新事業を創ろう
勘右衛門がアニメに登場したての頃、学級委員長委員会の現状に危機感を抱いてなにか行動しようと試みるお話がありました。アニメではみんなで考え疲れて終わってしまいましたが、実際に何か考えついて行動したらどうなるかを想像してみました。がんばれ、学級委員長委員会
「なあ三郎」
「なんだ?」
学級委員長委員会室で、後輩たちが立ち去った後に残った三郎と勘右衛門だった。いま、勘右衛門がやや思いつめた表情で話しかける。
「…今日もお茶飲んでグチ言って終わったな」
「ああ、いつも通り、ね」
何が問題だ? と言わんばかりに三郎が軽やかに言い捨てる。
「それってどうかと思うんだけど」
「またその話かよ」
「でもさ」
「学級委員長はクラスによってあり方が変わるんだから、それぞれがうまくやれてる間は別に口出しすることじゃないだろ? 何かあったら相談に乗ってやればいいわけだし」
これ前にも言ったよな、と付け加えた三郎が肩をすくめる。
「だったら、なにも学級委員長委員会として集まる必要なんてないじゃんか。こうやって集まるからには、それなりの活動があってしかるべきだろ?」
勘右衛門の口調は固い。
「あのさ、勘右衛門」
今日の勘右衛門はしつこいな、と思いながら三郎は向き直る。
「なんだよ」
「今日はなにがあったわけ?」
言いながら半眼で勘右衛門をじっとりねめつける。
「な…んだよ」
勘右衛門が顔をそむける。「別になんでも…」
「ないわけないだろ?」
遮って三郎がぐいと顔を寄せる。「だいたい勘右衛門は大雑把なくせに時々ムダに原理原則にこだわるからな」
「ムダってなんだよ」
ふてくされたように顔をそむけたままの勘右衛門である。
「ムダはムダだろ?」
肩に腕を乗せてさらに顔を近寄せた三郎がニヤリとする。
「おい三郎…近いって」
身体を離そうとする勘右衛門だったが、それで放す三郎ではない。
「正直に話せば離れてやってもいいけどね」
「わ、わかったよ…わかったから」
あわあわと勘右衛門が言う。「だから離れろってば」
「で? なにがあった?」
すべてを聞き出すまでは離れる気のない三郎が、上体をのしかからせて鼻がぶつかりそうなほどに顔を寄せる。
「だからさ…」
降参した勘右衛門が口を開く。「昨日、俺が校庭で昼寝しようとしてたら一年は組の乱太郎、きり丸、しんべヱが来て、学級委員長委員会ってなにやってるんだって訊いたんだ」
「へえ、なんで?」
「ほら、もうすぐ予算会議だろ? 他の委員会は予算獲得のために必死だけど、庄左ヱ門は何もしていないから不思議に思ったらしいんだ。ただ、庄左ヱ門よりも俺の方が理由はよく知ってるだろうと思ったそうだ…てとこだから三郎、早くどけよ!」
「ふ~ん、そういうことか」
ようやく三郎が身体を離すと、腕を組む。
「俺も前に言ったろ? 学級委員長委員会はこんなことでいいのかって。たしかに予算会議がないのは楽だけど、それで何もしてないのってどうかと思うんだよ。俺たち、クラスの模範の学級委員長なのにさ」
「ま、最後の部分は別として勘右衛門の言うことにも一理あるな」
考えながら三郎が言う。「わかった。次の学級委員長委員会でみんなでそのことを議論しよう」
「というわけで、俺たちは学級委員長委員会として、何ができるかを考えないといけないと思うんだ!」
熱く語る勘右衛門に神妙な顔で耳を傾ける庄左ヱ門と彦四郎だった。その傍らで腕を組んだ三郎がうんうんと頷く。
「わかりました」
庄左ヱ門が手を上げる。
「どうした、庄左ヱ門」
「なら、みんなのためになることを学級委員長委員会としてやればいいと思います」
「みんなのためになること?」
勘右衛門が訊く。
「そうです」
庄左ヱ門が頷く。「たとえば生活指導とか。あんまり夜おそくまでおきちゃいけないっていうのも…」
「「え…!」」
三郎と勘右衛門と彦四郎が同時に声を漏らす。
「ど、どうしたの?」
慌てて庄左ヱ門が訊く。
「いや、でも、だって…い組はテストの直前はみんなおそくまでおきてるし…」
彦四郎が気まずそうに言う。
「夜中の自主トレとかもダメってことか…?」
三郎と勘右衛門が顔を見合わせる。
「あ、いや…それなら別のことにしましょう」
とても受け入れられなさそうなことを見取った庄左ヱ門が慌てて言う。「では、あんまり間食しちゃダメどか…」
「げ、それ俺のこと狙い撃ち?」
ぎょっとしたように勘右衛門がのけぞる。「俺、団子とか饅頭とか大好物なんだけど…」
「あ、じゃそれもナシということで…」
庄左ヱ門が掌を左右に振りながら否定する。「じゃ、みんなが遅刻しないようにチェックするとか…」
「でも、みんなが遅刻してないか確認するなんてたいへんじゃない?」
彦四郎が言う。だいたい、万一遅刻者がいて注意していたら、自分まで遅刻してしまうではないか。
「だったらさ、服装チェックとかどうだい?」
勘右衛門が言う。「ときどき忍装束の着付けが悪いヤツとかいるし」
「あいさつ運動なんてのもいいと思います」
否定するばかりではと思った彦四郎も口を開く。「朝、げんきにあいさつすれば、一日がたのしくなると思います」
「だんだん風紀委員みたいになってきたね」
三郎が肩をすくめる。「それに、予算が付きそうもないし」
「あ…そうでした」
彦四郎が小さく舌を出す。「それじゃ、ほかになにかみんなのためになることを考えないと…」
「そうだ!」
何か思いついたらしい庄左ヱ門が勢いよく立ち上がる。「学園新聞をつくるってのはどうですか?」
「学園新聞?」
勘右衛門たちが顔を見合わせる。
「そうです! 学園でのニュースを新聞にまとめるんです! ぼくたち、意外にほかのクラスや学年がなにをしてるか知らないし、そういうことをみんなに知らせるのってだいじだとおもうんです!」
「なるほどな…さすが私の庄左ヱ門だ」
大きく頷いた三郎が庄左ヱ門の頭をなでる。
「それに、新聞なら紙や墨の予算が必要になるからな」
勘右衛門が弾んだ声で続ける。「すげえいいアイデアじゃん! さっそく顧問の学園長先生に相談しようぜ!」
「なに…学園新聞を作りたいとな」
「は」
学園長の庵に報告に訪れた三郎と勘右衛門だった。
「それにしても、学級委員長委員会が新聞を作る必要があるものかの」
首をかしげる大川に「それはですね…」と身を乗り出して用意していた理屈を並べる二人だった。
「なるほどの」
割合あっさりと納得したように大川は頷く。「ではこれは、わしから安藤先生に渡しておこう」
言いながら企画書を懐にしまう。
-お?
-思ったより前向きだな。
同時に考える二人である。そして大川の表情に浮かぶ含み笑いにその意図をたちまち読み取るのだった。
-学園長先生、新聞にご自分の自慢を載せるつもりだな…。
「なにィ!? 学級委員長委員会が安藤先生経由で予算を要求してきただとォ!?」
文次郎が逆上する。
「はい。これが要求書だそうです」
安藤から預かった書面を三木ヱ門が手渡す。
「…くっ!」
一読した文次郎の顔がみるみる紅潮する。わなわな震える手で読み終えるや書面をくしゃくしゃに丸めて床に叩きつける。
「三郎に道場の裏に来いと伝えろ!」
言い捨ててずかずかと足音を立てて部屋を後にする。
-うっわぁ…いつもの十倍は怒ってる…。
全身から放っていた凶悪なオーラがまだその場に残っているように思えて、しばし身じろぎもできずにいる三木ヱ門だった。
「お呼びとのことでしたが」
道場の裏にしれっとした顔で現れる三郎だった。「予算の話なら、なんで会計委員会室でやらないんですか?」
「それはだな」
腕を組んだ文次郎が憤怒の形相で睨み据える。「予算の前にしとかなきゃいけねえ話があるからだよ」
「へえ、そうですか」
文次郎の反応は織り込み済みである。しかし、いざ眼の前に怒り狂った熊のように立ちはだかる文次郎に、怖気を苦労してしまいこむ三郎だった。
「お前、俺をなめるのもいい加減にしろよな」
地獄の底から轟くような声で文次郎が凄む。「少し痛い目に遭わないと分からねえってなら、望みどおりにしてやるぜ」
「実力行使は下策だと授業で習ったと思いますが…」
言いながらもそっと相手から距離を取るために後ずさる。たださえ強い上級生なのに、いまや全身から殺気を放っているのだ。うっかり距離を詰められて体術での勝負になったら勝ち目はない。
「下策だろうが上策だろうが関係ねえ」
指をばきばき鳴らしながら文次郎が一歩踏み出す。「お前みたいな生意気なヤローには、それなりの『指導』をしねえとな」
「それなら私は、その『指導』の内容を記事にしますから」
声の震えをかろうじて抑え込みながら三郎が応える。次の瞬間、文次郎の表情に一瞬ひるんだようなためらいが走った。
「俺の『指導』を甘く見んな」
だが文次郎の表情はすぐに憤怒に切り替わった。「二度と記事なんぞ書く気になれないようにしてやろうか、ああ?」
「私が書かなくても…」
文次郎の眼をまっすぐ睨み返しながら、三郎はさらに一歩後退する。「学級委員長委員会のメンバーの誰かが必ず記事にしますよ。学園で起きたことを周知するための新聞ですから」
「ほう…俺が勘右衛門を黙らせないとでも思ってるのかよ」
さらに一歩足を踏み出す文次郎が巨大な壁のように見えた。だが、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
「学級委員長委員会には一年生もいますけど」
「!」
今度こそ有効打を打ち込めた、と三郎は思った。いまや文次郎の表情には明らかな動揺が見えていた。
「この新聞は、学級委員長委員全員が責任編集者となって作る新聞です」
ひるむ文次郎にすかさず反転攻勢をかける。「当然、一年生にも取材や記事の作成に加わらせます。それが学園長先生のご指示です」
「…」
三郎を半殺しにすることに躊躇はなかったが、その経緯を一年生が取材し、記事にするということに困惑する。それがどのような結果を招くか想像がつかなかった。
「安藤先生経由で要求書を出してしまったのは、学園長先生がされたことで我々には止めることができませんでしたが、反省しています。ですので、今度の予算会議には、改めて正式に要求を出させていただきます。もちろん必要最小限の要求とします。要求をすることはお認めいただけますね?」
「か…勝手にしろ」
畳みかける三郎に、捨て台詞を残すことしかできなかった文次郎だった。
「…というわけで、会計委員長からも予算要求の許可をいただきました。必要最低限の予算は認めてくれるということになりました」
学園長の庵で報告する三郎だった。表情は神妙そのものだが、内心は勝利の高揚感で満ち溢れている。
「でかした!」
果たして大川もぱしと膝を叩いて声を弾ませる。「これで学級委員長委員会も存在感を示せるというもの…そこでじゃな」
「なんでしょうか」
不審そうに三郎が顔を上げる。
「新聞には社説やコラムがつきものじゃ」
いそいそと背後の文箱から紙束を取り出す。「だが、お前たちは取材記事の執筆で手一杯になるじゃろう。そこで、わしが社説とコラムの原稿を書いておいたぞ! これを載せれば、忍術学園にふさわしい格調高い新聞になること間違いなしじゃ!」
「は、はあ…」
ここまで手回しがいいとは、と眼の前に据えられた紙束に悪い予感しかしない三郎だった。
「あ~あ…マジ俺もうネタ切れだぁ…」
呻きながら勘右衛門が床に伸びる。
「なに言ってんのさ。まだまだ記事が足りないぞ」
文机に向かっていた三郎が声を尖らせる。
「わかってるけどさあ…」
床に仰向けになったまま勘右衛門が後輩たちに声をかける。「そっちはどうだ?」
「ぼくはドクタケの記事をかいてます」
庄左ヱ門が筆を走らせながら答える。「乱太郎たちが、町はずれの団子屋さんで八方斎がお団子たべてるのをみたという記事です」
「彦四郎は?」
「ぼくは…」
きまり悪そうに彦四郎が口ごもる。「安藤先生から原稿をあずかってしまいました…」
「安藤先生の原稿?」
興味をひかれたように勘右衛門が身を起こす。「どんな原稿だい?」
「それが…『一年い組の成績向上の秘訣』ってタイトルなんです…」
「ああもう!」
三郎が苛立ちをあらわにする。「どーして学園の先生は自己顕示欲が強い人が多いんだ!」
「三郎!」
同時に学級委員長委員会室の襖をがらりと押し開けて大川が躍り込んできた。
「「学園長先生!」」
また何やらろくでもない原稿を持ち込んできたに違いない、と全員が考えた。大川の手には紙束が握りしめられていたから。
「わしの連載小説を始めるぞ! これも新聞に載せるのじゃ!」
「いやその、学園長先生」
嫌そうに三郎が口を開く。「これでは紙面の半分が学園長先生の記事になってしまいます。それはいくらなんでも…」
「何を遠慮しておる三郎!」
言い終わらないうちに大川が遮る。「このわしがとっておきの原稿を書いておるのじゃ。みな楽しみにしておるじゃろう。なんならもっと書いてやってもいいぞ! そうじゃ、わしと如月さんとの出会いも小説にしよう! いま書いてきてやるから待っておれ!」
言い捨てて大川がスキップしながら庵に戻っていく。
「なあ、三郎…」
開け放したままの襖を呆然と見つめている三郎に勘右衛門が声をかける。
「…そろそろ、この新聞の手じまいを考えた方がいいと俺は思うぞ…」
<FIN>
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