或る計測魔の話

 

後輩の前ではとてもカッコよくて頼りがいのある先輩なのに、なぜか伊作と絡むと巻き込まれ型になってしまうのが私の書く留三郎です。

そして残念ながら今回も、巻き込まれる運命からは逃れられなかった模様です…。

 

 

「こんにちは」
 留三郎は、用具委員会の後輩たちを引き連れて街の鍛冶屋にやってきた。
「ああ、いらっしゃい」
 鍛冶屋の主人は明るく声をかけたが、すぐにすまなさそうな表情になって言う。
「ご注文いただいていた鍬なんですが、まだ終わっていないものがあるんですよ」
「そうですか…」
 では出直そうか、と顎に手を当てて思案する留三郎に、主人は続ける。
「でも、あと一時もすれば上がりますから、よろしければ休みながらお待ちいただけますか」
「そうですか…では、そうします」
「ささ、ちょうど弟子たちの部屋が空いております。ここでゆっくりお休みください。あとでお茶でもお持ちしますから」
「しかし、それではお弟子さんたちが…」
 気がかりそうに作兵衛が言いかけるが、主人は苦笑して手を横に振る。
「弟子たちは仕事中です。まあちょっと整理が行き届いていないかもしれませんが、気になるようでしたらすぐに片づけさせますから…ああ、そういえば、あとなにか追加注文はありますか。うちにないものでも、取り寄せますよ」
「そうですか…では、針金と木ねじをもらえますか」
「針金と木ねじですね…では、あとで鍬と一緒にお持ちします」
 主人が下がると、弟子がお茶をもってやってきた。
「先輩、針金と木ねじなんて、何につかうんですか?」
 ふうふうと冷ましながら、喜三太が訊く。
「ああ、伊作に頼まれていてな。骨格標本のこーちゃんがあちこち修補が必要になっているというんだ」
「コッカクヒョーホンのこーちゃん!」
 湯呑を取り落しそうになったのは平太である。一声叫ぶと、慌てて留三郎の腕にすがりつく。
「おいおい、相変わらず平太はビビリだな…そんなにこーちゃんがこわいか?」
 肩をすくめた留三郎が声をかける。
「だって…ぼく、ニガテなんです…」
 恐ろしそうな震え声で言うと、さらに平太は身体を留三郎に押し付ける。
「そんなに骨がこわいか? 骨は俺たちの身体の中にあって、骨があるから俺たちはまっすぐ立って歩くことだって走ることだってできるんだぞ?」
「骨がなかったら、どうなるんですか?」
 喜三太が興味深そうに訊く。
「骨がなかったら、タコみたいにぐにゃぐにゃになっちまうだろ」
 留三郎の代わりに作兵衛が答える。
「そういうことだ」
 おおきく頷いた留三郎が、平太と喜三太の頭を撫でる。
「そうだ。鍬が出来上がるまで時間があるようだし、俺たちの身体が骨を含めてどう成長していくか、計測しまくっている奴の話をしてやろうか」
「「はい!」」
 眼を輝かせた後輩たちの顔を見回すと、留三郎は口を開いた。

 


「俺たちは10歳で学園に入って、15歳で卒業する。その間の6年間で忍術を学び、磨きをかけて、一人前の忍者になる。だが、そのためには、身体も成長しなければならないし、実際6年間で成長する。そんなの当たり前のことだと思うだろ? 俺もそう思っていた。だが、そう思っていない奴がいた。それが、善法寺伊作だ」
「保健委員会委員長の善法寺先輩ですか?」
 意外そうに作兵衛が訊く。
「そうだ。アイツにとっては、いつ、どのくらい身体が成長するのかは尽きない謎だったようだ。だから、ぜひ実際に測って調べたいと思っていたらしい」
「なんで、善法寺先輩はそんなにはかりたいって思ったんですか?」
 いつの間にかくつろいだように寝そべって、顎を掌にのせた喜三太が訊く。
「最初はアイツもそこまで関心があったわけではないらしい。だけど、何歳から大人用の薬を処方するのか、何歳までが子ども向けの処方なのかを考えているうちに、だんだんそっちに関心をもつようになったらしい。ま、それはあとで分かったことだけどな」
 手にした湯呑に眼を落としながら、留三郎はしばし言葉を切った。
「…で、アイツは俺に、いつ、どのくらい成長するのかデータを取りたいから測らせてほしいと言ってきた」
「先輩は、なんて言ったんですか?」
 腕にかじりついたままの平太が、顔を上げる。
「最初はごめんだって言ってやったさ。そもそも学園では毎年身体計測をやるからな。それなのに、伊作は、一年ではデータが粗すぎるから、毎月計測したいと言ってきた。毎月なんて、そんなの付き合ってられるかってな」
 言葉を切った留三郎は、ずず、と湯呑を口に運んだ。
「だけど、伊作はしつこかった。毎日泣きそうな顔で計測させてくれって言うんだ。もう本当に厄介な奴だと思ったな。いっそ先生に言って部屋替えしてもらおうかと思ったくらいだ。まあ、そんなの聞いてくれるわけもないからあきらめたけどな。で、なんでそんなに計測したいんだって聞いたんだ。そしたらアイツ、なんて答えたと思う?」
「なんて答えたんですか?」
 しんべヱが身を乗り出す。
「アイツは、『こーちゃんの骨はこんなに固いのに、それがどんどん大きくなっていくなんてすごいことだと思わないかい?』って言ったんだ。それから、『人間は十代の前半で一気に身体が大きくなる。それが、身体ぜんたいが均等に大きくなるのか、それとも成長の速さには差があるのか、そうだとすればそれはなぜなのか、どうしても知りたいんだ。それを知ることができるのは、一生の中でも今のうちだけなんだ』って言ったんだ。一年生の時のセリフだぜ? しんべヱや喜三太、平太と同じ歳の時に、伊作はそんなことを言ったんだ」
「なんか…すごいですね」
 作兵衛が呟く。喜三太たちは難しすぎるのか呆然としている。
「つまり、単なる好奇心とかいうものではなくて、アイツなりにいろいろ考えた末に計測させてほしいと言ってきているんだということは、まあ何とか俺にも理解できた。だから、俺はわかったと言った。喜んでたな…飛び上がらんばかり、というか、本当に飛び上がって喜んでいた」
 懐かしそうに視線を上げながら、留三郎は微笑む。が、すぐにその眉間に皺が寄る。
「…だけど、あいつの『計測』を俺は甘く見ていた。医務室に誰もいないときに連れ込まれて、俺は素っ裸にされて身長、体重から頭囲、頭の幅と長さ、肩幅に胸囲に、両腕、両脚の長さ、手の指や足のサイズまで測られた…ああそうだ。歯がいつ生え変わったかも全部記録されたな…それを毎月やられたんだ。まったく面倒くさいッたらありゃしねぇ。アイツも自分で自分の身体を計測していたが、自分では測れないところは俺が測ってやったんだぜ」 
「そんなにあちこち測って、どうするおつもりだったんですか」
 作兵衛も興味深げに身を乗り出す。
「アイツはアイツなりにいろいろ仮説を立てていたらしい。たとえば、子どものときは、身体全体に対して頭が大きい。身体が大きくなっても、頭はそれほど大きくなるわけではない。だから、身体全体に対する頭の割合が一定の数字になれば、大人とみなしていいのではないかと考えていたようだ…まあ、結局のところデータを取るには取ったが、仮説の立証まではいかなかったようだけどな」

 

 

「あの…先輩」
 すでに一年生たちは床に突っ伏したり壁に寄りかかったりして寝入っている。そこへ、上目遣いに声をかけたのは作兵衛である。
「なんだ、作兵衛。寝ていなかったのか」
「はい…先輩こそ」
「俺たちは忍たまだぞ。誰が見てるか分からないところでグウスカ寝てられるか」
「じゃ、一年ボーズどもを起こさないと…」
「いい、寝かせておけ」
 手持無沙汰に取り出した小刀で木片を削りながら、静かに留三郎は答える。
「でも…」
「俺が起きてる。作兵衛も寝ていいぞ」
「あの、それより、先輩」
「なんだ」
 まだ何か聞きたいことがあるらしい。作兵衛はもじもじしながらしばし下を向いた。
 -そんなに訊きづらいことなのか?
 あるいは、作兵衛が時に必要以上に自分を恐れているからかもしれない、と留三郎が考えた。自分はそれほど威圧的に接したつもりはないにしても、相手はそうは捉えていないのかもしれない。
 -まあいい。言えるまで待ってやるさ。
 木片を削る手を止めずに留三郎が考えたとき、端座した作兵衛が押し殺したようなかすれ声で訊いた。
「あの…留三郎先輩、あのその、こんなこと訊いていいのか分からねぇんですが…」
「なんだ」
「あの、さっき善法寺先輩が、身体のあちこちを計測なさったっていう話をされてましたが…」
「ああ」
「あ、あのその…あっちも測ったんでしょうか」
「え?」
「い、いやその…男の大事なところっていうか…」
「は?」
 小刀を持った手が滑りそうになって、思わず声を上げる。
「す、すいません…」
 首をすくめて上目遣いに見上げている作兵衛の表情に思い当るところがあって思わず笑い出しそうになるのを必死でこらえる。
 -そうか。コイツも、そういうのが気になる年頃だよな…。
 笑いをこらえてゆがめた顔を見られまいと顔をそむけた留三郎に、作兵衛は別の不安を感じたらしい。
「あ、あの…先輩?」 
 気がかりそうに声をかける作兵衛に、留三郎は苦労して平生の表情を取り繕いながら向き直る。
「いや、なんでもない…そうだな」
 真剣な眼でまっすぐ自分を見つめる眼に、またも吹き出しそうになるのをこらえて留三郎は口をつぐむ。ぎりと奥歯を噛みしめる。
「…もちろん、測ったさ」
 作兵衛の眼が大きく見開かれた。
「ホント、ですか?」
「ああ…さっき素っ裸にされたと言ったろ? それは、そういうことだ」
「あ、あの、善法寺先輩って…」
 それこそ失礼なことを口にしてしまいそうで、作兵衛はさすがに先を続けられない。
「衆道、ということか?」
「え、ええ、いやその、なんというか…」
 ずばりと返されて却って口ごもる。
「そうだな、アイツがそうなのかは俺にもよく分からん。世間では別に珍しくもないし、忍には多いとも聞くからな…だが、俺を計測するときのアイツには、そういう感情は感じなかった。むしろ、衆道なり面白半分なり、そういう気が全くないだけタチが悪かったな」
「といいますと?」
「俺たちは、城や街を偵察したり観察したりして、それで兵力や戦の気配を分析したりする。それと同じようにまったく冷静にあっちをくまなく計測されるのは、それはそれでムズムズするというか、居心地が悪いというか、そういうことだ」
「そんなもんなんですか?」
「まあな」
 留三郎は内心ため息をつく。あれほど肉体を端的に扱われるという経験は、おそらく作兵衛にはないだろう。もし伊作が作兵衛に同じことをしようとすれば、自分は身体を張ってでも止めるだろうから。
「あの…先輩は、その、そういうことをされて、どうだったのですか?」
 おずおずと作兵衛が訊く。
「…ふむ」
 無意識に顎に手をやりながら留三郎は考える。
「まあ、楽しいとか気持ちいいとか、そういうものではないな。ヤローの手であっちをくまなく測られるんだからな」
「まあ…そうですよね」
「作兵衛はどうなんだ?」
「え!?」
 唐突に自分に話が振られて、作兵衛は素っ頓狂な声を上げる。
「おいおい、一年たちが起きるだろ」
「そ、そうでした」
 慌てて口を手で押さえる。
「い、いやその、俺は」
 -とても考えられない。
 そうは言いきることができず、作兵衛は口ごもる。
 -たとえば俺が素っ裸になって、同学年の誰か、たとえば保健委員の数馬にあちこち、それこそ大事なところまで計測されるなんて、どう考えたってムリだ…。
 黙りこくった作兵衛に、留三郎もまた黙って小刀を使い始める。
 -まあ、作兵衛みたいな反応が普通なんだろうな。
 思えば、男としての最大の秘め事が、自分にはまったく存在しなかったことに気付く。
 -俺は、初めての精通から発毛まで、アイツにくまなく記録されちまったからな…。
 だが、普通の少年であれば、自分の性的成熟がこれからどうなるのか、他の連中と比べてどうなのかが気になって仕方ないものだろう。そして、特に他人がどうなのかを容易に知ることができないだけにさらに悶々としてしまうのだろう。
 -だけど、それは悪いことばかりじゃなかったんだぞ。
 成長期の少年の秘め事をすべて伊作にオープンにしたゆえに、留三郎はいつしか自分の肉体も突き放した眼で見るようになっていた。
「なあ、作兵衛」
 小刀を使いながら、留三郎は語りかける。
「俺みたいな経験をした男はあまりいないだろうが、俺は伊作に計測されているうちに、分かったような気がしてきたんだ」
 成長期の少年が、自分の身体のことでどれだけ思い悩むものなのか、留三郎には分からない。こういう話をしてくるということは、作兵衛にもいろいろと考えることがあるのだろうが、それがどれほどの深刻さなのかも、推し量りようがなかった。
 -だが、コイツはちょっと思い込みが強いところがあるからな…。
 もしかして過剰に思い悩むところがあるのかもしれない。それが忍の修行に障るほどにならないうちに、少しでも軽くしてやりたいと思った。
「なにを…ですか?」
 俯いていた作兵衛がちらと視線を上げる。
「それはな、結局のところ、男なんて体の構造もついてるモノもみんな同じだってことだ。たしかに体の大きさや顔貌の良し悪しは違うが、基本は同じだ。だが、俺たちは、努力すれば差をつけられることもある。それが、体力や技量や知識だ。だから、俺は、他の奴にはマネのできないようなものを一つでも多く身につけようと修行している。それは、他の連中も同じだろう」
 -なるほど…。
 力強い眼で見上げながら、作兵衛が身を乗り出してくる。
「そう思うようになってから、俺はアイツの計測もなんとも思わないようになってきた。風呂に入るときは裸になるだろ? それと同じことだと思うようになった。まあ、冬場は寒くてかなわんから、とっとと切り上げてくれって言うこともあるけどな」
「そうなんですか」
「お前に、俺と同じような経験をしろとは言わない。どう考えても俺の場合は特殊事例だからな。だが、成長期で自分の身体のことをいろいろ思い悩むこともあるかもしれないが、あんまり考えすぎるな。速い遅いはあるが、いずれ身体は成長する。だから他人と比べてくよくよ考えるより、体力をつけることと技を磨くことを考えろ。そっちは、どれだけ努力したかで差がはっきり出るからな」
「…はい」

 


「あの…もうひとつ訊いていいですか?」
「なんだ?」
「善法寺先輩は、結局、いつから大人用の薬を処方すればいいのか分かったのですか?」
「ああ、そのことか」
 くっと留三郎は含み笑いをした。
「…俺にも詳しいことはよく分からんが、どうもはっきりしたことは分からなかったみたいだぞ。ただ、身体が大人に近づいてきた13~14歳くらいからは大人用を処方することにしたみたいだな。新野先生もそれでいいと仰ってたらしい」
「そうなんですか…せっかく伊作先輩にデータを提供したのに、ちょっと残念ですね」
 作兵衛も笑いをかみ殺す。
「まったくだな。まあ、それでも伊作なりに納得したところはあったようだから、いいんじゃないのか?」
「先輩は、伊作先輩にお優しいんですね」
「まあな。それに、俺も普通じゃ経験できないことも経験できたからな。むしろアイツに感謝しないといけないのかもな」

 


「たいへんお待たせしました。ご注文いただいていた鍬、すべて仕上がりました。木ねじと針金もお持ちしました。ご確認をお願いします」
 鍛冶屋の親方が顔をのぞかせた。その声に、眠りこけていた一年生たちも眼を覚ます。
「ありがとうございます…よし、おまえたち、分担して運ぶぞ、いいな」
 仕上がりを確認した留三郎が声を上げる。
「「はーい」」
 てきぱきと指示を出す留三郎に、作兵衛も元気に返事する。
 -そうだ。身体がどうの、アソコがどうのなんてことは、いずれどうにかなることなんだ。
 今までは、風呂に入るたびに同級生たちの身体をチェックしないこともなかった。
 -俺は留三郎先輩みたいに強くてカッコよくなれればいいんだ。そのためには、勉強とか鍛錬とか、自分ができることをやればいいんだ…。

 

<FIN>

 

 

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