共同作戦?

 

利照というあまりに需要がなさそうなジャンルにあえて挑んでみましたw

利吉には天敵が2人いて、ひとりは小松田、もうひとりが北石先生だととても面白いなと思うのです。いつもクールな利吉も、この2人を前にすると、どうしてもペースが崩されてしまう、そんな関係とか。

ちなみに私は、まだ原作では北石先生を見たことがないのですが、アニメの北石先生はけっこう策士だったりKYだったりと複雑なキャラなようです。くノ一としての実力はそこそこありそうですが。

なお、そこはかとなくこのお話の続きだったりします。 

 

 

 -何をやっているんだ…。
 苛立ちを抑えきれずに利吉は内心で毒づく。
 -あいつの実力でこの砦に忍び込むのはムリだ…何の目的か知らないが。
 鋭さを増した視線の先にいるのは、下働きの女性の求人に応募した風を装った北石照代である。砦の周囲をいかにも不器用にうろうろと立ち歩いている。
「そこの娘! 何をしている!」
 果たして番兵が鋭い声で誰何する。
「あの…こちらで下働きを募集しているとうかがったものですが…」
 しおらしく顔を伏せた照代が、ちらと媚びるような視線を番兵に送る。
「なんだ、お手伝いさんの応募に来たのか…それなら裏門に回れ」
 敵ではないと思ったのか、心なしか番兵の口調が柔らかくなる。
「はは~い☆」
 あからさまに浮ついた声で照代は裏口へと小走りに向かう。
 -まったく…。
 頭を抱えたい思いに駆られながら、利吉は木陰に身を隠す。夜になってから砦に潜り込む算段だった。

 


 利吉はある城から依頼を受けて、この砦の兵力や食料の備蓄状況の調査にやって来たのだった。依頼主はおそらくこの砦の防備の固さを見極めて戦を仕掛けるつもりなのだろうが、そのようなことは依頼を受けて動くだけの忍である利吉には関係のないことである。それよりも利吉にとって気がかりなのは、同じく誰かの依頼を受けてこの砦を探りに来たらしい照代の存在である。まったく知らない忍であっても競合して情報を探る相手がいるというのは面倒なのに、照代は見知った存在である。それに中途半端に忍としての実力もあるから、自分が作戦行動で忍び込めば早晩気付くだろう。
 -仕方がない。砦に潜り込んだらコンタクトを取るか…。
 これが忍術学園の教師なら、利害が一致するなら共同作戦を組むことができるだろうし、成果を上げることも期待できる。しかし、相手は北石照代である。自分が目的を同じくして忍び込んだことを知れば頼ることしか考えないだろうし、あらゆる観点から考えて一人で行動するより負荷が増すだけだった。
 -どうせ北石もどこかの城からこの砦の兵力や備蓄を探るよう依頼されているのだろう。とすれば、アイツには余計な動きをさせずに私が情報を取って、渡せばいい。なまじ共同作戦など取れば、ロクなことにならない。
 そこまで考えると、利吉はそっと砦から離れた。いざ潜り込めば、不断の緊張状態が続く。それまでに身体を休ませておく必要があった。

 


「ふんふんふん、ふ~ん♪」
 鼻歌を歌いながら、照代は皿を洗っている。と、天井に見知った気配を感じる。鼻歌を続けながら、照代は研ぎ澄ませた感覚を天井に向ける。
 -北石、こんなところで何をしている。
 -利吉さん!
 皿を洗う手を止めず、照代も天井に向かって低く呟く。
 -私は、ある城から依頼を受けてこの砦の防備を探っている。お前も同じだろう。
 -ええそう。それなら、共同作戦といかない?
 やっぱり、と利吉は思わずため息をつく。
 -断る。お前は必要以上に動くな。情報は私が取る。
 -ええ~っ、せっかく忍び込むのに成功したってのにぃ。
 -うるさい。情報はお前にも渡す。だから私の邪魔をするな。分かったな。
 -あ、ちょっと利吉さん…。
 返事を聞く前に利吉の気配は消えた。
「ったくもう。ああいう一方的なところが女心を分かってないところなのよね」
 ぶつくさ言いながら皿洗いを続ける。
 -まあ、たしかに利吉さんが情報を全部取ってくれるなら私としては楽なんだけど…。
 そもそも依頼主の城の報酬も大したことなかったし…と照代は考える。
 -でも、ここで私の実力を見せつけてやらなきゃ、女がすたるってものよ。
 なるほど、偉大な忍である山田伝蔵の息子にして、売れっ子の忍の利吉ではある。だが、照代にも、ただ黙って情報をもらうだけではよしとしないプライドがある。
 -この砦に潜り込んだのは私が先よ。先行者がどれだけすぐれた情報が取れるか、見せつけてやらなきゃ。
 皿を洗い終わった照代は、そそくさと手を拭いながら武器庫に向かう。下働きの女として雇われた照代は、台所仕事を任されていたから、砦の備蓄食料についてもいち早く調べがついていたし、用意する食事の数や種類から駐留する将兵の数も見当がついた。
 -これで武器の在庫を調べ上げればバッチリね。
 そっと武器庫に忍び込む。槍や弓がずらりと並んでいる。
 -けっこうあるわね。
 種類ごとにおおよその数を数えていたとき、
「そこで何をしている!」
 低く鋭い声に、照代は思わずびくっとした。おずおずと振り返る。いつの間にか、背後に番兵が立っていた。
 -やっべ…。
 顔から血の気が引くのを感じたが、この場をやり過ごすことが先決である。
「あっは~っ、すいませ~ん! ちょっと迷っちゃってぇ」
 へらへら笑って立ち去ろうとするが、番兵は鋭い眼で一瞥すると照代の腕を捕えた。
「おまえ、ただの下働きの女ではないな…ちょっと来い!」

 


「なによ。そんなに引っ張ることないでしょ」
 縛り上げられ、引っ立てられながらも照代は口をとがらせて文句を言う。
「黙れ!」
 番兵がぐいと縄を引っ張ると、土間に放り出した。
「いったいわね! あんた、もっとレディーには親切にするものよ! 全く分かってないんだから!」
「ほう、これはこれは威勢のいいくノ一がいたものだ」
 高いところから声がして、照代は縛られながらも身を起こす。土間から一段高いところにある板の間に、床几に掛けた代官がいた。傍らには砦に詰めている侍や番兵たちがずらりと控えている。
「それではお嬢ちゃん、何しにこの砦に忍び込んだのか、洗いざらい白状してもらおうかな」
「お断りするわ」
 照代がついと顔をそむける。代官の眉間に針が立つ。
「いつまでそんな威勢のいいことを言っていられるかな…言うべきことは今のうちに言っておかないと、折角のキレイなお顔がキズモノになるかもしれぬぞ」
 代官の言葉に、番兵たちの下卑た笑いが重なった。
「黙れと言ったり言えと言ったり、ずいぶん気まぐれな人たちね。首尾一貫しない男は嫌われるってこと、ご存じないのかしら」
 照代はあくまで強気である。部屋の片隅の天井裏に、先ほどから利吉が潜んでいる気配を感じている。いざとなれば必ず救出される確信があるのだ。
 -ウソでもいいから少しは怖がって見せるとかできないのか…。
 様子をうかがう利吉は気が気ではない。あまり強気な態度で代官を刺激して、うっかり無礼討ちなどされたら、利吉といえども救出できる自信はない。
「この小娘が! 言わせておけば…」
 果たして代官が歯をぎりと噛みしめる。そっぽを向けた顔をやや代官の方に傾げながら、照代はちらりと視線を向けてにやりとする。
「そんなに私の話が聞きたいなら、こんな話はどうかしら…いま、この砦にはあの山田利吉も忍び込んでいて、武器や食料の備蓄を探ってる、とかね」
「なに! 山田利吉だと!」
 番兵たちの顔色が変わる。動揺したようなざわめきがはしる。
「ええい! 静かにせよ! こんな小娘のたわごとにいちいち惑わされるな!」
 代官が一喝するが、その腰はそわそわと床几から浮いている。
「そ、そうだ! 居るというなら証拠を見せろ!」
 侍の一人が尻馬に乗ったように声を上げる。
「証拠が見たいなら、自分で確かめたら?」
 相手の動揺を楽しむように眺めやりながら、照代はふてぶてしい笑いを浮かべる。
「ど、どうやって確かめろというんだ!」
「自分の眼で見てみればいいでしょ。そこにいるんだから」
 そこ、と顎で天井の一角を指す。
「なにっ! そこに山田利吉がいるのか!?」
 槍を手にした番兵たちが天井板に槍を突き立てる。割れた天井板がばたばたと埃を立てて落ちてくる。その中に煙玉が紛れていた。
「け、煙玉だ!」
「くそ! 本当に山田利吉がいたのだ!」
「早く追え!」
 部屋の中はすでに煙で充満していた。侍や番兵たちは利吉を追おうとして互いにぶつかったり、その場でむせ返ったりしている。その隙に照代は隠し持っていた小しころで縄を切って、まんまと逃げおおせたのである。

 


「北石! お前というやつは…」
 辛うじて砦から脱出した利吉が歯ぎしりする。
「利吉さんなら、あの程度の連中を振り切ることくらい朝飯前でしょ」
 先に砦を後にして待ち合わせ場所にいた照代が涼しい顔で言う。その表情を見るにつけても利吉の怒りは増幅する。
「数や能力が問題なんじゃない! あれは作戦というより明白な裏切りだ!」
「だって利吉さん、ぜんぜん助けてくれる素振りがなかったじゃない。あのままじゃ私、拷問されるところだったわよ」
 腕を組んだ照代がつんとする。
「だから! 頃合いを見計らって…」
 利吉が言いかけたところを照代が遮る。
「その間にこの美貌が傷つけられたりしちゃったら手遅れなの」
「なにが美貌だ…!」
「あら、利吉さん、今のは女性に対する最悪の冒涜よ。私がブスだとでも言いたいわけ?」
 腰に手を当てた照代が身を乗り出して睨み据える。
「そ、そういうわけでは…」
 いつの間にか話があらぬ方向に逸らされて、利吉は口ごもる。畳み掛けるように照代が続ける。
「だいたい利吉さんは、少しばっかり人気があるからって高飛車すぎ。今は人気あるかもしれないけど、女の子は気まぐれなんだから、そこんとこ気をつけてほしいっての」
「北石ィィィ!」
 済ました顔で言い捨てる照代に、利吉はすでに般若の形相である。
「まあいいでしょ、利吉さん。ほら、あの砦の戦力は私が調べておいたから」
 肩をすくめた照代が懐から紙片を取り出す。砦を脱出する前に改めて武器庫を調べたのだ。備蓄食料と砦の将兵の数はすでに調査済みである。だから紙片を利吉の鼻先に突き付けた照代は、自慢げな表情を隠しきれない。
「…」
 だが、利吉の表情は変わらない。ふっと小さくため息をつくと、照代にまっすぐ向き直った。
「残念ながら、この情報は間違っている。私なら、こんな情報はとても報告できない」
「ちょ、ちょっと待ってよ! これのどこが間違った情報だっているのよ!」
 照代が食い下がる。情報には絶対の自信をもっていた。それなのになぜここまで否定されるのか理解できなかった。
「なら教えてやろう」
 利吉が続ける。
「たしかに食料の備蓄状況は、お前が自分で見たものだから正確だろう。だが、食数から兵力を割り出すのは正確ではない。あの砦には、城からの交代の兵が毎日入れ替わり立ちかわりしている。本城からきた兵たちは食事を持たされているから、砦の食料には手を付けない。備蓄食料をつかうのは、砦に駐在している将兵だけだ。それに、武器庫にある武器はきちんと数えられたようだが、砦にある武器は、武器庫にあるだけではない。兵たちの手持ちの武具があることを、お前の調査では勘定に入れていない」
「…」
 こんどは照代が押し黙る番だった。たしかに、利吉の指摘のとおりだった。
「私が調べたデータはこれだ。あの砦の現有兵力や備蓄はほぼ網羅している」
 懐からちらと紙片を見せた利吉だったが、すぐにまたしまいこむ。
「あ…」
 紙片を取ろうとした手が空を切って、照代が思わず声を上げる。
「なにが『あ…』だ。あんな裏切りをしておいて、私がやすやすと調査結果を渡すとでも思っているのか」
「いやいやいや…」
 急に照代が揉み手になる。
「何を仰っちゃってるんですか利吉さん☆ この天下一のデキる忍にしてスーパーイケメンが、女の子のちょっとした気まぐれにいちいち本気で怒ったりなんてイヤイヤ☆ 能力にも顔にも恵まれてる男はもっと大らかでなくっちゃ!」
 身体をすり寄せながら媚びた声を振りまく照代に、利吉は思わず身を引く。
「ねぇ…利吉さん…」
 不意に照代の声の調子が変わった。潤んだ瞳で見上げながらすっと両腕を伸ばすと、利吉の首を挟み込んで髷に触れるあたりで指を交差させる。
「ねぇ…お願い…」
 息がかかるほどに顔を寄せてあるかなきかに呟くと、軽く唇を開いて瞼を閉じる。照代の身体が自分に触れて、じかに体温が伝わってくる。下心のみの行動と分かっていても、若い利吉にはいささか刺激が強かった。
「そんな芝居が通じると思っているのか」
 照代の肩に手を置いて身体を押し戻す。これ以上、照代に迫られていると、身体が男として反応してしまいそうだった。
「なーによっ、利吉さんの唐片木」
 またも掌を返したように照代はつんとそっぽを向く。
「なんと言おうが、お前には調査結果は渡さない。それだけ媚を売る暇があったら、少しは自分のしたことを反省したらどうだ」
 利吉も黙ってはいない。
「人に反省しろなんて上から目線で言ってる場合かしら」
 妙に自信ありげに言い切る照代の口調に、利吉はふと不吉なものを感じた。
「なにが上から目線だ」
「まあいいわ。でもね、利吉さんみたいな顔で商売してる忍者は、レピュテーションリスクにももう少し敏感になったほうがいいと思うの」
 教え諭すような鷹揚な口調で、片手を腰に当てた照代は意味ありげに髪をかき上げる。
「れ、れぴゅてーしょん?」
 顔で商売、という言い方もはらわたが煮えくり返るほど心外だったが、訳のわからない単語に利吉は思わず訊き返す。
「そ。つまり、利吉さんみたいな人気商売は、悪い評判が広まると一気に逆ねじが働くってこと」
「な、なにが人気商売だ…言わせておけば…!」
 掌を握りしめた利吉が歯ぎしりする。
「分からないかなぁ。街の娘さんたちを敵にまわしたら、もう利吉さんが街で情報を取ることなんて二度とできなくなるんだけどなぁ」
 思わせぶりに指先で髪をくるくると巻きながら視線をそらす。
「私が、そんなことをするわけがないだろう…」
 内心の不安を押し殺しながら、利吉はつとめて平板な口調で言う。
「あら! 利吉さんったら、ホントに分かってないの!? ウッソー、マジありえない」
 大仰に口元を袖で覆う照代に、利吉の苛立ちは頂点に達しつつあった。
「だから! 私が何をしたというのだ!」
「ホントに分かってないの? このまえ、街で伝子さんといちゃついていたこと、今でも街の娘さんたちの間では語り草になってるのよ。小間物屋の娘さんが言ってたわよ。金持ちのバケモノ女と白昼堂々いちゃつくなんて、カネに魂売ったに違いないって」
「な…!」
 後頭部を鈍器で殴られたような気がした。
「そんな評判がほかの街にも広がったりしたらどうなるかしら」
「…!」
 いまや照代の狙いは明らかだった。照代は、何らかの方法であの恥ずべき出来事をほかの街にも流布するというのだ。だが、どうやって?
「そんなこと、できるとでも思っているのか」
「あら、簡単なことだわ。いいラウドスピーカーがいるんだけどな」
「乱きりしんでも使うつもりか」
 利吉が苦労して鼻で嗤う。
「違うわ。花房牧之助よ」
「牧之助?」
 あまり聞かない名前にきょとんと眼を見開く。
「そう。自称剣豪らしいけど、そっちの腕は三流以下。でも、変なところでガッツがあるのよね。あいつに、『忍術学園の山田伝蔵の息子で、人気も実力もナンバーワン忍者の山田利吉を社会的に抹殺する方法を教えてあげる』なんて言ったら、どうなるかしら」
「そんなことが…できると思っているのか」
「できるかどうか、利吉さんの情報を賭けてやってみるのはどうかしら…ま、利吉さんは賭けに負けたときのダメージが大きすぎるから、あまり割のいい賭けではないかもしれないけど」
「そもそも、その花房牧之助がお前に協力などするわけがないだろう」
「そうかしら。牧之助の妙なライバル心をくすぐって、ついでにうどんの一杯も食べさせれば、簡単なことよ。それこそ乱きりしんに訊いてみればいいと思うわ」
「そんな自称剣豪なるものを使って、私に関する噂をそう簡単に広められるものかな」
 落ち着き払った照代の言い方が実に腹立たしかった。しかも、照代には手駒がいくらもあるように見受けられるのに、自分にはなんの持ち駒もないのだ。今の自分にできることは、せいぜい精一杯余裕があるように見せかけて相手の出方を探ることしかできないのだ。
「利吉さんは、花房牧之助をすこし見くびっているようね」
 肩をすくめた照代は、軽くため息をつく。
「牧之助は、自分の剣豪ぶりを宣伝するためのフライヤーを自分で刷って自分でまき散らすほどのヤツよ。利吉さんが女装した父親と白昼堂々街中でイチャイチャしてたって書き散らすくらい朝飯前よ」
「そんな脅迫に…私が屈するとでも…」
 利吉がうめく。

 


「いたぞ! あそこだ!」
「追えっ!」
 兵たちの声が聞こえた。
「見つかったか」
 歯ぎしりをした利吉が駆けだす。
「じゃ、この続きは学園の食堂で。お先に!」
 すでに逃げ出していた照代が軽く手を振ると、物陰へと姿を消す。
 -なにがお先に、だ!
 内心毒づいた利吉も逃げ足を速める。なぜか、ひどく敗北感に苛まれながら。

 

 

<FIN>