街の子 鄙の子

火薬委員会メンバーのうち、タカ丸と伊助は実家が街で商売をやっており、三郎次は漁師の家の出と設定が明らかになっていますが、兵助ははっきりしませんね。でも、街の子らしい要領のよさというか、人馴れした感じがあまりないので、農村の出身なのかなと思っています。まあ、私の個人的な感覚ですが。

というわけで、街の子と鄙の子があるミッションを負って街に向かいます。果たしてどうなるでしょうか。

ちなみに火薬委員会といいながら、ハニワ君は登場しません。まだ彼のキャラをつかみきれてないもので…ハニワ君のファンの皆様には、いましばらくお時間をいただきたいと思います。

 

 

「それで、こんど街の美人コンテスト用に、父ちゃんが新しい柄をそめることになったんです!」
「ふ~ん、すごいね~」
 にぎやかに話す伊助とタカ丸の後ろを、兵助と三郎次が黙ってついて歩く。火薬委員会は、兵助の豆腐を売りに街へ出かけるところだった。なかなか予算が認められない火薬委員会が財源を確保するためのやむを得ない行動だったが、街育ちの伊助とタカ丸にとってはそれも楽しみの一つのようである。
「でも、どんな柄にしたらいいか困ってるみたいなんです…」
 前後に豆腐を入れた桶をくくりつけた棒を担ぎなおしながら、伊助は軽く眉をひそめる。
「どうして?」
 タカ丸が訊く。
「どうせなら、最新の柄に染めたいんだけど、なかなか思いつかないらしいんです」
「そうだねぇ」
 首をかしげたタカ丸が続ける。「せっかくだから、流行の先取りなんてどうかなぁ」
「そんなのわかるんですか?」
 伊助が身を乗り出す。
「まあ、僕のカンなんだけどね」
「で、どういうのなんですか?」
「ずばり、ダーク&シルバー! これで決まりだと思うんだ!」
「だーくあんどしるばー、ですか?」
 キョトンとした顔で伊助が繰り返す。
「そう! 最近、父のお店に来るお客さんと、宣教師ファッションがイケてるって話になることが多くってね。それでピンと来たんだ!」
「せんきょうしふぁっしょん、ですか?」
 さらに理解できない伊助である。
「そう。ほら、南蛮の宣教師の着てる服って、黒とか濃い茶色とか、ダークカラーでしょう? で、そこにクルス(十字架)の銀がすごく映えるなって思うんだ」
「じゃ、黒とか茶色一色がいいってことですか?」
 それではとても美人コンテスト用には提供できまい、と考える。それを言うならお寺のお坊さんだって黒の衣装だし。
「う~ん、ダメかなあ。かんざしとかネックレスにシルバーを入れるとか…」
「せめて、裾に銀の小紋をいれるとかしないと…」
「それいい!」
 唐突にタカ丸が弾んだ声を上げたので、伊助がびくっとする。桶の中に張った水が揺らいで、バランスを崩しそうになる。
「おっとっと…」
「ほら、しっかり立つんだ」
 いつの間にか傍らにいた兵助に肩を支えられて、ようやくバランスを取り戻した伊助が照れたように笑いながら見上げる。
「久々知せんぱい、ありがとうございます」
「まったく、ぺちゃくちゃしゃべりながら歩いてるからだぞ」
 三郎次が口をとがらせる。
「すいません…」
「ごめんね、伊助くん…でも、それすっごいいいアイデアだと思う!」
「じゃ、それ父ちゃんに話してみます! よろこんでくれるかなあ」
「きっと喜んでくださるよ。ああ、僕も、なんか宣教師ファッションにインスパイアされた髪型結いたくなってきちゃった」
「ていうか、もうすぐ街ですけど、どこでこのおトーフ売るんですか?」
 足を止めた三郎次が、現実的なことを言う。
「そうだな…きり丸は、お屋敷街のほうが売れるって言ってたが…」
 自信なさげに兵助が視線を泳がせる。そもそも、その時はお屋敷街の人たちに売れるか実証される前に、別の事情で完売してしまっていた。
「じゃ、お屋敷街に行きましょう」
 さっさと売って学園に戻りたい三郎次だった。早く帰れれば、左近たちと遊べると思ったから。
「でも…」
 伊助が考え込むように首をひねる。「せっかくの久々知せんぱいのおいしいおトーフなんだから、なんかプレミアつけられないかなぁ…」
「プレミア?」
 苛立ったように三郎次の声が尖る。「誰が食べたって、先輩のおトーフはおいしいんだからさ、『おいしいおトーフだよ!』って言えばすぐに売れるさ」
「街のおトーフ屋さんだって、おなじこといいますよ」
 伊助が反論する。「なんかちょっとめずらしいなって思ってもらえるようなネーミングがあるといいんですが…」
「そんなのあるなら伊助が考えろよ」
 三郎次の声がさらに苛立つ。「ぺちゃくちゃ余計なことしゃべりながら歩ってるあいだにさ」
「そうは言ってもな…」
 兵助も桶を担いだまま考え込む。「たしかにプレミアがついたほうが高く売れるし、そうすれば火薬委員会が使えるお金も増えるからな…」
「それなら、うちのお店の前で売ったら?」
 ひらめいた、とばかりにタカ丸が声を上げる。
「タカ丸さんのご実家の前で、ですか?」
 意味を測りかねた兵助が訊き返す。と、伊助が分かった! と会心の笑顔になる。「タカ丸さんちの前なら、オシャレのためならちょっとくらいおカネを出してもいいって人がたくさんいるってことですね!」
「そう! その人たちに、そうだな…ビューティー豆腐ってネーミングで売ってみたら…」
「どうせなら、タカ丸さんのお父さんのお名前をつけたらどうですか? 『幸隆のビューティーお豆腐』って!」
「伊助くん冴えてる! それでいこう! さっそく父さんにお願いしてみよう!」
 勝手に盛り上がった二人が、タカ丸の店に向かって小走りになる。慌てて後を追う兵助と三郎次だった。

 

 

 

「ほう。なるほどこれはうまい豆腐だ」
 豆腐をひとくち含んだ幸隆は、感心したように言う。「これを君が作ったのかね」
「はい」
 端座した兵助が、照れたように顔を赤らめる。
「たいしたものだ。この色つやといい、大豆の香り高さといい、これならビューティー豆腐の名にふさわしい」
「じゃ、父さんの名前をつけてもいい?」
 タカ丸が身を乗り出す。
「もちろんじゃ」
 幸隆が大きく頷く。「店の前で売るのも許可しよう…ただし、並んでいるお客様の邪魔にならないようにな」
「「はい!」」

 

 

 

 

「…すごかったですね」
 まだ興奮冷めやらぬ様子で三郎次が言う。
「ああ…すごかったな」
 応える兵助の口調も、まだ呆然としたままである。
 幸隆のビューティーお豆腐の売れ行きは空前だった。そもそも幸隆の名前がつけば何であれ飛びつく用意のある客たちだったから、幸隆公認の豆腐に反応しないことはありえなかった。試食の評判も上々で、一人で何丁も買い求めようとする客が続出して数量制限を設けた上に、それならばと客同士が金額を吊り上げるオークションまで発生して豆腐はあり得ない値段でつぎつぎと売りさばかれた。そして最後の豆腐が売れたあとには、信じられないほどの銭と、呆然と佇む火薬委員たちが残されていた。
「でも、よかったです! これで煙硝蔵で飲む甘酒がいくらでも買えるようになったし」
 伊助が声を弾ませる。
「よかったねぇ」
 タカ丸がほんわかと笑顔で応える。「ホントに久々知くんのお豆腐ってすごいよね。うちのお客さんって舌が肥えてる人が多いんだけど、みんな『おいしい!』っておっしゃってたし、そんなのそうそうあることじゃないんだ」
「そんなことないです…」
 照れたように顔を赤らめる兵助だった。自分の作る豆腐に絶対の自信はあったが、これほど法外な値段で売れるとは考えたこともなかった。それは、きっと豆腐に上乗せされたプレミアというものだろうと考える。「きっと、ネーミングがすごくよかったんだと思います」
 製品の品質以上に価値が上乗せされる現象をどう評価すればいいのか、兵助には到底考えが及ばない。それがマーケティングということも。
「せっかくこんなにおカネになったんだし、なにかおいしいもの食べていきませんか?」
 いつもしんべヱたちと行く甘味処のメニューを食べつくしてもなお余りあるほどの売り上げが、兵助の懐にたくし込まれている。であれば少しくらいの贅沢は許されるのでは、と考える伊助だったが、たちまち三郎次に遮られる。
「んなこと言ってるバヤイじゃないだろ。早く学園に帰るぞ」
「え~? どーしてですか…」
 思わず異議を唱える伊助を、苛立った表情の三郎次が声を低めて再び遮る。
「気をつけろ。つけられてる」
「え!?」
 思わず振り返ろうとする伊助を、鋭い声が押しとどめる。
「振り返っちゃダメだ。気づいてないふりをしろ」
「てことは…」
 さりげなく背後の人影を認めた伊助が呟く。「ぼくたち、ねらわれてるんですか?」
「そうだ」
 何事もなかったように前を向いてすたすた歩く兵助が低く呟く。だが、「でも、あれ、街の連中じゃないですね」と続ける三郎次に軽く眉を上げる。「なんだって?」
「あいつらのかぶってる笠、あれ、漁師がつかうものです」
 あるかなきかの声で三郎次が説明する。「だからあいつら、間違いなく街の連中じゃありません。どっかの海の漁師がたまたま街に来ていて、それで僕たちに目をつけたんだと思います」
「わかった」
 低く兵助が応える。「つまり、あいつらはこの辺に土地勘がないってことだね?」
「そう思います」
 三郎次の返事に小さく兵助は頷く。「だとすれば、ここで俺が食い止めればいいってことだな」
「でも、それじゃせんぱいが…」
 伊助が言いかけたとき、相手が動いた。

 

 


「!」
 しまったと思ったときには、火薬委員たちは取り囲まれていた。
「なあ坊ちゃんたちよ、ずいぶんいい商売してたようだな」
 右手を懐手にしたまま、ひときわ派手な衣装の男が足を進める。「だが、ちょっと忘れてることがあるんじゃないかい?」
「な、なんですか…」
 兵助の背にしがみつきながらも、気丈に伊助が問う。
「へえ、分かってないとは意外だな。だったら教えてやろう」
 足をすすめた男がぐいと顔を突き出す。「街には街の決まりってのがあるんだよ。たとえば、商売するにはそれなりのショバ代が必要とかな」
 -は? おじさんなに言ってるの?
 あまりに笑止な台詞に思わず吹いてしまいそうになって、慌てて兵助の背に顔を隠す伊助だった。
「そ、そうなんですか…」
 笑いを堪えるタカ丸の声も震えている。だが、男たちは別の解釈をしたようである。
「そんなに怖がんなくてもいいさ。出すもん出せばな」
 言いながら手をぐいと突き出す。「ほら、アガリの半分、とっとと出しな」
「そうですか。売り上げの半分がショバ代なんですね」
 タカ丸と伊助の反応を見て、相手にするべきではないと判断した兵助がにこやかに口を開く。「じゃ、こうっと」
 次の瞬間、差し出された手を掴むや、腕ごとぐいとねじって地面に転がす。
「いててててっ!」
「てめぇ、なにしやがる!」
 たちまち、血相を変えた男たちが刀を抜いて取り囲む。
「意味のないおカネは払わないってだけですが」
 視界の隅に伊助と三郎次をかばいながら遠ざかるタカ丸の姿を認めた兵助が、落ち着き払って応える。
「おう、人をバカにするのも大概にするんだなっ!」
 言うなり男の一人が刀を振りかざして突進するや、一気に斬りかかる。が、そこにいたはずの少年の姿はなく、切っ先が空を切る。次の瞬間、後頭部に衝撃が走った。
「ぐわっっ!」
 ひらりとジャンプした兵助の足が男の後頭部を蹴ってさらに勢いをつけて、もう一人の男の顔面に蹴りを食らわせていた。
「くそっ!」
「てめえ、只者じゃねえな」
 一度に二人を倒された男たちが警戒するように距離を取りながらも、兵助をぐるりと取り囲む。
 -敵の残りは三人…あれ? さっきまで四人いたような…。
 素早く敵の数を確認しながら、ふと疑問が湧いたとき、
「そこまでだ」
 背後から勝ち誇った声がして、兵助が振り返る。
 -しまった!
 そこに、四人目の敵がいた。その腕の中には、首筋に刀を突きつけられて声もあげられずにいる伊助がいた。
「おう、動くんじゃねぇ」
 しきりにもがいて逃げ出そうとする伊助の首筋に刀が押し付けられる。
「ひっ」
 おびえ切った表情の伊助は、もう抵抗できない。
 -くそっ! どうすればいい…?
 油断なく小刀を構えて敵の動きに目を配りながら、兵助は必死に考えを巡らせる。
 -きっとタカ丸さんは三郎次を逃がすだけで精いっぱいだったんだ。だから伊助が捕まってしまった…いまは伊助を無事に取り戻すしかないか…。
 ここは銭にこだわる場面ではない、と思い定めた兵助がゆるゆると構えの体勢を解いて小刀をしまい、腕をだらりとさせる。お、と男たちの表情が変わる。

「払えばいいんだろ」とこわばった口を開こうとしたときだった。伊助を捉えた男の背後から放たれる異様な殺気に、圧までおぼえて思わず後ずさる。
「あ の さ あ」
 タカ丸だった。鋏と櫛を手にしているが、その表情はいつもののほほんとしたものではない。修羅そのものである。
「う…な、なんだ…」
 ヘビに睨まれた蛙のように体が動かない。伊助の首筋に刀を押し付けながらも、その手の震えが止まらない。辛うじて声を絞り出しながら、背後を振り返ろうとする。
「僕の後輩にそんなことしたらどうなるか、これから分からせてあ・げ・る…」
 地獄の底から轟くような声にその動きも止まったとき、「チョキチョキチョキ~っ!」の声とともに頭上を嵐が駆け抜けた。ばさりと髷が解かれて広がるや、四方八方から髪を引っ張られ、結わえられ、鋏を入れられる感覚が続き、やがて急激に頭に数貫のおもりが載せられたように、全身の虚脱感とともに力が抜けて座り込む。「せんぱいっ!」と伊助が駆け出すのをどんよりと視界の端に捉えて、ようやく自分が刀を取り落としていたことに気づいた。
「超テンションの下がる髪型にしちゃったからね!」
 ふん、と鼻を鳴らしたタカ丸が、ぎろりと仲間の男たちを見やる。「つぎはお前たちだっ!」
「ひっ!」
「やめろっ!」
 慌てて逃げようとした男たちだが、鋏と櫛を手に襲い掛かるタカ丸からは逃げられない。たちまち頭から押さえつけられるような感覚とともにうつろな表情で座り込む。その頭上には派手なリボンとともに三つ編みが結い上げられ、伝子顔が埋め込まれている。あまりの禍々しさに、兵助たちも立ちすくみつつ眼を逸らしてしまう。
「久々知くんたち、なにしてるの? 早く逃げるよ!」
 性急な声にはっとして顔を上げる。そこには、いつもより若干引き締まった表情のタカ丸がいた。
                               

 


「…すごい髪型だったな」
「はい。なんか、見てるだけで縁起が悪いっていうか…」
 学園に近づいたところでようやく落ち着いてきたのか、兵助と三郎次がぼそぼそと言葉を交わす。
「なに話してるの?」
 先を歩いていたタカ丸が足を止めて振り返る。
「いや、ちょっと…タカ丸さんてすごいなって…」
 三郎次が戸惑ったように説明する。
「そう?」
 意外そうにタカ丸が眉を上げる。「僕は、久々知くんのほうがすごいって思ったけど」
「え、どうして?」
 弾かれたような表情では兵助が訊く。
「だって、たった一人であっという間に二人も倒しちゃうなんてすごいよ。それに、忍たまだってわからないように忍具も使わなかったでしょう?」
 見てないようでしっかり観察しているタカ丸だった。
「それに、三郎次だって」
 今度は三郎次に声をかける。
「え、僕ですか?」
 何かしたっけ、と思いながら三郎次が自分の顔を指さす。
「連中が街の人じゃないって言ってくれたから、僕も安心してテンション下がる髪型にできたんだよ。もし街の人だったら、へんなウワサになって、父に迷惑をかけてしまうからね」
「ああ、それは俺も思った」
 兵助が頷く。「街の人でないって三郎次が言ったから、土地勘がないなって判断できたんだ」
「いや、それは、たまたまっていうか…」
 照れたように頭を掻く。
「でも、よかったです。だれもケガしなかったし、お金もぶじだったし」
 伊助が皆の顔を見上げる。
「ああ。それも、タカ丸さんと伊助のおかげだな」
 確かめるように懐に手をやると、兵助は歩きはじめる。
「え、なにがですか?」
 慌ててついて歩きながら伊助が訊く。
「二人のアイデアのおかげで、これだけ稼ぐことができたからさ」
「そうですね。自分だけだったらとても『幸隆のビューティー豆腐』なんて思いつかなかっただろうなあ」
 三郎次も頭の後ろで腕を組みながら言う。「タカ丸さんも伊助も、街で商売やってるお家の出だからなんですかね」
「そうかもしれないな」
 頷く兵助だった。「田舎の育ちの俺たちだと、どうすればお客さんの気を引いたり、高くても買ってくれるようにするかなんて発想がないからな」
「育ちの違いをうまく生かせたってことなんだね」
 腕を組んだタカ丸が頷く。「ということは、僕たち、すっごくいい組み合わせってこと?」
「あ、いまタカ丸さん、すごくいいこと言いませんでした?」
 すかさず三郎次が突っ込む。
「そうかなあ」
「そうですよ!」
 伊助もにっこりしながら頷く。
 -いい組み合わせか…。
 にぎやかな後輩たちの声を聴きながら、兵助は内心で呟く。
 -人数も少ないし、ややこしい関係でもあるけど、それでもいいかもな…。

 

 

 

<FIN>

 

 

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