことだからね。受けるよ」
「「えぇぇぇ!?」」
 数馬たちが絶叫するが、文次郎は構わず続ける。
「よし。ではルールだが、裏裏山までの競争でどうだ。先に到着したほうが勝ちとする。相手の妨害は自由だが、他人の協力は禁止とする。どうだ」
「ああ、いいよ。それでいこう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ伊作先輩…」
 左近が慌てて伊作の膝を揺するが、伊作はすでにあっさりと承諾してしまっている。
「よし。それで、審判は誰にする?」
「そうだな…山田先生にお願いしようか」
「よしわかった」

 


「私が、審判だと?」
 教師長屋を訪れた文次郎と伊作に、伝蔵は思わず声を上げる。
「はい。ぜひお願いします」
「だが、私も忙しいのだ。他の先生に頼んでもらえないか」
「それが、そうも行かないのです」
 文次郎の返事に、伝蔵が眉を上げる。
「他の先生は、それぞれ他の委員会の顧問をされています。今回、委員会の勝負の審判をしていただくには、それでは不都合だと思うのです」
「それなら、学園長先生にお願いすればいいだろう」
 学園長ならいつも暇しているし、という言葉は飲み込んで、伝蔵は言うが、文次郎にたちまち返される。
「どの委員会の顧問もされていないということでは、山田先生をおいてほかにお願いできる先生がいないのです」
 そう言い切る文次郎の中では、学園長も学級委員長委員会と結託して茶菓代をこっそり計上した前科がある以上、とても中立的な立場とは捉えることができない。
「だが、学園長先生が顧問をされている学級委員長委員会には、予算は計上されておらんだろう」
「はい。ですから、学園長先生にはゴール地点の審判をお願いしました」
 そこまでなら文次郎も容認できるらしいので、とにこやかに答える伊作に、逃げ口上を失った伝蔵がため息をつく。
「…ならば仕方がない。だが、そんなに長い時間は付き合えんからな。手短にやるように」
 最後は肩をすくめて引き受けざるを得ない伝蔵だった。


 

「さて、作戦をどうするかだが…」
 スタート前に半時ほど設けられた作戦タイムで、文次郎がおもむろに口を開いた。
「何が何でも保健委員を裏裏山に到着させてはならない! そのために、ありとあらゆる妨害を仕掛けてやるのだ! これは単なる保健委員相手の競争にあらず! あらゆる委員会の上に会計委員会が君臨していることを見せ付けてやるための戦いなのだ! いいかお前たち、これは会計委員会の名誉をかけた戦いなのだ!」
 だが、文次郎の長広舌を前にした後輩たちの反応はさまざまである。三木ヱ門と佐吉は文次郎をまっすぐ見つめているが、左門の視線はあさってのほうを泳いでいるし、団蔵はあくびをかみ殺している。
 -あ~あ、せっかく掃除当番が終わったら、みんなとサッカーする予定だったのに…。
 それに、来週に迫っているい組との試合のフォーメーション決めも団蔵に任されていた。
 -いろいろ、やらなきゃいけないことがあるのにな…。
「団蔵! 聞いているのか!」
 だしぬけに文次郎の怒鳴り声が耳に入った団蔵は、思わず飛び上がった。
「は、ははい! 聞いてますっ!」
「では、佐吉と団蔵は、コース上に仕掛け縄を張りまくってくるのだ。とっとと行けいっ!」
「「は、はいっ!」」
 佐吉と団蔵が駆け出す。
「左門は、用具倉庫から撒き菱を借りてくるのだ!」
「はいっ!」
 返事はいいが、左門の身体は、用具倉庫とは別の方向に向かっている。
「こら待て、そっちじゃない…」
 三木ヱ門が慌てて引きとめようとするが、すでに左門の姿はない。
「どうしましょう、潮江先輩」
 当惑顔で三木ヱ門が見上げる。こめかみを押さえていた文次郎が、腕を組む。
「今から左門を探している時間はない…仕方がない。俺たちも出発するぞ。三木ヱ門は木砲を持ってこい」
「はいっ! では、さち子3世を連れてきます!」
 三木ヱ門が石火矢倉庫へ向けて走り出す。

 


「さて、作戦を立てないといけないんだけど…」
 保健委員会でも、作戦タイムが始まっていた。
「どうしましょう?」
 左近が、不安そうに訊く。
「普通の競争なら、我々には俊足の乱太郎がいるから有利なんだけど、会計委員会が何も仕掛けてこないはずがない」
 考え深げに腕を組みながら、伊作は続ける。
「ただ、会計委員会がどんな妨害をしてくるか、見当がつかないから、どう防御体制をとればいいかもわからない」
「それって、つまり…?」
 数馬がごくりとつばを飲み込む。
「出たとこ勝負でなんとかするしかないね」
 明るく宣言する伊作に、全員が脱力する。
「そ、そんなぁ…それで勝ち目があるんですかぁ?」
 乱太郎が、起き上がりながら声を上げる。
「実際のところ、会計委員会がどんな妨害をするか分かっていたとしても、我々にできることは限られている…ま、いつもの予算会議セットにもっぱんでも持って行くしかないんじゃないかな」
 伊作が苦笑する。
「予算会議セットって、例のトイレットペーパーとか、検便に使ったマッチ箱とか、しんべヱの鼻水をふいた手拭いとかですよね…」
 いやそうに左近が確認する。
「そういうこと。さて、そろそろ時間だ。準備をしよう」

 

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