純那

リクいただいて書きました。chidori様、ありがとうございました!

リクによるとオリキャラが主人公なので(夢小説というそうです)、いただいた与件を書いておきます。

 

・主人公は純那、14歳。くノ一教室生徒。穏やかで落ち着きのある家庭的なお姉さんキャラ

・忍術学園には行儀見習いとして入学。兵助たち五年生とは入学目的は別ながら友人で頑張り合っている仲

・得意武器は棒手裏剣、鉄扇、弓矢

・実家は兵庫水軍の本拠地近くの漁師で、間切と恋仲

・シーンとしては、忍ミュ第9弾で間切、網問たちとともに行動したり、五年生たちを見守っている

 

 …すいません。詳細な要件をいただいたのに、ずいぶん書き漏らした気がします。オリキャラを描くのは初めてではないはずなのですが、いざやってみると難しいものですね。自分のオリジナリティの限界を痛感します。

 ちなみに、要件にあるとおり、忍ミュ第9弾に沿ったストーリーなので、ネタバレがふんだんに登場します。お気を付けください。

 というわけで、はなはだ稚拙ではありますが、chidori様に納品させていただきます。ありがとうございました!

 

 

 

「なんかうれしそうですね」
 忍術学園へと向かう山道を歩きながら、網問がからかう。
「うっせ! 親方からのご指示に従ってるだけだ」
 浅黒い顔を真っ赤にした間切が顔をそむける。その様子がおかしくてたまらない網問が笑い声を上げる。
「ははは…間切ったら、真っ赤になってら」
「真っ赤になんかなってねえ! いーかげんにし…」
 間切が怒鳴り声をあげたとき、しゅっと風を切る音がしたかと思うと、間切の足元に棒手裏剣が突き刺さった。
「うおわぁぁっ!」
「ひえっ!」
 唐突な攻撃に驚いて飛びのいた間切が、後ろにいた網問を巻き込んで尻餅をつく。
「なな、なにがあったんですか!?」
 眼の前に押し付けられた間切の背負っていた葛籠と自分の背負っていた葛籠に挟まれた網問が、悲鳴を上げながらもがく。と、頭上から涼しげな声が響いた。
「ちょっと驚きすぎじゃない?」
「純那!」
 尻餅をついたまま見上げた間切が声を上げる。木の枝に忍装束の少女が座っていた。
「純那! 久しぶりっス!」
 つられて見上げた網問も弾んだ声になる。

 

 

 

「ったく、行儀見習いに来たくせにだんだん凶暴になりやがって…」
 再び学園に向かって歩きながら、間切はぶつくさ言う。大仰に驚いたところを見られたことが恥ずかしくてならなかった。
「ところで、純那はどーしてあんなところに?」
 網問が訊く。
「校外実習が終わって戻るところだったの。そしたら間切たちの声が聞こえたから」
 間切の傍らを歩きながら純那が説明する。「それで、なんの荷物を運んでるの?」
「これか」
 間切が葛籠に眼をやる。「鯨肉だ」
「重が鼻を切ったんだ! それで、第三共栄丸の親方が、学園の皆さんにもおすそ分けだって」
「まあ、重が?」
 純那は思わず口に手を当てる。水練は得意だが、まだそこまでの技量があるとは思っていなかったから。
「ああ! 舳丸兄ィがちょっと出遅れた瞬間にぐっと鯨にトドメの一突き! カッコよかったんだ!」
 腕を振り上げながら自分のことのように熱く語る網問である。
「そうなの」
 そういえば兵庫水軍の仲間たちともご無沙汰だ、と純那は思う。兵庫水軍の近くの漁村で育ったから、水軍の者たちとは全員が知り合いである。それなのに、学園でくノ一を目指して修業している間に、時間は倍速で進んでいくように、水軍の者たちも変わっていく。そして、いつの間にか自分の知らない貌を見せるようになっている。
「どうした、純那」
 気がかりそうに間切が声をかける。
「ううん、別に」
 自分の中の埒もない感慨をとっさに覆い隠して、傍らの青年を見上げる。左頬に十字傷を刻んだ風貌とがさつな態度がいかにも野蛮な男だったが、実は繊細で優しい男なのだ。だが、今はその優しさが疎ましく思えて、すぐに顔をそむけてしまう。
 思えばいつもそうだった。その野蛮さと繊細さのギャップに惹かれて恋仲になった。そしてそのギャップを疎んじて素直になれずにいる。
 -山本シナ先生のクラスの子たちじゃあるまいし…。
 後輩のくノ一教室の少女たちは、まさにお転婆盛りで、男子の忍たまたちを手玉にとっては笑いさざめいているが、自分はもはやそのような歳ではない。裳着を迎えてもおかしくない、大人への階を上りかけているところなのだ。それなのに、なぜあんな子供っぽいことをしてしまうのだろうか。
 -きっとそれは、間切だから。
 なんだかんだ言いながらも、すべてを受け入れてくれる男だから、なのであろう。その一方で、忍術学園の教育は純那に、他人に心を預けることの危険も教えていた。そのせめぎあいに惑い、時に子供じみた振る舞いをしてしまう、なんとも中途半端な自分を持て余す。
 学園に着いた。

 

 

 

「学園長先生に、鯨肉をお渡ししてくる」
「じゃあ、後でね」
 ぼそぼそと言うやそそくさと学園長の庵へと向かう間切と、無邪気に手を振る網問と別れると、くノ一教室へと向かいかける。と、そこへ鈍く響く爆発音。
 一瞬、何が起きたか分からなかった。だが、「ドクタケの攻撃だ!」という叫び声にすぐに我に返る。
 -先生方はほとんど出張中、六年生の先輩方は実習からまだ戻っていない。そして五年生の忍たまは…。
 自主トレに出かけると朝食の時に兵助が言っていたところまで、ようやく記憶が巻き戻される。その間にも、四年生や三年生が下級生たちを連れて裏門から避難していく様子が視野にぼんやりと映る。そしてくノ一教室の仲間たちも。
 -そうだ! 間切と網問が学園長の庵に向かっていた…!
 そこまで思い至った純那は、踵を返すと一気に走り去る。

 

 

 

「くっそ、なんでドクタケがこんなところに!」
 シビ突きを構えた網問が唸る。
「なめんなよ、この間切様を…!」
 体術の構えを取りながら声を張り上げる間切だったが、形勢は悪い。陸上戦には慣れていないうえに、陸酔いの症状に襲われ始めていた。
「へっへっへ…」
「兵庫水軍が何しに来たか知らないが、さっさと帰るのが身のためだぜ」
 取り囲むドクタケ忍者たちが下卑た笑い声をあげる。
 -あのままでは勝ち目がない…。
 庵の前庭でドクタケ忍者たちに囲まれた二人を見つけた純那は、とっさに茂みに身を隠す。
 -あの二人を無事に誘導できるとすれば…。
 あそこしかない、と思い定めると、純那は懐から取り出した煙玉に点火してドクタケ忍者たちに向かって投げ込む。ぼむ、と音がして煙が立ち込めるや、茂みを飛び出した純那は突然の煙にむせながら立ちすくむ間切と網問の手をつかんで走り出す。
「げほ…純那?」
 煙の中からいきなり現れた人物が恋仲の娘とようやく理解した間切が、せき込みながらも戸惑ったような声を上げる。
「ここから飛び込め」
 水練池のほとりで足を止めた純那が短く命じる。
「え…でも、これってただの池じゃ…?」
 網問が途方に暮れたように呟く。池に飛び込んでも、所詮袋のネズミになるだけではないか。
「池の底の右側にトンネルがある。そこを行けば、ぜったいドクタケに見つからない場所に出られる」
 周囲を警戒しながら純那は説明する。
「純那は?」
「私は…」
 言いかけて純那は言葉を飲み込んだ。まだ逃げ遅れた忍たまが池のほとりの木立にうずくまっていた。
「…あの子を避難場所に連れていく」
「わかった。網問、行くぞ! 純那も気をつけてな」
 諸肌を脱いだ間切が、一瞬純那に向けて微笑みかけたかと思うと、池へとダイブする。
「はい!」
 続いて上着を脱ぎ落した網問も飛び込む。その様子を見届けた純那は、隠れている忍たまのもとへ駆けつける。
「こんなところで何をしているの! 早く逃げないと」
「でも、伝七や佐吉たちとはぐれちゃって…」
 純那の声に張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、涙声で抱きついてくる。
「一年い組ね。わかった。私が避難場所まで連れて行ってあげる」
「でも、どうやって…」
 涙声で訊く忍たまだった。
「水練池の底からは、あちこちに水路が伸びているの。それを通れば、裏山の避難場所まで行けるわ。だから、潜ったら私の手をしっかり握ること、約束できるわね?」
 しゃがみ込んだ純那が問いかける。忍たまは意を決したようにうなずく。
「じゃ、行くわよ」
 忍たまの手を引いた純那は、大きく息を吸い込むと、水練池へ飛び込んだ。

 

 


「いててて…」
「くっそ! なんで忍術学園がドクタケなんかに…!」
 縛り上げられて埃っぽい部屋に押し込められた兵助たちだった。
 後ろ手に縛りあげられた感覚は現実のものだったが、ここまでの出来事は現実感のない悪夢のようにしか思えなかった。自主トレから帰って校門を入ったと思ったら、そこにドクタケとドクササコ忍者がいるなど、誰が想像できただろうか。しかも、パーティー騒ぎをしようとしていたのだ。
 悔しかった。どうしようもなく悔しかった。一流忍者を目指してあれだけ仲間たちと特訓してきたというのに、ドクササコの凄腕忍者には瞬殺で倒されてしまった。そして今、ドクタケ忍者までが嵩にかかった口をききながら、縛り上げた自分たちを連行したのだ。
「みんなはどうしているんだろう…」
 気がかりそうな雷蔵の一言に皆がはっとした。教師たちの多くは出張で不在なうえに、頼りの六年生たちも演習でいないのだ。
「本当にドクタケたちが手を出してくるなんて…」
 悔しそうに兵助が声を震わせる。自主トレを早めに切り上げて学園に戻ろうと言った雷蔵に、そんなことをするのはドクタケくらいだと軽口をたたいたのは自分だった。だが、それが現実になったのだ。いとも簡単に忍者の三禁に陥ってしまっていた。
「仕方ないよ。それより、この状況を早く何とかしないと…」
 勘右衛門が声をかけたとき、「みんな、だいじょうぶ?」と声がして、天井裏から純那が飛び降りてきた。
「純那!」
「こんなところにいちゃだめだ。早く避難しろよ…!」
 八左ヱ門たちが声を上げる。
「シッ」
 唇に指を当てると、手早く兵助たちの縄を切っていく。
「助かったよ、純那。でも、よくここが分かったな」
 しびれていた手首をほぐしながら兵助が訊く。
「逃げ遅れた忍たまがいないか、様子を見に来たの。そうしたら、兵助たちが連れていかれるのを見かけたから」
「じゃ、まだ逃げ遅れた忍たまがいるってことか?」
 声を潜めながらも八左ヱ門が身を乗り出す。
「わからない」
 純那は首を振る。「私が逃げ遅れた忍たまを連れて避難場所に行ったときには、ほとんどの忍たまがいたように見えたけど、まだ点呼も取れてない状態だったから…」
「で、私たちはどうする? 戦う? 様子見る? それとも戦う…?」
「三郎! こんなときに僕のマネしないで!」
 三郎と雷蔵のやり取りを苦笑して聞いていた八左ヱ門が、すっくと立ちあがると声を上げる。
「決まってんだろ! 学園を取り戻す!」
「「おう!」」
 続いて立ち上がった仲間たちが気勢を上げる。その間に、純那はそっと姿を消していた。

 

 

 

 -取り戻すといったって、先生も六年生もいないのに、あれだけたくさんいるドクタケ忍者を相手に何ができるというの…。
 ドクタケたちの気配に気を配りながら、学園の中を取り残されている忍たまがいないか探って回る。
 -それに、あんなにあっさりドクタケに捕まってしまって…。
 何があったか知らないが、得意武器も繰り出す間もなく捕まってしまったとしか思えなかった。つまり、今のドクタケはとてつもなく強くなったか、強力な援軍がついていると見るべきだった。
 -それなのに、たった5人で…。
 いや、みな分かっているのだろう。それが無謀な試みだということを。それでも、現時点での最上級生として、後輩たちと学園を守らねばという決意を固めたのだ。
 -みんな、学園が大好きだから。後輩たちが、大切だから。
 同じ学年として接する機会も多い彼らの気持ちが痛いほど伝わってくる。一本気な八左ヱ門はともかく、成績優秀な兵助や、なにより合理性を重んじる三郎さえも、負け戦と分かっていても立ち向かおうとする強い決意が。
 -だけど…。
 それゆえにいたたまれなかった。彼らの悲壮な決意を覆う笑顔を、これ以上見ていられなかった。
 医務室の屋根から、意気揚々と校舎へ続く渡り廊下を張子の馬に乗って進むドクタケ城主と、後ろに付き従う八方斎や達魔鬼たちを力なく見やる。
 -私は、いったいどうすればいいの…?

 

 

 

「どうしたんだ、こんなところで」
 ひそやかな声に、純那は振り返る。気がつくと、水練池近くの木立の中に佇んでいた。どこをどう通ってここまで至ったのか分からなかったが、ドクタケ忍者たちに見つからないように身を処していたのだろう。
「間切こそどうしたの。びしょ濡れじゃない」
 背後に立つ間切は、いま海から上がってきたばかりのように全身びしょ濡れである。
「俺たちは、山田先生たちと五年生たちとの連絡役をすることになった」
 いま、地下水路から上がってきたところだ、と付け加えて額に貼りついた前髪を払う。
「山田先生? それじゃ、先生方も学園に戻られたってこと?」
 意外な台詞に思わず声を上げる。
「俺にもよく分からないが、学園長先生、土井先生に、六年生の食満君と善法寺君もいた」
「そう…よかった…」
 ということは、五年生たちはもはや孤独な戦いではない。そう分かって、急に全身から力が抜けた。膝から崩れるように上体が前へと倒れかかる。
「ど、どうした。 大丈夫か?」
 慌てて前に回り込んだ間切が純那の身体を支える。
「ううん、ちょっと…」
 でも大丈夫、と言おうとする意思を裏切って、男の肩に顔を埋める。抑え込んでいた感情がこみ上げて涙が止まらなくなった。
「お、おい…」
 うろたえて立ち尽くしたままの間切に身を寄せたまま、声を潜めて泣く純那だった。 

 

 

 

「…ごめんなさい」
 ようやく感情の奔流が落ち着いて、純那は間切の肩から離れると、ぽつりと呟いた。
「俺はいい。けど、純那はだいじょうぶなのか…?」
 戸惑ったように間切が訊く。ここまで感情を露わにした純那を見るのは初めてだった。
「こわかった…どうすればいいか分からなかった…」
 うつむいた純那の横顔は前髪に隠れて見えない。かすかな声だけが漏れ聞こえる。
「当たり前だろ」
 力強い声に思わず顔を上げる。「忍術学園がこんなことになって、フツーでいられるわけねえだろ! 誰だってこれからどうなるんだろって思うにきまってる。もし兵庫水軍が同じようになったら俺だって…」
 ぐっと両の拳を握りしめて歯を食いしばる。
「間切…」
 そうだ、これがこの男の優しさなのだ。自分が不安な時、悲しい時、いつもたじろぐほどの真剣さで、寸分の間もなく寄り添ってくれるのだ。
 ようやく胸の中につかえていた不安が溶けて消えていったような気がして、ふたたび眼の前の肩に身を寄せようとしたとき、
「あっ、間切、探してたんですよ…」
 声を上げながら網問が現れる。と、純那の姿を認めてしまったという表情で口を両掌で押さえる。
「あ、いやその…ごめん」
 きまり悪そうに口をあわあわさせる間切である。
「ていうか、連絡はついたの?」
 一番先に冷静さを取り戻したのは純那だった。
「あ、ああ…先生方と六年生は乱太郎たちを探してるけどまだ見つけられてなくて、五年生たちはドクタケの殿様に気に入られてドクタケ忍者の部下になったとこ」
「んっと…なんだそれ」
 展開が早すぎてついていけね、と間切が頭をがしがし掻く。
「とにかく、五年生たちはもう閉じ込められてないってことね」
 それは良いニュースだ、と純那は考える。
「なあ、純那。俺たち、どーすればいい?」
 網問も途方に暮れたように言う。
「二人はみんなの連絡役でしょ。私は乱太郎たちを探すわ」
「だが、大丈夫か」
 立ち去りかける純那を間切が遮る。
「私なら大丈夫。ドクタケに見つからないように動くことができるし…」
「そうじゃなくて!」
 間切に肩をぐっとつかまれて、純那はぎょっとしたように眼を見開く。「ひとりで大丈夫かってことだよ! 大丈夫じゃねえだろ? そんくらい俺にだって分かる!」
 言い切った間切が「行くぞ」と純那の手を引く。そして呆然と突っ立っている網問をふりかえりざま「連絡役、頼む」と言ってふたたび足を進める。 
「あ…はい」
 その後姿に茫洋と返すしかない網問だった。

 

 

 

「あれは…」
 純那が足を止める。
「どうした?」
 先を歩いていた間切が振り返る。
「ドクタケ忍者たちが…ドクササコ忍者ともめてるみたい…」
「仲間割れか? おもしれえ」
 二人は木立の中に身を潜めて様子を見守る。
「お、ドクササコ忍者が刀抜いたぜ。こりゃ騒ぎになるな」
 いま、何やら叫んだドクササコ忍者が刀を抜き放ったところだった。興奮を抑えきれずに身を乗り出す間切である。
「そんなに前に出ないで…敵に見つかるわ」
 はらはらした純那が間切の肩に手をかけたとき、ドクササコの凄腕忍者がどこからか現れた。何かを手にしている。
「いったいどうしたってんだ?」
 間切が呆然と呟く。どうやら凄腕忍者が持ってきたのはなにやら美味いものだったらしい。いまやドクタケ忍者とドクササコ忍者は仲良く肩を並べて頬張りながら気勢を上げている。
「つまり、仲直りしたみたいね」
 同じく事態の展開についていけない純那も呟く。

 

 

 

「そういや五年生たち、うまくやってるかな」
 再び乱太郎たちを探して学園内を潜行する二人だった。
「五年生たちが、なにかしているの?」
 純那が訊く。
「ああ。五年生たち、学園を取り戻すために、ドクササコ忍者とドクタケ忍者を仲たがいさせることになってるんだ」
「そう…」
 気がかりそうに純那は頷く。
「どうした?」
 間切が顔を覗き込む。
「その…先生も六年生もいるのに、五年生だけでそんなことをするなんて、無茶じゃないかって…」
 それに、敵にはドクササコの凄腕忍者もついているのだ。
「敵にはあのすごい強いやつもいるしな」
 純那の不安を見透かしたように間切も呟く。「山田先生と互角に戦えるなんて、ただ者じゃねえよな」
「だから心配なの」
「…だな」
 頷いた間切だが、すぐに続ける。「でも、やれるかもしれねえぜ」
「え?」
 意外な台詞に、当惑したような眼で見上げる。
「俺のカンだけどさ、あいつらならやれるんじゃねえかって気がするんだ。あの五人なら」
 まっすぐ前を見つめながら、もう一度間切は言い切る。
「…」
 そうならいいけれど、と思いながら足を進めようとしたとき、「ここにいたんですか!」と言いながら網問が現れた。興奮したように頬が紅潮している。
「どうした、網問」
「たいへんです! 五年生たちがドクタケ忍者と戦っています。先生や六年生たちもいます。俺たちも加勢しないと…!」
「よしわかった!」
 声を上げた間切が網問とともに駆け去る。

 

 


 -すごい…。
 物陰からその光景を眼にした純那は息をのんだ。
 -兵助たち、本気で戦っている…。
 それは敵味方入り乱れた戦いの場面だった。五年生たちもそれぞれ得意武器を振りかざして戦っている。それは、仲間内で鍛錬しているところしか見たことがなかった純那にはまったく別人のようだった。伝蔵と半助、留三郎と伊作に伍して、殺気をみなぎらせて戦っていた。
 -そうよね。五年生といえば、いちばん修業に身が入る学年だし…。
 だが、それまで肩を並べていたと思っていた彼らが急に遠くなったような気がして、その場にとどまるのは耐えがたかった。
 -そんなことは分かっていたはずなのに…。
 上級生と同じ年であれば、くノ一に求められる役割は忍とは異なる。端的にいえばサポート役になる。頭では理解していたことだった。それなのに、無性に寂しさと喪失感をおぼえる純那だった。だからそっとその場を後にする。

 

 


「そっか。俺たちの活躍、見てなかったのか…」
「残念だな。すっげえ頑張ったんだぜ、俺たち!」
 いつもの光景だった。校庭には下級生たちが走り回り、小松田が入門票を振りかざしながら侵入者を追って駆け抜け、教師たちが何やら話しながら渡り廊下を歩み去る。
「そうね」
 数日後、学園は日常を取り戻していた。そして、五年生たちと純那も、いつものように校庭の片隅でたわいない話に興じていた。いま、大きな石に寄りかかって熱く語っているのは勘右衛門である。
「そうそう。でもやっぱ凄腕の野郎は強かったよな」
 腕を組んだ八左ヱ門が頷く。
「そこに、雷蔵が重要な情報を思い出したってわけ!」
 勘右衛門が続ける。
「どんな情報だったの?」
 純那が訊く。
「それがさ、ナラタケ城がドクササコ領に攻め込もうとしているって話でさ…」
「僕がもっと早く思い出してればよかったんだけどさ…ごめんね」
 きまり悪そうに雷蔵が頭を掻く。
「そんなことないさ」
 雷蔵の肩に腕をのせる三郎だった。「雷蔵が思い出してくれたおかげで、ドクササコをドクタケから引き離すことができた…あれがなかったら、学園を取り戻すのはもっと遅れてたかもしれない」
「どうやって引き離したの?」
「そりゃもちろん、三郎が変姿の術でドクササコの伝令兵に化けてさ」
「息も絶え絶えに『ナラタケ城が攻めてきた…』てな!」
 雷蔵と勘右衛門が身振り手振りを交えながら説明する。
「でも、稗田八方斎が、三郎が変姿の術を使ってるんじゃないかって言いだしたときは焦ったよな」
 兵助の口調も高揚している。
「そう! そこに雷蔵が『鉢屋三郎はここにいる!』って言ったときの八方斎の顔ったらな…!」
「んでもって、ドクササコがいなくなった後に、伝令兵が実は三郎だったことが分かった時の顔ときたらさ!」
 勘右衛門と八左ヱ門が声を上げると、五年生たちは腹を抱えて笑い出した。
「残念ね。そういうことは私がいるところでやってほしいわ」
 つんとした純那が顔をそむける。
「悪ィ悪ィ。もう展開が早すぎて、俺たちもいっぱいいっぱいだったからな」
 八左ヱ門がすまなさそうに手を合わせる。
「それに、純那は学園に取り残された忍たまがいないか、ずっと探してくれてたんだろ?」
 兵助がまっすぐ見つめる。
「それが役割だと思ったから…」
 ふと思いついて口にした台詞だった。だが、それが自分の行動をもっとも正しく表わしているように思えた。
「ホントは俺たちがそうしなきゃいけなかったんだけどな」
 いかにも八左ヱ門らしい台詞だった。「ドクタケなんかにつかまるなんて、俺たちまだまだだな…」
「しょうがないよ。まさかドクササコの凄腕忍者がドクタケの味方してるなんて思わなかったし」
 雷蔵がなぐさめるように言う。
「そうだよ」
 兵助が力強く言う。「それに、俺たちができなかったこと、純那がやってくれたんだしさ」
「万事オーライってこと。な!」
 言いながら勘右衛門がウインクする。
「ね!」
 負けじと純那もウインクを返す。
「「あははは…」」
 朗らかな笑い声が午後の校庭に響く。

 

<FIN>

 

 

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