Nessun Dorma


プッチーニのオペラ『トゥーランドット』の有名なアリア『誰も寝てはならぬ』からタイトルを取りました。

「夜は忍者のゴールデンタイム」とばかりに夜更かしする忍たまたちを巡る騒動を描いてみました。

ちなみに鎌倉~江戸時代にかけての時刻は太陽の出入りを基準とした不定時法だったため、季節によって変動します。たとえば文中に登場する亥の刻は20.24~21.36、子の刻は22.48~23.12となります。



 「バカタレィ!」
 襖も吹っ飛びそうな大音声が夜更けの会計委員会室から響く。
「各委員会の決算の数字が合わないだとォ!?」
 こめかみに青筋を浮かべた文次郎が吼える。「合わないなら合わせろ! 二徹しようが三徹しようが四徹しようが、徹底的に数字を洗い出して原因を突き止めろッ! それまではここから出ることを許さんッ!!!」
「「ひえぇぇ~」」
 団蔵と伝七が震えあがる。



「伊作! おまえいい加減にしろよな!」
「すまない留三郎。でも分かってくれないか、僕たち保健委員会は予算がなくて…」
 夜の忍たま長屋の部屋にいつものやり取りが始まる。
「で、今度は何なんだよ! 俺を蒸し殺す気かよ!」
 衝立の向こうから全身汗だくの留三郎が顔をのぞかせる。
「実は、ある城から金創(刀傷)用の膏薬を頼まれててね」
 坩堝の中でぐつぐつと煮立つ悪臭を発する液体を混ぜながら伊作が苦笑する。「これは南蛮処方を取り入れた最新の薬で…」
「んなことはどうでもいい!」
 留三郎が怒鳴ると同時に前髪を汗が伝ってぽたりと垂れる。「なんだってそんなの俺たちの部屋でやらなきゃなんねえんだよ!」
「すまない留三郎。でも、これは焦げ付かないようにずっとかき混ぜてないといけないから…」
「だったら医務室でやれよっ!!!」



「ねぇ、そろそろ寝ない?」
 背後からうんざりした声が聞こえても文机に向かう藤内の背は動かない。
「先に寝てもいいよ」
「そう言われても…」
 布団から上半身を起こした数馬が肩をすくめる。「灯りがまぶしくて眠れないよ」
「そう言われてもなあ…」
 当惑したように頭を掻いた藤内が振り返る。「まだ予習が終わってないし」
「いったい何の予習をしてるのさ」
「そりゃもちろん」
 得意げに少しだけ鼻先を上げて藤内は続ける。「忍術の歴史の授業の予習の予習と、算術の授業の予習の予習の予習さ」
「…はあ」
 同級生の奇態な予習癖には慣れているつもりの数馬だったが、もはや意味不明すぎてため息しか出ない。
「だからもうちょっとかかるんだ。ごめん、やっぱり先に寝ててよ」
「…そうする」



「なに、学園の経費増加の理由が分かったと?」
 腕を組んだ大川が眉をぴくりと動かす。
「そうです」
 大川の庵を訪れた吉野と事務のおばちゃんが難しい顔で頷く。帳面に視線をちらと落とした事務のおばちゃんが口を開く。
「端的に言いまして、灯火に使う油の使用量が異常に増えています。つまりこれは忍たまたちが夜更かしをしている証拠です。このままでは必要な備品や消耗品、先生方のお給料に影響が出かねません」
「忍にとって夜間活動が重要なことは分かります」
 吉野が引き取って言う。「しかし、何らかの歯止めが必要です。それに寝不足は健康によくありませんし、火を使えば火事のリスクも高まります」
「なるほどのう…」
 眉を寄せて腕を組んだ大川がうなる。「わかった。ではこうしよう。これからは下級生は亥の刻、上級生は子の刻までに消灯とする。先生方に知らせるのでこれから職員会議を開くぞ!」



「どうする」
「参ったな」
 学園長の思いつきを顧問の教師から伝えられて急きょ開かれた委員長会議では、当惑顔の上級生たちがしきりに考え込んだりひそひそと話したりしていた。
「…ということで、学園長先生のいつもの思いつきにより消灯時間が定められてしまったわけだが…」
 司会役の仙蔵が声を上げる。
「学園長先生はまったく分かっていない! 夜は忍者のゴールデンタイムなんだぞ!」
 遮った文次郎が拳で床板をばんと叩く。
「それもそうだが」
 仙蔵も否定しない。「なぜ学園長先生がそのようなことを言いだされたかが問題だ」
「おそらく、灯火代がかかりすぎているんだと思う」
 腕を組んだ留三郎が言う。
「なぜそうだと?」
 怪訝そうに仙蔵が訊く。
「吉野先生と事務のおばちゃんが話されているのを聞いてしまったんだ」
 鹿爪らしく留三郎が説明する。「灯火に使う油が多すぎる。このままでは予算オーバーだとな」
「でも、灯りがないと夕食後の活動はほとんどできなくなってしまう」
 伊作が訴える。「薬戸棚の整理やいろいろな薬の処方や研究はどうしても夜じゃないとできないんだ」
(図書の整理や図書カード作りにはまとまった時間が必要だ。)
 むすりと長次が言う。
「そっかぁ?」
 明るい声を張り上げるのは小平太である。「体育委員会は夜中に灯りともしてちまちま活動することなんてないけどな!」
「ウソ言え。パペットやギニョール作りで夜中まで滝夜叉丸たちが作業してただろうがよ」
 無神経な発言に苛立ちを隠せない留三郎が突っ込む。
「え? そうだったかぁ?」
 全く覚えていないようにきょとんとした表情を浮かべた小平太だったが、すぐ五年生たちの方を振り向く。「で、お前たちの委員会はどうなんだ?」
「生物委員会は生物の世話も菜園の手入れも昼しかできないので、夜に活動することはあんまりないです」
「火薬委員会も夜間活動はありません…そもそも煙硝蔵は火気厳禁ですし」
 小平太に振られた八左ヱ門と兵助が遠慮がちに答える。
「まあ、委員会ごとに事情はあるだろう。それに下級生は早く寝られることを喜んでいるのも事実だ…しかし」
 仙蔵が眉間に皺を寄せる。「ことは委員会だけではない。試験期間にはどうしても遅くまで勉強せざるを得ない者もいるだろう。当面は先生方が各委員会室や忍たま長屋を巡回して消灯時間のチェックをするそうだが、一律に定められるのも問題だと思う」
「ならどうするんだよ」
 低い声で文次郎が突っ込む。
「…ふむ」
 少し考えた仙蔵が何か思いついたようにニヤリとする。「学園長先生のご指示はご指示として承らなければならないだろう。だが、こちらにも解釈で対応することは可能だろう」
「解釈?」
「といいますと?」
 


「よし。そろそろ亥の刻だから今日の帳簿チェックはここまでにする」
 翌日、時間を見計らって帳簿を閉じる文次郎がいた。
「…はい」
 学園長の指示は耳にしていたが本当に帳簿チェックを切り上げるとは思っていなかった三木ヱ門が眼を見開く。
「やった~あ!」
「今日ははやく寝られる!」
 もう団蔵と伝七は飛び上がって喜んでいる。と、その動きが硬直する。
「よし。全員10キロ算盤持って外に集合。これから筋トレを始める」
「「は!?」」
 口をあんぐり開ける後輩たちを見やった文次郎は、廊下から庭に下りながら言う。「委員会室の灯りは消して来いよ」



「今日は月が出ているね」
 窓の格子の間から差し込む月明かりを認めた伊作が頷く。
「月がどうかしたのですか?」
 薬種や薬研を片づけ始めながら左近が訊く。
「ああ、片づけるのは待った。みんな、薬研を廊下に出して」
 慌てて左近たちを制しながら伊作が言う。
「廊下に、ですか?」
 乱太郎が首をかしげる。
「そうだよ」
 満面の笑みで伊作が答える。「これだけ月明かりがあれば、廊下で薬種をすりつぶすことも薬を煎じることもできるだろう? さ、もうすぐ亥の刻だから医務室の灯りを早く消さないと」



 ぱちぱちと火がはぜる。
「あの…先輩」
 作兵衛がおずおずと訊く。「これって、本当に大丈夫なんですか?」
「何を心配しているんだ、作兵衛」
 後輩の頭をがしがしと撫でながら留三郎が澄まして答える。「そもそもは灯火の油が高くついたから始まった話だ。これなら文句ないだろ? 俺たちが切り出して割った薪で燃やしてるんだからな」
 言いながら篝火台に燃え盛る炎に眼をやる。「じゃ、用具の修補の続きやるぞ!」
「は~い」
「ふぇ~い」
 しんべヱや喜三太たちが篝火に照らされた筵の上に座って道具を手にしたとき、「お~、こりゃいい火だな。私たちも使わせてもらうぞ」
 小平太を先頭に輪にした縄の中におさまった体育委員会たちが現れる。
「って、なにすんだよ。火動かしたら承知しねえからな」
 鍵縄のチェックを始めていた留三郎が顔を上げる。
「なに。ここが明るければあとはグラウンドの位置感覚も分かる! よ~し、イケイケドンドンでグランド100周だあ!」
「ひ、ひゃくしゅう?」
「ひぇ~」
 言い終わる前に走り出している小平太に足をもつれさせながら後輩たちが続く。
「あのお」
 次に現れたのは藤内である。
「おう、どうした、藤内」
 留三郎が訊く。
「ちょっとこの灯りをお借りして、手裏剣打ちの予習してもいいですか」
「「アンド一年い組も手裏剣打ちの練習したいで~す」」
 藤内の背後から伝七や佐吉が顔をのぞかせる。
「俺たちの邪魔しなければ、好きにしていいぞ」
 頼られて悪い気はしないらしい留三郎に、「「は~い!」」といい返事をして藤内たちが的や手裏剣を運び込み始める。
「こりゃ昼間みたいに明るくていいですね~」
 いつの間にか喜八郎が落とし穴を掘り始めていた。「おかげでトシちゃん1375号がはかどりま~す」
「喜八郎、おまえな…」
 留三郎が呆れたように言う。「ちゃんと目印つけろよ。学園内は競合地域なんだからな」
「分かってま~す」
 穴の中から声が返る。
「うわぁ、ここ明るくていいなあ」
 兵太夫と三治郎がしんべヱたちの傍らに座り込む。「ぼくたちもここでからくり作っていい?」
「いいんじゃない? もういろんな人がいろんなことやってるし」
 喜三太がナメクジを遊ばせながら言う。
「じゃ、ぼくたちも!」
 文机をどっかと据えた庄左ヱ門が微笑む。「宿題やってたらちょっと調べたくなったことがあってね」
「そういうことで、ちょっとおじゃまするね」
 文机の上に硯や草紙を並べながら伊助が照れくさそうに言う。
「あ~っ、庄ちゃん、そこ、オレが造花づくりの場所にしようって目ぇつけてたのにぃ」
 後から駆けつけたきり丸が口をとがらせる。その後ろで造花セットを抱えた乱太郎が苦笑する。
「悪いけど先着順みたいだから。用具委員会のじゃまにならないところでやってよね」
 早くも筆を走らせながら庄左ヱ門が言う。「でも、宿題もわすれずにね」
「ちぇ、庄ちゃんこんなときでも冷静なんだから」
 ぶつくさ言いながらもスペースを見つけたきり丸と乱太郎が造花づくりを始める。その傍らを「イケイケドンド~ン!」と声を上げながら小平太を先頭にした体育委員会たちが疾走する。「やったぁ、トシちゃん1376号かんせ~い!」と上機嫌な声で喜八郎が穴から這いだしてくる。



「なに、かえって忍たまたちの夜更かしがひどくなったと?」
 教師たちが詰めかけた庵で大川が首をかしげる。
「そうです! たしかに消灯ということで長屋や委員会室では灯火を使わなくなりましたが、外で月明かりや篝火で活動するようになってしまいました」
 苦々しげに吉野が報告する。
「油の使用量はたしかに減りました。しかし、副作用が生じてしまったようですね」
 事務のおばちゃんが肩をすくめて補足する。
「それでは本末転倒。忍たまたちにきちんと睡眠時間を確保されることも消灯時間を決めた趣旨のはずです。それに、あまり暗いところで細かい作業をしたり本を読んだりして眼を酷使すると視力が落ちます。忍として致命的ではありませんか」
 校医の新野も加勢する。
「すでに影響が出ています」
 半助が声を上げる。「授業中の居眠りが増えたので理由を訊きただすと、夜中に起きていたからだという声が…」
「一年は組のよい子たちの居眠りは今に始まったことじゃないでしょうに」
 遮る安藤に思わず拳を握りしめる半助だったが、「ろ組も状況は同じです…」と消え入りそうな声に気勢がそがれる。
「斜堂先生…」
「ええい、うるさいわい!」
 癇癪を起した大川に教師たちの視線が戻る。
「そこまで言うなら、夜間睡眠禁止令を出す! そんなに寝たくないなら一晩中でも起きておればいいのじゃ!」
「そんな、ムチャクチャです…!」
 動転した新野が腕を振り回す。「人間には睡眠が必要なんです!」
「だからこそじゃ」
 いかにも質問と称賛を待ち構えているようににやりとした大川が指を顎に当てて決めポーズをとる。
「…かしこまりました」
 がっくりと肩を落とした教師たちがよろよろと立ちあがって庵を後にする。もう学園長も忍たまも好きにすればいい、と思いながら。



「睡眠禁止令だと? 面白え」
 再び道場で開かれた委員長会議で話を聞いた文次郎がにやりとする。「夜こそ忍者のゴールデンタイム! 学園長先生も分かっておられたってことだな」
 どうだ、と言わんばかりにドヤ顔になる同級生から視線をそらした仙蔵が腕を組んで考え込む。
「そうであったとしても、返しが難しいな」
「返し?」
「当たり前だ」
 長い髪をかき上げた仙蔵が物憂げに応える。「学園長先生の思惑は、我々が音をあげて寝てしまうことだろう。とはいえ一晩中起きているというのも不可能だ」
「何を言う。会計委員会は計算が合わなければ合うまで三徹でも四徹でもやるのが当たり前だ!」
「それで昼間寝てたのでは話にならん」
 文次郎の鼻先でいなすように掌をひらひらさせると、仙蔵は長次たちに向き合う。
(つまり、学園長先生の認識しているところでは起きていればいい、ということだろう。)
 もそりと呟く長次に仙蔵の眉が反応する。
「なるほど。学園長先生を眠らせてしまう、ということか?」
(それもある。だが高齢者は睡眠時間が短いし、学園長先生はお昼寝もするから、我々がそれに合わせて眠ることは現実的ではない。)
 もそもそと言いながらもその表情は明らかに続きがあることを示していた。
(…だが、学園の外に出てしまえば、学園長先生は面倒がってあえて我々が眠るところを抑えに来るとは思えない。)
「セコいなぁ、長次」
 腕を組んだ文次郎が呆れたように声を放つ。「それじゃ結局寝てるじゃねえか」
(学園長先生のご命令は学園の中で有効だ、とは考えないのか、文次郎。)
「そーゆーのを詭弁っていうんだよ」
 立ちあがった文次郎が言い捨てて背を向ける。「俺はそんな屁理屈みたいな話には乗れねえな。会計委員会は堂々と学園長先生の睡眠禁止令に立ち向かって見せるぜ。じゃーな」
 文次郎が道場から姿を消す。
「正気か、アイツ」
 苦々しげに留三郎が吐き捨てる。「アイツが三徹して眼の下のクマ作るのは勝手だが、下級生たちはムリだろ」
「まあ、会計委員の下級生についてはあとで考えるとしよう」
 仙蔵が胡坐の上に頬杖をつく。「その前に、我々が首尾よく夜間自主トレと称して外出許可をもらわねばならない。当然、学園長先生は、先生方にそんな外出許可を出すことは許さないだろう」
「それなら大丈夫だよ」
 間髪入れず放たれた明るい声に皆がいぶかしげに顔を向ける。それがこの場でもっとも意外な人物-伊作だったから。
「大丈夫って…なにか策があるのかよ」
 留三郎が戸惑ったように訊く。
「ああ、もちろん」
 笑顔で伊作が応える。「新野先生ならきっと外出許可を出してくださるさ」
「なにか根拠があるのか」
 仙蔵が訊く。
「僕がお願いすればきっと出してくださるさ。それに、新野先生は睡眠禁止令には反対のお立場だ。当然だよね。成長期に十分な睡眠が取れなかったら身体や脳の発達に影響が出かねない。校医としてそんなこと認められるはずがないんだ」
「だけどよ…新野先生だって学園長先生のご命令には逆らえないだろ?」
 留三郎がためらいがちに訊く。
「新野先生はそんな方じゃない」
 伊作は言い切る。「立場を守るために信念を曲げられるようなことはされないよ」
「う…それはそうかもな」
 穏やかな笑顔の裏にちらと垣間見せる厳しさに思い当った留三郎たちだった。
「であれば、外出許可は伊作に任せることとしよう。では、各委員会が『夜間自主トレ』に出る手順だが…」
 小さく頷いた仙蔵がふたたび作戦を練る眼に戻って口を開く。



「精が出ますな」
 夜中の会計委員会室を訪れた顧問の安藤が声をかける。
「各委員会の決算分析をしているもので」
 十キロ算盤を弾く手を止めずに文次郎が応える。まだ三木ヱ門はついて来ているようだが左門や団蔵、佐吉は文机に向かいながらもすでに魂が抜けかけている。
「さよう。決算のムダを見つけることはダムが逆立ちしたようなものですからな…」
 得意げに小鼻をひくつかせる安藤だったが、「作業中ですので」と文次郎は顔も上げない。
「おやおや、これはお忙しいところ失敬しましたな…ところで今日はいやに静かですな。忍たま長屋にも人気がないし、これは各委員会が秘密の活動乃至かくれんぼをしてるかも知れナイシ…」
 更に高度なギャグを決めた! と言わんばかりに文次郎の表情を探る安藤だったが、相変わらず返事は冷たい。「…そうですか」
「おやおや、本当にお忙しいようですね」
 肩をすくめた安藤がようやく立ち去ろうとする。「まあくれぐれもお金が合わない、オッカネーなんてことにならないように」
 ようやく立ち去った安藤の足音が遠ざかるのを耳をそばだてて確認していた三木ヱ門が気がかりそうに訊く。「あの…ほかの委員会がいないとはどういうことですか?」
「知らん」
 仏頂面で文次郎が吐き捨てる。「どこぞで勝手に寝てやがるのかも知れねえな」
「…」
 何かに苛立ったように算盤を弾く指の速度が上がる。あるいは文次郎の苛立ちの原因は、他の委員会の動きを読みきれなかったところに起因しているのではと考える三木ヱ門だった。



「ヘムヘム、ヘム」
「なに? 学園に忍たまがほとんどいなくなっているだと?」
 夜半になって様子を見に行かせたヘムヘムの報告を聞いた大川が声を上げる。「どういうことじゃ?」
「ヘム」
 そんなこと訊かれても、というように大仰に肩をすくめるヘムヘムだった。
「何をしておる! すぐに先生方を呼ぶのじゃ!」
「ヘムヘム?」
「何が『こんな夜中に?』じゃ! 学園長命令じゃ、すぐに先生方を呼び集めるのじゃ! 緊急職員会議じゃっ!!!」
 怒鳴り散らす大川に慌てて教師長屋へと走るヘムヘムだった。



「どういうことじゃっっ! 会計委員会以外の忍たまが全員いなくなっておるではないかっっ!!」
 教師たちが集まる間に学園中を駆け回った大川が怒鳴り散らす。
「どうもこうも、いないのならばいないのでしょう」
 寝間着姿で半ば眠ったままの教師たちだった。あくびをかみ殺しながら伝蔵が応える。
「学園の外に出たということか! いったい誰がそんな許可を出したというんじゃ! この中で外出許可を出した者がいなければ、無断外出ということになるではないかっ!」
「そうは仰いましても、無断外出は小松田さんが許すはずがないし…」
 さらにいきり立つ大川だったが、寝ぼけ声の半助に指摘されてさらに苛立ちが増す。
「ではやはり誰かが外出許可を出したということになるではないか! ええい、小松田君を呼んできなさい!」
「小松田君は眠りこけていて起きません」
 吉野の声も半ば眠ったままである。「無許可の出入りがあれば反射的に起きますが、それ以外はいくら起こしても起きないのです」
「ええい! それでは誰が外出許可を出したというのじゃ! 出した者が名乗り出るまで誰も寝てはならぬ! 学園長命令じゃっ!!!」
「そう言われましても…」
 辛うじて返事をする伝蔵ももはや起きてはいない。「私たちも明日の授業がありますもので…ほれ、半助、帰るぞ」
 いつの間にか肩に寄りかかって眠りこけていた半助の身体を軽く揺すると立ち上がる。「はい…」とほぼ無意識のまま答えた半助がよろめき立つと、足を引きずるように教師長屋へと向かう。同時にその場にいた全員もよろよろと立ちあがって後に続く。
「こ、こら、待たぬか! まだ話は終わっておらん!」
 慌てて大川が制しようとするが、ゾンビの一群のように教師長屋へと向かう教師たちが足を止めることはなかった。
「ええい! 誰も忍たまたちを探さぬというならわしが探す! ヘムヘム、行くぞ!」
 ますます興奮する大川への返事はない。ヘムヘムも傍らで眠りこけていた。
「ふんっ! わし1人でも探し出すからな!」
 ずかずかと庵を出た大川が校門に近づいたとき、唐突に誰かに足首を掴まれる。
「だ、誰じゃ!」
「…がいしゅつとどけを…」
 いつの間にか足元には小松田がいた。地面に這いつくばったまま半ば眠ったような声で言うが、その手は足首をしっかり捉えて離さない。
「な、何を言っておる! わしは学園長だぞ! 外出届などいらんのじゃ!」
 言いながら手を振り払おうとするが、足首を捉える手は罠のように動かない。
「…れも、がいしゅつとどけがないと…がいしゅつできませんから…」



「うまくいったようだな」
「だね」
 学園を見下ろす丘の上から騒ぎを見下ろしていた仙蔵と伊作が頷き交わす。
「まあこれで、学園長先生も迷惑な…というより訳の分からないご命令をするのを控えてくださればいいのだがな」
 踵を返して森の中に歩をすすめながら仙蔵は言う。
「どうだろうね」
 伊作が可笑しそうに肩をすくめる。「効果は一時的だと思うけど」
「困ったものだ」
「そうだね…ねえ、見てよ」
 足を止めた伊作が声をひそめる。「留三郎たちったら、寝てる時も仲がいいんだね」
 伊作が指差す先には、大の字になって眠りこける留三郎と、その腕や身体に頭を寄せて眠る作兵衛たちがいた。
「それを言うなら長次たちもな」
 仙蔵が眼を向ける。木に寄りかかって腕を組んだまま眠る長次の肩に雷蔵が寄りかかっている。地面に投げ出した2人の足には後輩たちが頭を載せて身体を丸めて寝ていた。
「会計委員は大丈夫なのかなあ。学園に残ってるけど」
 気がかりそうに伊作が振り返るが、仙蔵は澄ましたまま腕を組む。
「なに、文次郎なら大丈夫だろう。いざとなれば後輩が寝ても放っておくくらいのことはできるだろうし、アイツ自身は二徹しようが三徹しようが死にはせん」
「ならいいんだけど。さて、僕たちも少し休もうか」
「そうだな」
 言いながら夜空を見上げる。木々の梢の隙間から覗く夜空には満天の星がまたたいている。


<FIN>



Page Top  ↑