Belle Époque

 

ベル・エポックとは、一般的には19世紀末から第一次大戦までのパリを中心としたフランスの絶頂時代を指す言葉ですが、ここでは元気いっぱいの五年生たちに充てたいと思います。五年生という学年は、これまで学んできた忍術をほぼマスターして、かつ卒業後のプロ忍者という道もまだあまり実感を持って受け止めるに至らない最も楽しい学年と思われるからです。

しかし、実際のベル・エポックが周辺地域に拡散された戦争の影を感じざるを得なかったように、五年生の少年たちも現実を否応なく見せつけられる、そしてそのあとに訪れるであろうものを受け入れざるを得ない、そんな諦念も奥底に持ち続ける、そんな時代だったのかもしれません。

 

 

「ほう。校外演習を自主企画したと?」
 放課後の教師長屋を訪ねてきた兵助と勘右衛門に、担任の鉄丸がぎょろりと眼をむく。
「はい。ぜひご許可を」
 兵助が澄まして応える。
「だが、通常、自主企画による校外演習を認めるのは六年生だけだというのは分かっておるだろうな」
「はい。もちろん六年生の演習は高度で期間も長いですから僕たちの実力ではできないことは分かっています。でも、今回の演習計画はご覧いただければ分かるようにそこまで高度な内容ではありません。ただ、簡単にできる内容でもありません。こうした経験を積むことによって、六年生になった時の演習がより高い効果を生むのではないかと思っています。そんな経験がいまの僕たちには必要なのです」
 これ以上もなく爽やかに勘右衛門が説明する。
「だからその分を単位として認めろというつもりか」
 露骨に胡散臭げな眼で鉄丸は二人をねめつける。
「はい。ぜひよろしくお願いします」
 神妙に兵助が頭を下げるのに続いて勘右衛門もぺこりとする。

 

 

「やった、認められたぞ!」
「よし! やったな!」
 数刻後、五年生の長屋に弾んだ声が響いた。
「で、いつから行けるって?」
 雷蔵が身を乗り出す。
「明日は試験だから明後日からにしろってさ」
 勘右衛門が応える。
「おっし! 楽しみだな」
 腕まくりした八左ヱ門が白い歯を見せる。
「私と兵助に感謝しろよな」
 三郎がニヤリとする。
 本来六年生のカリキュラムである校外の自主企画演習をやろうと言い出したのは三郎だった。学園内にこもってばかりの授業に飽きてきた三郎が、六年生をまねた演習を企画しないかと兵助に持ち掛けたのだ。そしてたちまち五年生合同の演習企画案を作り上げて鉄丸のもとに持ち込むにいたった。困惑した鉄丸が学園長の大川のもとに相談に訪れたのだが、ヘムヘムとの碁に夢中になっていた大川は企画書もろくに読まずに認めたのだった。

 

 

「とはいっても、最初くらいは一応、計画通りにやらないとな」
 平服に着替えて街に向かって歩きながら、三郎は殊勝なことを言う。背後に教師たちの気配があることは、皆が気付いていた。
「最初だけかよ」
 頭の後ろで腕を組んだ八左ヱ門が突っ込む。「あとで木下先生にどやされても知らねえぞ」
「竹谷君はとてもいいやつだけど、気が小さいのが難点だね」
 あえて取り澄ました口調でよそよそしい呼び方をする三郎だった。
「騒がしゅうございますわ」
 八左ヱ門も真似してツンとする。「そんなの気にするくらいなら初めからご一緒したりいたしませんことよ」
「ぷっ」
「ははは」
 堪えきれずに雷蔵と勘右衛門が笑い出す。
「あのさ。せめて先生が見てる間くらいはマジメっぽくやんないか」
 兵助が小さくため息をつく。
「ははは…悪ィ悪ィ。じゃ、さっそくドクタケの情勢分析に行こうぜ」
 


「意外と本気モードだな」
「ああ。いつものおふざけかと思っていたが…これは本当に戦を始める準備かもしれないな」
 事前にドクタケが秘密の砦を建てているらしいと情報を得て目星をつけていた地点に赴いた五年生は、意外な事態の展開に眼を見張った。
 それは古びているが見るからに頑丈そうな砦だった。ドクタケ忍者たちが武器や食料が運び込んでいる。いつもの八方斎の思いつきではない証拠に、基礎の石垣は補強され、壁は新しく塗りなおされていた。長期間、準備されて造られたことは明らかだった。
「ドクタケにもこーゆーことやれるやつがいるんだな…」
 勘右衛門が畏怖とも感嘆ともわからない口調で言う。
「だな…」
 ドクタケ忍者たちの動きを眼で追いながら八左ヱ門が硬い声で応える。「あれじゃ、伝火(つたえび)で吹っ飛ばすにもちょっと手がかかるな…なあ、兵助」
「ああ」
 声を掛けられた兵助も表情はこわばっている。「どっちにしても、今の俺たちの装備では対応しようがない。ここは連中の目的を探ることにとどめたほうがいいと思う」
「それがいいと思う」
 雷蔵も頷く。「そのためにも、僕たちもドクタケ忍者に変装してあの砦に潜らないと…ね、三郎」

 

 

「おおい、槍が届いたぞお! どこにしまえばいいんだあ?」
「ここに火薬樽置きっぱなしにしたのだれだ! 煙硝蔵はこっちだぞ!」
「馬用の飼葉ここに積んどいたはずなんだけど、なんでなくなってるんだ~?」
 砦は立派だったが、中で交わされている声はまさしくドクタケのものだった。
 ≪なんか混乱してるな。≫
 天井裏から様子をうかがっていた兵助が傍らの三郎に矢羽音を飛ばす。
 ≪ああ。同じ城の仕事とは思えないくらいにね。≫
 皮肉な笑みを浮かべながら三郎が応える。

 

 

「で、どうだった」
 ひとまず砦から戻った兵助たちは、近くの街のうどん屋でうどんをすすっていた。テーブルの向かいには街で情報を探っていた勘右衛門たちが座っている。
「ああ。ちょっとは分かってきたかな」
 最後の一本をすすりおわった勘右衛門が口を開く。
「というと?」
 兵助が身を乗り出す。
「あの砦、もとはドクタケに滅ぼされたアカモミタケ城の出城だったんだ。そういえばこのあたりはもともとアカモミタケの領地だったよな」
「ああ、そうだな」
 兵助たちが頷く。
「しばらく出城は使われないままだったんだけど、頑丈な建物だったから、近くのお百姓さんとか猟師さんたちが出作り小屋や倉庫に使っていたらしいんだ」
「そしたら、最近になって急にドクタケがその人たちを追い出して砦に改造しちまったらしい」
 勘右衛門に続けて八左ヱ門が街の酒屋で聞き込んだ話を説明する。「ったくひどい話だぜ」
「でも、どうして突然ドクタケは砦にしたりしたんだい?」
 三郎が訊く。
「それがさ」
 雷蔵がひときわ声を潜める。「アカモミタケの生き残りが、再起に向けて動いているらしいんだ。そのバックにはチャミダレアミタケ城がついているらしい」
「へえ」
 三郎が声を漏らす。「ちょっと意外だね」
「まあ、チャミダレアミタケにとってドクタケは敵だからね。この際叩いておこうという判断なのかもしれない」
「でも、これであれだけ立派な砦でドクタケがいつも通りダメダメなのかが分かったよ」
 砦の中の混乱を思い出しながら三郎が肩をすくめる。
「そんなにダメダメだったのかよ」
 呆れたように八左ヱ門が言う。 
「ああ。八左ヱ門の部屋みたいだったぜ」
「ドクタケと一緒にすんなよ」
 八左ヱ門が口を尖らせる。
「で、これからどうすんのさ」
 兵助が突っ込む。
「とりあえず、ドクタケが裏で変な動きをしてないか探ることと、アカモミタケの話が本当なのか確かめる必要がありそうだね」
 すまし顔の三郎が言う。

 


「で、俺たちが引き続き街でアカモミタケの動きを探るってことになったけどよ」
 うどん屋を出た八左ヱ門がぼやく。「そんなのどーやって追うんだよ。それが本当だったとしても、アカモミタケの残党だってチャミダレアミタケだって絶対の隠密行動のはずなんだから、俺たち忍たまにそう簡単に探れるもんじゃないだろ」
「そりゃそうだろうけど」
 勘右衛門がなだめる。「だからっていまから早々に諦める話でもないだろ?」
「そうだよ。少なくともアカモミタケとチャミダレアミタケの話を聞いた酒屋さんにもう一度行ってみるってのはどうだい?」
 ほんわかした笑顔の雷蔵に言われては八左ヱ門も頷かざるを得ない。
「まあ…そうだよな」

 

 

「さあいらっしゃいいらっしゃい!」
「できたての新酒だよ!」
 今日も街の酒屋の店頭では丁稚たちがさかんに客を呼び込んでいる。店の周辺の路傍では、買った酒をその場で飲んで酔いつぶれた男たちがそこここに寝そべったり地面に吐いたりしている。
 -ったく昼から酒臭いな…。
 胡乱な雰囲気の漂う男たちの間をすり抜けて、いかにも呼び込みに気を引かれたように店頭に近寄る。すかさず丁稚の一人が「いらっしゃい! どうだい、柳酒も真っ青のうまい酒だよ! さあ買った買った!」 と調子よくさえずりながら寄ってくる。
「う~ん、どーしよっか」
 いかにも酒好きそうに応じながら勘右衛門が店内をさりげなく窺う。残念ながらいいまは忍らしい者の姿はない。
 -いねえな。出直すか。
 すばやく判断して丁稚に適当なことを言い紛らわせて店から出ようとしたとき、
「おい、お前また来てるのかよ!」
 揉み手で勘右衛門の相手をしていた丁稚が尖った声を上げる。
「お願いです。ほんの少し、ほんの少しで結構なので売っていただけませんか…」
 態度を豹変させた丁稚が腕を組んでいる相手は、自分たちと同じくらいの年の少年だった。大事そうに徳利を抱えている。
「はあ? なに言ってんだよ。お前んとこにはさんざ掛け売りがかさんでんだよ。そっちの支払いが先だろうが!」
「そ、それは…その…」
 どうやら丁稚の乱暴な言いようも事実らしく、少年は口ごもる。「でも、必ずお支払いします! ですから今日だけは…」
「はあ?」  
 丁稚の声がさらに上がる。「お前そのセリフ何回目だ? 売ってほしけりゃ利子の分だけでも置いてけよな!」
 言いながら少年の肩を突き飛ばす。
「あっ!」
 よろめいた少年が声を上げる。抱えていた徳利が吹っ飛ばされる。どんなに急いで駆け寄ってももはや徳利を受け止めるのは無理だった。地面にぶつかった徳利が粉々に割れる音が聞こえる気がして少年は思わずきつく眼を閉じた。
 -…。
 だが陶器の割れる音は一向にしなかった。ためらいながら眼を開けた少年の視界に飛び込んだのは、同じくらいの年頃の少年が、自分が放ってしまった徳利を手に、丁稚に「それじゃ、この徳利に、さっき言ってた『柳酒よりうまい酒』をくれないかな」と言っている図だった。
「え、でも、その徳利は…」
 言われた丁稚も戸惑ったように徳利の持ち主と新たな買い主を見比べる。
「早くしてほしいんだけど」
 徳利を突き出した少年-勘右衛門が傲然と言い放つ。
「は、はいっ! 少々お待ちくださいませっ!」
 徳利を受け取った丁稚が慌てて店の奥へと駆け込む。

 


「本当に、本当にありがとうございました!」
 勘右衛門から酒の入った徳利を受け取った少年は、街外れで地面に額をこすりつける。
「いいから」
 その手を取った勘右衛門が少年を立ち上がらせる。「でも、どうしてそこまでしてお酒が欲しかったんだい?」
「父が…」
 とっさに顔を伏せた少年が呟く。「父がお求めになっているのです。天下国家を論じるためには酒は不可欠だと。いろいろなお客様と酌み交わしてこそ、大事なことは語り合えるのだと仰るのです」
「てことは、君のお父上は牢人ってわけだ。アカモミタケの」
 あっさりと言い放たれた勘右衛門の台詞に少年の表情が固まる。ややあって警戒をあらわにした視線を向ける。
「あなたたちは…何者なのですか」
「別に…ちょっと昔のことを知ってるだけさ」
 しれっとごまかす術にかけては勘右衛門にかなう者はいない、と八左ヱ門と雷蔵が感嘆している間にいつの間にか少年の肩に腕を回した勘右衛門は続ける。「まあ、せっかく会ったのもなにかの縁だ。君の名前はなんていうんだい」
「はい、俺…いや、僕は小太郎といいます」
「小太郎か。俺は勘右衛門だ。よろしくな」
「は、はい…」

 

 

「僕の父は…今はなきアカモミタケ城に仕えていました。といっても、まだ父がごく若いうちにお城はドクタケに滅ぼされてしまったのですが」
 街外れの大木の下に腰を下ろした勘右衛門たちだった。徳利を抱えた小太郎が訥々と語り始める。
「それで、お城の再興のために動いていらっしゃるんだね」
 いかにも同情した表情の雷蔵が深く頷く。
「そうなんです。そのための父の苦労を僕はずっと見てきました…」
「なるほどね。で、ドクタケに反旗を…う!」
 性急に先を促そうとする勘右衛門に肘鉄を食らわせた雷蔵がにっこりしながら訊く。
「すごくご苦労されたんだね。それでうまくいったのかい?」
「はい…」
 言いながらも小太郎は顔を伏せる。「準備は整っているようです。父の話では、助けてくれるお城もいるそうです。だから、あとは行動を起こすだけ、ということになっていたのですが、どうやらドクタケに勘付かれたらしくて、急に昔の出城を砦に仕立てて武器を運び込み始めたのです…」
「そんなことになってしまったんだ」
 慈悲すら感じさせる同情を込めて雷蔵はひときわ大きく頷くと続ける。「それで、お父上たちはどうしているんだい?」
「いまはドクタケの様子を探っているところです。でも、近いうちに作戦を始めると仰っています。その時は、僕も共に行くつもりです…」
「なあ…」
 先ほどから小太郎の表情に浮かぶ屈託に気付いていた八左ヱ門が口を開く。「君はそれでいいのかよ」
「え?」
 弾かれたような表情で小太郎が顔を上げる。だが、まっすぐ見つめる八左ヱ門の視線にぶつかってすぐにその眼をそらす。
「本当は行きたくないんじゃないか」
 構わず八左ヱ門は問い重ねる。
「僕は…」
 しばし唇を閉ざしていた小太郎が苦しげに声を漏らす。「僕は…死にたくない」
「…そっか」
 強い視線を向けたまま八左ヱ門は小さく頷く。
「たしかに僕は、元服のときにアカモミタケの再興を誓いました。でも…」
「なあ小太郎、お前、いくつだ?」
「十四です」
「あ、俺たちと同じだ」
 うれしそうに表情を輝かせた八左ヱ門が身を乗り出す。
「ほんとうですか?」
 意外そうに小太郎が眼を見開く。
「ああ。どうしてさ」
「だって…あの酒屋さんとお話をされてる時も堂々とされてましたし…」
「ああ、あれか」
 八左ヱ門は苦笑する。「まあ、商売人なら、客が子供でも態度はあんなもんさ。それよか」
 不意にまじめな表情になる。「大丈夫かよ」
「え…はい」
 戸惑ったように頷いたまま小太郎はふたたび顔を伏せる。
「なあ、ひょっとして、好きな人がいるんじゃねえのか?」
 八左ヱ門の問いは図星だったらしい。たちまち小太郎は耳まで真っ赤になる。
「えっと…その…はい…」
「別に恥ずかしがることなんてねえだろ」
 その肩を力強く叩きながら八左ヱ門が言う。「俺たちの年頃なら、そんなの当たり前なんだからさ」
「そ、そうでしょうか」
 ためらいがちに小太郎は口を開く。「でも、僕には義務もあるのです…」
「俺たち十四だろ?」
 強い口調で八左ヱ門は遮る。「まだまだ人生これからじゃねえか。それにその子にはもう告ったんだろ? だったらなおさら生きて生きて、生き抜くのが当たり前じゃねえのかよ!」
「でも、ドクタケに反乱を起こしたときには、僕は切り込み隊として真っ先に突撃することになっています」
 苦しげに小太郎は告白する。「大儀のために死ぬことは武士の誉れだと父は言います。それは間違いなのですか?」
「もちろん間違いなんかじゃないさ」
 その肩に置いた手に力がこもる。「だけど、生き残らなきゃ忠義は尽くせないだろ?」
 はっとしたように小太郎が顔を上げる。
「生き残る…?」  
「そうだよ、生き残るんだよ!」
 言い切る八左ヱ門だった。「その子を幸せにしてやるんだろ? アカモミタケに忠義を尽くすんだろ? だったら死んじまったらどうしようもねえじゃねえか! だから生き残るんだよ! なんなら俺たちが協力してやるよ! 決行日はいつなんだよ」
「明日の丑三つ…」
 八左エ門の勢いに呑まれたように小太郎が口走る。
「よしわかった!」
 力強く八左ヱ門が胸を叩く。「俺たちも加勢するぜ!」

 

 

「勢い任せになんつー約束しちゃったんだか…」
 呆れた口調で三郎が肩をすくめる。
「すまん…なんか他人事と思えなくてさ」
 しきりに頭を下げる八左ヱ門だった。ドクタケの出城に潜ろうとしていた兵助と三郎が呼び戻されて緊急の作戦会議が町から離れた出作り小屋で開かれていた。
「でも、とにかくアカモミタケの残党が本当に蜂起することが分かった上に、その日時まで分かったってのはすごいことだと思うけど」
 考え深げに兵助が言う。
「すごすぎるやら急すぎるやら…」
 三郎が再び肩をすくめた時、「俺だ」と言いながら勘右衛門が小屋に入ってきた。
「どうだった」
 雷蔵が訊く。
「どうやら蜂起するのはホントらしいな」
 小太郎を追尾してアジトを探ってきた勘右衛門だった。「たしかにそこそこの数の武器を用意してるようだし、どこの城か分からないけど忍者がアジトの周辺をかなり厳重に警備していた。少なくともどっかの城がバックについてるのは間違いない」
 だから詳しいことは探れなかったけど、とため息をつく。
「決行日が明日の丑三つって、学園に報告に行ってる時間もないってことだね…」
 途方に暮れたように雷蔵が薄暗い天井を仰ぐ。
「…だからさ、俺たちでやらないか」
 押し殺した声で八左ヱ門がぐっとこぶしを握る。そしてくっと顔を上げると皆の顔を見渡す。「俺たちでできることを、やろうぜ! な!」
「やるって言ってもな…」
 当惑したように三郎が頭をがしがしと掻く。「アカモミタケの方にはどっかの城がついてんだろ? それじゃ加勢しようもないよ…」
「てことは、ドクタケの砦を叩くしかないな」
 懐から取り出した焙烙火矢を放り上げた兵助がいたずらっぽく笑ってキャッチする。「たぶんアカモミタケが明日蜂起するのは、ドクタケの態勢が整う前に叩くためだと思う。砦の中はぐちゃぐちゃだったからな」
「それは正しいと思うけど、あの砦そのものはなかなか頑丈にできてるぜ? そんなにうまくダメージを与えられるとも思えないけど」
 三郎が半眼になって指摘する。
「だからこそってこともあるもんさ」
 涼しげに言うと兵助は紙片を広げる。「たしかにあの砦は堅固だ。だからこそ中でダメージが発生した時には衝撃が内に籠って被害は壊滅的になる…それに、火縄や火薬類はこの部屋に集まっていた」
 兵助の指が図面の一角を指す。
「へえ」
 勘右衛門が身を乗り出す。「とすると、ここに一撃、ついでにこっちの武器庫にも火をかければあの砦は…」
「側だけ残って中は壊滅ってことだろうな」
 三郎が引き取る。「それなら、アイツも死なずに済むってことか」
「少なくともドクタケから迎撃能力を奪う。あとはアイツの運次第だな」
「じゃ、そーゆーことで」
 八左ヱ門がニヤリとする。こういう話に乗らない仲間たちではないと信じていたから。「いっちょハデにやろうぜ!」

 


「あ~あ…眠てぇ」
「おい、歩きながら寝るな」 
 松明を掲げながら砦の周囲を巡回するのは雨鬼と霰鬼である。
「でもさ、なんでいきなりこんな砦の再利用を命じられたりしたんだろうな…八方斎さまは」
 ぶつくさ言いながらおざなりに周囲に眼をやる雨鬼である。
「アカモミタケの残党がどうとか仰ってたけどさ…」
 霰鬼が気のない返事をする。「ホントにそんな計画あるのかな」
「アカモミタケが滅びたのなんてずいぶん前のことだろ?」
 あくびをかみ殺しながら雨鬼が言う。「残党どもだってバラバラだろうにな。そもそもアカモミタケの殿さまに世継ぎがいなかったことが、俺たちドクタケが介入した理由なんだろ?」
「へえ、そうだったんだ」
 いかにも興味がなさそうに霰鬼は聞き流す。「だったらなおさら…ふわぁぁぁあ」
 最後は大あくびをしながら気だるそうに足を引きずって立ち去る。
「…」
 その様子を少し離れた木立の中から鋭い視線で見ている一群の男たちがいた。アカモミタケの蜂起軍の一隊だった。
(もうすぐ丑三つだ。合図とともに突撃する。かねてからの打ち合わせ通り、逆茂木や堀の普請が終わってないところを突っ切って砦に突入する。よいな!)
 突撃隊を率いる浪人が声を潜めて指示する。黙って頷く刀や槍を構えた一隊は、小太郎をはじめまだ元服したての少年がほとんどである。皆、緊張で武者震いが止まらない。
(よし、突撃準備! 三! 二…!)
 浪人の指令とともに少年たちが鬨の声を上げて突撃しようとした瞬間、まばゆい閃光が砦の窓という窓から放たれるとともに、すさまじい轟音とともに爆風が噴き出した。
「伏せろ!」
 動転して思わず声を上げる浪人に、少年たちが慌てて身を伏せる。その頭上を爆風とともにいろいろなものがうなりを上げて飛び散る。
「な、なにが起こったんだ…?」
 浪人が狼狽したように呟く。だが、それに従って伏せている小太郎はその理由を把握していた。
 -すげえ…やるって言ってたけどここまでやるなんて、アイツら同い年とは思えない…。
 そして思う。
 -でも、それで俺も命拾いできたんだ…だったら、あの八左ヱ門ってヤツの言う通り、ぜったい幸せになってやる…!

 


「ははははは!」
「うまくいきすぎなくらいだな!」
 その頃、巨大な火柱と化した砦を見ながら笑い転げる五年生たちがいた。頑丈な造りの砦は想定通り爆発のエネルギーを内部に反射してそのダメージを強めていた。そして、内部に籠った熱エネルギーは砦の可燃部すべてに炎を行き渡らせ、巨大な炎となって砦を内外から包み込んでいた。そうなると頑丈な柱で支えられていた石や塗壁も持ちこたえられなかった。紅蓮の炎の中で台座の石垣は支えを失って崩れ、分厚い塗壁も炎の巻き起こす風圧で或いは崩れ、あるいは炎の熱そのもので溶解していった。
「これで当分ドクタケもアカモミタケに手出しはできないだろうな」
「ざまあみろってんだ!」
 上気した口調で言いかわしながら砦の崩壊を見ていた五年生たちだったが、ふと我に返ったらしい。
「じゃ、行こうか」
 誰にともなく言う兵助に皆が小さく頷く。
「だな」
「じゃ、次行こうぜ」

 


「あの…あの、待ってください!」
 夜が明けてきた。縹色のグラデーションの空を数羽の鳥が黒い影となって横切る。尾根から上り始めた陽が谷間の街に届き始める。そんな景色が眼下に広がる峠道を歩いていた兵助たちに、小太郎が息を切らして追いすがってきた。
「おう、無事だったんだな。よかったな」
 八左ヱ門が笑いかける。
「は、はい…」
 立ち止まった小太郎が肩で息をしながら言葉を切る。そしてようやく息がおさまったらしく顔を上げる。
「今度のことはどうお礼を言えばいいか…本当にありがとうございます!」
「いいってことさ」
「ま、あれで拠点をつぶしたから、当分ドクタケも手を出してくることはないだろうさ」
 八左ヱ門と勘右衛門が言う。
「はい…それで、父がどうしてもお礼をしたいと申しておりまして…」
「お礼なんていいよ」
 雷蔵が微笑む。「僕たちが勝手に加勢しただけなんだから」
「そうおっしゃらずぜひ!」
 小太郎が腰を直角に曲げて頭を下げる。「皆様をお連れするようきつく言われております…でないと、僕が叱られてしまいます…」
「どうする?」
 当惑したように雷蔵が皆の顔を見渡す。
「ま、いいか」
 三郎が言う。「それで君の面目が立つならね」
「ありがとうございますっ!」
 ふたたび小太郎が最敬礼する。そしてようやくほっとしたように笑顔を浮かべると、「ではご案内します」といま来た道を戻っていく。

 


「どうぞ。こちらです」
 街に戻ってきた一行が足を止めたのは、街でもひときわ立派な門構えの料理屋だった。
 -マジかよ…。
 -こんなとこに入んの、初めてだ…。
 気後れしながらも、小太郎に続いて門をくぐる。
 -ひょっとして、こーゆーところに入り浸ってるからアイツが酒屋に頭を下げて前借するハメになったんじゃねえか…?
 皆に続いて庭石や手入れされた松の大木が配置された重厚な雰囲気の庭を歩きながら、八左ヱ門はふと反感をおぼえていた。
 -だいたい、ドクタケをやっつけたからって金が入るわけでもないのに、こんな金かかりそうなところに俺たちを呼ぶなんて何考えてんだよ。そんな金があるならアイツを幸せにしてやれよ…。
 お家再興の大儀があるにせよ、息子を好いた娘と娶せるどころかあんなに惨めな目にあわせている父親とはどんな男なのだろうか。
 そう思っている間に小太郎は花鳥が描かれた大仰な衝立のある玄関を通って中へと進んでいく。
「こちらです」
 とある部屋の前で片膝をついて控えると「いらっしゃいました」と声をかけてから襖をさっと引く。
「よく参られた」
 中は広々とした座敷だった。そこに数人の男たちがいた。
「私は中里久安と申します。息子の小太郎がたいへん世話になりました」
 口を開いた男は、牢人というよりどこかの城の軍師か祐筆のような風情を漂わせていた。
「い、いえ、こちらこそ…」
 城勤めの大物に面会でもしているような気がして慌ててかしこまる八左ヱ門たちだった。
「君たちには礼の言葉もない。ドクタケの出城は当分使い物にならないだろう。まだずいぶん若いように見受けられるが、どうやってあそこまでダメージを与えることができたのか教えてもらいたいものだ」
 -あれ?
 その台詞にふと疑問を抱く八左ヱ門だった。
 -小太郎のやつ、俺たちと同い年だってことをお父上に報告してないってのか?
 そしてその理由を考え始める。
「まあ、まずは我々からの心づくしの食事を召し上がっていただきたい」
 久安の横にいた男が口を開くと、ぱんぱんと手を叩く。
「はは~い」
 たちまち襖が開いて女たちが膳を運び込み始める。

 

「あら美しの塗壺笠や これこそ河内陣土産 えいとろえいと えいとろえとな~」
 閑吟集の歌に合わせて琵琶や鼓が鳴り響く。歌いながら舞う女たちの姿を酒に酔ってとろんとした眼で追う八左ヱ門たちだった。
 -あれ?
 ふと気づくと久安たちの姿が消えていた。そしていつの間にか傍らに酒器を捧げ持つ女たちが控えていた。
 -朝っぱらからどういうことだ?
 思わず座敷を見渡す八左ヱ門だった。
「湯口が割れた 心得て踏まい中踏鞴 えいとろえいと えいとろえいな~」
 その間にも歌と舞は続き、「ねえ、お兄さん」と声がする。いつの間にか隣に座っていた女がしだれかかりながら杯に酒を注ぐ。
「え、いや…」
 思わず声を漏らすが、「さあさ、ぐっと飲んでくださいな」とささやく甘い声にのせられてぐっと空けてしまう。
「まあ、お兄さん男らしい♡」
 細い白魚のような指が袷の間に忍び入って胸元を伝う。
 -う…!
 女にそのようなことをされるのは初めてだったので思わず身体が硬直する。そもそも年頃の女に肌を触れられること自体が生まれて初めてだった。脳天まで一気に血が駆け上って視界がちらちらと赤く明滅する。
 そのあいだにもつつと胸から首筋を伝った指先が左の頬で止まる。白粉を塗った顔が右頬に迫ってくるが、顔を動かそうにも左頬の指は居座ったままである。
「ささ、もう一献」と言いながら酒器を持った手がいかにも大儀そうに持ち上げられる。
「あ、ああ…」
 慌てて杯を持ち直す。杯は満たされ、一気に飲み干す以外に選択肢はなかった。
「ねえ…」
 頬にいたはずの指がいつの間にか臍まで下っていて袴の下に潜り込んでいた。
 -うげ!
 慌てて身体を離そうとしたが、すでに杯にはまた酒が満たされていて、うっかり動けばこぼしてしまいそうだった。急いで杯に口をつけている間に指先は褌の上から股間に達していた。
 -!!!!
 それは自分でする時とはまったく違う感触だった。若い身体はとっくに反応していて褌を押し破らんばかりに屹立しようとしていた。その上を容赦なく指先は大きく小さく動き回る。
 -ダメだ、俺、もう逝く…。
 絶え間ない刺激に褌の中で熱狂が始まっていた。びくりびくりとひときわ大きく痙攣して八左ヱ門は思わず強く眼を閉じる。そのとき、ガチャンという音とともに「あ…」と女が小さく叫ぶ。
 -なんだ!?
 とっさに声のしたほうを振り返る。それは勘右衛門だった。すっくと立ち上がって、その手から滑り落ちた杯が膳の上の皿に当たって割れていた。酒器を手にしたまま座り崩した女が眼を見開いて勘右衛門を見上げている。
「あのさ、俺、こーゆーの好みじゃないから」
 冷たい声で言い放つと仲間たちを見渡して言う。「行こーぜ」

 

 

「それにしても、勘右衛門がああするとは思わなかったよな」
「ああ、潔癖な兵助ならあるかと思ってたが」
 すっかり陽が昇った峠道を五年生たちは歩いていた。全員そろって座敷を出たときには上着ははだけ、袴の紐は緩んでというしどけない姿だったが、いまはきっちりと着付けなおしている。
「ああ、聞いちゃったから…」
 まだ興奮さめやらぬ態で声を上げる仲間たちの中で、勘右衛門は低く呟く。
「聞いちゃった? なにを?」
 陽気に勘右衛門の肩に腕を回していた八左ヱ門が顔を覗き込む。
「小太郎がオヤジと話してるところ」
 ぶっきらぼうに勘右衛門が言葉を切る。
「小太郎が? どんな話だったんだ?」
 きょとんとした顔で八左ヱ門が訊く。黙ったまま勘右衛門が足を止める。
「どーしたんだよ」
「何かあったのか?」
 仲間たちが心配そうに勘右衛門を囲む。
「アイツ、オヤジに突っかかってた…なんで俺たちを美人局(つつもたせ)に引っ掛けようとしてるんだって」
 平板な声で勘右衛門がぼそりと言う。
「美人局?」
 思わず八左ヱ門たちが顔を見合わせる。「どーゆーことだよ」
「たぶん、俺らが女を押し倒す頃を見計らってガラの悪い連中が飛び出してくる算段になってたんだと思う。それで俺たちから有り金巻き上げて一部は連中の活動資金にするつもりなんだと思う」
「え…」
「…なんだよそれ」
 一気に悄然とする。
「それだけじゃない。きっと俺たちを小太郎から離したかったんだ」
 苦虫を噛み潰したような顔で勘右衛門は続ける。
「…なんでだよ。なんでそんなことする必要があんだよ」
 納得いかないように八左ヱ門が地面を何度も踏みつける。「それじゃ、俺たちが小太郎と友達になっちゃいけねえみたいじゃねーか」
「…なってほしくないってことか」
 黙っていた兵助が小さく首を振る。
「これ以上私たちといると、いろんなことに気づいちゃうってことだな」
 三郎が大仰に肩をすくめる。
「それじゃ都合が悪いってこと?」
 眼に涙を浮かべた雷蔵が訴える。「これからもずっと、アカモミタケのために死ぬ準備をしないといけないってこと?」
「少なくとも、俺たちがこれ以上小太郎の側にいられると困るって判断したってことだな」
 雷蔵の肩を撫でながら、暗い声で兵助は言う。「でも、俺たちが小太郎の生き方に立ち入るのもいけないことなんだろうな」
「ああ。俺たちがどう生きるか、誰にも干渉させないようにな」
 勘右衛門も低い声で続ける。

 


「ってかさ、俺たちこのまま学園帰るのマズイと思うんだよな」
 ふいに吹っ切れたように八左ヱ門が明るい声で言う。「さっき女どもにベタベタされたせいですっげー白粉臭いんだけど。このまま帰ったら先生や先輩方にどやされるぜ?」
「だな。着物にまでニオイがうつってら」
 袷を引っ張ってクンクン嗅いだ勘右衛門もため息をつく。「これ、どっかで洗った方がいいな」
「てか兵助、お前、首筋にキスマークついてるぞ? いくらなんでもそれは落とさないとなあ」
 笑う三郎に兵助も反撃する。
「そういう三郎だって襟にばっちりキスマークついてるぞ! さっきから気になってたけど」
「うげ、マジ!?」
 慌てて三郎が襟を引っ張り寄せる。「げ…こんなところにつけやがって…」
「そうだ。この先の谷川に温泉あったよな。そこでスッキリしようぜ」
 ぽんと手を打つ勘右衛門の提案に皆が乗る。
「それいいな」
「さんせ~い!」

 

 

「いやっほ~い!」
 一足先に着物を洗い終わった八左ヱ門が河原の湯船に飛び込む。
「おい八左ヱ門! 前くらい洗ってから入れよ!」
 傍らの渓流で襟についた紅落としに悪戦苦闘している三郎が、まともにしぶきを浴びてむっとして振り返る。
「いやあ気持ちいいなあ…鉢屋くんも早く入りなよ」
 湯船の縁にもたれながら、いかにもくつろいだ声になる八左ヱ門だった。
「うるさい! もう少しで落としてみせるからな…」
 ごしごし洗う手を速める三郎に、揶揄に応える余裕はないようである。「そもそも忍たまたるもの、真っ昼間からこんな何にもないところでフルチ〇になるとは無防備もはなはだし…」
「おお、いい湯加減だ」
「気持ちいいね」
 そう言っている間にも河原に着物を干し終えた兵助や雷蔵たちも湯に入っていく。
「ねえ、三郎も入ろうよ。だいぶ目立たなくなってるよ?」
 湯の中に腹這いになって三郎の傍らに上体を出した雷蔵が言う。
「え、そう? 雷蔵が言うなら…これでいいか!」
 それまで神経質にこすり洗いしていたのを忘れたように三郎は着物を手にして立ち上がる。固く絞って袴の横に広げて干すと、褌を解いてそのままざぶんと湯に飛び込む。
「おい、三郎こそ前くらい洗えよ」
「てか、行儀悪すぎ」
 仲間たちがすかさず突っ込む。
「なに、これ以上私の雷蔵を待たせるわけにもいかないからね」
 雷蔵の肩に腕を回しながら澄ました声になる三郎だった。
「そうだよ。せっかく校外演習が終わったんだから、少しはゆっくりしないとね」
 河原に伸ばした腕に顔を載せたまま、雷蔵はのんびりした声を上げる。
「さすが私の雷蔵だ。言うことに間違いはない」
 その横で大きく伸びをしながら三郎もようやくくつろいだ表情になる。
「そこで仲良くしてるお二人さん」
 勘右衛門がからかうように声をかけると「うりゃ」と手で水鉄砲を飛ばす。
「うわっ」
「やったな」
 三郎と雷蔵もただちに反撃する。

 


「あ~あぢ」
 湯船代わりに組まれた河原の石の上に腰を下ろした八左ヱ門が大きく息をつく。渓流をわたる風が反らせた胸を涼しく冷やす。
「湯ん中で暴れたりするからだろ」
「風が気持ちいいね」
 仲間たちも次々と湯からあがる。
「…久しぶりだな、こうやってみんなでフロ入るの」
 ぽつりと兵助が呟く。
「だな」
 勘右衛門も頷く。「前は毎日一緒に入ってたのにな」
 いつからか、同室でも一緒に入浴することがなくなっていた。夕食もバラバラに取ることが多くなっていた。委員会の仕事や自主トレなどで放課後はすぐ別行動になって、寝る前に長屋に戻るまで顔を合わせることも少なくなっていた。
「だいたいいつも八左ヱ門か勘右衛門が水鉄砲仕掛けてたよな」
「それで先輩に怒られてたよな」
 三郎と兵助にからかわれた二人が顔を赤くする。
「うっせえな。そんなのよくあることだろ」
「そうだそうだ。少年は水を見たら水鉄砲をするもんなんだよ」
「なにそれ…あはは」
「苦しい言い訳すんな」
 二人の抗弁にさらに笑い声が広がる。だが、すぐに声は止んで、渓流と谷間に吹き抜ける風が揺らす木立の音だけが響く。

 

「…こういうの、またやりたいな」
 湯につけたままの足をぶらぶらさせながら兵助が遠くの尾根を見つめる。
「ああ、やりてえな」
 八左ヱ門が頷く。
「いくらでもやれるさ。むしろ、六年になったら自分たちで企画しなきゃいけないんだぜ?」
 肩をすくめた勘右衛門が突っ込む。
「そっか…それもそうだね」
 勘右衛門に眼を向けた兵助が微笑む。「俺たち、もっと一緒にやれるよな」
「当然だろ、兵助」
 涼しげに三郎が言う。
「俺たち、これからだもんな」
 確認するように八左ヱ門が声を上げる。
「ああ、もちろんさ、な!」
 力強く頷いた勘右衛門が皆を見回す。
「ああ」
「まだまだだからな、俺たち」
 仲間たちも大きく頷く。渓流をわたる風がひときわ強く吹いて皆の髪を大きく揺らす。

 

 

<FIN>

 

 

 

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