籠城で候

マツホド忍者の誇りにかけて籠城戦を完遂したい守一郎の想いが完全に空転していますw そんな守一郎に振り回される周囲ですが、それでも愛される何かを持っているのが守一郎なのだと思うのです。

 

「めずらしいね、きり丸がやすみギリギリまでバイトをいれてないなんて」
「まあな。そのかわり学園についたらやんなきゃいけないバイトがあるんだ。てつだってくれる?」
「うん、まあ、いいけど…」
 休みが終わる前日だった。学園の校門をくぐりながら乱太郎、きり丸、しんべヱがにぎやかに話していた。きり丸の強いリクエストで登校日を一日早めたのだ。
「それにしても、なんのバイトなの?」
「そうだよ。まさかわたしにバイトやらせて、自分だけ宿題やろうなんてことないよね?」
 しんべヱと乱太郎が訊いたとき、「お~い、たいへんだぁ!」と遠くから声が聞こえた。
「だれだろう?」
 立ち止まった三人がきょろきょろする。
「あの声は、喜三太じゃない?」

 


「乱太郎きり丸しんべヱ! たいへんなんだ~~~!」
 ばたばたと足音を立てて喜三太が慌てふためいて駆けてくる。
「どしたんだよ、喜三太」
「なんかあったの?」
「さっそくナメクジさんにげちゃったの?」
 不審げに三人が声をかける。
「そ、そうじゃなくて…」
 ぜいぜい息を切らしながら喜三太が言う。「用具倉庫に花房牧之介がすみついちゃったんだ!」
「またかよ」
 呆れたようにきり丸が吐き捨てる。「ったく新学期そうそうやっかいなことしやがって」
「でもさ、せんぱいがたはどうしたの?」
 しんべヱが訊く。最弱の自称剣豪なら自分たちでもやっつけられるだろうが、先輩がいれば秒殺で何とかしてくれるだろうと思う。そうでなくても新学期はいろいろ忙しいのだ。
「それがさ…富松せんぱいは次屋せんぱいと神崎せんぱいがいなくなっちゃってさがしてるし、浜せんぱいはまだきてないし、食満せんぱいは自主トレにいっちゃったし…」
「平太は?」
 しんべヱの問いに、喜三太が肩をすくめる。
「平太は…牧之助みてちびっちゃって、はかま洗ってるとこ」
「ああ…それじゃしょうがないね」
 しんべヱもつられて肩をすくめる。
「そういうことだから、いっしょにきてよ。はやくおいださないと…」
「よっし、そんならおれたちも行こうぜ!」
 にわかに興に乗ったようにきり丸が声を上げる。
「きり丸どうしたの? 牧之介おいだしても、だれもおだちんくれないよ?」
 不思議そうに乱太郎がその顔を覗き込む。
「いや、おれにはどーしても牧之介を用具倉庫からおいださなきゃいけないワケがあるんだ!」
 オーバーに握りこぶしを突き上げるきり丸だった。
「「わけ?」」
 乱太郎たちが顔を見合わせる。
「そう! それは…」
 気を持たせるように言葉を切るきり丸が重々しく宣言する。「用具倉庫にある道具をかりないとおれのバイトがおわらないんだ!」
 全員が脱力する。

 

 

 


「ねえ、きり丸は用具倉庫の道具でなにするの?」
 しんべヱが訊く。
「それがさ…」
 説明を始めるきり丸の眼はすでにゼニ眼になっている。「お金持ちのぼっちゃんが学校で工作の宿題だされちゃったんだってさ」
「で?」
「だけどそのぼっちゃん、チョーぶきようだからかわりにつくってくれってさ…」
 徐々にだらしなくゆるんだ口元からよだれが垂れる。「ゼニならいくらでもだすからたすけてってさ…あひゃあひゃあひゃ」
「ねえ、それってさ…」
 じっとりした視線を向けながら乱太郎が言う。「よくないことだとおもうけど」
「あひゃあひゃ…なんでだよ、すげえ人助けだとおもわね?」
「宿題ってのは、じぶんでやらなきゃ意味ないじゃん。それに…」
「まあ、かたいこと言うなって」
 なおも言いかけた乱太郎をきり丸が遮ると同時に足を止める。用具倉庫の前に着いていた。
「よおし」
 指をばきばき鳴らす。「花房牧之介につげるっ!」
 いつの間にか手にしていたメガホンを口に当てて怒鳴るや、がらりと倉庫の扉を開け放つ。
「ここはおまえがいていい場所じゃな~いっ! とっととでていきなさ~いっ!」
 怒鳴りながら棚の間の通路をずかずかと歩く。
「へっぽこ剣豪牧之介~!」
「とっととここからでていきなさ~いっ!」
 乱太郎たちも後に続きながら声を張り上げる。と、
「うっせえなあ」
 眼をこすりながら物陰からぬっと牧之介が姿を現す。
「あっ、いたぞ! へっぽこ剣豪め!」
「はやくここからでていけ!」
 乱太郎たちが集まって牧之介と対峙する。
「んだよ人が気持ちよく寝てた時にデカい声でおこしやがって」
 ぶつくさ言った牧之介がおもむろに鼻をほじる。
「こんなところでなにしてた!」
 喜三太が睨みつける。
「冬眠…」
 眠たげに口を開いた牧之介が一瞬考えるように首を傾ける。「いや、春眠かもしれないし、夏眠かも…秋眠でもいいか…」
「トーミンだのシュンミンだの、ねてばっかじゃねえか」
 きり丸が突っ込む。
「ひとつ憶えとけ…」
 大あくびをしながら牧之介が言う。「世の中には冬眠する剣豪もいるってことだ」
「んなことおぼえたってクソのやくにもたたねーよ!」
 言い捨てたきり丸がまっすぐ指を突きつける。「とにかくここからでてけ!」
「やだってんだろ?」
 とろんとした眼のまま牧之介が倉庫の奥へと戻って行こうとする。そうはさせじときり丸が袴の紐をつかむ。「まてっ、なにまたねようとしてんだよっ!」
「うるへ~、俺はここでお籠りする~」
「なにがおこもりだっ!」
 牧之介ときり丸がもみ合う。

 

 

「なんの騒ぎだ?」
 登校して用具倉庫の様子を見に来た守一郎が、中の騒ぎに声をかける。
「あ、浜せんぱい」
 外に出てきた乱太郎が苦笑いしながら説明する。「牧之介がすみついちゃったもので…」
「牧之介?」
 守一郎がひょいと中を覗き込む。と、けたたましい声を上げる。「あ! お前、ホドホド城に籠城した時兵糧盗み食いしやがってたヤローじゃねえか!」
「んだよ、うっせーな」
 物憂げに振り返る牧之介の視界に守一郎も捉えられていたはずだが、反応は鈍い。「なんだお前か。そういやあんとき食った兵糧はマズかったな…」
「なにがマズかっただこの盗み食いヤローがっ!」
 倉庫の中に足を踏み入れた守一郎が握りこぶしをつくる。牧之介の袴の紐をつかんでいたきり丸が「せんぱい!」と期待に満ちた眼を向ける。
「お、きり丸。どうした?」
「せんぱいもコイツおいだすのてつだってくださいよ。用具倉庫でおこもりとかワケわかんねーこといってるんで…」
「なに!? 用具倉庫で籠城だとっ!?」
 守一郎が眼を輝かせる。
「へ!?」
「ろうじょう!?」
 思わぬ反応に乱太郎たちが顔を見合わせる。
「ようし、その話乗った! 牧之介、俺と一緒に用具倉庫で籠城だ!」
 つかつか歩み寄った守一郎ががっしと牧之介と肩を組む。ついで呆然と見守る乱太郎たちの方を振り返る。「どうだ? お前たちもここで俺たちと籠城するか?」
「あ…いえいえ…」
 慌てて後ずさりする乱太郎たちだった。「それはごえんりょいたしますぅ…」
「あ、いや、ちょっとまて…」
 言いかけたきり丸の襟をつかんで引っ張る。
「ほら、きりちゃん、行くよ」
「でも…おれのバイトが…」
 涙目のきり丸が空しく手足をばたつかせる。
「そんなこと言ってるバヤイじゃないでしょ! こんなところで籠城にまきこまれたら新学期の授業が…」
 きり丸を用具倉庫の外まで引きずり出すと、引きつった笑いを浮かべながら「ではごゆっくり~」と言って扉を閉める。
「あんだ? あいつら…」
 呆然と見ていた牧之介がつぶやくが、ふいに傍らから「よし! やるぞぉ!」と威勢のいい声が響いてぎょっとして振り返る。
「なんだよお前…」
「きまってんだろ! いよいよここで本格的に籠城戦だ!」
 陽気に守一郎が応える。
「いや、ちょっとまて…」
 単に冬眠するつもりで潜り込んだだけだが、と言いかけた牧之介だったが、守一郎は上機嫌に続ける。
「ようし、籠城するからには『マツホド忍者籠城マニュアル』をだな…」
 言いながら懐からマニュアルを取り出しかけた守一郎の手が止まる。
「なんだよ。てか俺は寝るからな…」
 もぞもぞと奥の暗がりへ潜り込もうとする牧之介の襟首を守一郎がつかむ。
「何を言う! これからが面白いところなんだぜ! まずは糧食を確保すべしだ。籠城には何はさておき食料と水の確保が必要だからな」
「あ、そうか…」
 牧之助が周囲を見渡す。にわかに空腹感が現実になる。ぐぐぅ、と腹が鳴る。「そういや後で食堂になにか盗み食いに行こうと思ってたんだっけ」
「なに!? ここには糧食はないのか!?」
 ぎょっとしたように守一郎が声を上げる。
「あるわけねえだろ」
 呆れたように牧之助が鼻を鳴らす。「んなもんあったら、俺がとっくに食ってるわい」
「それはまずいな…」
 深刻そうに守一郎が顎に手を当てる。「たしかにここは武具はたくさんあるから敵襲には強いが、肝心の糧食のことを考えていなかった…まずい、どうする!?」
 籠城戦に敗れた大将は切腹、というマニュアルの一文が頭をよぎる。
「なにぶつくさ言ってんだよ。ほれ、とっとと食堂に行くぞ」
 牧之助が倉庫の扉に手をかけようとする。「いや待て!」とその襟首をつかんだままの守一郎が引っ張る。
「てて…んだよ。だったらお前なにか食い物持ってんのかよ」
 尻もちをついた牧之助が振り返りながら文句を言う。
「ない! ないからには…」
 思いつめた表情で守一郎が身を乗り出す。「総攻撃で活路を見出すのみっ!」

 

 

「あ? 花房牧之助が用具倉庫の中で冬眠してて、ついでに守一郎が籠城しだした?」
 自主トレから戻ってきた留三郎を待ち構えていたのは、パニック状態で口々になにやら訴える一年生の後輩たちだった。辛うじて聞き取った内容のあまりに荒唐無稽さにただ呆れるしかない。
「へえ、なるほどな」
 用具倉庫の前に案内された留三郎は、きっちりと締め切られた扉の前で腕を組んで左右を見渡す。窓もすべて内側から板でふさがれていた。この扉を突破すれば手っ取り早いが、後で修補しなければならないのは自分たちだという考えが意識の一角にこびりついていた。だからまずは穏やかにお出ましを促すことにする。
「お~い、守一郎!」
 扉を叩きながら留三郎が声を上げる。「何があったか分かんねえが、言いたいことがあるなら俺が聞くぞ。だから早く出てこ~い!」
「お言葉ですが先輩…」
 扉の向こうから押し殺した声が聞こえる。「これは俺たちの闘いなんです。マツホド忍者の誇りにかけて俺たちはこの籠城戦を戦い抜かないと…」
「うるへ~! 何が俺たちだ! 俺は飯が食いてえんだよ!」
 長くなりそうな守一郎の台詞を牧之介が遮る。
「なんだと! お前、裏切る気か!?」
「裏切るも何も、お前が勝手に籠城戦だなんだって言ってるだけだろうが!」
 扉の向こうでやり合っている気配に、留三郎がため息をつく。
「何やってんだアイツら…」
  

 

「あれ? 留三郎、こんなところで何やってるんだい?」
 トイレットペーパーを両腕に抱えて通りかかった伊作が声をかける。その背後から伏木蔵がひょいと顔をのぞかせる。
「ああ、伊作…実は用具委員会の後輩の浜守一郎がこん中に籠城しちまってな…もう一人ツレがいるようだが…」
 だいぶ端折りながら留三郎が説明する。
「そうなんだ。それで、ちゃんと説得した?」
 腕力に訴えがちな友人の行動パターンは読みつくしている伊作が訊く。
「いや、てか一応説得したけどよ。中でモメてるみたいでさ…」
 留三郎が肩をすくめる。「ったく、聞いてんだか聞いてないんだかよ…」
「すごぉいエキサイティングぅ~」
 興奮を隠し切れない伏木蔵が頬に手を当てて身をくねらせる。

 


「守一郎! なんでそんなことやってんだ!
 叫びながら駆けつけてきたのは同級生の三木ヱ門である。「ユリコだって心配してるんだぞ! 早く出てくるんだ!」
「…そっか。ユリコちゃんで用具倉庫の扉をふっとばすってのもアリかも…」
 興奮状態のまま伏木蔵が呟くが、すぐに「だめだよ」と乱太郎に否定される。
「え、どうして?」と無自覚に眼をぱちくりさせる伏木蔵に「あったりめえだろ!」ときり丸が突っ込む。「もし砲弾なんかぶちこんでみろ、用具倉庫の扉どころか、なかのものぜんぶおじゃんになるんだぜ? おれのバイトでつかうつもりだった道具とかもよ…」
 言いながらふたたび涙目になるきり丸だった。
「というか、中には花房牧之介がいるんだろう? なら食べ物のニオイで釣ればいいんじゃないかい? 牧之介はいつも腹すかせてるんだから」
 扉の外の騒ぎに眼をやっていた伊作が言う。留三郎が反応する。
「お、それいいな。ようし用具委員、食堂のおばちゃんに鍋借りて来い! ここで鍋やるぞ!」
「ホントですか!」
 眼を輝かせたしんべヱが飛び上る。「やりましょやりましょ!」
「じゃ、食堂いってきま~す」
 ほの暗い声を残して平太が食堂に向かう。
「あ、まってよ、平太ぁ」
 慌てて後を追おうとした喜三太が振り返ってしんべヱに声をかける。「ほら、しんべヱいくよ! あと、くれぐれもつまみぐいはダメだからね!」
「じゃ、僕たちは火の準備をしようか」
 乱太郎と伏木蔵に向かって朗らかに伊作が声をかける。「僕たち保健委員会も手伝ってあげ…おわ~っ!」
 その姿が突然消える。
「あちゃぁ…」
「伊作せんぱ~い、だいじょうぶですか~」
 唐突に現れた土埃を上げる穴を覗き込んで伏木蔵と乱太郎が呼びかける。
「また綾部の落とし穴かよ…こんな用具倉庫のすぐそばに掘りやがって…」
 頭をがしがし掻きながら留三郎が毒づくと、穴に向かって声を上げる。
「トイぺ片付けといてくれよ~」
 

 

「ん? これは…」
 外から漂い始めたうまそうな匂いに牧之介の鼻が反応する。同時に口からよだれが垂れ始める。「鶏肉と芋とキノコの煮物しょうゆ味…」
 ふらふらと扉に向かいかけた牧之介の襟首がむんずと捉えられる。
「どこへ行く牧之介…!」
 興奮で眼を血走らせた守一郎だった。いよいよ本物の籠城戦のようになってきた。外に集まったギャラリーの声は敵の軍勢であり、糧食の欠如という圧倒的な不利に乗じるように食い物のにおいをちらつかせて兵糧攻めをかけてきているように思えた。そして、いまや形勢不利をさとって敵に下ろうとする者まで出てきていた。ここは籠城戦を率いる大将として絶体絶命のピンチであると同時に、あらゆる策略を巡らせて形勢逆転を図るべき場面でもあった。
 -ここだ! 今ここでマツホド忍者の底力をみせなくてどうする!
 そして戦意がいや増す守一郎だった。ここはまず、味方の崩壊を食い止めるために軍紀を引き締めなければならない。だからぐっと顔を牧之介を睨みつけるとドスの効いた声で迫る。
「このくらいの陽動作戦で逃げる気か? 俺たちは籠城戦の最中なんだ。城を捨てるようなヤツは…」
 言いながら空いた手で脇差を抜きかける。
「ひ、ひぇっ!」
 自分も大小を差してるくせに情けない声を上げて腰を抜かす牧之介だった。
「分かったら、城抜けなんかしようと思うな…軍紀を乱すものは容赦なく斬り捨てよ、マツホド城籠城マニュアルにある!」
「い、いや、そーだけどさぁ」
 望みもしない籠城戦に巻き込まれた立場としては、燈明ひとつ灯るきりの窓もふさいで真っ暗で埃臭い倉庫よりも、うまそうな鍋のある外に出たいのだが、相手は籠城を指揮する大将気取りである。うっかり逃げ出そうとすれば本当に斬り捨てられかねないと考えた牧之介は、まずは媚びを売る作戦に出ることにした。
「あのね、牧之介はとってもお腹がすいてるの。ちょっとだけお外でお食事しちゃだめ?」
 猫なで声で身をくねらせながら、ちらと流し目で守一郎を見上げる。
「…そんなに斬り捨てられたいか」
 ふたたび脇差に手をかけた守一郎の返事だった。
「だけどよ、いつまでこんなところにいるつもりだよ。食いもんがなきゃいずれ落城だぜ?」
 元の口調に戻った牧之介が横柄に言う。
「落城だと?」
 守一郎の眼がぎらりと光る。
「じゃなかったら何だっていうんだよ」
 あたりを見廻しながら牧之介は腕を振り回す。「こんなガラクタだらけの小屋んなかで飢え死になんて真っ平ごめんなんだからな!」
「ガラクタだと? もういっぺん言ってみろ!」
「何度でも言ってやらあ! こんなガラクタが何の役に立つってんだよ!」
「なにがガラクタだ! ここには忍術学園の誇る武器武具のすべてがあるんだぞ! 槍から火縄までなんでもな!」
「なにが火縄だ」
 牧之介が吐き捨てる。「んなもん、火薬や玉がなきゃただの棒切れだろうが」
「んだとっ!? 火薬だって…」
 言いかけてはっとする守一郎だった。弾丸はともかく火薬は煙硝蔵にあることを思い出した。
 -しまった…火薬がないと火縄での攻撃ができない…。
 古いマニュアルでの思考にとらわれていた事実を突きつけられてうろたえる。その表情の変化を牧之介は見逃さなかった。
 -チャーンス! もうひと押しで脱出だ!
 そこで牧之介はいかにも嵩にかかったように口を開く。
「もうこうなったら外に攻めていくしかないだろ。さっき言ってたろ? 総攻撃で活路を見出すってな」
「あ、ああ…」
 あれは火縄前提の話だった、とは今さら言い出せず、曖昧に守一郎は頷く。
「いまこそチャンスだと思わないか? 敵は俺たちが食い物もなくて弱ってるとみて油断しているはずだ。そこを衝けばかなりダメージを与えられるに決まってる、そう思わないか?」
 いつの間にか肩に腕を載せてなれなれしく語りかけてくる牧之介に、守一郎の視線が泳ぎ始める。
「そう…かも、な…」

 

 

「やっぱ、食いもんで釣るってのは甘かったんじゃねえか?」
「う~ん、そうかなあ」
 煮立った鍋からたちのぼる煙をしきりに用具倉庫へと仰いでいる一年生たちを眼にしながら留三郎が腕を組む。傍らの伊作も首をひねる。「あの牧之介なら、一目散に扉を破って飛び出してくると思ったんだけど」
「まあ、これ以上埒があかないなら、次の作戦いくしかねえな。その前に、その鍋食っちまおうぜ。おうい! 扇ぎ方やめ!」
 留三郎が一年生たちに声をかける。
「え、やめちゃっていいんですかあ?」
 喜三太が訊く。
「ああ。次の作戦に行く。その前に、その鍋、食っちまおうぜ」
「たべていいんですかぁ!?」
 ぐてっと地面に伸びていたしんべヱがにわかに起き上がる。「じゃ遠慮なくいただきま~」
「ちょっとまて」
 鍋ごと口に流し込もうとするしんべヱだったが、間髪入れずきり丸と乱太郎が鍋を取り上げる。
「あぁ~」
 情けない声を上げるしんべヱに喜三太が解いて聞かせる。
「だめだよしんべヱ、ひとりじめしないでみんなでわけなきゃ」
「う~ん、たべたいたべたいたべたい~!」
「お~い伏木蔵、お椀とおはしもってきてくれねえか~。じゃねえとしんべヱがひとりでくっちまうからさ」
「わかった~」
 伏木蔵が椀と箸を取りに行っている間、乱太郎ときり丸が二人がかりでしんべヱを鍋から引き離す。 

 


「用意はいいか」
「ああ」
 用具倉庫の中では鎧兜で完全武装した守一郎と牧之助が槍や刀を構えて外へ攻め出る準備を終えたところだった。もっとも牧之介は頭が大きすぎて兜に入らなかったので、むりやり頭の上に結わえつけただけだったが。
「じゃ、俺が扉を開けると同時に左側の敵を倒す。お前は右側の敵を倒しまくるんだ。いいな」
 ひそひそ声で守一郎が指示する。
「おう」
 神妙な顔で頷く牧之介だったが、もとより外に展開しているという「敵」を倒すつもりなどさらさらない。扉が開いて外に飛び出すや、そこにあるはずの鍋をかきこむ気満々である。それを知ってか知らずか緊張にやや声を震わせた守一郎が扉に手をかけると、一気に開く。
「突撃!!!」

 

 

「「おわ~~っ!」」
 唐突に扉が開く音に振り返った留三郎たちが見たものは、鎧兜に槍や刀を振りかざして躍り出る二人の姿だった。だが次の瞬間、足元に転がっていたトイレットペーパーに足を滑らせて大仰な声を上げながら転ぶ。
「あ~っ!」
「せんぱい!」
 慌てて声を上げた乱太郎たちには、転んだ二人が同時に足をスライディングさせて鍋を蹴り上げるまでの流れがスローモーションのようにまざまざと展開されていた。空中に放り上げられた鍋はぐるぐると回転しながら吹っ飛ぶと、まっすぐしんべヱの口めがけて飛び込んでいった。
「あっ!」
「げっ!」
「おわっ!」
「エキサイティングぅ~!」
 てんでに上がる声の中、鍋はしんべヱの口にぴったり収まり、中身がごくりと一呑みされた。

 

 

「まあとりあえず、一件落着ってかんじじゃない?」
 忍たま長屋の自室でくつろぎながら乱太郎が言う。だが同意する向きはなさそうである。
「なにがだよ…!」
 目を吊り上げて借り出した木槌や鑿で工作にいそしんでいるのはきり丸である。部屋の一隅ではすっかり満腹になったしんべヱが大いびきをかいている。
「そのバイト、ほんとにやっていいのかなっておもうけど。その子のためにならないんじゃない?」
「ためになろーがなるまいがかまわねえよ」
「またそんなこといって…でも、浜せんぱいがでてきてくれて、牧之介がどっかにいなくなってよかったじゃん」
「そのせいでオレのバイトの時間がなくなっちゃうし!」
 慌ただしく手を動かしながらきり丸がぶつくさ言う。「それに、オレもタダの鍋くいたかったし!」

 


「で、なんで用具倉庫なんかで籠城したりしたのさ」
 布団の上に腹ばいになった三木ヱ門が訊く。

「ああ、それがな…よくわからない」
 隣の布団に胡坐をかいた守一郎が首をかしげながら応える。
「わからない?」
 どういうことさ、と言いたげに三木ヱ門も首をかしげる。
「なんていうかさ…あの牧之介ってヤツが倉庫に籠るって言った瞬間、今度こそ籠城戦しなきゃって思ったんだ。マツホド忍者の誇りにかけて…さ」
「籠城するにしても、場所と相方を選んだ方がいいと思うけど」
 三木ヱ門が小さく首を振る。「どう考えたって用具倉庫は籠城すべき場所じゃないし、相方に牧之介なんて自殺行為にしか見えないな」
「それ、食満先輩にも言われた」
 守一郎がうなだれる。「お前の衝動的に籠城する癖は直せって…俺、そんなに籠城ばっかしてたおぼえはないんだけどな…」
「まあ、それは認めるけど…だいたい、私のユリコやサチコやカノコなくして籠城戦なんて、手ぶらで戦に行くようなもんだぞ」
「そうなのか?」
 驚いたように守一郎が声を上げる。「じゃ、俺が籠城戦するときは、三木ヱ門も加勢してくれるか?」
「まあ、情勢が許せば、ね」
 もったいをつけたように三木ヱ門が応えるが、すぐに守一郎が勢い込んで身を乗り出す。
「すげえ! 三木ヱ門が加勢してくれるなら、俺、今度こそ籠城戦勝てそうな気がする! なあ、はやく籠城戦やろうぜ!」
「え、いや、だからさ…」
 今すぐにでも籠城戦を始めそうな勢いにたじろぎながら三木ヱ門が口ごもる。「そういう反応がまずいんじゃないかって思うんだけどさ…」

 

 

 

 

<FIN>

 

 

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