救出作戦

 五年生たちが、とらわれた仲間を救出に向かいます。書いているうちに、ふと彼らのリーダーは三郎なんだろうな、という気がしてきました。

 五年生たち、といいながら、尾浜勘右衛門は登場しません。勘右衛門ファンの皆様には申し訳ありません<(__)> もう少し、彼のキャラを研究してから、登場してもらおうと思っておりますので、しばしお待ちを…。

 

 

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「どこの曲者かと思えば、忍術学園のお子さま忍者とはな…」
 ぐわっはっは…と八方斎が頭をそらせて高笑いする。部下たちがすかさずその後頭部に支え棒を差し出す。
「で、貴様、名前は何という。正直に言うのだ」
「…」
 後ろ手に縛られ、足を投げ出すように座った兵助は、そっぽを向く。投げ出した左足の太腿には、血がにじんでいる。ふっと八方斎が笑う。
「まあよい。いずれ分かることだ…それまでこやつをしっかりと見張っているのだ」
「はっ」

 


 忍術学園に矢文が届いたのは数刻後のことだった。教師たちが対策会議のために職員室に集まる。
「なんということだ。ドクタケの手に落ちておったとは…」
 矢文に目を通した五年い組実技担当担任の木下が、うめき声をあげる。
「まったく五年生にもなって、それもドクタケの手に落ちるとは…」
 すかさず声を上げたのは、一年い組教科担当担任の安藤である。
「…単独行動などさせるからこのようなことになる。それも、敵からお知らせがあるまでこちらでは居所さえ把握できないなどということがあるとは、情けない」
「面目ない…」
 木下にいつもの勢いはない。いかつい顔を蒼白にしてうなだれている。
「敵地への単独潜行訓練は、五年生にはよくあることだが…」
「それはそれだけの実力がついてからすべきことでしょう」
 安藤が頬をてからせながら、木下に詰め寄る。
「久々知は優秀な生徒だ。だから…」
「優秀なら、なぜこのようなことになるのです? だいたい、彼が潜行しているとき、木下先生は何をしていたのですか。きちんと見ていないから、ドクタケにさらわれるわ、居所も知れないわということになるのですよ」
 一方的に言い募る安藤の前に、もはや木下は返す言葉もない。
「まあ、安藤先生。ここで木下先生を責めても仕方がない。まずは久々知を救出する手立てを考えるのが先決でしょう」
 伝蔵が割ってはいる。
「まったく…このようなことが優秀な一年い組の忍たまたちの耳に入ったら、どんなに動揺することやら…」
 安藤はまだぶつくさ言っている。

 


「安藤のヤツ、あんなこと言ってやがる」
 職員室の外では、五年生たちが中の会話に耳をそばだてていた。竹谷八左ヱ門が拳を震わせる。
「あれはちょっとひどいな」
 教師たちに気配を勘付かれないようにそっと職員室を離れながら、不破雷蔵が言う。
「そうだそうだ。一年い組がどんだけ優秀か知らねえけど、そんなのアイツの手柄なわけないだろ」
 八左ヱ門がそう言ったとき、皆の頭の中には一年は組の面々が浮かんでいた。クラスの優劣が担任で決まるなら、あれだけ優秀な教師である伝蔵と半助が担任を務めているは組がどうしてあの有様なのだ。クラス全員の合計点が100点など、考えられない…。 
「で、僕たちはどうする?」
 雷蔵が三郎を振り返る。
「当然、助けに行くさ…だがその前に、少し策を練らなくてはね」
 それが、この学年らしい落ち着きなのだろう。行動が先に出る、とか、気がついたら誰かがすでにいなくなっている、ということは決してないのである。
「そういえば、今日は山田先生のご子息の、利吉さんが見えてたはずだが」
 雷蔵が、ぽんと手を打つ。
「それだ」
 三郎と八左ヱ門が眼を合わせてにやりとする。

 


「私に加勢してほしいって?」
 五年生たちを前にした利吉は、当惑した声をあげる。
「はい。兵助を助け出すのに、ぜひ協力をお願いします」
 三郎が頭を下げると、雷蔵たちも続けて頭を下げる。
「いや、協力するのにやぶさかではないが…何をすればいいんだい」
「私たちがドクタケを撹乱している間に、兵助を救出していただきたいのです」
 三郎が答える。
「撹乱って、どうするつもりだい」
「私が、木下先生に変装して、ドクタケに兵助の身柄を引き取りに行きます。その間に、雷蔵と八左ヱ門はドクタケ忍者に変装して、脱出を援護します。そういったところでいかがでしょうか」
「なるほど、ね」 
 利吉はうなずく。
 -彼ららしい方法だ。
 そこで火器を使ったり、騒ぎを起こしたり、という手段ではなく、隠密裏に作戦を運ぼうというところは、他の学年とは違うところだった。
 -ドクタケはサングラスをかけているから、不破君や竹谷君でもばれる可能性は少なそうだし。
「それはいいのだが、先生方に言わなくていいのか? 今の話だと、木下先生はだいぶ安藤先生にとっちめられたそうだが、君たちが勝手に行動して何かあったら、木下先生のお立場がさらに悪くなってしまうと思うが」
「僕たちに利吉さんが加わっていただいて、失敗することはありえません」
 三郎が言い切る。
「僕たちは、必ず兵助を連れて帰って見せます。勝手な行動をした罰なら、いくらでも受けます」
 八左ヱ門も、力強く続ける。
「利吉さんにご迷惑がかからないように、僕たちの責任ということで学園長先生や安藤先生にもお話しますから」
 気がかりそうに雷蔵が言う。
「私のことは、気にしなくていいよ。もともと学園の人間ではないから、悪くてもしばらく出入り禁止になるくらいだろう。まあ、困ることといえば、おばちゃんの料理がしばらくお預けになることと、父上に、母上のもとに帰るよう説得できなくなるくらいかな」
「仮にそうなったとしても、僕たちが全力でサポートしますから」
「ははは…そうなったときは、頼んだよ」
 笑って3人の顔を眺めながら、利吉は高揚感を覚え始めていた。作戦の前、仲間たちとくだらない話などで笑いあいながら、それは気がつくと緊張をほぐすためなどではなく、作戦を前にした高揚感をあおるための笑いだった。
 利吉の笑いに釣られて破顔した3人が、いつしか不敵な笑顔に変わったとき、4人は立ち上がった。
「行こうか」


 

「なに、忍術学園の教師が、お子さま忍者の身柄引き取りに来ただと?」
 八方斎が眉を上げる。
「は。担任の教師で、木下と名乗っておりますが」
「ほう、通せ」
 木下に扮した三郎が、八方斎の前に通される。
「お前が、あのお子さま忍者の担任というか」
「いかにも。五年い組実技担当教師、木下鉄丸と申す」
「して、用件は」
「私の生徒を、返していただきたい」
「ほう?」
 八方斎はにやりとする。
「まさか、なんの交換条件もなしに、そのようなことを申しているのではあるまいな」
「と、言うと…」
「あのお子さま忍者は、わがドクタケ領内に不法侵入したばかりか、捕えてもいまだに名前すら白状しておらん。そのような者を潜入させた以上、何らかの決着を図ってもらわねばならん。そういうことだ」
 -兵助…名前すら言わずに頑張っていたのか。
 三郎は思わぬ事実に驚くとともに、そのためにひどい目に遭ってはいないかが気になった。だが、ここでは木下を演じきることが先決である。
「…それは、どういう意味だ」
「分からぬのか」
 勝ち誇ったような表情で八方斎が声を上げる。
「彼は、私の大事な生徒だ…そのためには、わしが代わりに捕らわれてもかまわん。だから、彼を解放してほしい」
 うめくように三郎扮する木下が言う。もっとも、そのようなセリフを八方斎が鵜呑みにするとも思っていなかったし、仮に信じて自分が捕われたとしても、雷蔵たちが必ず何とかしてくれるという確信もあった。
「たわけたことを」
 八方斎が冷笑する。
「だからこそ、お子さま忍者の人質としての価値があるということも分からぬのか」
 -ほざけ、冷えたチンゲン菜め。
 腹の底で毒づきながら、三郎はなお平伏してみせる。ここはとりあえず、八方斎たちの注意を引きつけておくことが求められているのだ。相手の優位性をひたすら煽り立てていい気分にさせておくほどに、兵助を助けるための時間を稼ぐことができる。
 -この場合は、成功しなくてもいい哀車の術だな。
 

 

 その頃、雷蔵と八左ヱ門は、ドクタケ忍者に変装して、兵助の収容されている地下牢に向かっていた。交代時間に持ち場に向かうドクタケ忍者を襲って素早くドクタケの忍装束をまとった二人は、何食わぬ顔をして番所を引き継ぎ、牢の入り口を封鎖する。牢内の異常が仮に外に伝わったとしても、牢への入り口が簡単に開かないように厳重に封鎖すると、二人は、利吉と兵助の脱出経路を確保するために、敷地内を警戒しているドクタケ忍者の排除に動き出す。


「大丈夫かい」
 天井裏からの声に兵助は顔を上げた。
「その声は…?」
「私だ」
 声の主は天井の梁からひらりと飛び降りた。
「利吉さん…」
「怪我はないか」
 手早く縄を解きながら、利吉は訊いた。
「足をちょっと…でも、大丈夫です」
 それは兵助の強がりだったようである。立ち上がろうとした兵助はたちまち顔をゆがめて、左腿を押さえながらうずくまってしまった。
「ムリをするな。私の肩につかまれ」
「…すいません」
「足はどうした」
「火縄でやられました。かすっただけですが」
 -雷鬼だな。
 ドクタケ忍者のなかで、今日のような闇夜に、気配だけで狙撃ができるような火器の練達といえば、雷鬼しかいなかった。
「そうか。では、走るのはムリだな。私の背中につかまるんだ」
「え?」
「さあ早く」
 声にせかされて、兵助は利吉の背に身をゆだねる。
 不思議な感覚だった。この年になって、他人の背に負われるとは思わなかった。ずっと遠い昔に、こうして背負われたような気がする。あれは母親だったか、年上の兄姉だったかはもはや憶えていない。ただ、背負われた感覚だけが薄ぼんやりと思い出されるのだった。
「しっかりつかまって」
 言うが早いか、格子を伝って梁まで一気に昇り、天井伝いに駆け出す。

 

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