GRAND PRIX

忍ミュ第11弾、四年生がフル出場ですね。いよいよ時代は四年生のようです。ということで、四年生たちの任務のお話を書いてみました。
いつもはまとまりのない四年生たち、果たして無事に任務をこなせるのでしょうか。

 

 

「ああ、いつ見ても美しいこの私!」
「みんなの過激なアイドル、田村三木ヱ門だよ!」

 

 


「…なあ、三木ヱ門たち、なにやってるんだ?」
 田舎道をポーズを作りながら歩く滝夜叉丸と三木ヱ門から少し離れて続く四年生たちだった。いま、不思議なものでも見るような眼で守一郎が傍らの喜八郎に声を潜めて訊く。
「アイドルデビューの真似事でしょ。いちおー、そーゆー設定だし」
 明らかに関心のない様子で喜八郎が言い放つ。
「そうだっけ」
「ま、どういう設定にするかは僕たちに任せられただけなんだけどね」
 ほんわかとタカ丸が言う。

 

 

 

「よし、三木ヱ門! それではこの村でひとつ勝負しようではないか! 私と三木ヱ門、どちらがアイドルとして人気があるかを!」
「いいだろう! もちろん、この私が勝つに決まっているがな!」
 村の通りで芝居がかった声を上げる二人に、村人たちの好奇の視線が集まる。
「じゃあ、村の乙名さんに許可をもらわないとね」
 タカ丸がしっかりしたことを言う。

 

 


「なに、この村でアイドル勝負をしたいとな」
 突然訪れた四年生たちの申し出は、乙名を戸惑わせるには十分だった。「そもそも君たちは、何者なのじゃ」
「はい。私たちは、京でアイドルデビューするために道中しておりまして、この私こそ真のアイドルにふさわしい平滝夜叉丸でございまするっ!」
「いえ、みんなの過激なアイドルといえば、この田村三木ヱ門のこと!」
 さっそく前のめりになってアピールを始める二人である。
「で、僕はスタイリストの斎藤タカ丸です」
「マネジャー1号の浜守一郎です」
「マネジャー2号の綾部喜八郎で~す」
「ふむ、なるほどの。それでこの村で腕試しをしたいというわけか…まあ、なにをしたいのかよく分からんが…」
 乙名はしばし考えていたが、「まあよかろう。村の祭りも終わって少し落ち着いた頃じゃ。村人たちもいい娯楽ができて喜ぶじゃろう」
「「ありがとうございます!」」
 四年生たちが一斉に声を上げて頭を下げる。
「そういうことじゃ。よろしいな」
 乙名が座敷の奥に座る侍を振り返って言う。腕を組んだ侍は「好きにせよ」とぶっきらぼうに応える。

 

 

 

≪まずは潜入成功だな!≫
≪ああ、この私のカンペキな芝居あってこそだったがな!≫
≪いちいち自分アピールするな、バカ夜叉丸!≫
 村の広場にステージを組みながら、矢羽根を交わす。
≪だけど、乙名さんのうしろにいたあの侍、おっかなそうだな。≫
≪あれがアガリクス城の連中か。≫
 トリュフ村の乙名の依頼で、村を占領したアガリクス城の勢力を探るよう学園長に指示され四年生たちだった。
「ああ、皆さんがアイドルデビューする方たちですか」
 数人の若者が声をかけてきた。そのうち一人は乙名の息子だった。
「はい、そうですが」
「父に言われて、お手伝いに来ました」
「ありがとうございます。助かります」
 

 

 

「それにしても乙名さん、すごいお芝居でしたね。本当に疑われてるのかと思いました」
 柱に横木を結び付けながら守一郎が乙名の息子に話しかける。
「アガリクス城の者たちの監視が厳しいのです。皆さんのアイドルアピールこそすごかったですよ。まだ元服前とお見受けしますが、たいしたものです」
「まあ、あの二人はあれが素みたいなもんですから」
 苦笑した守一郎の後ろにタカ丸がやってきた。
「はい、守一郎、新しい縄を持ってきたよ」
「それじゃ、この上の方にも横木を結わえてください」
「はいは~い」
 朗らかに返事したタカ丸がふいに声を潜める。「それで、アガリクス城は、なんでトリュフ村を占領したのですか」
「彼らの狙いはよく分かりません。ただ、これから冬に向かって戦が増えるので、村人が兵として徴発されたり、収穫したばかりの食料を取り上げられるのではないかと父は心配しています。だから忍術学園の学園長先生にお願いしたのです」
「そうですか…」
 たしかに農民たちを兵や夫丸(ぶまる・物資の運搬や建築作業に当たる人員)などに徴発しやすくなる農閑期は戦のシーズンである。乙名の心配も理解できた。
「ところで、アイドルのお二人はどうしたのですか? 作業はされないのですか?」
「ああ、あの二人は手が荒れるとか言ってこういうことはしないのです。きっと今頃、明日のステージに向けたトレーニングをしてると思います」
 守一郎がもっともらしく応える。
「もう一人のマネジャーの方も…」
 乙名の息子が見回す。ステージの柱の堀込を掘っていたはずの喜八郎もいつの間にか姿を消していた。
「う~ん、ちょっとトイレに行っただけだと思いますが」
 タカ丸が苦笑する。

 

 


「で、どうだった」
 日が傾いて、ステージの組み上げもほぼ完了した。乙名の息子たちも、見物に集まっていた村人たちも姿を消してがらんとした広場に、影のように集う少年たちがいた。
「ああ、目立たないようにしているが、村の周りはかなり厳重に警備されている」
「村の外れの入会地の林の中に火器が運び込まれていた。火縄が少なくとも百挺はあったし、石火矢も2~3門持ち込んでいた。本格的な戦をやるつもりとしか思えない」
 翌日のステージに向けたトレーニングと見せかけて散っていた滝夜叉丸と三木ヱ門がそれぞれ報告する。 
「アイツらが街道筋以外から物資を搬入してるルートがあったんだよね~」
 踏鋤を担いだ喜八郎が口を開く。「これ以上物騒なモノ運び込めないように落とし穴のトシちゃん号外1~20号を掘っておいたけどね~」

 

 

 

 


「どーしてもアガリクス城の狙いが分からないな」
 その夜、ステージの掃除を装って集まった四年生たちが、周囲に誰もいないか気にしつつぼそぼそと話をしていた。
「ああ。そもそも連中との接点がほとんどないからな」
「やっぱ、ここは相手の懐に飛び込むしかないだろ」
 威勢のいいことを言うのは守一郎である。
「ど~やって入るっての?」
 じっとりとした視線で見やる喜八郎だった。
「俺たち、アイドルデビューの真似事やってんだろ? だったらさ、アガリクス城の連中にも審査員になってもらうってことで連中の陣地でショーやってさ、ついでにお偉いさんたちのお近づきになっちまえばいいんだよ」
「そう簡単に言うがな」
 滝夜叉丸が大仰に肩をすくめる。「連中の陣地でショーをやるなどハードル高すぎるだろう。村の人たちは何とかごまかせたが、お侍は話が別だぞ」
「そうだぞ。うっかり怪しまれて取り調べられたらどうする。いくら四年生の私たちといえど、お子様アピールが通じる相手ではないぞ」
 三木ヱ門が続ける。いつもなら滝夜叉丸と意見が一致したと悔しがるところだが、緊張でそこまで思いが至らないようである。
「それだけでも大変だってのに、お偉いさんとお近づきってどういうことだ」
 ため息交じりに滝夜叉丸がうんざりした声を上げる。
「でも、作戦を決めるのはお偉いさんだろ? だったら、お近づきになったほうが情報がとれるじゃないか」
 あまり堪えていないように守一郎が言う。
「だけどアガリクス城の人たちから見たら、僕たちって見るからに怪しいお子様だと思うんだよね」
 あごに手を当てたタカ丸が考え込む。「そんなお子様を近づけるもんかなあ」
「だけど、昼間のステージには足軽だけじゃなくてお侍も何人も見に来てたんだぜ? けっこう脈あると思ったけどなあ。それに、陣中は女っ気がないから、お偉いさんは美少年をそばに置きたがるって聞いたことあるぜ?」
「まあ、美少年と言われればこの滝夜叉丸しかいないわけだが…」
「何を言う! アイドル顔の美少年といえば私のこと!」
 美少年というワードにあっさり反応した二人がたちまちアピールに入る。
「あのさあ、その美少年が何されるか分かって言ってる?」
 黙って膝を抱えていた喜八郎がぼそっと言う。
「え…」
「あ…」
 はっとした二人が慌てて両手で尻を押さえる。
「え、いや、その…いわゆる稚児的な展開というのであれば…その、遠慮したいというかな…」
「わ、私もそーゆー方向性というのは、望ましいとは言えないわけで…」
「なに言ってんだよ!」
 唐突に怒鳴り声を上げる守一郎に、皆がびくっとする。
「死ぬ気で当たってこその任務だろ!? 片手でなにか守りながらやる任務でうまくいくと思ってるのかよ! 俺たちそんな中途半端なことでいいのかよ!」
「いやそうは言ってもな…貞操というのは守るべきだと私は思うのだがな」
「そ、そうだぞ…アイドルというのは清らかな存在でなければならないのだ」
 逃げ腰ながらも滝夜叉丸と三木ヱ門は口々に主張する。
「今からあっさり掘られること心配してどーすんだよ! 俺たち忍たまだろ? そーなったときに身を守りつつ情報も取ってくるってのが忍たまってもんだろ!」
「ちょっと守一郎くん」
 タカ丸が袖を引く。「声が大きいって。僕たちが忍たまだってこと、バレたらまずいんだから」
「あ…そうだった」
 慌てて口を押える守一郎だった。

 

 

 

「なに、陣中でショーをやりたいだと?」
 乙名の屋敷に詰めている侍が眉をひそめる。
「そもそもそなた、そんなふざけた髪型で我らが陣中に入るつもりか」
 胡散臭そうに対座するタカ丸の金髪と派手なチェック柄の着物に視線を往復させる。
「まあ、アイドルデビューするからには、ちょっとくらい傾(かぶ)いてないと目立たないかな、と思いまして」
「だいたい、お前はスタイリストと申しておったろう。お前が目立ってどうするのだ」
「正確にはプロデューサー兼スタイリストですっ」
 ドヤ顔で言い切るタカ丸である。
「なにを偉そうに申しておる」
 うんざり声の侍が、手にした扇子を振って追い払う仕草をする。「とにかく、そんな怪しい者どもを陣中に入れるわけにはいかぬ」
「もちろん、お侍様のお立場では当然のことです」
 人をそらさぬ語りとスマイルながら、居座ったままのタカ丸がやわらかい口調で続ける。「でも、お見受けしたところ、ここ数日はあまり動きがないご様子。昨日のステージにも陣中からたくさんの方がお越しいただいてました」
「まあそれは…手が空いた者もいたのであろう」
 顔をそらした侍がコホンと咳をしてみせる。
「私たちが京でのデビュー目指していることはご存知と思いますが、やはり京で認められるためには、それなりにお目が高い方々に目利きをしていただくのが一番なのです」
 さりげなく持ち上げつつ、軽く身を乗り出す。
「目利きだと?」
「はいぃ」
 大きく頷いたタカ丸が続ける。「私たちが京でものになるか、ぜひご高覧いただきたいのです!」
「ふむ、まあ、司令官殿にお尋ねするくらいはしてやってもいいだろう」
 勿体をつけながらも、まんざらでもなさそうに侍は言う。
 -よっし! これで第一段階クリア!

 

 

 

「なかなか面白い連中だったな」
「子どもとは思えぬ歌とダンスだったな」
 陣中でのショーは、動きがない陣中で退屈していた将兵たちの格好の娯楽となった。
「うむ、お前たち、ご苦労であった」
 控える四年生たちの前に立った奉行が銭の入った小袋を取り出す。
「ははあっ」
 進み出たタカ丸が謹んで受け取る。
 -明日も来いとは言ってくれなかったな。
 -また、タカ丸さんに交渉してもらうしかないか…。
 三木ヱ門と守一郎が目配せする。と、奉行の背後の床几に掛けていた司令官が何やら副官にささやく。「は」と頭を下げた副官がやってきて奉行の隣に立つ。
「そこの者、ここに残れ。あとは帰ってよいぞ」
「え?」
「え?」
「え?」
 思わず三木ヱ門たちが声を上げる。副官が扇子でまっすぐ指したのは喜八郎だったから。
「え、僕ですかぁ?」
 指名された喜八郎が意外そうに眉を上げる。

 

 


「まさか喜八郎が指名されるとはな」
「あれはどう見ても、司令官のご指名だったな」
 早々に陣中から出されてしまった四人が、村に向かって歩きながら語る。
「ってことは、喜八郎があの司令官のお近づきになれたってことだよな」
 弾んだ声で守一郎が言う。「すげえな、喜八郎って」
「だけど、喜八郎、だいじょうぶかなあ」
 思案げにタカ丸が顎に手を当てる。
「あの喜八郎が、うまく稚児のまねごとをやりながら、情報を聞き出せるものだろうか」
 釣られたように滝夜叉丸も顎に手を当てる。
「でも、実はホッとしてるでしょ」
 ふにゃりとした口調ながらも突っ込むタカ丸である。
「それはまあ…それはそれでホッとはしたが…」
「なんかモヤモヤするんだよな…そこはかとない敗北感というか…」
 眉を寄せた三木ヱ門が呟く。
「てか、俺たち村に戻ってるバヤイか? 喜八郎が陣中に残ったってことは、俺たちも援護すべきとこだろ!」 
 立ち止まった守一郎が声を上げる。
「いや、最初からそのつもりだし」
 歩きながらぼそっと三木ヱ門が応える。
「え? そ、そうなのか?」
 気勢を削がれた守一郎が慌てて追いすがる。
「そ。見回りの番兵がまだこっち見てるだろ?」
 だから怪しまれるような動きすんな、と付け加える。
「じゃあ、どーすんのさ」
「連中はどこで見てるか分からない。いったん宿舎まで戻ってくつろぐフリをしてから、気づかれないように抜け出して陣中に潜る。それに、役割分担も決めておかないといけないだろう」
 気取ったように歩きながら滝夜叉丸が言う。
「役割分担?」
「そうだ。三木ヱ門は連中の持ち込んだ石火矢を使って何かするだろうし、私は体育委員のスーパースターとして連中の警備を破りまくる! 守一郎とタカ丸さんは、喜八郎の居場所を見つけて、いざという時にはサポートしてもらわないとな」
「なに勝手に決めてんだよ、バカ夜叉丸」
 ぼそっと三木ヱ門が突っ込む。

 

 

 

 -ああ、やっぱり。
 司令部として接収された寺の庫裡に設えられた湯から上がると、そこには自分の着ていた着物ではなく、夜着だけが置かれていた。
 -やっばい。バレるとこだった。
 オーディションと称してアガリクス城の陣に赴く前に、怪しまれそうな忍具はそれぞれ滞在していた屋敷の庭に埋めてきたが、うっかり苦無を持ち込んでしまった。忍たまとして身につけるのがあまりにも当たり前すぎて、忍具という認識すら持っていなかったのだが、湯に入る前にふと身体検査を兼ねて着物を検められるかもと気づいて、手拭いの中に隠して湯に持ち込んでいた。
 -さてどうするか。
 だいたい少年を求める男というのは、身体をべたべた触ってくるに決まっているから、うっかり懐に入れておいてはすぐにバレる。とりあえず褌の腰の部分に差しておいて、その上から夜着を着て、外に待ち構えていた従者に導かれて司令官の寝室に通される。
「ここで待っておれ」
 従者が言い残して立ち去ると、すでに延べてある布団の傍らに端座して、膝の裏に苦無を隠す。
 -ホントに大丈夫かなぁ。
 天井の一角に眼をやる。天井裏ではタカ丸か守一郎が潜んで様子をうかがっているはずである。オーディションが終わって喜八郎以外は陣の外へ追い出されたが、すぐにそれぞれの手段で潜り込むことになっていた。
 -来た。
 廊下をどすどすと足音が近づいてくると、襖が押し開かれた。
「おまえか、綾部喜八郎とは」
「ははぁい。よろしくお願いしまーす」
 とりあえずは殊勝に頭を下げて見せる。
「ふむ。近くで見るとますます色白じゃのう。わしの好みじゃ」
 近づいてきた司令官が指先を喜八郎の顎にかけてついと持ち上げる。「それに、その小生意気そうな態度もな」
「はあ」
 顎を持ち上げられたままなので、それだけ応えるのがやっとである。
 -おじさん、汗くさいアンド酒くさいんですけど。
 宴席から直行してきたらしい司令官は、夜着にも着替えていない。
「それで、お前たちは京に行くところだったそうじゃの」
 顎から指先を放した司令官が訊く。
「はあ。滝夜叉丸と三木ヱ門がアイドルデビューするっていうんで」
「なぜお前もついてきたのだ?」
「まあ、昔からつるんでる友達なんで」
「お前がここでいなくなったら、あやつらはどうするのじゃ」
「マネジャーはもう一人いるし、なんとかなるんじゃないですか?」
「ほほう。ドライじゃのう」
 探るように言いながら、手は夜着の上から喜八郎の身体をチェックするように撫でまわしている。太ももの上を這っていた手が何度か股間を探ろうとするが、さすがにそろえた手でブロックする。
「お前、年はいくつじゃ」
「十三でーす」
「なるほどの」
 言いながら袷に潜りこんだ手が慣れた動きで肩から夜着を落としたので、喜八郎は上半身が裸になってしまった。
「ほほう」
 司令官が声を漏らす。
「お前、年の割にはずいぶん筋肉がついておるな。何をしておったのだ?」
「バックダンサーの練習でーす」
「なに?」
 とっさに農家のようなありきたりのことでは怪しまれると考えた。男の身体を見慣れた司令官であれば、筋肉のつき方でおおよそ生業を見極めるだろう。忍術学園の修業ではさまざまな鍛え方をするから、通常では発達しないような筋肉がついていることもあった。
「バックダンサーとは、どのようなことをやるのだ」
「そりゃもちろん、ターンしたりバック転したり、いろいろしまーす」
「今日は踊っていなかったが」
「滝夜叉丸たちが、自分たちが目立ちたいから僕は踊るなって言ったんで」
「そうかそうか」
 腹筋から胸筋を辿った手が肩から腕へとなぞる。素肌を遠慮なくはい回る手に、さすがの喜八郎も背筋がぞわりとする。
「特に腕に筋肉がついておるのう。バックダンサーというのは、そんなに腕を使うものなのか」
「あ、それは穴掘りで…」
 気持ち悪さが表情に出ないようぐっとこらえた瞬間、うっかり本当のことを言ってしまった。
 -しまった…!
 だが、司令官も半ば聞き流していたようである。
「なに、掘るだと? お前はその年で念者をやっておるのか」
「え、えっと…念者、ていうか忍者ていうか…」
「忍者じゃと?」
「じゃなくて、なんじゃ?」
「何を言っておる。相手はいくつなのじゃ」
「えっと…藤内はいっこ下なんで…」
「十二歳を相手に念者をやっておるというのか。最近の子どもはませておるの」
 呆れたのか感心したのかため息交じりに言う。その間にも身体をなぞる手の動きは激しくなってきた。
「は、はあ」
 -ヤバい。このままじゃ、情報取る前に押し倒される…。
 慌てて思考を立て直した喜八郎が口を開く。
「ところで、僕はいつまでここにいなきゃいけないんですかあ?」
「いつまで、じゃと?」
 胸元に顔を寄せていた司令官が上目で睨む。一瞬ひるんだ喜八郎だが、すぐに淡々とした表情に戻って続ける。
「だって、僕たち田舎がいやだから京でデビューするところだったんです。こんな退屈な村にいつまでもいるなんてイヤですう」
「なに、そう慌てるものでもない」
 再び胸元に顔を近づけて司令官の声も、やや上気している。「ウスタケ城の軍が動けば、我らもすぐにその間隙を縫ってだな…」
 言いさして舌先がぴちゃりと胸を伝う。
 -ダメ! もう限界!
 ひときわぞわりとした感覚が脳天まで達した瞬間、隠していた苦無の柄で司令官の頭を殴って気絶させていた。

 

 


「ええ? 見てなかったんですかあ?」
 司令部となった寺から脱出しながら、喜八郎が口をとがらせる。
「ごめんね。守一郎が鼻血だしちゃったもんだから」
 タカ丸が苦笑しながら言い訳をする。
「鼻血?」
「そうそう。どうも喜八郎が諸肌脱がされたあたりでシゲキが強すぎたみたいで、もう鼻血がブシューって感じで」
 言いながらタカ丸が肩をすくめる。「天井から鼻血が垂れてきたら怪しまれるでしょう?」
「それってむしろホラーだと思うけど」
 冷静に突っ込む喜八郎である。「で、守一郎はどこに?」
「とりあえず森の待ち合わせ場所に置いてきたとこ」

 

 

 

「よう、喜八郎。任務ご苦労!」
「守一郎に聞いたぞ。すごかったんだってな」
 森の中の待ち合わせ場所では滝夜叉丸と三木ヱ門も戻っていた。
「なに言ってんのさぁ。ホントにキモチワルかったんだから」
 文句を言いながらも、喜八郎の口調にも安堵がにじむ。「それに、鼻血ブーの誰かさんのおかげで、援護もなかったしさ~」
「すまん、喜八郎」
 鼻に懐紙を詰めた守一郎が手を合わせる。
「それにしても、鼻血出すほどって、そんなに激しかったのか?」
 興味深そうに三木ヱ門が訊く。
「いやぁ、なんつーか」
 守一郎が頭を掻く。「俺、あーゆー現場見るの初めてでさ…喜八郎の裸なんてフロで見慣れてると思ってたけど、あのシチュだとすっげぇ色っぽくて、あのあとどーなるんだろって思ったらもう、ドバーって」
「喜八郎のどこにそんな色気があるというのだ」
 滝夜叉丸が大仰に肩をすくめる。
「ま、選ばれなかったお二人さんよりは、ね」
「な…!」
「ぬ…!」
 澄まし顔で言い捨てる喜八郎に、滝夜叉丸と三木ヱ門が唸り声をもらす。
「ていうかさ、のどかに話してるバヤイなのかなあ」
 ほんわかした口調ながらも仔細げにタカ丸が眉をひそめて見せる。「僕たち、早くここから逃げないとまずいんじゃない? 喜八郎が司令官を気絶させたことがバレちゃったら、たいへんなことになるよ?」
「あ…」
「なるほど、その通りだ」
 守一郎が声を漏らし、滝夜叉丸が顎に手を当てたとき、遠くから騒ぎが聞こえてきた。
「ほら、もうバレた」
 タカ丸が言うが、三木ヱ門が首をかしげる。
「いや、あれはもっと遠くだ。むしろ、アガリクスの陣地の外れのほうから聞こえないか?」
「ああ、それって僕の掘ったトシちゃんたちのことかな~」
 そしてピースサインをして見せる。「だ~いせいこう!」
「よし、こうなれば連中の隠してある石火矢も!」
 言いながら三木ヱ門が森の一角へと向かおうとする。
「ちょっと待った」
 タカ丸がその襟首をつかみ上げる。
「な、なんですか、タカ丸さん!」
 じたばたしながら三木ヱ門が振り返る。
「石火矢をいじってるバヤイ? 警戒が厳しくなるかもしれないんだよ?」
「だからこそですよ」
 三木ヱ門がニヤリと歯を見せる。「騒ぎは同時多発のほうが効果的でしょう?」
「そっか」
 あっさり頷くタカ丸である。「だったら、僕も行っていい? 土井先生から火薬のこといろいろ教えていただいたから、この際試してみたいんだ」
「まあいいですけど」
「じゃ、僕たちアガリクスの石火矢ぶっ飛ばしてくるから、それを合図に陣から脱出しよう。いいね?」
 ほんわかした笑顔で不穏なことを口走るタカ丸に頷くしかない仲間たちだった。

 

 

 

「てか、石火矢ぶっ飛ばすって、なにするつもりなんですか」
 森の中を歩きながら三木ヱ門が訊く。
「ん~、まあそれはものの譬えっていうか」
 しれっと応えるタカ丸である。
「…なにも考えてなかったんですね」
「そんなことないよ!」
 ジトっとした視線を向ける三木ヱ門に、タカ丸が慌てて首を振る。「たとえば火薬を大量に盛って…」
「そんなに火薬がなかったらどうすんですか」
 あっさり封じる三木ヱ門である。「こういう時は、ムリに破壊しなくてもいいんですよ。何発か暴発させればかなりパニックになりますから」
「なるほどね…あ、あそこに石火矢があるね」
 森の中の空き地に筵で覆って隠した石火矢を見つけたタカ丸が呟く。
「番兵が一人もいない…きっと、喜八郎の落とし穴に落ちた部隊のほうに向かったんだ」
「ねえ、伝火用の縄があるけど、使う?」
 タカ丸が懐から取り出してみせる。
「あ、助かります」
 受け取った三木ヱ門が、石火矢をアガリクスの陣地の中心に向けて仰角を調整して、なにやら細工を施す。
「う~ん、ここには火薬は隠してないみたいだね」
 そこらを探し回っていたタカ丸ががっかりしたように言う。
「大丈夫。ユリコ用の火薬を持ってきてるんで」
 当たり前のように三木ヱ門が応える。「さて、これでよし…タカ丸さん、脱出しますよ」
「え、もう脱出しちゃうの?」
 きょとんとした顔になるタカ丸だった。
「タカ丸さんが伝火用の縄を持っててくれたので手間が省けたんです。ドカンといきますよ!」
 打竹の火を縄に移すと同時に走り出す二人だった。

 

 


 ずん、と重い響きとともに陣の中に砲弾が撃ち込まれる。予想もしなかった砲撃に陣はたちまち蜂の巣をつついたような騒ぎになる。奉行たちが鎧を着つけながら何やら怒鳴り、足軽たちが武器を手に駆け出す。馬がいななき、土ぼこりが立ちのぼる。
「まさかホントに石火矢ぶっ放すなんてな! すごいぜ!」
 守一郎が興奮がおさまらないように顔を紅潮させている。
「まさかタカ丸さんが伝火用の縄を持ってきてるとは思わなかったし」
「うん、この前、土井先生に伝火のことを教えていただいたときにもらったんだ。まさか早速役に立つとは思わなかったけどね」
 三木ヱ門とタカ丸が顔を見合わせて軽く笑い声をあげる。
「ところで、アガリクス城の狙いはウスタケ城ということでいいのか?」
 仔細らしく滝夜叉丸が言う。
「いいんじゃない? 喜八郎が身体を張って聞き出してきたんだし」
 あっさりとタカ丸が言い切る。
「だが、なぜウスタケ城を…?」
「まあ、ウスタケ城は僕の祖父が忍者隊にいたけど、はっきり言って悪い城だし、今もヒダハタケ城と戦してるところだし、アガリクス城が叩く分にはいいんじゃない?」
「まあそうだが…」
 滝夜叉丸とタカ丸のやりとりに「でも、ウスタケが手を組んでるドクササコ城はあちこちで戦してるとこだし、このままアガリクス城に叩かれたらヤバいんじゃね?」と守一郎が割って入る。
「別にいいんじゃない? 忍術学園的には。それに、僕たちの情報をもとに先生方や先輩方がもっと詳しく調査されるよ、きっと」
 タカ丸がほんわか言う。
「つまり、我々の今回の作戦は…」
 滝夜叉丸が言いかけたところに、
「だ~いせ~いこう!」
 喜八郎がピースサインをする。
「ごらぁぁっ! 喜八郎! 私のセリフに割り込むなぁっ!」
 声を上げた滝夜叉丸が喜八郎の肩を掴もうとするが、「おっと」と避けた喜八郎が「お先に!」と駆け出す。 
「待て、喜八郎!」
 滝夜叉丸がすかさず追いかける。
「もう、喜八郎も滝夜叉丸も」
 のどかにタカ丸が言う。「みんなで頑張ったんだからいいじゃない」

 

 

<FIN>

 

 

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