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別アニメですが、最近「籠の中の僕らは」に熱くなっています。爽やかで疾走感のある曲なのに、歌詞がどうしようもなく切なくて、青春のもどかしさや閉塞感を感じて…思えば私の青春はずいぶん遠くに去ってしまいましたが、この曲を聴くと感じる心の疼きの在処を考えながら書きました。

そういえば、このアニメの登場人物は中二、五年生たちとほぼ同じような歳ですよね。

タイトルは、五年生五人に何かがプラスすることでどんなケミストリーが生まれるんだろうと思ってつけてみました。

 

 

「若様をお助けいただいて、君たちには礼の言葉もない」
 若い侍が頭を下げる。
「いえ」
 片膝をついて控えた五年生たちを代表して兵助が顔を上げる。「ご無事でなによりでした」
「もし若様の身になにかあったら、我らは腹を切っても詫びきれないところであった」
「もう大丈夫です」
 軽く頭を下げると兵助は立ち上がった。続いて仲間たちも立ち上がる。「では、私たちはこれで」
「あいや、待たれよ」
 立ち去ろうとする兵助たちを侍が呼び止める。「大川殿からは、若様の道中も君たちが護衛すると聞いているが」
「そうなのか、兵助」
 勘右衛門が眼を向ける。
「いや、聞いてない」
「さきほど、ヘムヘムと鳴く変な犬が、大川殿の書状を運んできたのだが」
 侍が懐から出した書状を示す。受け取った兵助のまわりに仲間たちが集まってのぞき込む。
「若様はこの先から船で室津に向かわれる。そこで先方の船に乗り換えるまで、君たちを護衛につけると」
「…はい。そういうことでしたら」
 当惑した顔で書状を返すと、互いに顔を見合わせる。
 -学園長先生、なにを考えておられるんだ?
 -相変わらずの、突然の思い付きなのかな。

 

 

 

「それにしても、室津まで行かされるとはな」
 通された船室の壁に寄りかかって、八左ヱ門が頭の後ろで腕を組む。
「だよな…授業が遅れるのはどうするんだろうな」
 窓のない船室でひとつ置かれた灯火をぼんやり見ながら兵助がつぶやく。
「ドクタケ相手にひと暴れするつもりが、こんな道中になるとはな」
 勘右衛門が肩をすくめる。
 西国へ養子に向かうある城の若君がドクタケに誘拐されたということで、救出に向かうよう大川に指示された五年生たちだった。六年生は演習で不在だったし、ドクタケ相手なら五年生で十分だろうと判断したのは明らかだった。ドクタケの手を知り尽くしている五年生たちが作戦を成功させるのに時間はかからなかった。
「ま、たまには船旅もいいんじゃないか? な、雷蔵」
 雷蔵の髪をいじりながら三郎が言う。
「まあね。三郎こそ船はだいじょうぶ? 船酔いとかならないでね」
 いつものようにふんわりした笑顔で雷蔵が応じたところへ、
「よお、また会えたな」
 数人の従者を伴った少年が船室に入ってきた。
「若様」
 慌てて片膝をついて控える五年生たちである。
「いいさ、楽にしろよ」
 少年は床にどっかと胡坐をかく。顔色を変えた従者が「若様、いま床几を…」と駆け出そうとするのを「いらない」と制する。「お前たちは外で待っててくれ」

 

 

 

「でも、なぜ若様が私たちのところに…?」
 いつの間にか船は出航したらしい。揺れ始めた船室の中で、当惑顔の兵助が訊く。
「まだ助けてもらった礼を言ってなかったからな。言いに来た。ありがとな」
「いえ、そんな…」
 却ってかしこまる五年生たちだった。「若様がご無事でなによりで…」
「なあ、その若様っての、やめてくれないか? 菊丸でいいよ」
「でも、菊丸様…」
「様も禁止だ。あと、お前たちいつまで膝ついてるつもりだ? そのうちこけるぜ?」
「…」
 言われなくても片膝をついた態勢ではバランスをとるのが難しくなってきていた。
「で、では…」
「失礼します」
 固くなりながらも胡坐をかく。
「お前たち、忍者の学校の生徒なんだろ? 名前教えてくれよ」
「え、どうしてそれを…」
「ドクタケ退治にいちばん慣れてるから依頼したって奉行が言ってたぜ」
「そうですか…では、僕は忍術学園五年い組、久々知兵助です」
「同じく尾浜勘右衛門」
「五年ろ組、竹谷八左ヱ門だ。よろしくな」
 すでにざっくばらんな態度に親近感をおぼえていた八左ヱ門がニッと歯を見せる。
「同じく鉢屋三郎」  
「同じく不破雷蔵」
「へえ、二人は双子の兄弟かと思ったけど…違うのか?」
 三郎と雷蔵を交互に見ながら菊丸が意外そうに眉を上げる。
「そう。三郎は変装の名人でさ、いつもは雷蔵の顔に変装してるんだ」
「へえ、そっか。じゃ、俺の顔にも変装できるか?」
「お安い御用」
 たちまち変装する。
「お、すげえ!」
 歓声をあげる菊丸だった。
「でも、いいのか? いつまでも俺たちのとこにいて。お付きの人たちが心配してるんじゃないのか?」
 気がかりそうに八左ヱ門が訊く。
「構わないさ。お前たちが俺の護衛をするんだろ? だったらここにいたほうが手っ取り早いさ」
「まあ、そりゃそうだけど」
 船上の屋形には畳を入れてそれなりのしつらいがされた若君用の部屋が用意されているのを知っている八左ヱ門たちは、なぜ菊丸がこのような窓もないむさくるしい部屋にいたがるか理解できない。
 菊丸は素知らぬ風で口を開く。
「俺がなんのためにこんな道中をしてるかは、知ってるよな」
「はい…なんとなくは」
「だったら教えてやるよ。俺がいると城が割れるからさ」
「城が、割れる?」
 世間話でもしているかのような口調で放たれた台詞に、五年生たちが顔を見合わせる。
「俺の母上は父上の妾だ。それでもたった一人の息子だったときには後継ぎ扱いされてた。だけど、正妻の藤の上に千代丸が生まれてからは話は別だ」
 どこか他人事のように語る菊丸だった。「よくあるだろ? 正妻に息子ができたら、たちまち妾腹の息子は厄介者だって」
「でも、菊丸は文武両道の誉れ高き若君なんだろ? 俺たちに依頼してきたお侍さんが言ってたぜ?」
 勘右衛門が言う。
「俺付きの教師どもがヘタレなだけだよ」
 灯火を見つめる菊丸の眼に険がやどる。「それに、そんな属性はジャマだし危険だ」
「どういう…ことだよ」
「千代丸はまだ三歳だけど、病弱だ。千代丸が寝込むたびに、藤の上は坊さん呼んだり陰陽師呼んだりで大騒ぎだ。そうなると、世継ぎに俺を担ごうとする連中も出てくる。それで城が割れたら、他の城に付け込まれる。だから藤の上は俺をどっかの城に養子に出して厄介払いしたいし、父上も抑えきれなくなったんだろうさ」
「そういう…ことなのか」
「ま、お父上の殿様も悩んだ上のことなんだろうけど、私なら千代丸くんが元服するまで待つな」
 胡坐の上に肘をついた三郎が半眼になる。
「それが正解だろうさ…だが、その頃には俺は二十五、六だ。支城つくって分家出せるほどの力はないし、それまで家内で飼い殺しにするわけにもいかなかったってことだろうな」
「てことは、菊丸って十四、五歳とか?」
「ああ、十四だよ」
「それって」
 八左ヱ門が身を乗り出す。
「俺たちと同じ歳じゃん!」

 

 

 

「へえ、お前たちも十四なんだ…で、なんでお前たちは忍者になろうと思ったのさ」
 灯火越しに五年生たちの顔を見やりながら菊丸は訊く。
「面白そうだからさ」
 挑戦的にニヤリとする三郎である。
「面白そう?」
 菊丸がついと顎を上げて眼を細める。
「ああ。忍はこの戦の世でもっとも大事なものを扱う。分かるかい?」
 嵩にかかったように三郎が問う。
「情報だろ」
「う、そうだが…」
 あっさりと正解を言われて気勢を削がれる三郎である。
「親の仕事を継いでいたら、情報を扱う仕事があるなんてことすら知らない人生だったかもな」
「だから、俺たちが忍を目指す道に入れたのはラッキーだったと思う」
 勘右衛門と兵助が頷きながら言う。
「なんかお前たちの言うこと聞いてると、忍者ってしがらみのない生き方みたいに聞こえるけど、ホントにそうなのか?」
 菊丸の細めた眼が挑戦的に光る。
「そうじゃないかも…ってこと?」
 戸惑ったように雷蔵が訊く。
「だって、忍者ってどっかの城か忍者隊に属するもんなんだろ? それって結局誰かの命令を受ける立場ってことだろ? それって別のしがらみに捉われるだけじゃないのか?」
「ま、まあ…命令は絶対だし…でも、フリーの忍者なら…」
 自信なさげに雷蔵がもごもご言う。
「フリー、ね」
 鼻を鳴らして菊丸が肩をすくめる。「あ、そうだ。お前たち、山田利吉ってフリーの忍者、知ってるか?」
「「利吉さんを知ってるんですか?」」
 一斉に声を上げる五年生たちだった。忍者界では有名な利吉だが、雇用する立場の、それも領主クラスにまで名前が知られているとは思わなかった。
「ああ。有名らしいな」
「そうでしょう! 利吉さんは僕たちの憧れなんです!」
「実力はすごいし、仕事もどんどんこなしてるし…」
 自分のことのように眼を輝かせて説明する。
「だが、その山田利吉にウチの城は何やらせたと思う? 戦の前に村に避難勧告して回らせたんだぜ? そんなの足軽でもやりたがらないよな」
 冷や水を浴びせられたようにしゅんとする五年生たちだった。
「本当は戦の前の情報取集を強化しようと家老が雇わせたらしい。だけど、忍者隊がそれは自分たちの仕事だって言い張ったもんだから、ほかにあてがう仕事もなくてそのザマさ」
「…どうして利吉さんは、そのお仕事を引き受けられたんだろう…」
 ぽつりと雷蔵が呟く。
「俺も同じことを思ったさ。で、奉行に聞いてみた。そしたら、フリーとはそういうもんなんだってさ」
「そういうもの?」
「ああ。フリーは自分で仕事をかき集めないといけない。えり好みしていたら、同じ依頼主が次にいい仕事を振ろうとしたときに選択肢から外される。だから、依頼主とつながりを保つために、気に入らないくだらない仕事でも引き受けるんだそうだ。それでもフリーに憧れるのか?」
「…」
 誰もが俯いて一言も発しない。気がつくと菊丸は立ち去っていた。

 

 

 

 

「おい! なんでおれをつかまえるんだよ!」
「うるさい! おとなしくしてろ!」
 縛り上げられて出城の牢に放り込まれたのはきり丸である。バイト帰りに通った山道でドクタケ忍者にさらわれたのだ。
「ほう、今日はお前ひとりか、きり丸」
 後ろ手に組んだ八方斎が悠々と現れる。
「なにしやがんだ冷えたチンゲン菜めっ!」
 顔を突き出したきり丸が怒鳴る。
「まあ別に誰でもよかったのだがな、忍術学園の者であればな」
 眼をそらした八方斎がうそぶく。
「どーゆーことだよっ!」
「これは我々の作戦を邪魔した忍術学園五年生どもへのお仕置きだ。運が悪かったな。恨むならお前の先輩どもを恨むのだな」
 いつもならぐわっはっは、と高笑いをするところだが、今日はそういう気分ではないらしい。「見張っておけ」と言い捨てて立ち去る。
「ちっくしょ、なんでおれなんだよ…」
 縛り上げられながらもどうにか上体を起こして冷たい石壁に寄りかかる。
「まあ、バイト代とりあげられなかったのはよかったけど」  
 例によってろくに身体検査もせず縛り上げたので、懐のバイト代は無事だった。
「そういや、五年生のせんぱいがどうのっていってたな…」
 ようやく八方斎の台詞を思い出して呟く。そのとき、
「呼んだかい?」
 牢の前に立っていたドクタケ忍者が振り返った。
「え…」
 はっとして顔を上げたきり丸の前で、ドクタケ忍者は身をかがめて鍵を開けると牢の中に入ってきて、苦無で縄を切った。
「えっと…」
 ひょっとして先輩? と言おうとしたとき、ドクタケ忍者はサングラスを外した。
「僕さ。気がつかなかったかい?」
「雷蔵せんぱい!」
 くりんとした眼とやわらかい声でようやく雷蔵と確信できたきり丸が弾んだ声を上げる。
「やっと気づいてくれたね。まあ、それだけ僕の変装もカンペキだったってことかな」
 微笑みながらきり丸を立たせると、「さ、逃げるよ」と牢の外に連れ出す。
「でも…いつからドクタケ忍者になってたんですか?」
「さっきからずっとさ。きり丸がここに連れてこられた時からね」
「ひょっとして、ほかのせんぱいもいらっしゃるんですか?」
「もちろんさ。外で待って…」
 言いかけた雷蔵が「シッ!」と背後のきり丸を制する。「ドクタケ忍者たちがいる」
 出口の近くに数人のドクタケ忍者たちが番をしていた。
「いいかい、きり丸。よく聞くんだ」
 振り返った雷蔵が声を潜めて説明する。「いまから煙球であそこを突破する。その先は通用口になっているから、出たらすぐに右に向かうんだ。兵助たちがすぐに護衛することになっているから安心して」
「せんぱいは…どうするのですか?」
 戸惑いながらきり丸が訊く。
「僕は左に向かう。ドクタケたちの眼を引き付けるようにする。だから、きり丸は出たら走る方向を絶対に間違いないで、全力で走るんだ。いいね」
「でも…だいじょうぶなんですか?」
「僕は五年生だ。それなりに修業してきたんだ。当てにしてくれていいんだよ」
 安心させるように笑いかけると、ふと真剣な表情に戻って言う。「じゃ、行くよ!」

 

 

 

「やはり引っかかりおったわい。忍術学園五年生のお子様忍者がな」
 手を後ろに組んで得意げな表情の八方斎がニヤリとする。
「ああそうだね。完敗だよ」
 縛り上げられた雷蔵が顔をそむける。
「お前たちには、菊丸誘拐計画を妨害した落とし前もつけてもらわねばならん。覚悟するのだな」
「僕に当たり散らすのは勝手だけど、若殿様はもうとっくに着いちゃってると思うけど」
「なんだと!」
 ドクタケ忍者の一人が胸ぐらをつかんで引き上げようとする。その瞬間、足首に激痛が走って、雷蔵はおもわず「く…」と声を漏らした。
「よさぬか。こいつには後でたっぷりお尻ペンペンしてやるのだ。楽しみは後にとっておけ。ぐわっっはっは…」
 高笑いして反り返った頭を部下たちに支えられながら、八方斎は牢を後にする。
 -しまったなあ。
 雷蔵は首を傾けて痛めた足首に眼をやる。
 きり丸を伴って脱出する際、煙球を使ってうまく通用口から出ることはできたが、ドクタケ忍者たちが自分ではなくきり丸を追いかけてしまったのは想定外だった。慌ててきり丸が兵助たちのもとへ逃げられるよう食い止めに入ったが、立ち回りの最中にうっかり足首をひねって動けなくなってしまったのだ。
 -ま、いいか。きり丸は無事逃げられたようだし…。
 とりあえず任務はこなすことができた。
 -お尻ペンペンってことは、あいつら、僕を拷問する気なんだろうな。
 そのまえに脱出しなければならなかったが、あいにく足首を痛めたままでは一人で脱出するのは難しそうである。
 -さて、どうしようか。
 考えている間に、カチャカチャと金属音がしてカチッと錠前が開く音がした。
 -え…?
 雷蔵が顔を上げる。そこにはなぜか三郎がいた。
「三郎…どうしたんだい。きり丸を護衛したんじゃ…?」
「きり丸は大丈夫だ。兵助たちが守っている。それより、雷蔵こそ大丈夫かい?」
「足首をひねっちゃったんだ。三郎の援護があってもちょっと動くのは難しい。だから、とりあえず三郎はここにいないほうがいい。もうすぐドクタケ忍者が巡回にくる頃だ」
 いつ見回りのドクタケ忍者が来るかとハラハラしながら雷蔵は説明する。
「そっかぁ?」
 雷蔵の焦りを意に介さないようにのんびりした声を上げる三郎だった。「じゃ、私もしばらくここにいるとしようか」
 言いながら格子から手を出して錠前をおろしてしまう。
「え、三郎…」
 意外な展開に思わず声を上げたとき、
「なんだお子様忍者! うるさいぞ!」
 見回りに来たドクタケ忍者が横柄な声をあげてやってくる…が、たちまち呆気にとられた表情になる。
「お子様忍者が…ふえてる…?」
 雷蔵だけがいたはずの牢の中に、同じ顔の少年が胡坐をかいている。
「ああ。不破雷蔵あるところ鉢屋三郎ありだからね。厄介になるよ」
 ふてぶてしい笑みを浮かべた三郎が言う。
「…てか、なにコイツの縄をといてんだよ」
 雷蔵の縄も解かれている。
「まあいいじゃん。どうせ牢の中にいるんだからさ。いくら私たちでも、こんなところに閉じ込められちゃ脱出できるわけがないじゃないか」
「だったらどうやってお前は牢の中に入ったんだよ! 適当なことを言うな!」
 ドクタケ忍者に言い返された三郎は、おやおや、と肩をすくめる。
「バレちゃ仕方ないか…ほら、これだよ」
 懐から針金を取り出してみせる。「でも、中に入れりゃ用はないから、やるよ」
 気だるい口調で言うと、牢の外に放り投げる。石床の上に落ちた針金がきん、と音を立てる。
「ちくしょう、バカにしやがって」
 そう言いながらも拾い上げたドクタケ忍者が「おとなしくしてろよ」と言い捨てて立ち去る。
「でも、三郎までここにいる必要は…」
 困惑しきった眼で雷蔵が口を開いた時、
「おいおい、俺もまぜてくれよ」
 牢の外からの声に、慌てて振り返る。
「八左ヱ門!」
 サングラスと覆面を取ってニヤリとした八左ヱ門が、懐から出した針金を錠前に差し込む。
「なんだ、お前まで来たのかよ」
 せっかく雷蔵とゆっくり語ろうと思ったのにさ、と言いながらも、悪くない表情になる三郎だった。
「五年ろ組のクラスメートじゃねえか。冷たくするなよ」
 あっさり錠前を開けた八左ヱ門も牢の中に入ると、二人の前にどっかと胡坐をかいた。
「べつに冷たくなんかしてないさ。
 すまし顔で三郎が言う。 
「それよか、雷蔵、足首だいじょうぶか」
 八左ヱ門が心配そうにのぞきこむ。
「あ、そうだ。ちょっと固定しようか」
 三郎が自分の頭巾を解いて雷蔵の足首をぐるぐる巻きにする。
「俺の覆面も使えよ」
 八左ヱ門が懐に押し込んだ覆面を三郎に手渡す。
「サンキュー」
 布の端を折り込んで留めると、「どうだい」と訊く。
「どれ、よいしょ」
 三郎と八左ヱ門の肩を借りて雷蔵が立ち上がる。「あ、すごいや。これなら歩けそうだ…ありがとう、二人とも」
「まあ、それでも今はムリしないほうがいいだろうな」
「ああ。雷蔵も座れよ」
 二人に促された雷蔵がそろそろと腰を下ろす。
「でさ、なんで足首ひねったりなんかしたんだ?」
 胡坐をかいた八左ヱ門が訊く。
「まあ、だいたい想像つくけどね」
 雷蔵が答える前に三郎が口を開く。
「どういうことだよ」
「菊丸に言われたこと、思い出しちゃったんだろ?」
 半眼になった三郎が、うつむく雷蔵の顔を下からのぞき込む。
「うん…」
 ためらうように雷蔵は頷く。「ドクタケ忍者を食い止めてるとき、ふっと考えちゃったんだ。僕はこれからずっと、こういうことをやっていくのかなって。それは僕のやりたかったことなのかなって…それは正しいことなのかなって」
 歯を食いしばって絞り出すような声に、三郎と八左ヱ門も顔を伏せる。と、そこへ足音が近づいてきた。
「おいおい、なに三人で景気悪い顔してるのさ」
「勘右衛門! …と、兵助?」
「そう。てか、なに三人で牢に入ってるのさ。雷蔵を助けに来たんじゃなかったのか?」
 サングラスを額に押し上げた兵助が肩をすくめる。
「雷蔵が足首を痛めちゃってさ。少し安静にした方がいいから、私たちも付き合いでいるってわけ。な、雷蔵」
 説明した三郎が、雷蔵の肩に手を置く。
「そうか。大丈夫か?」
 針金で錠前をいじりながら勘右衛門が訊く。カチリと音がして錠前が外れる。
「で、俺たちはどうする? 兵助」
 片膝をついた勘右衛門が背後に立つ兵助を見上げる。
「トーゼン、付き合うさ」
 言いながら兵助も身をかがめて格子戸をくぐる。
「そっか。なら、これは用済みだな」
 手にしていた針金を石床に投げ捨てた勘右衛門も牢に潜り込むと、ふたたび錠前をおろす。
「あのさ、兵助たちまで来ちまったら、脱出するときどーすんだよ」
 八左ヱ門が呆れたような声を上げる。
「私は八左ヱ門みたいに針金を一本しか持ってこないようなおっちょこちょいとは違うからな」
 三郎が懐から針金を取り出してニヤリとする。
「なんだ。俺、立花先輩に分けてもらった焙烙火矢の威力を試そうと思ってたのに」
 兵助が懐から焙烙火矢をのぞかせる。
「物騒なもん持ってくんなよ。こんな狭いところで爆発させたら、俺たちも巻き添えになるだろうが」
 すかさず勘右衛門が突っ込む。
「そうかなあ。予備もあるんだけどな」
 あまり堪えてなさそうに兵助が肩をすくめる。
「てか、きり丸はどーしたんだよ。ちゃんと連れ帰ったんだろうな」
「大丈夫。学園に戻る途中で、きり丸を探されてた土井先生に会ったんだ。先生が学園まで連れ戻すっておっしゃってたし」
「ならいいけど」
「で、なんでさっきは辛気くさい顔してたのさ」
「ああ。雷蔵が、菊丸に言われたことを思い出しちゃったせいでケガしたんだってとこまで話したんだっけ」
「菊丸に言われたこと?」
 兵助が首をかしげる。
「フリーの忍者でも、いろいろなものに捉われている。まして私たちが忍者になっても、別のしがらみに捉われるだけってね」
「それが、俺たちの目指していた生き方なのかなってことだ」
 三郎と八左ヱ門が説明する。
「そっか。そんなこと言ってたよな」
 兵助の声が暗くなる。
「それを菊丸に言われるってのも、なんかな」
 つられたように勘右衛門の声も沈む。
「なんかなって?」
 雷蔵がちらと視線を上げる。
「だってさ。菊丸って、いずれ俺たちをアゴで使う立場になるような身分だろ? なのに、菊丸自身がいろんなものに捉われてて、俺たちが人生を選んだってことがどういうことなのか、よく分かってないんじゃないかって思うんだよな」
 考えながら勘右衛門が口を開く。
「そういうことが、想像もできないということか」  
 兵助が小さくため息をつく。「そういうことが許されない身分ってことなんだろうな」
「そーいやそうかもな」
 八左ヱ門が暗い天井に眼を向ける。「アイツだって好きこのんで養子に出るわけじゃないんだろうしな。体のいい厄介払いだってことは、本人が一番分かってたよな」
「支配するはずの身分なのに、自分で何ひとつ決められない…だから態度だけでもあんな感じで強がるしかなかったのかな。考えてみれば、気の毒な立場だよね」
 雷蔵が膝を抱えて俯く。
「そうだとしても、菊丸が言ったことも事実だ。忍者になれば、好きなように生きられるわけじゃない」
 兵助が固い声で指摘する。
「まあそうだけど…」
「べつに俺たちそんなの望んじゃいないだろ」
 八左ヱ門が強い眼で兵助を見つめる。
「…」
 兵助が黙って見つめ返す。堪えていたものが溢れたように八左ヱ門が声を張り上げる。
「俺たち、一年のときに、忍者は命令に絶対服従だって習っただろ? 六年の先輩たち見て、俺たちもどっかの城や忍者隊に就職したいって思ったろ? 好きなことしたいなんて思ったか? 俺たち、それもこれも含めて忍者になりたいんじゃなかったのかよ!」
「…そうだな。生き方を選ぶことと、しがらみがあるかないかなんてことは別だよな」
 黙っていた三郎がぽつりと言ったとき、「おい、お前らうるさいぞ!」
 居丈高な声とともに廊下の向こうから灯りが近づいてくる。ドクタケ忍者だった。
「ったく、なにやってんだ」
 言いながら灯りを牢の中に向ける。と、その顔がみるみる青ざめる。
「な…お子様忍者が…また増えたっ!」
 そして大声で呼ばわる。「おおいっ! 誰か来てくれ! お子様忍者が…また増えたぞっ!」
「なんだなんだ」
「どうした騒々しい」
 つぎつぎと声がして、灯りを持ったドクタケ忍者たちが集まってきた。
「み、見てくれ! お子様忍者が…五人になってる!」
 最初にやってきたドクタケ忍者が、異形を見るように牢の中を指さす。
「おおっ、ホントだ」
「コイツら、忍術学園の五年生じゃないか!」
「なに、五年生だと?」
「そうだ。菊丸誘拐作戦を妨害しやがった連中だ!」
 牢を指さしながらてんでに話すドクタケ忍者たちの声を圧して勘右衛門の声が響く。
「ああそーだよ。わざわざ来てやったんだ。お礼に饅頭のひとつも寄越すのが礼儀ってもんじゃねーの?」
「な、なんでお前らに饅頭なんぞくれてやる必要がある」
 ドクタケ忍者の一人が気圧されながらも声を上げる。
「俺たちを捕まえる手間を省いてやったんだぜ? トーゼンだろうが」
 半眼になった三郎がニヤリとする。
「なな、何を言ってやがるっ!」
「そ、そうだぞ! そうだ、八方斎さまにご報告しろ!」
「そうだ! 八方斎さまに!」
 立ちすくんでいたドクタケ忍者たちの動きが急になる。ばたばたと足音を立てて走り去ったあとにひとり、背の高いドクタケ忍者が残された。その忍者は、灯りを向けると呆れたように声を上げる。
「まったくお前たちは…五人そろってわざわざ捕まりに来るとは」
「ひょっとしてその声は…土井先生?」
 兵助が戸惑ったように声をかける。
「ああ、そうだ…ところで雷蔵、足首はどうした?」
 手早く針金で錠前を開けた半助が、ぐるぐる巻きにされた雷蔵の足首に眼をやる。
「きり丸を逃がすために雷蔵が囮になってドクタケを引き付けたんですが、そのときに足をひねってしまったんです」
 三郎が説明する。
「それで、きり丸は無事ですか?」
 身を乗り出した雷蔵が訊く。
「ああ。学園まで連れ帰ったからだいじょうぶだ。きり丸のために、すまなかったな」
 言いながらしゃがんだ半助が背を向ける。「ほら、私の背中に乗るんだ」
「いえ、そんな…」
 慌てて雷蔵が手を振る。「三郎たちが固定してくれたし、少し時間が経ったのでもう大丈夫です。走れます」
 あながち強がりでもなく、雷蔵はすっくと立ちあがる。
「そうか」
 続いて立ち上がった半助が小さく頷く。「では、とっととここから脱出するぞ。いいな」
「「はい!」」

 

 


「お子様忍者が増えただと? なにをたわけたことを言っておる」
 急に呼び出された八方斎の表情は不機嫌そのものである。
「そんなことおっしゃらずに…一人だったのが二人になって、いまは五人になっちゃったんですよ?」
「あやつらが自分から牢に入りに来るなど、あるわけなかろうが」
「でもホントなんですってば」
 騒ぎ立てる声が廊下を伝って近づいてきた。
「八方斎たちが来たようだな」
 鋭い眼で声の方を見やった半助が声を低くする。「より、あっちの通用口から脱出するぞ。いいな」
「「はい」」
 半助たちが足早に廊下を伝っている間にも、背後から「お子様忍者が逃げたぞ!」「追え!」「通用口をふさげ!」と騒ぐ声が響いてくる。
「急ぐぞ」
 低く言って足を速めた半助の動きがふと止まる。背後に続いていた五年生たちがぶつかりそうになりながら辛うじて立ち止まる。
「土井先生、どうされましたか」
「先回りされたようだな」
 声を潜めて訊く三郎への半助の答えに皆がびくっとして通用口の様子をそっと探る。すでに数人のドクタケ忍者が立ちふさがっているのが見えた。背後からは八方斎たちの声と足音が近づいている。
「やべ、袋のネズミか」
 勘右衛門が呟いたとき、「そういう時こそこれの出番さ!」と兵助が焙烙火矢を懐から取り出す。
「お、そうだった! 兵助、いっちょ頼むぜ!」
 八左ヱ門が白い歯を見せてニヤリとする。
「任せろ。立花先輩からいただいたものだから、ちょっと威力がえげつないかもしれないけど」
 言いながら点火した焙烙火矢を、通用口へと転がす。
「たぶん壁や天井が落ちて大変なことになると思うから、出口はしっかり見極めるんだ。あと、足元悪くなるから三郎と八左ヱ門は雷蔵のフォロー頼む」
「よし」
「まかせとけ」
 二人が頷いた瞬間、轟音とともに爆風が廊下を吹き抜けて、半助たちは慌てて身を伏せる。次の瞬間、「よし、上の方から脱出するぞ」という半助の声とともに五年生たちも一斉に駆け出す。
 天井や壁の崩れたがれきの上を駆け上ると、崩れた通用口の外に出ることができた。爆発音とともに八方斎たちの声がいっそうやかましく近づいてくる。
「ついでに予備もお見舞いだ」
 いたずらっぽく笑った兵助が、もう一つの焙烙火矢に点火すると、脱出口だった穴に放り込む。息詰まる数秒間のあと、再び激しい轟音と爆風が走る兵助たちの背を押して、たちまち騒ぎも背後に遠くなる。
 

 


「ところで、どうしてお前たちは牢の中にいたんだ?」
 月明かりの里道を歩きながら半助が訊く。
「雷蔵の手当てをする必要があったのと、あと…」
 言いさした勘右衛門が続きを呑み込む。半助が不思議そうに首をかしげる。
「いろいろと話すことがあったんです。なんで忍者になりたいのかとか、それは望んだ生き方なのかとか」
 平板な声で兵助が続ける。 
「そうか…」
 短く半助は応える。そしてそのまま黙り込む。しばし六人の足音だけが響く。
「先生は…どうお考えになりますか」
 沈黙に耐えられなくなったように、兵助が低く訊く。
「そうだな…」
 言いさしてふと考え込む半助だった。まだほんの子どもだった頃に家族も家も喪い、寺に預けられて忍者として修業した日々の中に、自分で選択した行動などあっただろうか。
 -あったとすれば、忍者の修業を止めなかった、というくらいか…。
 だがそれも、積極的な選択ではなかったとすぐに思い至る。その頃の自分には、ほかに選択肢などなかったから。家を襲った連中が自分を狙っていることは知っていた。寺を出た途端、いとも簡単に殺されていただろう。
 -そもそも、違う選択肢があるという発想すらなかったからな…。
 だから自分は、忍としてどんな汚い仕事でもやってきた。十九歳のある夜、抜け忍となることを決意するまで、自分には意思というものはないも同然だった。その中には、当然ながら、なぜ忍者になるのかとか、自分はどのように生きたいのかという思考もなかったのである。
「先生?」
 いつの間にか並んで歩いていた兵助が、問いかけるような視線で見上げていた。
「ああ、そうだな」
 コホンと咳払いをした半助が続ける。「いつか、お前たちも、自分が何者か、どう生きるべきかという問いを突き付けられる時が来るだろう。いまよりももっと深く考えなければならない時がな」
「そのような時が、来るのですか」
 おびえたような表情で雷蔵が訊く。今回でも十分苦しかったのに、もっと悩み苦しまなければならない時が来たとき、自分が耐えられるか自信がなかった。そのとき、仲間たちが側にいるとは限らないのだ。
「ああ、来るだろうさ。だから、その時のためにきちんと考えを深める経験をしておくのは大事なことだ。苦しかっただろうが、決して無駄な経験ではないのだからな。それに…」
 いつの間にか思いつめた表情で自分を見上げる五年生たちを見ているうちに、ふと可笑しさがこみ上げてきた。
「こんな世の中だ。生きてるだけで儲けものだという考え方もある。自分が何者でどうしたいかなんてことに頭を煩わせるなど愚の骨頂だ。ただ狂へ、とな」
「ズルいですね、先生」
 半眼になった三郎が笑う。「両論併記で逃げようってことですか?」
「まあそういうことだ」
 立ち止まった半助が、両手を腰に当てて五年生たちに向き合うとニヤリとする。「さあ、こんなところをのんびり歩いていたら、いつまでたっても学園に帰れないぞ。ここから学園まで私と競争だ。行くぞ!」
 言うや背を向けて走り出す。
「あ、待ってくださいよ土井先生!」
「いきなり競争なんてズルいですってば」
「走って答えをはぐらかすなんて、大人げないです」
 てんでに文句を言いながら、それでも走って追いかける五年生である。
「まだごちゃごちゃいうだけの元気はあるようだな。よし! スピードアップだ!」
 さらに速度を上げる半助である。
「走り込みなら俺たちだって!」
「ぜったい負けませんから!」
 月明かりの下、溌溂とした声が駆けていく。

 

<FIN>

 

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