偽装家族

忍たまは顔のパーツが似てるキャラが多いな、と思うのですが、特に留三郎系の眼は特徴的だと思うのです。並ぶと家族っぽく見えそうだなって。

 

 

「それにしても、しぶ鬼ひとりでいるなんてめずらしいね」
 山の中を心細い思いで一人で歩いていた喜三太だったから、思いがけず見かけたしぶ鬼に心底ほっとしていた。不安がほぐれていろいろ話したかった。
「まあね」
 私服のしぶ鬼が軽く肩をすくめる。「ホントはいぶ鬼と買い物に行くつもりだったんだけど、きゅうに用事ができたって言われちゃってさ」
「きゅうな用事?」
「そ。まあ、なんの用事かは見当がつくけど」
「そうなの?」
「そう。きっと金吾と会ってるんだ」
「金吾と?」
 思わず足を止めた喜三太が頓狂な声を上げる。
「金吾といぶ鬼はなかがいいんだ。知らなかったの?」
 いぶ鬼もドクタケ忍術教室では慎重に伏せているから、ふぶ鬼、山ぶ鬼は気づいていないようである。忍術学園でも同じなのだろうと考える。
「うん。知らなかった…でも、そういえば庄左ヱ門が金吾といぶ鬼がこっそり会ってるって言ってたような気がするけど…」
「…そうなんだ」
 自分が隠している相手の名を無造作に耳にして、動揺を苦労して隠すしぶ鬼だった。たしかにいぶ鬼たちが隠れて会っているところを庄左ヱ門とともに目撃したのは事実だったが。
「でも、ぼくは金吾と同室だけど、ぜんぜん気がつかなかったなあ…どうして金吾はおしえてくれないんだろう?」
 ナメ壺を抱えながら首をかしげるその表情に咎めるような気色はない。単純に疑問だけで発したようである。
「まあ、金吾だって言いたくないことの一つや二つはあるんじゃないの? 喜三太だってそうだろ?」
「はにゃ?」
 しぶ鬼のセリフは却って喜三太を当惑させたようである。かしげた首をますますひねって考え込む。
「そんなことないと思うけどなあ…僕はなんでも金吾に話してるよ? 今日だって与四郎せんぱいに会いに行くんだって話したし」
「よしろーせんぱい?」
 そんな名前の先輩が忍術学園にいたっけ? と思いながらしぶ鬼が訊く。
「うん! ぼくが風魔流忍術学校にいたときのせんぱいなんだ! とってもやさしくて、強くて、顔が食満せんぱいにそっくりなんだよ!」
「ふ~ん」
 そういや目つきの悪いこわそうな先輩がいたな、と思いながらしぶ鬼は鼻を鳴らす。と、ふいにその足が止まる同時に草むらに飛び込んで身を伏せる。
「はにゃ? しぶ鬼どうしたの?」
「喜三太もふせて! はやく!」
 鋭い声とともに喜三太も草むらから伸びた手に引きずり込まれる。
「ねえ、どうしたの?」
「あれ」
 しぶ鬼が指さした先に、数人の人影があった。
「あれって…もしかして、いぶ鬼?」
 数人の男たちに引っ立てられて歩く少年は、たしかに見覚えのある姿だった。
「でも、どうしていぶ鬼が…」
「そんなことより、アイツらを追跡しなきゃ。それから与四郎せんぱいにたすけてもらおう!」
 友人が見知らぬ男たちに捕まっている姿にショックを隠し切れないしぶ鬼に対し、トラブル慣れした一年は組らしく落ち着きを取り戻した喜三太が声を潜めながらてきぱきと言う。

 


「おせーべな。喜三太のやつ、なにしてんだべ」
 待ち合わせの辻堂の階段に座り込んだ与四郎が、ぼんやりと空を見上げる。
 山野の許可を得て、今日は喜三太と一日ゆっくり遊ぶ予定だった。喜三太も楽しみにしていたはずだった。なのに、約束の時間になっても喜三太は現れない。ひょっとして道中でなにかあったのだろうかと心配になり始めたころ、
「よお、久しぶりだな」
 軽く片手を上げて声をかけてきたのは留三郎だった。
「おお、留三郎、いさしかぶりい」
「こんなところで何してんだ」
「喜三太と待ち合わせだ。おめえは?」
「俺は自主トレ行くとこさ」
「そっか。そういや、喜三太見かけなかったか?」
「いや? 見なかったぞ」
 二人が話しているところへ「せんぱ~い!」と声がして喜三太が駆けてきた。
「おう、喜三太来たようだな。じゃあな」
「ああ。引き止めて悪かったべな」
 立ち去ろうとする留三郎の背に「まってください!」と喜三太がぶつかるように抱きとめる。
「おっと…おい、どうした喜三太」
 足を止めた留三郎が振り返る。
「ドクたまのいぶ鬼がさらわれちゃったんです! 与四郎せんぱいと食満せんぱい、たすけてください!」
「なんだと!?」

 

 

 

 

 

「首尾よくドクタケの忍たまを捕まえたな」
「ああ。名前は言わなかったが、手配書によればあれはいぶ鬼っていう忍たまだ」
 詰所の前に歩哨に立つ二人のサンコタケ忍者が話している。
 -やっぱり、ここサいたか。
 -手配書まで作ってやがったとはな。
 いぶ鬼が連行されたのは、サンコタケ城の出城のひとつだった。近くの木立に隠れて耳を澄ます与四郎と留三郎が視線を交わす。
「だが、もう一人はどうなんだ? 手配書にはなかったが」
「そうだな。もしかして新入りで、手配書が間に合わなかったのかもしれないな」
「そういうことか。ま、人手は多いほうが役に立つからな」
 -…。
 そこまで聞くと留三郎たちはそっとその場を抜け出した。
「…というわけだ」
 喜三太たちが隠れている場所に戻って手短に説明する。
「どうしよう…いぶ鬼がつかまっちゃったなんて…」
 出城を見張っていたしぶ鬼が顔面蒼白になる。トラブルに巻き込まれる経験の少ないドクタケ忍術教室だったから、このような場面の経験値はゼロである。
「もうひとり、ってことは、金吾かもね」
 対照的に喜三太はしれっと言う。眼の前に頼りになる先輩が二人もいるので、必ず救出できると絶対の自信を持っている。
「でも、僕たちが見たときはいぶ鬼しかつかまってなかったよ?」
「たぶん、金吾はいぶ鬼をたすけようとしたんだよ。金吾ならきっとそうするから」
 同室で金吾の性格を知り尽くしている喜三太は断言する。
「てことは、オラだちであの屋敷に潜って二人を探さねーといけねーだな」
 与四郎が留三郎に眼を向ける。
「ああ」
 小さく頷いた留三郎だが、ふと当惑した表情になる。「だが、俺はいぶ鬼の顔を知らない。与四郎もそうだろう?」
「だな」
 当惑が伝染したように曖昧に与四郎が頷く。皆が黙り込んだ。
 -このままじゃ救出作戦にならない。いぶ鬼の顔が分かるヤツ、たとえばドクタケ忍術教室の先生に加勢してもらうしかないか…。
 留三郎が考えていた時、「そうだ」と喜三太が手を打った。
「どうした? 喜三太」
 与四郎が顔を向ける。
「しぶ鬼にいっしょに行ってもらえばいいんじゃない?」
「え? ぼくが?」
「何を言ってる。キケンだろ」
 しぶ鬼と留三郎が声を上げるが、喜三太は続ける。
「まえから思ってたんだけど、与四郎せんぱいと食満せんぱいとしぶ鬼って顔がにてるじゃない? だから、家族にへんそうすればあやしまれないんじゃなかって」
「オラだちが…」
「似てる?」
 三人が改めて互いの顔をまじまじと見る。
「まあ、たしかに似てなくもないが…」
「特に眼とか…」
「じゃ、きまり!」
 喜三太が勝手に決める。
「そうだな。ドクタケ忍術教室に手助けを頼んでたら時間がかかるからな」
 留三郎も頷く。「じゃ、行こうぜ!」と立ち上がろうとする。
「まってまって!」
 その手を慌てて喜三太が引く。
「なんだよ」
 ふたたびしゃがみ込んだ留三郎が不満そうに声をとがらせる。
「だって、そのままで行ったらぜったいあやしまれます! 山田先生が授業でおっしゃってました。こういうときは家族連れに限るって!」
「兄二人と弟でいいだろ」
「そうじゃなくって!」
 首を振りながら喜三太が強調する。「こういうときは女の人がまざっていないとあやしまれるんです!」
「そうだべか。たしかに一理あるべな」
 腕を組んだ与四郎が頷く。
「じゃ、与四郎。おまえ母親役な」
 軽く言った留三郎が立ち上がろうとするが、「え、ええええぇぇぇっ!?」と大仰な声にまた座り込む。
「な、なんだよ。そんなデカい声出して」  
「お、オラには女装は、で、できねえだーヨ」
 震え声で後ずさる与四郎である。
「女装ができないって、どういうことだよ。風魔じゃ女装の訓練はやらないのかよ」
 思いがけず激しい反応に却って興味を抱いた留三郎が訊く。
「そ、そうじゃねえげど…」
 顔を真っ赤にして口ごもる。顔を見合わせた留三郎たちの視線がふたたび向けられる。
「オラ、ホントに女装のセンスがねえだーヨ。これでも一生懸命やったつもりだけど、山野先生は『気持ちわりい』ってせーるし、リリーさんには『与四郎は女装禁止じゃ!』ってせーられるし…」
「女装禁止って…」
 どんだけ不気味だったんだよ、と絶句する。
「だから頼む、留三郎! おめーが母親役やってくれ!」
 突然、与四郎が留三郎の袴の裾にすがりつく。「オラにはどーしてもできねえ! 留三郎しかできねえだーヨ!」
「え…お、俺かよ…!」
 動転した留三郎が後ずさる。だが、与四郎は袴をつかんだまま、必死の表情で見上げて哀願する。
「頼む留三郎! 他のことならなんだってする! だから、母親役だけはやってくれ!」
「そう言われてもな…」
 空を見上げながら頭を掻く。自分の女装もけっしてほめられたものではないことは自覚している。文次郎、小平太とともに女装の補習を命じられた時には、散々な評価だったことを思い出す。
「でも、食満せんぱいならいけると思いますぅ」
「お願いします! いぶ鬼をたすけるためなんです!」
 飄々とうそぶく喜三太と、必死の表情で見上げるしぶ鬼まで加勢されて、もはや断るに断れない留三郎だった。
「ええい、分かったよ! やりゃいいんだろ! こうなったら俺が一世一代の女装してやるよ!」

 

 

 

「おい、お前たち、何しに来た!」
 サンコタケ忍者たちの詰所の門前で歩哨が声をとがらせる。
「あ、あの…オラだちは…」
「こちらの出城の足軽長屋の管理人さん募集のチラシを見てまいりましたの」
 緊張で声を詰まらせる与四郎を制した留三郎が、懐からチラシを示してみせる。
「なに、足軽長屋でこんな募集してたのか」
「知らなかったな」
「また勝手なことしやがって」
 チラシをのぞき込みながら歩哨たちがぶつくさ言っている。
「あの…入ってもよろしいでしょうか」
 留三郎がさりげなく髪をかき上げながら小首をかしげて、ちらと上目遣いに見やる。と、歩哨たちがにわかに顔を赤らめて眼をそむける。
「う、うむ、通れ」
「え…?」
 何が起こったか分からずに突っ立っている与四郎の腕を「あなた」と言って引き寄せながら、楚々と通り過ぎていく。
 -おっし! 仙蔵直伝の女装と仕草、完全マスターしたぜ!
 と思いながら。

 


「な、なあ、留三郎。いったい何のまじねー(おまじない)使っただか?」
「ぼくにもさっぱり分かんなかったです」
 詰所の敷地内にまんまと潜り込んだ三人が手近な倉庫に身を隠す。とたんに堰を切ったように与四郎としぶ鬼が問いかける。
「この俺がマジで女装すればこんなもんさ」
 腰に手を当てた留三郎が得意げに鼻を鳴らす。前回の演習ではあまりにひどい評価だったので、仙蔵に化粧から仕草まで基本からトレーニングを受けたのだ。
「いや~、さすが忍術学園だべ」
「でも、いつの間に住み込みの管理人の募集なんてチラシを見つけたんですか?」
 素直に感心している与四郎の傍らで、なおも質問を続けるしぶ鬼だった。
「こんなのフェイクに決まってんだろ?」
 さりげなく歩哨たちの手から回収してきたチラシを指先でひらひらさせて見せる。
「フェイク、ですか?」
「そうだよ。関所ならともかく、こんなヤバい場所、いくら家族連れを装っても入り込めないだろ、フツー」
「だから、ありもしない管理人さん募集のチラシを作ったんですね!」
 納得したようにしぶ鬼が声を弾ませる。
「そういうことだ」
「でも、バレたらどうするつもりだったんですか?」
「だったら足軽長屋の担当者に聞いてこいって言ってやるさ。そうすりゃ連中の体制が手薄になる。その間に別の手段を考えてやるさ」
「さすが忍術学園の先輩ですね」
 感心したようにしぶ鬼が言う。
「んだな」
「それより、これからが本番だろ。いぶ鬼と金吾を探すんだからな!」
 得意げに留三郎が宣言したとき、「おい、そこの者ども、何をしておる!」
 怒鳴り声が響いて三人が思わず硬直する。いつのまにか足軽組の組頭が現れていた。
「お前らか、管理人の募集に応募した連中というのは!」
「は、はい。そうでございます」
 慌てて科をつくりながら留三郎が応える。
「誰だ、そんな募集出したのは。俺は許可してないぞ」
 ぶつくさ言いながら胡散臭げに三人をじろじろ見やる組頭だったが、「まあいい。ちょうど飯炊きのおばさんが一人退職して困ってたところだ。お前だけ来い!」と留三郎の腕をむんずと引っ張る。
「あ、あの…」
 慌てて留三郎が言う。「わ、私だけといわれましても…」
「男とガキは必要ない。お前らは帰れ帰れ」
 空いた手でシッシッとやりながら組頭が言い捨てる。
「でも、夫は料理も得意なのです。ぜひ、一緒に雇ってくださいまし」
 必死に裏声をつくりながら留三郎が訴える。
「料理が得意だと?」
 組頭が思わぬ展開に口を開けて突っ立っているばかりの与四郎をねめつける。「とてもそんな器用なようには見えんが」
「ひ、人を外見で判断するのはよろしくありませんわ」
 食い下がる留三郎である。「夫は、さる大名屋敷の包丁人として腕をふるっておりましたのよ。むしろ私はその手伝いをしておりまして…」
「大名屋敷の包丁人だと?」
 疑わしげに組頭が言う。「そのような者が、なぜこんなところをウロウロしておる」
「お仕えしていたお城が戦で負けてしまいまして、命からがら逃げてきたのです。小さい子もおりますので、ぜひ私どもをお雇いくださいまし」
 裏声内股、裏声内股、と仙蔵に何度も指導された所作を脳内で繰り返しながら、留三郎はいかにも必死なさまで組頭の腕にかじりつく。
「そんなことは我々には関係ない」
 あっさりと言い捨てた組頭だったが、ふと考えが変わったのか与四郎に眼をやると続ける。「まあよい。給金は一人分しか出さんが、それでよければ雇ってやる。そのかわり、包丁人としてしっかり務めるのだぞ。よいな!」
「はい! ありがとうございます!」
 楚々と頭を下げる留三郎に「さ、あなたも」と促されて慌てて頭を下げる与四郎たちだった。

 

 

 

「ごめんね、金吾…」
 いぶ鬼がしゃくりあげる。
「大丈夫だよ、いぶ鬼」
 金吾がなぐさめる。二人はサンコタケ忍者の詰所の敷地にある物置に閉じ込められていた。
「でも、あいつらドクたまのぼくをねらってたんだよ。ぼくといなければ金吾がまきこまれることもなかったのに…」
 抱えた膝に顔を埋めながらいぶ鬼がなおも声を漏らす。
「そんなこと言うなって」
 その肩にそっと腕を回しながら金吾が声をかける。「ぼくはむしろ、いっしょにいたときにサンコタケ忍者がおそってきてよかったって思ってるんだ」
「え…どうして?」
 意外なセリフに、涙にぬれたままの顔を上げるいぶ鬼だった。
「だって、ぼくがいなかったら、いぶ鬼はひとりでさらわれてたかもしれないってことだろ? そしたら、いぶ鬼はいまよりもっとこわかったんじゃない?」
「それはそうだけど…」
 こんな場所に一人でさらわれて閉じ込められているなど、考えただけで頭がどうにかなってしまいそう、と考える。きっとパニックになってわめいたり暴れたりして無駄に体力を失っていたところだろう。そうしていないのは、傍らに金吾がいるからに過ぎない。そしてそろそろと金吾の表情をうかがう。胡坐をかいて、何かを探すように薄暗い壁や天井を見回している横顔を。
「ねえ、なにを見てるの?」
「うん。どっかに出られるようなすきまはないかなって思ったから」
「え?」
 この状況から抜け出せるなどという発想すらなかったいぶ鬼が声を上げる。
「しっ。しずかに。連中にきづかれたらまずい」
「ご、ごめん」
 声を低めた金吾に慌てて両手で口をふさぐいぶ鬼だった。  
「あいつら、ぼくたちが忍たま低学年だと思って油断してるんだ。それを逆手にとるんだ。なんとかの術っていうやつ」
 半助が聞いたら「教えたはずだ!」と胃を押さえて叫びそうなことを金吾はしれっと言う。
「ねえ…金吾は、どうしてそんなにおちついていられるの? ぼくたち、敵の忍者につかまってるんだろ?」
 疑問を抑えきれずにいぶ鬼は訊かずにいられない。
「まあ、ぼくたち一年は組はいろんなトラブルになれてるから」
 ごく当たり前のことのように金吾は説明する。 
「でも…」
「シッ!」
 なおも言いかけるいぶ鬼を金吾は制する。「だれか来る!」
 足音とともに話し声が近づいてくる。
「ったく、そんな作戦がうまくいくのかよ。忍術学園の…」
「黙ってろ。上役に聞かれたらどうすんだよ!」
「わかってるけどよ…」
 何やら不満をたらしている男と連れの足音が物置の前を通りすぎて遠ざかっていく。
「…聞いた?」
「聞いた」
 顔を見合わせる金吾といぶ鬼だった。
「金吾、忍たまだってばれないほうがいいかもね」
 いぶ鬼が声を潜ませる。
「そうだね。忍術学園にかかわる作戦をやるみたいな感じだったもんね」
 金吾も頷く。そのとき、別の足音が近づくやガタピシと音を立てて物置の戸が押し開かれる。
「お前たち、来い!」
 別のサンコタケ忍者が居丈高な口調で言うと、二人の襟首をつかみ上げる。
「い、いたたた!」
「やめてよ!」
 慌てて立ち上がりながら二人が声を上げる。

 

 

 

「お前がドクタケ忍術教室のいぶ鬼だな」
 二人はサンコタケ忍者の上役の前に引き据えられた。手配書に眼をやった上役がいぶ鬼をちらと見ると、金吾に視線を移す。「で、お前は何者だ」
「ぼ、ぼくはドクタケ忍術教室のきん…金鬼ですっ」
「なに、キンキだと?」
 上役は胡散臭そうに金吾を上から下まで眺めまわす。「アイドルみたいな名前しおって、そんな名前は手配書にないぞ」
「ぼく、さいきん入学したばかりなので…」
「最近だと?」
 ますます胡散臭げに上役がねめつける。
「パパがさいきん出城から本城に転勤になったので、忍術教室にかよえるようになったんです」
 喜三太から父親の転勤の話を聞いたことを思い出してとっさに説明する。
「子どものくせに転勤なんて言葉を知ってるのか」
 鼻を鳴らす上役だったが、案外あっさり信じたようである。「つまり、お前もいぶ鬼の同級生というわけだな」
「はい」
「それならばちょうどいい。お前たちはペアであるミッションに挑むのだ」
「みっしょん?」
 二人が顔を見合わせる。
「そうだ。実に簡単なことだ。お前たちには忍術学園に入学してもらう」
「え?」
「は?」
 意外なセリフに思わず声が上ずる。
「いやだ!」
 すぐにいぶ鬼が叫ぶ。「ぼくはドクタケ忍術教室の生徒だ! いまさら敵の忍術学園なんかに入ることなんてできないっ!」
 思いがけない厳しいセリフに一瞬戸惑った金吾が、慌てて大きく頷く。
「ほう。それは残念だ」
 上役が肩をすくめる。「ドクタケ忍術教室では、大人の言いつけにはきちんと従うべきだということを教えていないようだが…私たちが教えてやってもいいのだよ。身体でな」
 その時、部下の忍がやってきて耳元に何やらささやいた。
「分かった」
 短く応えた上役は立ち上がりざま「コイツらを閉じ込めておけ」と言い捨てて大股で歩き去る。

 

 


「どう思う?」
 物置小屋に再び押し込められたいぶ鬼が問いかける。
「忍術学園にはいれってことは、ドクタケ忍術教室をやめろってことだよね。それって、ドクタケを困らせようってことなんじゃないかな」
 考えながら金吾が言う。「サンコタケって、ドクタケとは仲がわるいし」
「じゃ、忍術学園となかよくなりたいってこと?」
「う~ん、なんかそんな感じじゃないような気がするんだけど…」
 本能的に違和感をおぼえていた金吾が首をひねっていたところへ、「こごさいだのか」と天井の梁から声がして、二人がはっとして見上げる。
「だれだっ!」
「オラだよ。錫高野与四郎だ」
「与四郎さん!」
 金吾が弾んだ声を上げる間に、梁から降り立った与四郎が「大丈夫か」と笑いかける。
「あの…与四郎さんて?」
 見知らぬ青年の出現にいぶ鬼は戸惑ったように尋ねる。
「与四郎さんは喜三太が風魔流忍術学校にいたときのせんぱいなんだよ」
 にこやかに説明した金吾が、ふと気になったように訊く。「ところでどうして与四郎さんがここにいるんですか?」
「そりゃもちろん」
 与四郎がニヤリとする。「おめーらを助けるためだーヨ」

 

 


「ったく、人づかいが荒いなあ…」
 腕一杯に薪を抱えたしぶ鬼がため息をつく。なんとか『家族』ぐるみで雇い入れてもらうことには成功したが、しぶ鬼は風呂焚きを命じられていた。同じような歳の下働きの少年から聞いたところによると、サンコタケの足軽長屋では給金が低い上に人遣いが荒いせいで人の入れ替わりが激しいということだった。
「まあ、そういうことならあやしまれにくくていいけど」
 呟きながら焚口に座り込んで釜に薪を投げ込んでいく。
「ふう、気持ちがいいなあ」
 ふと湯船に入っているらしい男の声が聞こえた。
「ああ、そうだな」
 もう一人いるらしい声もする。
「それにしても、物置小屋に閉じ込めてるガキども、いったい何なんだ?」
「忍者隊が捕まえてきたらしいな」
 -捕まえてきたガキ? ひょっとしていぶ鬼たちのこと…?
 思わず耳をそば立てながら、ゆっくりと薪をくべていく。
「ガキなんか捕まえてきてどうするんだろうな」
「さあな。忍者隊は秘密主義だからな」
「でもって、俺たちに仕事ばっかり押し付けやがるからな、あいつら」
「でも、あのガキ、ドクタケの連中なんだろ?」
 別の声が会話に加わる。
「ドクタケだって? なんでそんなの捕まえてくるんだよ」
「そーだよ。またドクタケと戦でもするつもりなのか?」
「それがさ…ウワサだけど、忍術学園に送り込むつもりなんだってよ」
 -忍術学園!?
 薪を持つ手が止まる。
「忍術学園だって?」
 風呂に入っている男たちも意外そうに声を上げる。
「忍術学園と同盟でも組むつもりか?」
「あんなところと同盟組んで、俺たちになにかメリットあんのかよ」
「そこまでは分からんが…なにか上の方で企んでるのかもな」
「そうなのかも知れんが、こっちも戦続きで大変なんだよな。人もブツも十分補給してからそーゆーことはやってほしいよな」
「まったくだ」
 そこで話は終わり、ざばざばと水音を立てて湯船から上がる音が響く。
 -ま、いいか。とりあえずせんぱいたちに報告しよう。
 しぶ鬼もそっとその場を離れる。

 

 

 

「どういうことだっ!」
「お前、本当に城の包丁人だったのか?」
 そのころ、足軽長屋の厨房では騒ぎが持ち上がっていた。
「ちょっとなにこれ! このキュウリ、ぜんぶつながってるじゃない!」
 女房の一人が摘み上げたキュウリは、底部がつながっていてササラのようにだらりとぶら下がる。
「なんだこの汁は! 塩入れすぎだろうがっ!」
 汁の味見に訪れた侍が顔をしかめる。
「あ、すぐに切りなおします!」
「では薄めますっ!」
 留三郎と与四郎がパニック状態で走り回る。料理などほとんど経験のない二人が手掛けた食事は作っている最中から騒動の元となっていた。
「あれ? あんだこれ?」
 汁を薄めようと水を足すつもりで傾けた壺からどろりとした液体が流れ出て、思わずのぞき込む与四郎だった。
「なにをやっておる!」
 額に青筋を浮かべた侍が怒鳴る。「それは醤油だ! 我らを高血圧にするつもりかっ!」
「ちょっと! なにこの焦げ臭いの!」
 女房が金切り声を上げる。同時にまったく火力を調整していなかった釜から黒煙が上がり始めた。
「やべ! 飯焦がしたっ!」
 もはや女装していることも忘れた留三郎が、がにまたで釜に駆け寄る。
「てか、この煮物、味しないんだけど」
 騒ぎを聞きつけてやってきた足軽が、手近の煮物の鍋を味見して言う。
「お~い、遅番組のメシはまだかぁ」
 足軽組の副長がひょいと顔を出して声を上げる。「あ、それから言い忘れてたけど、隊長殿はピーマン嫌いだから抜いとけよ」

 

 

 

「ヤバいぞ。これ以上ここにいたら、俺たちが料理できないことがバレて追い出される」
「んだな」
 一陣の騒ぎをなんとか収拾させて厨房の壁にもたれて座り込んだ留三郎と与四郎だった。
「で、いぶ鬼と金吾はどうした」
「とりあえず敷地の外の出作り小屋に逃がしといただーヨ」
「おっし。与四郎グッジョブだ。後は俺たちが脱出するだけだな」
 留三郎がサムアップしたとき、「あの…」と声を潜めたしぶ鬼が戻ってきた。
「おう、どうした」
「サンコタケの足軽たちが話してたのを聞いたんですが…あいつら、いぶ鬼たちを忍術学園に入学させようとしてるみたいなんです」
「そうなのか?」
 留三郎が眼をむく。「与四郎、金吾たちからなにか聞いてなかったか?」
「そういや、忍術学園に入れっていわれたけど、いぶ鬼が断ったとかせーてたような…」
 与四郎が腕を組んで記憶を辿る。 
「まあ、何が狙いか分からんが、やりたいことはハッキリしてるな」
 留三郎が難しい顔で頷く。
「手引き役にさせるつもりつーことだな」
「ああ。だから、いぶ鬼たちが断っても、ほかのドクたまをさらって同じことをするだろう。でなければ、里の子どもを言いくるめて入学させるかも知れない。連中ならそのくらいやりかねない」
「で、どーするだ?」
「とにかくここから脱出することが先決だ。一番まずいのはしぶ鬼がドクたまだってことがバレることだからな…行くぞ」
 低く言うと、しゃなりと立ち上がる留三郎だった。
 -すごい。食満せんぱいが女にもどった!
 -さすが留三郎だな。
 切り替わりの速さに唖然として見上げるしぶ鬼と与四郎を前に、仙蔵仕込みのやや俯いた仕草で髪をかきあげると、「さ、行くわよ」と歩き出す。

 

 

<FIN>

 

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