団蔵の受難
春日さんからいただいたお題「兵団」を書いてみました。
この2人のコンビの場合、団兵のcpが多いのだそうで、なるほど私もそっちの方が書きやすそうだと思ったのですが、そこをあえて逆張りで来られたからには、受けて立つしかないでしょう(え)
というわけで、うまいこと兵太夫の口車に乗ってしまった若旦那のお話を春日さんに進呈いたします。
「まったく、なんでぼくだけ…」
ぶつぶつと呟きながら忍たま長屋の廊下を歩くのは、兵太夫である。
「ついてないの…!」
休日の今日は、作法委員会のメンバーで、街に首実検用の化粧品を買いに行くことになっていた。だが、急にドクタケが戦の動きを強めているという情報が入って、委員長の仙蔵は六年生たちで編成された偵察隊の一員として出かけてしまった。四年の喜八郎は買い出しの約束など忘れてどこかで落とし穴を掘っているのか姿が見当たらないし、三年の藤内は風邪で寝込んでいた。一年い組の伝七はどこかで勉強でもしているのか、これまた行方不明だった。
-藤内先輩までだめなんて…。
生真面目で、こういう場合に一番当てになるはずの藤内までが動けず、医務室に見舞いに行った兵太夫は、買い物リストと銭を渡されて買い出しを頼まれてしまったのだ。
「だれかいないかなぁ…?」
一人で街まで行くのもつまらないと考えた兵太夫は、いっしょに行ける人がいないかと忍たま長屋にやって来たのだ。
-三治郎は用があるって出かけちゃったし、乱太郎としんべヱはきり丸のバイトの手伝いだって言ってたし…庄ちゃん、いるかなぁ?
庄左ヱ門たちの部屋をのぞいた兵太夫は、すぐに首をすくめてそっと立ち去る。
-庄ちゃん、伊助に勉強を教えてたんだ…じゃまするわけにはいかないし…。
では、隣はどうだろうか。
「あ…」
おもわず声が漏れた。部屋には、いかにも暇そうな忍たまが一人。
「ふぁぁあ…」
あくびが止まらない。団蔵は退屈を持て余していた。
-つまんない…。
こんな休日になるはずではなかった。今日は清八が来る予定だった。学園への荷物を届けた後は、裏山で久しぶりに乗馬の稽古をすることになっていた。急ぎの荷物で京に行くことになりさえしなければ。
「ふぁぁあ…」
何度目かのあくびの後、仰向けで天井を見ていた身体をごろりと転がせてうつ伏せになる。開け放した襖の向こうに廊下と庭の前栽が見える。その向こうには学園の塀と、緑の山々と、青く晴れ渡った空が見えた。
-こんなに天気がいいのに…。
ため息をついて顔をそむけようとしたとき、廊下を歩いていた影が立ち止まるのが眼にとまった。
「だーんぞ!」
期待に満ちた顔で声をかけてきたのは兵太夫である。
「なにしてるの?」
「ひましてる…」
ぼそっと答えて顔を伏せようとした団蔵は、ふと気になって顔を上げた。
「出かけるの?」
兵太夫は外出用の平服姿だった。
「うん。街に買い出しに行くんだ。いっしょに行かない?」
団蔵はがばと身を起こした。
「うん! 行く!」
「ほう。作法委員会の買い出しで街に行くのか」
筆を走らせながら、伝蔵が言う。
「で、ぼくはつきそいです!」
兵太夫の傍らで団蔵が手を挙げる。
「そうか。ではこれが外出許可証だ…ところで、おまえたちに頼みがあるのだが」
外出許可書を手渡した伝蔵が、懐から別の書状を取り出す。
「これを街の但馬屋というお店の主人に渡してきてくれないか。私からだと言えばすぐにわかる」
「はい!」
「わかりました!」
「兵太夫! あそこの団子屋で休んでこうぜ!」
言いながら、すでに団蔵は駆け出している。
「まってよ…あわてる子どもはローカでころぶぞ…」
「ローカじゃないからだいじょうぶだって」
「しょうがないな」
兵太夫が小走りに追いつく。
「お団子二人前ください!」
すでに床几に掛けた団蔵が注文を出している。
「団蔵、はやすぎ」
隣に腰を下ろした兵太夫が口をとがらせる。
「そうかなぁ」
足をぶらぶらさせながら団蔵がとぼける。
「そうだよ。せっかく買った化粧品を落としたらたいへんなんだから、もっとゆっくり歩かないと」
懐を押さえながら兵太夫はなおもぶつぶつと続ける。その時、
「はい、おまちどう」
団子屋の主人が団子と茶を運んできた。
「いやぁ、ここのお団子はいつたべてもおいしいね!」
団子を一口ほおばった団蔵が、大仰に言う。
「まあ、そうだね」
これ以上文句を言っても聞き流されるだけだと思った兵太夫は、茶を一口すする。と、ふと気づいて訊く。
「そういえば団蔵、但馬屋さんのお手紙はちゃんと持ってる?」
「トーゼン!」
懐を軽くはたいて手紙の存在を確認した団蔵が胸を張る。
「それにしても、なんのお手紙なんだろうね」
団子をほおばりながら兵太夫が訊くともなしに口を開く。
「そういえばそうだね。それになんで山田先生のこと、知ってるんだろ」
たいして興味なさそうに足をぶらぶらさせながら、団蔵は二串目の団子を口に運ぶ。
「ぼくは、但馬屋さんのご主人は、草だと思う」
考え深げに兵太夫は声を潜める。
「草って?」
「忍者だよ。街の中で、ふつうの人みたいに生活しているけど、実は情報をあつめたり、忍者どうしの連絡役だったりするんだ」
「忍者?」
ぶらぶらさせていた足が止まった。
「声が大きいって」
鋭いささやき声で兵太夫が注意する。
「ご、ごめん…」
それきり兵太夫は何も言わずに団子をもぐもぐと食べ続けた。気まずい沈黙が流れる。
「…そういや、この先でドクタケが検問所をおいたらしい」
「いよいよ戦が近いってことか…」
ふいに、近くの床几に掛けていた商人たちの会話が耳に入ってきた。団蔵と兵太夫が思わず顔を見合わせる。
-このさきって…。
-まずいよ。学園に帰る道だよ。
戸惑ったように視線を交わす。
「あ、検問所だ」
「どうしよう」
学園に向かう街道筋には、検問所が設置されていた。ドクタケの様子を探りに行った仙蔵たちは無事だろうかとふと考える。
「ねえ、兵太夫。どうする?」
団蔵が訊く。
「ふつうの子どもですって顔でとおればだいじょうぶだよ」
兵太夫は言い切るが、団蔵は懐に手を当てたままもじもじしている。
「どうしたの、団蔵?」
「う、うん…もし、ぼくがあずかった手紙が見つかったらどうしようかなって…」
「あ、そうか…」
兵太夫もはっとする。商人として街中に入っている草が忍術学園の教師に宛てた手紙であれば、もしかしたら重要な内容が書かれているかもしれなかった。
「う~ん、どうしよう…」
腕組みをして考え込んだ兵太夫の指が、懐にしまいこんだものに触れた。
「あ、そうだ!」
何か思いついたらしい兵太夫が、ぽんと手を打つ。
「どうしたの?」
いぶかしげに団蔵が訊く。
「あやしまれないように、変装すればいいんだよ!」
自信たっぷりに言い切る。
「なにに変装するのさ」
「きまってるだろ。団蔵が女の子に変装するのさ」
「ちょ、ちょっと待ってよ…」
後ずさりしながら団蔵が声を上げる。
「ちょっと待たない。あんまりこんなところでうろうろしてたら、ドクタケにあやしまれるだろ」
にやりとした兵太夫が一歩足を踏み出す。
「で、でもさ…どうやって女の子に変装なんかするのさ…」
「変装道具なら、ある!」
これさ! と懐から買ったばかりの化粧品を取り出す。
「い、いやさ…でも、おれ、女装の授業でいつも山田先生に注意されるくらいお化粧へただし…」
脂汗を流しながら団蔵が抵抗を試みる。
「だいじょうぶ! ぼくは作法委員会で首実検用のお化粧のやりかたを練習してるから!」
じり、と満面の笑顔の兵太夫が身を乗り出す。
「で、でもさ…ど、どうせなら兵太夫が女装したほうがよくない? なんというか、女の子っぽくなりやすいっていうか…」
もはや団蔵は涙目である。
「だって、鏡もってないし。自分がお化粧するわけじゃないから、作法委員会では鏡をつかわないんだ」
「い、いやでもその…」
逃げ口上をことごとく封じられて、団蔵はいよいよ進退窮まる。
「いいからこっち来て!」
業を煮やした兵太夫が、団蔵の手を引いて街道脇の茂みに引きずり込む。
「ほら、こうやっておしろいぬって、歯におはぐろつけて、紅はうすめにちょっとだけ…あとは髷をといて、着物のそでをもとにもどせば、ほら、いちおう女の子っぽくなった!」
「そ、そうかな…?」
自分がどのような姿になったのか確認できない団蔵は、不安そうに訊く。
「だいじょうぶだって! じゃ、行くよ!」
茂みから出てきた兵太夫は、団蔵の手を引いたまま検問所に向かう。
「団蔵、女の子がそんながにまたで歩いたらおかしいよ」
声を潜めて注意する。
「じゃ、ど、どう歩けばいいのさ」
「女の子はもっとうちまたで、ひざをくっつけるように歩かなきゃ」
「こ、こう…?」
「そうそう、いい感じ! 検問所ではぼくがしゃべるから、団蔵はすっごいはずかしがり屋の女の子みたいにしてて。それから、手紙はぜったいに見つからないようにね」
「わ、わかった…」
「お前たち、子どもだけでこんなところを通ってどこに行く」
兵太夫たちの順番が来た。眼の前に八方斎とドクタケ忍者たちが立ちはだかる。
「ぼくたち、このさきの温泉にいる父ちゃんと母ちゃんのところに行くんです」
一歩進み出た兵太夫が答える。その背後に隠れるように身をかがめた少女がいた。
「お前たちは兄弟か」
「はい。あの、はやく行きたいから、こことおしてください」
「おまえ、どこかで見たことがあるような…」
一般の子どもを装う台詞をあっさりと聞き流した八方斎は、兵太夫の顔をねめつける。
「いや、どこかで見たことのない子どもです」
「ふむ、ところでお前、さっきからなぜ顔を隠そうとする」
八方斎の眼は、すでに不自然に顔を隠そうとする少女の動きを捉えていた。
「妹はとってもはずかしがり屋さんなんです。だから、あんまりじろじろ見ないでください」
少女を背後にかばうようにしながら、兵太夫は作り笑いを浮かべる。
「そうかの…」
八方斎の眼が細くなった。
-やば…気付かれたかな。
ごくりと生唾を呑み込む。背中を冷たい汗が伝う。
「妹とやら、お前、さっきからなにか隠そうとしてないか? 懐になにか隠しているだろう! 出すのだ!」
威嚇するように声を上げると、八方斎は少女の懐に手を伸ばそうとした。
「え、エッチ!」
甲高い声が響いた。少女が初めて声を上げたのだ。
「な、なに…」
思わず八方斎がたじろぐ。
「ぼくの団子にさわるな!」
素早く形勢を看取った兵太夫が、鋭く叫びながら少女と八方斎の間に身体をねじ込ませる。
「だ、だんごだと…?」
八方斎たちの眼が点になる。
「だんごじゃない! だんこだ! ぼくの妹の団子だ!」
「いやっほーーい!」
服を脱ぎ捨てた団蔵が、手拭いを振り回しながら湯船へと駆けていく。
「あぶないからそんなに走るなよぉ。それに、女の子のお化粧しておチンチンぶらぶらさせてるなんておかしいぞぉ」
手拭いで前を押さえながら、兵太夫が声を上げる。
「だからこれから落とすのさ!」
どぼん! と湯に飛び込んだ団蔵が、ごしごしと手拭いで顔をこする。
「ま、いいか。とりあえずここまで来れたんだし」
身体を洗いながら兵太夫は呟く。
兵太夫たちは、気勢をそがれた八方斎たちの追及が鈍ったところをあいまいに言い紛らわせて、検問所を無事に通過することに成功していた。いまは街道筋から少し外れた森の中にある温泉に立ち寄っていた。
「それにしてもすごかったなぁ。兵太夫が八方斎あいてにあんなにカッコいいとこ見せるなんてさ」
化粧を落としおわった団蔵が、ようやく落ち着いたように湯船の縁に腕を載せる。
「そんなことないよ。団蔵のあの『エッチ!』がなかったら、ぼくも八方斎の迫力に負けてたかもしれない。あれで八方斎たちの態度ががらっと変わったからね」
頭に手拭いを載せて湯船につかった兵太夫が、空を見上げる。
「あれはとっさに言っただけだよ」
照れたように団蔵が頭を掻く。
「…ああいうとき、女の子ならなんていうのかなって考えたら、おもいついたんだ」
「とっさにそれだけおもいつくなんて、やっぱりすごいよ…それにしても」
思い出したように兵太夫がぷっと噴き出す。
「どうしたのさ」
不審そうに団蔵が訊く。
「いや、あの団蔵の『エッチ!』って言われたときの八方斎とドクタケ忍者たちの顔をおもいだしたらおかしくて…」
こらえきれないように笑い出しながら兵太夫が説明する。
「そりゃそうだね…あっはっは!」
「あはははは…!」
2人の笑い声が森に響く。晴れあがった空に、茜色が差し始めていた。
「さてと、これで終わりっと!」
作法委員の部屋で首実検用の化粧品の補充を終えた兵太夫は、容器を棚に戻すと大きく伸びをした。
-そろそろ三治郎も帰ってくるころだし、夕ご飯のときにさっきの話をしてやろうっと…。
三治郎なら、昼間の冒険の話をきっと面白がって聞いてくれるだろうと考えながら、忍たま長屋に戻ろうと襖に手をかけようとしたとき、廊下をどたどたと駆ける足音が近づいてきた。
-だれだろう。あわてる子どもはローカで…。
転ぶ、と言ってやろうと思った次の瞬間、がらりと襖が開いた。
「へーだゆ~っ!」
団蔵だった。よほど動揺しているのか眼は涙ぐみ、鼻からは鼻水が垂れている。
「団蔵? いったいどうした…」
「どーしたもこーしたも!」
がばと兵太夫の肩を掴んだ団蔵が激しく揺する。
「どーしたもこーしたも?」
「おれの歯、まだおはぐろがついたまんまなんだ!」
くっと顔を近づけて怒鳴った団蔵の歯には、まだ鉄漿がくっきりと残っている。
「あ…」
思わず絶句する。
「は組のみんなに見つかっておおわらいされちゃったんだぞ! これ、どうやっておとすんだよ!」
「あ、えっと…」
眼をそらしながら頬をぽりぽりと掻く。
「どーすりゃいいんだよ! おしえてよ!」
「いやその…わかんない」
てへ、と小さく舌を出す。
「それ、どーゆーことだよぉ!」
再び団蔵の手が肩を揺する。
「うーん、とにかく、ご飯食べたり歯みがいたりしてるうちにだんだんとれてくるから…それまで待つしかないっていうか…」
「そんなぁ」
肩を掴んでいた手から力が抜けたと思うと、団蔵はその場に座り込んだ。
「だって、首実検のときのお化粧は、別にあとで落とすなんてことしないし…」
おろおろと兵太夫が声をかける。
「だからって…おれ、首実検用の生首じゃないんだし…」
「わかったよ…」
なおも恨みがましく文句を言う団蔵にため息をついた兵太夫は、先ほど棚に戻したばかりの化粧品の容器を手に取る。
「…じゃ、おはぐろが目立たないようにしてあげる」
「ホント!? どうやって!?」
座り込んでいた団蔵が眼を輝かせて立ち上がる。
「もう一回、女の子のお化粧してあげる! そうすればおはぐろもめだたなく…あれ?」
気がつくと団蔵の姿が消えていた。どたどたどた…と遠くなる足音に、兵太夫は首をかしげる。
「せっかくサイコ―なお化粧してあげようとおもったのに…」
<FIN>
Page Top ↑