タソガレドキのマスコット

 

アニメ19期の「正しい忍者食の段」で、タソガレドキ忍者隊の小頭からパペットをもらう伏木蔵を見たとき、これはもうタソガレドキ忍者隊のなかで、伏木蔵はマスコットの地位を確立したな、と感じてしまいました。えぇ、もうビビっと(笑)

そうなれば、次の段階はこれしかないでしょう。どう考えても(爆)

 

 

「ねぇねぇ、なにやってるの?」
 校庭の隅の木立に日陰ぼっこにやってきた初島孫次郎は、先客の姿に声をかけた。
「日陰ぼっこ」
 薄暗がりの中から答えたのは、鶴町伏木蔵である。その右掌を覆っているものに、孫次郎は眼を丸くした。
「それ、なに?」
「ああ、これ?」
 伏木蔵が満足そうに右掌を見やる。
「雑渡さんパペット」
「どうしたの、それ?」
 伏木蔵の隣に腰をおろしながら、孫次郎は興味深そうにパペットを覗きこむ。
「これ、タソガレドキ忍者隊の山本さんにもらったの。おみやげだって」
「ふうん。いいなあ」
「うん。ぼくも、すごくうれしかったんだ」
 そう言うと、伏木蔵はパペットの両手を動かして見せた。
「でも、こわくないの?」
 心配そうに声を低めた孫次郎を、伏木蔵はきょとんとして見つめる。
「どうして?」
「だって、タソガレドキ城って、いくさ好きで、殿様の黄昏ジンベは不気味で評判が悪くて、それに忍者隊はものすごく優秀だけどとってもこわいって聞いたことがあるよ」
 おそろしげに言う孫次郎だったが、伏木蔵は泰然と笑顔で首を横に振る。
「ううん。ぜんぜんそんなことないよ。雑渡さんも、山本さんたちもとってもやさしい人たちだよ」
「そうかなあ」
 そういわれても、なお孫次郎は納得できない様子である。
「…だって、生物委員会の竹谷八左ヱ門先輩がいってたよ。あのタソガレドキ忍者隊の組頭のホータイ野郎だけは、ぜったいゆるさないって」
「それは、雑渡さんに負けちゃったからじゃないの?」
 八左ヱ門がその場にいたら憤死しそうなことを、伏木蔵はしれっと言う。
「まあ、それはそうかもしれないけど」
 孫次郎も、あまり八左ヱ門とは感情を共有していないようである。
「それに、保健委員会委員長の善法寺先輩は、雑渡さんととってもなかがいいんだよ。だから、雑渡さんも、ときどき善法寺先輩に会いに来てるみたいだし」
「へえ、そうなんだ」
「けがの手当てとか、してもらってるみたい。それに、ほんとうに悪い城のこわい忍者だったら、ぼくにパペットをくれるなんてこと、ぜったいしないと思うんだ」
「それはそうかもね」
 パペットの頭を撫でながら、孫次郎はおっとりと頷いた。と、その顔を上げて伏木蔵に向き直る。
「あ、そういえば、伏木蔵に手紙が来てるみたいだよ。小松田さんがあずかってて、伏木蔵のことさがしてたよ」
「ほんと? だれからだろう」
「さあ」
「事務室にいってみる」
「うん。じゃぁね」

 


「しつれい…します」
 遠慮がちな声が聞こえて保健室の襖が開く前から、伊作は外にいる伏木蔵の気配に気づいていた。
 -いつもならすぐに入ってくるのに、どうしたんだろう。
 薬研を動かしながら伊作はあえて顔を上げずに声をかける。
「どうしたんだい」
「あの…ちょっと、こな、この手紙を…」
 伏木蔵の当惑声に、伊作が顔を上げる。そこには、手紙をおずおずと差し出す伏木蔵の姿があった。
「誰からの手紙だい?」
 手紙を広げながら、伊作は訊く。手紙に眼を落としていた伊作の眉が軽く上がった。
「これは、伏木蔵への招待状だね。タソガレドキ忍者隊の慰安旅行への招待なんて、すごいじゃないか」
 手紙を読み終わった伊作は、微笑みながら手紙を伏木蔵に返した。
「でも…でも、ひとりでいくのはちょっとこわいし…ちびっちゃいそうだし…」
 顔を伏せた伏木蔵が、もじもじする。
「そうだね。タソガレドキ忍者隊の慰安旅行に伏木蔵だけ行かせるのは危険だ。だから、お邪魔虫かもしれないが、私も一緒に行こう。それならこわくないだろ?」
「はい!」
 顔を上げた伏木蔵は、眼を輝かせて伊作に飛びつく。
「よかったぁ。伊作先輩といっしょなら、ぜんぜんこわくないです…」
「それはよかったね」
 伏木蔵の頭を撫でながら、伊作は言う。ふと、その右掌のパペットに気づいた。
「ああ、その山本さんにいただいたパペットも持って行くといい。大事に使っているってわかったら、きっと皆さんも喜ばれるよ」

 


「あっ! 山本さ~ん!」
 待ち合わせた茶屋の縁台に座っていた伏木蔵は、やってきた山本陣内たちの姿を認めるや声を張り上げて駆け寄った。
「こらこら、伏木蔵。そんなに人の名前を大声で呼んではいけないよ」
 -特に忍の名前はね。
 伊作が苦笑する。
「君も来てくれたのかね、善法寺君」
 物陰から、雑渡がぬっと姿を現した。
「はい。ご招待は伏木蔵だけだったのでお邪魔虫かもしれませんが、一人でやるわけにもいきませんでしたから…」
 もちろん手ぶらで来たわけではありませんから、と懐から薬の入った壷を取り出しながら、伊作が頭をかく。
「君も来てくれると思ったよ…尊奈門」
「はい」
 尊奈門も姿を現す。
「善法寺君から薬を預かっておいてくれ」
「ではこれを」
「はい」
 薬の壷が尊奈門の懐におさまったのを見届けてから、昆奈門が歩き出す。

 


「それにしても、なぜ慰安旅行に伏木蔵を?」
 温泉地の宿で、包帯の準備をしながら、伊作は訊いた。
「まあ、当然の質問だな」
 部屋には昆奈門と伊作の2人きりである。タソガレドキの部下たちと伏木蔵は、すでに風呂に出かけていた。
「タソガレドキ忍者隊の旅行に、忍術学園の関係者が同行していたなんて知られたら、問題にならないのですか?」
 忍装束を脱いだ昆奈門の体から、包帯を手に巻き取りながら伊作は心配げに訊ねる。
「忍者隊のことは全て私に任されている。何をしようが、誰を同行させようが、私が責任を取るだけの話だ」
「それはそうですが」
「なに、これは必要に迫られてのことだ」
「必要に?」
 伊作は、包帯をすっかり解いた昆奈門の皮膚の状態を仔細に診はじめる。
「そうだ…実のところ、私の部下たちが、すっかり伏木蔵のファンになってしまってね」
「伏木蔵の、ですか?」
 患部に眼を近づけていた伊作が、思わず顔を上げる。 
「そうなのだ」
「どういうことですか?」
 薬を塗りはじめながら、伊作が訊く。
「われわれタソガレドキ忍者隊が恐れられているのは、君もよく知っているだろう。うちの殿が嫌われていることも」
 淡々と昆奈門は語り始めた。
「…われわれも、それは承知の上のことだ。だが、忍とて人の子。自分たちを慕ってくる者には、それなりの感情を抱いてしまうものだ。それは危険なことでもあるが、自然なことでもある。組頭としては、そのあたりも気を配ってやらねばならぬことだ」
「たいへんな、お仕事ですね」
「いままでは、そんなことを心配する必要はなかった。われわれを慕ってくる者など、いなかったからね。いるのはわれわれを恐れるか、敵として挑んでくる者ばかりだ」
「…」
 あえて相槌を打たずに、伊作は薬を塗り続ける。そのような恐怖と敵愾心にさらされ続ける立場は、どんなに辛いだろうと思いながら。
「…だが、伏木蔵は違う。われわれを恐れるどころか、慕ってくる。いまでは山本や高坂をはじめ、私の部下たちはすっかり伏木蔵のファンになってしまっているのだ…まったくたいしたものだと思う。もはや人に心を許すということなどありえないと思っていた連中が、あんな小さな子どもに夢中になってしまうのだからね」
「私も、伏木蔵には驚かされているんですよ」
 手を休めることなく、伊作は口を開く。
「どういうことかね」
「伏木蔵はほんとうに怖がりで、私の私物の骨格標本を見ただけでちびってしまうくらいなんです。この先、ほんとうに忍としてやっていけるのかと心配になるくらいでした」
「…」
 昆奈門は黙って続きを促す。
「…だけど、伏木蔵は不思議に物怖じしないところもあって、あなたもよくご存知の潮江文次郎にさえ平気で容赦なくツッコミを入れてしまうところもあるのです。タソガレドキの皆さんに懐いているのを見て思ったのですが、伏木蔵には、われわれ凡人がつい抱いてしまう心のバリアがないのかも知れません」
「心のバリア、ね」
「そうです」
 薬を塗り終わった伊作は、包帯を巻き始める。
「それが、私の部下たちにも伝わった、ということか」
「そうかも知れませんね」
「たいした順忍の素質だな」
「そうであればいいのですが」

 伊作の声が沈む。昆奈門が軽く眉を上げた。
「どういうことかね」
「順忍であれば、相手の心を解くのは表面上の態度だけで、腹に一物あるというのがあるべきところでしょう。だけど、伏木蔵は違う。心の底からタソガレドキの皆さんに懐いている。それは、順忍とは違うものだと思うのですが」
「なるほどね」
 だが、昆奈門は決して納得していない、と伊作は感じた。 
 -今の君の分析は、そのまま君自身のものだということに、君は気づいているのかね。
 結局、同級生や上級生の多くを敵に回した自分の下に来て、部下のうち限られたものにしか見せたことのない包帯を解いた姿をさらしている自分になんのためらいもなく治療を行う伊作こそ、順忍であって順忍でない、ただのお人好しなのではないのか。
 とはいえ、忍術学園で六年間も忍術を学んでいるという事実に、昆奈門は判断を下しかねる。
 -いったい、善法寺伊作とは、ただのお人よしなのか、それともすぐれた順忍なのか…。

 


「私は、忍術学園の人間です」
 包帯を巻きながら、伊作は静かに言う。
「…でも、治療をしているときは、どこの人間でもない、ひとりの医療者であるべきであって、私もそのように振舞うべきだと思っています…私の師の新野先生の下にいるうちに、それが分かってきたのです…」
 新野からことさら言葉にされたことはなかったが、その背を見ていると自ずから分かってくることだった。だからこそ、たとえ演習で戦場に潜ったときでも、けが人を見ると見境なく治療してしまうのだ。それは、新野がその場にいたら、必ず同じことをするだろうという確信があったから。
「…なるほどね」
 -君の博愛主義は、師匠譲りというわけか。
「でも、伏木蔵はちょっと違うかもしれませんね」
 表情を変えずに伊作は続ける。
「そうかも知れんな。伏木蔵には義務感を感じない」
「そうなんです」
「だからこそ、私の部下たちも、伏木蔵をかわいがらずにはいられないのだろう」
「おっしゃるとおりです」
「実のところ、今回、部下たちからは、旅行に行くに及ばずといわれたのだ。伏木蔵が来てくれればそれでいいと。ただ、忍術学園の関係者を大っぴらに城内に入れるのは、さすがに憚られるからね」
 -口うるさい奉行連中に、忍者隊は忍術学園の忍たまにメロメロだなどと知られても困るしね。
 城内の細かい政治のことは口をつぐんで昆奈門は言葉を切る。
「そうですか」
 -でも、ほんとうは雑渡さんが伏木蔵をかわいがりたいのが本音ではないのですか。
 部下にかこつけてはいるが、本当の目的に目星がついている伊作も、短く応じるだけである。
「やれやれ」
 昆奈門が肩をすくめる。
「われわれは、どうやら言いたいことの半分も言ってないようだな」
「そうですね」
 苦笑しながら包帯を留めると、伊作は顔を上げた。
「さて、これで手当ては終わりです。特に化膿しているところもないようですし、このまま経過を見ることにしましょう。薬は、尊奈門さんにお渡ししておきますから、毎日塗ってきちんと包帯も取り替えてくださいね」
「ああ、すまないね」
 昆奈門が返事をしたところに、賑やかな話し声が廊下を伝わってきた。
「帰ってきたようだな」
 やがて部屋の襖が開くと、陣内に肩車をされた伏木蔵と忍者隊のメンバーが部屋に入ってきた。
「ほう」
 伏木蔵の右掌に眼をやった昆奈門が、満足そうに眼を細める。
「タソガレドキのパペットを、大事に持っていてくれたんだね」
「はい! ぼくの宝物です!」
 伏木蔵が弾んだ声を上げると、誰かの声が上がる。
「まったく、小頭はひとりで点数を稼いでるから」
 ははは…を笑い声が上がる。
「そんなことはない」
 伏木蔵の身体を下ろしながら、陣内は決まり悪そうに顔を赤らめる。
「組頭に、お渡ししてくるようご指示があったから行ったまでだ」
「組頭、ずるいですよ。今度は私に行かせてください」
「いや、私に行かせてください」
 口々に自薦する部下たちを、昆奈門はあっさりと受け流す。
「そうだな。では、次はくじ引きで決めるとするか」
 そう言いながら、横座りした膝にはしっかりと伏木蔵が納まっている。
 -ほらね、思ったとおりだ。
 最後は伏木蔵を独占するつもりなのだ。そんな魂胆が分かっているから、伊作はそっと座を外して湯に向かうことにする。
 賑やかな座敷を背に、手拭いを片手に提げて、伊作は、昆奈門が言葉の奥にしまいこんでいるものに思いを馳せる。
 -自分が責任を取るだけ、か…。
 その言葉に、リーダーの孤独が透けて見えるようで、伊作は心が痛む思いがする。
 そして考えるのだった。
 -もしかしたら、もっとも伏木蔵を必要としているのは、昆奈門さんなのかも知れない…。

 

<FIN>