Followership

リーダーを支えるフォロワー、つまり部下の力をフォロワーシップと表現するようです。上司の指導力や判断力を貢献力と批判力で補佐することで組織能力を最大限に発揮するという観点から、実はリーダーシップよりもフォロワーシップの貢献度のほうがはるかに高いとする組織論の研究者もいるようです。

落乱50巻のp195を見ていると、タソガレドキ忍軍小頭の山本陣内さんがどうにも理想的なフォロワーシップを体現しているようで、発作的に書いてしまいました。

心に傷を負うゆえに強い結束力を持つタソガレドキ忍軍の今後の展開が楽しみでなりません。そして、陣内さんには、これからももっと陰のあるシブい中年男であってほしいものです。

 

 

 長い夜が明けつつあった。東の空が白み始め、気の早い鳥たちが囀り始める頃、影のように城に戻る一群の男たちの姿があった。

 

 
「ご苦労」
 彼らの首領-ひときわ背が高く、全身を包帯で覆った偉丈夫が声を発する。首領の前に控えた男たちは小さく頭を下げると、一人を除いてさっと立ち去った。
「首尾はどうだった」
 声をかけた首領に、残った男は頭を伏せたまま答える。
「敵の退路を断ったうえで出城に攻撃を行い、重大な損害を与えました。味方の損失はありません」
「それならよい」
 ずず…と竹筒の雑炊をすすりながら首領は応じる。
「陣内も疲れているだろう。下がって休むがよい」
「は」
 顔を上げることなく、男は姿を消した。

 


 -ふう。
 朝日が格子窓から差し込み始めた薄暗い廊下を歩きながら、任務の報告を終えたばかりの山本陣内は小さくため息をついた。陣内が率いたタソガレドキ忍軍の工作部隊は、無事に敵の出城への襲撃を終えて帰ってくることができた。だが、作戦の責任者としての陣内は、行動中の一瞬一瞬が寿命を削り取られるような緊張の連続だった。いま、こうして無事に城に帰還できたことは奇跡なのだ、と陣内は考えずにはいられない。それは、ほんのちょっとした不注意で容易に命が奪われる戦の世の、忍の世界で生きる者には当然の公理だった。
 -組頭のお父君も…。
 命長らえて作戦から帰還したときに、陣内のなかに過る思いだった。若かった自分の不注意で、現在の上司である組頭の父が命を落としたあの作戦の記憶は、いつも陣内に胃液が逆流するような苦渋を味あわせた。だからこそ、思うのだ。この上司のためなら、自分は命を投げ出しても惜しくはない、と。
 -だが、身体にこたえることだ…。
 不惑を過ぎ、すでに若くないことを自覚している陣内にとって、不断の緊張を伴う徹夜の任務は負担になりつつあった。責任者としての心理的な負担が輪をかけていた。それに、組頭に作戦行動に専念してもらうためのさまざまな雑務を陣内は担っていた。それは組頭を影に日向に支える者として当然の任務だった。だから、自室に戻る陣内には、片づけるべきさまざまな用件が自分を待ち構えていることも、それゆえ休息にはまだほど遠いことも、すでに予想がついていたのである。

 


 -やはり…。
 自室の文机の上には、何通もの書状が積み上がっていた。だが、はじめに眼を引いたのは、積み上げられた書状の山の傍らに遠慮勝ちにおかれた一通の文書だった。表書きに「組頭殿」とある。
 -尊奈門だな。
 覆面の下で小さく笑う。タソガレドキ忍軍の文書主義にまだ慣れていない尊奈門は、よく口頭で組頭に要望や意見を述べては「文書で提出しろ」と言われる。だが、文書のまとめ方に慣れていないので、組頭に提出する前に陣内の添削を受けるのがいつのまにか通例になっていた。
 -忍術学園の土井半助との果たし合いの許可か…あれだけ負け続けていて、よくこりないことだ。
 だが、その何度負けても立ち向かう根性こそ、組頭が認めているところなのだろう。そう思った陣内は、必要な休暇処理は自分が行うから果たし合いの許可を与えるよう添え書きをしたためる。
 -これはあとで組頭にお渡ししておこう。
 筆をおいた陣内は尊奈門の書状を懐に収めると、いよいよ積み上げられた書状の山に手を付ける。
 忍軍の首領を支える副官には、大小さまざまな用件が持ち込まれていた。小頭として隊を率いる立場のほかに、城の運営を担う責任の一端が、陣内には与えられていた。だから、疲れた体に鞭打って書状一通一通に眼を通す。その中には急を要する知らせが混じっているかもしれないのだ。
 すべての書状を読み、必要なものに返事をしたためているうちに、日はすっかり高くなっていた。
 -さて、それでは退出するとしようか…。
 大きく伸びをしてから、肩を軽くもみほぐす。幸い、文机に緊急対応を要する内容の書状はなかった。ひとまず家に戻って、一眠りしようと考える。このように泥のように身体が重く感じられるときには、子らがどんなに騒いでも熟睡できるのだった。
 -起きたら、風呂をつかって、飯にして…。
 それでようやくくつろぐことができる、というところまで考えが至った陣内は、おもむろに腰をあげる。そこへ、部屋の外から遠慮ぎみな声がした。
「小頭殿」
「なんだ」
「勘定奉行殿の使いの者が、至急お目通りをと申しております」
 -やれやれ。
 がっくりと陣内は肩を落とす。長い夜を経た任務には、まだまだ続きが待ち構えていそうである。

 


「して、山本殿」
 やってきた奉行代が口を開く。
 タソガレドキ城を構成する官僚機構のなかでも、カネを扱う勘定奉行は、軍事部門を統率する侍大将に次ぐ大きな権勢を持っていた。当然のように、奉行を補佐する奉行代にも、権勢に付随する尊大さが付きまとっていた。
「なんでしょうか」
 陣内の返事を聞き流すように、奉行代は扇で顔を覆いながら露骨に軽蔑した視線を眼の前の中年男に注いだ。黒ずくめの忍装束からは、まだ火薬や土埃のにおいが漂っていた。覆面からのぞく隈のできた眼は、徹夜の任務で血走っている。
 -また、何やら人には言えないようなことをやってきたのだろう…。
 勘定奉行が率いる勘定方から見れば、機密の名のもとに何をやっているか分からない忍軍は、その不透明さだけでも十分不愉快な存在だった。それも、大した予算を使っていないならともかく、最近の忍軍の必要経費の増加ぶりは目に余る…。
「最近、忍軍の必要経費が大きく増加しているようです。その理由について確認するよう、奉行殿からご指示がありました」
「作戦行動に必要な経費です」
 短い陣内の答えに、扇からのぞかせた奉行代の眉間のしわがさらに深くなった。
「それで答えになるとお思いか」
「それ以上は機密に属するゆえ、お答えするに及ばず」
 -いつもの通りだ。
 こうして、黒づくめの忍軍の中年男は口をつぐむのだった。もはやそれ以上答える必要はないとでもいうように。
 -だが、今日もそんな答えでおめおめ引き下がると思ったら大間違いだ。
 いまや敵愾心すらのぞく視線を注ぎながら、奉行代は皮肉っぽく続ける。
「なるほど、作戦行動には、たしかにずいぶん費用が掛かるものと見える」
 ぱしり、と扇を閉じて懐にしまった奉行代は、傍らに置いた紙片のいくつかを手に取ってちらと眼をやる。眼球は動かさないまま、陣内はすばやくその紙片に書かれているものを読み取ろうとした。だが、相手が手にした紙は自分に裏面が向けられていて内容をつかむことはできなかった。
 -どう攻めてくる気か…。
「先日のカワタレドキ城との同盟交渉のときの経費など、ひどいものだ」
 大仰にため息をついて、奉行代は陣内を見据えた。
「殿がお出ましになるから、陣幕の設営や相応の饗応に要する経費が掛かるのはやむを得ない。だが、この川立の人足や船のチャーター料、舟橋作りの資材費はいささか異常だ。おまけに、これほど大量に買い込んだ南蛮衣装は何に使ったのやら。使途を明らかにしていただきたい。さらに言えば、この南蛮衣装はどこに保管してあるのですかな。作戦行動で使ったとしても、まさか使い捨てというわけでもありますまい」
 紙片を傍らに伏せて置くと、奉行代はふたたび扇を開いて顔を隠した。
「領主同士の会合に失礼があることは許されぬ。そのために必要なしつらいを施したのみです。南蛮衣装については、カワタレドキ城主が南蛮衣装好きということから、会談を円滑に進めるために殿及び随員が着用するために用意したもの」
「で、その南蛮衣装はどこにあるのですかな」
 たたみかけるような奉行代の言葉に、陣内は一瞬答えに詰まる。
 -分かって聞いてきているのか…ということは、どこでそのようなことを知った…。
 南蛮衣装の大部分は、忍術学園の生徒たちに着せて、そのまま帰してしまっている。だが、問題はそのようなことがなぜ奉行代、ひいては勘定方の耳に入っているかということである。 
「次の作戦のために、忍軍で保管しています」
「ほう、保管、ね」
 扇の向こうからのぞく眼がひときわ細くなる。陣内は、もはや相手がこの問題についてなにがしかの事実をつかんでいることを確信した。
「南蛮衣装を、何かに使われるというのですか」
 あえてとぼけた問いをぶつけてみる。だが、相手もその手には乗らない。
「まあ、南蛮衣装は忍軍が保管しているというのなら、また必要なときには活用されると解釈することにしましょう。カワタレドキ城との同盟交渉の結果についてもとやかく言いますまい…だが」
 相手は言葉を切って陣内を睨みつける。
「一事が万事。忍軍はとかく不透明な経費が多すぎるということはわれわれ勘定方でも問題とみなしており、必要な調査は今後とも続けていくつもりですので、そのつもりでいていただきたい。では」
 扇で顔を隠したまま立ち上がると、振り返りざまふんと鼻を鳴らして奉行代は部屋を立ち去った。
「ふう」
 今朝何度目かのため息をつくと、陣内は天井に向けて声を上げる。
「尊奈門」
「は」
 天井板の一枚が外れて、留守居で作戦に同行していなかった諸泉尊奈門が顔をのぞかせた。
「カワタレドキ城との同盟交渉の収支の資料を勘定方が持っていた…どうやって手に入れたのか、他にも手に入れたものがないか調べるのだ」
「は」
 天井板が戻される。
 -まったく…。
 忍軍の探査機能を身内に向けなければならないとは、錯誤も甚だしいと自分でも思う。だが、城内からの掣肘をかわして、忍軍の行動の自由を確保しなければならなかった。恩人であり、上司であるあの人物のためにも…。
 -だから、勘定方の手の内をつかんでおかなければならない。
 今度こそ家に戻ろうと思ったが、ふと考えが変わった。この調子では、今日はまだまだ事が起こりそうである。家に帰ってしまっては、事態に即応できない。そう考えた陣内は、部屋の隅に腰を下ろすと、刀を傍らに置いて腕を組んだ。今日のところは、このまま少し自室で仮眠をとるしかなさそうである。

 


 -…。
 人の気配に目覚める。日はずいぶん高くなっていた。窓の格子から差し込む日がほぼ壁に張り付いているところを見ると、正午に近いようである。
「小頭」
「入れ」
 入ってきた人影は2人だった。
「高坂。お前まで、どうした」
「尊奈門だけでは頼りないので、私も加勢しました」
「私はいいと言ったのです…」
「勘定方を相手に、お前だけで太刀打ちできるか」
 抗弁しようとした尊奈門の頭を、陣内左衛門が軽く小突く。
「それで、何か分かったか」
 覆面の下でちいさく苦笑した陣内は、改まった口調で訊く。控えた2人の若い忍が居ずまいを正した。
「勘定方は、われら忍軍の過去の作戦について、外部から資料を収集しているようです」
 陣内左衛門が答える。前夜、自分と同じく徹夜の作戦行動に従事していたとは思えないほどのはきはきした透る声である。
 -これが、若さというものなのか…。
 とうの昔に自分からは通り過ぎて行ってしまった尽きぬ精力とでも言うべきものを感じた陣内だったが、小さく頭を振ると、眼前の課題に考えを切り替える。
「というと」
「われらが資材を調達する店や運搬業者、川立などにしらみつぶしに当たって必要経費を調べていました。答えないと二度とタソガレドキ領内では商売させないと脅しているせいか、正直に答えてしまう者が多いようです」
「そうか」
 腕を組んだまま短く答えた陣内は、考えをまとめようとして眼を閉じた。
 -勘定方の狙いは、忍軍の予算削減だ。だが、われわれ忍軍が必要な任務を果たすには、必要な経費は確保しなければならない。そのために取りうる手段は二つ。あえて公表してもいいような大口の支出を示して経費の必要性を語るか、徹頭徹尾忍軍の経費について秘密を保つか、だ。
 忍軍の独立性を保つためには後者の選択肢しかないことは確かだった。だが、勘定方がここまで忍軍の経費に対する調査を進めている以上、それで突っぱねられる自信はなかった。こうなれば、忍軍の行動範囲の一部を犠牲にしても、必要経費の一部を公表するのが妥当と思われた。
 -いずれにしても、組頭の了承を得てからにしよう。
 そう考えがまとまりかけたとき、眼の前に控えた2人の会話が不意に意識に割り込んできた。
「小頭、寝てしまったのでしょうか」
「まあ、徹夜の任務だったからな。それに、戻られてから勘定奉行代の訪問があったとも聞いている」
「しかし、このあと城中の事務連絡会議にご出席いただく予定が入っております」
「そんなの欠席でいいだろう」
「本来なら組頭に出席を求められていた会議なのです。でも、城中のこまかな事務向きのことは引き受けると小頭が仰って、出ることになったとか…」
 -ええい、うるさい。私は起きているぞ。そんな話をするな!
 声に出して言ったつもりだったが、2人には届いていないらしい。
「では、お起こしした方が…」
「誰か来る!」


 

「山本陣内殿! 御免!」
 野太い声が部屋の外から響いた。
「入られよ」
 いつの間にか目覚めていた陣内が声を上げる。
「御免仕る」
 入ってきたのは鉄砲隊の副長だった。
「何用ですかな」
 すでに陣内左衛門と尊奈門は天井裏へと姿を消していた。2人が去った後にどっかと腰を下ろしたのは、いかにも野武士といった風貌の髭面で肩幅のがっちりした男である。こめかみに血管が浮いているところを見ると、ひどく興奮しているようである。
「鉄砲隊は多忙ゆえ、用件は単刀直入に申し上げる。最近、忍軍の硝石の使用量がきわめて多いと聞いている。そのため、鉄砲隊で必要とする火薬の調合に不都合が生じている。どのような事情かご説明願いたい」
 忙しいのはお互い様だ、と言いたい気持ちを抑えて、陣内は落ち着き払った口調で答える。
「たしかに敵方への破壊工作のために忍軍でも火薬の使用量は増えているゆえ、硝石の消費量も増えている。しかし、忍軍の硝石の使用量は年間の予算の範囲内で納めているから、鉄砲隊の火薬調合に不都合が生じているというのはいささか解せない話だ」
 忍軍の会計書類はすべて自分が眼を通してから組頭に提出している。だから陣内は自信を持って答える。
「では、なぜ鉄砲隊で必要とする硝石が足りないのだ!」
 知るか、と答えたいところだったが、そんなことより早く眼の前に居座る熊のような男を厄介払いするために、変わらぬ口調で続ける。
「あるいは勘定方で予算の配分に間違いがあったのかも知れないし、硝石の値が急激に上がったために必要量を確保できなかったのかも知れない。いずれにしても、勘定方に確認されてはいかがですかな」
「そうか。では勘定方に訊くとしよう。邪魔をした。御免!」
 来た時と同様、ずかずかと大股で副長は部屋を後にした。図体は大きいが、頭の回路はごく単純なこのような男なら、あしらうのも楽なものだが、と勘定方の奉行代の扇の向こうからのぞかせた陰険な眼を思い出しながら陣内は考える。

 


「あの、小頭…」
 天井裏から遠慮がちな声が聞こえる。
「先ほどの勘定方の件なら、話は聞いた。あとで組頭にご相談する」
「わかりました…それから」
「なんだ」
「組頭が、お話があるので来てほしいとのことです」
「わかった。お前たちも疲れているだろうから、もう下がれ」
 若い陣内左衛門であっても、もう昼過ぎのこの時間まで起きていたのでは体力の限界だろうと思って声をかける。尊奈門にしても、昨夜の任務には同行していなかったが、組頭の側についていたのだから気が休まる暇がなかったに違いない。
「「は」」
 心なしか安堵したような返事をのこして、天井裏の気配が消えた。
 -さて、どんな御用だろうか。
 立ち上がって組頭の部屋に向かいながら陣内は考える。
 -陣内左衛門たちの人事評定の件だろうか…。
 まだ組頭に提出するには間があると思っていたが、急を要する事情が発生したのだろうかと考えながら部屋の前で足を止めて片膝をついて声を上げる。
「山本陣内、参りました」
「入れ」
「は」
 部屋の中では、組頭がいつに変わらず横座りで書類に眼を通していた。
「ご用件とは」
 顔を伏せたまま陣内は訊ねる。いくらこの身を捧げると決めた組頭とはいえ、横座りしている姿を眼にすると、士気が下がることは否めなかった。
 組頭の用件は、予想とは違うものだった。

 


「組頭…いま、何と?」
「聞こえなかったか? 忍術学園の伏木蔵を、こんどの忍軍の温泉旅行に招待するのだ。招待状を書いたから届けて来い」
 懐から書状を出すと、昆奈門は陣内の前に置いた。
「しかし、いつもは組頭がご自身で忍術学園にご招待に行かれているのでは…」
 伊作に火傷の具合を診察してもらうことを兼ねて…などと言いながら、伏木蔵と遊びたくてたまらない昆奈門は、用件を見つけてはそそくさと学園に向かうのだった。
「そのつもりだったがね。城中の事務連絡会議にも出なくてはならん。けっこう忙しいのだ」
「その会議なら、私が…」
「私の命令を聞け。用件は以上だ」
 そっけなく言い捨てると、昆奈門は立ち上がって部屋を後にした。
 -そういうことか。
 残された陣内は、眼の前におかれた書状を懐に収めるとちいさく笑った。表情が緩むのを隠すように顔を伏せる。
 -いかにも、あの方らしい。
 尊奈門からの書状を代わりに置いて、陣内も立ち上がる。
 -では、組頭のご厚意を、ありがたく頂戴するとしようか…。

 


「伏木蔵くん」
 木陰で組頭パペットをいじっていた伏木蔵は、呼びかける声にはっとして立ち上がった。期待に眼を輝かせて周囲を見渡す。
「山本さんだ!」
「覚えていてくれたんだね」
 頭上の枝からひらりと陣内が舞い降りた。
「はい! タソガレドキのみなさんの声は、ぜんぶおぼえてます!」
「それはうれしいね」
 無意識のうちに伏木蔵の頭を撫でていた。くすぐったそうな笑顔で伏木蔵が見上げる。
「ぼく、ちょうどタソガレドキのみなさんがどうしているかなって思ってたところなんです! みなさんはお元気ですか?」
「皆、元気にしているよ。そして、伏木蔵に会いたがっている。だから、今日は招待状を持ってきたんだ」
「しょーたいじょー?」
 きょとんとした眼で見上げる伏木蔵の身体を、胡坐の上に座らせる。
「そう。タソガレドキ忍軍の温泉旅行への招待状だ」
 言いながら、懐から出した書状を手渡す。
「ほんとう? うれしいなあ」
 書状を開く伏木蔵に眼を落としながら、陣内はつくづくその温かみを感じる。
 -この歳まで生きてきて、こうまで子ども一人に夢中になるとはな…。
 それは、常に敵愾心にさらされ続けるタソガレドキ忍軍のマネジメント層に属しているゆえに、求めても得られないとあきらめていたものだからかもしれない。この無条件に自分を慕ってくる小さな子どもの存在は。
 -だからこそ、我々は伏木蔵を必要とするのだ。組頭さえも。
 そして、このように伏木蔵を独占する機会を与えた組頭に、改めて恩義を感じずにはいられない。
 -だから、この人には、忠誠を尽くさずにはいられないのだ…。

 

 

<FIN>