愛す可きもの

六年生でも保護本能を素直に出しそうなw三人に登場してもらいました。

そんな先輩後輩の絆を、ちょっと複雑な眼で見る人物も登場します。

なんだか忍ミュ第9弾ネタも混在してしまいましたが、六年生と一年生の絆といえば第10弾要素ともいえそうです。

どっちにしても忍ミュって、いいですね(*´Д`)

 

 

「またお前たちか、忍たまどもめ」
 後ろ手に縛りあげられた乱太郎、きり丸、しんべヱを一瞥した八方斎が鼻を鳴らす。
「なにが『また』だっ! 用がないならとっととはなしやがれっ!」
 片膝を立てて身を乗り出したきり丸が歯ぎしりする。学園長が思いついた委員会対抗裏裏山マラソンは、学園長が小松田に用意させた地図が間違いだらけで、各チームとも学園を出た瞬間から混乱状態に陥っていた。さらにきり丸がゼニ拾い、しんべヱが食い意地を張って勝手に走り出したのを乱太郎が追いかけ回しているうちにそれぞれの委員会チームからはぐれ、通りかかった山道で、三人は待ち構えていたドクタケ忍者隊にあっさりと囚われてしまったのだ。どうやらドクタケ忍者隊は対抗マラソンのことを知っていたようだった。
「まあよい」
 いなすように長大な顎をついと上げた八方斎が唇をゆがめてニヤリとする。「我々が必要なのはお前らではない。お前らが着ているものだ。雨鬼」
「へい」
 後ろに控えていた雨鬼が頷いて進み出ると、三人の制服をはぎ取る。たちまち三人は褌一つの裸にされてしまった。
「や、やめろ!」
「返せ!」
「エッチ! スケベ!」
「なにがエッチだ忍たまどもが」
 八方斎が大仰に肩をすくめる。「そういうことは稚児フェチにでも言うのだな」
 そして「こいつらを見張っておけ」と命じると、部下たちを引き連れて去っていった。

 

 


「お~い、乱太郎!」
「しんべヱ! どこにいる!」
(きり丸、どこだ…もそ)
 三人の不在に気づいた伊作、留三郎、長次が森の中を声を上げて探し回る。
「ったく、アイツらどこ行っちまったんだ?」
 両手を腰に当てた留三郎が空を仰ぐ。学園長が中途半端な時間に競争を思いついたせいで、頭上に張り出した木々の枝のすき間からのぞく陽は傾き始めていた。
(このままでは、おばちゃんが持たせてくれた弁当が食べられなくなる…もそ)
「そうだよねえ。そろそろお腹すかせる時間なのに、どうしよう」
 乱太郎の分の弁当も収めた背中の荷物にちらと眼をやった伊作も首を振る。校門を出るや蜘蛛の子を散らすように駆け出した乱太郎たちは、おばちゃんが慌てて用意した弁当を受け取ることができなかったのだ。
「しんべヱのヤツ、腹空かせたら動けなくなるからな…」
 困り切った表情で留三郎ががしがしと頭を掻く。と、その表情が動いた。「おい、あっちに一年の制服が見えなかったか?」
「え、どこ?」
 伊作が留三郎の指さすほうを見やる。だが、すでに鬱蒼とした森の中は暗くなりかけていて、留三郎が指した木立や下薮の生い茂るあたりはなおさら見通しがきかなくなっていた。
「なんかあっちのほうで藪が動いたように見えたんだ。で、一年生の柄の頭巾がちらっと見えたような気がしたんだが…」
 言いながら、留三郎も確信は持てないようである。
(とにかく行ってみよう。後輩のことに関しては、留三郎のカンはよく当たる…もそ)
 もそもそ言いながら、長次はすでに藪の中に足を踏み込んでいる。
「お、おい待てよ長次…てか、後輩に関してはってどーゆー意味だよ!」
 慌てて留三郎が後に続く。
「あ、待ってよ留三郎」
 残された伊作も藪漕ぎの列に続く。
「このあたりだと思うんだけどな…」
 ひとしきり藪の中を進んだ先に空地があった。留三郎がきょろきょろとあたりを見渡す。先に着いていた長次が、足跡を探して地面に片膝をついている。すでに地面は見通しが難しいほど暗くなっていた。
(もう暗くて足跡は探せない…もそ)
「そうだね。今日はこれ以上の捜索はムリかな…って、ちょっと待った!」
 最後に藪の中から現れた伊作が木の葉や小枝を払い落としながら言う…と、その声が強張って、長次と留三郎がぎょっとしたように振り向く。
「どうした、伊作」
(なにか見つけたか…もそ)
「あれ、一年生の制服だ!」
 空地の向こうに広がる藪の奥に、一年生の制服柄の布がちらとのぞいていた。
「お~い! そこにいるのかい?」
 藪に躍り込んだ伊作が声を上げながら進んでいく。
「おい、待て伊作!」
(気を付けるもそ)
 その後ろを留三郎と長次も続く。だが、もうすぐ制服に手が届くというところで、唐突に足元が抜けた。
「「おわ~っ!」」
 次の瞬間、三人は藪の中に掘られた落とし穴の中に重なり合って落ちていた。

 

 

 

 

「くっそ、お前らはなしやがれっ!」
「僕たちをつかまえてどうするつもりだ!」
(…もそ)
 穴に落ちた三人は、たちまち現れたドクタケ忍者たちに後ろ手に縛りあげられ、さらに身体を筵で簀巻きにされて、三人まとめて霜鬼に担がれてすっかり暗くなった森を運ばれていた。
「よ~し、到着!」
 松明をもって先導していた風鬼が足を止めた先には粗末な炭焼き小屋があった。
「よっこらせ」
 怪力の霜鬼でも、山道を三人担いでの運搬はきつかったらしい。大儀そうに三人を小屋の土間に投げ落とす。
「くっ!」
「いたっ!」
(もそ)
 身体を投げ出されても、簀巻きにされたままでは顔をゆがめて声を漏らすことしかできない。その三人の前に立った風鬼が敬礼して言う。
「八方斎さま! 忍たま上級生を捕まえてきました!」
「うむ。大儀であった」
 床几に尊大に腰を下ろしているのは、松明の灯の加減かいつもよりさらに顎が長大に見える八方斎だった。
「なんだよドクタケの八方斎! 俺たちにこんなことしてタダで済むと思ってんのかよっ!」
 鋭い眼で睨み上げながら留三郎が怒鳴る。
「ずいぶんと元気のいいことだ…いや、結構結構」
 はっはっは…と高笑いする顎がついと持ちあがる。慌てて背後に控えた雨鬼が頭を支えて押し戻す。
「ふむ、これだけ生きのいい六年生の忍たまどもであれば、十分義理も果たせるであろう」
 満足そうに頷くと、おもむろに立ち上がる。
「どういうことだ!」
 怒鳴り上げる留三郎を無視して、控えた風鬼に「こいつらを見張っていろ」と言い捨てると八方斎は立ち去った。

 

 

 

 

「で、どーして八方斎さまは一年生の忍たまをオトリにしてコイツらを捕まえたんだ?」
 小屋の外で棒を手にした霜鬼が訊く。
「ああ。ドクササコ城に提供するためさ」
 -ドクササコ城だと?
 土間に転がされたまま聞き耳をたてていた留三郎たちがぎょっとしたように目配せする。
「ドクササコ城だって?」
 霜鬼も意外そうに訊く。
「ドクササコ城の毒笹子市村殿とうちの殿が業務提携しただろ…忍ミュで」
「そんなことあったか?」
「あったんだよ。で、ドクササコのすご腕忍者と部下を借り出して、一度は忍術学園を占領したんだぜ?」
「ああ、あの時か…すぐに取り返されちまったけどな」
「それを言うなって…で、今度はドクササコ城のほうから、そこまで優秀な忍術学園の上級生を捕まえて差し出せっていうことになったらしい」
「それで取引はイーブンってことか」
「そういうこった」 
「でも、所詮は忍たまだろ? ドクササコには忍者隊もあるのに、なんで忍たまなんか欲しがるんだろうな」
「俺も詳しいことは分からんが、ドクササコ忍者隊にはすご腕忍者がいるが、それ以外の忍者はダメダメらしい」
「だから忍たまってわけか」
「みたいだな…俺はちょっと周りをパトロールしてくるから、お前はここを頼む」
「分かった」
 そこで話し声は途切れ、足音が遠ざかっていく。
 -狙いは俺たちということは分かった。で、どうする…。
 聞き耳を立てていた留三郎が考え込む。
 -一年生たちを探さないといけねえけど、ドクササコに引き渡されちまったらそれも難しくなる。
「ねえ、留三郎」
 ごそごそと身体を動かして留三郎に顔を近づけた伊作がささやく。
「なんだ、伊作」
「僕たち、ドクササコに引き渡される前に、乱太郎たちを探さないといけないよね」
「ああ…」
 そんなことは分かってる、と声を荒げそうになって、慌てて言葉を呑み込む。
(忍足袋に小しころを仕込んである。誰か、取れないか)
 もそりと長次が言う。
「なに? 小しころ持ってるのか?」
「ちょっと待って。この筵のすき間から指先を出せれば…」
 伊作と留三郎が、後ろ手に縛られながらも辛うじて動かせる指先で筵を突き破ろうとする。

 

 


「ったく、なんでおれがこんなことしなくちゃなんねえんだよ…タダで」
 ぶつくさ言いながらきり丸が竹の先端を削って尖らせる。
「しょうがないよ。とにかくだれか助けに来てくれるまでガマンしなきゃ」
 尖らせた竹の先端を焚火であぶりながら乱太郎が小さく首を振る。留三郎たちの捕獲に成功したドクタケから制服は返してもらったが、代わりに竹矢来を作るための竹の加工を命じられた乱太郎たちだった。
「だけどさあ、もう夜だぜ? いつまでこんなことしなきゃいけねえんだよ…子どもはもう寝る時間だっての」
 ふあ~あ、と大あくびをしたきり丸が、ふたたび気だるげに小刀で竹を削る。月明かりと焚火の炎で手元は明るかったが、中途半端な時間に始まった競争と、その後ドクタケに捕まって連れてこられるまでいろいろありすぎてすっかり疲れ果てていた。
「そうだよね…ふあ~あ」
 きり丸から伝染したのか、乱太郎も大あくびをすると眼をこする。
「でも、こんなに竹を用意するってことは、けっこうデカい竹矢来にするってことだよな」
 きり丸が加工済みの竹の山を眺めながら言う。
「そうだね。どーせドクタケのことだから、また戦でつかうんじゃないの?」
 でも、戦場に弁当売りにもぐりこむのはやめたほうがいいよ、と乱太郎が付け加えたとき、
「もうつかれた~、おなかすいた~」
 ぐぅ、と腹を鳴らせたしんべヱが、運んできた竹束をどっかと下す。
「ほら、しんべヱしっかりして。休んでるとまたドクタケ忍者におこられるよ」
 竹束をきり丸の傍らに置きなおしながら乱太郎が言う。
「でも、もう暗いとこいきたくな~い~! おなかすいた~!」
 ひとしきり声を上げながらも立ち上がったしんべヱが、次の竹束を取りによろよろと立ち去る。
「でも、ドクタケのやつら、なんでおれたちの制服なんか欲しがったんだ?」
 手を動かしながらきり丸が独り言のように言う。
「先生か、せんぱいをおびき寄せるためだと思う」
 短く乱太郎が応える。
「おびき寄せるって?」
「ときどきドクタケって、そーゆーのやるじゃん。強い忍者を手に入れるとかで」
「じゃ、制服返してくれたってことは、先生かせんぱいがドクタケにつかまったってことかよ」
「そう…だと思う」
 暗い声で乱太郎は手元の竹をあぶる。と、煙を顔に浴びたのか、眼鏡を持ち上げて眼をこする。涙をごまかしているのかもしれないときり丸は思った。自分たちは何もできずにいて、助けに来た教師か先輩はそのためにあえてドクタケの手に落ちたとしか考えられなかった。突きつけられた無力感に「くそっ」と手にした小刀を地面に突き刺したとき、「やっと見つけたぞ」という声とともに背後に気配が現れた。
「だれだっ」
 とっさに小刀を引き抜いて構える。乱太郎も竹の先端を向けて立ち上がる。
「俺だ」
 姿を現したのは留三郎だった。後ろから伊作と長次も現れる。
「伊作せんぱい…中在家せんぱいも」
 竹を構えた腕から力が抜けて、やがて地面に取り落とした。
(お前たちを助けに来た…もそ)
 長次がきり丸の手を取ろうとしたとき、
「まってください。いま、しんべヱが竹をとりにいっちゃったんです…しんべヱをつれてこないと」
 慌てたように乱太郎が、しんべヱの行った方へと足を進めかける。
「なに!? こんな夜中なのにか!」
 留三郎の顔が怒りで紅潮する。すでに低学年の忍たまたちはとっくに寝ているべき時間だった。それなのに、ドクタケはなおも働かせようとしていたのだ。
「くっそ許さん! ドクタケの奴らめ…!」
 歯ぎしりして拳を握る留三郎を伊作が制する。
「誰か来る!」 

 

 

 


「ほう、忍たま六年生を捕らえたと?」
 すご腕忍者が胡散臭げに眼を細める。
「いかにも。毒笹子市村殿もさぞお喜びになるであろう。これ以上ない上玉じゃからの」
 ぐわっはっは…と高笑いしながら八方斎が応じる。
「だが、そやつら、本当に六年生なのか」
 何事にも詰めが甘いドクタケを今ひとつ信用できずに重ねて訊く。
「これでも忍術学園とは連載開始以来の敵同士じゃからな。ニューカマーのドクササコには分からんだろうが」
 妙に自信ありげに八方斎が眼を向ける。
「…」
 つまり、連載開始以来負け続けたということではないのか、とは言いかねてすご腕忍者は黙って続きを促す。
「忍術学園の連中についてはとっくに調べ上げて人別帳にとりまとめてある…それによれば、捕らえたのは六年ろ組 中在家長次、六年は組 善法寺伊作、同じく六年は組の食満留三郎だ」
「なるほどな」
 名前まで特定できているということは、六年生を捕らえたというのは事実であろうと考える。
「六年生どもとは一度手合わせしたことがある。大したものではなかったがな」
 六年生を捕らえたことは、ドクタケにとっては大手柄なのだろう。八方斎の態度から分かりすぎるほど伝わってくる。だから、あまりつけあがらせないようにと釘を刺しておくことにする。いい気になったドクタケが、取引はイーブンではないとしてドクササコから更になにがしかを引き出そうとしかねなかったから。
 事実、手合わせした六年生たちは技に頼る傾向が強すぎて、すご腕忍者の眼からはまだまだ未熟だった。とはいえ、現在抱えている部下たちに比べればはるかに地力はあったから、自分が鍛えれば間違いなく戦力になるとも思えた。 
「なにを言う」
 果たして気を悪くしたように八方斎がぎょろりとした眼でねめつける。「お前さんもやっと頼れる部下を持てるようになったのじゃ。われらに感謝して然るべきではないかの」
「それは現物を見てからの判断だ」
 八方斎のいかにもこちらの足元を見るような言い方がいちいち気に障るが、ここでケンカしても始まらない。短く言い捨ててさらに足をすすめようとしたとき、
「あっ、すごうでさんだ~!」
 暗がりの中から唐突に声がして、皆がぎょっとする。
「何者だっ!」
 先導していた雪鬼が松明を声のほうへと近づける。
「すごうでさ~ん!」
 ガサガサと藪をかき分けて飛び出してきたのはしんべヱである。
「な、なに…なぜお前がここに…」
 竹矢来作りを命じたはずなのに、なぜかいきなり現れたしんべヱに、幽霊でも見たかのような表情で八方斎がうめく。
「おお、しんべヱ君か」
 すご腕忍者は片膝をついてしんべヱの頭に手をのせていた。声が和らぐのが自分でも分かる。
「あれから、部下の人たちといっしょにごはん食べてますかあ?」
「もちろんだ」
「じゃ、部下の人たちとなかよしになれましたよね!」
「ああ、しんべヱ君のおかげだ」
「よかったあ!」
 満面の笑みでしんべヱが頷くと同時に鼻水が垂れる。慌ててすすり上げているところに、
「こらあっ! こんなところで何をしておるっ!」
 ようやく我に返った八方斎が怒鳴る。
「ひえっ」
 八方斎の剣幕に尻餅をついたしんべヱが慌てて立ち上がると、「もっと仲よくなるには、みんなでおいしいお菓子を食べるといいよ!」と言うと「しつれいしました~っ!」ともと来た藪の中へと姿を消す。
「うぬぬ…あとで乱太郎ときり丸の様子も見に行くぞ!」
 まずはすご腕忍者を六年生たちを閉じ込めた小屋に案内するのが先決、と歩き始めた八方斎が歯ぎしりする。
「一年生の忍たまが、なぜこんなところにいる」
 しかもこんな夜中に、とすご腕忍者が訊く。
「オトリだ。六年生どもを捕らえるためのな」
「オトリだと?」
「ああそうだ。低学年どもを捕らえておけばまず間違いなく取り戻しに来るからな…実に効率的な作戦ができるというものだ」
 当然のように八方斎はうそぶくが、すご腕忍者にとっては驚きだった。
 -そうか。後輩を助けるために、おめおめとドクタケの手にかかったというわけか…。
 仲間のために身を捨てるようなマインドがドクササコではどう作用するか、と黙然と考えながら歩いていると、八方斎が足を止めた。「ここだ」

 

 

 

 小屋の中には、簀巻きにされて髷だけが辛うじて筵の端からのぞくだけの男が三人、土間に転がされていた。

「…」
 近づいたすご腕忍者がおもむろに筵の端をめくり上げる。とその眉がぴくりと上がる。そこに現れたのはかつて手合わせした者の顔ではない。そして、この男がかけているサングラスは…。
「なにをしておる風鬼ぃっ!」
 先に怒鳴り声を上げたのは八方斎だった。「忍たまどもはどうしたのじゃぁっ!」
「うぐうぐ…ぺっ」
 すご腕忍者に縄を解かれた風鬼が、口に押し込まれた布を引っ張り出すと大きくため息をついた。
「は~やれやれ。やっと息ができたぜ」
「何を言っておる風鬼! わしの質問に答えろっ!」
 なおも怒鳴り散らす八方斎に、風鬼がのんびりと応える。「ああ、あいつらには、逃げられちゃいました…気がついたら、あいつら縄切ってやがったんですよねえ」
「霜鬼に雨鬼! お前らまでなにをおめおめと…」
 続いて縄を解かれた筵のなかから現れた二人に、八方斎は顔を真っ赤にして絶句する。と、次の瞬間、ばばばばん、と火縄のような音が轟いた。
 -敵の攻撃か!
 とっさに身を伏せたすご腕忍者が考えたとき、
「今度は何事だぁっ!」
 うずくまって手近にあった筵で頭を覆いながら八方斎が叫ぶ。と、小屋の戸口からドクタケ忍者が駆け込んできた。
「八方斎さま、たいへんです! 忍たまどもが逃げ出しましたっ!」
「どの忍たまどもだっ! ここにいた忍たまどもはとっくに逃げ出しおったわい!」
「そっちじゃなく、ちっこい方の忍たまですっ!」
「なに、乱きりしんにも逃げられたというのか!」
 口をあんぐり開けたまま再び絶句する八方斎に、おもむろに立ち上がったすご腕忍者が冷たい眼で言い捨てる。
「ディールは不成立だな」
 

 

 

 

「よかった、三人とも無事で」
 乱太郎の手を引いて歩きながら伊作が笑いかける。
「はい! せんぱいたちが助けに来てくれたおかげです!」
「だが、あの爆発音は何だったんだ? あれでドクタケ忍者どもがパニックになったから逃げやすかったが」
 しんべヱの手を引いた留三郎が首をかしげる。
「ああ、あれはしんべヱが…な」
 長次に手を引かれたきり丸が苦笑する。
「しんべヱがどうしたんだ?」
「私たち、竹矢来を作らされてたんです。で、しんべヱが竹の束をはこんできたときに、こけちゃって竹をたき火の中になげこんじゃって…」
「だって暗くてわかんなかったんだもん」
 しんべヱが抗弁する。
「そういうことか」
 説明する乱太郎の頭をなでた伊作が納得したように頷く。
「きり丸がどっかからもってきた紙をなげこんだもんだから、ますます火がつよくなっちゃって…」
 乱太郎がぼやく。
「いやぁ、昼間、掃除のバイトした書道教室で反古がたっくさんあったんでもらってきちゃったんですけど…あひゃあひゃ」
 ゼニ眼になったきり丸が高笑いする。
「でも、どうしてドクタケたちはせんぱいがたをつかまえようとしたんですか?」
 眠気を必死で押さえながら乱太郎が訊く。 
「なんでだろうな。ドクタケのやることはよく分かんねえな」
 ドクササコが…と言いかけた伊作を眼で制した留三郎が笑いながら言う。

 

 


「…寝ちゃったね」
(疲れたのだろう。いくら一年は組でも、こんな夜中に敵につかまっていたのでは、さぞ気も張っていただろう…もそ)
 きり丸を背負いなおしながら長次が言う。
「そうだな…そっれにしてもしんべヱのやつ、また体重増えたのか? 弁当食ってないにしては重すぎるぜ」
 しんべヱを背負った留三郎が顔をしかめる。
「でも、どうしてドクササコのことを言おうとしたら止めたんだい?」
 寝言で何やらむにゃむにゃいう背中の乱太郎に、愛おしげに眼を向けた伊作が訊く。
「ああ…なんか、説明しはじめたらややこしくなりそうでな」
(それに、無用な心配をかけたかもしれない…もそ)
「そっか、それもそうだね」
 あっさり納得した伊作が、月を見上げる。「まだ、そんなこと知らなくてもいいんだよね」
「ああ。まだ一年だからな」
(そうだ)
 足を止めた留三郎と長次も月を見上げる。虫の声が高まり、後輩を背負った三人の影が濃く刻まれる。

 

<FIN>

 

 

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