一時休戦?

<リクエストシリーズ 土井半助&諸泉尊奈門>

 

あまみ様からのリクエストにより、土井先生と諸泉尊奈門のお話を書いてみました。

この2人は、尊奈門が土井先生に勝負を挑むという一方通行な関係が多いように思うのですが、協力関係になったらどうなるのかな、という想像を膨らませてみました。もちろん忍としての実力は土井先生の方が上なので、尊奈門をうまく丸め込んで協力関係に持ち込むことになるのでしょうね。

というわけであまみ様、土井先生と尊奈門のお話、納品させていただきます。

 

 

「おのれ土井半助! またも文房具を使うとは…!」
 涙目になった尊奈門が覆面の下から叫ぶ。
「いや、これはだから…たまたま持ってただけだって」
 苦笑した半助が三角定規を懐にしまう。
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 尊奈門が喚き散らす。「いつもこうやって私をコケにしやがって!」
「だから違うってば…」
 なだめるように手を振りながら半助は声をかける。「それに、こうやっていつまでも戦っていても、お互いにとって生産的ではないと思わないかい…おっと」
 尊奈門が放った手裏剣をひょいと避けながら半助は続ける。
「うるさい! お前が尋常に勝負しないからだ土井半助っ!」
 言い捨てた尊奈門が姿を消す。
 -やれやれ、やっと帰ってくれたか…。
 忍装束についた土埃を払いながら半助はため息をつく。
 -私はこれから忍たまたちの宿題の採点をしなければならないのだが…。

 

 

 -くそっ!
 森の中を闇雲に走りながら尊奈門は歯を食いしばる。
 -なぜだ! なぜ土井半助に勝てない!
 自分の実力が半助に遠く及ばないことは分かっていた。だが、それだけならここまで深い敗北感に苛まれることはなかっただろう。
 -なぜ、土井半助は尋常に私と勝負しないのだ!
 それこそが尊奈門を深く苛む痛みの正体だった。まだ刀なり苦無なり、忍としての武器を使っての勝負に敗れるならそれが自分の実力と納得もできただろう。だが、半助は自分との勝負で忍具を使ったためしがない。
 -つまり、土井半助にとって私は、忍具を使うにも値しない存在ということなのか…!
 何度打ち消そうとしても蘇っては心を抉る思いだった。そして思うのだ。
 -いつか、土井半助と忍具で真っ当に勝負して、そして倒してみせる!

 


「しほーろっぽーはっぽー、しゅーりけん♪」
 山道を元気よく歌いながら乱太郎、きり丸、しんべヱが歩く。
「あれ…あそこにいるの、ドクタケ忍者じゃない?」
 森の中にうごめく人影に気付いた乱太郎が足を止める。
「え? ドクタケ忍者?」
「ほら、あそこ」
「あ…ホントだ」
 草むらに身を潜めた3人の視線の先にはドクタケ忍者たちの姿があった。何かをせっせと運んでいるようである。
「なにしてるんだろう」
「ちょっと見てみようぜ」
 3人が藪に身をひそめながらそっと尾行する。と、その足が止まった。
「見て、あれ…」
「げ、なんだありゃ」
 森の中の開けたところには、建築中の砦らしき建物があった。
「きっとあれ、ひみつの砦だよ」
「またなにか悪いことしようとしてるんだね」
 こそこそと話している3人の背後にぬっと人影が立つ。ぎょっとした3人がこわごわと振り返る。
「貴様ら、見たな」
 そこにいたのは八方斎だった。
「げ、八方斎!」
「い、い、いや、私たち、なにも見てませんよ…!」
 腰を抜かした3人が後ずさりながら首を振るが、八方斎は顔を突き出しながら言う。
「風鬼、雷鬼、こやつらをひっ捕らえるのだ!」

 


「私たち、なんにもしてないのに~」 
「タダでつかまるなんてイヤだ~!」
「おなかすいた~」
 縛り上げ、数珠つなぎにした3人を風鬼たちが連行する。
 -あれは…?
 タソガレドキ城への道を急いでいた尊奈門がふと足を止めた。
 -忍術学園の忍たまだ…そうだ、土井半助のクラスの乱太郎、きり丸、しんべヱじゃないか。
 さて、助けようか。それともにっくき土井半助の関係者など放って城に戻るか…考え込んだ尊奈門の耳にしんべヱと風鬼の台詞が飛び込む。
「ぼくたち、ドクタケがタソガレドキ城を見張るための砦をつくるのなんてみてないし~」
「うるさい! ちゃっかりしっかり見とるやないかい!」
 -なに! ドクタケがわれわれを見張るための砦を作ってるだって!?
 たしかにそう聞こえた。
 -これは確認しなくては。

 


 -あれだな。
 ほどなく砦の建設場所を突き止めた尊奈門は、木の上に姿をひそめながら素早く観察する。
 -たしかに、ここならタソガレドキ領から外れているし、それでいて谷底の街道もタソガレドキ城そのものも監視することができる…ドクタケにしてはいい場所を見つけたものだ。
 砦は山の中腹のやや開けたところにあって、斜面を覆う森に隠れて目立たない場所にあった。砦から見下ろす位置にある街道はタソガレドキ領内に続いていて物資の輸送にもよく使っていたから、ここで監視していればタソガレドキ城の物資の出入りをある程度は把握できてしまう。そして、砦のある場所からはタソガレドキ城そのものも遠望できた。ゆゆしき事態といえた。
 -すぐに組頭に報告しないと…だが、その前に。
 急に忍たまたちの様子が気になった尊奈門は、3人が連行された場所を探すことにした。

 


「今度という今度は無事に済むと思うなよ、忍タマどもめ」
 ドクタケの出城の牢に押し込められた3人の前に立ちはだかった八方斎がにやりとする。
「そんなことないもん! ぜったい先生たちがたすけにきてくれるもん!」
 しんべヱが憤然と言い返す。
「それはどうかな。お前たちが捕まったことは誰も知らんのだ。仮にお前たちの帰りが遅いからと言って学園の連中が騒ぎだしても、よもやここで捕まっているとは誰にも分かるまい。お前たちのいた杣道はほとんど知る者のない道だからな」
 -しまった、そうだった…。
 乱太郎たちが思わずため息をつく。きり丸が見つけたという学園への近道は、学園の人間でもおそらく知る者のない隠れ道だった。
「じゃ、ぼくたちどうなるの…?」
 現実を突き付けられたしんべヱが震え声で訊く。
「さあどうだろうな」
 巨大な顎をついと上げて八方斎はうそぶく。「このまま誰にも見つからずに野垂れ死ぬかもしれんのう…ぐわっはっはっ…」
 仰け反って笑う八方斎がそのまま頭を下に引っくり返る。「お、おこへ~」

 


「どうしよう。私たち、ホントに誰にもたすけてもらえないかも…」
 乱太郎が俯く。
「だな…」
 きり丸も言葉少なにぼそっと呟く。
「こわいよ~、おなかすいたよ~」
 ついにしんべヱが足をばたつかせて泣き出した。
「しんべヱ、泣くなって。私まで泣きたく…」
 乱太郎が言いかけたとき、牢の前に人影が現れた。
「だ、だれだ!」
 とっさに身体を寄せ合った3人が格子の向こうに眼を凝らすが、薄暗くてその顔は分からない。
「私だ。タソガレドキ忍軍の諸泉尊奈門だ」
 片膝をついてしゃがんだ尊奈門が声をかける。
「あ、しょせんそんなもんさんだ!」
「たすけにきてくれたんですね!?」
 乱太郎たちが弾んだ声を上げる。
「諸泉だっ」
 脱力した尊奈門が手を額に当てながら起きあがる。「今から鍵を開けてやるから…」
 言いながら針金で鍵を開けようとしたとき、
「いいか、忍タマどもが逃げ出さんようにしっかりと見張っておるのだぞ」
「ははっ」
 足音が響いて八方斎と雪鬼がやってきた。
「大人しくしておるな、忍タマどもめ」
 八方斎がじろりと牢の中の3人に眼を遣る。「ここから出られると思うなよ」
 言い捨てた八方斎が立ち去り、雪鬼が残る。すでに尊奈門の気配は消えていた。

 


「た、たいへんで~すっ、土井せんせいっ!」
 けたたましい声を上げながら小松田がどたどたと廊下を走ってくる。
「小松田君、どうしたんだい」
 部屋に入ってきた小松田はぜいぜいと肩で息をしている。
「こ、この手紙が…ぜい、はあ…この棒手裏剣に結わえられて門に…!」
「げ…ということは…?」
「はい! タソガレドキ忍者の諸泉さんからの果たし状ですっ!」
「なんだってぇ!? 今日、2回目じゃないか…!」
 半助が思わず頭を抱えてうめく。
「…やっと宿題の採点が終わって、次のテストの準備をしようと思っていたのに…」
「ま、とにかくそういうことなので、お読みください」
 先ほどまで息を切らしていたのがウソのようにけろっとした表情になった小松田が立ち去る。
 -うう…読みたくない…。
 小松田に押し付けられた手紙を嫌そうに眺めていた半助だったが、やがて震える手で開いて読み始める。と、眉が大きくピクリと動いた。
 -これは…!
 一転して険しい顔つきになった半助は、手早く荷物をまとめるとひらりと塀を乗り越えて走り出す。

 


「…来たな、土井半助」
「手紙は読んだ…これは本当なのか」
 裏山の一本松の下で、半助の気配に姿を現した尊奈門に声をかける。
「本当だ」
 嘘ではない、と思った。忍としてはどうかと思うほど正直に感情の現れる眼が、容易ならざる事態を伝えていた。
「で、乱太郎たちはどこに捕まっているんだ」
「ドクタケの出城だ」
「だが、それをなぜ…」
 先ほどまで果たし合いをしていた自分にわざわざ伝えに来たのだろうか。
「ドクタケは秘密の砦を作っている。わがタソガレドキを見張るために…」
 言葉を切った尊奈門は、突き放すような口調になって言う。

「だが、生徒を助けるのはお前の役目だ。私はドクタケを探るだけだからな…行くぞ!」
「わ、わかった」
 先に立って駆け出す尊奈門に、半助が続く。

 


「…なるほどな。ドクタケにしてはいい場所を見つけたものだ」
 砦の建設現場を望む高い枝の上にしゃがんだ半助が低い声で呟く。
「そういうことだ。では、私は組頭に報告に行く」
 言い捨てて背後の木の枝に飛び移ろうとした尊奈門の腕を半助が捉えた。
「ちょっと待ってくれないか、尊奈門君」
「気安く人の名前を呼ぶな…」
 覆面をしていても分かるほどの渋面になった尊奈門が声をひそめながら咎める。「それに、私は急いで報告しなければならないんだ」
「まあ、聞いてくれないか。きっと損にはならない話だから」
 尊奈門の肩に腕を回した半助がにっこりしながらささやく。
「タソガレドキがこの砦を破壊するのは簡単だろう。だが、そうなるとタソガレドキが先制攻撃をしたことになる。当然ドクタケは反撃するだろうし、そのまま全面的な衝突になりかねない。それは、他の城との戦の最中のタソガレドキにはあまり望ましいことではない。二正面作戦が兵法の愚策であることは尊奈門君も知っているだろう?」
「あ、当たり前だ」
 さりげなく持ち上げられて悪い気はしない尊奈門は、顔を赤らめながらそっぽを向く。
「だから、こういうのはどうだろう。あの砦は忍術学園が破壊する。学園の生徒が捕えられたんだ、当然の報復だろう? その代わり、尊奈門君にもちょっと手伝ってもらいたい。ことが終わった後で、君は学園があの砦を破壊する始終を目撃したとして報告すればいい」
 どうだい、いいアイデアだろ? と顔を近づけたまま半助はウインクする。その笑顔を凝視しながら尊奈門は必死で考えをめぐらせる。
 -これは乗ってしまっていい話なのだろうか…一見、こちらにとってはメリットのありそうな話だが、土井半助のことだ、きっと何か裏があるに違いない。私を、タソガレドキを陥れるような何かがきっとあるはずなんだ…!
「どうする? 尊奈門君」
 肩を捉える半助の手に力がこもる。尊奈門の視線が泳ぎ始める。
「…それで、私は何をすればいいんだ」
 しばし考えた後に、ようやく尊奈門が声を絞り出す。
「ありがとう、尊奈門君」
 満面の笑みを浮かべた半助が言う。「私の作戦はこうだ。まず、君が乱太郎たちを救出して安全な場所に連れていく。その間に私は…」

 


「交代だ、雪鬼」
 足音とともに現れた同僚の姿に、雪鬼はいぶかしげに眉を上げる。
「露鬼、どうした。交代とは聞いてないぞ」
「八方斎様のご命令だ。至急ドクタケ城に戻れとのことだ」
「え~!? こんな時間にかよ…ったく八方斎様も人遣いが荒いなぁ」
 立ちあがった雪鬼がぶつくさ言いながら立ち去る。その足音が遠ざかったのを確認した露鬼が、おもむろにしゃがんで針金で鍵を開け始める。
 -あれ…?
 壁にもたれて力ない眼で見張りの交代を眺めていた乱太郎が眼を見張る。
「あの…もしかして、尊奈門さんですか?」
 そっと声をかける。
「ああ。今から君たちを助け出して土井半助に引き渡す。だから大人しくしているんだ」
 低い声で言いながら指先を動かす。ほどなくカチッと音がして鍵が開いた。
「じゃ、土井先生も来ているんですね?」
 期待に満ちた声で乱太郎がささやく。
「そういうことだ…よし、行くぞ。もしドクタケに見つかったら、すぐに隠れて気配を消すんだ。いいな」
 牢に入って素早く3人の縄を解くと、鋭い視線で周囲を確認した尊奈門が先導する。すでに陽は傾いて、窓の少ない通路はほぼ真っ暗である。手にした灯は手元を照らすのがせいぜいだったから、背後の乱太郎たちが完全に気配を消せば誰にも気づかれるはずはなかった、はずだった。
「そこに居るのは誰じゃい!?」
 鋭い声が廊下に響く。声の主は八方斎だった。背後に数人のドクタケ忍者を従えている。
「へい、露鬼でやす」
 尊奈門が返事をすると同時に乱太郎たちが背後の壁に貼りついて気配を消す。
「ほう、露鬼、おまえなぜこんなところにいる」
 眼を細めた八方斎が訊く。
「い、いやあ…巡回をしておりまして」
 背中を冷たい汗が伝うのを感じながら尊奈門演じる露鬼が応える。
「そうか。それはご苦労」
 尊奈門の背後の気配に全く気付かない八方斎が通りすぎようとする。「へい」と尊奈門が頭を下げたとき、
「へっくしっ」
 鼻先がむずむずしていたのを耐えかねたしんべヱがくしゃみをする。
「ん!?」
 当然ながら八方斎が反応する。後ろに控えたドクタケ忍者たちが一斉に動き出す。
「やばい!」
「だめだよしんべヱ!」
「忍たまだ! ここに忍たまがいるぞ!」
「つかまえろっ!」
 いくつもの声が交錯する。

 


「く…なんで私までが…」
 牢の中には尊奈門が加わって4人が放り込まれていた。
「見慣れない忍者だが、お前の素性は後でじっくり聞かせてもらうとしよう…楽しみにしているのだな。ぐわっはっは…」
 上機嫌ながらどこか心ここにあらずといった態の八方斎が笑い声を響かせながら立ち去る。
「…ごめんなさい、尊奈門さん」
 上目遣いに見上げながらしんべヱが涙声で言う。
「なに、構わない。八方斎は私がタソガレドキの者であることを知らなかった。そして、ロクに身体検査も取り調べもしないで牢に入れた。これはおそらく、ドクタケがとても慌てているサインだ」
 縛られたまま片膝立ちに身を起こした尊奈門が呟く。そして、ようやく周りを見廻しながら言う。

「君たちは大丈夫かい。縄はきつくないかい」
「私たちはだいじょうぶです。しょっちゅう事件にまきこまれるので、敵につかまるのは慣れてますから」
 乱太郎が苦笑しながら説明する。
「捕まり慣れてるって…」
 呆れたように呟いた尊奈門は、見張りの眼を盗んでささやきかける。
「とにかくもう少しの我慢だ。脱出のチャンスが来るだろうから…って、な、なんだこれは!?」
 石張りの床に伝うねっとりとした液体に気づいた尊奈門がぎょっとしたように後ずさりする。
「ああ、これはしんべヱのよだれです。きっと食べもののにおいがするんです。しんべヱの鼻は食べ物に関しては犬よりすごいので」
「ご、ごはんだ~」
「そ、そうなのか…」
 呆然と乱太郎の解説を聞いた尊奈門が再び鋭い眼で見張りの動きを捉えながらささやく。
「だが、その食事時がチャンスだ」
「どういうことですか?」
「もうすぐ夕食だ。たいてい食事時とシフトの交代は同時だから、人の動きが大きくなる。それに、これから休憩に入る人間は注意力が散漫になりがちだ。そこがつけ入るチャンスということだ」
「まずい、食事時に外に出るとなると…」
 きり丸がぎょっとしたように声を上げる。
「うん、とってもまずい…」
 乱太郎の顔が青ざめる。
「ん? どういうことだ?」
「しんべヱ、いまとってもおなかをすかせているから、食事時に牢から脱出なんかしたら、台所に突進しちゃいます」
「そうなったら、だれにも止められないんです」
 乱太郎ときり丸が口々に説明する。
「ほ、本当かい? それでは脱出できないじゃないか…」
 尊奈門が引く。
「でもだいじょーぶ! 脱出するときにしんべヱの鼻をふさいでおけば!」
「でも、なにかあるの?」
 眼を光らせたきり丸を乱太郎が不安そうに見る。
「今日、洗濯のバイトしたときに落ちてた洗濯バサミをふところにいれたはずだぜ!」
「よし、それを使おう。いずれ食事の交代で見張りがいなくなるはずだ。その時に脱出する」
「でも、どうやって?」
 よだれをたらしていたしんべヱがふと気づいたように訊く。
「ドクタケがロクに身体検査しなかったと言ったろ? 連中、袴の腰板や手甲は調べたが、足袋の底に仕込んだ小しころは見つけられなかったということだ。それに、この鍵のくせはもう覚えた。今なら5秒で開けてみせるさ」
 尊奈門が落ち着き払って説明する。
「おお、すごい」
「しょせんそんなもんとおもってたけど、さすがタソガレドキ忍者」
「諸泉だッ!」

 


「土井先生! きてくれたんですね!」
「先生、こわかったよ~」
 出城の牢を脱出した尊奈門たちが、森の中の待ち合わせ地点に現れる。半助の姿を認めた3人が駆け寄る。
「よしよし、お前たち、無事でよかったな」
 しゃがみこんで自分の身体にしがみつく3人の頭をなでた半助は、少し離れたところに立っている尊奈門に気づくと、立ちあがって深く頭を下げた。
「私の生徒たちを助けてくれて、ありがとう」
「なに、大したことではない」
 思いがけない半助の行動に照れたように顔をそむけた尊奈門だったが、すぐに思い出したように向き合う。「それで、砦の方はどうなった」
「ああ、いろいろと細工をしておいた。仕上げはちょっとばかり尊奈門君にも手伝ってもらうけどね」
 いたずらっぽく半助が応える。
「あ、そうだ! 先生、私たち、見ちゃったんです!」
「ドクタケがひみつの砦をつくってて…!」
 はっと気づいた乱太郎たちが慌てて半助に報告しようとする。
「分かってる。今から尊奈門君とその砦を破壊する。だから、お前たちはここでじっとしているんだ。いいな、決して、絶対に、間違っても私たちを援護しようとして石など投げるんじゃないぞ。わかったな」
「「は~い!」」
「では行こうか、尊奈門君」
「先生、そなもんさん、行ってらっしゃ~い」
 にこやかに手を振る3人にちらと眼を遣りながら、尊奈門は半助がやけに強調していたことの意味を聞かずにいられない。
「なぜ、あんなに石を投げるなと強調するんだ?」
「ああ、それはね」
 半助が苦笑する。「忍たまのお約束でね。敵をやっつけようとして投げた石は必ず味方に当たることになっているんだ」
「…そんなものなのか」
 そういえばそんなことがあったと思いだしながら尊奈門がぼそっと返す。「先生というのは、大変なんだな…」

 


「なにをやっとるのじゃぁ! このままでは砦が崩れてしまうだろうがっ!」
 八方斎が口角泡を飛ばす。「それにもうすぐ陽が暮れるぞ! もっと松明を持って来んか!」
「ええ~、夜もやるんですかぁ?」
 傍らに控えた風鬼が情けない声を上げる。
「何を言っておる! 当たり前だ! このまま放っておいたら朝になるまでに崩れてしまうだろうがっ!」
「「へ~い」」
 徐々に薄暗くなる中、松明が増やされた建設現場に嫌そうな声が上がる。
「…あれは土井が仕組んだのか?」
 その様子を物陰で探っていた尊奈門がそっと訊く。
「ああ。さすがドクタケだけあってね、基礎の工事がいい加減だった。だから、いくつか杭や柱を結わえてある縄を切っておいた。それだけであれだけガタが来ているんだ」
 可笑しそうに笑いをこらえながら半助が説明する。
 -そうか。だから八方斎たちは慌てていたというわけか…。
 自分を捕えた時の八方斎の心ここにあらずといった表情を思い出した尊奈門はようやく納得する。
「で、これからどうするんだ」
「もうすぐ出城の連中が夕食を運んでくる。そいつらになりきって建設現場に潜り込み、伝火を仕掛ける。土台ごと木端微塵にするためには、短時間にあちこちに仕掛ける必要がある。これがあの砦の見取り図だ」
 懐から出した紙を広げて半助があちらこちらを指し示す。「尊奈門君には、この中心部分から奥にかけて、こうやって仕掛けてほしい。この配置は大事だから、必ずこの通りに仕掛けてくれないか…」

 


「仕掛けは終わったぞ。これからどうするんだ」
「ありがとう、尊奈門君。さすがタソガレドキ忍者だ、仕事がはやいね」
 笑顔でねぎらった半助だったが、すぐに鋭い視線で周囲を探る。そして、「こうするのさ!」と近くにあった松明を蹴り倒す。
 -!
 尊奈門が息を呑む。火の粉を散らしながら倒れた松明は猛るようにひときわ高く炎を燃え上がらせ、いくつもの薪とともに地面に撒き散らされる。その一つからちりちりと音を立てて小さな火花が一直線に進んでいくのが見えた。
「よし、着火成功だ。次は私のマネをしながらここから脱出するんだ。いいね!」
 伝火に気を取られている間に半助は覆面をすると走り出す。「おお~い、大変だ! 砦が崩れ始めたぞぉ!」と叫びながら。
 -なるほど、敵を撹乱したすきに脱出する作戦だな。
 すぐに半助の意図を察した尊奈門も覆面を締め直すと叫びながら駆けまわる。
「大変だぁっ! 仲間が巻き込まれた! すぐこっちに来てくれ!」
「なんだと?」
「どこだ?」
 騒ぎを聞きつけたドクタケ忍者たちがわらわらと集まってくる。
「こっちだこっちだ!」
「もっと奥に行ってくれ!」
 ドクタケ忍者たちを奥に誘導しながら2人は砦の敷地から背後の森に逃げ込むことに成功した。
「さて、そろそろだな」
 覆面を下ろして満足げに腕を組んで砦に向かって立つ半助の横顔を、空恐ろしそうな眼で尊奈門が見つめる。
 -あの眼は…。
 軽い微笑を浮かべているが、その眼は昏い怒りが渦巻いている。

 -そうか、これが土井の報復なのか…。

 今まで見たことのない半助の表情に、背中を冷たい汗が伝うのを感じる。と、唐突に砦から発したまばゆい閃光に思わず眼を掌でかざす。次の瞬間、轟音とともに地響きがして爆風が吹き寄せてきた。
「く…」
 砦に仕掛けた伝火であることを思い出すのに少し時間がかかった。立ち尽くす尊奈門の手を半助が握って引っ張る。

「ここは危険だ。もっと奥に逃げるぞ」
「あ、ああ…」
 呆然としたまま声を漏らした尊奈門を引きずるように、半助は森の奥へと駆けていく。

 

 

「な、なにごとだこれは…」
 柱材が燃え盛るなか、次々と地響きをたてて土台が吹き飛ぶ。もうもうと立ち上る土煙の中からヒューと音を立てていくつもの光の筋が飛び出すと、上空で色とりどりの火花を散らしながら弾ける。
「どうなっているのだ…」
 顎が外れたようにあんぐりと口をあけたまま八方斎がうめく。
「あ、あれ…きっと土井半助の仕業だ…」
 傍らで呆然と火花が舞う夜空を見上げていた風鬼が呟く。
「ど、どういうことだ風鬼!」
「息子のふぶ鬼が言ってたんです。乱太郎たちの担任の土井半助は火薬委員会の顧問で火薬には詳しいはずなのに、火薬を調合するとなぜか花火になっちゃうって」
「むむ…ということは、土井半助がここに紛れ込んでいたということか…」
 腕組みをした八方斎がうなったとき、
「八方斎さま~っ! たいへんで~すっ!」
 息を切らせながら雷鬼が駆けてきた。
「なにごとじゃぁっ! もう十分たいへんなことになってる時に…!」
 怒鳴りかけた八方斎だったが、「忍タマどもが逃げ出しました!」の声に再び口をあんぐりと開けたまま硬直する。
「な、なんだと…!?」 
「ま、今回もやられちゃったっていうわけですかね…」
 のんびりと言う風鬼を怒鳴りつけることさえ忘れて立ち尽くす八方斎だった。

 


「…ずいぶん派手にやったものだな」
 仕掛けを手伝った伝火が花火になっているとは想像もつかなかった尊奈門が、華やかに彩られた夜空をちらと見上げて言う。
「ああ。ああすれば、あの伝火が私の仕業だということが分かる。それなら学園が忍たまを捕まえられた復讐だとドクタケも思うだろう」
「なぜそんなことが…?」
 意味を理解しかねた尊奈門が、上背のある半助の顔を見上げる。
「実はね、私が調合する火薬は、なぜか花火になってしまうんだ…ははは」
 困ったものだ、と頭をぽりぽり掻く半助に、なお疑問が解けない尊奈門は訊く。
「だが、そんなことをなぜドクタケが知っている」
「それはね」
 にっこりしながら半助は説明する。「一年は組の生徒たちとドクタケ忍術教室のドクたまたちは仲がいいからさ」
「そんなことが…」
 尊奈門が絶句する。「そんなことがありうるのか。忍術学園とドクタケ城は敵同士のはずなのに」
「まあそうなんだけどね」
 軽く肩をすくめた半助が続ける。「子どもには子どもの世界がある。そこには大人とは違う理屈がある。往々にして大人よりよほど理屈が通ってることが多い世界だと思うこともよくあるのさ」
 夜空を見上げながら半助が言う。子どものことを語る半助は、なぜこんなにも伸びやかな表情になるのだろうかと尊奈門は考える。
「ねえ、尊奈門君。我々も一度は子どもだった頃があるはずなのに、どこにあんなに自由だった心を置いてきてしまったんだろうね。忍たまとドクたまたちを見ていると、大人というものは、ずいぶんといろいろなものに囚われた不自由な生き物なんだなっていう気がしてならない」
「それは、世の中がまだ見えてないせいだ。成長して自分の周りを見渡せるようになったとき、自分が何に属しているかを理解すれば、自ずから生き方も決まってくるはずだ」
 低い声で尊奈門は言い切る。
「それはそうかも知れないね」
 半助も否定しない。
「私は、子どもというものは皆、捉われない自由な心を持っているもんだと思っている。それが君の言うとおり、成長するにつれて失わざるをえないものだとしても、自由な心を持っていたことを忘れないでいてほしいと思っている」
「お前はどうなんだ、土井半助」
「私か? 私は、まあ…」
 苦笑に紛らせながら半助は言う。「こんど君が果たし合いではなく私と話し合いに来たなら、教えてやってもいいかな」

 


「あ、土井先生だ!」
「もう、おそいっスよ。先生」
「おなかすきました~」
 戻ってきた半助を見つけるや、乱太郎、きり丸、しんべヱが駆け寄る。
「ああ、すまんすまん。よし、学園に戻るぞ」
「あれ? 先生、尊奈門さんは?」
 乱太郎が気がついたように言う。
「ああ。尊奈門君はタソガレドキ城に帰ったよ。きっといろいろ報告することがあるのだろう」
「あ、そっか」
「そんなことより先生、はやくいきましょうよ」

 


 -捉われない心か…。
 3人に手を引かれながら夜の山道を下っていく半助を見送りながら、尊奈門は半助の言葉を反芻する。
 -だが、そう語るときの土井の表情は、決して子どもの頃を懐かしむようなものではなかった…。
 半助の表情ににじむわずかな苦渋を、尊奈門は見逃していなかった。
 -私は少年時代を組頭の看病に捧げた。たとえそれが自由でなかったとしても、そのことになんの後悔もない。だが、土井はどうなんだ。
 半助の表情ににじんでいた苦渋は、それが決して幸せな子ども時代ではなかったことを表しているように思えた。そして半助の言葉の半ばは忘れたように考えるのだった。
 -よし! 今度土井半助と勝負するときは、文房具なしの真っ向勝負で打ち負かして、アイツの過去を洗いざらい白状させてやる!

 

 

<FIN>

 

 

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