雪あそび

 

新年から寒い日が続いています。というわけで、雪の日の五年生たちを描いてみました。たまには何も考えずに雪の日を過ごす五年生たちも書いてみようかな、と…。

 

 

 

「うう、さむっ」
 底冷えのする夜だった。文机に向かって本を繰る手を時折燭台の火にあてるが、少しも暖かくなったように感じない。就寝前のひとときを予習に励む兵助と勘右衛門は、めいっぱい着ぶくれている。
「ああ、もう俺ムリ」
 声を上げた勘右衛門が傍らの火鉢を抱えるようにかがみこむ。
「ホント勘右衛門は寒がりだな」
 呆れたように振り返りながら兵助がからかう。
「そういう兵助は寒くないのかよ」
 炭火の上で手をあぶりながら勘右衛門が言い返す。「俺にはムリ。こんな日になに読んだって頭に入ってこねえよ」
「そりゃ俺だって寒いけどさ」
 兵助も傍らの火鉢に手をかざす。燭台の火よりは温まる気がした。
「だいたい寒すぎなんだよ」
 ぶつくさ言う勘右衛門の口から吐かれた息が白いまま数秒たゆたう。「見ろよ。部屋の中に火鉢二つもあるのに白い息が出るなんてありえねえ。すきま風入り放題だし」
「家の作りやうは夏を旨とすべし、なんていうよな」
 兵助が冷静に返す。
「暑さで死ぬ奴はいなくても、寒さで凍死するのはよくあるだろ」
 勘右衛門も言い返す。「人間、寒すぎる環境じゃ生きていけないんだって」
「それはそうかもな」
 兵助もそれ以上は反論しない。「それにしても、今日はマジで冷えるな」
「だろ? もう寝ようぜ」
 立ち上がった勘右衛門が布団を敷き始める。「こんな寒さじゃ、そのうち凍りついちゃうよ」
「ああ」
 立ち上がった兵助が、ふと思いついたように扉を細く開ける。「あ、雪だ」
 いつの間にか前庭が真っ白になるほど雪が積もっていた。そして夜空から白い切片が間断なく降り注いでいた。
「マジかよ」
 兵助の背後からちらと外を見やった勘右衛門が震え上がる。「道理で冷えるはずだぜ」
「だな」
 扉を閉めた兵助が肩をすくめる。「これは積もるかもしれないな」

 

 


「え、マジかよ」
 翌朝、先に床を立った勘右衛門が部屋の扉を開けようとする。が、扉はびくともしない。
「どうしたんだよ」
 布団に横たわったまま兵助が顔を向ける。
「開かないんだよ、戸が」
「開かない?」
 眠たげな口調で眼をこすった兵助がむくりと身を起こす。と、部屋の中の凍りつくような寒さに一気に眼が覚める。その間にも扉に手をかけた勘右衛門が力技で開けようとする。やがてガタピシ軋みながら凍りついていた扉が動き始めた。
「うっひょ~、なんだこりゃ」
 ようやく細く開いた扉の間から外を覗いた勘右衛門が思わず声を上げる。
「なんだよ」
 立ち上がった兵助が夜着の上に制服を羽織りながらやってくる。
「見ろよ兵助…えらいことになってるぜ」
 声に促されて兵助も勘右衛門の背後から外を眺める。
「え…?」
 敷居の外は一面の雪景色だった。廊下も一面雪で覆われ、降り積もった前庭との境も定かではなかった。そして、垂れこめた雲の下から雪はなおも間断なく降り続けていた。
「うっへ、まず廊下の雪かきから始めないといけねえのかよ」
 勘右衛門がぼやいたとき、「お前たち、何をしている!」と怒鳴り声が響いた。
「せ、先輩…?」
 声の主は雪沓に蓑と笠で完全防備した文次郎だった。「とっとと雪下ろしを始めろ! でないと長屋が雪でつぶされるぞ!」

 

 

「一晩でずいぶん降ったな」
「冷えるわけだね」
 ろ組の三郎たちと合流した五年生たちは忍たま長屋の雪下ろしを始めていた。屋根に上がると六年生や教師たちが校舎の雪下ろしや通路の雪かきにすでに奔走している様子がよく見えた。
「そういや低学年たちはどうした?」
 いつもなら庭先で雪合戦でもやっていそうな低学年の歓声が聞こえない。気がかりそうに兵助が誰にともなく訊く。
「この雪で喜八郎が掘った落とし穴の目印が見えなくなって、危険だから長屋から出ないよう言ってあるらしい」
 三郎が口を開く。「私達も気をつけないとな」
「てか、当の喜八郎はどーしたんだよ」
 八左ヱ門が口を尖らせる。「自分で掘った穴の場所くらい分かんだろ?」
「それが、ここまで積もると分かんないらしいな」
 三郎が肩をすくめる。「掘りすぎて自分でも正確な位置までは分からないらしいんだ。伊作先輩が落ちた二か所だけは分かってるらしいけど」
「てか、もう落ちちゃったんだ…」
 ため息交じりに雷蔵が呟く。「さすが不運委員長」
「おい、手が止まってるぞ」
 いつの間にか世間話が始まっている仲間たちに、勘右衛門が声を上げる。「また雪が降ってきちゃったぜ」
 先ほどまで晴れ間がのぞいていたのに、いつの間にか灰色の雲が垂れこめて音もなく白い切片が降り始めていた。それはたちまち白い紗のように視界を白く覆うばかりに強くなっていく。
「やっべ。早くしないと屋根がつぶれるな」
 慌てて鋤で雪を掻き始めながら勘右衛門が呟く。屋根に上がったときから足元がみしみしいうのが気になっていた。
「お~い、雪はここに積もうぜ」
 勘右衛門の声に「おう」と応える八左ヱ門だったが、その理由までは至らない。ただ、「分かった」と応じる三郎のいたずらっぽい表情に軽い引っ掛かりを感じるだけだった。

 

 

「おほ~、すげえ。いつの間に」
 長屋の雪下ろしを終えた八左ヱ門が声を上げる。集まってきた仲間たちも半ば呆れたように眼を見開く。
「どうだ。すげえだろ」
 小鼻をひくつかせる勘右衛門が寄り掛かるのは、積み上げられた雪山に掘られたかまくらだった。「学級委員長委員会が総力を挙げて作ったんだぜ」
「てか、俺たちが雪下ろししてる間にこんなの作ってたのかよ」
 すかさず兵助が突っ込む。
「こんなのとは失敬だな」
 全く堪えてないように勘右衛門が応える。「労働の後には報酬が必要だろ?」
「でも、こんなに寒いのに、雪の中に入っても寒いだけじゃないの?」
 すでに細かく震えながら雷蔵が言う。雪かきをしている間は軽く汗ばむほどだったのに、今は全身からしみわたる寒さに心臓も縮みあがるように感じられた。
「なに言ってるのさ」
 雷蔵の肩に腕を回した三郎がニヤリとする。「入ってみろよ。案外あったかいんだぜ」
「そうそ。待ってろ、いま火鉢持ってくるから」
 言うや勘右衛門が長屋の自室に向かって駆け出す。

 

 


「ちょっといろいろ持ってきすぎじゃない?」
 雷蔵が軽く眉をひそめる。
「いいのいいの。せっかくかまくら作ったんだからさ、楽しまなきゃ」
 陽気に勘右衛門が応える。
「そうだよ。それに、もうすぐ俺の特製湯豆腐ができあがるよ」
 火鉢の一つの上にかけた鍋をチェックしつつ、兵助がいそいそと小皿と醤油を用意する。
「おほ~、うまそうだなぁ。こっちの餅も焼けてきたぞ」
 もう一つの火鉢で焼いている餅をひっくり返しながら八左ヱ門が声を上げる。かまくらの中は五人と二つの火鉢で一杯である。
「あ、ごめん…さすがにちょっとせまいな」
 鍋をかき回す腕が隣に座る雷蔵にぶつかった兵助が慌ててひっこめながら言う。
「もうちょっと大きいの作ればよかったね」
 気にしないで、と雷蔵が笑いかける。胡坐をかいた全員の膝がぶつかるほどの狭さだから、腕がぶつかるくらいは仕方がない。
「でも、あんまりデカくすると天井が落ちてくるかもしれないぜ」
 八左ヱ門が天井を見上げる。
「それも困るよな」
 ははは…と笑い声が上がる。
「それにしても暑いほどだね」
 いまや雷蔵は額に汗ばんでいる。外は降りしきる雪に風も吹きすさんでいるのに、中は別世界である。
「これぞかまくらの魅力ってもんさ。さ、食べよう!」
 兵助が湯豆腐を鍋からあげて皆に配る。
「いっただきま~す!」
「うん、うまい!」
「さすが兵助の豆腐!」
 皆がにぎやかに食べ始めたとき、
「あ! 湯豆腐だ! お餅も!」
 吹雪の中から弾んだ声が聞こえる。そして「あ、ホントだ」という声。
「そこにいるのは誰だい?」
 雷蔵の呼びかける声に、吹雪の中から雪まみれの小さな影が三つ現れた。
「乱太郎です」
「きり丸です…アンド食いもののにおいにつられて来ちゃったしんべヱです」
 すでに大量のよだれを垂らしながら鍋に近づくしんべヱの背後から気まずそうに乱太郎ときり丸が名乗る。
「おう。そんならお前たちも食って行けよ。餅も豆腐もいっぱいあるからさ」
 勘右衛門が気軽に言う。
「ホントですかあ!?」
 もはや鍋に顔を突っ込みそうになりながらしんべヱが声を弾ませる。
「ほらほら。しんべヱの分もあるから」
 椀に湯豆腐を盛った兵助が手渡す。「乱太郎たちの分もあるよ」
「いいんですか?」
「やった!」
 乱太郎たちもいそいそと現れて椀を受け取る。だが、いかんせんかまくらの中は五年生たちと火鉢でいっぱいなので、間口に背を丸めて座るしかない。
「もう少し広げようか」
 背後の壁に眼をやった雷蔵が言う。間口に座って湯豆腐を食べている乱太郎たちは、背中を吹雪にさらしたままでいかにも寒そうだった。
「そうだな。そこそこ壁は厚く作ってあるから大丈夫だろ」
 頷いた勘右衛門が背後の壁を削り始める。
「じゃ、俺たちも」
 皆が背後の壁を削って中を広げ始める。ようやく皆が少し奥に背を寄せて乱太郎たちは入るスペースをひねり出した。
「ありがとうございます…うわあ、あったかいなあ」
 もぞもぞとかまくらの中に入り込んだ乱太郎たちは、背後の吹雪から解放されてようやくひと心地がついたようである。
「ほら、しんべヱ。餅も焼けたぞ」
 八左ヱ門が手渡す餅を受け取ったしんべヱが「いただきま~すっ!」と頬張った次の瞬間、
「うわっ!」
「ぎえっ!」
 天井が音もなく崩れ落ちるや、全員を呑み込んで雪煙を上げる。
「おぅい、乱太郎たち、大丈夫かあ」
 最初につぶれたかまくらの上に顔を出した勘右衛門が声を上げる。
「は、は~い」
「なんとか生きてます…」
 か細い声がして、乱太郎たちも雪の上に顔を出す。
「ふう、死ぬかと思ったぜ」
 続いて顔を出した八左ヱ門が、口に入った雪を吐き出しながらぼやく。
「だな。やっぱダメだったな」
 雪の中から顔を出した五年生たちが、しばし呆然と顔を見合わせる。
「ぶっ」
「なんだお前、へんな顔」
「お前こそ!」
「あははは…」
 強い風雪に吹きすさばれている呆気にとられた表情に、誰からとなく吹き出した五年生たちが笑い声を上げる。
「これって、笑ってるバヤイなんですかね…」
 ふたたび吹雪の中に身をさらされて震え上がりながら乱太郎がぼやく。

 

 

<FIN>

 

 

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