一年は組に学ぶ


一年は組「が」ではなく、一年は組「に」学ぶのです。上級生たちが。

それは無意識であるゆえに、先輩たちにとっては手ごわい教材だったりするわけですが、だからこそ気付くもの、得るものも多そうです。



「今日の午後の授業は予定を変更して自由討議とする」
 教室に入ってきた半助は重々しく告げた。
「ジユートーギって、なんだ?」
 きり丸が声を潜めて乱太郎に訊く。
「みんなでテーマにそっていろいろ意見をいうことだよ」
 乱太郎もしんべヱの身体越しにそっと答える。そのしんべヱはすでに眠さがこらえきれないのかうつらうつらしている。
「だから昼寝などできると思うなよ。議題は後輩への指導力とする。お前たちは今は一年生だから指導されるほうだが、いずれは先輩として指導する立場になる。お前たちは日ごろ委員会などで上級生から指導を受けることも多いだろうが、どのような指導がよかったか、自分たちが先輩になったときにどのような指導をすればいいかを話し合ってほしい…では庄左ヱ門、進行役を任せたぞ」
「はい」
 教室の隅に下がった半助に代わって庄左ヱ門が黒板の前に立つ。
「では、これから『後輩への指導力』についてみんなで討議します。なにか意見のある人?」
「はい」
 手を挙げたのは兵太夫である。
「はい、兵太夫くん」
「ぼくたちは、まだ後輩がいるわけかないから、それぞれの委員会で先輩たちからどういうふうに指導を受けているかを先に話したほうがいいと思いま~す」
「はい。いまの兵太夫くんの意見に、なにかありますか」
「ないで~す」
 数人が気のない返事をする。
「では、兵太夫君の意見のとおり、みんながいつも委員会でどんな指導を受けているかを話してもらいたいと思います。だれか話したい人はいますか」
「はい」
 乱太郎が手を挙げる。
「はい、乱太郎くん」
「あの、保健委員会は伊作先輩が委員長で…」
 立ちあがりながら乱太郎が話し始める。
「いつもとっても不運で、不運委員会とか不運大魔王とかいわれてます。でも、とってもやさしくて、薬のこともとってもよく知ってて、すごくいい先輩だとおもいます」
「伊作先輩からは、どんな指導を受けてますか」
 庄左ヱ門が訊く。
「あ、え~っと…」
 予想外のことを聞かれたように乱太郎はどぎまぎして言葉に詰まる。
「えっと、う~んと、私たち一年生にはまだ難しいって教えてくれないけど、二年生や三年生の先輩には、診察とかお薬のこととか教えています」
「どんなことを教えているのですか?」
「症状からどんな病気かをみわける方法とか、どんな病気にはどんな薬をどんなふうに処方するのかとか…むずかしい漢字ばっかりで私たちにはまだぜんぜんわからないけど、数馬先輩や左近先輩にもむずかしいしおぼえることがいっぱいありすぎてわちゃくちゃってなってるみたいです。はやく伊作先輩みたいになりたいってがんばってるけど、たいへんみたいです」
「つまり、乱太郎くんたちには、まだ指導はしてくれてないってことですね」
 庄左ヱ門が冷静に指摘する。
「えっと…そうかもしれないけど、でも『不運を気にしちゃいけないよ』とか…」
「それ、指導ってよりなぐさめてるんじゃねーの?」
 きり丸がからかうと、一斉に笑い声が上がった。乱太郎も照れたように頭を掻いている。
「では、次、きり丸く~ん」
「え、おれ? おれは、え~っと」
 ほんの少し考え込んでから声を上げる。
「たとえば本を読む前に手を洗えとか、図書室では飲食禁止とか…」
「それは図書室での注意だと思います。委員会活動の中で、先輩から教えてもらうことはありますか」
「庄ちゃんたら、あいかわらず冷静ね…ああ、そういえば、委員会のときに、よく本や巻物の修復とか教えてもらってるくらいかなあ…でも、口で教えてくれるってより、見ておぼえろってかんじ」
「ああ、それ、体育委員会もおなじで~す」
 金吾が手を挙げる。
「はい、金吾くん」
「体育委員会の七松委員長も、『いけいけどんど~ん!』とか『こまかいことは気にするな!』とかおっしゃいますが、あんまり委員会の仕事のことは教えてくれませ~ん」
「体育委員会って、なにか教わらないといけないような仕事ってあるの?」
 興味深そうに三治郎が訊く。
「そういわれれば…なんかあったかなぁ」
 考え込んでいた金吾「あ、そうだ!」と手を打った。
「なにかあった?」
 喜三太が訊く。
「うん! 体育の授業で使うオリエンテーションのコースを作るとき、先生に図面はもらうんだけど、実際の山の中でどうやって作ればいいか教えてもらいました!」
「なるほど。それは委員会での指導になりますね」
 庄左ヱ門が頷く。
「それで、少しずつコツをおぼえて早くできるようになったら、とってもほめてくれたんです! もう遠心力で下半身に水分がたまっちゃうくらいはげしくふりまわされちゃって…」
 照れたように金吾が頭を掻く。
「「…それ、ホントにほめてるのかなぁ…」」
 クラスメートたちが呟く。
「ほかに、あまり教えてくれない系の委員会はありますか」
 庄左ヱ門が訊く。
「はーい」
「はい、伊助くん」
 手を挙げた伊助を指す。
「火薬委員会は六年生の委員長がいなくて、五年生の久々知先輩が委員長代理なんだけど…」
 立ちあがった伊助が説明する。
「…そもそも火薬委員会って煙硝蔵の在庫確認くらいしか仕事がないから、あまり教えてもらうこともないでーす」
「それだけ?」
 団蔵が訊く。
「それくらいかなぁ…あ! そういえば、久々知先輩はときどきとってもおいしいお豆腐をごちそうしてくれます!」
「ホント!?」
 ぐったりと机に顎をのせていたしんべヱが眼を輝かせて振り向く。
「ホントだよ。久々知先輩のつくるお豆腐は食堂のおばちゃんも認めるくらいおいしいんだ」

 伊助が自分のことのように胸を張る。
「いいないいなぁ。ぼくも食べたい!」
 いまや流れ出るよだれをこらえきれずにしんべヱが言う傍らで、「ふえぇ、いいなぁ」と机に肘をついた団蔵がためいきをつく。
「団蔵くんはどうですか」
「え? えっと、おれのいる会計委員会は…」
 庄左ヱ門に指名されて団蔵が立ちあがる。
「…地獄の会計委員長、潮江文次郎先輩がいて、そんなほのぼのしたもんじゃありません」
 捨て鉢のように付け加える。
「なにか指導してもらうことはないんですか」
「そりゃ、最初のときには、帳簿の見方とか教えてもらったような気がするけど、分かんないときにはこわいから四年生の田村先輩に聞いてるし、潮江先輩は予算会議の時いがいは鍛錬ばっかで、なんで会計委員なのにほふく前進しなきゃいけないんだろうってみんないってるし…」
「そりゃたいへんだね」
 兵太夫が気の毒そうに言う。
「そういう兵太夫の作法委員会はどうなのさ」
 団蔵が訊く。「作法委員長の立花先輩も、なんだかこわそうだけど」
「そうかなぁ」
 首をひねりながら兵太夫は答える。「そんなにこわいわけじゃないけど」
「じゃ、どんなこと教えてくれるの?」
 喜三太が興味深そうに訊く。
「そりゃまあ、いろんな戦の作法とか、首実検用の化粧とか。あと、忍術は科学だから、へんな迷信やうわさは信じちゃいけないよって」
「ふ~ん。なんか意外だね」
 喜三太が鼻を鳴らす。「ときどきブチっとキレたりしないの?」
「それは喜三太としんべヱが先輩をおこらせるからだよ」
 冷静に兵太夫は返す。「先輩の任務をジャマしたり、せっかく先輩が喜三太たちのためにいろいろしてくれてるのに台無しにしちゃったりとか、してない?」
「そんなことないよねぇ」
「ねぇ」
 喜三太としんべヱが顔を見合わせる。
「じゃ、ついでだから喜三太くんとしんべヱくん、用具委員会ではどうですか」
 少し飽きてきたらしい庄左ヱ門が気のない振り方をする。
「え? 用具委員会だって。どうする、しんべヱ?」
「だって、用具委委員長の食満先輩はとってもいい人だよね。やさしいし、カッコいいし」
「うんうん。ときどき『たたかいだ~っ!』ってうるさいけどね」
「ああ、潮江先輩が相手のときとかね」
 文机に頬杖をついた兵太夫が言う。
「まあ、そういうときはしょうがないけど。でも、いろいろ用具のなおしかたとか教えてくれないの?」
 『先輩からの指導』ときいていちばんイメージしやすいのが用具の修補といった技術的なことだった庄左ヱ門が訊く。
「あ、そういえばそうだね」
「先輩、ああみえていろいろなやり方を知ってたりして、すごいよね」
「うん。なんでもぱぱってなおしちゃうよね」
 喜三太としんべヱが頷き交わす。
「直しかたは教えてくれるの?」
 なおも興味深そうに庄左ヱ門が訊く。
「もちろん! このまえは縄梯子のなおしかたをおしえてもらったもんね!」
「そうだ! いろんな縄の結びかたもおしえてもらったよ!」
「しんべヱ、ちゃんとおぼえてる?」
「う~ん…喜三太は?」
「わすれちゃった!」
 てへ、と小さく舌を出す喜三太に全員が脱力する。
「あのさ…喜三太もしんべヱも、せっかく先輩におしえていただいたことをわすれちゃうわけ?」
 埃を払って起き上がりながら庄左ヱ門が突っ込む。
「う~ん、だってしょうがないもんねぇ」
「先輩も『おまえたちにはまだむずかしいかもな』っておっしゃってたし!」
 明るい喜三太としんべヱの返事に、庄左ヱ門たちが思わずため息をつく。
「でも、ぼくたちは竹谷先輩から教えていただいたことはわすれてないもんね!」
「ぼくも!」
 代わりに手を挙げたのは三治郎と虎若である。
「生物委員会の竹谷先輩は生物の世話のやり方とか、虫のつかまえ方とか、あとぼくたちの宿題もみてくれたりしま~す」
「それに、なにか質問したり相談したら、いっしょうけんめい教えてくれるし!」
「竹谷先輩はぼくたち一年生にあまいから…ね!」
「ね!」
 三治郎と虎若が顔を見合わせてにっこりする。
「いいよな…タダで宿題おしえてくれるなんてさ…」
 きり丸が口をとがらせる。

「でもさ、生物委員会は三年生の孫兵先輩がいろいろ毒虫をかっててたいへんだよね~」
 文机に頬杖をついた乱太郎が言う。
「そうなんだよね。だからなかなか生物委員会の活動にこれなくてさ」
 三治郎が肩をすくめる。「ていうか、むしろ孫兵先輩のかってる毒虫がかってにお散歩にいっちゃったりしてね」
「それ、フツー逃げちゃったっていうんだろうが」
 きり丸がぶすっと突っ込む。
「たしかにね」
 虎若も否定しない。「みんなでつかまえるのがたいへんで、委員会の仕事ができなかったりとかあるもんね」
「へえ、たいへんだね」
 たいして大変でもなさそうに喜三太が言う。「用具委員会三年生の富松先輩は、食満先輩がいそがしいときなんかは、代わりにいろいろおしえてくれるよ」
「四年生の浜先輩はまだ用具委員会にはいったばっかりだから、やっぱり富松先輩にきいちゃったりとか、あるよね」
 しんべヱが頷く。 
「それなら火薬委員会も、四年生のタカ丸さんはまだ忍術のこともほとんど知らないから、久々知先輩がいっしょうけんめいやってるよ。二年生の三郎次先輩は、おしえてくれることもあるけど人のことからかってくることのほうが多いけど」
 手を挙げた伊助が説明する。
「あ、でも保健委員会でも、三年生の数馬先輩や二年生の左近先輩がいろいろおしえてくださることもあるよ」
 乱太郎が気がついたように手を打つ。
「でも、三年生や二年生の先輩が、病気やケガのなおしかたをおしえてくれるの?」
 興味を引かれたらしい庄左ヱ門が訊く。
「まあ、新野先生や伊作先輩ほどじゃないけど、でも、薬の名まえとかききめとか、いまさら伊作先輩にききにくいこととかは数馬先輩たちのほうがききやすいかなって」
 頭を掻きながら乱太郎が応える。
「そういや図書委員会も、委員長に教えてもらうよりは五年生の雷蔵先輩とか二年生の久作先輩とかにおしえてもらうことのほうが多いよな」
 きり丸が言う。「ま、図書委員会のばあい、中在家委員長はあんまりしゃべるタイプじゃないからかもしれないけどな」
「たしかにそれはそうかも」
 考え深げに顎に手を当てた庄左ヱ門が言う。「ほかに、委員長いがいの先輩から指導してもらうことがあるひとはいますか?」
「は~い」
 兵太夫が手を挙げる。「作法委員会では、四年生の綾部先輩は穴掘ってばっかだけど、三年生の浦風先輩はいろいろ教えてくれま~す」
「いろいろって?」
 きり丸が訊く。
「そりゃまあ、いくさの作法で立花先輩に教えてもらったはずだけどちょっと忘れちゃった時とか、宿題でわからないところとか…」
「兵太夫もかよ。いいよな、タダで宿題おしえてくれる先輩がいるなんて」
 頬杖をついたきり丸がぼやく。
「てか、雷蔵先輩や久作先輩はおしえてくれないの?」
 乱太郎が首をかしげる。
「久作先輩はあれでけっこうシビアだから、『宿題くらい自分でやれ!』って言われちゃうし、雷蔵先輩は教えるべきかどうかで考え込んじゃうしでさ…」
 大仰にため息をつく。
「でも宿題は自分の力でやろうね」
 庄左ヱ門がにこやかに指摘する。
「またまたあ。庄ちゃんたら冷静なんだから」
 きり丸がぼそっと言う。
「きり丸、なにか言った?」
 笑顔を貼りつけたまま庄左ヱ門がきり丸に向き直る。
「てかさ、ひとつ忘れてる委員会があるんじゃねえかっておもうんだけど」
 至って冷静にきり丸が返す。
「そうだよね。そういえば庄左ヱ門の学級委員長委員会はどうなの?」
 乱太郎が口を開く。
「え? …ていうより、今日の土井先生からの宿題は算術のドリルだからね。忘れちゃだめだよ」
 手を後ろに組んだ庄左ヱ門が作り笑いで視線を泳がせる。
「てか、眼と話をそらすんじゃねーよ」
「そうだよ、庄左ヱ門。みんな発表したんだから、庄左ヱ門も発表しないと」
 きり丸と乱太郎がすかさず突っ込む。
「わ、分かったよ…わかったから」
 観念したように庄左ヱ門は皆に向き直る。
「で、学級委員長委員会はどうなの? 先輩からなにかおしえてくれたりするの?」
 興味津々のまなざしが庄左ヱ門に集まる。
「それがさ…別に何もないんだ」
 あっさりと肩をすくめた庄左ヱ門の台詞に皆が脱力する。
「なにそれ?」
「どーいうこと?」
「どういうことって言われても…」
 小さくため息をついた庄左ヱ門が説明する。「学級委員長は決まった仕事がないから、クラスによってやり方は違うんだよって先輩はおっしゃるし、あとは学級委員長で集まってもやることがないから、みんなでお茶飲みながらおしゃべりしてるだけだし…」
「そんだけ?」
 信じられないといった態で兵太夫が訊く。
「うん。そんだけ。尾浜先輩は親切だけど、まだ学級委員長委員会にきたばっかりだし、鉢屋先輩はだれかれかまわず『私の』なんていっちゃったりして、正直うっとうしいとおもうこともあるし…」
 庄左ヱ門から放たれる思いがけない台詞に、皆が「「へ~え」」としか言えずにいる。
「だからさ。学級委員長委員会は聞くだけムダってこと。じゃ、これですべての委員会での指導についての議論がおわりました。今日の授業はこれで終わりで~す!」
「やった、おわった!」
「遊びにいこうぜ!」
「サッカーやろ。サッカー!」
 それまでの討論など忘れたように、皆が一斉に立ち上がって教室から駆け出す。



「さて、授業の前半は終了だ。お前たち、入ってきなさい」
 半助が朗らかに声を上げると、教室の天井板がいくつも外れて、五・六年生たちが次々と降り立ってきた。

最後に、五・六年生たちと天井にひそんでいた伝蔵が姿を現した。
「学園長先生のご指示で、ふだんの委員会での指導状況について一年生たちのナマの声を聴いてもらったわけだが、どう思った?」

「団蔵のヤツ…俺の指導の意味をまったく分かっておらん!」
 団蔵が話している最中から天井板を蹴破って頭に拳骨を食らわせたい衝動を辛うじて堪えていた文次郎がわなわなと拳を震わせる。
「なぜそう言ったと思う、文次郎」
 腕を組んで伝蔵が訊く。
「それは…団蔵が私の話を聞いていなかったからなのでは」
「団蔵ひとりのことならそうかも知れん。だが、団蔵は『みんな』と言っていたぞ」
「ということは…みんな話を聞いていなかったということなんですか!?」
 噛みつかんばかりに文次郎が訊く。
「いや。違う」
 伝蔵が頭を振る。「それは、文次郎の説明が足りないせいではないかな」
「説明が、足りない?」
 考えたこともなかったことを指摘された文次郎がきょとんとする。
「分からなかったか? 後輩たちは、お前がなぜ委員会活動で鍛錬に持ち込むのか理解していない。ただ、お前が怖いからしぶしぶ従っているだけだ。お前が鍛錬が必要だと考えているなら、その理由をきっちり説明しなければならない。今は後輩たちはお前を慕っているからついて来ているが、一度信頼関係が失われたとき、お前について来るものはいなくなる。それは社会に出て、大なり小なりグループの長となったときも同じだ」
「…俺…私の指導は、そこまで至らなかったということなのでしょうか」
 いまや悄然とした文次郎がうめくように言う。
「言わなくても分かるだろうという思い込みは危険だ。自分が思っている以上に相手は自分を理解していないと思った方がいい。これは敵情偵察の心得と同じだぞ」
 こほん、と伝蔵が咳払いをする。
「人によって見え方や理解度は千差万別だ。敵が自分と同じように物を見て作戦を考えると思ったら大間違いなことはすでに学んでいるはずだ。同じことは後輩や周囲の人ととの接しかたでもいえる。そのことをもっと理解すべきなのがもう一人いる…小平太だ」
「え、私ですか」
 意外そうに小平太が眼をぱちくりする。
「そうだ」
 腕組みをした伝蔵が指摘する。
「どういうことですか?」
「わからんか」
 腕組みをしたまま伝蔵がため息をつく。「もう少し後輩たちの様子を観察することが必要だな」
「そうなんでしょうか」
「まずお前は後輩たちの体力にもっと注意を払うべきだ。後輩たちが自分と同じことができるわけがない。体

力も体格も劣るうえに、お前の規格外の体力は誰もついていけないと思った方がいい」
「分かりました」
 いやに物わかりのいい小平太に、疑わしそうな視線を向けながらも伝蔵は言う。
「分かったならいい…次に伊作だが」
「はい…僕ですか?」
 弾かれたような表情で伊作が返事をする。
「伊作は別の意味で説明不足が目立つな」
「でも、薬の処方も診察も一年生の乱太郎たちにはまだ難しすぎると思うので…」
「伊作は、自分が後輩たちからどう見られているか考えたことがあるか」
「はあ」
 当惑したように眼をぱちくりした伊作だったが、やがて俯いて「あまりよく分かりません…」と呟く。
「伊作は投薬も診療も新野先生から信頼されているほど能力がある。それは、後輩たちから見るとどうしようもなく遠く見えるはずだ。だが、伊作も一気にそこまでできるようになったわけではない。どのようなステップを踏んでいろいろな知識を得たか、後輩たちに教えてやることも必要なのではないか」
「それは…そうかもしれませんが」
 まだ三年生と二年生の後輩たちに何をどうやって教えられるのか、それは新野と何度も相談し、結論を出せなかった問題だった。今になって指摘されてもどうにかできるとは思えなかった。
「私が…どのように学んできたか、ということですか…」
「そうだ」
 伝蔵が頷く。「保健委員会は、ちょっとしたケガや風邪の治療と身体測定だけでも勤まるといえば勤まる。だが、その気になればお前のように医療や投薬について深い知識と幅広い技能を追求することもできる。他の委員会と違うところは、そこだ」
「でも、私は知識も技術もまだまだです」
「お前がそうやってより高みを目指すのはいいことだ。だが、その一方でお前は後輩たちにもついてこれるような道筋を見せてやらねばならん。今は後輩たちはお前のように誰に対しても無私の心で治療できるようになるために学ぼうとしている。だがお前が道筋を見せてやらないと、いずれ後輩たちは学ぶことを諦めてしまうおそれがある。そのことは常に考えておくように。いいな」
「…はい」
 難しい宿題を負った伊作が俯いたまま答える。
「次に長次だが」
(…はい。)
 すでに指摘は予期していたようにもそりと長次が応える。
「常に言葉で指導することが正しいとは限らない。時に行動で示す方が効果的な場合もある。だが、きり丸の言い分を聞いてる限り、お前は自分が考えていることをきちんと伝えているとはいえんな」
(はい。)
「だが、お前も分かっているだろうが、忍の仕事に単独行動はほとんどない。たいていの仕事ではチームワークが求められる。その中で、互いの考えを理解することがどれだけ大事か、それが作戦の成否にかかると言っても過言ではない…さて、仙蔵、留三郎。お前たちだが」
 名前を呼ばれた2人の表情に緊張が走る。
「…お前たちは委員会の仕事についてはおおむねきちんと指導しているようだ。だが、なぜその仕事をやらなければならないかについてはきちんと説明できていないようだな」
「そうでしょうか」
 いかにも心外そうに仙蔵が疑問を差し挟む。「必要な指導は日々しているつもりですが」
「兵太夫は作法の技法については認識しているようだが、それが何のためかを理解しているようには私には思えなかったぞ」
 伝蔵が厳しい顔で指摘する。「それが何のためかということを理解しない限り、どんな高度な知識も上っ面のものに過ぎない。たとえば用具委員会だが」
 唐突に名前を挙げられて留三郎がはっとした顔を上げる。
「なにか足りないところがありましたでしょうか…?」
「用具委員会では、いろいろな物の修補の技術についてはしっかり教え込んでいるようだな。それが覚えられているかは別なようだが」
 伝蔵の言葉に皆が笑い声を上げる。「だが、何のためにそうした修補の技術が必要なのか、留三郎はきっちり後輩たちに教えたことがあるか?」
「どういう…ことでしょうか」
「分からんか?」
 腕を組んだ伝蔵がため息をつく。「忍としての任務をきっちりと果たすためだ」
「…はあ」
 あまりにありきたりな答えに却って当惑を感じながら留三郎が口を開く。
「任務に出るときに、いつ切れるか分からないような縄梯子や湿気て火が消えてしまうような打竹を持って行くようなことはしないだろう。そのために、必要な道具を常に手入れしていつでも使えるようにしておくことが必要だ。つまり、道具の手入れは任務の成功という目的のための手段なのだ。だが、手段ばかりを指導していては本来の目的を見失う危険が高いということだ」
 真剣な顔で聞き入る留三郎たちに眼をやりながら伝蔵は語る。
「さらに言えば、任務について共通認識ができているかどうかは、任務を成し遂げるうえできわめて重大な差を生むのだ。このことはとても重要だからよく考えるように…さて、次に五年生たちだが」
「「はい」」
 兵助たちが居ずまいを正す。
「お前たちはまだ最上級生ではないながらも、それぞれ委員会を背負っている立場で、指導力などの面で苦労していることと思う。だが、それゆえに後輩たちとの距離の取り方に自信がないようだな…兵助」
「は、はい」
 呼びかけられた兵助が慌てて返事をする。
「確かにお前が所属する火薬委員会は表立っての仕事は少ない。だが、お前たちが管理する火薬や硝石がどれほど値段が張るか、つまりどれだけ貴重なものかを認識させる必要がある。そうであれば、在庫の確認がどれほど重要か、たとえ戦であっても火器を徒や疎かに使うべきものではないということも分かるだろう…それか

ら八左ヱ門」
「俺…僕もですか?」
 後輩たちからの絶大な信頼を自覚している八左ヱ門が意外そうに眼を見開く。
「お前は後輩たちとの関係はいいようだが、信頼関係と甘やかしは別だということに気づく必要がある。三治郎が『後輩に甘いところがある』と言っておったが、後輩にそこまで見透かされているようでははっきり言ってまだまだだ。後輩たちとの間合いの取り方をもう少し考えるように。最後に三郎と勘右衛門だが」
「はい」
「なんでしょうか」
「後輩の声を聞いて、当然ながら思うところがあっただろうな」
 ぎろりと伝蔵の視線が向けられて、あわわ…と勘右衛門が口を開く。
「は、はい…その、もうちょっと学級委員長委員会でもきちんとした指導を…」
「でも、指導すべきものがない以上、ムリにこしらえるのは却って不自然だと思いますが」
 半目になった三郎が遮る。
「お、おま、三郎! 山田先生になんちゅーことを言うんだよ!」
 青くなった勘右衛門が口をはさむが、三郎は不敵な笑みを伝蔵に向けたままである。
「本気でそう思ってるのか?」
 伝蔵の鋭い視線と三郎の挑戦的な視線が交錯する。 
「もちろんです」
「ならば庄左ヱ門が何と言っていたか、憶えておるか」
「学年によって教えることが違うのは、学級委員長委員会も同じことです」
 落ち着き払った三郎が言う。「一年生にはまだ早いから教えていないだけです。学級委員長の奥義は」
「おおかた『兵を形にするの極(きわみ)は無形に至る』とでも言うのではないか」
 つまり学級委員長の仕事にパターンはないとでも言うのだろう、と付け加えた伝蔵が肩をすくめる。
「おや」
 内心の動揺を隠すように三郎は軽く眉を上げる。「よく御存じで」
「何年教師をやっていると思っておる」
 むすりとしたまま伝蔵は言う。「十年だ…お前たちが何を思っているかなど、お見通しだ」
「まあつまり、学級委員長委員会ももう少し指導的観点をもって後輩たちに接した方がいいということだ…ところで」
 とりなすように半助が言う。「だいぶ厳しいことを言ったが、お前たちの委員会運営にはほめるべきところもある。わかるか?」
「…」
 むすりと腕を組んで黙り込む文次郎も、探るような上目遣いで見上げる勘右衛門も無言のままである。
「お前たちは、もう少し自分の強みも知ったほうがいいようだな…お前たちの後輩は、ずいぶんしっかりしているようだが」
「後輩たち…ですか?」
 意外そうに伊作が声を上げる。
「ああそうだ。委員会を支えているのはお前たちだけではない。三年生や四年生たちは、よく後輩たちを指導しているようだな。お前たちの足りないところを彼らが補っているのはどうしてだと思う?」
「それは…彼らが一生懸命委員会活動に取り組んでいるからだと思います」
 ためらいがちに兵助が言う。
「その通りだ、兵助」
 半助が微笑む。「だが、その理由を考えたことはあるか?」
「理由、ですか?」
 八左ヱ門が眼を瞬かせる。
「そうだ。それはな、彼らもお前たちの背中をしっかり見ているからだ。お前たちはたしかに後輩たちに対して説明が足りないが、必死で委員会の目的を果たそうとしてきた。その姿は伝わっているということだ」
 居並ぶ六年生と五年生たちの顔を見渡しながら半助は続ける。「だが、全てが伝わっているわけではないことは山田先生が指摘された通りだ。何を伝えていないのか、何を伝えなければならないのか、この機会に話し合うといい。では、今日の授業はここまで」
「「ありがとうございました」」




「さて、話し合えということだが」
 伝蔵と半助が去った教室で声を上げたのは仙蔵である。
「なんでお前が仕切るんだよ」
 すかさず文次郎が突っ込む。
「わからんのか」
 頬にかかったストレートヘアを払いながら仙蔵は呆れたような視線を向ける。「話し合えということはつまり話し合った結果を報告しろということだ…長次、記録をとってくれないか」
(…。)
 むすりと長次が頷く。
「だが、俺たちが伝えていないことは、山田先生が指摘されてただろ」
 留三郎が口を開く。「作業のやり方は教えても、その目的を教えていないってさ」
「確かにそれもあるだろう」
 腕を組んだ仙蔵が頷く。「だが、土井先生が話し合えと仰るからには別のものもあるということだ」
「とにかく意見を言ってるうちになにか見つかるだろ…おい、五年生、なにかあるか?」
 小平太があっけらかんと五年生たちに話を振る。
「え、ええ? 僕たちですか…?」
 うろたえた声を上げた雷蔵が仲間たちを見廻す。
「といわれても…」
 勘右衛門が顎に手を当てて考え込む。「俺たちだって先輩方からそんなにはっきり教えてもらったわけでもないしな…」
「でも、先輩たちがなにを言わんとしているか、必死に考えた」
 つられて顎に手を当てた兵助が考え深げに言う。「委員会活動は何のためにあるのかとか、委員会活動ごとの張り合いにどこまで付き合うべきかとか」
「おい、兵助! 委員会対抗戦がムダだというのか!?」
 留三郎が反応する。
「す、すいません…」
 慌てる兵助を横目に、「そうか…」と仙蔵がひとりごちる。
(…?)
 もの問いたげな視線を長次が向ける。
「いや、たしかに我々は委員会活動の目的についてきちんと後輩たちに話してこなかったが、その先には委員会の存在意義というものがあるのかもしれない、そう思ったのだ」
「それももちろん大事だと思うけど」
 口を開いた伊作に皆の視線が集まる。「僕はどっちかというと、委員会活動に打ち込むことによって成長するってところも大事だと思うんだ」
「そういうことだ?」
 留三郎が訊く。
「だからさ、委員会活動がなかったら、僕たちが先輩や後輩と接することなんてすごく少ないんじゃないかって思うんだ。委員会で先輩たちとお話して、僕は先輩たちがどんなことを考えているのか、僕たちが先輩になったら何をしないといけないのかを知ったし、後輩たちに接して後輩たちをどうまとめて行かないといけないかを学んだ、そんな気がするんだ」
「なるほどな。つまり委員会の存在意義には、学年をまたいだ人間関係を作るということもあるということか」
 考え深そうに仙蔵が頷く。
「そうすれば、上級生になるほどリーダーシップも発揮せざるを得ないしね」
 にっこりした伊作が続けると、小平太が「伊作のばあいは不運のリーダーシップもあるから大変だよな」と茶々を入れる。
「そんなあ…」
 困ったように頭を掻く伊作に笑い声が上がる。
(だから私たち上級生は委員会でもっと後輩たちに指導や説明が必要だ、という結論でいいか、仙蔵。)
 黙って筆を動かしていた長次が顔を上げてもそりと言う。
「そうだな…つまり、後輩たちは我々の鏡ということなんだな…」
 誰にともなく仙蔵は言う。「だから、一年は組からも学びうるということか…」



<FIN>



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