くノ一の会計監査


現代社会では目立つことはありませんが重要な役割を果たしている監査。本来であれば合規性、経済性、効率性などの観点から行うものですが、学園長先生の思いつきではこの程度ですw

各委員会への指摘の状況はあくまでくノ一の関心の程度によるものであって、私の各委員会に寄せる愛の程度によるものでは決してありませんので…www


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「…というわけで、各委員会がきちんと業務を果たしているかを検証せねばと思っておりましての」
「さようですか」
 学園長の庵を訪れているのは福富屋である。
「もちろん、会計委員会が各委員会の予算チェックを通じて業務を見てはいるのじゃろうが、いかんせん最後は予算の分捕り合戦になって終わっておる。まあそれはそれで見てて面白いのじゃが」
 大川の相談は、各委員会がきちんと本来業務を果たしているのだろうかというふとした疑問に発していた。運動会や学園祭や予算会議で各委員会はそれぞれ結束を誇示し、実力を張り合っていた。だが、それで本来の委員会活動はできているのだろうかという疑問を抱いてしまったのだ。委員会活動に当てられる時間はそれほど多くはない。その貴重な時間をイベントごとの張り合いに向けた準備に費やしていたら、本来業務ができなくなるではないか。
 そう思い至った大川の動きは早かった。もともと思いついたら即行動する性質である。そして、知恵を借りようと福富屋を呼んだのだった。
「であれば、第三者による監査というのはいかがですかな」
「なに、監査と?」
 聞き慣れない単語に大川が首をかしげる。
「さよう。南蛮では、アウディトゥス(Auditus)といって、ビジネスが適正になされているかを確認するために、第三者による監査手続を導入しているということです。ああそうだ」
 福富屋がぽんと手を打つ。「実は私も監査とはどのようなものかを勉強しようと思いましてな、手代に南蛮の監査手続についてレポートさせたのです。今度それをお送りしましょう。きっとお役にたつと思いますぞ」
「ほう、それはありがたい」
 大川が身を乗り出す。



「で! なんで保健委員会が一番手なのさ!」
 乱太郎が食ってかかる。
「そうだぞ! よりによって委員長の伊作先輩がいないときに狙い打ちするみたいなことするなんて、卑怯だぞ!」
 左近も口角泡を飛ばして抗議する。
「困りましたね。こうも非協力的な態度では」
 落ち着き払った口調でユキが大仰にため息をつく。
「協力しないとは誰も言ってない。ただ、こういう監査って、委員長か委員長代理か、少なくとも責任を持って答えられる人がいないと、一方的な言いっぱなしになるし、そういうのはまずいんじゃないかと言ってるんだ」
 腕を組んだ数馬の正論に、くノ一たちが一瞬言葉を呑む。相談するように目配せを交わしたあと、トモミがこほんと咳払いをしてから口を開く。
「正式な手続きとしては、その通りだと思います。ただし、今回、保健委員長はタソガレドキに呼ばれて出かけたとのことであり、いつ戻るか分かりません。監査は期間が限られていますので、そのような場合は例外的に代表不在で監査を行うことはやむを得ません」
「そんなぁ~」
 情けない声を上げる乱太郎たちに、腰に手を当てたユキが言い放つ。
「というわけで、とっとと帳簿を持ってきなさい!」


「監査の手順として、帳簿と現物の有り高を照合すべし…ですって」
 マニュアルをのぞいていたアヤカが言う。
「ということは、ここの薬種ぜんぶ、帳簿と有り高をチェックしないといけないってわけ?」
 ソウコがウンザリした口調で肩をすくめる。
「待って待って…対象となる物品が多い場合は、抽出監査でもよいってあるわ。これって、サンプル調査でもいいってことよね」
「よかった☆ それなら、適当に薬種を選べばいいってことね」
「あ、でも、そのときには抽出基準を明らかにすべしって書いてあるわ」
「それってどういうこと?」
「つまり、適当に選ぶんじゃなくて、なんらかの基準に基づいて選びましたって言えなきゃいけないってことでしょ。たとえば、値段の高い順から選びました、とか、量の多い順から選びました、みたいな」
 ごそごそと相談を始めた監査チームを、医務室の隅に控えた保健委員たちが当惑気に見つめる。
「あの…いつになったら監査をはじめるんですか」
 たまらずに乱太郎が声を上げる。
「うるさいわね。あんたたちは黙ってて!」
 振り返ったユキが言い捨てる。
「なんだよあの態度」
 左近がぶすっと吐き捨てる。


「えっと、資金の出し入れは会計帳簿で見られるわね」
「あと、薬種の領収書があるわ」
「じゃ、あとは薬種の有り高を確認できればいいわね」
 ソウコとごそごそ話していたアヤカが振り返る。
「じゃ、あとは薬種の有り高が分かる帳簿を持ってきてください」
「薬種の有り高?」
 数馬が首をかしげる。
「そうです。それぞれの薬種がどれだけ残っているかが分かる帳簿があるはずですが」
「そんなのあったっけ」
「聞いたことないです」
 左近たちが当惑したように口ごもる。
「だって、この薬種について、何月何日に何匁買って、何月何日に何匁処方するために使ったか、っていう帳簿はつけてないんですか?」
「ああ…そんなのムリです」
 断言する数馬に、監査チームが脱力する。
「ど、どうしてよ…」
「だって、こんなにたくさん薬種があって、毎日いろいろ処方するためにつかっているのに、いちいち帳簿になんかつけてられないでしょ!」
 乱太郎が言い募る。
「でも、それじゃ照合できないわ」
「ていうか、帳簿がないこと自体が問題じゃない?」
 ソウコとアヤカが顔を見合わせる。
「えーっ! こんなにたくさんの薬種があるのに、使うたびに帳簿につけろっていうの!?」
 両手を振り回しながら乱太郎が抗議する。
「現場の苦労も分かってないくせに、勝手なこと言うなよな」
 左近がむくれる。
「監査の立場としては、きちんと帳簿をつけてもらわないと、検証できません。ということで、薬種の残高を確認できる帳簿がないことは指摘とします。指摘事項についてはあとでどう改善したか報告することになっています」
「ちょ、ちょっとまって…」
 数馬が言いかけたが、すでにアヤカは報告書に書き込んでいた。
「で、帳簿チームのほうはどう? なにかあった?」
 ソウコが会計帳簿をチェックしていたユキたちに声をかける。
「う~ん、そもそも予算額が少ないから、あんまりお金の出入りがないのよね…」
「そうだよ! 僕たち保健委員会はいつも予算を削られているから、買いたいものだって買えずに苦労してるんだ!」
 左近がここぞとばかりに言い募るが、監査チームは別の意味に捉えたようである。ユキが眉をひそめて言う。
「買いたいものも買えないんですって?」
「そうだよ! 保健委員会がいかに苦労してるかわかるだろ!?」
「ということは、それで保健委員会の業務に支障が出てるってこと?」
「そうだよ!」
「それは問題ね…それって、必要な予算を確保できてないってことでしょ?」
「ということは、必要な予算をつけない会計委員会への指摘ってことかしら?」
 ソウコの呟きに、並んで座った数馬と左近と乱太郎がうんうんと大きく頷く。
 -そのとおり!
 -くノ一にしてはいい視点だ!
 -これで会計委員会が指摘されれば、必要な予算をつけてくれるかも…!
 だが、その期待はユキの一言で木っ端微塵となった。
「でも、必要な予算をぶんどれないのは、保健委員会の努力不足でしょ?」
「ええっ!」
「どうしてそうなる!」
「それはそうかもね」
 あっさり頷いたアヤカがふたたび筆を執る。
「ということは、指摘点第二は、『必要な予算を確保するよう努力すべし』ってとこね」
「そんなぁ~」
「でも、その指摘をするには、もっと根本的なところに踏み込まなければならないと思うの」
 考え深げに顎に指を添えながら、さらにユキが言う。
「というと?」
 アヤカとともに乱太郎たちも身を乗り出す。
「つまり、保健委員会は不運だから予算もロクに確保できてないってことでしょ? ということは、問題の根底には、保健委員会は不運を何とかしなければならない、ということがあると思うの」
「ちょっと待て…」
「なんで話がそういう方向に…」
「不運をなんとかするなんて、ぜったいムリだっ!」
 一斉に抗議する乱太郎たちを聞き流してアヤカがにっこりする。
「なるほど! ユキちゃん冴えてる☆ …では、指摘点第三『保健委員会は不運をなんとかすべし』こんなとこかしら」
「そうね。一番手から指摘点が三つも出るなんて、幸先がいいわね」
 報告書に目を通しながら笑顔を交わすと、トモミがなおも抗議を続ける乱太郎たちに向き直って手を突き出した。思わず乱太郎たちが言葉を呑み込む。
「以上で保健委員会の監査を終わります。指摘事項は三点です。今後、改善につとめるとともに、改善状況を報告してください。ではこれで」
「おい、待てって…」
「ユキちゃんたち、ひどいよ…」
 がっくりと座り込む乱太郎たちを残して、監査チームは意気揚々と医務室を後にした。
 


「では、これより生物委員会の会計監査を行います。帳簿を提出してください」
「…はい。これです」
 初めての経験ですっかり硬くなった八左ヱ門が、うやうやしく帳簿を差し出す。
「はい。あと、生物委員会で買っている生き物のリストを見せてください」
「はい」
 -必要な帳簿はそろっているようね。
 -保健委員会とは大違い。
 ほっとした表情になって監査チームが帳簿をめくり始める。と、飼育リストに目を落としていたおシゲが怪訝そうに顔を上げる。
「あの…このリストにあるジュンコとか小町とかミーちゃんって、何でしゅか?」
「え!? ああ、それは、その…」
 正確なところを答えていいのか分からずに、八左ヱ門はあわあわと口を濁す。
「ああ、それは全部、僕の愛するペットたちです」
 代わって明るい口調で答えたのは、孫兵である。
「個人的なペット…でしゅか?」
 おシゲが首をひねる。
「はい! 毒蛇とか、毒グモとか、毒虫たちです!」
「え…どくへび…!?」
 その言葉の意味がすぐには捉えかねてぽかんとするおシゲたちにかまわず、弾んだ声で孫兵が言う。
「いまお目にかけますよ…ジュンコ! おいで!」
「シャーッ」
 襖のすき間から鎌首をのぞかせたと思うと、たちまち大きな蛇が身をうねらせながら孫兵に向かって一直線にやってきた。
「きゃーっ!」
「へ、へ、ヘビ!」
「助けて!」
 予期せぬジュンコの登場に、監査チームは大混乱となった。帳簿も何も放り出して部屋の隅にひとかたまりになる。
「ああっ! そっちはダメ!」
 ただならぬ孫兵の口調に、監査チームの動きがぴたりと止まる。
「な、なによ…」
「そこは毒グモの大山兄弟のお気に入りの場所なんだ!」
「ど…毒グモ!?」
 監査チームが顔面蒼白となる。
「きゃあっ!」
「イヤイヤイヤ!」
 別の一隅に逃げ込むと、また孫兵の叫び声が上がる。
「ああっ! そっちに行ったら…!」
「な、なによ…」
 震え声でユキが訊く。
「そこは毒カエルの…」
「キャーッ!」
「気持ちわるい!」
 また別の一隅に駆け寄ろうとしたとき、「ああっ!」とひときわ高い声を上げた孫兵が思わず顔を覆った。
「な、なに?」
「今度はなんなの?」
「ひ…ひどい! あんまりだ…!」
 孫兵が顔を覆ったまま泣き崩れる。
「ちょっと、質問にこたえ…」
 言いかけたところで、ユキは足元から立ち上る異臭に思わず鼻をつまんだ。
「ちょ、ちょっと…」
「なにこのニオイ…」
「君たち、監査だからってそんな横暴が許されるなんてありえない! 僕の大切なカメムシさんたちを大量虐殺するなんて… 訴えてやるっ!」
 言い残すと、もはや周囲も憚らず大泣きしながら、孫兵は部屋を駆け出した。
「これって…?」
「あ…ああ。そこは、孫兵が飼っているカメムシ越冬隊がときどき休憩に来るスポットで…」
 決まり悪そうに頭をかきながら八左ヱ門が説明する。
「ぎゃーっ!」
「もうイヤっ!」
「こんなのガマンできない!」
 いきり立った監査チームも、続いて部屋を出る。
「お~い」
「カメムシ踏んだ人はローカをあるくな~」
 三治郎と一平が、廊下に身を乗り出して声をかける。次の瞬間、眼を三角にした監査チームから一斉に手裏剣が放たれた。


 半刻後、指摘事項を記載した紙を結わえた苦無が生物委員会室に打ち込まれた。
『生物委員会指摘事項
一、生物委員会は生物を籠や壷の中で適切に管理し、くれぐれも逃がさないこと。
二、生物委員会で飼育する生物に個人的なペットを含めないこと。
三、伊賀崎孫兵が飼っているペットはすべて処分すること。』



「言っとくけど、図書委員会はきっちり仕事やってんだからな」
 きり丸がぶすっとした顔で言う。
「どうかしら。それは監査した後に私たちが判断することよ」
 トモミがそっけなく返す。
「そもそも図書委員会は予算が足りなくて、必要な本を買ったり、本の修補に必要な材料を買うにも困ってるくらいなんだ。指摘するなら予算をつけてくれない会計委員会にしろよな」
 久作の声も不機嫌そのものである。
「あら。そんな保健委員会みたいなこと言ってると、予算獲得の努力不足って指摘するわよ」
 ソウコが涼しい声で言う。図書委員会の監査はのっけから険悪な雰囲気である。
「まあまあ、監査チームも仕事なんだし、僕たちがきちんと仕事をしていることを分かってもらうためにも協力しないと」
 苦笑しながら雷蔵が割って入る。


「では、これより図書委員会の監査の講評を行います」
 ユキが改まった声を上げると、雷蔵以下居並ぶ図書委員会メンバーが緊張した面持ちで背筋を伸ばす。もっともその傍らでは何事もなかったように図書カードを作っている長次が筆を動かしていたが、さすがに監査メンバーも何も言わない。
「全体的にきちんと事務処理をしていることは確認できました…ただし」
 ほっとしたように緩んだ久作たちの表情が、再び引き締まる。
「な、なにかモンクあるってのかよ」
 気丈にきり丸が突っかかる。
「一点、指摘事項があります」
 淡々とユキが報告書を読み上げる。「期限を過ぎた本は速やかに返却するよう督促すべし」
「そんな…」
「期限が過ぎた本は、すみやかに返却させてます!」
 怪士丸と久作が抗議する。
「でも、学園長先生が借り出した本は期限を過ぎても返却されていません」
 トモミが指摘する。しまった、というように久作たちが顔を見合わせる。大川だけは、いくら早く返却するよう言っても「もう少しだけじゃから」と言いくるめられてそれ以上追及できなかったのだ。
「んなの、学園長先生ひとりだけじゃねーか。そんなことまで指摘すんのかよ」
 憮然とした表情できり丸が言う。
「未返却は未返却です。学園長先生に例外を認めるなら、そういうふうに図書室の規則を定めるべきです」
 つんとしてユキが続ける。「ではこれで図書委員会の監査を終わります」



「ほう。ここが何の委員会か分かっているんだろうな」
 会計委員会の部屋の前に腕を組んで立ちはだかった文次郎が凄む。
「もちろんでしゅ。会計委員会も監査の対象から外れることはありませんでしゅ」
 腰に手を当てたおシゲが言い切る。
 -おシゲちゃんすごい…。
 -がんばって、おシゲちゃん…!
 背後で身を縮めていたくノ一たちが頷き交わす。文次郎の全身から放たれる殺気に、監査チームもたじろがずにはいられなかった。おシゲを除いて。
「会計委員会は各委員会の予算、決算をチェックし、必要な予算を配分する委員会だ! 従って監査を受ける必要などない!」
 怒りに眉をひくつかせながら文次郎が声を上げる。
「理由になっていないでしゅ。予算、決算のチェックと監査は別でしゅ」
 おシゲも引かない。文次郎の浅黒い顔がみるみる紅潮する。
 -やば、やばいよ…潮江せんぱいが完全に怒ってしまわれてる…。
 文次郎の後ろに控えた三木ヱ門の顔が青ざめる。団蔵と佐吉はもはや口を利くこともできずに互いにしがみついているばかりである。
「キレる寸前だな…」
 傍らの左門が無自覚に呟くと同時に文次郎が吼えた。
「お前ら会計委員会をなんだと思ってやがるっ!!! 俺たち会計委員会が眼を光らせているからこそ各委員会は活動できているんだ! それ以上のチェックなんかいらないんだよ!!!」
 廊下にビンビン響き渡る怒鳴り声に全員が震えあがったが、おシゲだけはにやりと笑って文次郎を見上げている。
「な、なんだよ…」
 気勢をそがれた文次郎が戸惑ったように言う。
「こまりましたね…監査拒否でしゅか?」
 懐から取り出した監査マニュアルにちらと眼を落としたおシゲがふたたび文次郎を見上げてにやりとする。「監査を受けることを拒否した委員会は、活動停止でしゅ」
「な…なんだとォ…!!!」
 ふたたび逆上した文次郎が拳を握って身を乗り出す。「そんなことを言いやがるのはどこのどいつだっ!!!」
「ここに書いてありましゅ」
 広げた監査マニュアルを文次郎の鼻先に突き付けながらおシゲは言う。「おじい様…じゃなかった、学園長先生が決められた規則でしゅ」
 監査などくノ一教室が始めた遊びとしか思っていなかった文次郎が、顎が外れたようにぽかんと口をあけて硬直する。容赦なくおシゲが言葉を重ねる。
「それでも監査を受けないなら、会計委員会は監査拒否したと報告書に書きましゅ」
 言いながら懐から出した紙に何やら書きつけようとする。
「いや、いやいやいや、そんなことはひとっことも言ってませんですっ!」
 冷や冷やしながら見守っていた三木ヱ門が文次郎の背後から飛び出す。満面に引きつった営業スマイルをたたえながら、揉み手で愛想を振りまく。
「でも、監査はいらないって言ってましたてしゅ」
 おシゲの声は冷たい。
「いやそれはですね、会計委員長は、会計委員会が仕事をきっちりやっているということをおっしゃりたかっただけで、監査がいらないなどとは全然、毛頭、カケラほども思っておりませんです…」
 額から汗が吹き出す。ここはショックのあまり機能停止した文次郎に代わって、何が何でも活動停止という事態を避けなければならなかった。
「ホントでしゅか?」
 疑わしげにじろりとおシゲが睨む。くノ一教室のなかでもひときわ小柄なおシゲだったが、文次郎よりも強烈な押し出しを感じて三木ヱ門の背に冷たい汗が伝う。
「も、もちろんです…ほ、ほら、お前たち、早く潮江先輩をお連れして、監査の皆さんを委員会室にお通ししろ!」
 愛想笑いを浮かべながら言うや、背後で硬直している文次郎に寄り添っている後輩たちに指示を飛ばす。硬直している文次郎をこの場からどかさないと、正気に戻ったときにまたどんなトラブルになるか分からない。
「は、は~い」
 左門と団蔵、佐吉が文次郎の身体を担ぎ上げて運び去る。
「ささ、どーぞどーぞ。こちらが会計委員会室でございます」
 襖を大きく開けた三木ヱ門が監査チームを招じ入れる。

 


「すごかったんですって? おシゲちゃんがあの鬼の会計委員長を圧倒したって?」
「そうなのよ。もうグウの音も出ないまでにね」
「見せてあげたかったわ。あの『監査拒否したら委員会活動停止』って言った時のおシゲちゃんのカッコいいところ!」
 くノ一教室に戻った監査チームが弾んだ声で話している。
「恥ずかしいでしゅ…」
 おシゲは顔を赤らめている。
「で、会計委員会にはなにか指摘はあった?」
 卯子が期待を隠しきれない表情で訊く。
「それがでしゅね…」
 おシゲが小さく肩をすくめる。「会計委員会は紙と墨くらいしか使わないから、あんまり面白い指摘が書けなかったでしゅ」
「そうなの?」
 卯子の声に失望が混じる。「でも、指摘は書いたんでしょ?」
「はい…一応」
 もじもじしながらおシゲが答える。
「どんなの?」
「聞かせて聞かせて!」
「はい…ひとつは、『団蔵くんの字がきたなすぎて帳簿の書き直しが多いので、団蔵くんの字をきれいにすること』で、もうひとつは『十キロ算盤は意味がないので普通の算盤を使うこと』でしゅ」
「ちょっと…それ、ホントに書いたの?」
 しれっと答えるおシゲに皆が唖然とする。
「はい」
 大きく頷いたおシゲはちらっと舌を出しながら続ける。「田村三木ヱ門先輩が泣いてたでしゅけど」
 -そりゃそうでしょうね…。
 おシゲを除く全員が同情したように肩を落とす。




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