タカめも記載基準

タカ丸のタカめもは、傍から見るとなんかポイントがずれているように見えるのですが、本人としては確固たる記載基準があるんだろうな…と妄想したところから書いてみました。

 

そういえば、四年生をメインに描くのは初めてでした。クセの強い人物ばかりの四年生は、キャラクターが固まっているぶん、茶屋にとっては逆にハードルが高いようです。

 

 


「それで、しんべヱが寝ぼけて『ごはんまだ?』って言ったもんだから土井先生が怒っちゃって…」
「ははは、そりゃひどいな」
「さすが一年は組だね」
 火薬の在庫チェックが終わった焔硝蔵では、火薬委員たちが片づけをしながら笑いさざめいている。いまは、伊助が半助の授業中の出来事を話しているところだった。二年生の三郎次も、四年生のタカ丸も、まずまともに終始することのない一年は組の授業の話が面白くてならないらしい。
 -ったく、アイツら…。
 少し離れたところで後輩たちが記入したチェック表を確認しながら、兵助がそっとため息をつく。
 -なんか、このほのぼのムードって、忍者の学校らしくないんだよなあ…。
 忍の仕事に、火薬の知識は欠かせない。そもそも忍が大名たちに重宝されるのは、諜報や工作などのテクニックだけではない、火薬と火器に関する専門知識を有するゆえだった。だから、火薬を扱う火薬委員会は、兵助の考えでは、もっと重要な任務を負い、脚光を浴びてもいいはずだった。それなのに、仕事といえば在庫チェックくらいしかないし、他の委員会からは何をやっているか分からないと陰口を叩かれているし、そのことに後輩たちはまったく無自覚である。
 -せめて、火器に詳しい立花先輩が委員長でいてくれたら、少しは違うんだろうけどな…。
 いまのところは六年生の委員長が欠員のため、兵助が五年生ながら委員長代理をつとめている。しかし、自分にも、火薬委員会をどうすればいいのか、具体的なアイデアはない。
 -つまり、僕の力不足ということなのかな。
 まだ五年生だから、なのだろうか。たった一年違うだけで、これほど差がつくものなのだろうか。自分が六年生になったとき、果たして火薬委員会を力強く引っ張っていけるようになっているのだろうか…。
 考えあぐねたまま、兵助はまた、何度目かのため息をそっとつく。

 


「久々知兵助くん、こっちで一緒に話そうよ」
 タカ丸が無邪気に呼びかける。
「え…ああ」
 チェック表を手にしたまま、兵助は振り返る。
「タカ丸さん、前から聞きたかったんですけど」
 三郎次がタカ丸を見上げる。
「なんだい? 三郎次くん」
 よいしょ、と火薬の壷を上段の棚に戻したタカ丸が、ほにゃりと笑う。いかにも忍に向かない無防備な笑顔だ、と兵助は思う。
「タカ丸さんは、どうして久々知先輩のこと、くん付けで呼ぶんですか?」
「ああ、そうだね」
 タカ丸は眉を軽く上げた。おそらく、それが精一杯の驚きの表情なのだろう。
「そういえば、僕は四年生だから、本当は先輩って呼ばなきゃいけないのかもね。ねぇ久々知くん、そうしたほうがいい?」
 結局、くん付けで呼びかけているタカ丸である。
「だからぁ」
 三郎次が突っ込もうとしたとき、兵助が口を開いた。
「僕は、別にどっちでも構わないよ」
「いいんですか? くん付けで呼ばれても」
「たしかに僕は五年生で、君は四年生だけど、歳は僕のほうが下だからね。歳を考えると、僕のほうが先輩って呼ばないといけないのかもしれない。そんなこと考えると、どっちでもいいやって思うんだよね」
「ホント? じゃ、今までどおりでいい?」
「ああ、僕はね」
 そもそも人数の少ない火薬委員会で、しかも年上の後輩というややこしい関係を抱えていては、いちいち先輩後輩にこだわっても仕方がないと兵助は考える。だいたい、タカ丸にそんなことを指摘する三郎次にしても、伊助にしても、タカ丸にはさん付けこそすれ、先輩呼ばわりはしていないのだ。
 -まあ、そのあたりは、緩くてもいいんじゃないかな。
 そういうことにはこだわりのない兵助は、チェック表を畳んで懐にしまう。あとで在庫報告を、顧問の半助に提出しなければならない。

 


「よかったね、タカ丸さん」
 伊助が、のんびりと声をかける。
「うん! それで、土井先生はどうしたの?」
「あ、そうそう…それで、しんべヱが『せっかくおでん食べてる夢を見てたのに』ってよだれだらだら流しながら言うもんだから、先生が『そんなしょーもない夢みるな!』って叫んだんです」
「ははは…しんべヱは、相変わらず食べ物のことばっかりだな」
 三郎次が笑い転げているが、タカ丸には合点がいかないようである。
「ねえ、どうしておでんがしょーもない夢なの?」
「あ、タカ丸さん、まだ知らなかったんだ。土井先生って、練り物が大の苦手なんです。だから、おでんなんて論外」
「ふーん。土井先生はおでんが苦手…と」
 懐から出したメモ帳に、タカ丸が書き込む。
「タカ丸さん、メモするところが違うんじゃないですか?」
 三郎次が突っ込む。
「そうかなあ。大事なことだと思うんだけど。それに、メモしとかないと忘れちゃうしね」

 


「どう思います? 久々知先輩」
 しきりにメモ帳に書き付けているタカ丸を見やりながら、三郎次が訊く。
「まあ、忍術学園に転入したばかりなんだし、いろいろ覚えないといけないこともあるんだろうから当然じゃないのかな」
 あまりタカ丸を揶揄しないように言葉を選びながら、兵助は答える。
「でも、ちょっとメモするポイントが違うような気がするんですが…」
 三郎次は、あまり納得していないようである。
「メモは大事なんだよ」
 メモを懐にしまいながらタカ丸が言う。
「…忍術学園に入学するときに、父から言われたんだ。大事なことはメモしておかなければならないってね。授業のときだって、大事なことは『忍たまの友』にはあえて書いてないから、先生のお話はメモしておかないといけないでしょう?」
「まあ、そうですけど」
「父から言われたことがもう一つあるんだ」
「なんですか?」
「お客さんと話したことは、きちんとメモしておかなければならないって。髪結いは、お客さんといろいろな話をすることが多いけど、そのお客さんが次に来てくださったときに、同じ話を繰り返したら、お客さんがいやな気分になっちゃうでしょう? そうならないように、お客さんがどんな人で、どんな話をしたかをメモしておくことが大事なんだって」
「ふーん」
 つい伊助たちも、聞き入っていた。
「そうやってお客さんといろいろなお話をすることは、忍者として人から情報を聞きだす役にも立つんだって」
 そう話しながら、タカ丸は、兵助の髪をいじったときのことを思い出していた。

 


「久々知くん、少し髪が伸びてるようだね。僕が少し切ってあげようか?」
 兵助が煩わしげに前髪を払ったのを、タカ丸は見逃さなかった。
「え、いや、いいよ」
 タカ丸の手がける髪型が激しい結果になると聞いていた兵助はためらう。
「大丈夫だって、そんなすごいことはしないから」
「…ならいいけど」
「じゃ、ここに座って」
 胡坐をかいた兵助の首に風呂敷をまわしかけると、タカ丸は鋏を取り出した。
「久々知くんは色白だから、ハイトーンのベージュゴールドとかでも合いそうだけど、どうする?」
「は?」
 耳慣れない言葉に、兵助は思わず訊き返す。
「ちょっと明るい色に染めてもいいんじゃないかと思って」
「い…いやいやいや」
 兵助は強く頭を振る。
「このままでいい」
「そうかなあ。とっても映えると思うんだけど」
 ぶつくさ言いながら、兵助の前髪に鋏を入れる。
「ねえ、久々知くんは、将来はどんな忍者になりたい?」
 軽快に鋏を動かしながらタカ丸が放った質問に、兵助は戸惑う。
「どんなと言われても…君は?」
 自分がどんな忍になりたいかなど、まったく思い描くことができない兵助は、とりあえず回答を先延ばすことにした。
「僕? 僕はねえ…」
 鋏を持つ手は動かしたまま、タカ丸は少し思案するように首をかしげた。
「僕はやっぱり、髪結い兼業かな」
「兼業?」
「うん! 僕は忍者にもなりたいけど、父のようなカリスマ髪結いにもなりたいし。祖父は両方できたんだから、僕にもできないことはないんじゃないかって思うんだ」
「そうか」
「そのためには、忍者の修行も髪結いの修行も、もっと頑張らないといけないんだけどね」
 決意は勇ましいが、柔らかい口調とほにゃりとした笑顔が、勇壮さをだいぶ減じている。
 だが、この笑顔こそ順忍の素質なのかもしれない、と兵助は考える。
 -それに比べて、僕にはなにがある?
 思考がいつもの迷宮に入り込みそうになったとき、タカ丸の問いに兵助は我に返った。
「で、久々知くんは、どんな忍者になりたいの?」
「どうなると思う?」
 兵助は、またも回答を引き延ばした。タカ丸がどう思っているかも興味があった。
「うーん、どうかなあ」
 解いた髷を結いなおしながら、タカ丸は口ごもる。
「実のところ、久々知くんがどんな忍者になっているのか、これっていうのが思いつかなくて…お城勤めでも、フリーでも、戦忍でも草でも、なにをやっていても馴染んでいそうだから、逆にこれっていうのがないっていうか…ごめんね、気を悪くした?」
 申しわけなさそうな表情で顔を覗き込まれた兵助は、首を振った。
「いや、別に」
 -そんなことはない。
 そんなことはないが、なにか自分の意思の空白をタカ丸に見透かされてしまったようで、兵助は軽い動揺をおぼえていた。
 動揺が表情に現れないように、兵助はむすりと眉を寄せている。
 -ひょっとしたら、久々知くんは、迷っているのかな。
 くせの強い髪に櫛を通しながら、タカ丸は考える。
 忍としての訓練はまだ始まったばかりだが、髪結いとしての経験はそれなりにある。そのなかには、客の髪を扱うほかに、客との会話を通じて、客が本当に望む髪型を把握するということも含まれていた。それは、客が本心ではなにを考えているかを洞察する訓練にもなっていた。
 だから、タカ丸には、兵助には忍になりたいという強い意思がないことがわかるのだ。

 


「じゃ、タカ丸さんは、どんなことをメモすることにしているんですか?」
 伊助が訊ねる。
「2番目に大事なこと」
 あっさりとした答えに、伊助たちが目を丸くする。
「2番目に?」
「大事なこと?」
「だからぁ」
 タカ丸はにっこりする。
「大事なことだけど、ひょっとしたら忘れるかもってことをメモしているんだ。いろんな話を聞くと、最初に聞いたことなんかは忘れちゃうことが多いでしょう? それに…」
「それに?」
 伊助たちが訊く。兵助も、いつの間にか耳を傾けている。
「いちばん大事なことは、いちいちメモする必要がないから」
「どういう…ことですか?」
「だって、本当に大事なことだったら、メモなんかしなくても頭に入るでしょ? だから、メモするのはその次に大事なことなんだ」
 -たとえば、焔硝蔵に火種を持ち込んじゃいけないこととか、久々知くんが、本当は将来に迷っていることとか、ね…。

 

 

<FIN>