Wake Me Up

AviciiのWake me upを聴いていると、いささか息苦しさをおぼえます。
もうとっくに大人になってしまった私には感じえない、自分探しに彷徨する若者の苦悩と叫びと投げやりになる気持ちが、鈍い痛みとなって刺さってくるように感じるのです。
それは、今まさに彷徨う若者にとっては鋭利な刃物で刻まれるような痛みであって、だからこそ人生なぞ眼を閉じている間に過ぎ去れとうそぶき、眼を覚まさせてくれる者を乞い求めるのかもしれません。
そしてそれは、私の中では、忍たまとして一定のレベルに達しつつ、次のステップを探しあぐねている少年~久々知兵助~以外には当てはまらないのです。

 

 

「…そしたら小松田さんが風邪ひいてたらしくて、ハデにくしゃみしたとたんにお茶を学園長先生にぶっかけちゃってさ…」
「ははは…いつものパターンだな」
 夜の忍たま長屋で、兵助と勘右衛門は勉強の手を止めて雑談に興じていた。いま、勘右衛門が学園長の庵に呼ばれた時の話が盛り上がりを見せているところだった。
「んでもって、『あっちぃっ!』って飛び上がって天井に頭ぶつけたせいでなにか思いついちゃったらしくてさ。いきなり『委員会対抗運動会をやるぞ!』なんておっしゃったんだぜ?」
「ホント? それでどうしたの?」
 それはいつもと少し違うパターンだ、と思いながら兵助が訊く。
「どうしたと思う?」
 じらすように勘右衛門がニヤリとする。
「早く教えろよ」
 言いながらも思わず身を乗り出す兵助である。
「『すぐに先生方にお伝えします』って言ってそれっきりさ」
 唐突に話が終わって、肩透かしを食ったように兵助が脱力する。
「てか、それで良かったのかよ。学園長先生のご指示だったんだろ?」
「いいのいいの」
 いなすように掌をひらひらさせる勘右衛門である。「命令されたこと忘れるって、しょっちゅうあるだろ? 学園長先生のバヤイ。あんな状況の思いつきなんて、ほっとくくらいがちょうどいいんだよ」
「でもさ…」
「大丈夫だって。あとでヘムヘムに聞いてみたら、案の定、そんなご指示なんて忘れて如月さんたちとデートに出かけるんだってウキウキしてたらしいぜ」
 いたずらっぽく白い歯を見せて笑う勘右衛門に、「ならよかったけど」と兵助も肩の力を抜く。
「さ、もう遅いから寝ようぜ」
 文机の上に開きっぱなしだった本を閉じた勘右衛門が立ち上がる。「兵助はまだ勉強するのか?」
「いや、俺も寝ようかな」
 苦笑で答えながら兵助も本を片付け始めた。

 

 

 -勘右衛門は大人だな…。
 布団に横になっても、兵助はなかなか寝付けなかった。傍らの布団では勘右衛門が健やかな寝息をたてている。
 -俺だったら、土井先生あたりにまっさきに相談に行ってただろうな…。
 真面目な少年にとっては、学園長からの指示は、それがどんなに思い付きにみえたとしても絶対に従うべきものである。
 -でも、勘右衛門は…。
 その場で指示として聞くべきかどうかを判断し、行動できる。念のために後で確認をしたとしても、自分の判断に自信がなければできないことだった。同い年の、同じ部屋で学ぶ少年のはずなのに、はるかに世慣れた大人の行動に思えた。そしてそのような判断力と行動力こそ、忍に求められる最大の能力に思えた。
 -俺って、まだまだだな…。
 学業も実技も申し分のない成績を修めていることは自負していた。だが、もっとも肝心なことが抜けているように思えて兵助は何度目かのため息を漏らす。

 

 

「あの、久々知先輩…」
 数日後、放課後の教室で本を読んでいた兵助のもとに三郎次がやってきた。青ざめた顔で火薬の在庫票を手にしている。
「どうした、三郎次」
 顔を上げた兵助が声をかける。
「あの、ちょっと…」
 三郎次は教室の入り口で立ちすくんだままである。
「何かあったのか」
 教室では話したくないのだろうと思った兵助が立ち上がる。果たして人目をはばかるようにきょろきょろしながら廊下を先に立って歩く三郎次は、どこから見ても不審者そのものである。
「…これなんですけど」
 煙硝蔵の前で足を止めた三郎次がようやく口を開いた。
「火薬の在庫票だろ? それがどうした?」
 パラパラとページをめくりながら兵助が言う。
「足りないんです、硝石の壺が…」
 顔面蒼白のまま、絞り出すように三郎次がうめく。
「なに!?」
 慌てて在庫票をめくる。たしかに前日の在庫に比べて一つ足りなくなっていた。
「今日は授業で出し入れした記録もない…よし、もう一回数えなおそう」
「はい…」
 何度も数えなおしたんだけど…とは言いかねて三郎次も頷く。

 

 

「だめだ、どうしても一つ足りない…」
 半刻後、絶望的な表情で煙硝蔵の前に座り込む二人の姿があった。
「どうしましょう…?」
 探るような視線で三郎次がちらと見やるが、兵助の表情はもはや空白である。
 -こりゃ、何か聞ける状態じゃないな…。
 と思ったところに、「どうしたんですか? 久々知せんぱいと池田せんぱい」と言いながらやってきたのは伊助である。
「あ、そういえば!」
 と言って三郎次が急に立ち上がったので、「な、なんですか」とぎょっとしたように伊助が足を止めた。兵助が緩慢に顔を上げる。
「昨日の硝石のチェック、伊助だったよな」
 つかつかと近寄りながら三郎次が訊く。
「え…そうでしたけど」
 戸惑いながら伊助が応える。
「数は、数はちゃんと合ってたか!?」
 三郎次が詰め寄らんばかりに身を乗り出す。
「合ってた…はずですが。合ってなかったら久々知せんぱいや土井先生に報告してるはずだし…」
「じゃ、昨日数えたときは合ってたんだな?」
「はい…」
 三郎次の剣幕に圧されながらも伊助は応える。「昨日は数を全部数えてから、棚がよごれてたので硝石の壺をぜんぶ外に出して掃除しました。それから元にもどしました」
「あのさ、伊助」
 ふと気づいたことがあった兵助が口を開いた。「棚に戻すときには数えたか?」
「いえ…」
 伊助が口ごもる。「でも、さいしょに数えたときは合ってたので…」

 


 硝石の壺を紛失したというニュースはたちまち学園中に広まった。直ちに学園内の徹底捜査が展開され、敵対勢力の手に渡っていないかどうかを確かめるために、敵が侵入した形跡がないかも虱潰しに調べられた。その間、火薬委員たちは教師たちから何度も事実関係の調査を求められた。特に委員長代理の兵助には厳しい調査がなされた。
「ふう…」
 長時間の調査が終わり、ようやく放免された兵助は渡り廊下で大きくため息をついた。たしかに硝石を紛失したことはたいへんなスキャンダルだった。だが一方で、前日に壺の数をチェックした伊助が間違いをしたとはどうしても思えなかった。だから兵助は頑強に伊助の責任を否定し続けたのだ。
「火薬委員会委員長代理の久々知兵助」
 やたらと武張った呼びかけに思わず肩がびくりとした。声の主がいま最も会いたくない人物のものだったから。
「なんで…しょうか。安藤先生」
 そこには頬をつやつやとてからせた安藤がいた。
「硝石をなくしたそうですねぇ」
 言いながら兵助の傍らに立った安藤がねちっこい口調で顔を覗き込む。
「お騒がせして、申しわけ…ありません」
 まずは殊勝に頭を下げる。
「本当にお騒がせですよ」
 大仰に安藤は肩をすくめた。「硝石は非常に高価なものです。壺ひとつでも途方もない値段がする。おまけにそれは火器には不可欠なものだ。そんな貴重なものを無造作になくすとはね」
 -無造作なんかじゃない。伊助だって俺たちだって、いつも真剣に硝石を管理してたんだ…!
 反論したくなる気持ちを強引に抑え込みつつ、拳を握って黙り込む兵助だった。
「まったく困ったものです。そもそも私はいつも火薬委員会の存在意義に疑問を呈してきた。硝石の壺のカウントだけが業務など、そんなんでイインカイとね」
 -ああ、いつもの話が始まった…。
 とにかくこの時間が一秒でも早く過ぎ去るように顔を伏せたまま立ちすくむ。
「…それなのに、まさかそれだけの業務すらまともにできない委員会だったとはね。こればかりは私も見誤ってましたよ」
 握りしめた拳が小刻みに震えはじめた。
「五年生ながらさすがい組の生徒、しっかりやっていると思っていたんですがね。やはりまだまだでしたな」
 震えていた拳が止まった。
「まあ、盲目的に後輩を信じるのもいいが、それじゃ務まらんということがよく分かったでしょう」
「違います!」
 言い捨てて立ち去ろうとした安藤に向かって思わず声を上げていた。
「違う、ですと?」
 立ち止まった安藤が胡散臭そうに兵助を見やる。「ただ事実を列挙したまでだが?」
「後輩を盲目的に信じているわけではありません! 伊助も三郎次も嘘なんかつかない、それを分かっているから信じているんです!」
「であれば、今回のことをどう説明するんです?」
 腰に手を当てた安藤が身を乗り出す。「貴重な硝石が行方不明になっているんですよ?」
「それは何かの間違いです!」
 我慢できなかった。後輩たちが貶められることも、委員会の存在意義を問われることも、自分が甘いと指摘されることも。だから、後輩たちがカウントを間違えたはずがないということは兵助の中で確信だった。であれば、何かが起こったのだ。昨日、伊助が在庫を数えてから今日までの間に。
「いやはや…」
 大いに呆れた、といった風情で安藤が大げさに肩をすくめて頭を振る。「そこまで後輩に入れ込んでいるとはね。だが、そろそろ現実を受け入れるべき時ではないんですか?」
「現実…?」
「そうです。客観的な事実を受け入れるのです。もっと大人になってね」
 -大人に…。
 不意に心のもっとも奥底にたくし込んでいた疑問を抉り出されたような痛みをおぼえて、兵助の表情がゆがむ。

 


「なんで安藤先生に口答えなんてしたのさ」
 あんなのほっときゃいいのに、と付け加えた勘右衛門が肩をすくめる。
「…ちょっとガマンできなかった」
 ぼそりと兵助は応える。忍たま長屋の自室で安藤とのやり取りを聞いた勘右衛門は、なかば呆れた口調になるのを抑えられなかった。
「それで安藤先生、なんておっしゃったのさ」
「…火薬委員会の予算は、当面凍結するって」
 感情がまるごと抜けたような平たい口調で兵助は言う。
「は?」
 勘右衛門が眼を丸くする。「なんでそうなるわけ?」
「火薬委員会がやるべきこともできないからだって」
 言いながら兵助は顔をそむける。
「いや、でもさ…」
 言いながらも、自分に向けられた黒い髷にこれ以上の話を拒否するように感じられて口ごもる。そして考える。
 -だけど、兵助が安藤先生相手にキレたって、よほどのことだったんだろうな…。
 視界の隅に、不意に立ち上がった兵助が部屋を出ていく後姿を捉えた。だが、声を掛けられなかった。

 

 

 -俺って、ホントだめだな…。
 しばし一人になりたくて人気のない木立に足を踏み入れた兵助は、太い木の幹に寄りかかりながら腰を下ろした。
 -どうしてこうなんだろ…。
 顔をそらせて、頭を幹に当てる。そのまま眼を閉じて、しばし波立つ心が静まるまで待つことにした。
 -俺、いつまでこんなことやってんだろ…。
 肝心なレベルには全く近づけないまま、却って後退しているようにすら感じられてより惑う。顔をそらせたまま眼を閉じる。
 -俺、今頃どうしていたかったんだっけ…。
 未来を思い描いていたころの心の深淵を覗き込む。

 

 

 順風満帆だったはずだった。勉強はもともと得意だった。運動神経にも自信があった。だからいつも成績はよかった。成績表はいつも「甲」で埋め尽くされていた。
 それは演習の時だったか、友人たちと何気ない話をしていた時だったか。兵助は気づいた。それだけではだめだということに。忍者として、いや、一人の社会に生きる人間として、もっと大切な要素があるのだ。それは、ありていに言えば「大人」になることだった。それに比べれば、成績表を「甲」で埋め尽くすことなど、児戯に等しいとさえ思えた。
 -では、どうすれば「大人」になれる?
 同級生の勘右衛門はいともやすやすとその階梯を歩んでいるように見えた。だが、自分はどこにその階梯があるのかさえ分からずに、そこらをうろうろしているだけだった。

 

 

「よお、兵助」
 狎れた気配がやってくる。そしてどっかと傍らに腰を下ろす。
「…八左ヱ門」
「こんなとこで何してんだ」
「…考えごと」
「そっか…」
 胡坐をかいた八左ヱ門が、頭上に広がる枝ごしに空を見上げる。「勘右衛門、心配してたぞ」
 -そうか。八左ヱ門を投入してきたか…。
 意識の片隅で客観的に分析する自分がいた。
「別に、心配かけることなんか…ないけど」
「でも、安藤先生とやりあったんだろ?」
「だから?」
 つい口調が刺々しくなっていた。いちいち安藤に突っかかった動機を説明するのも厭わしかった。
「だからどうだってわけじゃねえけどさ…」
 うろたえたように八左ヱ門は口ごもる。「らしくねえなって…」
「別に」
「そうか…」
 短い返事に拒否を感じて八左ヱ門は呟く。「でも、俺も心配してるんだぜ?」
「だったら心配なんかしなくていい。俺、いつも通りだから」
 何の感情もない声に、さらに強い拒否をおぼえる八左ヱ門だった。
「わかった」
 ひとまず頷く。一方で、ここまでこじれた兵助は初めてかもしれないと考える。
 -いつもの兵助なら、シャットアウトしてるようでどっかユルいところがあるもんだけど、今日は取り付く島もないっていうか…。
 とはいえ、放っておいて立ち去るという選択肢は八左ヱ門にはない。関わったら最後まで、というのがモットーだから。
「…」
 だから、黙って八左ヱ門はその場にごろりと横になる。頭の後ろで腕を組んで、見上げた視界には兵助が寄りかかる木が枝を広げていた。
「…なあ、八左ヱ門」
 しばし黙っていた兵助が口を開いた。
「ん?」
 寝そべったまま八左ヱ門が顔を向ける。
「八左ヱ門は、早く大人になりたいとか思う?」
 唐突な問いだった。だが、八左ヱ門の答えは早かった。
「両方だな」
「両方?」
 八左ヱ門を向いた兵助がいぶかしげに訊く。
「ああ。早く一人前の忍者になるには、とっとと大人になったほうがいいだろ? でも、俺たちが一緒じゃなくなるのはやだからな」
「…そっか」
 あまりに簡潔かつ欲深な答えに思わず嘆息する。
「兵助はどうなのさ」
 ほぼ予想された問いだったが、兵助の肩が小さく反応する。
「べつに俺は…」
 言いさして、ふと思いついたことが口をついた。「ただ、ちょっと寝ている間に大人になれたらいいかもなって…」
「…俺はそんなのごめんだな」
 ぼそりと呟く声に、思わず傍らに寝そべる八左ヱ門を見やる。
「…そしたら、俺たちと過ごした時間も夢みたいに通り過ごしちまうってことだろ? 俺は兵助たちと一緒だった時間が夢だなんて絶対認めねえ。だって事実だろ?」
「ま、まあ…」
「それに、これからが面白くなるんだぜ? 忍としていろんな経験して、女の子とイチャイチャしてアンナコトやコンナコトして、世間に出ていろんな国のいろんな連中のこと知って、それって最高に楽しいと思わねえか? 俺は、そーゆーの全部飛ばしてオヤジになるなんてガマンできねえな」
「…」
 八左ヱ門らしいと思った。未来を信じて疑わない姿が清々しかった。  

 


「…」
 しばし寝そべって柔らかに交錯する木漏れ日に眼をやっていた八左ヱ門だったが、ふと傍らの兵助が胡坐をかいて背を丸めているのに気付いた。そして、いつの間にかすべてを拒否するような刺々しさが消えているのに気付いた。
「だからそんなに気にすんなって!」
 よっと身を起こすと兵助の肩に腕を回してぐいと引き寄せる。
「な、なんだよ…」
 されるがままになりながらも口だけは文句を言う。
「要は硝石の壺がなくなったのが問題なんだろ? そんなの探せばいいだけじゃねえか。俺も手伝ってやるからさ。だから気にするなっての!」
 肩に回された腕の力強い動きと声に揺り起こされる気がした。
「でも、探すって…」
 どこを探すのさ、と言いかける兵助の肩を強引につかんで立ち上がる。
「んなのこれから考えるに決まってんだろ? とにかく行こうぜ!」
「ま、待てってば…」

 


「なあ伊助。昨日、硝石の壺を外に出したんだってな」
 伊助の姿を認めて足を止めた八左ヱ門が唐突に話しかける。その傍らで兵助が息を切らして立ち止まる。
「は、はい…そうですが…」
 突然声を掛けられた伊助がぎょっとしたように後ずさりながら答える。
「そんとき、誰か通らなかったか?」
「だれか…ですか?」
 弾かれたような表情になる伊助だった。そういえば、今回の件では誰もそんなことは訊かなかった…。
「そういえば…小松田さんがとおりかかって、くしゃみしたときにけつまづいてたような…」
 そのときはいつものことだと思って気にもとめていなかったが、よく考えてみれば煙硝蔵の外に並べた硝石の壺に近づいていたのは小松田だけだったことに改めて気づく。
「他に通りかかった人は?」
 八左ヱ門の意図に気づいた兵助が身を乗り出す。
「ほかには…いなかったと思います」
 視線を泳がせていた伊助が兵助の眼を見返した。「いえ、小松田さんのほかにはいませんでした」
「わかった! じゃ、小松田さんに話を聞きに行こう。行くぜ、兵助!」
 勢いよく立ち上がった八左ヱ門が再び兵助の肩をむんずと掴んで引き上げるとそのまま駆け出す。
「い、痛いって八左ヱ門…」
 文句を言いながらも引きずられていく兵助を、呆然と見送る伊助だった。
 -久々知せんぱい、竹谷せんぱいには弱いんだな…。

 


「小松田さん!」
 いきなり兵助を引きずりながら現れた八左ヱ門だった。
「ひ、ひぇっ…ど、どうしたの竹谷くんと久々知くん…」
 思わず声を上げる小松田だった。
「昨日、煙硝蔵の前でけつまづいたそうですね!」
 ぐいと身を乗り出した八左ヱ門が訊く。
「え…ま、まあそうだけど…へっくし!」
 まだ風邪が治っていなかった。くしゃみのし過ぎでもやがかかったような脳内に、おぼろげな記憶を辿る。
「そのとき、小松田さんは何か持ってませんでしたか!?」
 さらに勢い込んで八左ヱ門が訊く。
「え、えっと…なんだっけ?」
 ずず、と鼻水をすすり上げながらしばし考えていた小松田だったが、なにか思い出したようだ。
「…そういえば食堂のおばちゃんに頼まれて味噌壺を…へっくし!」
「味噌壺?」
 兵助が反応する。「でも、味噌と硝石ではぜんぜんにおいが違うはずでは…」
「におい?」
 ずず、と鼻をすすりながら小松田がふにゃりと笑う。「いやぁ、もう鼻水がすごくてにおいなんて全然分からなかったなぁ」
「ということは!」
 勝ち誇ったように八左ヱ門は言う。なくなった硝石の壺は味噌蔵にあるってことだ! 兵助、小松田さんと味噌蔵を捜索してきてくれ! 俺は小松田さんがけつまづいたときにどっかにふっとばした味噌壺探すからさ!」

 

 

「相変わらず八左ヱ門は結論が早いよな」
 そこへ現れたのは三郎と雷蔵である。
「なんだよお前ら。聞いてたのかよ」
 だったらもっと早く手伝え、と八左ヱ門が口をとがらせる。
「ま、話は聞かせてもらったけどさ」
「でも、今回は味噌蔵捜索でいいんじゃないの? 伊助も思い当たるのは小松田さんだけだって言ってたし」
 にっこりしながら雷蔵が付け加える。
「伊助のとこから聞いてたのかよ」
 気配は気づいてたけどよ、と呆れたように八左ヱ門は言うが、すぐに気を取り直したように続ける。「よし、それなら三郎と雷蔵も、味噌蔵の捜索、手伝ってくれるよな」
「ああ」
「もちろん! …さ、兵助も!」
 頷いた二人が兵助を促して味噌蔵へと走り去る。
「あ、あの…へっくし!」
 すっかり話の展開に取り残されていた小松田がおずおずと声をかける。「僕も、行ったほうがいいの?」
「あ、小松田さんはもう大丈夫です」
 鼻が利かない人が行っても仕方ないから、とは言いかねて八左ヱ門は曖昧に笑いかける。
「え、いいの?」
 キョトンとした小松田の鼻先からまた鼻水が垂れる。
「はいっ! では小松田さんもお大事に!」
 明るく言い捨てると、八左ヱ門も走り去った。

 


「おーい、あったぜ、味噌の壺!」
 三郎たちが味噌蔵で捜索を始めてから間もなく、八左ヱ門が味噌壺を抱えて走りこんできた。
「なんだ、もう見つけたのかよ」
 ぶつくさ言いながら三郎が手近の壺のにおいを嗅ごうとしたとき、
「あった!」と一声叫んだ兵助が、壺を大きく持ち上げる。
「マジか!」
「やったね!」
 顔を上げた三郎と雷蔵が駆け寄る。
「おっしゃ! でかした兵助!」
 その前に味噌壺を抱えたままの八左ヱ門が兵助の肩に腕を回して大きく揺さぶる。「すぐに土井先生に報告に行こうぜ!」
「ああ!」
 肩を組んだまま二人が駆け出そうとしたとき、「ここにいたのかよ、兵助!」と声を上げた勘右衛門が現れた。
「勘右衛門」
「いままで何してたんだよ」
 雷蔵と八左ヱ門がすかさず声を上げる。
「何してたはないだろ」
 心外そうに勘右衛門が口をとがらせる。「これでも火薬委員会の予算が凍結されないよう周旋してたんだぜ?」
「本当かい、勘右衛門」
 思わず身を乗り出す兵助だった。「本当に、火薬委員会の予算凍結がなくなったのか?」
「もちろんさ」
 胸をそらせた勘右衛門が言う。「そもそも安藤先生は、予算委員会にも出てこないただの顧問だろ? 実際に予算を決めるのは予算委員長の潮江先輩なんだよ。さっき潮江先輩にお話して、火薬委員会の予算凍結の話はなかったことにしてくださった…てか、そんなの勝手に決めるなって怒ってたけどな」
「おっしゃ! 勘右衛門グッジョブ!」
「よかったな兵助!」

 

 

 -結局はこうなるんだよな…。
 仲間たちにもみくちゃにされる兵助だった。そして、いつの間にか鬱積していた屈託が消えていることに気づいた。そして考える。
 -やっぱ、俺もちょっと寝てるまに大人になるなんてごめんだ! これからもっと面白いことがあるに決まってんだから…!

 

 

 

 

 

<FIN>

 

 

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