そこにあるのは自由か

新キャラ浜守一郎君をメインに書いてしまいました。

って、まだキャラの輪郭が部分的にしか見えていない段階でお話にしてしまうとは、またずいぶん無鉄砲なことをやらかしたものだと自分でも思うところですが…。

 

職業選択の自由という概念は、日本に限らずつい最近の認識なのだと思いますが、戦国時代のような社会が流動化した時代は、身分や職業の縛りが相対的に希薄になった時代だったのではないかと思います。そして、忍術学園で学ぶことを決めた子たちは、家や身分やもろもろの桎梏を切り離して生きること選んだのではないかと思うのです。

では、忍術学園という場は自由なのか、新たな桎梏なのか。それを客観的に観察しうるのは、守一郎やタカ丸のような、学園以外の世界をある程度の年齢になるまで経験した存在だけなのだと思うのです。

 

 

「…だからね、忍術学園の生徒でもともと忍者の家柄って人は少ないんだ…僕みたいに」
 軽快に鋏をつかいながらタカ丸が説明する。
「ほ~」
 落ち着かない様子で周りにきょろきょろ眼を遣りながら応えるのは守一郎である。
「ほら、守一郎君。頭を動かしちゃだめだよ」
「あ、ごめん」
 注意された守一郎が首を縮める。タカ丸の手掛ける髪結いが時に激しい結果になることをまだ知らない守一郎は、タカ丸の「少しさっぱりさせてあげようか?」という申し出をあっさり受けたのだった。
「あ…でも、僕は違うか」
 ふと気づいたように、鋏を動かしたままタカ丸は声を上げる。
「え? どういうこと?」
 守一郎が眼だけ動かしてタカ丸を見上げようとする。
「そーいえば、僕の家は抜け忍だったっけ」
「ぬ、抜け忍だと!?」
 ケロッと言うタカ丸に守一郎が思わず反応する。
「頭を動かしたらダメ」
 冷静に突っ込まれてふたたび首を縮めた守一郎だったが、訊かずにはいられない。
「いやでもそれって…どういうことなのさ」
「僕の祖父は手先が器用だったから、穴丑として敵の城を監視するために街に潜って髪結いを始めたんだ。ところがそれがカリスマ髪結いっていわれるほど評判になって、そっちの仕事が忙しくなって忍者の仕事ができなくなって、自分が忍者だってことも、どこの忍者かってことも言わないで死んじゃったんだ。だから、父もどこの忍者隊に属しているか知らないし、僕なんかそもそも忍者の家系だってことも知らなかったんだ…結局、ウスタケ忍者だってことがわかったけどね」
「え、えぇ~っ!? ウ、ウスタケって、すげ~評判悪い城じゃん!」
 大仰な声を上げた守一郎が思わず振り返る。
「もう…頭を動かさないでったら」
 腰に手を当てたタカ丸が呆れたように言う。「今度頭を動かしたら、超テンション下がる髪型にしちゃうからね」
「う…ごめん」
 タカ丸の台詞に本能的に危険を感じて慌てて首を縮める。「でも、よくウスタケから抜けられたなって思ったから…」
「まあそうなんだけど、学園のみんなに協力してもらって抜け忍になることを許してもらったから」
 淡々と説明を終えたタカ丸は、仕上げに髷を結い直すと鏡を取り出す。
「どう? さっぱりしたでしょ?」

 


「それにしても、守一郎君の前髪ってほんと変わってるね」
 上にはねた前髪を指先でいじりながらタカ丸が言う。
「そうかな…今まであんま言われたことないけど」
 胡坐をかいたまま眼だけ上に向けた守一郎が応える。
「今までずっと一人でお城を守ってたんでしょ? まだ十三歳なのに、たいへんだったね」
「まあな…マツホド忍者の誇りのためさ!」
「ふぅん。すご~い」
 熱く言い切る守一郎に対し、タカ丸の口調はほわっとしたままである。

 


「よし、今日は縄梯子の修理をやるぞ」
「はい」
 用具倉庫の前に筵を広げて、今日も用具委員会の活動が始まった。留三郎と守一郎が縄梯子を点検している傍らで、作兵衛が一年生たちと縄を綯っている。
「縄梯子は強度が第一だ。どこか一か所でも強度が落ちていると命にかかわるからな、よく引っ張って確認するんだ」
「ていうか、この使用禁止って札がついてるのはどうしましょうか」
 縄梯子の修理と聞いて倉庫にあるだけの縄梯子を持ち出してきた守一郎が、札のついたものを指しながら訊く。
「ああ、それも持ってきちまったか…」
 留三郎が困ったような表情を浮かべる。「それは縄や段がいたんでいるから、使用禁止にしている」
「どうして直さないんですか?」
「直したくても直せないんだよ」
 留三郎がぼやく。いつも強気で戦闘的な委員長が初めて見せた表情に、守一郎は戸惑いを覚える。
「といいますと?」
「手が足りないんだよ、手が」
 予算もだけどな、と腕組みをした留三郎がため息をつく。
「用具委員会は、本来用具の在庫管理が主な仕事で、修補はおまけみたいなものだった。だが、だんだん用具の破損に修理が追いつかなくなってこの様だ」
「どうしてそうなったんですか?」
「見てのとおり、用具委員会は下級生が多い。一年生にも修補の技術を教えているが、まだ技術も力も及ばないし、あとは三年生の作兵衛と俺だけだからな。おまけに学園には頭突きで壁を壊すギンギン野郎や塹壕掘りや穴掘りするような連中はやたらといるが、それを元に戻すのは俺たちしかいない。だから、その縄梯子みたいに使えなくなっているのは分かっているが修補できずにいる用具が増えている」
 話しているうちに湧き上がってきた苛立ちを振るい落とすように留三郎は小さく頭を振る。
「なら、この縄梯子、俺が直します」
 あっさりと宣言した守一郎は、使用禁止の縄梯子を広げると、「たしかにこりゃダメだ」と呟くと、留三郎に向き直った。
「これ、縄を全部取りかえないとダメですね。俺にやらせてください」
「ま、まあ…やれるなら越したことはないが…」
 当惑顔の留三郎が訊く。「だが、できるのか?」
 それ直すの大変なんだぞ、と付け加える。
「大丈夫ですよ…俺、ホドホド城にいたときはこーゆーの全部ひとりでやってましたから」
 にこやかに言いながら、慣れた手つきで段を新しい縄で結わえていく。
「うわぁ、浜せんぱい、すごい~」
「あんなに早いのに、ちゃんと等間隔で結ばれてる…」
 喜三太と作兵衛が感嘆する。いつの間にか後輩たちが守一郎の周りに集まっていた。
「え? そ、そうかな…そんなにみられると恥ずかしいけど…」
 手を動かしたまま守一郎は頬を赤らめる。
「ほら、お前たちも手を休めるな。守一郎が使う縄がなくなるぞ」
 縄梯子の修理を続けながら留三郎が声を上げる。
「は、はい」
「はは~い」

 


「よお、守一郎。今日はすまなかったな」
「食満先輩」
 夕刻、守一郎が風呂に入っているところに留三郎が現れた。
「お前が用具委員会に来てくれて助かったよ」
 守一郎と並んで留三郎がどっかと洗い場に座る。
「そ、そうですか?」
 後輩たちが眼を輝かせて自分の手先に見入っていた様子を思い出して、ふたたび顔を赤らめる守一郎だった。
「ああ。もともとどの委員会も設定上、上級生が少ないが、昼間も話したように用具は六年生の俺の次は三年生の作兵衛しかいなかったからな…四年生で、しかも手先が器用なお前が入ってくれて大助かりだ」
 身体を洗いながら留三郎が笑いかける。
「あのくらいならいくらでもやります。でも、俺…」
 もじもじする守一郎に、留三郎が不審そうに首をかしげる。
「どうした、守一郎」
「俺、まだ学園のことまだぜんぜん分かんないんで…いろいろ先輩に訊いちゃうかも知れないんですけど、いいですか」
「ああ、そんなことか」
 よほど難しいことを訊かれるのかと身構えていた留三郎がほっとしたように言う。「俺で分かることならなんでも教えてやる。遠慮せずに訊けばいい。同じ委員会だろ?」
「は、はい! ありがとうございます!」
 元気よく答えた守一郎だったが、すぐにまた上目遣いに留三郎を見る。「では、お言葉に甘えて教えていただきたいんですが…」
「なんだ? 言ってみろ」
 気軽に留三郎は答える。
「四年は組の斉藤タカ丸さんから聞いたんですけど…学園の生徒で忍者の家柄の人は少ないって」
「ああ、そうだな」
 顎に手を当てた留三郎が頷く。「だが、それがどうした?」
「あの…俺、もともとマツホド忍者の家柄だから当然のように忍者になろうと思ったけど、そうじゃない人はどうして忍者になろうと思ったのかなって…」
「まあ、人それぞれなんだろうな」
 あまりにざっくりした答えに、留三郎の横顔を凝視したまま守一郎が言葉を漏らす。
「それって…」
「まあ、いろいろやり方があるってことだ」
 身体を洗い終わった留三郎が湯船に入る。慌てて守一郎も続く。
「…自分の家の仕事を継ぐって生き方もあるだろうし、そうじゃない何かを目指すやり方もある。商売始めたり、出家して坊さんになったり、戦に出てのし上がろうとする道もある。忍になるのもいろんな選択肢のひとつで、俺たちはそれを選んだってことだ」
「そうなんですか」
 感心したように言う守一郎だったが、その口調はまだまだ納得していないと留三郎は感じた。
「なあ、守一郎」
 難しい問いにきちんと答えようと腹を決めた留三郎は語りかける。「たしかに学園には武家や商人や、いろいろな家の出の生徒がいる。だが、学園に入るということは、そういったそれまで属していた世界から離れてきたということだ」
「離れる?」
「そうだ。そいつらは、もし学園に入っていなければ、おそらく家業をそのまま継ぐことになんの疑問もなく生きていただろう。だけど、そのルートを外れて学園を選んだ。それは、そいつらが一度、自分の属していた世界から離れてみる決断をしたということだと、俺は思っている」
「属していた世界から、離れてみる…」
 生まれたときからマツホド忍者の世界しか知らず、そこから離れることなど考えたことすらなかった守一郎には、にわかに理解できない話だった。
「おそらく、家業をそのまま継ぐことはすげえ楽な道なんだろうと思う。だけど、それは父ちゃんや爺ちゃんと同じような生き方をするということだ。ガキのうちから、自分が年とって死ぬまでのルートが見えてて、その上をひたすら辿る生き方だ。だが、そのルートから外れると、とたんに新しくて、先が見通せない世界が待っている。たとえリスクがあっても、そういう生き方を選んだ連中が学園にはたくさんいるということだ」
 そこまで言うと、留三郎は傍らで強いまなざしで自分をじっと見ている守一郎に眼をやった。「つまり、そういう生き方を選ぶ自由があったってことだ」
「自由、ですか?」
「そうだ。家族が許してくれて、決して安くない学費を出してくれないと、学園に入ることなどできないだろ? それに、こういう世の中だから忍の需要もある。条件に恵まれて、それをチャンスにできた連中が学園に入れたということだ。自由というチャンスをな」
「自由という、チャンス…」
 呟きながら考え込んでいた守一郎だったが、ふいに遠のいた意識に断ち切られた。

 


「おい、大丈夫か、守一郎」
「んあ?」
 目覚めると洗い場に横たわっている自分がいた。慌てて身を起こす。
「あ、あれ? 俺、どうして…」
「のぼせたんだよ。風呂の中で」
 傍らで見守っていたらしい留三郎が指先で背後の湯船を指す。
「え、えと…先輩が?」
 大事な部分に載せられた風呂桶に気づいて守一郎が訊く。
「まあな…ひょっとして、お前、湯に入ることにあまり慣れてないだろ」
「あ、はい…バレましたか」
 気恥ずかしそうに守一郎は頭を掻く。「ホドホド城には風呂なんてないから、いつも行水だったし…湯に入るのって気持ちいいなって思ってたらのぼせちゃったんですね」
「ま、慣れれば加減もわかるさ…その慣れが危険なこともあるけどな」
 守一郎を見守っているうちに身体が冷えたのだろう、ふたたび湯船に浸かりながら留三郎が言う。
「え…慣れることは…危険?」
 洗い場に胡坐をかいた守一郎が、湯船の中の留三郎と向き合う。
「湯に慣れることが危険ということじゃないぞ。だが」
 ふいに難しい顔になった留三郎が続ける。「学園という世界に慣れてはいけない。それだけは憶えておけ」
「どうして…ですか?」
「いずれわかると思うが、学園は広そうに見えて狭い世界だ。得意武器をもって、委員会で先輩や後輩に囲まれて、いろいろな仕事や立場を持つようになると、だんだん自分の幅が狭まってくる。それは気をつけないと自分のできることを自分で縛っていくことになる、ということだ」
「は、はあ」
 曖昧に頷いた守一郎だった。

 


「…てなことを食満先輩に言われたんだけどさ」
 数日後の放課後、、煙硝蔵で話し込んでいる守一郎とタカ丸の姿があった。火薬委員会顧問の半助が、火薬の知識に乏しい守一郎に特別授業をすることになったのだ。まだ忍の知識全般に乏しいタカ丸も同席することになっていた。
 タカ丸が煙硝蔵の外に硝石の壺を運び出し、守一郎が倉庫から硫黄や木炭、調合用の薬研を持ってくると準備終了である。半助を待つ間、守一郎が留三郎の話をタカ丸に聞かせていた。
「ふ~ん。なんか難しい話だね」
 タカ丸の口調は相変わらずふにゃりと柔らかい。「知らないよりは知ってる方がいいし、慣れるってそういうことだと思ってたんだけど、違うってことなのかなあ?」
「う~ん、それがよく分からんところなんだけどさ…俺はともかく、忍の家の出じゃない連中は、ここで自由を獲得した。だけど、ここにいるうちにだんだんそうじゃなくなるってことなんだと思うんだ、先輩がおっしゃってたことは…」
 腕組みをした守一郎がうなる。「てことは、俺たちは自由なのか? そうじゃないのか?」
「よく分かんないけど…どっちでもいいんじゃない?」
 いともあっさりとタカ丸が言ってのける。「学園に長くいるといろいろ考えるところがあるのかもしれないけど、僕たちはそんなに長くいる前に卒業しちゃうし、そんなことよりも忍者になるための知識や技術が身についたかとか、楽しかったかどうかってほうが大事だと思うんだ」
「そっか」
 弾かれたような表情で守一郎は頷く。「それもそうだな」
「でしょ?」
 ふたたびタカ丸がふにゃりとした笑顔になる。その笑顔を見ながら守一郎は考える。
 -とにかく自分の意思で学園に入れたってことは、俺たちは自由だってことだ。そんでもって、学園にいる間もその後も自分の望んだ道に進めるってことは、自由だってことだ。だけど、そんなことより何倍もだいじなことは、俺がそのことに満足してるかってことなんだ…。

 

<FIN>

 

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